LILAC SEED_第02話

Last-modified: 2008-01-22 (火) 19:17:29

青い空。白い雲。
花の舞う庭を駆ける少女と、見守る紅蓮を宿す女性。

 

そうして、椅子に腰掛け彼女らを眺める自分。

 

―――眩暈のような既視感に吐き気がした。

 
 

LILAC SEED
PHASE02日常の旋律

 
 

青い空に浮かぶ、白い雲。
自分の心も一点の曇りのように、空虚なままだった。

 

本来ならば、身元不明、全身傷だらけの少年少女など、ここを管理する管理局か地上本部に預けることが普通だろう。
なのに彼女はそうしなかった。自分が面倒を見ると、名前とすべき事を思い出すまで居てもいいと言ってくれた。

 

「―――どうして、僕は」

 

記憶の消失により恐怖ではない、早く思い出さなければいけないのに、思い出せない焦燥に歯を噛み締める。
ただ、思い出せなければならないのに、彼女とのこの生活を何時までも、と望んでいる自分が居る。

 

「パパ、お姉ちゃんが教えてくれたの!」

 

駆けてくる少女、その手には綺麗な花環。嬉しそうな笑顔に少年もまた静かに笑みをこぼす。
でも、なぜこの子は自分を父と呼ぶのだろうか?
この子は本当に僕の娘なのだろうか?

 

それも、この子の輝きを見れば関係などない、か。
必要としてくれるのは、正直何も解らない今ではありがたい。自分が生きている証があるだけでも、自分が解らない恐怖からは少しでも逃れることができる。

 

「パパはお花屋さん!」

 

ヴィヴィオは少年に花環を手渡し、咲き誇る花畑へと駆け戻っていく。

 

「元気よね、あの子」

 

「うん…そうだね」

 

白いワンピースに映える深紅の髪が流れる。

 

その光景に、何故か目が離せなかった。

 

その視線に気づいた彼女が疑わしげに少年の瞳を覗き込む。少年もなんでもないと返し、二人で花畑で遊び回る少女に視線を移した。

 

酷く平和、なんて穏やか、か。

 

実を言えば、彼女が少年の名前を知らぬように、彼もまた彼女の名を知らなかった。
彼が目を覚ましたその日に少年は彼女の名を問うている。だが、彼女は無邪気に笑って

 

〈――教えて上げない、そのほうがロマンチックじゃない?
私が教えて上げるのは、あなたが自分の名前を取り戻してここを出て行くときよ〉

 

そう言ったのである。
特に、少年はそれ以上詮索しなかったし、彼女はヴィヴィオにも名を明かしてはいない。
幸い四方は緑と海に囲まれた郊外の一軒屋、近所のことをも気にせずに、あなたとか、君とか、お姉ちゃん、といった具合に通用するのであった。

 

「――なにも、思い出してない?」

 

「うん…申し訳ないけど、まだ何も」

 

そっか、と呟いて彼女は家の中へと戻っていく。

 

「ご飯食べたら、買い物に行くわ。
ヴィヴィオの服も買ってあげないと」

 

壁越しの声に、了承する。
確認して、少年は溜息と共に静かに呟いた。

 
 

「―――どうして、僕はここにいるんだろう?」

 
 

その響きもなんだか、覚えがあるようで、人知れず首を傾げた。

 

Interlude out

 
 

それは唐突の出来事だった。
本当はなにもなかった唯の日常の一コマだったかもしれない・・・

 

八神はやての苦悩。

 

「まあ、私ができることはあんまりないんだけど・・・」

 

そう、なのはは呟いた。
取り囲む喧騒、彼女たち、機動六課の面々は久々の街に繰り出していた。

 

一昨日の海岸での戦闘、高濃度の魔力残滓から戦闘があったのは確実。
ロストロギアの形跡もあったことによって、八神はやて部隊長はそちらの処理に出向いている。
そこで見つかったのは、何でも青い翼らしい。

 

一瞬、旧友の顔がちらつくが、刹那のうちに散る。

 

そんなはずがない、彼は9年も前に死んだのだ。

 

非番を言い渡された彼女たちはこうして、町をぶらついている。

 

「スバルは何か行きたい所とかある?」

 

「あ、はい!アイスなんてのはどうでしょう!?」

 

他愛のない会話。いつもの関係。

 

だから、その喧騒の中に、その姿を見てしまったのだから、間違いと思わずになんと言うのか。

 

「――――嘘・・・」

 

行方不明となった、キラ・ヤマトがそこにいた。
驚愕したのは彼女だけでない、並んで歩いていたフェイトも同じように驚錯の境地に立たされた。

 

雑踏を駆け抜け、迷わず走り出す。

 

どれほど、望んだか、彼の生存を。

 

ただ、一直線に、ただがむしゃらに。
名前を呼ぼうと口を開く

 

「キ―――」

 

その足音に彼が振り向く。

 
 
 
 
 

そうして、何事もなかったかのように傍らの少女に視線を戻した。

 
 
 
 
 

錯乱に足が止まる。

 

―――え?

 
 

彼の表情は変わらない、たしかになのはとフェイトを認識した。だが、彼は彼女らを周囲の喧騒と同じように目を逸らした。

 
 
 
 

「どうしたの?」

 
 
 
 

「ううん、なんでもない。行こう、ヴィヴィオが待ってる」

 
 
 
 

その声に伸ばしかけた手が完全に止まる。

 

紅蓮の髪を宿す、色白の少女。
感情が削げ落ちた彼。

 

少女が、なのはとフェイトに気付く。
心底不思議そうな顔をして、唇があなたたちは誰、とそう動いた
ゆっくりと、その姿が雑踏に同化していく。
取り残された二人は差し伸べようとした手を、失意のうちに降ろした。

 

「なのはさん、フェイトさん!?」

 

そんな筈はない、そう理性で否定しても心が認めない。
彼はキラだと、自分たちの仲間だと…
だが、それを否定する決定的な事実が彼女たちの脳裏に閃く。

 
 
 

――――キラ君ならば、どうして9年前と姿が変わっていない?

 
 

Interlude out

 
 

「空が震えている・・・」

 

空を見上げて、少年は何気なく呟いた。
隣に歩く、少女もつられて天を振り仰ぐ。

 

…快晴だ。

 

ただの一つの雲のない、真っ青な空。
震えている、というのはどういうことなのか、少年の真意を推し量ることは彼女にはできない。

 

となりの少年。先日、海辺を散策していた際に見つけて保護した少年少女の片割れ。
服などもボロボロで、生きているのが不思議なくらいの怪我の程度。
知らずに、保護していた。

 

まぁ、それはそうと、彼の身体ははっきり言って異常である。
なんと言うか、魔力量ではなく、生物的に?
魔力量は成人男性となんら変わり無い圧力だし、彼の所持品に気になるものもあったが、別段今は気にすることではない。
それよりも、だ。肋骨の骨折は痛みはなくなったと言うし、全身の打撲及び擦り傷もかなりの速度で治癒している。

 

なにか、物凄く嫌悪感が彼女を苛んで、いささか不機嫌そうに彼女は言った。

 

「どこが?」

 

「―――」

 

少年はなんでもない、とそれ以上口を開かない。
彼女も諦めたように、追及することを辞めた。言葉の意味より、少年の瞳のほうがよほど空虚に見えたから。

 

「あなたって、結構ロマンチスト?」

 

不意に、口にした言葉に、彼女自身が驚いた。
彼は、不思議そうに彼女を見つめ、小さく噴出す。
そんなに何が可笑しいのか、くすくすと。

 

それで、彼女は初めて彼の笑顔を見たことに今更ながらに気が付いた。
同時に、見蕩れてしまった自分が恥ずかしくなって、ソッポを向く。

 

「な、なによ?」

 

「ううん、君の方がロマンチストでしょ?」

 

少年はあっけらかんと言う。
吹き抜ける風が空白を伝える、少女はぱくぱくと何か言葉にしようとしているが、上手く言葉にできていない。

 

「わ、わたしは、現実主義者よ?」

 

「僕だよ―――」

 

言って、少年は足を雑踏へと向けつつ。

 

「僕もなんだ」

 

路地裏からでた第一歩で歩みを止めた。

 
 
 

――――はしてっくる、だれか。
――――――はたしてそれはだれだっただろうか?

 
 
 

やはり、答えは得られず、少年は彼女へと視線を移した。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもないよ、行こうヴィヴィオが待ってる。さすがに一人は可哀相だ」

 
 
 

僕は、知らない。
だれも、僕を知っているはずがない。

 
 
 
 

予告
平和よ、どうか安らかに、穏やかに。
失われた魂に、また自らに誓った思い。

 

だが香る戦いの硝煙、失われた記憶は運命に引きずられれ、脆くも日常は砕かれる。

 

次回LILAC SEED
PHASE03記憶の代償