LILAC SEED_第03話

Last-modified: 2008-01-22 (火) 19:26:30

「お姉ちゃんは、どうしてここに住んでるの?

 

少女が問い、少女が答える

 

「私を拾ってくれた人がここに住んでたからだよ」

 

「パパみたいに?」

 

「そうだよ、ヴィヴィオをパパが助けてくれたみたいに、ね」

 

両手に、真っ赤な果実を抱えて、二人は彼の待つ家へ帰ってゆく。

 

「パパ早く元気になるといいな」

 

「そうね」

 

少女が唐突に足を止めた。抱えていた小籠が地に落ちた。

 

「ヴィヴィオ?」

 

少女は明らかに恐怖に震えていた。

 

「どうしたの?なにがあったの?」

 

「ぁぁぁ、パパを・・・」

 

瞬間、彼女も理解した。
籠を放り出し、小さな体躯を抱えあげる。

 

―――パパを追ってきた

 
 
 

LILAC SEED
PHASE03記憶の代償

 
 

「―――」

 

蒼天。
気味が悪いくらいの真っ青な天幕。
少年は、己の直感に椅子から立ち上がった。
全面的に第六感を信じているわけではないが、人間元をたどれば獣なわけだし、こういう直感的なものは馬鹿にはできない。
首を回して、伸びなどを一つ。

 

「―――」

 

やはり、胸騒ぎがする。
少年は戸棚の一角を見やる、彼女がいつも気遣わしげに見ていた扉。
なにが入っているかなんて、知らないし。他人様の家の中を物色するような輩ではない。
それに、これもまた直感ではあるが、致命的なものがなくなるとそう少年は感じ取っていた。

 

「―――僕は誰だ、誰なんだ?」

 
 

Interlude out

 
 

「任務の説明をするね」

 

704式ヘリ、通称ストーム・レイダーの格納庫で高町なのはは切り出した。
立つはなのは、その視線の先には部下である八神はやて、フォワード一同とフェイト・T・ハラオウン、リィンフォースⅡである。

 

「今回はレリックの確保だから、スターズとライトニング分隊でそれぞれを確保。ガジェット殲滅の後、私達も援護にまわるけど、皆構わない?」

 

はい、と頷く一同に彼女も笑みを返す。

 

「ちょっとハードだけど、みんな気を張っていこう」

 

彼女たち機動六課に八神はやて2等陸佐から任務を言い渡されたのはつい三時間前だ。
ミッドチルダ南部沿岸にて、レリック反応を確認。任務はこれの回収、およびガジェットの破砕活動。

 

「なのはちゃん、ちょいまち、探査魔法に何か引っ掛った・・・」

 

神妙な面持ちのはやてに視線が集まる。

 

「あかん!ヴァイス君、降下中止!ブルーデルタ距離45に一般人とガジェット反応や!」

 

「降下中止、先にそっちに向って!」

 

これが、彼女達への二度目の出撃であり、初陣の勢いのまま誰もがその結果を予測していなかった。

 
 

Interlud out

 
 

彼女は少女を抱えて森の中を疾走していた。
無理な体勢、最悪の足場に、それでも彼女は全力で逃げる。

 

背後に響く風を切る音。
全力の疾走に圧倒的な速度をもって追跡をかける、7つの影。

 

「―――っう」

 

ソレらが自分を狙う理由に彼女自身もうすでに気付いてはいる。だが、気付くと対処するとはまるで違うのだ。
鞄に入った一冊の本を取り出して強く握りこむ。
これは彼女のエゴだ。これがあれば、確実に少年は自分の名を取り戻す。確信に近い予感のもと、彼女は彼の持っていたものを隠していた。
以前の自分がそれを知ればくだらない、とかふざけるなとか一蹴するだろうが、彼女は少年が自分のそばに居てくれることを心のそこより望んでいたのだ。
そのことを改めて感じて、彼女は自嘲する。まったく、どうしてこんな感情を持ってしまったのか、と。

 

「は、冗談だわ」

 

自分を鼓舞して、硬くなりだした足の筋肉を動かす。もう、30メートルほど駆け抜ければ公道にでる、そこまでいけば何とかなるだろうと、直感的な衝動に駆られたまま彼女は走る。

 

震える腕のなかの少女を強く抱きしめる。
自分が果てようと、この子には生き抜いてもらわなければ困る。悔しいが、今少年を癒すことができるのは彼女ではなく、この小さな命の灯火なのだ。
―――――故に、果てることはゆるさない。

 

彼女は疾走を止めずに背後を仰ぎ見る、空中を滑るように移動するの影はもう直そこまで迫っている。
現実が加速し、思考が追いつかない。
彼女にとって、悲鳴を上げなかっただけでも、上出来なくらいだ。それでも彼女は足を止めない。
迫る、青い砲撃。
チェックどころの話ではない。まさに詰み。何をやろうと敗北と死を覆せない。
だが、それでも、生き残るという執念は摂理すらも覆す。
彼女を包む紅蓮の光、身体を駆け巡る力の高鳴り。今更止まれない、ならば前進するしかない。
文字通り、彼女は弾けた。
公道までの8メートルを一息で詰める。だが、それまで。魔導師でない彼女の身体が、身体を駆け巡る高純度の魔力を受け入れることができるはずが無い。毛細血管はあちこちで断裂し、白い肌に無数の痣を映し出す。
そうして、足が致命的だった。踏み切りは何の問題もなかった、だが着地に彼女は失敗したのだ。
足首に走る鈍痛に彼女は顔を歪める。
ここまで。
彼女は悟る。だから、その先の行動も何の躊躇もなく開始した。

 

「ヴィヴィオ走りなさい、パパの所へ。
着いたら、パパを連れて遠くに逃げるの、いい?」

 

「やだ!お姉ちゃんも一緒じゃなきゃいや!」

 

今まで、自分の積み上げていた壁が瓦解する。
煉獄の焔の先に見つけた穏やかな平和、それも唯の一度の望みでしかなかったのか。
ふ、と彼女は笑みを零す。

 

「いいから行って、ね?
私も直に行くから、パパを先に逃がしてあげて」

 

一瞬、思考が停止した。
自分の最大の敵。そう言わざるを得ない、その姿。
かつての面影はそのままに、彼女を葬った存在がそこに居た。

 
 

「ほう、これはこれは。縁と言うのはあながち間違いでもなさそうだ」

 

「―――アンタ…」

 

思わず、毒づいた。
目の前の光景が幻想でも無いことくらい、彼女とて理解している。それでもそう言わずにはいられなかった。

 

「君も死に損ねたか、まあいいさ。その少女を渡したまえ」

 

「誰が、アンタになんか」

 

白銀の死神は呆れの息を吐く。

 

「折角拾った命、無意味に散らすわけにもいくまい。さあ」

 

「―――嫌よ。私は、―――
私はこの子の姉だもの」

 

照星が彼女を捕らえる。

 

「残念だ、君には彼の起爆剤になって貰おうと思っていたのだがね」

 

「させない―――!」

 

彼女の意思を汲み取り加速し駆動する魔力の束。一般人の彼女にとってそれは明らかに異常を超えた現象。
有り得るはずの無い光景に死神が一瞬瞠目する、無理も無い彼女でさえ己の現状に驚愕しているのだから・・・

 

――――彼女の背後、空中で待機した紅蓮の砲撃の輝き。
デバイスなしの強制魔法行使。意思が少年の持ち物に反応をした証でもあった。
一斉に、少女の号令と共に視認できるだけで20の誘導弾が解き放たれる。

 

今度こそ、その光景に死神ですら驚愕した。
取るに足らない、そんな存在が行く手を阻む、それほど予想外なことがあろうか。

 

額に浮かぶ脂汗を振り払って彼女は砲撃の操作に出しうる集中力を振り絞る。
だが、時を追う毎に死神の凶刃や砲撃に相殺、迎撃され明らかに数が減っていき、終に少女の方が先に力尽きた。

 

地に昏倒する少女と、色を失う魔力弾。
勝敗は決した、いや始めから勝負ではなかったのか。

 

無言のままに死神は銃を少女に突きつける。無断なく躊躇いなく、予想の範疇外がまた起こる前に確実に息の根を止める。

 
 

――――Hallelujah

 
 

だが、爆音と共に白銀の死神は退いた。
天には、断罪の天使達。
問答無用、桜色の砲撃が死神に迫る。だが、死神も砲撃を上回る速度で回避行動をとった。

 

「周辺のガジェットはすべて破壊しました。おとなしく投降を」

 

「やれやれ、管理局の者か。悪いがそれはできない、私には連れ戻さなくてはならん少年が居てね」

 

「・・・投降を、まだ弁解の余地はあります」

 

「・・・なんとも・・・甘いことだ」

 

瞬間的に彼女の身体を駆け巡った魔力は、足首の捻挫を即座に治癒し、それを確認した少女はヴィヴィオを抱いて逃走を再開する。

 

その姿を視界に収めつつも、未だ死神は薄い哂いを浮かべていた。

 
 

走る、走る。
身体は羽のように軽い。おおかた、彼女が手に持っている一冊の魔導書の恩恵ではあろうが、それでもなんでもお希望がある。
あの時とは違って―――まだ。

 

彼女は未だ知らない。死神が言った起爆剤。その意味を、苦痛と絶望の先に最悪の形で知ることとなる。

 
 

―――彼女の中で、悪意の種が芽吹きつつある…

 
 

Interlude out

 
 

咽が渇いた。それに外がざわめいている、と彼はリビングのある1階へと降りてきた。
やはり、目に付くのは戸棚。
意識から、それを除外し、コップに水を注ぎ咽を潤す。

 

コップの中の水面がゆらゆらと揺れていた

 

思い出されるのは、昨日自分に手を伸ばしてきた二人の女性。
思い出そうとするだけで、頭痛が彼を苛み脂汗が滲み出る。
やはり、と彼は確信する。
自分は彼女を知っている、そうして彼女も自分を知っている。
だが、それはいつ、何処でのことだ?

 

「くそ―――」

 

胸焼けのようなわだかまりに少年は思わず毒を吐く。
外の空気を吸おうと、足を踏み出したところで、少年は少女の姿を視界に捉えた。
早い。
と言うか、普通の人間に出せる速度をゆうに超えている。
首を傾げている間に少女は家の中に飛び込んだ。いつものおしとやかな彼女からは想像できない荒々しさだった。

 

少女はヴィヴィオを抱えたままに、少年の腕を掴み外へと出ようとする。
さすがに、これには少年も訳がわからず、踏みとどまる。

 

「ちょ、な、なに?」

 

少女はギッと少年を睨みつけ

 

「生きたかったらわたし、に――――」

 

その救済の言葉は最後まで続かなかった。
突如として苦しみ出す少女、少年は目の前の状況の変化に付いて行けず立ち尽くすのみ。

 

ヴィヴィオの矮躯が宙を舞う。
辛うじて反応できた彼は少女を抱きとめ、視線を彼女へと戻した。

 

確信する。
彼女は、もう―――

 

裏付ける結果となったのは、首にかかる握力と背中に走る衝撃の弾劾か。

 

「か、っは」

 

肺に残った空気が残らず搾り出される。少女は相変わらず苦しげ、にも関わらずその口元だけが歪に曲げられていた。

 

何故?
その疑問は、迫りくる死の気配に漂白されたちまちに意味を失う。

 

「逃げて、はやく…」

 

低く掠れた呻きにも似た懇願。
少女は、苦しげな表情、涙に濡れた瞳で自分を振り解けと懇願してくる。

 

理解した瞬間、身体は勝手に跳ねたいた。
尋常ならざる力を、同じく尋常ならざる力で引き剥がし、突き飛ばす。
少女は、苦しげに謝罪を零しながら、人を超えた速度で屋外へと駆けて行く、いや最早飛んですらいる。

 

少年は、ゆっくりと身を起こす。
首にかかる重圧はあれでも軽減してくれたのか、頚椎が折れるまでは至っていなかった。
まあ、あと一瞬彼女が懇願し、力が緩んでなければ、酸欠で脳が死んでいただろうが。

 

「パパ、お姉ちゃん、どうしちゃったの…?」

 

少女の頭をゆっくりと撫でる。
彼女が不本意なのは明らかだ。
何者かに、操られているのか――――

 

平穏が壊れるのを覚悟して、少年は戸棚の前へとたった。
直感は確信に変わる。
これをあけたが、最後この生活は瓦解する。

 

それも、自分の運命なのか。

 

少年はふっきたように、扉を開け放った。

 

大切そうに、しまってある真っ赤なルビーに繊細な金の装飾。クロスのペンダント。

 

それを柄にもなく、懐かしいと思った。

 

「大丈夫、彼女は護ってみせる」

 

〈今度こそ〉

 

そう呟いた、もう一人の知らない自分がいた。

 
 

Interlude out

 
 

突如として舞い戻ってきた少女に、死神は薄く哂いを浮かべただけだった。
彼女に仕込まれた人造魔導師の素材、実験として離反した場合、強制的に意思を束縛する処置が施されていた。

 

彼女は、その苦痛を今の今まで抑えていたのだろう。
抑圧された感情は勢いを増し、決壊する。
純粋な感情の結露、死神を殺したいという唯の、正当な殺意。

 

「ほう、ようやく目覚めたか。
所詮君も、運命には逆らえなかったということか」

 

撃鉄が落ちた。

 
 

胸を貫いた灼熱。

 

ああ、とか思いながら彼女は眼を閉じる。

 

やはり、こうなったのだと、思いながら、急激な虚脱感に襲われながらも必至で手を伸ばす。
ああ、なったしまった異常、人並みの生活は望めない。これが自分に決められた運命だったのか。

 

それに、一度死ん自分にこれだけの猶予が与えられただけでも感謝しなければならない。
たとえ、実験素体にされたとしても。

 

胡蝶の夢、白昼夢、蜃気楼、幻惑、なんであれ彼と暮らせたことが幸せだった

 

――――ごめんなさい、ありがとう。キラ――――

 
 

Interlude out

 

「あ――」

 

その言葉に、護れなかった喪失感から全員が解き放たれた。
人の死、その空白に金髪の魔導師の離脱を赦してしまった。全員の落ち度といわざるを得ない。
新人のフォワード陣は、初めての流血にかたかたと恐怖に震えている。そうして、隊長のほうにも新たなる驚愕が待ち受けていた。

 

「嘘――――」

 

呟く声のなんと空虚なものか。

 

――――それはよく知る、友のモノ。

 

ありえないはずの、事象。

 

やはり、と言う直感と、何故という理性。
だが、本能は告げている、あれは間違いなく、キラであると。

 

憎悪の目が彼女達を射抜いた。底冷えする、研ぎ澄まされた殺気。
理屈なんて、関係ない。今やらなければ、自分は死ぬ。
――――なのははそう、確信した。

 
 

Interlude out

 
 

「あ――」

 

追っていて、その光景を眼にした。

 

血溜りに沈む彼女、その先に居る彼女をこの用にした魔導師。

 

ざあ、と風が吹く。
かたかたと、少年の瞳が揺れる。
そうして、少年は、目もくれず、血溜りに沈む彼女を抱き上げた。自分が彼女の血で汚れることすら厭わず、どうしてと葛藤と困惑の混じった瞳で腕の中の女性を見た。

 

「どうして、君が―――」

 

掠れる息は乏しい。溢れ出す出血は明らかに許容量を超えて致死量だ。それに、肝臓と肺が潰されていることが致命的。それでも、彼女に意識があり話をできるとはどのような奇跡なのか。
目はおそらく、見えていない。濁った光は少年の姿を映していないようで、手探りで少年の顔を探し当てた。

 

「そっか…来た、んだ」

 

隣で泣き叫ぶ少女の声も、立ちすくむ魔導師のことも意識に入らない。
ただ、目の前で起こることに思考が付いて来ない。

 

「―――お礼を…言いたか…った」

 

「それは僕も…だ」

 

彼女は首をゆっくりと振る。

 

「私は、貴方…傷つけ…ばかりだった」

 

覚えがあるはずがないのに、それでも少年は涙を止めることができない。

 

「君は馬鹿だ、どうして僕なんかを…」

 

「貴方だから…私は貴方の隣に居…たかった」

 

酷い違和感、苛む頭痛と雑音。

 

「でも、よかった。今度はちゃんと…気持ち……えれ…」

 
 

――――Hallelujah。

 
 

彼女の手から一冊の本が浮かび出る。白紙、虫食い。古本が少年の目の前で開き、白く輝きを放ち少女の光を、少女の生きた証をしっかりとその項に刻み付ける。

 

「護るから……私達の想い…願いが、貴方……を……」

 

灯火が消え、想いは本に少年に記憶として継がれる。。

 
 

―――少女のからだが、霧散する。

 
 
 

瞠目とともに、少年は嗚咽した。
また護れなかった。その呪詛めいた言葉が、全身の警告を無視して魔力の怒号を猛々と響き渡らせる。

 
 

赦さない。絶対に。

 
 

目の前の死神の力を持った存在達。高みから見下すと言うのなら、命が尽きても構わない。
あれをただ、地に叩き堕としてやる。

 
 

「―――あ、ぁぁ」

 

低く掠れた呪詛の如き呻き。
命を賭した死闘が今ここに開幕する。

 
 

―――X10A, system start!!!>

 
 
 
 
 

予告
敵はかつての友。
だが、憎悪に燃える彼に記憶はない。
悲しき宿命、変えられなかった運命に、ただ一人彼は涙する。

 

次回
LILAC SEED
PHASE04不協和音