LILAC SEED_第05話

Last-modified: 2008-03-06 (木) 17:36:23

新暦65年12月19日

 

帰りは大通りを使うことにした。
右手には夕飯の材料のビニール袋、左手には石田先生から頼まれた薬の入った紙袋。見慣れぬビル街を歩く。
その夕闇に染まる世界が影絵のようで、脇腹が酷く痛んだ。

 

 

「けっこう、やられましたねぇ」

 

シャマルの呟きに、キラとシグナムは正気に返った。そのままキラは苦笑を零し、シグナムはじっと思考にふける。

 

「次からは、捉えられないかもしれない」

 

「シグナムが?」

 

シャマルは何時になく弱気なシグナムが気になったのか、キラの脇腹を治療しながら視線を投げた。

 

「目で追えない攻撃が出てきた」

 

素っ気無い口調。彼女が何を言いたいのか悟って、自然とシャマルは黙り込む。
そんな騎士たちの姿を認めてキラは唐突に立ち上がる。

 

「キラさん?」

 

シャマルの問いにキラは肩を竦めて、ご飯とだけ呟いた。

 

 

はやてと騎士達が寝静まった深夜、散歩をすることにした。
意味はあまりない。
やはり、まだ冬だ。ちらつく雪に、キラは白い息を吐いた。
街は静寂を保っている。人工的な街に生き物の気配はない、人が便利さの代償に息吹を失ってしまったようで、心なしか寂しかった。

 

無機質なコンビニの明かり。
影絵の街は数時間で廃墟へと変わり果てていた。

 

鼻がつん、と痛む。

 

夜の冷気に晒されて体はすっかり冷え込んだ、それでも寒くはない。
―――一ヶ月前、自分は負けた。
無論精神的なものだ、だが精神的なモノに集中したのか、傷は大きかった。
視界を染め上げる朱。
一面の紅に、込み上げる吐き気。
家族というものを失って、絶望した少年は文字通り空虚だった。だがまあ、唯一の救いとなった彼女の形見のおかげか、少年は八神はやての家に招かれた。勿論、歓迎という形で。

 

随分と歩いた気がして少年は顔を上げた。
丘だ。
街を一望できる小高い丘だ。眼下に広がる街の先に、大きく口腔を開いた真っ黒い海。
寿命が近い白熱灯に照らされた白一色の広場。

 

その備え付けのベンチに少年は腰を降ろした。風が頬を撫でる。

 

自分の存在は元いた次元になんの意見も残すことなく、唐突に消えたことになっているだろう。
遺書めいたものはない。
なにかの拍子で躓いたみたいに、復讐の気配すら見せずに

 

「僕は、終わったのか?」

 

つい、呟いた。その声も自身の存在の薄さを表しているかのように夜へと溶けてった。

 

「なまじ飛べると、人間は何処までも強欲になれるものなのか?」

 

唇が囁く。
それは、断じて否だと否定したい問いだった。
でも、それは60億もの意思の総集、たった一人の自分がそれほど強大な意思を変えられる道理は万に一つとしてない。
それこそ、誰かが語ったように、人は忘れ、繰り返すのだから。

 

丘から見下ろす夜景は、綺麗というより心細かった。
世界の眠り、この一時だけでも世界に満ちる悪意が消え去るようで
白熱灯の明かりがまるで月のようだ。街の眠りなら、空を囲う暗雲は闇そのものか

 

少年は広場を後にする。
嘲るように自分の存在を哂った後、静かに夜の街へと戻っていった。

 

Interlude out

 

「麻痺は進んでいます」

 

彼女の主治医は深刻そうに

 

「脊髄空洞症が有力なんですけど、やはり症状に該当する病気もまだ発見できず、先天的なものかと」

 

「完治は難しい、と?」

 

「ええ、私たちも全力を尽くしているのですが、やはり治療法発見と麻痺の進行に追いつかないのが現状です」

 

少年は顔を伏せる。絶望しているのか、唇はチアノーゼになっている。

 

「痛みは、インドメタシンで緩和できますけど、それも時間の問題です」

 

Interlude out

 

病院の屋上でキラは蒼い光に包まれた。
十字を模る黒赤の翼、青と白のジャケット。

 

「僕はやっぱり、罪人だ」

 

世界のためとか、そんな大義名分を掲げていたけれども、結局は自分一人を護ることで精一杯のちっぽけな存在にすぎない。
自分しか護れない以上、他人を護ることなんて始めから無理だったということだ。
それでも、護りたいということは罪なのか?
少年は自分の手に目を落とす。自分のために真っ赤に染まった人殺しの手。
それでも、今一度赦されるなら、自分の命と引き換えにあの子を長く生かしてやりたかった。

 

「――――…懐古として、罪…」

 

行こう、罪のないあの子を死なせるなんて、そんなの運命だって赦さない。
運命を捻じ曲げることが悪だというのなら甘んじてこの身に全てを背負おう。全ては彼女のため、全てを失った自分を必要としてくれたあの子のために。

 

「行こう、ストライク…僕達はまだ、終われない」

 

この時少年は、知らない。
彼が護るべき少女が倒れたことなど