LILAC SEED_第11話

Last-modified: 2008-05-16 (金) 00:49:59

はやて――――はやて――――!

 

胸を軋ませる少女の叫び。

 

異世界で樹木にもたれるように仮眠をとっていたキラの意識は強制的に覚醒させられた。

 

「―――夢?」

 

にしてはあまりにも現実味を帯びすぎている。
総身を駆け巡る悪寒に少年は最速で飛び立った。

 

12月20日0時14分鳴海大学病院

 

白い病室は今は暗い夜と同化していた。
少年は扉の横に据えられたパイプ椅子に腰掛け、ただ静かに少女を看ていた。

 

シグナム達の語る、苦痛に歪んだ表情。

 

検査結果としては何の異常もなかったが、明らかに症状の悪化は歴然だった。
心臓に達した時点がタイムリミット、解っていても管理局の監視が強化されてきた今日この頃では一日に蒐集できるリンカーコアも限られてくる。
現に、キラが数時間前に行った蒐集でも6ページが限界だった。

 

完成が先か、侵食が先か…

 

残りは49ページ。

 

「君の痛みを請負うことができない、それがこんなにも辛いなんて…」

 

何も出来ないもどかしさ、せめて役に立てと習得した治癒魔法も効果を成さない。

 

たまらないんだ―――
もう、待っているだけの無力な自分なんて…

 

「キラさんが気を負うことなんてないんやよ?」

 

それが誰のための救いだと言うのか?

 

「―――はやてちゃんこそ、僕たちに気を使う必要なんて、ない」

 

「それは困るなぁ。うちは家長やし、みんなの生活はきちんと支えなきゃあかんのやよ?」

 

優しさがときに残酷になる。こんなとき、素直に泣いてくれた方がよほど楽だろう。キラにとってもはやてにとっても。
だけども少女はそれを善しとしない。
その小さな体にどうしてそこまでの強さがあるのかと、それほどまでに少女の精神は強い。
キラの懸念は今のこの現状ではなく、ふとした拍子に砕けてしまうのではないかと言うこと。強いからこそ、その時の反動は想像を絶する、それに10の少女が堪えれる筈がない。

 

「―――ねえ、はやてちゃんは今幸せ?」

 

ええ、と少女は即答した。

 

「家族になってくれたシグナム達、黙って私らを見守ってくれるキラさん。
私にとっては大きすぎる幸せや、皆に勝る幸せなんてないよ?」

 

それは輝くような笑顔だった。

 

ああ、とキラは思う。

 

自分もまた、この家族の中に入れて幸せだったのだ、と。

 

たいていの大切なものはなくしてからでないと、それを実感できない。キラ自身もそうだった。
見知った日常、失われた友人の笑顔。
そして、暖かな微笑み。

 

大切だと、自覚できただけ。
ただそれだけ。だけど、そこには意味がある。
それを守ろうと言う決意がある。

 

ようやく、解った。
僕は協力なんて、関係なく…
この強くて儚い小さな少女(はやてちゃん)を心から生きて欲しいと望んでいるんだ

 

Interlude out

 

こんにちは、と病室に入っていく小さな人影をシャマルと共に眺める。

 

「万が一はないですよね?」

 

「ええ、魔力は闇の書に集中していますから、はやてちゃん自身の魔力量は一般人程度です。
露見することはない、と思います」

 

息をいつもより長く吐く。
命を噛み締めるように、長く。

 

「前から聞こうと思ってたんですけどキラさんは、はやてちゃんをどう思ってるんですか?」

 

藪から棒に、と振り向いたキラが見たものは達観したような彼女の横顔だった。少年も前に向き直って思いを巡らす。

 

家長?
否だ

 

恩人?
それ以上

 

妹?
有り得ない事ではない、金髪の彼女は生物学的に双子ではなく姉になる。
もしもだ。
もしも、自分に年の離れた妹がいるならば、きっとはやてのように自分を慕ってくれるのかもしれない。

 

恋人?
まさか?
はやてが自分に好意を抱いているのは知っている。
でもそれは、男女の間柄でなく、兄を慕うようなものだ。

 

だが、まあ慕っているのは事実である。

 

「括りに意味なんてあるんでしょうか?」

 

予想外だったのか彼女が振り向くのが気配でわかった。

 

「僕にとって彼女は彼女です」

 

様々な感情がそこには渦巻き、絡み合い、個々と言う枠組みを形成する。

 

「でも、確かに言えることは僕は彼女を好いているってことですか」

 

もちろん、妹的だが。
その言葉をどう捉えたのかシャマルは椅子に深く座りなおした。

 

「―――珍しい組み合わせですね」

 

切った視線を戻す。
シャマルが頭を下げるのは、この人位だろうか?

 

「ちょっと、お話があります」

 

石田先生に頷き、静かに立ち上がった。
シャマルに目配せをし、先生の後を追っていく。

 

「中に入ればいいんじゃなんいですか?」

 

「それは野暮でしょう?」

 

それもそうですね、と同意する彼女は病室から離れたロビーにキラを連れて行った。
そのまま、待合の椅子に腰掛けた。キラもまた促されるように彼女の横に腰掛ける。

 

「不甲斐無くて申し訳ありません」

 

「先生が謝ることなんてないですよ。僕達だけじゃ、はやてちゃんはどうなんていたか解りません」

 

事実だ。
キラが来る前、ヴォルケンリッターが訪れたと言うのは一年前。彼女はずっと一人だった。それを支えてくれたのは、間違いなく石田先生だ。
先生には感謝してもし足りない。
だから、これからは自分達が小さな命を支えると誓ったのだ。彼女が護ってきてくれた命を―――

 

「私も貴方達には感謝しています。
貴方達が来てから、ずっとあの子は笑うようになりました。
今日のことだって、シャマルさんたちがいなければ、もしものことがあったかもしれませんから」

 

「もしも、の話は嫌いです」

 

そうですね、と呟く彼女もまた少女を想ってくれている。少女の身内は自分らだけでなかったことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「はやてちゃんの麻痺は、正直治療の目処は立っていません。
もちろん、最善を探してはいるけど、苦痛と戦っているのははやてちゃん自身。
私達が諦めてしまったら、その時点で終わってしまう。
だから想い続けてあげてください」

 

言われるまでもない。
想ってくれるヒトがいる、それがどれだけ幸せなことか、キラはその過酷な生の中で理解している。
理解できたことが、幸せかもしれないけれども

 

「君の想いは継がれていくよ、ラクス…」

 

Interlude out

 

12月22日AM:07:12

 

僕の命がはやてちゃんの命に還元されるのならば、幾らでも差し出そう。

 

「いいのか、本当に?」

 

「支えることは皆に任せます。僕は僕なりのやり方ではやてちゃんの回復を助けます」

 

僕の罪。
僕の業。

 

なんでもいい、贖罪にすらならないけど、あの子だけは、皆の想いを継ぐ少女だけは

 

「迷わないで、もう僕達は後戻り出来ないんだ」

 

僕のことよりも、それよりも、
君達は、貴方達は、こんな生き汚い僕のことよりも…

 

自分たちの主を…

 

だから…

 

「お願いします」

 

――――リンカーコア、蒐集。

 

Interlude out

 

23日

 

気配に乱れがある。

 

この感じは―――――

 

「起きたか」

 

「・・・ザフィーラ、さん」

 

扉には大きな蒼い背中。寡黙な青年が視線だけを此方に向けて佇んでいた。

 

「病院に向かったシグナムとシャマルと連絡が途絶えた。
我は今から向うが、お前はどうする?」

 

「気遣い感謝します。
だけど、今は――――戦う時だ」

 

行こう、まだ本調子ではないけれど。
僕は剣でしかないんだから―――――

 

――――――――いやああああああぁぁあああぁあぁああ!

現実を侵食する、最悪の悪夢

 

・・・to be continue