LOWE IF_592_第07話2

Last-modified: 2011-02-23 (水) 16:51:50

さて所変わってプラント。
ここに、ギルバート=デュランダルの私邸が存在する。最高評議会に向かう前、彼は少しここに滞在し、少しばかりの休息を取っていた。
いや、何かを待っているようで、椅子の上でゆったりと腰を預けながら、コーヒーを一口飲み、テレビ中継を見る。そこには、大西洋連邦が地球の国家と同調して、テロリストの受け渡しなどや評議会への監視員派遣などを請求をしており、
これが満たされない場合プラントを悪質な国家とみなし、武力をもってこれを排除も辞さないという共同声明が流れていた。
と、そんな記事が終わった瞬間、パソコン内臓のテレビ電話がなり、それをデュランダルは素早くつなぐ。すると、初老の男が画面に映るが、少し暗く、顔がはっきりしない。が、男は少し口元に笑みを見せると、デュランダルと話し始める。

『私だ、デュランダル。放送は聴いたか?』
「お久しぶりですな。壮健そうで何よりです。ついさっき放送の方は聞かせていただきました。ロゴスは、説得できませんでしたか」

ロゴス。地球に存在する、軍需産業の企業複合団体で、その影響力は高く、地球各国との繋がりも強いとされている。それゆえに、ブルーコスモスとのつながりも強いとされている。
が、その全容は謎とされ、存在自体は世間の裏側に隠れた、いわば闇の企業団体。その構成メンバーの幹部も、表では重工業会社の経営者であるのだから、その利潤を確保しようという腹なんだろう。
そんなロゴスという存在は、政治家達の中でも高い地位にいるものしかその詳細を知らないのだが、デュランダルもまた、その知るものの一人だった。電話の奥の人間も、幹部でないにしろ、ロゴスのメンバーの一人である。

『困ったものだよ、全く。どうやら戦争を従っている者たちが多いようだ。軍需企業とはいえ、その後片付けがどれだけ金が掛かるか。それに、私にとってプラントは重要な貿易相手だというのに。バランスというものをわかっておらんな。
いや、愚痴を言っても始まらんか』
「全くです。しかし、本当に申し訳ない。貴方には散々お世話になっておきながら、こんな危険な事をさせてしまって」
『何、それはお互い様だ。君とて、危険な橋を渡ろうとしているくせに。シンデレラは、しっかりと繕われたのかな?』
「ええ、まあ。彼女は大丈夫です。今のところは自分の役目をしっかりとこなしてくれていますよ」

デュランダルは椅子より立ち上がり、窓の外を見つめる。プラントの街並みが、視界に広がっていく。しかし、その中で、朽ちているところも見える。
プラントは再興した。だが、それも一部分のみ。現在では貧困層と富裕層の差が縮まっていったとはいえ、まだまだ残っているのだ。そして、その格差を無くす助けをしているのが電話の奥の人間なのだ。

「もしかしたら、案外早く出番が来るかもしれませんね。間接的ではなく、直接的にね」
『ふむ、それは少し楽しみだ。だが、引き際をわきまえないと、痛い目に遭うぞ』
「心得ておきます」

デュランダルは振り向き、画面に向かって頭を下げる。男は苦笑しながら言う。

『なら良いが。…ここからは私個人の意見だが、この戦争は前大戦ほど長引かないだろう。余程、下手な刺激さえ与えなければな』
「ほう、それはどうしてですかな?」
『実を言うところ、今回の共同声明、ユーラシア連邦は乗り気ではない。寧ろ後ろ向きなのだが…まあ言いなりになっているだけだな。だから、極端な話、ロゴスの影響力さえなくせれば、ユーラシアは何時でも独立できるということだ。
それに、今回の事件のせいで、地上は滅茶苦茶だ。乗り気であっても、戦争を続けられるだけの元気があるわけがない。ロゴス達は無理にでもMSなどを作って戦力をつくり、戦争をするだろうが…それも何時まで続くやら。
オーブは遅かれ早かれ、連合と結ばれるだろうが、それも戦力としては小さい。もしヤキンの英雄が出たとしても、それは局所的なものだ。よっぽど急所をやられない限り、影響は少ない。それにカガリ・ユラ・アスハは非戦派だ。
セイラン家が連合の言いなりになろうとも、それを彼女が簡単に許すとは思えない。オーブはもしかしたら…内部分裂によって混乱し、戦争どころじゃなくなるかもしれないな』
「オーブですか…。あれに関しては確かにそうですな。姫はお若くも中々の強さを持つ。そこが侮れないでしょうが…それが発動するには彼女は若すぎる。暫くはセイラン家や他の氏族の御輿にされると私は読んでいます。
ただまあ…後は彼らの動き待ちですな」
『…まあ後は君らプラント評議会の決定次第だな。だが、あまり追い詰めすぎると、窮鼠猫を咬む事にもなりかねない』
「それも心得ておきます。本当に申し訳ない。世話になってばかりいますな、貴方には」
『何、貸しは作っておくものだ』
「左様ですな」

二人の笑い声が部屋の中に少しだけ響き渡る。そして、先に笑うのをやめた男は、表情を引き締め、デュランダルを見つめながら言う。

『何はともあれ、後は君達次第と言う事だ。頑張ってくれたまえ。ナチュラルとコーディネイターとの融和…期待しているぞ』
「はい。そちら様も、ロゴスを早々と脱会されますよう…」
『そうだな。考えておくよ。じゃあな』

男が電話を切り、通信はそこで終わった。デュランダルは一度ため息を吐いた後、少し疲れた表情を浮かべつつ、ぼそりと独り言を吐く。

「ナチュラルとコーディネイターの融和…か。やれやれ、このままでは難題だな。さて、どう出るか」

デュランダルが目指す夢。かつてのシーゲル・クラインが目指したといわれ、そして不可能だった世界。出生率を上げるため、そして溝を無くすため、コーディネイターとナチュラルの融和を目指した世界の実現。
だがしかし、実際には流された情報からも分かるとおり、ナチュラルとコーディネイターとの溝は深まるばかりだ。デュランダルの思惑とは、別の方向へと世界は動こうとする。ならば、それに応じたように動くしかないだろう。
強すぎる力はまた戦争を生む。オーブの姫はそういった。なるほど、確かに強すぎる力、ユニウスセブン落としは戦争を生む事になった。だがしかし、戦争を生まない事だって出来たのだ。
たとえ弱すぎる力だとしても、それが石ころ一つだけでも戦争は始められる。そして、何時も戦争を始めるのは人の言葉だ。人の言葉は人の心を煽り、溝を掘る。だが、その後に生むのは悲劇だけだ。それが分からない人間が多すぎるのだ。
だから意識を改革しなければいけない。どうやって?抗戦するか。それとも、対話か。しかし、対話は無理だろう。
ならばロゴスを叩くしかないか。だが無理に攻めれば、何をしでかすかわからない。

「(ええい…後手に回るしかないか…ともなれば、ミネルバで地上の独立運動を支援するしかあるまい。そんなもので効果があるかわからんが…やってみる価値はあるか。)」

独立運動を促すと言う事は、即ちそれが地球連合と言う複合体を瓦解させる切欠になり、連合の大きな力を失くす。それがロゴスにとっても痛手となるだろう。
だが、それがロゴスの痛恨の一撃となるかが問題なのだ。苛立ちから爪を咬むデュランダル。と、そんなところへノック音が響き渡り、デュランダルは姿勢を正し、入室を促す。
「入りたまえ」
「失礼します。議長、評議会より召集して欲しいとの要請がありました」
「そうか。わかった、車を用意してくれ。すぐ準備を済ませる」
「はっ」

女性士官、恐らくはデュランダルの秘書または側近かSPであろう彼女は敬礼をするとその場から駆け足で去っていった
デュランダルも私服から制服に着替え、仕事用のバックを片手に外に出て行く。そして、用意された車に乗り、私邸から議事堂へと向かっていく。
その途中でも思考をめぐらせる。まるで、チェスをしているかのように、頭の中で世界地図を描き、駒を動かしていく。

「(兎も角地球との駆け引きはまずまず行きそうだが。問題は彼女らがどう動くかだな…。大人しくしていてくれればいいのだが…恐らくそうも行かないだろうな。動くとして考えるしかないか。
穏便に行けばそれでよし、いざという時はケイ・クーロンとナタリー・フェアレディという伏兵を使うしかあるまい。だが、約束はどうなるか?」

『お互い、秘密を明かすのは必要になった時にしましょう』

「議長」
「(いやはや下手な約束をしてしまったものだ。まあ彼もわかっているのだろうが、約束を破られるのが嫌いそうだからなぁ。それに、あのこと以外を知っていそうで怖い)」
「議長」
「(それに動かすタイミングを間違えれば、クライン派に何をされるかわからん。彼らこそ下手な刺激に敏感だからな…もしかしたら)」
「議長!」
「おおう!どうしたのだ?」

ずっと考えふけてしまっていたのだろう。秘書が耳元で叫び散らすまで、デュランダルは気づく事がなく、柄にもなく、体を強張らせながら驚いてしまっていた。秘書は呆れてつつ、
ため息を吐きながら言った。

「お電話です」
「そうか。ごほん、むふん。私だ」

気を取り直し、デュランダルは二度咳き込んだ後、電話に答える。どうやら別の秘書からのようだ。

『議長、オーブのアレックス・ディノ殿から連絡がありました。会見のアポを取りたいと』
「会見のアポ…?ほう、彼がかね」

まずは一人動き出したか、とデュランダルは口元に笑みを浮かばせる。

「よし…会ってみよう。ただ、私はこれから評議会に行かなければならないが…到着予定は何時頃だ?」
『夕方出立ですので、夜には着くはずです。評議会もその辺りには…』
「では、夜私の部屋に通してくれたまえ。ああそうだ、その案内に彼女を使ってくれないか?」
『"ラクス様"をですか?分かりました、彼女のスケジュールとの兼ね合いもありますが…やってみます』
「頼む」

デュランダルは一度瞬きをした後電話を切り、シートに深く背を預ける。アスラン・ザラがやって来る。その真意は、恐らく彼の父の亡霊についてと、プラントの動向なのだろう。
上手く行けばアスランは味方に付けられるかもしれない。が、それ以上に彼はプラントに対しての引け目を持っている。それに昔から人間関係が苦手という噂も聞く。なれば、下手な切欠だけでも、孤立してしまうかもしれない。
不安定な存在、だがそれゆえに強力でもある。デュランダルは彼を引き抜くことに決め、そのための策を練り始める。
まずは一手打ってみる。チェスは、始めの一手がなければ始まらない。連合という大物との試合の前に、デュランダルの歌姫との駆け引きが今、始まろうとしていた。

場所は再びオーブに戻る。夕日が沈む頃、オーブ首長官邸入り口。ここに、ワインレッドのスーツを着込んだカガリと、ビジネスバッグを持ったアスランがたっていた。
これより出立という時、二人は互いを見つめあいながら、沈黙を続けていた。

「…いよいよ、行ってしまうのだな」
「ああ」

短い会話しか続かない。アスランとしても、このような別れに慣れているわけではなく、どういう風に声を掛けていいかわからないでいる。一方のカガリも、アスランの心境を察してか、
言葉を選ぼうとして、中々選べず、声を掛ける事ができなかった。だが、そんな空気を、アスランはカガリの手を軽く握りながら変えた。

「…ユウナ・ロマとのことは…わかっているけど、やっぱり面白くないから…」
「え?…これ…」

アスランの突然の行動に、カガリは戸惑いながら自分の手を見る。決して華やかとはいえないが、それでも宝石が美しく光っている指輪が薬指にはめられていた。
それを確認した瞬間、カガリの顔が恥ずかしさと嬉しさから急激に赤くなり、少し挙動不審になりながらも言った。

「お、お前…こんな指輪の渡し方あるかよ!?」
「わ、悪かったな…俺は不器用な男だから…上手く言葉で表現できないし、演出なんてものは無理だけど…。でも、この指輪に込めた気持ちは…誰のものでもない、俺のものだ。受け取って…くれるかな?」
「…勿論!嬉しいよ、アスラン。大事にする」

カガリは顔を元に戻しつつも、今度は涙を浮かべて、その指輪を愛おしそうに見つめている。そんな彼女の様子に安心したか、アスランは微笑みながら、地面においておいたビジネスバッグを手にする。

「じゃあ…そろそろ行かなきゃ」
「ああ…うん。気をつけていけよ、お前…よく無茶するし。ご飯もちゃんと食べろよ?」
「ははは、カガリらしい見送りだな。…カガリも、頑張れよ」

励ましあい、一度抱き合って、カガリとアスランは別れた。そのアスランの後姿をカガリは見送りつつ、段々とその表情を暗くしていく。この別れが、何処か、長く切ないものになるということを、カガリは心の中で感じていたのかもしれない。
そして、理想としてアスランと結ばれる事を望んでいる中で、現実として選ばれている道は違う。望んだ結婚…いや、一時は望んでいたのかもしれないが、今はすでにそうとは露の一滴も考えていない道に行かされる。
この指輪の思いが叶えられることはないのだろう。何とも儚い事か。
だが、指輪に託された思いはそれだけじゃないはずだ。だから、精一杯やるしかないのだ。今は。

「…アスラン。キラ、ラクス…私はどうすればいいのだろうか?ナタリー…私、本当にアスランをプラントに行かせてよかったのかな…。責任は、持つつもりだけど…」

「ああ~…お星様が見えますわぁ…あ…彗星…いや、違いますわね、彗星ならもっとぱぁって動きますわよね…うふ、うふふふ」
「…どうしたんですか、ナタリーさん」
「ああ、放っておいてくれ」

それから時間が経って、夕食時のミネルバ艦内食堂。ルナマリアの目の前で机に突っ伏して、何やら危険な事を口走っているラクスにルナマリアは少し引き気味で心配そうに見つめる。
そんなラクスの様子を呆れながらみていたケイは、ご飯を口にしつつ、焼いたアジの干物を口にする。脂がいい具合に乗っており、口の中でとろけそうになる味は、癖になる。

「干物美味いなぁ…」
「プラントじゃあ取り寄せ、しかも高い値段でしか買えませんからねぇ。輸送料が掛かりますし」
「ああ、そうだね」

そういっているうちにケイの分がなくなり、物足りなさを感じた彼は、ラクスの前に置かれていた御盆の上にある干物を見つけた。まだ手も出されていない、ホカホカのものである。
ケイは目を光らせ、箸を素早く干物に向けて動かす。が、それを感知してか、突っ伏していたラクスは急に顔を挙げ、そしてケイ以上の素早さで干物を取り上げると、頭から頬張った。

「おっと?」
「お行儀が悪いですわよ、ケイさん。人のご飯を横取りしようなんて」
「頭から丸ごとバリバリ食ってる君に言われたくないけどねナタリー。起きてたっていうか生きてたの?」
「むぐむぐ…んむ、まあ何とか。でも正直もう気力がありませんわ…」

やっぱり顔を机に預けつつ、干物を一気に噛み砕いて飲み込んだラクスは心底疲れたような表情を垂れた。まるで何時かの垂れ何とかのような様子である。
ルナマリアはそんな彼女の様子に疑問を持ち、質問をした。

「そういえば、ビルさんと一体何やってたんです?そんな疲労しきって」
「…まあ、所謂スパルタ教育っていうものでしょうか。シミュレーターを使ってずうっと。やりすぎだって、流石にマッドさんにも怒られましたわ」
「…ずっとって…もしかして、昼から?」
「はい。そうですわ」
「ひぇぇ…」

ラクスの言葉に思わず悲鳴を上げてしまうルナマリア。昼からというと、少なくとも6時間はシミュレーター室に入っていたと言う事になるから、相当過酷だったのだろう。
MSの操縦、それも戦闘をするというものは高い集中力を要するもので、一瞬の油断は事故、または死に繋がると考えても良いほどだ。それを6時間続けて行うというのだから、疲労感は凄まじいだろう。
もっとも、ルナマリアのそんな想像とは裏腹に、その殆どの時間をバビの操作に慣れるために使ったのだがさて置き。

「よく持ちましたね」
「うぅん、まあこれも死なないようするためですから…それにしても、バビはじゃじゃ馬さんで困りましたわぁ…。ジンは結構素直だったんですけれど…」
「じゃじゃ馬ねぇ。所謂ツンデレか!」
「つんでれ?」
「いや気にしないで。それより戦績はどうなのさ」

ケイが一人で納得し、ラクスには聴きなれぬ言葉を発して、思わずラクスはハテナマークを頭の上に浮かべるが、ケイはすぐさま誤魔化して話を進める。
何だか納得していないような表情をしているラクスだが、さらに落ち込んだような表情を浮かべて、机に突っ伏した。

「…これで通算40連敗…」
「通算…」
「て言う事は…」
「はあ~…まだ慣れていないとはいえ、何時になったら私ハイネ隊長やビルさんに勝てるようになるんでしょうか?はあ~…」

ため息を二回ほど吐き、体を起こして茶碗を片手に白米を食べるラクス。今度は行儀良く、少しずつ、丁寧に食べていた。少しは気力が戻ったと言う事か。

「ははっ!ナタリーが俺に勝とうなんて10年早いぞ!」

と、そんな彼女の背中を、食事を取りに来ていたビルが少し強めに叩く。その所為でラクスは咽て、思わずご飯をぶちまけそうになったが何とか耐える。そして、ビルの方を向いて言った。

「ビルさんは体力が底なし過ぎます!それに、男性が女性を痛振るのは酷いですわよ?」
「ははっ、道理だ。だが、戦場ではそんなことはお構い無しだぞ?それは今までの経験から分かってる事だろうに」
「…まあ…それはそうですけど」

ビルに余裕で説き伏せられ、やはり落ち込むラクス。人間、越えられない壁が目の前に出てくると、戦意喪失するかそれとも気合が入るかのどちらかなのだが、ここまで完璧に叩き伏せられると、
落ち込むしかなくなるのは皆そうなのだろう。ラクスもそんな人間の一人だ。しかし、ここから先、上手く行くためには更なる努力が必要となり、そして、その壁を乗り越えた時こそ、達成感を得られるのだ。
とりあえず気を取り直し、おかずのトマトをほお張る。そして、スープを一気に飲み干すと、立ち上がって外に出ようとする。

「どうしたの、ナタリーさん?」
「ん、ちょっと甲板掃除でもしてきますわ。気分転換にね」

ラクスはルナマリアにそういい残すと、すたこらさっさとその場から立ち去っていった。呆気に取られていたルナマリアも苦笑しながら見送っていった。

「らんららん、お掃除お掃除。気分転換にはお掃除らんらんっと」

掃除用具ロッカーからモップとバケツ、そして洗剤を取り出したラクスは、鼻歌交じりに甲板へとやってきた。と、そこでは一人夜空を見上げながらタバコを吸っている艦長タリアがいた。
タリアもラクスの存在に気がつき、そちらの方を向きながら声を掛けた。

「あら、ナタリーじゃない」
「こんばんわ艦長。おタバコ吸われるのですね、意外です」
「そう?貴方も掃除なんて偉いのね。シン達にも見習って欲しいわ」

お互いに軽く笑みを浮かべながら、ラクスは洗剤を混ぜたバケツの水にモップを浸し、それで甲板を丁寧にかつ力を込めて掃除をする。そんな光景を、タリアはタバコを吹かしながら見つめていた。
その様子は、艦長としての凄みをもってではなく、何処か母親のような目線だった。

「まあ私の趣味の一つなもので。こうすると、考えも纏まるんです。色々と」
「ふぅん、いい事ね。私も、こうしてタバコを吸って一息つくと、纏まらないことも纏まりそうになるのよ。でも、結局はその場凌ぎだけれどね」
「私もそうですわ。でも、無理にでも納得しなきゃやってられません」
「その通りね。…驚いたわ、貴方意外とリアリストなのね」
「そのフリをした、立派なイデアリストです。言葉では分かっていても、感情では抑えられませんから」

タリアが意外そうに見つめるので、ラクスは苦笑しながら付け加える。リアリストな軍人としては、ラクスは感情的過ぎるし、そもそも言動も理想主義者のそれなのだから。
ただ、少しばかりの現実を、苦労した2年間で叩き込まれたのだろう。彼女とて、すべてがすべて綺麗にいくとは思っていない。彼女だって、殺されかけたのだから。

「そういえば、MSパイロットでは貴方が一番ベテランなのね。先の大戦を生き残ったって言うのは、相当の腕前を持っているのでしょうね」
「そうでもありません。私はハイネ隊長の後ろにずっと隠れたままでしたから。私はあんまり…」
「そう謙遜するものではないわ。もっと胸を張りなさい。唯でさえ、女性兵士は男からバカにされやすいのだから。…特に状況も把握できず、正しい判断も下せないような人ほど、なめるんだわ」
「はあ」

タリアが急に声のトーンを落としたのに気がつき、ラクスは作業を中断して、きょとんとした表情でタリアを見つめる。
ラクスは知らないが、タリアは目立ちはしていないものの、前大戦で戦艦の指揮を取っていた履歴を持つ女性士官である。その能力は高い水準にあるはずなのだが、
ケイが握った情報の通りというか、議長ギルバート・デュランダルと肉体関係を持つという噂が広まっており、現在の地位もそれで手に入れたのではないかという風があったのだ。
勿論、そんな事はなかった。タリアはタリアで地味ながらもコツコツと戦績を稼ぎ、時には戦場で汚いことをしてでも手に入れたのだ。それもこれも、ある理由があるのだが、それはさて置き。

「あ、ごめんなさいね。こんな年増の愚痴につき合わせて。気にしないで作業を続けて」
「いえ、それで艦長のご機嫌が直られるのであれば、私は何時でもお付き合いさせていただきますわ」
「ふふ、ありがとう。純粋なのね」
「バカですから」

ラクスの正直な言葉に、タリアは苦笑してみせる。だがその心中では、その純粋な心の危うさを心配していた。
純粋なものは美しく、輝きは綺麗なものだ。だがしかし、純粋なものは脆い。脆い故に、戦争というものに身を投じれば、その結末は。
前大戦で散々見てきた事だ。気違ったものもいれば、酷く汚れ生き残ったものもいる。
戦場は地獄だ。その地獄を生き残るには、純粋な心も憤る感情も邪魔になりかねないのだ。だが、それを感じるのもまた、戦場でしかない。
タリアには何もいえなかった。言葉は徒なのだから。今は、彼女の純粋さに癒されていたい。

「(甘いわよね、私も。言葉くらいで潰れるくらいなら、始めから潰しておいたほうが身のためだというのに)」

帽子を被りなおしながら、タリアは二本目のタバコを咥えて火をつけ、そしてふかす。そんな彼女の心情は露知らず、ラクスは黙々と掃除を続けていた。
タリアのタバコの灰が、どんどんと大きくなっていく。と、丁度一度携帯灰皿に灰を落とそうとした時だった。

「艦長、大変です!!」

副長アーサーが甲板に飛び込んできた。それを受け、タリアは動きを止めて尋常じゃない雰囲気の彼に対応する。

「どうしたの?そんなに慌てて」
「はあ…はあ…開戦ですよ!今、大西洋連邦が代表して、地球連合は午前0時を持って武力排除に出ると!」
「来ましたわ…!」
「…」

開戦、その言葉を聴いて、ラクスは緊張をする。サトーの予言が当たった。いや、もはや誰の目からでも、十中八九はそうだと感じていた事。
タリアはそんなラクスの覚悟の表情を見て、少し感心しつつも、持っていたタバコを握り締めた。手の平が火傷したが気にせずアーサーに指示を送る。

「コンディションイエロー発令。艦内警備はステータスB1に設定。以後部外者の乗艦を全面的に禁止。全保安要員は直ちに配置につける事」
「りょ、了解です!」

アーサーはそのタリアの様子に圧巻されながらも、慌てて敬礼をしてその場から離れ、ブリッジへと向かっていく。タリアは握り締めたタバコを放し、黒い灰が広がっている手のひらを見つつ、
ラクスに話しかける。その様子は何処か、冷たい。ラクスは少しその威圧に圧され、冷や汗をかくが、タリアはそんなのに構わない。

「ナタリー」
「は、はい」
「次も生き残れたらいいわね」

嫌味ではない。だが、その言葉には何処か願望というか、それ以外の心情が込められているような、そんな心情になったラクスであった。
そして翌日。連合の一方的に始まったプラント侵攻は、防衛側であるプラントの勝利で終わった。状況概要はこうだった。
0時、太平洋連合は宣言どおり、月より大量のMS部隊がプラントに侵攻。プラント側は防衛ラインを張り、これに対抗する。
ヴェステンフルス隊隊長ハイネは先行して連合MS前線を奇襲。戦艦2基とMS6体を撃破。他の隊もそれに続き、まずは有利に進める。
ジュール隊もこれに続こうとしたが、別働隊の動きに感知。シホに指揮を任せ、部下を引き連れて別働隊への攻撃を開始。これを撃破する。
が、しかしこれらは囮であり、核搭載部隊がプラントに向けて核ミサイルを発射する。唯一帰還可能だったイザークはそれに勘付き、迎撃に向かおうとするが間に合わず、プラントへの直撃は免れないものだと思われた。
だが、それを防いだのはザフトの新兵器ニュートロンスタンピーダーだった。核を暴走させ攻撃隊を撃破。これにより、地球連合は撤退を余儀なくされ、プラントの勝利となった。
虎の子の一撃だったものの、これは地球連合への『核を使えば自滅する』という良い脅しとなり、攻撃は一時的にやんだ。地上におけるカーペンタリア、ジブラルタル攻撃組も包囲をしたまま動けないでいる。
しかし、軍が動かずとも国は動く。

【前】 【戻る】 【次】