LOWE IF_592_第07話3

Last-modified: 2011-02-23 (水) 16:52:58

戦後プラント、議事堂議長室。デュランダルを訪問していたアスランは、そこで衝撃的な出来事を目の当たりにする。
連合による侵略行為に留まらず、プラントへの核攻撃のニュースだった。

「核…攻撃?そんな!」
『極軌道側よりプラントに向けて放たれた地球軍の核ミサイルは、極秘に開発が進められていたニュートロンスタンピーターによってすべて撃破されました。これにより、地球軍は一旦全軍月基地に撤退した模様です』

アスランは、議長室のモニターでそのニュースを見て、愕然としてしまう。ユニウスセブンの悲劇、血のバレンタインの二の舞が、つい先ほど起こりそうになっていたのだ。彼もまた、母親をユニウスセブンで亡くしている。
そのためにザフトに入り、ナチュラルに復讐しようとしたのだったが…。その後は様々な出会いや別れを経て、和解の道を歩めないかと考え始め、そしてカガリと共に生きてきた。
だが、その努力も空しく、再びプラントは核の炎に焼かれそうになった。自分の父の亡霊がやらかしたことは、ここまで事態を発展させてしまったのか。

「アレックス君。大分待たせてしまったようだな。すまない」
「あ…議長」
「まあとりあえず掛けたまえ」

と、そんな呆然としている彼の元に、デュランダルが現れた。デュランダルはソファーに座るよう薦め、自分は立ったままテレビ放送を見つめる。先ほどのニュースキャスターが、外の様子を説明していた。
アスランもはっと気を取り直し、ソファーに座る。だが、その表情はまだ暗いままだ。

「しかし…痛々しいものだよ。ユニウスセブン落下の件に関しては我々もできうる限りの誠意を持って対応してきたつもりなんだが、こうまで強引に開戦され、そのうえいきなり核を撃たれるとはね。今度はこちらが大騒ぎだ」
「…あの。それで、議長、いえプラントは今後どう対応するおつもりなのですか?」
「…我々がこの報復に応じれば、また世界は泥沼の戦場になりかねん。無論、そんな事はしたくはない。だが、実際に核は撃たれてしまった。衆民も…相応の態度を示せねば、納得はいくまい」
「武力行使…ですか。ですが議長!それだけはどうか考え直してください!憎しみや怒りだけで撃ち合えば、それこそ前の大戦と同じようになってしまう!何のために戦って、何のために撃ち合っているのかわからなくなって…」
「アレックス君…」

アスランはまるで溜め込んでいたものを吐き出すように、強い口調で懇願する。そんな彼に対し、デュランダルは宥めるように声を掛けたが、自分が使っている偽名を聞き、ついにアスランはすべてを吐き出した。

「俺はアスラン・ザラです!二年前、どうしようもないまでに戦争を拡大させ、愚かとしか言いようのない憎悪を世界中に撒き散らした、あのパトリックの息子です!
父の言葉が正しいと信じ、戦場を駈け、敵の命を奪い、友と殺し合い、間違いと気付いても何一つ止められず、全てを失って…なのに父の言葉がまたこんなッ!」
「アスラン君」
「絶対に繰り返しちゃいけないんだ…こんな事!」
「アスラン君!」

吐き出す勢いのあまりに、錯乱しそうになるアスランを、デュランダルは大声で彼を呼びとめて落ち着かせる。アスランも何とか落ち着きを取り戻し、口を閉ざす。

「ユニウスセブンの犯人の事は報告で聞いたよ。君が父親であるザラ議長の事をどうしても否定的に考えてしまうのは分かるが、だがしかし、ザラ議長が行ったことも、元はプラントのために思って行った事だ。
そうだろう?」
「…しかし…父がやらかした事は…」
「…想いがあっても、結果的には過ちを犯してしまう事だってある。逆に、過ちを犯さないものなどいないのだ。確かに、ザラ議長は少しやり方を間違えたのかもしれない。
そして彼から発せられた強い言葉はさまざまな人間に届き、一部の者達に都合のいいように受け取られてしまった。
それに、ユニウス事件の犯人の一部は、変わろうとしないから変えてやるとはっきりと自分の意志を見せてきた。それは、もはやザラ議長の意志ではなく、彼らの意志なのだよ。
確かに、彼らの言葉は受け入れられるべきなのかもしれない。だが、振り回されてはいけないのだ。アスラン君、君は君なのだから。
君は戦争を止めたいという意志を持ってここに来てくれた。そうだろう?人々のそういう想いが、いつか戦火を失くしてくれると、私は信じているよ」
「議長…」

デュランダルの言葉は、パトリック・ザラの言葉を利用せんとする者達が縛り苦しめていたアスランの心を少しずつ解放していった。
自分と言うものを持つ事。そして、その強い意志は世界を滅ぼす事も、救うことだってできるのだ。そう、議長はアスランに諭してくれた。アスランが心を安らかにしていた、そのときだった。

『皆さん、聞いてください』
「!!ラクス…?!」
『このたびのユニウスセブンの事、またそこから派生した地球連合軍からの宣戦布告は実に悲しい事です…。ですが、怒りに駆られ想いを叫ぶだけでは、それは新たな戦いを呼ぶものとなり、悲劇を生むばかりです…』

突然、流れっぱなしになっていたモニターに現れたのは、アスランがよく知る元婚約者ラクス・クラインだ。しかし、ここにラクスがいるはずもない。なぜならば、ラクスはオーブにいるはずなのだから。
では、目の前で平和を訴えている人物は誰なのか。戸惑いながらデュランダルを見るアスラン。それに気がつき、苦笑するデュランダルは静かに口を開く。

「笑ってくれても構わんよ。私がやっている事が小ざかしい事だとはわかっているさ」
「偽者…ですか」

恐る恐る尋ねるアスランの言葉に、ゆっくりと頷くデュランダル。そして、言葉を続けた。

「ああ。だが先の大戦で平和を訴え続け姿を消してしまった伝説のアイドル『ラクス・クライン』の影響力は未だ衰えを知らない。だからこそ、彼女の力が必要なのだ。プラントには」
「…」
「そして彼女も彼女なりに平和を訴えてくれているのだ。それはラクスという名を受け継いだ、彼女の意志なのだ。認めてくれとは言わない。ただ、責めないであげてくれ」
「…しかし…偽者を立てるなど…」
「まあ、本物が帰ってきてくれればそれに越した事はないのだが…。彼女も、代役だと言う事は認識している。だが今は彼女の力が欲しい。そして、君の力も」
「え?」
「来たまえ。案内しよう」

デュランダルの突然の言葉に、アスランは困惑しながらも、部屋を出ようとするデュランダルの後を追っていく。案内された場所は、どうやら機密性の高い場所のようで、何重にもロックが掛けられていた。
そして、それらを通り抜けていった後、アスランの目の前に現れたのは、灰色の巨人。

「これは…」
「セカンドシリーズ最後の一機ZGMF-X23Sセイバー。この機体を、アスラン。君に託したい。そして、その力を私に貸してくれないだろうか?」
「…それは、私にザフトにもどれと言っておられるのですか?」
「まあ手続き上はな。だが、指揮権に下れと言っているわけではない。評議会直属部隊フェイス…君も知っているだろう?」
「はい…二年前はそこに所属していましたから」
「そこへの復隊を勧めたいのだ。同じ想いを持つものとしてね」
「…」

デュランダルが言っている事、それはオーブのアレックス・ディノではなくザフトのアスラン・ザラに戻れと言う事。
アスランは迷った。父が残した物を清算するのが自分の役目である事を。そして、それはザフトの中でしかできない事である事も。
だが、まだ纏まらない。力を得て、本当にいいのか。二年間何もする事ができなかった自分が、そんな資格があるのか。

「迷っているようだね…」

デュランダルの言葉に頷くアスラン。それを見たデュランダルはセイバーのほうを向いた後、言った。

「まあすぐに決めてくれとは言わない。迷う事もあるだろう。今日はゆっくり休んで、意が決まったら、教えてくれるかね?」
「はい…」
「今日はもう遅い。ホテルを用意させておいたから、そこで休みたまえ」
「わかりました。何からすいません。あの…面倒ついでに宜しいでしょうか?」
「何だね?」
「明日、外出許可を頂きたいのです。少し、行きたい場所がありまして」
「ふむ…それは別に構わないが。この時勢だ。監視護衛をつけるが…宜しいかね?」
「はい、構いません」
「では手配しておこう。ホテルまでの案内は、彼に任せておいてくれたまえ」
「はい。今日はありがとうございました」
「では行きましょう」

使いの者に連れられ、アスランは一例をした後、その場を後にしていった。その後姿を見送り、姿が見えなくなったのを見計らって、セイバーを眺める。
セカンドシリーズの中で、カオスと並んで、火力を上げた空戦仕様のMS。開発が遅れてくれたのが幸いして、この一機だけは今でも無事のままだった。だが、この力は正しい人間に使われるべきなのだ。
綺麗なままではいけない。だからこそ、アスラン・ザラという人物に渡すのだ。

「(問題は、偽者のラクス・クラインとの関係くらいか。これは早めに解決すべきだろうか。…本当ならば、ナタリー・フェアレディにミーアの役をやってもらえればいいのだがなぁ…。
そうも行くまい。ここは、彼女らの采配次第に賭けるしかないか…。ケイ君。アスラン君は、君が考えているほど愚かな人間ではないぞ)」

彼の心の中に浮かぶのは、本当の意味でのラクス・クラインであるナタリー・フェアレディの姿と、彼女のパートナーであるケイ・クーロンの事。
その二人も重要なキーパーソンとなりえる者達だ。彼らというカードをどのように使い、どのような場面でめくるか。まだまだ彼の勝負は始まったばかりだ。

そして二日目。

「開戦、しちゃったねぇ、カガリ」
「ああ、そうだな」
「ザフトも、揚陸作戦を始めるそうだよ。積極的集団的防衛権の発動だってさ。素直に侵攻作戦って意言えばいいのにたくもう」
「…そうか」

オーブ首長国、議事堂休憩室。ここで優雅にコーヒーを飲むユウナとは対照的に、どこか思いつめた表情でいるカガリ。答える口調も、どこか素っ気無く、心ここにあらずと言ったところか。
ユウナはコーヒーの香りを嗜みながら、彼女の隣に歩み寄った。

「開戦しちゃったものはしょうがない。これからのオーブの事を考えなきゃね。しっかし、地球連合も馬鹿な連中さ。核を撃つ事よりも、もっと有効な策を考えればいいのに。流石に三度目、いや四度目か。
そこまで喰らうほど、ザフトもバカじゃないのにねぇ」
「ユウナ、これを機に大西洋連邦との同盟締結を」
「それは無理」

地球連合の不手際を批判しているユウナを見て、空かさずカガリは今話題となっている大西洋連邦との同盟締結を阻止しようと試みたが、それをユウナは予想していたと言わんばかりに、
空かさず却下する。カガリは少し俯きながら反論した。

「何でだよ!?だってあんな一方的に開戦を宣言をして、かつ核攻撃を仕掛けたような滅茶苦茶な国家だぞ?!そんな国と…」
「そんな国だからさ。核とあれだけの戦力が月の基地に存在していたんだ。と言う事は、本拠地であるこの地球にはどれだけの戦力があると思う?
もし同盟を断って、こっちも敵性国家と認められちゃったら…ああ、怖いね。こんなこと、言わずもがなだよ」
「…くっ…」

だがその反論も空しく、あっさりとユウナに論破され、回避されてしまう。カガリは再び何か反論する事ができないかと思考してみるが、何も浮かばない。

「それにね、駄々こねて地球の国々から孤立して、被災して苦しむ他の国々に手すら差し伸べないと?うちは理念がありますから、援助できませんって」
「…では、ここに住むコーディネイターはどうなるというのだ!彼らだってオーブの国民なんだぞ!?地球連合と同盟を組むって事は…」
「おや、カガリとしてはいいところに気がついたね。さすが、アレックスを秘書にしているだけあるね」
「茶化すな!」

馬鹿にされているのかとカガリはユウナに掴みかかろうとしたが、何とかユウナはそれを宥める。ユウナ本人としては、カガリがこういう配慮ができる事に本気で驚きを覚えていたので、
思わずこのような言葉を出してしまった。どうやら、カガリも政治家ウズミの子供としての能力は少しばかりは持っているようだ。
これでいい。これでこそ自分が補佐すべき国家代表なのだ。そう思いつつユウナは苦笑しながら言う。

「ごめんごめん。それで、この国のコーディネイターのことだけどさ…。
まあ二年前に見たいに、属国にまで落ち込めば、ブルーコスモスが多数いる地球連合の一部、ってことだからコーディネイターを追放しなきゃいけないっていう状況に落ちた。
というより、それが彼らのためでもあったからね。安全を確保するためだからさ。まあ五大氏族や代表が死んで、政府が混乱していたから、そこをつけこまれたのも事実だけど。
さてここからが本題。これからどうするか?戻ってきたや大戦後に入居したコーディネイターを追い出すのか?それはNOだ。今回は同盟であって従属ではない。
それに、そもそも地上にいるコーディネイターっていうのも、エイプリルフールクライシスの被害者なんだから、保護する義務がある。
元来、ブルーコスモスって言う組織はそういう事をするものなんだ。まあ、今は過激派が台頭し過ぎて、そっちのほうが目立っているようだけどね。結論を言わせて貰うと」
「コーディネイターも今までどおりの生活が可能」
「その通りさ。だけど、居心地が悪くなるから、彼ら自身が出て行くということは避けられないだろうけど…。
まあ、彼らの立場を守れるかどうかって言うのは、僕達次第なんだからね。地球連合がオーブのコーディネイターも排除しろって言ったら、どう対処しようか、少し迷ってる」

自分のあごに手を添え、ユウナは珍しく真面目な表情を浮かべながら迷っていた。こういうプライベートの中でのやり取りでこういう表情を見たのは久しぶりだとカガリは思いつつ、ユウナに質問をする。

「迷っている?」
「うん。その場合は従ったほうが賢明かなぁとは思っていたんだけど、意外とカガリも頼りになるってわかったし。ここは強気に出てもいいかなぁって。連合の軍事行動に協力するのは仕方がないとして、
コーディネイターの難民の保護、及び現国民の処分に関してはオーブ独自の判断にて行うっていう条件をつける。問題は、強力な後ろ盾がない事。何かこう、弱みとかがあればそこにつけこめばいいんだろうけど、今のところそんなのは無いし…。
勢いもない。ただ、後者に関してはカガリ、君にはできる事なんだ」

ユウナは丁寧、かつ正直にその質問に答え、そしてカガリを不敵な笑みを浮かべながら見つめた。カガリ・ユラ・アスハだからできること。それは父親から受け継ぎ、そして独自に彼女が持つカリスマ性というもの。
カガリという人は、オーブ国内で絶大な人気を持つ。それこそ、彼女の声は国民の声と言わんばかりのもので、一種独裁者的な危うさもあるわけだが。
兎に角、彼女の影響力や、力強さというものはオーブにとって強力な武器となる。後は至らないところをユウナ他執政官たちが補えばいい。それがユウナとしての理想だった。
ともなれば、もう一押しが必要なのだ。
と、そんな事を考えているユウナの事など露知らず、カガリは少しばかり苦い表情を浮かべながらも、満更でもないと言う感じだった。

「私にできる事…か。やっと代表らしくなったか、私は?」
「かもね。でもこの話はあくまで同盟を組んだ後の話だよ?組む気にはなったのかい?」
「あ…いや…ああ。私には、この国を再び撃たれるかもしれないような道を選ぶことなどできない…国民は宝なのだから。コーディネイターであってもナチュラルであっても…。今は…耐えてみる
でも、勘違いするなよ、私は全面的に連合を許したわけじゃない。」

カガリは悔しそうに拳に力を込めて、握り締める。彼女の心の中に、シン・アスカという少年が浮かんできた。
中立を謳い、それが結果的にオーブを戦乱に巻き込んでしまう事になれば、それこそ第二第三のシン・アスカを生む事になる。それだけは絶対にいやだ。
だから、犠牲の少ないほうへと行きたい。自分が卑怯者だと言われても、偽善者と言われようとも、恥知らずと言われようとも、せめて国民だけでも助かれば…。
綺麗事だけでは生きていけない。カガリという人間に、必要な埃が生まれてきた瞬間、なのかもしれない。だが、これもまだ理屈の段階だ。心のどこかではやはり、許せなかった。

「じゃあ…ミネルバには言わないとな。仮にもあれは地球壊滅の危機を防いでくれた艦なんだ。その恩を仇で返したくない」
「それには及ばないよ。恐らく、彼らは今日出航だよ。だから、地球連合軍にぶつかるっていうことは…まあ8対2くらいでないんじゃないかな?
勘のいいやつは気がついちゃってるだろうけどさ…。ま、君の好きなようにしてみなよ」
「ありがとう、ユウナ」

少し無理やりだが、笑顔を見せ、礼を言うカガリ。ユウナもふっと微笑み、思い切り腕を伸ばしながら背伸びをした。

「ん~!じゃあ、適当に会議の方を終わらせてくるとするかね。行こうカガリ。どっちかというと、お堅い頭の軍部の方を納得させるほうに本腰入れなきゃいけないし」
「…ああ。ちょっと考えを纏めてからいくよ」
「…はいはい。早くしてね」

ユウナは軽く気合をいれ、前髪を軽く流した後、政府官達が待っている会議室へと向かっていく。カガリは窓の外の光景を見ながら、ゆっくりと俯いていく。

「あ…ダメだ…泣いちゃダメだ…。チクショウ…認めたんだろ?諦めるんだよ、カガリ…!これが一番の道なんだ…!」

もう、何もかも諦めて、認めてしまおう。だが、言葉では許せても、感情ではまだ許しきれていなかった。だから悔しいのだ。何もかも中途半端でいる自分が悔しくてたまらない。
あれだけ理念理念と言っていた自分が、こうもあっさり論破されて、考えを変えてしまう。ただ、周りに流されているだけなんじゃないか。
しかし、ユウナの言う事にも理があって、今はそれが一番なのかもしれないという事実を、カガリ自身が認めてしまった。
それが酷く悔しくてたまらない。
父が命を賭けてまで守ってきたのは一体なんだったのか。大人に振り回され、偽りの笑顔を振り回し、言いなりになる、形だけの国家代表など。

「(私は…卑怯者だな…。こうやって狡猾に味方を作って、片方で犠牲者を作って…理念を守れず…私は、私は口ばかりの人間だ!アスランの期待にもこたえられないで…。
でも、私は国を再び焼くような道なんて、選べない!…許して、くれ…アスラン、シン、キラ、ラクス…ナタリー…)」

悔しさのあまりに涙を浮かべる。元来潔癖症なところを見せるカガリにとって、言葉や理屈で了解しても、心のどこかで承れないのだ。理想と現実の間で苦しむカガリ。本当は彼女にとって、この道は歩みたくなかった。
彼女の薬指にはめられている指輪の宝石が、まるで涙のように光を反射した。
そんな彼女の心情に構わず、事態は進む。

「大西洋連邦と…同盟を組む、ですか」
「ああ…本当に済まないと思う」
「いえ、情勢も情勢ですし、残念なことではありますが、仕方ないでしょう」

早朝の緊急会議後、ミネルバに足を運び、謝罪の言葉を掛けに来たカガリは、タリアと面接していた。苦汁を飲んだような表情のカガリに対し、タリアは何処か予想していたような風に、
落ち着きをもって対応していた。それが逆にカガリにとって苦痛となる。散々世話になっておいて、裏切るような行動をするというのに、まだ優しい言葉をかけてくれるタリアに対し、どんな顔をしていいのかがわからない。

「こうして代表自ら御出下さった御誠意は忘れませんわ。それに、数々の補給物資をこちらにまわしてくれたことも…」
「いや、それらは当然の事だと思っている。この地球を救ってくれたんだ。それだけじゃ足りない。しかし、こんな結果になってしまったのは、本当に…無念だ。
ただ、大西洋連邦と同盟を組む事が、オーブがプラントを捨てた事ではないと…思って欲しいと議長に伝えてもらえないだろうか?
今は立場上、そういう姿勢をとらざる得ないが、私はプラントも地球連合も共に歩める道を探したいと思っていると」
「そのお言葉だけでも、こちらとしては嬉しい限りです。議長には一字一句違えず伝えておきますゆえ、安心してください」
「頼む…では」

カガリは一礼をして、その場から少しふらつきながら出て行った。その後姿を、タリアとアーサーは黙って見つめつつ、彼女が出て行って少したった後、タリアが口を開いた。

「危ういわね」
「ええ…。大西洋連邦と同盟を組むと言う事は…我らミネルバが置き土産にされているかもしれません。オーブも敵になり、そして外には大西洋連邦軍が待ち受けている可能性も…」
「それもそうだけれど…それ以上にあのアスハ代表。…相当、歪ませられたって感じね。孤独の理想主義者が多勢の現実主義者によって理想を汚されていく…。見ていて痛々しいわ。まさに操り人形、いい出し物よ」
「…自分も…そう思います。ただ、今はミネルバを無事、生還させる事を考えましょう。指示を、御願いします」
「…そうね。では、定刻どおり出発。コンディションイエロー発令。万が一に備え、MSパイロットは速やかに各担当MSにて待機すること」
「はっ!」

アーサーは気合たっぷりに敬礼をし、すぐさまブリッジへと走っていく。途中、盛大な悲鳴が聞こえたが、まあ転んだのだろう。気合を入れると空回りするタイプだ。
そんな彼に苦笑しつつ、タリアは帽子掛けに掛けていた軍帽を被り、ゆっくりと立ち上がる。

「(前には連合、後ろにはオーブ。さて、久方振りの地獄ね…。切り抜けられるかしら)」

タリアは久方の戦場の怖さを通り越して、少しばかり変な笑みを浮かべてみせ、ブリッジへと向かう。
そして、その頃カガリはミネルバから足早に去ろうとしていた。だがしかし、そんな時に限って、会いたくなかった人物と鉢合わせてしまった。

「あ…」
「あら…」
「あ…!何しに来た!」

曲がり角際、シン、ルナマリア、ラクスとカガリは出会ってしまった。出会いがしら、放送によって一部始終を聞かされていたシンは喧嘩腰でカガリに突っかかる。
そんな彼に何も言う事ができず、ただ黙って受け入れるしかないカガリは俯く。

「あの時オーブを攻めた地球軍と今度は同盟か!何処まで身勝手なんだ、あんたは!!」
「シンさん、駄目ですよ!」
「ナタリーは黙ってくれ。こんな身勝手アスハには…!」

ラクスの宥めも空しく、シンが更に咎めようとした時、カガリは彼の右手を包む込むように両手で握り、自分の額に当てた。
突然の行動に戸惑うシン。だが、カガリは言った。

「…許しは…乞わない…。ただ…すまなかった…ほんとうにすまなかった…!」

今にも泣きそうな表情で、唯ひたすらにシンに謝罪の言葉を投げかけるカガリ。連合の侵攻の被害者となったシンを目の前に、カガリの心もついに崩れてしまったのだろう。
二度とシンのような犠牲者を出さない。そして今度こそ理念を守り通してみせると思っていたのに、結局は駄目だった。
シンの言うとおり、自分は綺麗事しかいえない唯の籠の中の言いなり姫。どんなに咎められようとも、許されるような存在ではない。
だからせめて、彼には謝罪がしたかった。

「…っ放せよ、くそ!今更謝って済むものか!敵になるんだったら、今度は俺が滅ぼしてやる、こんな国!」

シンはそんな彼女の手を振り払い、そして去っていった。カガリは少し勢いで振られ、力なく立ち尽くしてしまう。
その横をルナマリアは少し申し訳なさそうに黙ってお辞儀をして通り過ぎる。ラクスも投げかける言葉も見つからず、同じようにお辞儀をして通り過ぎようとした。

「…しっかり、考えたんだ」
「え?」

と、ラクスは突然のカガリの言葉に振り返り、彼女の声を聞く。カガリは震えた声で続けた。

「皆、皆守りたいんだ。国民も、理念も、世界も、皆々守りたいんだよ。だからしっかり考えたんだ。しっかり考えたんだ…。
でも、結局…私が守れるものは国民が精一杯で…笑い種だよな…これで、世界がまた戦争にならないように、過ちを起こさないようにしていたんだ。
私は無力だよ…。頑張ったって…しっかり考えたって…私はただの御輿に過ぎない」
「カガリさん…」
「…あ…ご、ごめんな!こんな愚痴をお前に言ったって、お前が迷惑するだけだもんな!…でもまあ、私も私なりに頑張ってみるよ。
せめて、シンみたいな犠牲者を出さないようにしたい。もうちょっとだけ…頑張ってみるよ。ナタリーも…ガンバレよ…。じゃあな!」

ラクスが何かを言いかけたのと同時に、カガリは誤魔化しながら、ラクスをエールを送りつつ、その場から逃げるように、走り去っていった。彼女がいた場所は、少しだけ濡れていて、
恐らく今も泣いているのだろう。自分の無力さを呪って。
人は迷走するものだ。迷走して、時には出口があるのかという疑問にさえも悩まされる事だってあるのだろう。だが、そうやって人は成長していくものだ。
彼女また、今は答えが見つからない、しかし切欠を持ち、今までの自分の行動や理念に疑問を持ち、迷走を始めたのだ。
だからこそラクスは気負いし過ぎないでと励ましたかった。だが、カガリは今まで自分の行動に迷走した事がなかったのかもしれない。
だから、もがき苦しんでいる。
壊れてしまうのかもしれない。だが彼女には仲間が必要だ。それも、彼女を肯定するだけではなく、彼女を否定できる人物が。
肯定するだけではただ一つの答えに導くだけだ。だから、明かりを照らせるものが必要なのだ。この迷走する人生を照らすものを。
別に導かなくてもいい。もしかしたら、明かりを照らさなくてもいいのかもしれない。ただ、共に手をつないで、一緒に迷走してくれる人がいれば。
それなのに、今のカガリには唯孤独のみを感じさせる。大人たちに囲まれ、背伸びしなければいけない。ほんとうは、背伸びなんてしても、不安定になるだけなのに。
本当ならば、彼女の理解者になりたい。それで、彼女と手を繋ぎたい。だが、ラクスはザフト、カガリはオーブ。両名とも、立場という壁がある。
敵同士となった二人に、これからどんな運命が待っているのだろうか。そして。

「オーブが動き出すか。そして前方には誰が呼んだか連合の軍隊。こりゃまた面白い事になりそうだね」

丘の上で望遠鏡を片手に海の向こうを眺めるブラックk7。その覗き口からは、物騒な海上戦艦が多く立ちふさがっていた。どうやら、マークからも地球連合なのだろう。
それをオーブが咎めないということは、オーブが絡んでいると言う事なんだろう。だがそんな事は彼にとって関係ない。

「(…今殺してもいいけど。どうせならMSに乗った、最高の状態のときに殺すほうが、絶望するかな?それに、最高の舞台はまだ整わない。ああでも疼くなぁもう!虐めたい嬲りたい殺したい!)」

まるで玩具をお預けされたような子供のように、我慢ならないような表情を浮かべつつ、海岸で同じように海を眺めていたキラ・ヤマトを見下ろすブラックk7は、身震いをする。
今ここに、大きな戦乱と、小さくとも確実な混乱が今、始まろうとしていた。
決行日まで、後一夜。

第八話 DEEP REDに続く。 

【前】 【戻る】 【次】