LSD_第02話

Last-modified: 2008-05-04 (日) 02:04:19

 周囲が夕日で赤く染まり始めた頃、レイはマンションの最上階の奥の部屋の前に来ていた。
 昼過ぎのことだ。午前中に一瞬だけだが発作が起きたため、少し休むべくベットに入ったときだった。灰色の片翼のアクセサリー――大戦中レイが使用していたデバイス”レジェント”――にシンからの緊急信号が入ったのだ。
 すぐにここに向かおうとも考えたがレイは自分を体を優先した。もし今向かい発作が起きればシンは自分の体のことを何よりも優先する。発見させる恐れがあったとしても。
 それはレイの望むことではないし、何より自分のせいでただ一人の友に迷惑になるようなことは避けたかったからだ。体を数時間、しっかりと休め、今彼はここにいる。
「入るぞ」
 返事を待たず、レイは中に入る。ここを借りたときから誰もいない、何もない殺風景な部屋にレイは初めて人の姿を確認する。
「レイ…」
 意気消沈した面持ちでシンが出迎える。レイは顔色一つ変えず彼の間に立つ。
「ゴメン、レイ。俺…」
「ばれたんだな。お前が魔導士であることが」
 シンは視線を逸らす。その様子が雄弁に事実を語っている。
「気にするな。俺は気にしない。――どのみち永遠に隠しておけるわけでもない」
「だけど……よりにもよってアスランが来ているときに」
 必要以上に責任を感じている親友にレイは苦笑。肩に手を置くとシンは顔を上げる。
「もう一度言うぞ。俺は気にしていない。だからお前も気にするな。それよりも一体どういう経緯でばれたのかを話してくれ」
 言って、レイはタイルの下に腰を下ろす。つられてシンも同様に座る。
 ゆっくりとシンは今日の昼間の出来事を話し出す。
「――なるほど。そう言う訳か」
 話を聞き終え、レイはシンの消沈ぶりに納得する。
 管理局の、それもエリート魔導士の前で正体を晒すのは迂闊という以外なにものでもないが、それを口にしたらますますシンが落ち込むので口には出さず、
「となると、もうここにいるわけにもいかないな。早く他の次元世界に移動するべきだが」
「近くや空港のトランスポーターは局員達が見張ってるだろうな……」
 力無いシンの言葉にレイは無言で頷く。本調子ではないとはいえエリート魔導士と同等の実力を持つシンを管理局が放逐しておくはずもない。もしかしたらすでにミッド全域に指名手配されているかもしれない。
 管理局に捕らわれるのはなんとしても避けたい。これは二人の共通意志だ。CEにおいて自分達は無断で世界を抜け出た出奔者なのだ。見つかれば間違いなく強制送還されるのは目に見えている。
「二、三日程度はここで管理局の様子を探るとしよう。その間にこれからどうするべきか、対策を練るとするか」
 レイの言葉に、シンは力強く頷いた。

 

「そんなことがあったの…」
 昼間に起こった戦いのあらましを聞き、フェイトが頷く。
「シン・アスカか……聞いたことない名前だね。はやて達も聞いたことはないんでしょ?」
「うん。……あれだけの腕を持つ人やったら一度ぐらいは聞いてもおかしくないんやけど…」
 リミッターがかけられているとはいえあれだけ自分達が手こずらされた相手をああも簡単に打ちのめしたのだ。あれほどの実力者が全くの無名ということは考えられない。
「本局の方にはすでに報告しとる。多分明日には捜索されるはずや」
 フェイトは頷き、モニターを操作して彼――シン・アスカの戦闘を見る。
「凄いね…」
 はやては頷く。改めて見るとシンの動きは全ての点においてハイレベルだが、特に凄まじいのはスピードと反射神経だ。もしかしたらフェイトよりも上かも知れない。
 フェイトはしばしそれに見入っていると、眼前に小さなウィンドウが開く。
「八神三等陸佐。本局よりお客様です。至急第一待合室へ来てください」
 隊舎の受付嬢からだ。何やら緊張した面持ちだ。相当な大物がやってきたのだろうか。
「ちょう行ってくるわ」
 とフェイトに告げてはやては第一待合室へ。ノックしてゲンヤ・ナカジマ三佐の入室の許可が聞こえ、入る。
「おう、来たか」
 待合室にはゲンヤの他に二人いた。一人はワインレッドの髪の色をした活発そうな女性、もう一人は穏やかさと深い知性を漂わせる男性。藍色の髪と緑の瞳がさらにその印象を強くする。双方ともどちらも自分とそう年齢が変わらない若者だ。
 ゲンヤがはやてを紹介すると男性は微笑を浮かべ、
「初めまして、八神はやてさん。私は第214次元世界CE統合軍少将アスラン・ザラ。私の隣にいるのはCE統合軍特務隊所属のルナマリア・ホーク大佐です」
 予想もしえない大物にはやては思わず呆けてしまう。アスラン・ザラにルナマリア・ホーク。双方ともCEでは名高い魔導士で、特にアスラン・ザラは数年前に終結した戦争において、非常に重要な役割を果たしたとされる人物だ。
 そして今の彼は――
「あの……CEからの使者であるあなたが私に何のご用なのでしょうか…?」
 はやてにはCE出身者の知り合いはいない。いや、今の管理局でCE出身の魔導士はほとんどいない。
 何故ならばCEは先の大戦が終結するまで長い間次元世界へ鎖国の立場を取っていたのだ。その理由はナチュラルとコーディネーターの争い、そして遺伝子改変の為である。
 コーディネーター。それはCEの世界で魔法技術により遺伝子を操作され、生まれてきた人間のことだ。彼らは普通に生まれてきた人――ナチュラル――とは違い高い能力――特に魔法関連の――を得ることができる人間だ。
 本来なら禁忌とされている遺伝子への干渉。しかしCEにはその禁忌を犯さざるを得ない事情があった。
 元々CEは次元世界の中でも高い魔法文化を持っていた。
 しかし100年ほど前からCEの世界における魔導士の出生率が格段に落ち始めたのだ。それに伴い魔法技術の進歩も滞り、このままではCEから魔法やそれに関する技術が消えるのではないかという声が上がっていた。

 

 そこでCEの魔法組織は魔法で遺伝子操作した人間を生み出す研究を極秘裏に始めた。結果的に最初に生み出されたコーディネーターはCEの世界が望んでいた通りの魔導士を生み出すことに成功。
 しかしCEの遺伝子操作に次元社会から反発が起こるのは当然のことだった。遺伝子操作をやめろという次元社会と、あくまで遺伝子操作に固執するCE。幾度の協議も虚しく平行線を辿り、結果CEは次元世界へ鎖国の体勢を取ったのだ。
 その間、何があったのかはやては詳しくは知らない。ただCEの中でも次元社会のように遺伝子操作を忌み嫌う人たちの組織ができ、その組織とコーディネーター達との間で小さな紛争が何度も起きていたのだという。
 そして近年、次元社会にも伝わるような大きな戦争が二度勃発。二度目の戦争の終結と同時、CEの代表者たる者達の意見でCEは再び次元社会への復帰を果たしたのだという。
「用件というのは他でもありません。本日あなたが護衛として搬送したロストロギア「レリック」、そして我々の世界の「メンデルの書」が何者かに狙われたと聞きました」
 穏やかさを顰め、厳しい表情でアスランは訊ねてくる。はやてが身を固くすると、
「アスラ、いえザラ中将。そのような言い方では八神三佐が緊張してしまいます」
 ルナマリアがそう言うと、アスランはこちらを見やり、
「いや、すみません。そのことについてあなたを責めようというわけではないのです」
 慌てて言うアスラン。厳しい表情から一変して困り切った表情に変わる。その切り替わり方は何となく、あのシン・アスカを思い起こさせる。
 咳をして、幾分か穏やかさを感じさせる表情でアスランは言う。
「ロストロギアを守って戦った際、一人見慣れぬ助っ人が入ったと聞きました。その人物について教えていただきたいのです」
 アスラン、ルナマリア。双方とも期待と不安が入り交じった表情になる。不思議に思いつつもはやては先程フェイトに見せた映像を映し出す。
「シン…!」
 戦うシン・アスカを見て、双方同時に声を上げた。

 

「それではいくぞ」
 部屋の鍵を閉め、レイの後をシンは追う。扉が閉じ、エレベーターは音もなく1階へ移動する。
 周囲を警戒しつつ二人は平然とした面持ちでマンションを後にする。
 管理局の魔導士に自分の正体がばれてからすでに四日。これからどうするかについての結論が出るのにはそう時間はかからなかった。
 管理外世界――それも魔法技術がない場所へ行く。それが二人の出した結論だ。
 普通ならそんな世界にいけるものではないが、無論その為の準備はしてある。
「シン、そう表情を硬くするな。いつも通りでいろ」
 レイに言われ、思わずシンは列車の窓に映っている自分の顔を見る。緊張と不安に強張った自分の顔が見える。
 隣に座るレイはいつものポーカーフェイスだ。こう言うとき、レイの冷静沈着さがシンはたまらなく羨ましくなる。
 列車は都市の中心部に移動。降りてさらに都市の内部へ。繁華街で買い物をしたり、食事をして、二人は時間を潰す。

 

 ゲームショップから出てきたところで何気なくレイが切り出す。
「シン」
「ああ、わかってる。ハンバーガー屋を出た頃からか。……二人、いや三人か」
「今のところ仕掛けてくる様子はないな。まぁ周りには大勢の人や建物があるから当然だが」
「でもこのままつけられるのも鬱陶しいな」
 手のひらに拳を打ち付けるシン。それを見たレイは首を横に振り、
「やめておこう。こちらから手を出すと後々面倒だ。それに時間になったら振り切ればいい」
 管理局の局員がつけているのを知りつつ、二人はごく自然にウィンドゥショッピングを楽しむ。そうしている内に時間がやってくる。
 映画館から出てきた二人は時計を見て、周囲の状況を再確認すると、
「時間だな。――いくぞ」
「ああ!」
 シンが頷き、二人は走り出す。後ろから局員が慌てて追いかけてくるようだが気にせず疾走。
 しばらく走ると持ち主のいないビルが見えてくる。非常階段を駆け上がり、屋上へ。
「”デスティニー”! フォースモード!」
「”レジェント”起動しろ」
 シンは真紅の、レイは灰色の光に包まれる。フォースモードとなり出てきたシンは数年ぶりに親友の騎士甲冑を見る。
 灰色をベースとした騎士甲冑で最も目立つのは背部に備え付けられている無数の砲。
 CEでも特に優れた空間把握能力者しか使えない特殊システム”ドラグーンシステム”を搭載した砲だ。
『デバイス各部に機能不備があるため”ドラグーンシステム”全機使用は不可です』
 ”レジェント”から聞こえてくる声は低い、男性の声。今は亡き彼の父親代わりだった人のものだ。
 デバイスをまとうと同時、二人は都市の上空を飛行。数分後、住んでいたマンション群が見えてくる。
 そのマンション群を通り越して、さらに二人は飛ぶ。すると廃棄場が見えてきた。目的地だ。
 二人はスピードを落とさず廃棄場に突入する。周囲には電化製品や車、旧式のトランスポーターなどがゴロゴロ転がっている。
 そのゴミの中、一際高いゴミの山の麓に今にも朽ち果てそうな外観をしたトランスポーターがある。
「あれだ!」
 シンは声を上げ、レイと二人でポーターの前に着地。二人はポーターの周りを何周かして、
「よし、動いているな」
「こちらの依頼通りのものを用意してくれたようだな」
 この今にも壊れそうなトランスポーターだが、これがシンたちがここミッドから脱出するために使用するトランスポーターだ。
 ミッドから出ていくと決めた後、レイとシンは当然トランスポーターのことを考えた。しかし普通に使用されているポーターは簡易ではあるが手続きがいるし、シンが管理局に追われていると考えると使う前に局員に見つかって、身柄を拘束されてしまう。それに管理外世界への転移など一般に使用されているポーターではできはしない。

 

 そこで二人はこの世界にあるたった二つのツテを頼ることにした。彼ら――ジャンク屋は自分達と同じ世界の出身者で、以前ここに来たときに彼らに協力してもらったのだ。
 彼らジャンク屋に幾つか特別な条件を加えたポーターを造ってもらった。その条件とはある一定時間にならないとポーターが起動しないこと、一度でも使用すればポーターが壊れてしまうこと、管理外世界へ転移するだけの機能をつけること、の三つだ。
 そして完成したポーターは一昨日の晩に、これもまた以前CEから奪取する際に協力してもらった傭兵にここの廃棄場に設置してもらったのだ。金や手間はかかったが、自分らの身の安全のためだ。やむ得ない。
「それでは行くとするか」
 シンは頷き、ポーターに入る。内部のコントロールパネルをレイが操作し、ゆっくりと機動シークエンスが流れる。
 そしてポーター内部が輝き、転送が始まろうとしたその時、
「フリーレン・フェッセルン!」
 青色の魔法陣がポーターの地面に浮かび上がると、そこから氷柱が這い出てきてポーターと、ポーター内にいる二人を束縛する。
「な、なんだよこれ!」
「凍結属性の拘束魔法だ」
 一体誰がこんな真似を!? 反射的に思い、しかしすぐに答えに思い当たる。
「四日ぶりやな、シン・アスカ君」
 八神はやて、シグナム、ヴィータ。数日前ともに戦った管理局の魔導士が姿を見せた。

 
 
 

「お前ら…!」
 姿を見せた八神はやてらに姿勢を低くし、敵意を向けるシン。レイは彼を隠すように前にでる。
 レイは別に驚いてはいない。ここ数日の間に彼はシンから聞いた魔導士についての情報を集めるだけ集めていた。だから目の前にいる人物が誰であるかぐらいの調べはついている。
 そして調べる過程で、ある人物と接触したことも知っている。
「レイ?」
「少し待て。――幾つか聞きたいことがあるのだが、いいだろうか。時空管理局特別捜査官八神はやて三佐」
 レイの言葉にはやては僅かに身じろぎし、「あなたは?」と問うてくる。
 レイは少々驚く。シンのことを知っていて、自分のことを知らないとは思わなかったのだ。だがそれを表には出さず、
「俺はレイ・ザ・バレル。そこにいるシン・アスカと共に、元はCEの”ザフト”に所属していた者だ」
 そこで三者は驚いた顔をする。
――なるほど。アスランからは俺のことは聞いていなかったのか。
 思い、納得する。思えばアスランと別れたのは”メサイア”だ。あの状況ではアスランが自分がギルやグラディス艦長と共に死んだと思うだろう。
 そう、確かにそうするつもりだった。後ろにいる少年が”メサイア”内部に呼びかけてくるまでは。

 

 思い出す刹那の過去。しかしすぐに振り払い、レイは言う。
「こちらの質問に答えてもらおう。――なぜ、俺たちがここに来ると分かった?」
 これでも慎重に事を運んだつもりだ。こうもあっさりとばれてしまうのは不可解だ。
「簡単なことだ。シン・アスカが――いや、お前達が我々の目を逃れて逃げることは予想がついた。
 だが逃げるにしてもミッドチルダのどこかに逃走するとは考えにくい。管理局の情報を使えば僅か数名の人間を――しかも限定された場所で――捜し当てるなど簡単だからな」
 烈火の将、シグナムが言う。
「だとすれば管理世界、外世界のどれかになるけど、管理世界だってミッド同様あたし達の目はある。そう考えれば管理外世界に逃げるのが一番いい方法だろ。
 そしてそんな方法は限られてる。大規模な魔法を使用して飛ぶか、管理翼の手のかかっていないトランスポーターで飛ぶか。まぁ大まかその二つだろ」
 そこまでの予想は誰にでもできることだ。だがそのトランスポーターの設置場所と、使用するトランスポーターがどこにあるかなどこうもはっきりと分かるものではない。
「探すのはそんなに難しくなかったよ。まずミッド全域のトランスポーターに異常がないかを確認して、その後にミッドにある全てのポーターを捜索。そしてその内に生きているポーターを捜し当てただけや」
 内心でレイは舌打ちをする。用意したポーターは一定時間にならないと起動せず、時間になれば瞬時に使用が可能だ。だがそうするためにはポーターをスリープ状態にしろ、稼働させておく必要がある。もし稼働させていなかったら、ポーターが起きた後いくらか時間を置かなければならない。仮にそうしてもはやての使った捜索方法なら、自分達を捜し当てることは難しくはない。
 このような自体をレイは想定しなかったわけではない。しかしこのポーターを複数用意すればそれだけ時間もかかる。もし複数用意できた時点で管理局が自分らを探し当ててしまえばまさに本末転倒だ。
 故に短時間で逃げるべく一つしか用意しなかったのだが――
「…なるほど。管理局にはいい人材がいるようだ」
 皮肉を込めてレイは言う。
「シン・アスカ君。レイ・ザ・バレルさん。大人しく私達と一緒に来てもらえますか」
「何でだよ」
 背後のシンが敵意を籠もった声を出す。すでに臨戦状態のようだ、何かがあれば躊躇無くはやて達に飛びかかって行くに違いない。
<シン、落ち着け>
 シンからの念話は返らない。そのことにレイは少し焦る。
 管理局と事を構えるのはあくまで最終手段だ。今はまだその段階では――
「あなたを捜している人がいます。あなたの上司であるアスラン・ザラさんです」
 数日前に聞いた、その名前。シンにとっても、自分にとっても、忘れることができない人物。
――シンを、そしてギルを裏切り。そして、そしてその手で―――
 再びフラッシュバックする過去。
 ”メサイア”の中心部にて対峙するギルとキラ・ヤマト、アスラン・ザラ。銃を向け合う両者。語る双方が思い描く世界。自分の手に握られる銃の先には――自分とは対極たる存在、キラ・ヤマト。
 そして平行線を辿る会話を終わらせた、一発の銃声――

 

「彼はシン・アスカ君、あなたに会いたがっとる。一緒に来てもらえませんか」
 ぞわり、と全身の毛が怖気立つ。発生原因は背後から感じられる檄の気だ。
 はやて達も感じたのかはやては驚き、目を見開く。両隣にいるシグナム、ヴィータ、彼女を守るように前に出る。
「アスラン・ザラだと……。俺に会いたい、だと……」
 激情に震え、シンがゆっくりと言葉を紡ぐ。シンから発せられる気が熱を増していく。
「消えろ。俺も、レイも、会うつもりはない。――あんな裏切り者に」
「そうかよ。でもあたし達だってお前らを見逃すわけにはいかねーんだよ」
「CEを無断で出奔したお前達は管理局法に違反している。それに我々と同格の魔法スキルを有しているのであればなおのこと」
――同格?
 レイはシグナムの言葉を不思議に思い、しかしすぐ納得した。
 シンも、自分も戦わなくなってすでに数年。それだけの時間が経てば、腕も随分落ちるだろう。――この程度の相手に同格と思われる程度には。
「改めて言おう。俺たちは君らに従うつもりは毛頭ない。だが無益な戦いはしたくはない。だから――去れ。余計な怪我をしなくないのであれば、な」
 そう告げると二人のベルカの騎士は不快そうに顔を歪める。シンはともかく実力のはっきりしない自分に言われたことにプライドが傷ついたのだろうか。
 だが、そんなことはどうでもいい。レイは静かに”レジェント”を再起動させ、背部にある”ドラグーン”を切り離す。
 自分の動きと、シンの様子を見てはやて達も臨戦態勢を取る。シグナム、ヴィータがはやてを守るよう前に出て、背後に下がったはやては左手に金の十字の刺繍が入った魔導書を出現させる。
 自分達とはやて達。双方から敵意と熱が発し、それらがぶつかり合っては混じり合い、周囲一体の空気を緊張、膨張させていく。
「シン、殺すなよ。なるべく丁重に相手をし、お帰りいただこう」
 レイの言葉と同時、双方は動いた。

 
 
 

「おおおおっ!」
 猛りを上げて、シン・アスカが向かってくる。自分より一足先に前に出たシグナムが彼を迎え撃つ。
 そのままシグナムに任せ、ヴィータはいけ好かない金髪男へ向かっていく。
――改めて言おう。俺たちは君らに従うつもりは毛頭ない。だが無益な戦いはしたくはない。
――だから――去れ。余計な怪我をしなくないのであれば、な
 完全に見下しきった台詞に、ヴィータの頭の大半は怒りで染まっている。当然殺しはせず、捕えなければならないが、その前に少しぐらいは痛い目にあわせてやりたい、と言うのがヴィータの本音だ。
「アイゼン!」
『ラケーテン・フォーム!』
 こちらの呼びかけに相棒が変形。最も使い慣れ、親しんだラケーテン・フォームへ姿を変える”グラーフアイゼン”。
 鉄鎚を振りかぶり、ヴィータは真っ直ぐ彼を目指す。

 

「ドラグーン」
 レイはこちらを見つめ、小さく一言。すると彼の背部――あれがデバイスの本体だろうか?――から切り離され、宙に浮かんでいた暗灰色のユニット二つがヴィータの眼前から消える。
 二つのユニットはあらぬ場所へ飛び去り、何やら不可解な動きをしている。不思議に思いつつもヴィータは突撃を止めない。振り下ろす”グラーフアイゼン”をレイは顔色一つ変えずにかわし、飛び上がる。
「こんのぉ!」
 その微動だにしない表情がしゃくに障り、ヴィータは”グラーフアイゼン”のロケット部を点火させ、回転。遠心力を込めて彼に再び向かっていく。
 宙に浮いている彼の右手には魔力でできたサーベルが握られているが、こちらにたいして何も構えていない。
――余裕のつもりかよ!?
 憤慨し、さらにロケット部へ魔力を送り火力をアップ。回転の勢いがさらに上がり、レイを射程距離に捕える。
「ラケーテン――」
 ハンマーを振り下ろしたと同時だった。ヴィータを二つの衝撃が襲う。
「…な…!?」
 蹌踉めき、”グラーフアイゼン”の勢いも消える。さらに先程の衝撃が連続してヴィータを打ちのめす。
「ヴィータ!」
――何だ、何が起こってるんだよ!?
 動揺と痛みに崩れる体を必死に立て直し、状況を確認する。
 すると自分の視線が届く範囲ギリギリに先程飛び去った暗灰色のビットが浮かんでいる。
「しばらく使っていなかったので上手く動くかどうか心配だったが……問題はないようだな」
 先程話していたときと変わらぬ声でレイが言う。
 暗灰色のビットの先端に同じ色の三角の魔法陣が浮かぶ。と、同時に閃光が瞬き――
「っ!」
 身を逸らしてヴィータはそれをかわす。だが別方向から放たれたもう一撃が腹部を直撃する。
「ぐ…!」
 痛みを必死に堪え、魔力で鉄球を精製すると、”グラーフアイゼン”を打ち付ける。狙いは暗灰色のビットだ。
「おらぁっ!」
 計八つの鉄球が半分に別れ、ビットに襲いかかる。ビットも動き、迫り来る鉄球の一つを破壊。
 そこへ向かう残った鉄球。しかしビットは即座に動き、鉄球の軌道から外れた瞬間、再び魔力弾を発射。二つ目が撃墜される。
 その後に残った三つ、四つ目も同様に破壊された。どうやらなのはのアクセルシュートと同じ全方位からのオールレンジ攻撃魔法の類のようだ。しかしその発射速度は段違いで、しかも媒体を使用していることから弾丸を潰しても媒体から即座に新しい弾丸は精製され、しかも媒体自体の移動速度も目にとまらぬほど速い。
「…!」
 ヴィータは歯噛みする。いくら媒体を利用しているとはいえ媒体の移動速度に制御、そして発射速度や精度は魔導士本人の能力に他ならない。ここまでの使い手をヴィータは見たことがない。

 

「まだやるか?」
 問うてくる彼の表情には焦りも緊張もない。レイの背後と、腰部にはあのビットと同じ形をした砲塔がある。使用されていないそれを見て、自分は手加減されている――そこまで気付きながらもヴィータは動けない。もし突っ込めば先程のように返り討ちだ。
<ヴィータ!>
<はやて、下がってて!>
 向かってこようとする主をヴィータは制する。二人でレイに向かっていっても彼を捕えられるとは思えない。――いや仮にシグナムがいたとしても正攻法では無理だ。二つまでならともかく、あの八つが同時に襲いかかってくればひとたまりもない。
 どう攻めるか――ビットの魔力弾をかわし、防ぎながらヴィータが考えていると、
「…ぐ、ぐぁっ!??」
 今まで一度たりとも微動だにしなかったレイの表情が苦しみに歪む。彼は胸部を押さえ、背後にそびえ立つジャンクの山に体を預ける。
 マスターの異変に伴い、こちらに狙いを定めていた暗灰色のビットもゆっくりと地上へ落下していく。
「…チャンス!」
 小さく呟き、ヴィータは”グラーフアイゼン”を振りかざして接近する。それに気が付いたレイは二つのビットを眼前に移動。魔力弾を放つが、
「おせえっ!」
 先程とは全く別のような発射速度にヴィータは身を逸らしてかわすと、彼の懐へ。
「くらえぇぇぇっ!」
 振り下ろす鉄鎚をレイは苦しみの表情のまま、シールドを発生させ、受け止める。
 片手のみで発生させたにもかかわらず、”グラーフアイゼン”の一撃を微動だにせず受け止める強固さに、ヴィータはまたも驚愕する。だが、
「…あ、ああっ…」
 苦痛の色を強めたレイ。それにより発生していたバリアは消滅。蹌踉めく彼を鉄鎚の一撃が吹き飛ばす。
 もはや姿勢を立て直す余裕もなかったのかレイはそのままジャンクの山に突っ込む。がらくたの雨が周囲に降り注ぐ。
 雨が収まった頃、大がかりなジャンクの側で倒れているレイを発見する。生きているようだが見える表情は苦痛の一色だ。
――こいつ、何かの病気なのか?
 先程からの彼のただならぬ様子にヴィータは思う。とりあえずバインドで動きを封じてから近くに待機しているシャマルに見せようか――そう思い、手を差し出したときだった、
「お前ぇぇぇぇっ!!」
 烈火の如き叫びを聞き、振り返る。するとそこには二本の大剣を振り下ろそうとしていた赤い甲冑の騎士――シンの姿があった。

 
 
 

 幾度の交差の後、シンは苛立ちをさらに強める。眼前に立つベルカの騎士横――シグナムを相手に、シン自身としては予想外の苦戦を強いられているからだ。
 彼女の背後にいる八神捜査官ならともかく、彼女と自分の魔力差はかけ離れている。ましてスピード、反応速度では段違いで自分が上をいっているのだが――

 

「どうした、この程度か。話に聞いていたのと随分違うな」
 剣の騎士の字を持つこの女性は文字通りその卓越した剣碗のみでシンと互角に戦っているのだ。また攻めてくるこちらに対し相手は徹底的に守りの姿勢を崩さない。
 ”デスティニー”の機能が完全ならば相手が何かをする間もなく瞬殺できるのだが、今の状況ではそうはいかない。時間をかければ倒せるが、今はその時間が惜しい。こうしている間に管理局の援軍でも来られでもしたら、それこそお終いだ。シンはアンビテクストラス・フォームにしていた”エクスカリバー”を分離し、両手に握る。
 そして再びの特攻。フォースモードと違い、このソードモードは幾分速度は落ちるが、それでもシグナムよりは速い。振り下ろした右の”エクスカリバー”を相手は”レヴァンティン”と呼ぶデバイスで受け止める。
「はっ!」
 力を込めて”エクスカリバー”を跳ね返すシグナム。こちらの体勢が僅かに崩れたその時、左から”レヴァンティン”の横薙ぎが迫る。
「くっ!」
 咄嗟に左の”エクスカリバー”を盾にして受ける。しかしシグナムはそれすらも読んでいたのか前に出て、こちらの胸部に蹴りを放つ。
 シンは身を引くが、完全に衝撃は殺しきれず、幾分かダメージを体に受け入れる。
――くそっ! こんな奴に!
 シグナムは強い。ザフトでも彼女並の魔導士は決して多くはない。だが本来の――三年前のシンならばたいして苦もなく倒せるレベルだ。剣技のことを差し引いたとしても。
 やはり三年間のブランクはシンの体から魔力や戦闘のカンを大きく奪っていたらしい。数日前の戦いで痛感した事実を改めて突きつけられる。
 こうなったらフォースモードにチェンジし、スピードでかき回すか――そうシンが思ったときだった。
「…な、なんだこれ。…!?」
 頭上から降り注いだジャンクにぎょっとなる。雨が収まり、慌てて周囲を見渡すとジャンクの山があった場所に二人の人影が。
 一人はあのヴィータとか言うベルカの騎士。そしてもう一人は、倒れているもう一人は――
「レイ…!!」
 コーディネータとしての、シンの視力はレイの状態をはっきり捉えていた。地に伏しながら胸部を押さえ、苦痛に表情を歪ませる親友。
 苦しみ、喘ぐ友への容赦ない攻撃――その光景を想像シンは頭が真っ白になり、体の奥で何かが弾ける。全ての感覚がいつも以上に冴え渡り、何もかも感じ取れるような錯覚を覚える。
 背後から迫る敵意を感じ取り、シンは振り向く。見ればすぐ間近にシグナムが迫っている。
 振り下ろされようとしている”レヴァンティン”。しかしシンは慌てない。彼は素早く左の”エクスカリバー”を振り上げる。
 振り下ろしの一撃が、降り上げの一撃であっさりと吹き飛ぶ。驚愕するシグナムを、何をそんなに驚いているのか、とシンは呆れる。
 そしてシンは右の”エクスカリバー”を横に薙ぐ。何故かシグナムは反応せず、その太刀を黙って受けるだけだ。

 

「速い…!」
 振り切った直後、か細い声で呟き蹌踉めくシグナム。遅いのはお前だろう。そう思いつつもシンは左右の”エクスカリバー”を振るって大剣をシグナムの体に奔らせる。
 幾度かの剣刃が通り過ぎた後、よろめくシグナムへシンは蹴りを放つ。シグナムは動かず、自動の防御魔法が受けるが、さらにシンは”エクスカリバー”の刃を叩き込む。
 バランスを崩し、地上へ落下するシグナムを一瞥して、シンはレイを救うべく視線を向けると、
「…!」
 あのヴィータという騎士が苦しむレイに近づき、再び危害を加えようとしている。
 それを見て、今まで波一つ立たない水面のように静かだったシンの心が、一気に荒れ狂う。
「お前ぇぇぇっ!!」
 降り立ち、両方の”エクスカリバー”を振り上げるシン。こちらへ振り向いたヴィータが驚愕の表情になるがシンはまったく、一切躊躇せず”エクスカリバー”を振り下ろし、騎士の少女を切り裂く。
「よくもレイを…レイをやったなぁぁぁ!!」
 嵐のように荒れる内心のまま、シンは魔力で強化した拳で殴り、足で蹴る。息もつかせぬ連撃を食らい蹌踉めく彼女に、しかしシンは容赦せず、宙に蹴り上げると自分もすぐに追いつき、三つ編みを引っつかんで渾身の力を込めて地面に投げつける。
 砲弾のような勢いで落下する騎士の少女。しかし激突の瞬間、誰かが彼女を受け止める。
「…八神、はやて……」
 シンは呟くように言い、しかしすぐに激憤に染まる眼差しを向ける。
――この女が自分達を捜していなければ。ポーターを壊さなければ、俺たちは――!
 ”エクスカリバー”を両手に呼び寄せ、突撃しようとする。しかしその時、はるか後方より桜色の砲撃がこちらに向かってくる。
「!?」
 大きさも、迫る速度も並ではないそれをシンはかわすが、そこへさらに金色と赤、そして赤紫三つのバインドが体を縛り上げる。
「この…っ!」
 渾身の力を込めて破壊しようとするが三つともなかなかに頑丈だ。特に赤紫のは群を抜いている。
 自然落下を始めたシンの前に、黒いバリアジャケットを身にまとう金髪の女性が現れ、
「ふぅ。万が一の事を考えてでしかけれど…待機していてよかったわ」
 さらに後ろからは聞き覚えのある声が。首だけを向けると、そこにはシンと同じ色の騎士甲冑を纏う女性――
「…ルナ!?」
「久しぶり、シン」
 軽やかな笑みを浮かべるルナ。そしてさらにその横に降り立つ人物を見て、シンは叫ぶ。
「お前っ…! アスランっ!」
「……久しぶりだな、シン」
 三年ぶりに再開した仇敵は、悲しげな笑みを浮かべて、自分の名前を呼んだ。