LSD_第03話

Last-modified: 2008-05-04 (日) 02:27:06

「――以上が昨日の事件の主な報告です。細部については添付したファイルにまとめてありますので参照してください」
 そう言ってライトニング隊隊長のフェイトが腰を下ろす。はやては頷き周りを見回す。
 正方形の部屋、その中央部に大きな円卓があり、そこには機動六課に配属される予定の隊長、副隊長の姿がある。
 はやてから右回りにライトニングの隊長、副隊長――フェイトとシグナムが。
 左回りにスターズの隊長、副隊長――なのはとヴィータが。
 そして自分のすぐ側にはリィンが。――さらに自分の正面、スターズ、ライトニングの隊長面々から均等に距離を離したところには、
「他に何か報告することはないか? シンは何かある?」
 仏頂面を崩さないシンは腕を組んだ姿勢のまま、
「別になにも。ライトニング隊長殿の報告通りですよ」
 敵意に近い感情を込めて言う。それにシグナムとヴィータが咎めるような視線を彼に向け、なのはとフェイトが困惑の表情になる。
 相変わらずの態度にはやては嘆息し、
「わかった。ほんなら今日はこれで解散や。みんなご苦労様」
 会議の終了を告げると、真っ先に立ち上がり出口へ向かうシン。
「あ、シン。ちょう待って」
「なんです?」
「私はこの後、六課の近況報告に聖王教会に行くんよ。もしよかったら一緒にいかへん?」
「遠慮しておきます。俺には行く理由がありません。――命令なら、従いますが」
 最後の言葉が冷ややかな口調で告げられる。
「いや、別に命令と言うわけや……」
「なら遠慮しておきます。この後俺も予定がありますし」
 言い、背を向けてシンは出ていく。それを見届けて皆は顔を見合わせて、同時にため息をつく。
「相変わらずだね…」
「そうだね。もう一週間になるけど、あのまま……」
 再びため息をつくはやて達。
 廃棄場の一件からすでに一週間が経過。様々な成り行きなどでシン・アスカは機動六課所属の魔導士となっていた。
 しかし自分達に対する態度は冷たく、素っ気ない。大抵は仏頂面で笑顔などは見たことがない。
「それにしても私達にまであんな態度を取るのはどうしてかな。何か気に障るようなことをしたのかな」
「そんなことはないと思うけど…」
「警戒してるんだろ」
 首を傾げるなのはとフェイトにヴィータが言う。「どういうこと?」とフェイトが問うと、

 

「あんな状況と成り行きで、六課に加わったんだ。――いや、アスランの奴に加えさせられたんだ。あたしがシンの立場でもあんな態度を取るさ」
 確かに、とはやては納得する。同じ世界出身で同僚だった二人だが、その仲が思った以上に険悪で複雑なのは二人の対面時にはっきりと分かった。そしてそこから自ずと自分達を警戒する理由もわかる。
 だが―――
「なんとか仲良くなりたいんやけど……結構厳しいわ」
 シンは自分達を警戒している――もしかしたら嫌ってさえいるかもしれない。だがはやては彼のことは嫌いではない。
 シンは怒りっぽいし、口調も荒い。頭に血が上るとすぐ周りが見えなくなる。しかしそんな欠点など問題にならない美点が彼にはある。
 自分の側にいる、二人の親友と同じ美点が。
 だから、シンとはきっと仲良くなれる――と、はやては思う。シンだけではない、きっと彼の友人であるレイも――
「まぁ、まだ一緒に仕事をして一週間や。もう少し時間をかければ、きっと仲良くなれるよ」
 はやての言葉になのはとフェイトが頷き、遅れてヴィータとシグナムが頷いた。

 

 エレベーターの停止音が聞こえ、ドアが開く。出て見えるのは白一色の内壁だ。
 ここはエルセアの病院――それも管理局と強い結びつきのある――だ。
 すぐ右手の休憩場には体の各部に包帯を巻いた男や、松葉杖を持つ子供。車椅子の老人に、それを引く看護婦の姿が見える。
 すれ違う医師や看護婦に挨拶をし、シンは病室へ向かう。向かう病室はエレベータを出て左に進んだ一番奥の部屋だ。
「レイ、入るぞ」
 個室なのでノックもせず、シンは入る。中は室外同様白一色の部屋で、病院らしく清潔さが保たれている。
 そしてその右奥のベットには静かに読書をする親友の姿がある。
「シンか」
 こちらを見ずに、彼は言う。シンも何も言わず椅子に腰を下ろす。
「何読んでるんだ?」
「魔導書だ。ミッドやベルカの魔法について学習しているところだ」
 はて、そんなものは昨日まであっただろうか。不思議に思いシンは訊ねようとするが、ふとレイのベットの奥、小さな戸棚の上には昨日まではなかったはずの幾つかの書籍が積まれている。
「どうしたんだ、これ。売店で買ったのか?」
「昨日見舞いに来たハラオウン隊長達が持ってきてくれたんだ。以前の見舞いで何か欲しいものはないかと言われて、俺はこれを要求した」
「魔導書ね……。何もそんな難しいものでなくてもいいと思うけど
「店で売られているものとは違う。管理局に保管されている書だ。掲載されている術式や魔法の密度は段違いに濃い。ためになるぞ」

 

「いや、別に俺は……」
「しかし読めば読むほど驚き、感心させられる。さすがは次元世界随一の魔法技術を持つ世界の魔導書と言ったところか」
 読みふけるレイにシンは苦笑する。一度集中しだしたらなかなか途切れないのだ、彼は。
 とりあえず見舞いに持ってきた果物セットから一つ取ると、皮を抜いていただく。もちろんレイの横に置くのも忘れず、そんなこっちの動きを分かっているかのようにレイも果物が置かれると手を伸ばし、口に運ぶ。
 いつもと代わらぬ親友の姿に、シンは内心で安堵する。幾つか果物をむき終え、二人がそれを処理した後、
「シン、六課の方はどうだ」
「……まぁ、別に。何も問題なくやれてるよ」
「そうか。ならいい」
「それよりもレイの方は大丈夫なのか? その、体の具合は……」
「シン、お前だって知っているだろう。俺のは病気じゃない。――テロメアが短くなるのは人体の自然現象なんだ」
「でも…!」
 テロメアが短いのは…と、言おうとして、それが禁句であることにシンは気が付き、
「……悪い」
「気にするな。むしろ謝らなければならないのは俺だ。こんな体ではまともに戦えず、魔法も使えない。お前一人に負担をかけている。情けないこと、この上ない」
「そんな……。そんなこと気にするなよ! 俺がレイの分まで頑張ればいいだけなんだからさ。
 大丈夫、俺の方もすぐにカタがつくし、レイの体のことも何かしらの進展が見られるさ」
「……そうだな」
 微笑するレイにシンも微笑み返す。しかし内心ではレイを見ている医師への苛立ちが渦巻いている。
――あいつらは一体何をやっているんだ…! 何とかなるかもしれないと言ったのは嘘だったのかよ!?
 激憤を覚えるも、しかしすぐに収まる。そもそもCEでも、そして今までレイを見た医者達からも解決策が見いだせなかったのだ。ここで検査を受けて、長く生きられる可能性が見えただけでも僥倖と言える。
 再び病室に沈黙が訪れる。アカデミーやミネルバでルームメイトだった頃に感じていた、慣れ親しい沈黙だ。
 その沈黙の中、シンは思い返していた。一週間前の出来事を。

 

 バインドに絡められ、アスランと再開した後シンは陸士108部隊の隊舎へ。発作で倒れたレイは管理局専属の病院へ搬送された。
 ルナとアスランは元気だったのか、今までどうしていたのかなど尋ねてくるがシンは何も返さない。当然だ。自分を裏切り、議長を殺した男と、その男の下に平然といるかつての同僚。いったい何を話せというのか。
 黙秘を貫くシンへアスランはCEに帰ってこいと言う。身勝手なセリフにあっさりとシンの怒りは爆発。殴りかかろうとするが四肢にはめられたバインドはそれを許さない。
 自分が落ち着いたところであきれの口調でルナが言う。このままCEに帰らなければ出奔者として強制的につれて帰る必要があると。さらには裁判にかけられ最悪牢獄入りも有りうると。

 

『CEに帰るなら出奔していた記録はこっちで何とかできるのよ。あいにくあんたが今ここにいることを知っているのはここにいる人たちだけだから。
 お願いだから、帰ってきてくれない? みんなシンのことを待ってるのよ』
 懇願するルナの言葉にさすがのシンも多少は心が揺れる。しかしレイのことを考えると、どうしても首を縦には触れない。
 レイには自分以外、帰る場所も、待つ人もいないのだ。そんな彼のことを考えると、帰ることはできない。レイにとっては忌まわしい過去しかない、あの世界へ。
 シンが躊躇していると、アスランがこんなことを言い始めた。
『ならはシン、CE統合軍フェイスであるお前にフェイス統括者として俺が命令する』
 ──フェイス? 何を言っている? 自分がフェイスだったのはザフト時代の時で──
『シン・アスカ、レイ・ザ・バレル両名は時空管理局古代遺失物機動六課設立への協力を命ずる。見事果たしたときにはいままでの件はすべて不問とする』
 アスランの宣言に彼を除く全員が驚いていた。ルナはもちろん、八神捜査官やその仲間たちも。
『あんたっ……!』
 あまりにもふざけた、身勝手な命令にシンはいきり立つが、それをルナが押さえ、耳元でささやく。
『馬鹿ね、わからないの? 今言ったとおりの命令を果たせば出奔や今日のこと何もかも不問にするって言ってるのよ』
 さらにルナは説明する。ザフトの特務隊”フェイス”の階級はCE統合軍にも残されており、ザフト時代所属していた者達はほぼ全員がそのまま”フェイス”となっていると。
 つまりザフト時代”フェイス”だった自分とレイも、CE統合軍の”フェイス”と言うことになる。
 だがそれはあくまで当の本人が望めばの、話だ。そしてシンはそんな立場など、望むはずもない。レイも同じだろう。
 この配慮がアスランによる自分達が罪を被らないための温情だということはわかる。だがシンは気に入らない。いや、いるはずもない。
 このように一方的に、立て続けで言われてどうして納得ができるのか。まして裏切り者の言葉など、信用できるものではない。
 シンの怒りは収まらずアスランを睨む。──そこへ、
『失礼します。シン・アスカさん、いらっしゃいますか?』
 突然開いたウィンドウには白衣を着た女性が移っている。先ほどレイが病院へ搬送される際、付き添っていった女性だ。確かシャマルとかいったか。
 彼女は困惑した表情で自分を見て、
『レイ・ザ・バレルさんの容態は安定しましたけど……いくつか不可解な部分があります。そのことについてお尋ねしたいのですが…』
 告げる彼女の言葉にシンは凍りつく。不可解な点、それこそまさにレイの秘密──彼がクローンであるということ──を指し示していたからだ。
『──というわけなのですが、どういうことなのでしょうか。なにかご存知じゃありませんか?』
 シンは激しく懊悩したが結局事実を話した。レイには申し訳ないが、シンとしては何があってもレイには生きていてほしいのだ。
 CEでは老化を遅らせるだけだったが、もしかしたら管理局ならそれ以外の、いい方法があるかもしれない──

 

 通信がきれた後、シンはアスランや皆を見回し、
『このことは他言無用だ。──もし他の奴に喋ったりしたら……誰であろうと許さないからな』
 そう告げて、シンはアスランへ向き直り、
『非常に不愉快だが、その命令受けることにする。──ただし俺一人だけだ』
『シン?』
『今言ったとおり、レイはこんな状態だ。戦わせるなんてできっこない。俺がレイの分までその機動六課設立に協力すればいいんだろう。――それでいいな!?』

 

 ──それから今日に至るまでシンは六課設立のために起動六課の面々と共に任務をこなしていた。どうしようもないとはいえアスランの言うとおりに動いていることがシンは酷く気に入らず、苛立っている。
 しかし、シンには一つわからないことがある。それがさらに苛立ちを強めている。
 六課の面々──八神はやて部隊長と隊長二人、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。あの三人は何故か自分によく接してくる。
 朝や昼すれ違ったときに挨拶はもちろん、食事時には一緒のテーブルに着たり、訓練にも誘ってくる。さらには何気ない世間話なども振ってくるのだ。特に部隊長である八神はやては、その頻度が高い。
 シンとしては彼女たちは悪い人間ではないものの、アスランの代わりに自分を監視しているとしてしか見ることができない。それゆえに心を許さず、冷たい態度をとり続けているのだが──
「シン君、模擬戦の相手してくれない?」
「あ、シン。病院に行くの? じゃあ私も一緒に行っていいかな」
「シン、ここ座るよ。――あ、それ美味しそうやなぁ。これと交換せえへん?」
 と言った具合である。しかも気が付けばファーストネームで呼んでいる。
──なぜあいつはこんなに俺にかまうんだ!?
 シグナムやヴィータ、他の六課主力の面々は距離を置いているのに。まったく訳がわからない。
「シン」
「え、な、何だ?」
 突如呼ばれ、シンは慌てて回想の海から帰ってくる。見ればレイは本を閉じ、こちらをじっと見つめている。
「大丈夫か」
 無感情な声。しかしそこには確かな自分への気遣いが感じられ、
「大丈夫だよ」
 内心を悟られ、よけない心配をさせまいとシンは笑みを返す。レイはしばし無言で自分を見つめていたが、
「そうか」
 と言うと、再び閉じた本を開き、読書に戻っていった。

 

「いまのところ、特に問題はないみたいね」
 微笑を浮かべて、カリム・グラシアが言う。
 聖王協会、カリム・グラシアの執務室。円形のテーブルに座るのは三人の男女。窓側に背を向けるカリム、その右にはやて、そして左にはアスラン・ザラがいる。
 隊舎でのミーティング後、はやては六課の後継人であるカリムの元を訪れていた。暫定部隊の六課の現状、六課が主に関わっているロストロギア強奪事件の報告のためだ。
「強奪や襲撃に関しても奪還、捕縛率100%。この調子で実績を積んでいけば六課設立が認められるのも、そう時間もかからないでしょう」
「騎士カリムの言うとおりです。六課の魔導士達は実に優秀だ」
 報告書をテーブルに置き、アスランが言う。今日彼がここにいるのは聖王教会の見学と、CEより聖王協会へ派遣している魔導士達の様子見ということらしい。
 シンを連れていこうとしたのは、彼がいるからだ。二人の間に何があったから知らないがかつては共に戦った戦友同士。一度腹を割って話し合えば二人の仲も少しは変わるのではないか。そう思ったのだが――
「ありがとうございます。でもシンも負けず劣らず優秀ですよ」
「あいつは頑張っていますか」
 頷くはやてにアスランはほっと息を吐き、
「それはよかった。ルナマリアがだいぶ腕が落ちたと心配していましたし、俺もシンが皆さんの足を引っ張っていなっていないか心配だったのです」
「それはシンを過小評価しすぎやと思いますよ。今見た映像でも分かるとおり、シンは十分に強いんですから」
「それはわかっています。でもあいつの戦いぶりを見ていると、不安になります」
 眉を下に下げた表情で彼は言う。
「アスランさん、どうしてそう思うのですか?」
「騎士カリムは気が付きませんでしたか。他の皆と違いシンが映っていた場面全て、シンの単独戦闘のものばかりです。高町隊長達のような連携によるものは一度としてありませんでした。
 シンは単独戦闘を好むタイプですが仲間を無視する程までに徹底していません。それに単身で敵の真ん中に飛び込むような無茶も状況が状況でない限りやりません。
 しかし今の映像ではその二点が色濃く映っていました。それに戦いぶりもとても荒々しい。他の皆さんのように効率よく敵を倒すのではなくとにかく敵を倒す、と言うような戦いぶりでした」
 はやては内心で唸る。確かに今のシンの戦いぶりは自分を助けたの時とはまるで別人のような戦いぶりだからだ。
 鬱積した苛立ち、怒りをただ晴らすために力を振るっている。まるで暴君のような――
 嘆息し、アスランは顎を下げる。
「はやてさん。もし少しでもご迷惑をかけているのでしたらすぐに連絡をください。後日きちんとした者を送りますから」
 はやてはアスランの言葉に思わず反発しかけ、しかし堪えた。
 シンを信じていないわけではないのだろう。アスランがシンを語るときの言葉には深い親愛や信頼の場が籠もっている。しかしアスランとシンの今の立場、そして自分達機動六課のことを考えての発言なのだろう。
 はやてはアスラン心遣いが嬉しくもあり、悲しくもあった。

 

 結局夕暮れ時まで病院におり、隊舎に帰った頃にはすでに周りは夕闇に染まっていた。
 隊舎に帰ってきて早々八神部隊長と出会い、夕食に誘われるも断って、シンは一人で夕食をいただき、風呂に入り、部屋に戻る。
 部屋に戻り、シンはあの後病院にてレイと相談した――六課設立に協力した後の――ことや、デバイス”デスティニー”のこと、過去の任務に出てきた相手、ガジェットやソキウスら、またあの強力な三魔導士について自分で独自の攻略法や戦闘術などを考察しているうちに時間はあっという間に過ぎ、きりのいいところで終わりにして時計を見れば、すでに時刻は深夜の一時を回っていた。
「そろそろ寝るかぁ…」
 あくびをし、ベットに入ろうとするが喉に渇きを覚えて隊舎の食堂に足を運ぶ。
 すでに深夜という時刻なだけあって昼間は大勢の人で賑わっている隊舎も静まりかえっている。薄暗い廊下を歩いて食堂に着くと、自販機でミネラルウォーターを購入。食堂の箸に設置されたソファーに腰を下ろし、一気に飲み干す。
「ふぅ…」
 息を吐き、シンはガラス窓から外を見る。窓から見えるのは隊舎の端で、そこには機動六課の面々の仕事場だ#br 
 ふと、シンは機動六課について思う。管理局に存在する古代遺物管理部は現在五課まで。そこへ八神部隊長が新しく立ち上げたのが六課である。六課設立の理由はとある特殊なロストロギア「レリック」と呼ばれるそれの回収と、その「レリック」を狙う何者かを暴くことのようだ。
 だが、いくら優秀でも弱冠十八の小娘に部隊の立ち上げを許すほど、管理局は甘くない。各部署から反対の声――聞いた話では、特に陸の方からが多いらしい――が上がっているそうだが、はやて達隊長クラスの有能さと、彼女らの後継人――どうやら管理局でもかなりの地位の人間らしい――らの支援により、今の状態まで持ってきたのだという。
 そして設立のための最終試験として、機動六課に配置予定の主力の面々を集め、実際どのぐらい有能なのか結果で示せ、ということになったそうだ。部隊長である八神はやては親交の深いここ陸士108隊舎が本拠になり、彼女らは結果を出すべく数ヶ月前よりミッドチルダ各地で起きているロストロギア強奪事件に関わっているとのことだ。
 そんな部隊にどうしてシンが加わったのかというのも、理由がある。その事件で強奪されかけたロストロギアの大半はシンの出身世界であるCEからの物が大半なのだ。「ボアズ」、「ヤキン・ドゥーエ」と言った前々大戦にてザフトの前線基地に動力部に使用されていたロストロギアは管理局へ送られる最中に狙われており、つい先日、はやてと知り合った時の襲撃に狙われた物品はあそこまで搬送されてくるまでも幾度となく狙われていたのだという。
 管理局はもちろん送ったCEもこの事件は重く見ているらしく、事件を担当している管理局――六課へ援軍を送る予定だったそうだ。最もちょうどその時自分が運悪く発見され、アスランの強引なやり方で自分が勝手に援軍とされてしまったが。
 ミネラルウォーターの入っていたペットボトルをゴミ箱めがけて投げる。いつもなら何事もなく入るはずだが、どういう訳かペットボトルはコミ箱の縁に当たると外に跳ねて、転がっていってしまう。
 転がっていったペットボトルを拾おうとシンは立ち上がるが、 転がるペットボトルは誰かの足に当たってしまう。

 

「あ、すいません……って、八神部隊長!?」
「こんばんわ。シン、ポイ捨てはあかんよ」
 ペットボトルを拾い上げる八神部隊長の姿を見て、シンは仰天する。
――こいつ、こんな時間まで何してるんだ!?
 内心の叫びを口に出しそうになるも、ぐっと堪え、シンはペットボトルをゴミ箱に捨てさっさと立ち去ろうとするが、
「あ、シン。ちょう待って。話すことがあるから」
 相変わらず人のいい顔で話しかけてくるはやてにシンは戸惑いつつも、とりあえず話を聞くためにソファーに座る。
 八神部隊長も自分と同じように喉が渇いていたのか、自販機で飲み物を購入して飲む。シンは彼女が一息つくのを待ってから、
「で、話って何ですか?」
「うん。シンのデバイス”デスティニー”のこと何やけど…」
「どうなったんです? やっぱり直せませんか」
 CEを出奔してここに流れ着く間、シンとレイは大破した互いのデバイスを直そうと幾人かの技術者に見せていたがどの技術者も、
「手に負えない」と言う返事が返ってくるばかりだった。
 最終的に出奔中に知り合ったジャンク屋に見せてみたが彼でも完全修復はできず、一部の機能が使えるまでに留まっていたのだ。
「何とかなるとは思うけど、時間がかかるそうや」
「そうですか」
「ん。――ところで今日も病院行ったんやろ。レイの様子はどないやった?」
 シンは口を噤みかけるが、隠してもしょうがないので言う。
「……特に状況に変化はありません。以前と同じように薬で発作を抑えているとのことです」
 クローンであるレイは、オリジナルの人物が保有していた分のテロメアしか持っていない。元の人物がかなり高齢だったらしく老化のスピードも速いのだ。今までは亡きデュランダル議長が作った薬を薬剤師に作らせ、老化のスピードを抑えていたのだが――
「やはり管理局――次元世界でも最新鋭の医療技術を持つミッドチルダでもどうにもならないみたいですね」
 進展しない状況への不満から、シンがそう言い捨てると、
「そんな風に言ったらあかんよ」
 鋭い声音が聞こえ、思わずシンは驚き、見る。
 明らかな怒りの表情で八神部隊長はこちらを見ている。
「友達なんやろ。助けたいんやろ。だったら、そんなこと言ったらあかん」
 彼女は真剣に怒っている。自分にたいして、真剣に。
「……そんなことは、わかってる」
 他人である彼女に言われ、思わずシンは顔を逸らす。
 それからどちらも喋ることなく時間が過ぎる。そんな中、胸の中で収まっていた苛立ちが起き上がる。
 何故、彼女はこんなに自分達のことを気にするのか――と。
「――さて、それじゃあ私はそろそろ戻るよ。シンも早く寝た方がええよ」
 八神部隊長は立ち上がり空になった缶を捨ててこちらを見る。先程の怒りの表情は幻のように消え、見守るような微笑が浮かんでいる。
 そんな表情を向けられる理由が分からず、苛立ち、

 

「――八神部隊長!」
「はい?」
 思わずシンは去っていく彼女に声をかけてしまう。
「なんで……なんであんたは、いつも……」
「……」
「なんであんたは、俺やレイに構うんだ!? いやあんただけじゃない。高町、テスタロッサ両隊長も!」
 自分と時間は違うそうだが六課の隊長達もよくレイの見舞いに来ていることをシンは知っている。
「アスランに言われたからか! それとも他に何か目的でもあるのか!?」
 薄暗い食堂に叫びが反響する。言い終え、シンが肩で息をしていると、
「――シン」
 呼ばれ、顔を上げるシン。すると何故か間近に八神部隊長の顔があり、さらには頬を彼女の両手が抑えている。
「な…!?」
 思わず顔が熱くなり離れようとするが、できなかった。なぜなら、
「はっ…! はにほ!??」
 頬に触れていた両手で、シンの頬を引っ張り出したからだ。
「ほっ、ほい! やへほ!!」
 声をかけるも八神部隊長は引っ張るのを止めない。頬を膨らませた妙に子供っぽい顔でぐいぐいとシンの頬を引っ張り続ける。
「いきなり何するんだ!」
 数分後、ようやく開放された頬を撫でながらシンは叫ぶ。しかし彼女は先程よりもさらに濃い怒り顔で、
「シンがおかしな事いうからやろ!」
 眼前に指を突き出してくる。
「???」
 シンにはさっぱり分からない。何故頬を引っ張られたのか、何故八神部隊長がこんなに怒っているのか。
――俺の言ったことがおかしい?
 どこがおかしいのだろうか。あれだけ冷たい態度をとり続け得る相手にこうまで好意的に接してくる八神部隊長達の方がよっぽどおかしい。お人好し、という一言ですませられるべき事ではない。
「シンもレイも、私の仲間や。そして私個人としては友達になりたいと思ってる。親しくなりたいと思う人のことを気にかけるのは当然やろ」
「…………は!?」
 ますますわけがわからない。何がどうなったらそうなるのか。いや、前者は分かるとしても後者がさっぱりだ。
「お前、何を言って……」
 シンが言いかけたその時、目の前にALERTと表示された小さなウィンドウが出現し、警報音が鳴り響いた。