LSD_第04話中編

Last-modified: 2008-05-04 (日) 03:18:39

 ざわめく食堂。その一角に六課の面々は集まり、朝食を取っている。
 二つのテーブルを使っており、いつもは賑やかに談笑しつつ食べているのだが、片方のテーブルは話し声は聞こえず、ただ食器がぶつかる音が響くばかりだ。
 沈黙の原因はフェイトの左横に座るシンだ。一週間前のレイの発作以降、発作の回数が格段に上がりろくに見舞いに行けていない。主治医に詳しい病状を尋ねるも安堵するような言葉が返ってきていないのだ。
 不安定なシンのことを思ってかはやてがレイの容態が分かるまでは任務から外れたらどうかとも進言したが、シンはそれを拒否。いつも以上に任務に積極的に、精力的に取り組んでいる。

 

 しかしフェイトはそんな姿に不安を覚える。無理をしているのが、見え見えだからだ。
「ごちそうさま」
 箸を置き、手を合わせシンは席を立つ。
「シン、午後はあいてるんだよね。だったら一緒に病院に行かない?」
「……ああ、そうだな」
 元気のない声で返事を返して、シンは食器を片付けに行く。
「元気ねーな。シンの奴」
「無理もないだろう。一週間も友と会っておらず、その容態も知れないのだ。
 シャマルは何か聞いていないのか」
「聞いてはいるけど…多分、シン君が聞いてることとおなじことよ」
「早く元気になってほしいです……」
「そうやね」
 隣のテーブルに座る八神家の皆も去っていくシンの姿を心配そうに見つめている。
 フェイトとしてはシンが心配なのは当然だが、レイの方も気がかりだ。ルナマリアを見送って病室に戻ってきたときに見たレイの苦しみようは尋常ではなかった。
 アレがほぼ毎日起きていると言うのだ。レイは大丈夫なのだろうか……
 朝食後、いつものように雑務や訓練をすませると昼時に。シンを連れてフェイトは病院へ向かう。
 面会の手続きを取り、まずは主治医の元へ向かう。レイの容態と現在面会謝絶となっているレイへの面会許可を取るためだ。
 主治医からレイの状態を訊いた――やはり昨日と変化はなかった――後、フェイトが面会を頼む。
「面会ですか」
「はい。……今日も無理ですか」
 元気のないシンを見て、主治医は柔らかく微笑む。
「いえ、今日は容態も安定していますし問題はありません。ただ時間の方は短いですけれど……」
「ありがとうございます!」
 立ち上がり、両手を握るシン。あまりの変わりように主治医は驚き、しかしすぐに微笑を零すと、病室まで案内してくれる。
 シンの嬉しさ一杯の表情にフェイトも微笑み、またレイに会えることに安堵する。
「……シン。それにハラオウン隊長か」
 病室に入り、レイを見て、フェイトは絶句する。レイの無表情には強い焦燥の色が見え、発した声にも以前にはなかった堅さと乾きが感じられる。
 そして何より、こちらを見る視線が鋭く、冷たい。まるで憎むべき相手を見るような――
 しかしシンはそんな彼の様子に気が付かないのか歓喜一杯の表情で駆け寄り、レイに話しかけている。
「よかった、レイ。心配したんだぜ」
「そうか」
「ゴメン。俺、レイが苦しんでいるのに何の力にもなれなくて……」
「気にするな」
「顔色はちょっと悪いけど……でもまぁこれから回復していくさ」
「ああ」
 シンの言葉に淡々と応じる彼の姿を見て、フェイトはさらに不安を感じる。

 

 一見いつもと同じに見えるが、彼らをよく知る人物から見れば明らかに雰囲気が違う。
 レイの応答には情の欠片も感じられない。まるで機械が受け答えしているかのようだ。
「テロメラーゼがちゃんと定着するのには時間がかかるらしいけど、きっともうすぐちゃんと定着するさ」
 明るくシンがそう言い放ったときだ。レイの表情に変化が見られる。歪みと憤怒という変化が。
「簡単に言ってくれるな」
 嘲笑を浮かべ、レイは言い放つ。シンの表情が凍りつく。
「仮にテロメラーゼが導入したとしても寿命が延びるとは限らない。むしろさらに短命になる恐れだってある」
「そ、それは……」
「それを知っていながらシン、よくもまぁそんな希望的な観測ばかりできるものだ。お前のその短絡的思考が羨ましいな」
 親友からの、予想もしない言葉にシンの面が蒼白となる。
 シン同様レイの豹変に驚きつつも、いきなりの罵詈雑言にたまらずフェイトは前に出るが、
「レイ! そんな言い方はないでしょう…! シンがどれだけあなたのことを」
「心配していたと? 心配されても俺の苦痛や苦しみはなくならない」
 突き刺すような眼光を放ち、レイはこちらを見る。
「気持ちだけで何とかなるのでしたら誰も苦労はしない。苦しみも悲しみもこの世に有りはしない」
 強い憎悪の念が籠もった言葉にフェイトは言葉を失う。
 突然向けられた憎しみに、フェイトが戸惑っていると、
「お前にはわからないだろう。俺の恐怖や苦しみなど。――俺と違い完璧なクローンであるフェイト・T・ハラオウン、お前には……!」
 放たれた言葉にフェイトの思考は停止してしまう。何故、それを知っているの、と言う疑問に脳裏が埋め尽くされる。
「完璧なクローン……? フェイト?」
 唖然としたシンの声にフェイトははっとなる。
 シンは説明を求めるような表情で自分を見ている。説明するべきかどうかを考えるが、すぐにその考えを振り払う。
 今はそんなことをしている場合ではない。原因はよく分からないがレイの様子がおかしい。一体何があったのか、訊かねば――
「…ぐぅっ!?」
 そう思ったとき、レイは胸元を押さえる。以前見たとき以上の苦痛の表情に、
「レイ、レイ! しっかりしろ、レイ!」
 シンは駆け寄り彼の背中をさすったり、呼びかける。そんなシンをレイは鬱陶しげに手で払い、
「構うなっ…!」
 言って、さらなる苦痛の呻きを漏らし、身を縮める。
 数分後、ナースコールでフェイトが主治医と看護師達を呼び、処置を始める。
 二人は閉め出され、しばし廊下で立ち尽くす。
 一体何があったのだろう。あのようなことを言い出すなど、彼らしくない。フェイトの知っているレイは無口で感情を表に出さないが、シン同様強い意志を持つ、友達思いの青年だ。
 それが一体何故あんな心にもないことをシンにぶつけたのだろう――

 

 シンを見ると、彼は病室の扉に顔を向けたまま動かない。声をかけようとしたところで彼は呟く。
「……最低だな、俺。レイがどんな気持ちかも考えず、自分勝手に喋って、怒らせて、傷つけた」
「シン、それは」
「メサイア攻防戦の時――俺はレイを助けた。その時からレイがクローンであることも知ってたし、先短い命だって事もレイから聞いてた。
 でも俺はレイを助けた。――死なせたくなかったから。寿命が短かろうが、何だろうが、少しでも長く生きていてほしかったから」
 彼は左腕を押さえながら唐突に語り出す。話の内容から察するに、おそらくCEでの前大戦のことなのだろう。
「でも俺は知っていたんだ。レイがあの時、議長と一緒に死にたいと思っていたことを。
 時折、レイはうなされてるんだ。そしていつも最後に議長に謝ってるんだ。『一緒にいられなくて、ごめんなさい』って……」
 フェイトは絶句する。それはフェイトにも経験のあることだからだ。
 プレシア・テスタロッサ。目の前で母が虚数空間に消えゆくのを見た彼女はしばらくの間、夢の中に母が出てきて、そしてその度にフェイトは母に謝っていた。
 そしてそれを側で訊いていたアルフが「フェイトは悪くない。謝る必要なんて無いんだ」と慰めてくれていた。
「俺はレイを助けたい一念で助けたけど、もしかしたらそれはレイのためじゃなくて、俺のためだったのかもしれない。……俺が一人になるのが怖くて。俺がレイを失いたくなくて。俺の身勝手でレイと議長を引き離してしまった」
 シンの総身が震え出す。握りしめている両の拳からは血が垂れている。
「レイは俺のことを恨んでいるのかもしれないな。議長から引き離した俺を。
 レイのことを本当に考えているのなら、あの時俺は――」

 

「シン!」
 フェイトはシンの方をこちらに引き寄せる。泣き崩れかけている表情のシンを真っ直ぐに見つめ、言う。
「レイはあなたのこと恨んでなんかいないよ。あなたと同じで誰よりもシンのことを大切な友達だと思っているし、生きたいと強く願ってる」
 そう、フェイトは知っている。レイが誰よりもシンを大切に思っているのかを。
 シンが六課に所属して数日経った頃のことだ。フェイトはレイを見舞った。シンと共にアスランから預かっている身としては彼がどんな人か知る必要もあったからだ。
 病室を訪れた自分にレイは微塵も表情を動かさず淡々と話し、または返事を返す。初対面の時に感じた、何を考えているのか分からない人物と言う人物像が定着し始めたときだった。
『俺の出生についてシンから聞いているのでしょう。難しいとは思いますが何らかの対処法を見つけてくれることを、願っています』
 そう言う言葉からは紛れもない、強い生への執着と渇望が感じられた。初めてレイの、感情の入った言葉を聞けたのがこの時だ。さらに彼は続けて、
『シンは六課で上手くやれていますか』
 その質問に、一瞬フェイトは答えに詰まった。しかしそれに気付かれぬようすぐ何とか上手くやっていると答えたのだが、
『やはり上手くやれていないようですね』
 そう告げてレイはさらにこう言った。

 

『多少は問題のある奴ですが、あいつのことをよろしくお願いします』
 頭まで下げる彼にフェイトは慌てた。何故あっても間もない自分にそんなことを言うのかと。
 レイは初めて笑って、
『アスランのふざけた命令にあなた達は従っている。それにシンが話すあなた方への印象や俺に対しての態度を見れば、あなた達が正真正銘のお人好しということぐらい容易に想像がつく』
 褒めているんだか、けなしているんだかわからない台詞をレイは言い、最後にこう付け加える。
『ただし、何かしらあいつを傷つけたときは覚悟してもらう』
 声質は変わらなかったが、僅かに眉を潜めた怒りの表情をレイはしていた。それだけで彼が本気だと言うことは十分に分かった。もしシンに自分達が何かあれば、彼は何の躊躇もなく自分達に、その代償を払わせるだろうと――
 そこまで友を思えるレイにシンと同じようにフェイトは羨望と深い共感を感じ、そして彼もまた自分達やシンと同様、他者のために頑張れる人なのだと、確信した。
「レイは自分の苦しみと闘っている。今は負けそうになっているのかもしれない。こんな時にこそ、シンや私達が支えてあげなきゃ」
「……ああ。そうだな」
 シンは僅かに力を感じられる笑みを見せた。

 
 

 スクリーンに映っているのはエルセア市内のマップだ。その中央に表示されている公道を進む赤い点――ロストロギアを搬送している車両――が見える。
「搬送車、今のところ異常ありません」
「公道及び建造物周辺200m以内にも異常ありません」
 108陸士部隊のオペレータからの報告を受けて、はやては「警戒を怠らないよう注意して」と指示を放つ。
 今、はやてがいるここは108陸士部隊隊舎の第二作戦司令部だ。六課の作戦時にはここを使用している。
 一定の時間が立ち、幾度か同様の報告が帰ってくる。それを聞き隣に発つシグナムが呟く。
「今回は来ないのでしょうか」
「だと、ええんやけど……」
 今回のロストロギアの搬送の護衛の任に当たっているのはシンとフェイトだ。隊舎に帰ってきたとき元気のないシンを見て、レイと面会できなかったのかと訊いてみたが面会はしたという。
 しかしシンは朝よりも元気がなく、またフェイトも少しばかり何か悩んでいるような素振りを見せていた。とりあえず業務が終わった後話でもしてみようかと思っていたとき、前回襲撃にあった保管庫の責任者からロストロギアを別の私設に搬送するので護衛を頼むという依頼が舞い込んできた。

 

 はやては元気のない二人ではなく、シグナムとヴィータに行かせようとしたのだが話を聞いたシンは何故か自分が行くと頑として言い張り、さらにフェイトもシンに付き合うと言ってきたのだ。
 異様な迫力を放つシンにはやては折れ、搬送の護衛の任を任せたのだが――

 

「何が、あったんやろ」
 誰にも聞こえない声で、ぽつりと呟く。
 フェイトもシンも、何やら様子がおかしかった。シンは間違いなくレイ絡みだろうが、フェイトの方は何が原因なのか、わからない。
――なのはちゃんがいれば、何か聞き出せたかもしれへんなぁ
 昨日からなのはは教導隊の方に呼ばれ、不在なのだ。
 シンやフェイト、なのはが早く帰ってこないだろうか、などと考えているはやてに、オペレーターからの報告が飛び込んでくる。
 内容は先程と同じだが、二度呼ばれていたようだ。集中を欠いていた自分を叱咤する。
――二人のことは、今は後や。任務に集中せえへんと
 気合いを入れ直し、モニターを見る。赤い光点は先程と変わらず公道を進み、
「え?」
 突然、消えてしまった。そして次の瞬間、悲鳴じみた報告が聞こえてくる。
「車両、攻撃を受けましたっ!」

 
 

「く……」
 チカチカする視界とふらつく体。理由は分からないが危険を感じたシンは、”デスティニー”を機動。トリコロールの騎士甲冑をまとい、自分の右頬を殴りつけて無理矢理意識をはっきりさせる。
 つい先程まで輸送者の中にフェイトと二人でいたはずだ。しかし突然何かの衝撃が来たかと思った次の瞬間、何故か自分は道路に投げ出されていた。 
「なんなんだ。今のは……フェイト?」
 周囲には大破したトラックと、かがり火のような小さな炎が公道を燃やしている。
 自分のすぐ近くにバリアジャケットを着たフェイトが倒れている。慌てて抱き起こし、声をかける。
「おい、大丈夫か!?」
 声をかけると、フェイトは朦朧とした表情を見せる。まだ意識がはっきりしていないようだ。
「…あ、シン。今のは、一体……?」
「……俺にもわからない。ただ……」
 フェイトに視線を向けつつ、シンは周囲に気配を向ける。
 すると感じられた気配は三つ。その内二つは転倒しているトラック内から感じられた。これはトラックの運転手たちだろう。
「攻撃を受けたことは、間違いない」
 そして残る一つ。それは自分達の真上から感じられる。巨大な魔力と、肌をざわつかせる殺気と共に。
 視界を上に向けると、そこには奇妙な文様を顔に刻んだ男がいる。
 一目見て、その男が普通でないということと、非常に危険であるとシンは悟った。
 藍紫の騎士甲冑を身にまとうその男は狂気そのものと言った表情で自分達を見下ろしている。何より彼が放つ威圧感、そしてまとわりつく空気からは濃厚な血と死の気配を感じさせている。
 フェイトも男の異様な存在を感じたのか、”バルディッシュ”を構え、上を見上げる。
「ほう、今の一撃を受けてもう立ち上がるか」
 笑みを濃くして、男が言う。
「そうこなくては面白くない。あっさり殺せても、それはそれで面白みがないからな」
 男の視線が横に動く。その先には転倒したトラックがある。

 

 ぎょろっと男の目が動いたのを見て、反射的にシンとフェイトは動き、トラックの前へ。その直後、男から放たれる射撃魔法を二人は防ぐ。
「…っ、何するんだ!」
「そいつらは前菜だ。お前達というメインディッシュをいただく前のな」
「前菜……メインディッシュだと?」
「そうだ。そこのムシケラ達の命はお前達に比べれば、それだけの価値しかないと言うことだ。とてもではないが俺の腹を満たすことなど、できはしない。
 殺しという俺の飢えを、な」
 平然と殺人を語る男にシンは愕然し、激怒する。
「人の命に勝手に価値をつけるだと…! 何様だあんた!」
「あなたは人の命をなんだと思っているんですか!」
 シンと同様にフェイトも激しく激昂。鎌形態だったバルディッシュが薬莢を吐き出し、”エクスカリバー”のような大剣へと姿を変える。
「ひ・と・の・い・の・ち・ぃ・~? 決まっているだろう。大切なものだ、尊ぶべきものだ」
 目を見開き、気味が悪いほどに口を歪ませて、男は叫ぶ。
「全ての命は、この俺に娯楽を与えるためにある! 殺しという娯楽をなっ!!」
 叫びと同時に両手を広げる男。その中心には浮かぶ魔法陣からは砲撃魔法が放たれる。
 咄嗟にシンは前に出て防御魔法を展開。全身に重圧がのしかかるような砲撃魔法を食い止めながらシンは叫ぶ。
「フェイト、運転手さん達を安全な場所まで連れていけ! この男は俺が倒す!」
「…気をつけて! すぐに戻ってくるから!」
 フェイトが現場から離脱したのを察すると、砲撃魔法を反らし、シンは男に向かっていく。
 ”ウァジュラサーベル”を男の胴へ薙ぐがあっさりとかわされ、宙で一回転した男の魔力刃つきのかかと落としを返される。
 反射的に受け止めて、弾くと同時男から距離を置く。
「ほぅ、よく受けたな!」
 嬉々とした表情で男は四肢に魔力刃を精製させ、攻撃を繰り出してくる。一見出鱈目に見えるその動きは非常に正確で、時折トリッキーに変化してシンに襲いかかる。
 負けじとシンも”ヴァジュラサーベル”で斬りかかり、またはインパルスシューターを放ち、攻撃するも、男は高笑いしながら悠々とかわしては弾き、反撃を返してくる。
――こいつ……強い!
 攻撃、防御の動きの鋭さもさることながら、フォースモードであるシンの動きに余裕を見せてついていっている。このまま戦っていても決定的ダメージを与えられる可能性は低い。
 なら――
「ははっ! どうした、その程度かぁ!?」
 男が放つ砲撃魔法を回避して、シンは加速。迫る最中フォースモードからソードモードへ変更。”エクスカリバー”を連結させて斬りかかるが、
「そんな大振りが当たるかぁ!!」
 斬撃は虚しく空を斬り、男の反撃を食らう。致命傷はないものの、体に傷を負いつつもシンは男に向かっていき、そしてまた攻撃がかわされる。
 それらを繰り返すシンに次第に男の表情が変化していく。
「そろそろお前の相手は飽きた。…死ねっ!」
 ゴミを見るような目つきで男は叫び、砲撃を放つ。攻撃を受け続け、動きが鈍っていたシンはかわせず、それを受け止め、後方へ吹っ飛ばされる。

 

 止めを刺そうと追ってくる男。体に感じる激痛を無視してシンは左の”エクスカリバー”をビームブーメランに変化させ、投げつける。
『フラッシュ・エッジ』
「下らん小細工を!!」
 投げつけたブーメランを男はあっさりと弾き、さらに迫る。さらにはインパルスシューターを放つも、これらも同様にかわされ、弾かれる。
「これで終わりだぁ!」
 至近の、かわせない距離まで近づき男が砲撃を放とうとする。それを見てシンはまずシューターに命令を下す。
<ターン!>
 弾かれたシューターはシンからの命令を受け、背後から男に遅いかかかる。それに気が付き男はかわすが、その時シンはそれを見ず、空中を浮遊している”フラッシュ・エッジ”にシューターと同じ命令を出すと同時、”エクスカリバー”に薬莢を吐き出させる。
 目の前の男は狂っているが、強い。現状では勝ち目は薄い相手だと言うことはすぐに分かった。
 だが――勝ち目がないというわけではない。
 シンは騎士甲冑を赤、青、白に戻し、”エクスカリバー”を構えて男に迫る。”フラッシュ・エッジ”を再び弾いた男はこちらを向き、
「何ぃ!?」
 ”エクスカリバー”を振り上げたシンを見て、驚愕の叫びを上げる。この距離では防御魔法も、回避も間に合わない。
『エクスカリバー』
 真紅の大剣が男を袈裟斬りに切り裂き、爆発。確かな手応えをシンは感じ、しかしさらなる追い打ちを放つ。
 ”エクスカリバー”を消してシンの騎士甲冑が暗緑に変化。手に握ったジャベリンを腰に構えて男へ突撃。
「貴様…!」
 血まみれながらも男は激怒の表情を見せる。突き出したシンのジャベリンを防御魔法で受け止める。
 藍紫のシールドと真紅の穂先がぶつかり合い、火花を散らす。ぶつかり合う中、シンのジャベリンが藍紫のシールドを貫通する。
 しかしほんの僅か――親指程度しか貫通しない。そのことに男は愉悦と殺戮の混じった笑みを見せて反撃の気配を見せるが、
『ケルベロス』
 ジャベリンが薬莢を吐き出すとシールドに突き入れた穂先の前に二つの真紅の魔法陣が展開し、砲撃が放たれた。一瞬男の驚愕の表情が見え、しかしすぐ砲撃によって生まれた爆発が隠す。
 砲撃の衝撃でシンは後退。男も打ち付けるような轟音と共に公道に激突する。
「ふぅ……」
 ため息をつき、シンはゆっくりと降下する。今頃になって体の各部が痛み出した上、疲労が一気に体におぶさってくる。
 ”エクスカリバー”に”ケルベロス”。今のシンに使用できる魔法の中でも最大クラスの魔法を連続で使用したのだ。無理もない。
 一瞬の気のゆるみをすぐに押さえ、シンは男が激突した公道に視線を向ける。
 公道はものの見事に陥没しており、男は公道の破壊によって生まれた瓦礫の下敷きになったのか、姿は見えない。

 

 しかしシンは油断していない。あれほどの使い手がこの程度で死ぬとは思えない。だからこそあえて殺傷設定で攻撃したのだ。確実に身動きを取れなくするために。
 着地すると同時、一部の瓦礫が吹き飛び、男が姿を見せる。しかし騎士甲冑の所々は破損しており、傷だらけ、血まみれだ。
「ここまでだな。大人しくしてもらうぜ」
 告げるシンに、男は狂った眼差しを向け――唐突に笑い出した。
「はははははははははははははははは! はははっ、はーっはっはっは!」
 奇っ怪な笑い声にシンはぎょっとなる。何かまた仕掛けてくるのかと思ったシンはバインドで拘束しようとするが、シンの手が止まる。
「……な、何…!?」
 傷だらけと血まみれで天を仰ぎながら、笑い続ける男。しかし驚いたのはその姿ではなく、男の体から流れている血が止まり、傷がふさがり、騎士甲冑が復元していくその姿だ。
 瞬く間に完治した男。先程と同じ狂気の笑みを見せて、男は叫ぶ。
「なかなかいい攻撃だったが、その程度では俺は倒せん。このアッシュ・グレイ様と”リジェネレイト”はなぁ!!」
 叫びと同時、砲撃魔法がシンに向かって放たれる。回避と同時、”ケルベロス”を放つもあっさり避けられ上空へ。
「なんなんだ、あいつは…!?」
 男――アッシュ・グレイはつい先程まで相当な怪我を負っていた。気の入れようで無視できるレベルのものではない。
 完治した姿が一瞬幻覚類の魔法かとも思ったが、それを男の動きが否定する。殺戮の悦びをその面に浮かべ、アッシュは先程のように攻撃を放ってくる。
 見間違いでも、幻覚でもなく、間違いなく男の傷は治っている――そう判断せざるを得ない。
「はははははっ!」
 笑い声と共に射撃魔法が放たれる。シンのインパルスシューターと同じ大きさのそれは速さの威力も明らかに上だ。シンはフォースモードにチェンジ。回避に徹し、今現状で分かること、できることを踏まえ、策を考える。
 アッシュ・グレイは狂っているが、優秀な魔導士であることは間違いない。それは今までの戦闘が証明しているし、保有する魔力量もかなりのものだ。
――怪我が治った後、ごっそりと奴の魔力が減っている。どうやら無限に回復するわけじゃない
 牽制のシューターを放ち、シンはエルセアの夜空を飛び回る。
――魔力を多量に消費し、しかも重傷と言える怪我を瞬時に治す魔法だ。おそらくはデバ
イス依存型の魔法…
 強力で、効果の高い魔法ほど、時間や複雑な術式、詠唱を必要とする。あれだけ高レベルの回復術にそれが全くないとなるとデバイス依存型としか、考えられない。
 もっとも、シンは例外たる手段を知ってはいるのだが――彼がその手段を用いることこそ、まさしくあり得ない。あれが使えるのはシンが知る限りでは自分を含めてたったの四人のはずだ。
「逃げてばかりかぁ! さっきの勢いはどうしたぁ!?」
――となると、デバイスを破壊すればいいだけだが……それも無理だ
 アッシュの速さは今のシンには捕えきれるものではない。”デスティニー”が完全に機能を回復しているか、シンの魔力が満タンならば話は別だが。
「と言うことは…あいつの魔力を使い切らせるしか手は無いというわけか!」
 射撃魔法を回避して、シンは”エクスカリバー”を右手に出現させる。
 放たれる魔法を回避して、シンは斬り込む。間合いに捕え、斬撃を繰り出すもあっさり上に回り込まれる。

 

 振り下ろされる攻撃を、シンは回避し、反撃の斬撃を返す。
「…っ、やるなぁ!」
 元々スピードや反射神経がシンはずば抜けている。アッシュの速さはシンを上回っているがこう長時間戦い続けていればそのスピードにも慣れてくるというものだ。
 振り上げた斬撃を回避し、アッシュは離れると同時に砲撃を放つ。シンは回避、そしてすぐに接近し右手に”エクスカリバー”、左手には”ヴァジュラサーベル”を持って斬りかかる。
 ぶつかり合う真紅と藍紫の光。さらにそこへ黄金の光が襲来する。
「シン!」
 運転手達を安全な場所まで避難させたのか、フェイトが帰ってくる。アッシュと間合いを離し、念話で現状を伝える。
 彼女から近くの病院――なんと、レイの入院している病院に運転手達を運んだ――に連れていったと伝えられ、シンは一瞬昼間の出来事を思い出すも、すぐに頭から振り払い、
<同時に斬りかかるぞ。俺は前から、フェイトは左右や背後から頼む!>
<わかった!>
 返事と同時に二人は飛び出す。フェイトが――アッシュから言えばメインディッシュ――が戻ってきたのが嬉しいのかアッシュは狂喜と狂気の笑いを上げて向かってくる。
 雷の魔力変換資質を持つフェイトは、まさしくその稲妻のような鋭く速い。フォースモードの自分と同等か、それ以上にも見える。
 攻撃も腕力で押すシンとは対照的で速さや女性特有の柔らかい動きを最大限に生かしたさばきぶりだ。フェイトが加わったことにより押されっぱなしだった状況が互角以上の展開へと傾いていく。
「ちぃっ…このクソどもがぁッ!」
 この苦戦を予想もしていなかったのか苛立ちの表情でアッシュは砲撃を放つ。だが二人はあっさり回避し、シンはインパルスシューターを。遅れてフェイトがプラズマスマッシャーを放つ。
 それらを回避し、アッシュは舌打ち。
「ふん……気に入らんがあの人形共を使わせてもらうか」
 何やら呟き、彼は右手の指を鳴らす。すると後方より何やら光が接近してくる。
 いや、違う。あれは――!
「砲撃魔法! でも……」
「俺たちを狙ったものじゃない!?」
 はるか後方より放たれた幾つもの光はなんとアッシュの背中に激突する。
 六課の誰かか、近隣の部隊の援護だろうか――そう思ったシンだが、アッシュを見て、愕然と呟く。
「砲撃魔法を…受け止めている!?」
 砲撃魔法を受けたはずのアッシュは何故か微動だにせず、宙に佇んでいる。そして彼の足下に浮かぶ藍紫の三角魔法陣。
『ライトクラフト・プロバルジョン』
 アッシュのデバイスが言葉を紡いだと同時、シンの横を何かが通り過ぎていった。
 慌ててそちらへ振り向けば何故かそこにいたはずのフェイトの姿が無い。――そして自分に迫る藍紫の光。
 回避しなければ――そう思った瞬間、藍紫の光――アッシュの放つ蹴りが腹部に命中し、シンを吹き飛ばした。