LSD_第04話後編

Last-modified: 2007-11-18 (日) 17:13:57

 何かの振動を感じ、レイは目を覚ました。自分の体が倍以上の重力に覆われたかのよう
に、酷く重い。
 病院内のあちこちが騒がしくなる。いや、もうなっていたようだ。ただ今崎ほど感じた
衝撃にさらに喧噪が大きくなっているようだ。廊下からは医者や看護師達、患者の声が上
がっては消えているのが聞こえてくる。
 そんな騒ぎをレイは黙殺して薄暗い闇の中、現状を確認する。
「夜か……。ということは、あの後から俺はずっと眠っていたのか」
 眠る直前の光景を思い出し、レイは沈痛な表情となる。脳裏に浮かぶのは愕然としたフ
ェイトと、泣き出しそうなシンの顔――
「俺は……なんてことを…………」
 副作用が苦しかった。悪夢を見て怯えていた。自分の苦しみを知らず、無邪気に喜ぶ姿
を見て苛立った。などは理由にならない。自分の容態を心配してくれていた友人に対し、
最悪の対応をしてしまい、さらには恩人が抱え持つ秘密をばらしてしまった。
「俺は、こんなにも愚かだったのか……? 醜かったのか…?」
 己の行いを省みて、レイは強い悔恨の念を覚えると同時、思ってもみなかった己へ愚か
さ、醜さを知り、愕然とする。
 そもそも、自分にこんな一面が会ったこと自体、予想もしなかったことだ。思い、しか
しレイは気付く。CEにいたときにはそのような思いで常に行動していたことを。
 自分はシンに苛立ちをぶつけた後、心のどこかですっきりしていた。フェイトの秘密を
らし、愕然とした彼女の表情を見て内心で嗤っていた。
「俺は…………」
 許されない。呪われた生を受けた自分はどんな所業さえも罪深い。
 考えてみれば、今までの自分は大切な人達に対し、何をしてきたのだろう? 感謝され
るようなことは何一つしてこず、周りに害になるようなことばかり振りまいてきた。この
3年間も、戦争の時も。
 シンに対しても、そうだ。戦争時は彼の思いを利用して操り、ただ戦うための兵器とし
ようとした。そしてこの3年間も、自分の体のことで常に迷惑をかけていた。
 もはや生きる価値など、いや――最初からそんな価値などなかったのだ。だというのに
死を恐れて、必死に生にしがみつき己の命に価値を見出そうとするとは。無意味かつ、害
悪だ。
 レイはベットから起き上がり、戸棚から”レジェンド”を取り出す。
「この体でどこまでいけるかわからないが……」
 もはや今の自分にできることはこの呪われた生を誰もいない場所で終わらせることだけ
だ。誰にも迷惑を変えず、誰もいない所で、ひっそりと。
 自分が死ねば、シンはアスランの命令からも開放される。六課の新しい友人達とも仲良
くやっていけるだろう。自分という呪縛からシンは解き放たれて、自由になれる。
 友人のそんな姿を想像し、レイは一瞬幸せな気持ちに浸り、すぐに消す。そんなことを
夢想することさえも自分には資格がない――
 病院内は騒がしい。この状況では自分がいなくなっても気付くのは時間がかかるはずだ。
 レイは病室の窓を開ける。そして”レジェンド”を起動させようとしたとき、病室に向
かってくる足音が聞こえ、急いでベットに潜り込む。
 それと同時に乱暴に病室のドアが開かれる。入ってきたのは主治医と共に自分の治療に
当たっている若い看護師だ。レイは今の音で起きたような素振りを見せて、

「何の騒ぎだ」
「バレルさん……屋上に……」
 弾ませている呼吸を整えて、彼は続ける。
「屋上にフェイトさんが飛んできました!」
「……なんだと?」
 不可解な表情を自分は浮かべていたのか、若い看護師は屋上の給水塔にフェイトが飛ん
できて、激突したのだと伝える。
 先程の激突音を思い出す。だが何故フェイトが飛んできたのだ。
「ともかく彼女の元へ案内してくれ」
 言い、レイは彼と共にフェイトの所へ向かう。途中、どんな顔して彼女に会えばいいの
かと思い至ったが、引き返すわけにも行かず進む。
「レイ…!」
 診察室のベットに寝かされていた彼女はこちらを見て驚き、気まずげな表情になる。レ
イも一瞬、内心の心情が表に出そうになるがなんとかこらえ、いつものポーカーフェイス
で問う。
「どうした。何があった」
 寝かされている彼女は酷く汚れ、ボロボロだ。黒を基調としたバリアジャケットのあち
こちは破け、血によって赤黒く染まっている。
 彼女がここまでの傷を負うなど。相当の強敵と戦ったようだ。
 フェイトは治療魔法をかけられながら、現状を説明する。
「アッシュ・グレイだと……」
 その名前には、聞き覚えがあった。前大戦末期、ザフトに所属していた腕利きの魔導士
だ。
 ザフト特殊防衛軍所属。当時のプラント議長、パトリックに最新鋭のデバイスを与えら
れ、しかし大戦末期に行方不明となった男――
 そして彼の使用するデバイス”リジェネレイト”と同じ名を冠する魔法にも、レイは知
っている。
「奴がアッシュ・グレイだとすれば、今のあなた方では奴は倒せない」
 リジェネレイトはCEの回復系魔法の中でも最高位に位置する。致命傷クラスの傷です
らものの数秒で完治してしまうあの魔法の前には生半可な攻撃は通用しない。
 倒すならばデバイスとマスターを同時に攻撃して破壊するか、マスターの魔力を尽きさ
せて”リジェネレイト”を使用不可能にするか、”リジェネレイト”の回復よりも速く、
連続で攻撃を叩き込みマスターを倒す以外術はない。
 そして今の彼ら――リミッターがかかっているフェイトに、”デスティニー”が完全で
はないシンでは到底不可能――
「……いや」
 ある。一つだけ。現状でアッシュ・グレイを倒す方法が。
 シンに使用できない――いや、封印した”デスティニー”の魔法を使わせる方法が。
 そしてそれを実行できるのは、今この場には自分以外いない。
 だが――
「何か案があるの?」
 フェイトの問いに、レイは答えられない。方法はある。しかし今の自分はそれをできる
のか。それをしていいのか。
 欠陥だらけの己。自分をずっと助け続けてくれた友へ悪意をぶつけた己が――
「……何かあるんだね、方法が」
 逡巡する自分を見て、悟ったような表情を見せるフェイト。治療を続ける看護師の手を
払って彼女は立ち上がる。

「フェイトさん、どこへ…」
「シンの所へ戻ります。皆さんは患者さんを連れて避難を。あと近隣の陸士部隊へ連絡を
お願いします」
 きびきびと言うが、体に蓄積したダメージは抜けきれていない。頼りない足取りで彼女
は診察室をあとにする。
「無茶です! 怪我は治ってもまだまともに動けるほどには…!」
「今、シンは一人で戦っています。私がここで寝ておくわけにはいきません」
 食い下がる主治医を見ずフェイトは言い、自分の方を振り向く。
「レイ、教えて。どうすればアッシュ・グレイを倒せるの?」
「そ、それは…………」
 真っ直ぐに眼差しに、思わずレイは後ずさり、視線を逸らす。
「教えて」
 視線を逸らした自分へ、彼女は逃がすまいと顔を近づけてくる。
 美しい――ふと、そんなことを思う。今の状況や場所、何もかも忘れて。
 自分と同じ存在。しかし彼女は凛々しく、美しく、強い。クローン――造られた、本来
いるはずのない存在とは思えないほどに。
 何なのだ、この違い。一体何故、どうしてここまで、自分と違うのだ――
 圧倒されつつも、レイはその方法を告げる。己では不可能なそれを訊いてフェイトが愕
然となるが、すぐに表情を戻すと、自分を見て、
「レイ、あなたならそれができるんだよね。なら一緒に来て」
「……!」
「フェイトさん、無理です! 今の彼は戦闘など」
「問題ありません。彼は戦いませんから。――レイ」
 差し出される手。しかしレイはそれを掴むことをためらう。
「シンに会うのが、怖いの?」
 刃の如く、レイの内心を貫くフェイト。
「俺は…!」
 内情をぶちまけようとするレイをフェイトは笑顔を見せて、遮る。
「友達と喧嘩したんだもんね。その気持ち、分かるよ。――でも、もしレイが行かずその
結果、シンにもう会えなくなってもいいの?」
――シンにもう会えない……? それはつまり――!
 脳裏に浮かんだ悪夢の光景。それを連想させた目の前の女性の胸ぐらを怒りのままレイ
は掴む。
『サー、レヴァンティン、グラーフアイゼンのマイスターがデスティニーのマスターの元
に救援に来たようです』
 ”バルディッシュ”が無機質な声で告げる。その内容にレイは安堵する。
 よかった。これでシンが死ぬことは――
『しかしデスティニーのマスターは、危険な状態です。生命活動が著しく低下しています』
 だが続けて告げられた内容にレイは愕然とする。フェイトから手を離し、後ろへ下がる。
――シンが……死ぬ?
 今まで、そんなことは想像もしたこともなかった。シンは誰にも負けない。その確信が
あった。
 ギルが見出し、自分が育てた戦士。SEEDの因子を持つCEの申し子――
 運の巡り合わせか、何かシンの内面に問題があったのかメサイアではアスランに敗北を
喫したが、それでもなおシンが誰かに負ける――殺されるなど、あり得ない。例え、キラ

ヤマトであろうとも。そう思っていた。
 そのシンが、負ける? 死んでしまうというのか? ……もう、会えなくなるというのか?

「シンと話してみたら、どうかな」
「……話す?」
 おののくレイにフェイトは言う。
「シンも気にしてたよ。あの後、酷く落ち込んでいた。自分が無理矢理レイを生かしてた
んじゃないかって」
「な……!? 馬鹿な、何故そんなこと」
 あの時、自分を救ってくれたシンにレイは感謝しても、しきれないほどに感謝している。
それが何故そんな風にシンは思ってしまうのだ!? 
「友達って間柄、難しいよね。お互いを知っているように見えて、でも実のところ、知ら
ないことばかりだらけ」
「……」
「だから時には喧嘩したりするんだよね。私もたまにやっちゃうんだ」
 小さく笑うフェイト。
「でも喧嘩した後はいつもちょっと後悔して、話し合うの。どこが悪かったのか、知らな
かったのか。お互いを理解するために、今まで以上に仲良くなるために」
「ハラオウン隊長……」
「先に行ってるね」
 まるで自分が来ることを確信しているような言い方をして、彼女は去っていく。
 立ち尽くす自分へ己の中にいるもう一人の自分が冷たい声で呼びかける。
『何を恐れている。あの女の言うことなど当てになるものではない。シンは強い。例え俺
がいなくても、負けることなどあり得ない。むしろ俺が側にいればあいつの足を引っ張る
だけだ』
 助ける必要はない――そう告げる無表情の自分とは別の、もう一人の自分が呼びかける。
『何を迷っているんだ。シンが危ないんだぞ。このままなにもしないつもりなのか。見殺
しにするのか』
 助けるべきだ――必死の表情で叫ぶもう一人の自分。相反する思いに挟まれ、レイは動
けない。
「きゃっ」
 どん、と何かの衝撃がした。視線を向ければ車椅子に座っている少女の体勢が崩れてい
る。このままでは床に転げ落ちる。
 避難していたところ、廊下に立っている自分にぶつかったのだろう。咄嗟にレイは腕を
差しだし、少女の体を受け止める。落ちると思っていたのか少女はしばらく目を閉じたま
まだったが、恐る恐ると言った感じで開き、自分とレイを見ると、
「ありがとう、おにいちゃん」
 はにかむような笑みを浮かべ、礼を言った。
「―――」
 何気ないその笑みが、シンのものと重なり、レイは目を見開く。車椅子を引いていた看
護師が頭を下げ、少女を連れて行く。それを見送り、レイは動き出す。
――俺は一体、何を迷っていたんだ。なせ迷っていたんだ。
 病室に戻り”レジェンド”を手に取ると、その足で屋上に向かう。
――シンに会うことが怖かったからか。罵倒され、拒絶されることが。
 扉を開き、屋上に出る。破壊された給水塔を一瞥。
――そうだ。俺は怖かった。そして今でも、そうなることを恐れている。だが、
「”レジェンド”、シンの居場所は分かるか」
『”デスティニー”のマスターは四時の方向に400m程の距離にいる様子です。その周
辺には”バルディッシュ”、”レヴァンティン”、”グラーフアイゼン”のマスター達と、
アンノウン・ウィザードが一名、戦闘中です』

――憎まれるより、拒絶されることよりも、あいつを、シンを失うことの方が何よりも恐
ろしいし、怖い。――そんなことは絶対にさせない!
自分には力がある。友を救う力が。ならば今この状況でそれを使わずして、いつ使えと
いうのか。
「”レジェンド”、起動しろ!」
 主の宣誓に応じる”レジェンド”。灰色の騎士甲冑をまとい、レイは友のいる場所を見
据える。
――話してみたら、どうかな
 そうだ。今自分はシンと話したい。死ぬ、消える前に、せめて自分の思いを知ってもらいたい――
 その表情はいつもの無表情に見えるが、彼を知るものが見れば、違いに気が付くだろう。
その顔に灼熱の如き熱い”情”が宿っていることに。

「う……ぐっ」
 ボロボロの体を必死に動かし、シンはようやく立ち上がる。
 上空でアッシュと戦っているのは”ライトクラフト・プロバルジョン”を食らい、身動
きが取れず止めを刺されようとしたところ、はやての命令で援護に来たシグナムとヴィー
タ、そして先程戻ってきたフェイトだ。
 ライトクラフト・プロバルジョン。詳細については不明だが、どうやら砲撃などのエネ
ルギーを受け止め、それを推進剤代わりとして超加速の攻撃を仕掛ける魔法のようだ。
 彼女らが戦ってくれていたおかげで”ライトクラフト・プロバルジョン”を受けたダメ
ージが幾分か抜けていった。とはいえ完全には抜けきれていない。蹌踉めき、慌ててシン
は”エクスカリバー”を支えに立ち、空を見上げる。
――たったの一撃で、このザマかよ……
 同じように食らったフェイトは戦線に復帰しているというのに。おそらく彼女が攻撃を
食らう直前反応し、後ろに下がったのだろう。だから姿が消えたかのようにはるか後方へ
吹き飛んだのだ。
 三対一という圧倒的有利な状況。しかし戦況に変化はない。アッシュの動きは衰えもせ
ず、三者と互角に渡り合っている。
 シグナム達の攻撃を受けても”リジェネレイト”が瞬時に回復させてしまうのだ。しか
も数が増えたことによるためか”リジェネレイト”の使用回数が減っており、ここぞ、と
言うときにしか使用していない。
「このままじゃ……」
 アッシュと違い、フェイト達は攻撃を受ける度にダメージは蓄積され、動きは鈍る。リ
ミッターがかけられている彼女たちではアッシュを倒すことはできない。先日の戦いでリ
ミッター解除したはやてを除く隊長陣はリミッター許可の申請中だ。
 周辺には近隣の陸士部隊が集結しているがあの激闘の中に割って入れるような実力はお
らず、周りを囲むだけで精一杯のようだ。
「くそっ……」
 シンは歯噛みする。もしも”デスティニー”が完璧に直っていたら、いやせめて魔力だ
けでも完全回復できたのなら、自分が何とかできるのに――!
 悔しさと怒りでシンが空の戦いを見上げていると、ふと背後から何かが迫ってくる。

――これは……まさか!?
 疑惑のような確信を抱き振り向くと、後ろには灰色の騎士甲冑をまとった一人の青年。
「レイ……どうしてここに!?」
 驚きつつも彼に近づくシン。レイは自分を見て安堵の笑みを浮かべ、しかしすぐに重苦
しい表情となる。
「レイ……」
 親友の変化にシンは足を止め、昼間の出来事を思い出す。
「レ…」
「シン」
 重苦しい表情でレイが名を呼ぶ。シンは反応が遅れてしまう。
「あ、な、何だ」
「まだ戦えるか」
 問いに聞こえるそれは、確認だ。それを聞き、シンはレイが何を言いたいのか、どうし
てここに来たのかを悟り、当然こう答える。
「ああ」
「わかった。なら始めるぞ」
『ハイパーデュートリオン』
 ”レジェンド”の声と同時にレイの足下に浮かぶ灰色の三角の魔法陣。その魔法陣から
放たれる光がシンを包み込む。
 枯渇しかかっていた魔力が急激な勢いで満ちていく。さらにそれに応じるように”デス
ティニー”が告げる。
『”レジェンド”のマスターよりハイパーデュートリオンの受信を確認。”デスティニー
”に記録されている魔法、全て使用可能です』
 ハイパーデュトーリオン。本来この魔法は使用者の魔力の爆発的増大と、詠唱破棄の二
重効果を持つ。
 しかしシン、及びレイは大戦後この魔法に一つの効果を与えていた。それはデバイスに
記録されている魔法の封印という効果だ。
 ”デスティニー”、”レジェンド”のデバイスに記録されていた魔法をシンとレイの二
人はデバイスを起動させずとも使用できる。しかし今まで使用したことは一度もない。
 リスクが大きすぎるからだ。”デスティニー”、”レジェンド”の魔法は一つ一つが非常
に高レベルだ。デバイスを起動させずに使用すれば術者本人にも反動が返ってくるし、体
への負担も大きい。
 それ故にこの3年間、一度たりとも使用してはいなかったのだが―― 
『ただし”デスティニー”の機能不全によりリミットは180秒』
 ”デスティニー”が告げると同時にシンは片刃の長剣”アロンダイト”を右手に出現。
同時に、
『ヴォワチュール・リュミエール』
 背部の翼より溢れ出る虹色の光の翼。加速向上と幻惑の複合魔法だ。
――時間もない。一気に片を付ける!
 早速アッシュの元へ向かおうとするシン。そこでレイから声がかかる。
 振り向けば、先程と同じ重苦しい面持ちを見せるレイ。
「シン、昼間はすまなかった」
「レイ……」
「もちろんこんな言葉で済むことじゃない。だからこの後、お前と話したい。
昼間のことや、今までお前に話さなかったこと。様々なことを」
 そう言うレイの表情はいつになく幼く、脆く見える。そんな表情をする親友にシンは驚
くも、笑みを見せる。

「……ああ。わかった。俺もレイに訊いておきたいことや話しておきたことがあるからな」
 言うとレイはいつもの表情に戻り、頷く。
「そうか。――あとは任せた」
「ああ。任せとけ!」
 光の翼をはためかせ、シンは飛ぶ。
 時間もない。力の出し惜しみはしない。
 ぶつかり合う四つの光はすぐ見えてきた。藍紫の光が赤と紫の光をはじき飛ばし、黄金
へ迫る。
<フェイト、下がれっ!>
 こちらの念話を聞き、”バルディッシュ”を振るおうとしたフェイトはその動きを急停
止、下がる。
「おおおおっ!」
 フェイトが下がったことによりできた間にシンは入り込むと、アッシュに向けて”アロ
ンダイト”を振るう。
 突然の乱入者に一瞬目を見開くも、アッシュは斬撃をかわし、左足の魔力刃を鞭のよう
に振るう。
 猛禽の爪牙のごとき鋭い一撃を、シンは悠々とかわして背後に回り込むと”アロンダイ
ト”を薙ぐ。
「なっ!?」
 アッシュが驚きの声を上げると同時に、斬撃がアッシュの背中を横に薙ぐ。確かな手応
えを感じるも、切り裂かれた部位は数秒後には何事もなかったかのようにふさがってしま
う。
「効くか! そんなチンケな攻撃がぁ!!」
 振り向き両腕を振るうアッシュだが、シンは身を屈めて回避し、彼の胸部に左の掌を押
し当てる。
『パルマ・フィオキーナ』
 落雷の如き轟音が耳朶を殴りつける。左手を焼けるような激痛が襲うが、シンは歯を食
いしばって必死に無視。
――この程度でっ…!
『残り120秒』
 よろめくアッシュへ、シンはさらに追撃する。右手に持っていた”アロンダイト”を左
手に持ち替え、今度は右の掌を左の掌を当てた場所へ叩きつけ、
『パルマ・フィオキーナ』
「ぐううぁあぁ…っ!」
 二度目の轟音と激痛。吹き飛ぶ両者。激痛に呻きながらもシンはボロボロの両手で”ア
ロンダイト”を握り、刺突の構えを取る。
『残り75秒』
――容赦はしない――!
『アロンダイト』
 背中の光の翼が爆発的に噴出し、長剣の片刃に真紅の魔力が宿る。鍔から薬莢が三つ、
四つと飛び出し空色の刀身が溶岩のように赤く濃い色に染まる。
「おおおおおっ!」
 ”アロンダイト”を突き出したシンは真紅の弾丸となってアッシュに激突する。刀身は
二発の”パルマ・フィオキーナ”が炸裂した部位に激突。藍紫の光は真紅の光に呑まれ、
さながら隕石の如く両者は公道へ向けて落ちる。
 公道を突き破り、地面に激突する。発生した衝撃波と石飛礫がシンを殴りつけ、吹き飛
ばすが、空中で一回転し、大上段に”アロンダイト”を構える。
『残り30秒』
――これが最後だ――!
『エクスカリバー』
 放たれた真紅の斬撃は強大な爪痕を大地に刻み、さらなる爆発を生む。さすがに至近で
の二重の衝撃波と爆発にシンは抗しきれず、吹き飛ばされる。
『残り7秒――』
 もはや体勢を立て直す力も残っていない。残った最後の魔力でシンは最後の魔法を発動。
『ソリドゥス・フルゴース』
 シンの周囲を真紅の球体が包み込み、公道を転がりつつける。
「ぐぅっ…っ」
 体勢を立て直したと同時に球体は消失。背中の翼も”アロンダイト”も音もなく消えて
しまう。どうやら時間切れのようだ。
 立ち上がろうとするが全身が酷く痛み、両腕は刃物で裂かれたようにズダズダだ。
 ハイパーデュートリオンによる”デスティニー”の魔法使用の反動は、予想を超えたも
のだった。小指を動かす力さえも、残っていない。
「シン!」
 降りてきたフェイトが駆け寄ってくるが、こちらの様子を見て絶句する。
「俺のことはいいから、アッシュの奴を、早く……」
 怒鳴ったつもりだったが、実際に聞こえたのは少女が呟くようなか細い声だ。しかしそ
れが聞こえたのかフェイトは崩落へ向かった。

 ボロボロのシンを置いておくのは気が引けたが、彼の言葉通りフェイトは崩落の現場へ
向かう。
 ここでアッシュを逃すわけにはいかない。シンのためにも、なんとしても捕らえないと
――!
 崩落を見下ろせばその中心部、土と瓦礫に埋もれたアッシュの姿がある。
 ピクリとも動かず、ボロボロの鎧や傷は再生の兆しも見せない。どうやら完全に沈黙し
ているようだ。
 彼を捕らえるべく、フェイトはバインドを仕掛けようとするがその時、
「!?」
 突然放たれてきた射撃魔法がそれを遮る。視線をそちらに向けると2体のソキウスが魔
導の杖を向けている。
 たたき落とそうとするが、その手をフェイトは止める。隙がないのも理由の一つだが、
目の前にいるこのソキウスは今まで戦った者達とは雰囲気が違う。
 生気を感じさせないその目から、僅かな意志を感じさせているのだ。
 彼らは射撃魔法を放つ。フェイトだけではなく自分と同じように崩落に近づいていたシ
グナム達へも忘れない。
――鋭いっ……!
 たまらずフェイトが下がったと同時にアッシュの周囲に転送の魔法陣が生まれる。
「っ! まずい…!」

 逃がすまいと前に出るフェイトだがそれを遮る射撃魔法の雨。邪魔をされ、反射的にフ
ェイトは彼らへハーケンセイバーを放つも、あっさりと彼らは回避してしまう。
 しかし射撃の雨はやみ、フェイトは崩落へ行き、見下ろすが、
「…!」
 遅かった。すでにアッシュの姿はなく瓦礫と土煙の姿だけだ。

ソキウス達も撤退していく。まんまとアッシュを逃がした二人を逃すまいとフェイトは
二人を追うとするが、
『フェイト隊長。もうええ。そこまでや』
「はやて!?」
 突然告げられた追撃停止命令にフェイトは憤りの声を上げる。
『フェイト隊長も、シグナム、ヴィータ両副隊長も、シンも傷ついとる。……帰還してや。
命令や』
 最後の語尾は震えていた。あえて命令と強調するあたり、いかにはやてがこの敗北を悔
しがっているのかが分かる。
 そう、敗北だ。ロストロギアは守れた。周囲への被害も最小限に抑えられた。
 だが――またしても敵を誰一人、捕らえることができなかった。その上たった一人の魔
導士を相手に六課の主力四名を総動員して倒すのが、やっとだったのだ。
 任務は成功。しかし……
「我々も、まだまだだな」
 シグナムの苦渋に満ちた言葉に、フェイトは無言で頷いた。

「失礼します」
 声をかけて中にはいると、いつものようにレイがベットの上で魔導書を読んでいる。
「こんにちはレイ」
「ようこそ、ハラオウン隊長」
 本を閉じ、自分を見るレイ。顔色はなかなかにいい。
「フェイトでいいってば」
 未だに生真面目な口調で言ってくる彼にフェイトは微笑。無表情なまま、しばしレイは
黙り込む。
「……。シンはどうしてましたか」
「早く退院したいって。まだ怪我が治りきってないのに」
 先日の戦いでシンは負傷――特に両腕が酷い――を負っており、回復するまでここの病
院に入院させられている。
 しかし見舞いに来るごとに退院したいと口にしているのだ。本人は怪我が治ったからと
言っているが、それはあくまで表面上の話だ。まだ戦闘に耐えうるほど完治していない。
それは本人とてわかっているはずなのだが。
「自分まで迷惑をかけていることに心苦しさを感じているのでしょう。気持ちは分からな
くもありませんが、しっかりと監視をお願いします」
「それは大丈夫だよ。今は、なのはが見てるから」
「それは安心です」
 話すレイの姿からは以前通りの、いや以前以上に生気に満ちている。
 先日の戦いの後からさらに数日経った頃、レイの体に変化が訪れたのだ。
 そう、テロメラーゼ導入による、テロメアの延長という変化が。
 延長したとテロメアはほんの僅かな長さだが、それでもシンが狂喜したことは言うまでもない。
 そしてフェイトはもう一つ、彼の微妙な変化に気が付いていた。
 レイの表情が、柔らかくなったのだ。無表情がデフォルトなのは変わらないが、幾分か
喜怒哀楽の変化も見えてくるようになった。

 どうやらシンと何やら話し合ったらしい。その話の内容をレイからかいつまんだ程度に
訊いている。
『シンに怒られ、泣かれましたよ』
 話し終わった後、苦笑して彼は言った。フェイトはシンのように泣くのも、怒りもしな
かったが、もし現場にいたら同じような態度を取っていただろう。
 己の命を疎んでいること、レイ自身の存在意義、シンの側から消えようとしたこと、自
分に嫉妬していたこと――
 確かに自分もレイと似たような感情に陥ったことはある。しかしそれは自分を大切に思
ってくれている人への侮辱に他ならないということはフェイトは知っている。
 クローンだろうが何だろうが、その人はその人。その命はこの世にたった一つしかない、
かけがえのないもの。変わりなど無いのだから。
「ハラオウン隊長」
 変わらぬ呼び方にフェイトは内心で苦笑。名前で呼んでと前々から言っているのだが、
未だにファミリーネームや役職の方で彼は自分達を呼ぶ。言葉もどこか、丁寧で堅苦しい。
 まぁ、これは時間がかかるだろうとフェイトが思っていると、
「俺はあなたに興味が沸いた」
「……え?」
 突然そのようなことを言われ、フェイトは固まる。
――興味? 興味って……??
「あなたは俺と同じクローン。人の手によって生み出された命。
しかしあなたは普通の人と変わらない輝きや強さを持っている」
 混乱するこちらに構わず、レイは淡々と――しかしどこか熱い口調で語る。
「どうしてそこまで強く、堂々としていられるのか――。俺はあなたを知りたくなった」
「え、あ、う、うん」
 レイの言葉――どうやら自分を褒めているようだ――を聞き、たどたどしくフェイトは
頷く。 
「そう言うわけで、これからも色々よろしく頼む。――フェイト」
 そう言ったレイは、微笑を見せる。誰の目から見ても明らかな、柔らかい微笑みだ。そ
して名前と口調にも変化が。
 これは自分をシンと同じように、友達として認めてくれたのと判断して良い、というこ
となのだろう。おそらく、いや、きっと。
「……うん、よろしくね。レイ」
 フェイトは微笑み、新たな友へ握手を差し出す。レイは僅かに目を見開くも、すぐ微笑
を浮かべて、その手を握り替えした。