LSD_第08話後編

Last-modified: 2008-05-04 (日) 06:13:25

「待ってたぜぇ、シン・アスカ!」
 胸中に燃えさかる激情に任せ接近、”アロンダイト”抜刀。淀みない動作からの一撃をアッシュの右の手甲が易々と受け止める。
 以前とは速度にパワー、魔力も上の一撃。それをこうも簡単に受け止めるとは。
 内心で首を傾げるが、体は動いている。弾かれるもすぐに体勢を立て直し、背後に回り込んで横の斬撃を放つ。
 決まる。そう思った一撃が、何故か防がれる。思わず唖然となり、止まるシンへアッシ
ュのかかと落としが炸裂する。
「…っ!」
 蹌踉めき、待避するシン。しかしアッシュはそれを許さない。爆流の勢いで繰り出され
る戦技をかわし、防ぐ。
「このおっ!」
 放たれた蹴りをわざと受けて間合いを開く。そして虹の大翼を広げ、吶喊。
「う…おっ」
 アッシュの側面に移動したはずが背後に移動してしまっている。停止と同時に襲ってきた突風やら衝撃で、思わずシンは声を出してしまう。
「どこを狙ってやがる!」
――なんだこれは!? 一体何がどうなっているんだ
 アッシュと刃を交えながらシンは自分が何かおかしいと確信した。”デスティニー”とのシンクロ率は70%を突破しているというのに攻撃は思ったような効果は出ず、動作も何かおかしい。
「どうしたぁ! 勢いよく飛んできたわりにだらしがないぞぉ!! ははははっ!」
 そしてそんなおかしいシンを、アッシュが見逃すはずもない。繰り出される猛攻にシン次第と防戦一方となる。
「ぐうっ…」
 ”リジェネレイト”ではない”テスタメント”を装着したアッシュが、より攻撃的になっていることはわかっている。だがそれを踏まえたとしても自分が、完全な”デスティニー”を持った自分が互角以下の戦いを強いられているとは――
『何をやっているのですか』
 数回目の交錯の後、ふとそんな呆れた声が聞こえる。
「……”デスティニー”?」
『マスター、あなたは今誰を使っているのか、わかっているのですか。不完全な私でも”インパルス”でもない。
 あなたを、シン・アスカという魔導騎士の力を最大限に引き出せる私”デスティニー”なのですよ』
 初めて聞く相棒からの――それも妙に人間じみた――叱責に、シンは呆気にとられる。
「何をゴチャゴチャしてやがるんだぁ!」
 強襲してくるアッシュをかわし、シンは念話で相棒に尋ねる。
「”デスティニー”何を言ってるんだ?」
『もっと私を使ってください。あなたも力を押さえ込まず、めいいっぱい出してください。
 そうしなければ目の前の男は倒せません』
「俺はそうしてるはずだ…!?」
 アッシュの放った魔力弾を回避しつつ、シンは言う。しかし”デスティニー”は冷たくあしらう。

 

『いえ、あなたは力を出し惜しんでる。あなた自身の力の感覚が私が出せる量と合っていない。
 だから渾身のつもりではなった一撃がああも簡単に防がれたり、イメージした場所を通り過ぎると言ったくだらない失敗をしてしまう』
 あくまで冷徹な”デスティニー”にシンは次第に苛立ちが募る。
『かつてのあなたはもっと速く、強かった。今のあなたはかつてとは遠く及ばない』
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
『先程も言いました。私が壊れることなど考えず、もっと私を使ってください。あなたも力を限界まで出してください。そうすれば自ずと結果は出てきます』
 そう言って”デスティニー”は沈黙してしまう。呼びかけるも返事は全く返さない。
「さっきから何をべらべら喋ってやがる!? 追い詰められて気でも狂ったかぁ!」
 アッシュの繰り出したかぎ爪の一撃を左腕の盾で受け止め、至近の距離で”インパルスシューター”を発射。生まれた小さな爆発を隠れ蓑にしてシンは再びアッシュから距離を置くと、大きく深呼吸。
「……ふぅ」
 ”アロンダイト”を両手で握り、目を閉じて、体からは力を抜く。戦場、と言う状況にもかかわらず、シンは思考する。
 ”デスティニー”は言った。もっと自分を使えと、力を出し切れと。シンは今自分は渾身の力を出しているつもりだった。
 だがデバイスから”デスティニー”から見たら、そうではなかったのだろうか――
『敵、九時の方向より接近』
 警告が聞こえるが、それでもシンは自然体のままでいる。
「……いいだろう。お望み通り使ってやる。俺も、本気の本気を出す!」
 宣言と同時、シンは魔力を全開。至近の距離まで迫っていたアッシュを捕らえると、彼の右側面に向かう。
 今度は望んだ通りに移動できた。しかもアッシュはシンがいることに気付いた様子もない。
 しかしシンは構わず渾身の力を込めて大量の魔力を込めた”アロンダイト”を横に振り切る。
「ぐああああっ!」
 爆撃のような音と共に振り切られる剣。吹き飛ぶアッシュへ、虹色の翼をはためかせ、”アロンダイト”を携え、シンは迫っていく。
 そこから先は、不思議に感じるほどに、一方的な展開になった。あれほど速く鋭く、予測しにくかったアッシュの動きや攻撃が遅く見え、容易にかわせるようになり、反面自身から放つ剣戟や魔法は面白いようにアッシュにあたり、彼の体を宙に跳ね飛ばす。
「おおおおおおおっ!」
 体に宿る魔力と力を限界まで、必死にコントロールしながら、シンは剣を、技を振るう。
 そしてそうしている内にシンはこう思うようになっていた。――まだまだ、こんなものではない。かつての自分はもっと速く、強かった――と。
――もっと…
 吹き飛んだアッシュの左側面に回り込み輝く左の掌を突き出す。腹部を狙った掌はアッシュの右腕の手甲に阻まれる。
『ショートパルマ』
 大戦中、シンが開発したパルマ・フィオキーナと同じ接触型の低級魔法だ。光の爆発が起こり一瞬、視界が爆発の煙に覆われる。
 即座にシンは身を引いて左手を横に振る。真紅の光弾が現れ、四方からアッシュへ襲いかかる。

 

 それらを回避して右腕の手甲を振り上げて迫るアッシュ。大鉈のような手甲のかぎ爪に刃のような四肢から放たれる必殺の闘技。
 暴風の勢いで放たれるそれらをシンはかわし、そらし、左腕の盾で防いでは、”アロンダイト”で受け流す。
――もっと……
 猛撃の間にできた隙。その僅かな隙を利用してシンは加速。かわすと同時、アッシュの右脇腹に斬撃を叩き込んで背後に回り込みさらに背中へ袈裟斬り。
「ぐおっ…!」
 動きを止めたアッシュへさらにシンは蹴りを見舞う。反動で互いの距離が空きシンは再び”インパルスシューター”を、さらに”アロンダイト”を収め、両肩に設置されているブーメランを手にする。
『ツイン・フラッシュエッジ』
 真紅の光弾は直線に、赤き刃を生やした二つのブーメランは双方とも速度、タイミングをずらして死角からアッシュへ強襲する。
 それら全てをアッシュが処理し終えたとき、シンは”アロンダイト”を大上段に構え、アッシュの眼前にいる。
「あああっ!」
「がああああっ!!」
 振り下ろす大剣とぶつかり合うのはアッシュの背部から突き出てきた巨大な腕だ。どうみても大剣が弾かれるはずなのに両者の力は拮抗。
 いや、数秒後”アロンダイト”の振り下ろしが腕を弾いてしまう。
 だがシンはまだ不満だった。本来なら弾くのではなく、破壊できたはずだ。それだけの魔力を込めているのだから。
――もっと速く。もっと、強く……!
 その思いに呼応してシンはさらに速く加速し、動きは力強く脈動する。
 激闘の中、シンは相棒の言が正しかったことを痛感する。最初シンは確かに本気を出していた。だがそれは”インパルス”や不完全な”デスティニー”を扱うときのものだったのだ。
 そして今、本来の、シンの力を十全に引き出せる”デスティニー”を手にし、シン自身も一切の遠慮なく力を出し切って戦っていることによりシンの体は感覚は、かつて使っていた力を使おうと急速な速度で覚醒しはじめていた。
 気が付けばいつの間にか、アッシュは以前の”リジェネレイト”の騎士甲冑に戻っている。例の超回復魔法を使用したのか体には傷一つ無い。
「シン・アスカぁ……貴様ぁ!!」
 だが残りの魔力は非常に少ない。シンを睨む表情には、一抹の余裕も感じられない。
 戦い始めてから時間も十数分程度は経過して言うようだ。”ドミニオン”の事もあるし、そろそろ片を付けなくてはならない。
 十何度目かのぶつかり合い。互いの放った攻撃があたり、吹き飛ぶアッシュに後退するシン。
「…っ!」
 焦りが――僅かとはいえ――動きを鈍らせたのか、アッシュの放った拳打はシンの右脇腹へ。自動で発動した防御魔法で防いだが、シンやアッシュほどのレベルの魔導士にもなると直接的な威力や魔力は防げても衝撃波などの攻撃による副産物は防げない。
 僅かに身を屈め、顔をしかめるもすぐに体勢を立て直す。”アロンダイト”をしまい、左背部にたたまれていた砲身をのばし、脇に抱える。

 

 左目に小さな三角魔法陣が浮き、砲身の標準が映し出される。足下には足場のような巨大な真紅の三角魔法陣。砲身の後部に装着されているカーリッジからは三つ、薬莢が飛び出す。
――これで決める!
『デスティニーカノン』
 背部の翼から一際大きい虹の翼が吹き出すと同時、砲塔から発射される緋色の砲撃。起動には寸分の狂いもなくアッシュの元へ直進。
 そして爆発。――と同時に爆発を切り裂く青紫の光。
「何!?」
 砲身を折りたたみ再び”アロンダイト”を手にするシン。そして目にするは体を伸ばしこちらに猛スピードで直進してくるアッシュのの姿だ。
――これは、まさか!?
 同様がシンの動きを止め、気が付いたときには回避不能の距離までアッシュが迫ってきていた。
「ライトクラフト・プロバルジョン!! 貴様の砲撃を利用した一撃だ!!」
「っ! ”デスティニー”!」
『ソリドゥス・フルゴース』
 ぶつかり合う真紅の障壁と青紫の砲弾。拮抗したのは一瞬、直後に真紅の障壁は砕かれシンは跳ね飛ばされる。
「…ぐぅっ!」
「わははははっ! 自分の砲撃の味はどうだ!」
 全身に走るダメージと痺れ。体勢を立て直す間もなく旋回したアッシュが二度三度、シンを打ち据える。
――しまった…!
「まぁ俺様がブレンドしたからなぁ! ガキの口には合わないかぁ!?」
 アッシュにこの攻撃があることを失念していたのは、シンの油断以外のなにものでもない。自身の砲撃を利用した”ライトクラフト・プロバルジョン”の攻撃がこれほどとは……と、少しずれた感心をするシン。
「終わりだぁぁぁ!」
「調子に乗るなっ!」
 ようやく体が動ける程度に回復し、体勢を立て直したシンは向かってくるアッシュへすぐさま迎撃姿勢を取る。しかし”アロンダイト”の斬撃も”インパルスシューター”も勢い衰えぬアッシュにはかすりさえもしない。
 小型の台風のようなパワーとコーディネータであるシンの高い視覚と感覚でさえ完全に捕らえきれないほどのアッシュのスピードに、二回に一回は回避を余儀なくされる。まともに当たれば致命傷は間違いないのだ。
 もう十何度目かのアッシュの体当たりを回避し、シンは相棒に尋ねる。
「”デスティニー”、EBモード、いけるか?」
 EBモード――エクストリーム・ブラストモード。”デスティニー”の自己ブーストの呼称だ。
 修復されたばかり、しかも今日が初使用。使用した後のことを考えると色々と不安だが、今ここで勝てなければそれも無用の心配で終わってしまう。
『EBモード使用可能。ただし発動時間は60秒です』
 ”デスティニー”が告げる。しかし60秒もあるのならそれで十分だ。

 

「”デスティニー”! EBモード発動だ!」
 承認、と言う端的な”デスティニー”の声と同時、シンの魔力が、五感が、力が、爆発的に高まる。
「あ、ぁっ…!」
 体さえ突き破るような強大な力を必死に押さえシンはアッシュの動きを見つつ”アロンダイト”を持ち、大上段の構えを取る。
 柄に設置されたカートリッジより飛び出る二つの薬莢。EBにより強化、増幅された凶悪的な魔力が刀身へ注ぎ込む。常時、魔法を発動するときに発生する魔法陣とは数倍の巨大な三角の魔法陣が出現。
 旋回し終え、真っ直ぐこちらに向かってくるアッシュ。先程まで完全に捕らえきれなかったアッシュの速さが、今ははっきりと見える。
「これで終わりだぁ! 死ねぇぇぇ!」
「エクス――」
 シンを見るアッシュの表情が驚愕に変わる。しかし逃れることはできない。
「カリバ――っ!!」
 振り下ろす斬撃。眼前を覆い尽くす巨大な赤光の剣閃が青紫の弾丸を飲み込む。
 骨すら揺るがすような爆発に、竜の咆哮の如き衝撃音。閃光と爆発が収まったところで視線を下に向けると、廃ビルの屋上に気絶したアッシュが倒れている。
 魔力も体力もほとんどないようだ。EBモードの”エクスカリバー”を真正面から受けたのだから、当然と言える。
 EBモードを解除するが数年ぶりに使用した反動でシンは”アロンダイト”を持ったまま、宙に留まる。しかしシンのコーディネーター特有の高い回復力が大した時間も置かず回復させる。
 静かに屋上に降り立つシン。死んだように身動き一つしないアッシュの前に立ち止まると、”アロンダイト”の切っ先をアッシュの首元に当てる。
――殺せる…
 剣先を動かさず、心の中で呟く。誰も見ていない。今なら確実にとどめを刺せる。大切なものを守るためだ――。そう囁きかける内なる自分に導かれるように、シンは”アロンダイト”を振り上げ――下ろす。
 剣閃は正確無比に切り裂いた。アッシュの首元にぶら下がっていた人形が持つ青紫と赤銅に輝く石――”リジェネレイト”と”テスタメント”を。
 破損し、機能不全となったのを見届けアッシュの四肢をバインドで縛る。近くの局員へ連行の連絡をすませると、シンは”アロンダイト”をしまい、空を見上げて大きく息を吐く。
「ふぅ……」
 自身の黒い誘惑を振り切れたのはシン自身の自制心、振り下ろす瞬間脳裏に浮かんだはやてとアスランの顔だ。
 静止を求めるような二人の顔に、喉元へ付くはずの剣先をデバイスに向けたのだ。
「守るためだからな」
 呟き、シンははやてが休んでいる廃ビルへ向かった。
 一言はやてに言うことがあるのだ。

 
 
 

<二人とも、魔力の方はどの程度回復した>
 ”ドミニオン”へ向かってすぐ、レイは二人に尋ねる。
<大体でいい。教えてくれ>
<そうだね…。七割ぐらいは>
<私もなのはと同じぐらい。でもそれがどうかしたの?>
<ただ単に知っておきたかっただけだ。深い意味はない。――ん>
 前方の空域に見えるCEのMA群。”ドミニオン”の防衛ラインだろう、とレイは思い、”レジェンド”に敵の数を検索させる。
『小型、大型MAあわせて五十ほどです。大型MAザムザザーは四機、ゲルズゲーは……』
 ”レジェンド”からの報告を聞きおえるとレイは二人に言う。
<二人とも、目の真似の雑魚は俺が片付ける。君たちは一歩引いて来てくれ>
<片付けるって…あの数を一人で!?>
<無茶だよ、レイ! それにレイは戦うのは随分久しぶりなんだよ! それに体のことだって…!>
<だから尚のこと、俺一人でやらなければならない>
 仰天し、反対する二人へ、レイは冷静に一言。
<俺はシンや君らと違って久しく戦っていない上、”レジェンド”の調整も不十分。今の状態では君らの足を引っ張らないようにするので精一杯だ。
 だから”レジェンド”の調整、かつての勘を取り戻すために、ここは俺一人でやらせてもらいたい>
 今行ったことは紛れもない事実だった。今の状態のレイはシンはおろか、この二人にも劣る戦力でしかない。
 錆びに錆びついたカンや力は目の真似の雑魚で洗い落とせるほど優しくはないが、それでも何もしないよりはマシだ。
 体の方もテロメラーゼ導入により以前より遥かに安定しているが、いつ、何かの拍子で発作が起こらないとも限らない。
 だから今、知っておきたい。医師ではない自分には正確にわからなくとも自分の体のことだ。ある程度使えば、大まかの予想は付く。
<危ないと思ったら援護に入ってくれても――>
 いい、と言おうとして、友人に使う言い方ではないな、と思い直しシンに言うように言う。
<援護に入ってくれ。あと俺が撃ち漏らした奴は任せたい>
 納得の返事は帰ってこない。迫る空域。もう一度言うべきかと思ったその時、二人が飛行の速度を緩める。
<危なくなったらすぐに呼んでね>
 困ったような声でなのは。
<……もう>
 少しふて腐れたような声はフェイトだ。速度を落とした二人は近くのビルの陰に隠れる。
――ありがとう
 声に出さずレイは二人に感謝し、言う。
<それでは、行く>
 告げてレイは速度を上げて戦闘宙域に突入。
 まずは正面から向かってきた四機のメビウスを宙域に入る直前分離しておいた”ドラグーン”で瞬時に撃墜。

 

 爆発で視界が遮られるも、すでにレイは次の敵を感知。さらに速度を上げて爆煙を突き破る。
 突き破ったそこは薄暗い。レイの上部にはクローを展開したザムザザーがいる。即座にレイは背面の”ドラグーン”全砲跳ね上げ、照射。無数の灰色の槍が蟹のようなボディを貫通する。
 上面で起こる大きな爆発に押されるようにさらに勢いを増してレイは加速。腰部からサーベルを抜き取るとスカイグラスパー二機を両断、そして振り向き接近していたゲルズゲーへ灰色の光弾――”ファイヤビーシューター”を放つ。
 魔力リフレクターで弾かれるが、それは予想の範疇。”ファイヤビーシューター”を放ったと同時に分離していた”ドラグーンスパイク”で真後ろから機体を貫く。
――わかってたとはいえ、手応えがないな。これでは錆を落とすのにも苦労しそうだ
 内心で不満気味に呟く。その時”レジェンド”の警告メッセージが聞こえ、その場からレイはすぐに離脱。
 直後、その空間を貫く無数の魔力弾と実体弾。
「メビウス・ゼロ。それにエクザスか」
 分離式砲塔を装備した赤と赤紫の機体が数機、一定距離を保ちつつレイを囲んでいる。
 レイが背部の”ドラグーン”を分離したと同時に、敵も動く。ガンバレルを展開し、魔力弾と実体弾を息つく間もなく撃ってくる。
 特にエクザスの放つ魔力弾はメビウスゼロの実体弾よりも速度も精度も大きく凌駕しており、数段危険だ。
 他MA達と比べ多少は手強い相手だが、しかし以前体験したエクザスにキラ・ヤマトの使用した”ドラグーン”を考えれば、――大したことはない…!
 感覚的に悠然と、身体的には懸命に全方位から放たれる無数の弾を回避してはお返しの”ドラグーン”で打ち落とし、また距離をつめては切り落とす。
 合間を縫って他のMA達も襲いかかってくるも、レイの敵にはなりえない。”ドラグーン”から、レイから放たれる灰色の魔力弾に撃墜されていくばかりだ。
 僅かではあるが体がかつての感覚を思い出し、”レジェンド”とのシンクロも70%を超えたところで、レイは分離していた”ドラグーン”を戻し”ファイヤビーシューター”のみで迎撃する。
 手を抜いているわけではない。時間もないことだし周囲のMA群を一掃するために”ドラグーン”に魔力を溜めているのだ。
『全ドラグーン魔力伝導率90%を突破』
 ”レジェンド”の声が聞こえ、レイは静止する。
 レイの目論見通り、レイの全方位に撃墜されていないMA群が取り囲んでいる。
<二人とも、念のため防御魔法を張っていてくれ>
 発射軌道に二人はいないが巻き込まれないとも限らない。伝えたと同時、レイの足下に浮かぶ灰色の三角魔法陣。
『ハイパーデュートリオン』
 灰色の輝きに包まれるレイ。同時、周囲のMA群が一斉に魔力弾を、砲撃を放ってくる。
『ソリドゥス・フルゴース』
 展開される球状の盾。膨大な魔力で編み出されたそれはレイに向かって放たれた攻撃の全てを防ぐ。
 それと同時に分離する全ての”ドラグーン”。レイを中心に全方位に展開、砲塔部に魔法陣を発生させ、そこに灰色の輝きが集まる。

 

「発射」
『ドラグーンバスター・オールレンジ』
 ”ソリドゥス・フルゴース”解除と同時にMA群へ向かって放たれる八つの砲撃と”ドラグーンスパイク”。灰色の砲撃は先程の攻撃の軌道を正確にトレースし、MA達を薙ぎ払っていく。
 砲撃と同時に放たれた”ドラグーンスパイク”は砲撃の通用しない大型MAに迫り、許容できる最大値まで魔力を溜め、作った巨大な魔力刃を展開させて、大型MA群らが発生させた光の盾をあっけなく貫通しては次々に撃墜していく。
 次々と生まれる爆発の光と音。それらが収まったのは一分後ぐらいだろうか。周囲を索敵して、残りがいないかを確認。
 全機撃墜を再確認して分離していた”ドラグーン”を背部と腰部に戻す。
 こちらへ飛んでくるなのは達を見ながら、レイはモニターを開き、操作。すると”リジェネレイト”の騎士甲冑姿のアッシュが飛び回り、それにシンが苦戦している姿が映し出される。
「まったくシンの奴。迂闊だな」
 アッシュが”ライトクラフト・プロバルジョン”を発動させたのがシンの砲撃にあると瞬時に理解する。しかしレイはモニターを消してなのは達に向き直る。
「すまない。思ったより時間を取った。急ごう」
 頷く二人と共に、再び”ドミニオン”へと向かう。
 シンについては微塵の心配もない。あの程度の相手に、彼が負けるはずはないからだ。すぐに撃墜して、こちらに追いついてくるだろう。
 絶大な信頼を込めて思い、レイは飛ぶ。”ドミニオン”はもう目と鼻の先だ。

 
 

「終わったんでしょうか?」
 咆哮の如き轟音と真紅の輝きが視界を埋め尽くし、それらが収まって数分。リインが呟く。
「終わったよ」
 突如返ってきた答えにリインはびくりと、身を強張らせる。声が放たれたのはいつの間にか、正面にいるシンからだ。
「立てるか?」
「うん。もう大丈夫や」
 レイの言うとおりゆっくり休んでいただけあって、体力魔力共に全快に近い。シンが差しだした手を握って、勢いよく立ち上がる。
「…アッシュは?」
「倒した。デバイスは破壊して近くの局員に捕縛するよう伝えた」
 言ってシンは端末を操作。はやての眼前に真紅のバインドに体を縛られたアッシュが映る。
 その姿を見て、はやては安堵の息を漏らし、シンを見る。
「ありがとな。助けてくれて」
 あの時、一瞬でも遅かったら今はやてはここにいない。深い感謝の思いを込めて礼と共にはやては頭を下げる。
 しかしシンは答えない。顔を上げ見ると、僅かに厳しさを含む表情でこちらを見ている。
「シン?」
「はやて」
 呼ばれ、思わずはやては身を竦める。発した言葉には堅さと何かを堪えているものがあった。

 

「何故あの時、お前はなのは達だけ逃がそうとしたんだ」
「それは……」
「”自分を犠牲にしてでも二人とリインは守る。自分がいなくなっても皆が何とかしてくれる”――そんな風に思っていたのかよ」
 的を射ている糾弾に、そして今はっきりと伝わってくるシンの怒りに、はやては答えを返せない。
 いつものように態度も、声も荒げない彼の様子に、どれだけ憤っているのかがはやては痛感する。
「お前は隊長なんだ。皆を指揮する必要がある。立場のある奴がそう簡単に死ぬのを覚悟するな。責任を放棄するな」
 言って彼は背を向ける。思わず俯くはやてだが、ふと視界に入るものがある。
 背を向けたシンの左腕だ。拳は力の限り握られ、僅かに震えている。
 改めてみれば全身に僅かな、本当に僅かだが細かな震えがある。
「……もう、二度と、あんなことはするな」
 か細く呟くようにシンは言う。それを聞いてはやては理解する。シンがどうしてこうも怒っているのかを。
 なのは達を庇うような自分を見て、きっとシンは憤りと恐怖を覚えたのだろう。目の前で親しい人が失われる――そんな光景は、まさに耐え難い恐怖だったに違いない。
 シンがどれだけ自分達のことを思っているかを考えれば、まさに自分のしたことは最悪と言える。反対のことをされれば、きっと自分も怒って、そして恐怖しただろう。
 そしてそれはシンだけではなくなのはやフェイト、そして何も言わないがリインも同じ思いだったに違いない。
 そしてもう一つ、はやては己の取った行動が以前シンに言ったことに反していることにも気が付く。
『私はみんなの隊長やからな。みんなを守らなあかん。そう言う悲しみ、苦しみからもな』
 もし自分が命を捨ててなのは達を守ったとしても、心の苦しみ、悲しみからなのはやフェイト、守護騎士の皆、レイ、そしてシンを守ることは――できない。
 いや、守るどころか傷を負わせてしまう。決して消えない、深い傷を。
 初代のリインフォースも、こんな気持ちやったんやろか――そう思ってしまったことに、
はやては酷く情けなくなり、そしてリインフォースを侮辱してしまったことの罪悪を覚える。
 あの時と先程は、違う。少なくとも自分が選んだ手段以外にも、何か方法はあったはずだ。だがそれをあえて探さず、安易な道を選んでしまった――
 微かに震えるシンの背中にはやては手を置く。
「ごめんな。心配させて、怖がらせて」
 再び、彼に傷を与えるところだった。強く、優しく、しかし脆い心を持った彼に。
 シンは返事を返さない。しかし体の震えが収まると、こちらを振り向かず、一言。
「……わかったんなら、いい。さぁ、だいぶ遅れた。早くレイ達の後を追おう」
 ぶっきらぼうに言って、彼は”ドミニオン”の方へ飛翔。はやてはリインが拾ってきた帽子を手に取り、リインの方を見る。
「リインも。ごめんな」
 リインは僅かに眉をつり上げ、怒ったような口調で、
「あんな事、二度としたら駄目です」
 はやては深く頷くと、リインは安心したように明るく笑う。はやても微笑を返し、帽子を被るとシンの後に続いた。