LSD_第09話前編

Last-modified: 2008-05-04 (日) 06:19:40

 大量のMAの残骸を視界に捉えつつ、シンは飛ぶ。
――スピードが落ちてるな……
 アッシュとの戦いから休む間もなく”ドミニオン”へ向かっている。正直なところ限界まで体や魔力を酷使したことと、BEモードの使用により疲労は結構なものだ。しかし今のこの状況、休むなど悠長なことは言っていられない。
 背部の翼に魔力を流し込み、大きく広がる虹の翼。加速しようとしたその時、
<シン、こちらは今”ドミニオン”の鼻先に到着した>
<そうか。こっちも今向かってるところだ。ところで”ドミニオン”の様子は?>
<それについても詳しく話す。モニターを使いたいので加速速度を落としてくれ>
 言われるまま速度を落とすと、モニターが側面に出現する。
 出現したモニターには相変わらずミッドの空に居座る”ドミニオン”が映っている。
「俺達もつい先程到着したばかりなのだが、色々と不可解な点がある」
『どういうこと?』
 問うたのは後ろを飛ぶはやてだ。
「”ドラグーン”を飛ばし、わかったのですが”ドミニオン”は最初の”ローエングリン”以外、火器や艦船本体が全く動いていないようなのです」
「……なんだ、それ」
 思わず声に出る。しかし思い返せば”ドミニオン”から何か攻撃があったという報告はない。
『もしかして”ローエングリン”のチャージに艦全体の機能を回しているってことは、考えられないですか?」
「あり得ない。同型艦である”アークエンジェル”やそれを基準に造られた”ミネルバ”は魔導陽電子砲のチャージ中にも動けましたし、火器も使用していました。
 何よりおかしいのは”ローエングリン”を放つのに、いささか時間がかかりすぎていると言うこと」
 レイの言葉にはやてとリインが「そうなん?」、「そうなんですか?」と首を傾げる。
 レイの言うことはシンも思っていたことだ。その威力や魔力消費、チャージサイクルから艦船が持つ魔導陽電子砲はそう易々と打たれない。一回の戦いでも一回か、二回。多くて三、四回。かといってチャージにそれほど時間を食うわけでもない。ミネルバに乗っていたときガルナハン渓谷突破作戦の後、”ミネルバ”の”タンホイザー”のチャージタイムはどれぐらいか、何回ぐらい撃てるのか火器管制のチェンに興味本位で聞いたことがあ
る。
 返ってきた答えを照らし合わせても、”ドミニオン”の”ローエングリン”がこうも沈黙しているのはいささかおかしい。シンとしてはレイ達がギリギリ間に合うか間に合わないか、と思っていたのだ。
 ”ドミニオン”の内部に何か異変でも起こったのだろうか?
「ともかく相手に動きがないのは好機だ。今の内にやるべき事をやっておくとしよう」

 

 そう言ってモニターに映し出されたのはCGで作られた”ドミニオン”と装着されている火器にその週域に点在している無数のMA、さらには船体を包んでいる緑と青色の膜、のようなものだ。
「なんだ、この膜みたいなのは」
「青がAMF、緑がCKFだ」
 以前の戦いの時、妙な結界によりシンのバリジャケットが強制解除されたり魔力結合が上手くいかなくなるときがあった。その後捕らえたソキウスの証言や管理局技術の解析によりその結界の正体が判明した。
 CKF――コーディネーター・キリング・フィールドと名付けられたそれはシン達コーディネーターなどの遺伝子改変によって生まれた人間をはじめとする、遺伝的に不自然な生物の魔力や力を封じる力を持った代物だったのだ。
「解析結果、発生装置はどちらも船内か。さて八神部隊長、どうします」
「高町隊長が”ドミニオン”内部に潜入。発生装置を壊してくるしかあらへんな。レイやハラオウン隊長は高町隊長が船内に入る。フォローをお願いな。
 高町隊長潜入後二人はAMF、CKFの範囲内に入らないよう”ドミニオン”の火器と警備してる機械兵器を潰してや。私達も合流後、それに協力するという形で」
 数秒思考の後、はやては素早く淀みなく指示を出す。
――さすがだな
 はやての判断も的確だがサポートに回るレイも見事なものだ。どうするべきか、何が最善か、はやてがもっとも言い結論が出しやすいように上手く材料や下地をそろえている。
 モニターが消え、シンは再び加速する。少しの間だけだったが幾分か疲労が和らいだようにも感じる。レイはこれも見越して速度を落とせと言ったのだろうか。
 親友の気遣いに感謝し、速度を上げる。五分と経たぬうちに”ドミニオン”と、巨大な船体を飛び回る灰色と金色の光が目に入る。
<はやて、行くぞ!>
 言ってシンは”ドミニオン”へ吶喊。AMF、CKFに引っかからないよう側面に移動するとまだ健在の火器へ肩から引き抜いたブーメランを投げつける。
『フラッシュエッジ』
 AMFで多少減衰したものの狙った部位に命中するブーメラン。続けて放った”インパルスシューター”と共に二人の手が回って部位へ移動しては火器へ攻撃を加えていく。
 しかしそう簡単に破壊はできない。健在の火器からミサイルや砲撃が放たれ、易々と近づくことができない上、
――さすがに頑丈だなっ。それに……
 効果範囲外にいるとはいえAMF、CKFも影響を及ぼしているようだ。シューターや”フラッシュエッジ”の威力がかなり減少されている。また火器自体の頑強さ、魔法耐性もかなり高い。
 さらに”ドミニオン”の防衛だろうか、メビウスやエクザスの他に見慣れない巨大なMAがいる。
 縦、横、上と無数の砲塔が装備されているそれは分離しては”レジェンド”の”ドラグーン”のように全方位に飛び回り、魔力弾を発射してくる。レイに比べれば動きは遅く精度も低いが、気を緩められるほどのものでもない。
「おおおっ!」
 放たれた魔力弾をかわし、大型MAの中心部へ”アロンダイト”の切っ先を叩き込み、引き上げる。振り向きざま、背後に迫っていた数機のメビウス・ゼロに”インパルスシューター”を放ち、堕とす。

 

「くっそ! 鬱陶しい!!」
 AMF、CKFによる力の弱まり”ドミニオン”の強固さ、そして潰しても潰しても迫ってくる作ることのないMA達にシンの苛立ちは募っていく。
「なのはの奴、まだ発生装置を壊せないのか!?」
 ゲルズゲーの魔力弾をかいくぐり、そう叫んで刀身を叩き込む。二つに分かれたゲルズゲーを見ようともせず次の獲物を探すべく周囲に視線を向ける。
 そんなシンへ同時に放たれる無数の魔力弾。”デスティニー”の警告でシンは気付くも、呼ばれてからの反応だったため、コンマ数秒動くのが遅れる。
「ぐうっ!」
 数発が腕や足をかすめ、一、二発が右膝と左の後脇腹に直撃する。痛みと衝撃に蹌踉めくもすぐさま体勢を立て直し反撃しようとしたところで、シンを撃ったMA達が一斉に灰色の魔力弾に貫かれる。
「少しは落ち着くんだ。焦らずとももうすぐ高町隊長が発生装置を破壊してくれる。それまでの辛抱だ」
 隣に並ぶレイの表情、言葉からは少しの焦りも感じられない。彼が手を振るうと分離していた”ドラグーン”が素早く的確に、そして臨機応変に動いては攻撃をかわし、敵を狙い撃つ。
 いつものレイらしいレイの様子にシンは自分の内の焦りの気持ちが落ち着いてくるのを感じ、いささか熱くなっていた自分を恥じる。 冷静さを取り戻し、再びMAの破壊、”ドミニオン”の火器破壊を続けていると、突然”ドミニオン”の週域に展開していたAMFやCKFの発生が無くなったのは。
<発生装置は破壊したよ!>
「よし! これで心おきなく”ドミニオン”を――」
「待てシン!」
 ”ドミニオン”へ吶喊しようとしたところでレイが呼び止める。思わず振り向くと、レイは強張った表情を浮かべている。
 滅多に見ない親友の表情にシンは泡立つ。まさか――。思ってシンは彼の視線の先を見る。
 予感は的中した。”ドミニオン”の左舷底部がゆっくりと開き始めたのだ。

 
 
 
 

「”ローエングリン”が…!」
 輝き始めた”ドミニオン”の左舷底部を見て、シンが悲痛な声を上げる。
 レイも一瞬、絶望的な気持ちになるがすぐに押し殺し、シンに向かって言う。
「シン、まだ諦めるのは早い。発射前に内部の砲塔を潰すぞ」
 返事を待たずレイは”ドミニオン”へ向かう。飛翔しつつレイは”ドラグーン”への魔力供給を忘れない。
──諦めはしない!
 無理かもしれない。無駄かもしれない。そんなことは考えない。”ローエングリン”は撃たせない。”ドミニオン”は堕とす。
 この二つは戦うと決めたとき──”レジェンド”を手にしたとき、誓ったことだ。

 

 自分に遅れてだが、シンも後ろから向かってきている。自分同様諦めの悪い彼にレイは微笑を浮かべる。
<──レイ!>
<八神部隊長。”ローエングリン”が自分とシンが何とかします。隊長たちは後ろに>
 その先を、驚愕と絶望に染まったリインの叫びが遮る。
<右舷底部も開いてますぅ!>
「な……なんだと!?」
 思わず声を上げ、急停止。
 リインの言うとおり左舷だけではなく右舷底部の発射口もゆっくりと開き始めている。その様を見て、レイはかつてないほど狼狽、戦慄する。
「”ローエングリン”の二発同時発射……!」
──今までの沈黙は、これのためだったのか!
 地上本部どころか、クラナガンを壊滅させるつもりなのか。予想を大きく超えた事態にレイの思考はプリーズしてしまう。
<左舷は二人に任せるよ! 右舷は私たち三人で何とかするから!>
 そう言い終えたと同時、後ろから感じる巨大で、強大な三つの魔力。
 振り向けば”ドミニオン”の右舷発射の軌道には三対六つの黒の翼をはためかせる亜麻色の髪と蒼の瞳を持つ八神部隊長。
 その右には普段のバリアジャケット姿とは一転、顕わにした豊かなボディラインを身軽さを強調した黒のジャケットとスパッツで包み、右手には雷光を煌かせるその身丈以上の大きさと太さを持つザンバー形態の”バルディッシュ”を持つフェイト。
 そして左には槍型に変形した”レイジングハート”を持ち、さらに白く輝き、防護製が増した間のあるバリアジャケットをまとうなのは。
 この絶望的な状況にもかかわらず、微塵も怯まず堂々とした三人の姿をみて、思わずレイは唖然となる。
<何してるんだレイ! 早く左舷の”ローエングリン”を潰さないと!>
 念話が聞こえたと同時に横を通り過ぎる真紅の光。レイは慌てて、その後を追う。
<シン!>
<はやてたちはできるって言ったんだ。なら、今はそれを信じるしかない!>
 帰ってきたシンの言葉には深い信頼が込められている。それを聞き、レイはシンがあの三人がどうにかすると本気で信じているのだと悟る。
<わかった>
 友の思いを信じ、レイは”ドミニオン”へ向かう。だが眼前を塞ぐ無数のMA。
 シンとともに撃墜して道を開こうとするが、次から次へとやってきてきりがない。
「邪魔をするなぁぁぁっ!」
 猛りをあげたシンが”アロンダイト”を持ったまま、獲物を狩るような獣のように身を低くする。飛び出す三つの薬莢。足元に真紅の魔方陣が浮かび上がり、虹の翼が一回り大きく広がり、煌く。
『ハイパーデュートリオン』
「すべてを貫け!」
『アロンダイト』
 次の瞬間、巨大な真紅の鏃が進路を塞いでいたMA群を破壊しながらまっすぐ”ドミニオン”へ向かう。
 鏃はそのまま左舷底部の発射口へ突っ込む。船体を震わす衝撃と爆発のすぐ後に、シンは艦船の装甲を破壊して上に飛び出す。

 

<ブレイカーッッ!!>
 放たれる巨大な三つの光は眼前まで迫っていた死の光に激突する。
<魔導陽電子砲を……受け止めた!?>
<いや…違う!>
 桜、黄金、白三色の混じった魔力砲撃は僅かずつぶつかり合っている無色の光を削り、前進し始めている。
「…まさか!?」
 有り得ない──しかしそうとしか考えれない光景を見て、思わずレイがつぶやいたとき、それは現実となった。
 三色の砲撃が無色の砲撃を削りながら前進を始めたのだ。一度進みだすと、もう止まらない。徐々に勢いのまま直進し、”ドミニオン”を先ほどのレイたちが生んだものよりもはるかに大きい爆発を生み、爆発音を空に響かせる。
 爆発の煙が”ドミニオン”をさえぎらなくなり、改めて視線を向ける。
「……!」
 ”ドミニオン”の右舷前部、後部が跡形もなく吹き飛んでいた。船体のあちらこちらにも無残なひび割れが見えもはや姿勢制御もままならないのか船体は傾いたままだ。
<うそだろ…”ローエングリン”を真っ向から弾き砕いて、その上船体をあそこまで破壊するなんて……>
 唖然とシンがつぶやく。レイも同意見だ。彼女らが、よもやこれほどの威力の魔法を行使できるとは。
 爆発の余波で周囲に点在していたMAも一掃されていた。もはや残っているのは”ドミニオン”だけだ。
<さて、ほんならアズラエルの逮捕といこか>
 いつものような気軽な口調で、はやては言った。

 
 
 

 今にも崩壊しそうな”ドミニオン”内部をシンは進む。後に続くのははやてとレイだ。
 なのはとフェイトの二人には、万が一こちらがアズラエルを逃したときの保険として外に残ってもらっている。
 目の前の瓦礫の影から何かが飛び出してくる。それはいくらか破損している人型サイズのゲルズゲーだ。
 シンは”アロンダイト”を持つ手に力も込めるも、何かする前にシンの後ろから飛び出した”ドラグーン”がゲルズゲーを撃破する。
 艦内に入りこうして敵と遭遇することはいくらかあったが、はやてたちの複合砲撃により”ドミニオン”が大破した余波を受けたのか襲ってくるMAはどれもどこか破損しており、こうして三人の誰かの手に瞬殺されるだけだ。
 ゲルズゲーが破壊されたのを見てシンは再び意識を目的地、艦橋に向ける。
──今度こそ、逃がさない
 通路を右に曲がると目的地の扉と、立ちふさがる──こちらも先ほどのゲルズゲー同様、人型サイズの──ザムザザー。

 

「邪魔だ!」
 相手が放った魔力砲をすんなりかわし、防御する暇も与えず刀身をその身に突き刺す。
 背後の扉に激突するザムザザー。しかしシンは虹の翼を噴出。勢いを増して、ザムザザーごと扉を破壊。中に入る。
「……っ!」
 誰かの息を呑む声が聞こえ視線を向けるとブリッジの中心、艦長席に腰を下ろすアズラエルの姿があった。
 驚愕の表情は一瞬、アズラエルは余裕と不遜をうかがわせる笑みを浮かべる。
「ムルタ・アズラエル。あなたを逮捕します」
 シンより一歩前に出て反論無用の口調ではやてが言う。アズラエルは肩をすくめて、
「やれやれ。まさか魔導陽電子砲を真っ向から弾きし、その上こここまで破壊するとは。さすがは化け物たちをかくまう部隊の長。自身も化け物なら、それも納得です」
 その言葉にシンは思わずかっとなる。しかしはやては何の反応も返さない。
「弁解は法廷の場で思う存分してください」
 さらに一歩前に出るはやて。アズラエルは笑みを崩さずコンソールにおいてある指をほんのわずか、動かす。
 直後、船体が大きく揺らぐ。さらにクラナガンを映しているモニターすべてが赤く染まり、15:00:00と表示された真っ赤なモニターが出現する。
「おい! 何をした!」
 反射的にシンはアズラエルにつかみかかる。しかし彼は笑みを浮かべたまま、何も答えない。
「……まずいぞ。”ドミニオン”の自爆シーケンスが始動した」
「何!?」
 アズラエルを放り出し、シンはコンソールを操作。目の前に表示されたモニターには、レイの言葉が真実と告げている。
「このボクに負けはない。お前たちをミッド地上本部を道連れにすれば、負けじゃない。このボクが、ムルタ・アズラエルが、お前たちコーディネーターに負けるなんてことは有り得ない。あるはずがないんだ!!」
「お前っ……!」
 コンソールから手を離し、シンはアズラエルをつかみ、ねじり上げる。しかしそれに反応せずアズラエルは視線を彼方に向け低い声で笑いながら「負けない、負けるはずがない、青き清浄なる世界を守るために、化け物を殺すまでは、負けるわけにはいかない」などなど、つぶやいている。
 正気を欠いているアズラエルを放り投げ、端末を操作している二人に加わる。
 調べていくうちにいくつかのことがわかる。艦内のほぼすべてのエネルギーが動力部にまわされていること、動力部にはエネルギー発生系統のロストロギアが組み込まれてること、そして三人が止めるべくハッキングを仕掛けているにもかかわらず、自爆シーケンスがまったく停止しないことだ。
 ”ドミニオン”が揺らいだことに心配したのか、念話をつなげてきた外の二人へシンは事情を説明。
<そういうわけだ。そちらからも何とか”ドミニオン”を停止できないか、干渉してみてくれないか。外部からの干渉プロテクトはなくなってるから、そちらからでも内部にアクセスできるはずだ>
<わかった。やってみるよ>
<地上本部や108部隊のメカニックスタッフにも連絡して協力してもらうから>

 

「それがどうかしたんですか。時間がないので結論だけお願いします!」
「じゃあ言うけどそのロストロギアが動力部への干渉を防いでいたんだ。だからハッキングができなかったんだよ」
 シンがこのロストロギアを知っていたのは先の大戦、”メサイア”にてデュランダルと会談したときに見せられていたからだ。
「……確かにあのロストロギアなら、”メサイア”の要塞としての機能を維持しつつ世界各地から送られてきた膨大な遺伝子データを収集、計算していたあれならば動力部にエネルギーを供給しつつ、この異常なまでの防御機構にも納得がいく」
 渡したロストロギアのデータを見て、レイが頷く。おそらくアズラエルは自爆シークエンスを止められないようロストロギアの大部分の機能を動力部への防御に回したのだろう。ならば皆のハッキングを易々と防いでいったのにも納得がいく。
 自分よりも数段冷静で頭の回転が速いレイやはやてがこのロストロギアを見逃していたのは、”ドミニオン”の爆発に気をとられていたからだ。そうでなければ自分よりも早く原因がわかっていたに違いない。管理局の皆がわからなかったのはおそらくこのロストロギアについて詳しく知らなかったのだろう。
 それにしても、”メサイア”の演算コアなどCEでも超一級品といっていい。戦後は間違いなく政府の管理下におかれていたはずなのに、一体どうやって……と、そこまで思い、今はそんなことをしている場合ではないと頭を振ると、
「俺は今からそいつを奪いに行く。奪ったら教えるからハッキングを再開してくれ!」
 言うやシンは部屋を飛び出し、動力部へ向かう。
 向かう途中、まるでこちらがくることがわかっていたかのように動力部への通路には無数のMAがいる。
「邪魔だ──!!」
 MAに目もくれず──道を塞ぐMAは仕方なく撃破した──シンは加速して動力部を目指す。
MAの攻撃でいくらか傷は負ったが、気にしてなどいられない。
「うおおおっ!」
 動力部前に立ちふさがっていたMAを切り倒し、中に入る。だだっ広い部屋の中央に安置されている巨大な機関、そしてそれと繋がっている四方一メートル程度の黒い箱。
「あれか!」
 機関部と繋がっているケーブルを切ろうと”アロンダイト”を振り下ろす。しかし接触前に防御魔法が発動し、真紅の刃を受け止める。
「さすがに硬い…。だけど!」
 いったん身を引き身を低くする。突きの姿勢で再び突進。水色の刀身はまた魔法陣に押しとどめられるが、「突き破れ、アロンダイト!」
 主の叫びに呼応して、真紅の魔力が水色の刀身に伝わる。その直後、障壁は砕かれ、シンは即座に体勢を立て直しケーブルを切断。
 間をおかず、切断の衝撃により不安定になっていたロストロギアを封印。
<ロストロギアは奪還した! 後は頼む!>
 伝え、シンは動力部を飛び出す。ロストロギアを奪い返したせいだろうか、船体が細かく揺れ、ゆっくりとだが傾きつつある。
<船体が…!>
 飛び出すと同時聞こえた声。見れば左に大きく傾く”ドミニオン”。

 

<シン、戻れ!>
「……レイ!?」
 叫ぶ──普段はほとんど感情を見せない──親友の声を聞き、シンは胸中が冷たくなる。
<予定変更だ。今ここにいる魔導士達で”ドミニオン”の爆発を抑える。早く”ドミニオン”から離れろ!>
<……爆発を抑える!? 結局爆発させてしまうのか! 動力部の停止は間に合わなかったのかよ!>
 思わず怒りの叫びを上げてしまう。レイはいつもの様子で、
<動力部へのエネルギー供給はカットした。だが、遅かった。もう最終シークエンスに入っており、止める手立てはない。せめて爆発の規模を小さくしようと技術者達が動力部からエネルギーを各部に拡散させているが……>
<とにかく”ドミニオン”早く離れてや! シンがそこにおると私らもどうにもできん!>
 二人に言われ、シンは”ドミニオン”から脱出する。外に出ると左に傾く”ドミニオン”が見えたが、シンが離れた後、船体を無数の巨大なバインドが縛り、固定する。
 周囲を見渡すと陸、空を混じった百以上の魔導士の姿が見える。彼らがやってくれたようだ。
<ところで一体どうやって”ドミニオン”の爆発を抑えるんだ?>
 艦船クラスの爆発となればクラナガンを吹き飛ばすことなど造作もない。それだけの膨大なエネルギーを押さえ込めるのだろうか。
<まず私達や地上本部のエースたちが協力して強装結界を構築する>
<その上で”ドミニオン”の爆破と同時に俺達が魔力を放出し爆発そのものを強引に押さえ込む>
 乱暴かつ、無茶な手だ。膨大な魔力を休みなく放出しなければいけないし、爆発が沈静化するまでどれだけ時間がかかるかもわからない。おまけに押さえ込む誰か一人でも途中で脱落すればその瞬間”ドミニオン”のエネルギーと放出した魔力の複合爆発がシン達を飲み込むだろう。
 成功率も低く、一歩間違えれば死ぬ恐れすらある危険な策。しかし今、時間もなく設備も人員もない状況ではこれしかない。
 はやての指示を受け、指定の位置へ向かう中、幾人か見慣れない顔──はやての言っていた地上本部のエースたちだろう──のほかに、なんとルナマリア、ディアッカの姿も見る。
<あ、シン>
<よ>
 二人の状況に似つかわしくない態度──特にディアッカ──を見て、思わずこけそうになるが、こらえて指定の位置へ。
 はやての支持したポイントに到着すると、ぐるりと周囲を見渡す。
 ”ドミニオン”は今シンたち六課の人間と管理局地上本部の者達で構成された三つの輪の中にある。
 最も外側の輪は魔力もさほど大きくない陸や空の魔導士たち。中間の輪は外側の間より魔力も大きい魔導士と”ドミニオン”の傾きをバインドで留めている局員達。
 そして”ドミニオン”に近い輪はシンやはやて達六課の人間とディアッカやルナマリア、地上本部のエースら数名だ。

 

「多すぎず。かといって、少なすぎず……」
 右手を突き出し、放出する魔力を微調整する。魔力量と出力が桁違いのシンはこうして皆が放出する量にあわせなくてはいけない。
 程よく調整し終わったところで、シンは準備ができたことをはやてに伝え、ルナに念話をつなぐ。
<あらシン。どうしたの?>
<なんでここにいるんだよ!?>
<何言ってるのよ。こんな状況でどこに行けっていうの>
<ルナ達だけなんだろうな。アスランは──>
<あいつなら地上本部の局員や病院の人達に任せてある。心配要らないぜ?>
<な……だ、誰が心配を──>
<”ドミニオン”爆発まで、残り60秒をきりました! 59、58……>
 叫びに重なるオペレータの声。シンは念話を切り”ドミニオン”を見据え、爆発に備える。
 脳裏にカウントダウンが聞こえる中、周囲は静まりかえる。物音ひとつしない無音の世界は、爆発の予兆に怯えているように思える。
<6、5、4>
 右手をまっすぐ突き出す。カウントが3を超えたところで”ドミニオン”を縛っていたバインドが消える。
<2、1、──ゼロ!>
 絶叫じみたカウント終了と同時、”ドミニオン”の船体から無数の光が漏れ、それに向けてシン達は魔力を放つ。
「っ───!!」
 衝撃と突風が、壁のように体にぶつかってくる。吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえ、作り上げた球状の強装結界へ魔力を放出する。
 誕生前の新星のような白い光の塊となった”ドミニオン”は内部で今にも爆発しように放電し、細かに動く。しかし注がれる魔力が結界内部に入り草のように絡み付いては球の振動を抑えている。
<いい調子です! このまま行けば十分ほどで爆発のエネルギーは完全に霧散します!!>
 わずかに弾んだオペレータの声。シンもほんのわずかに安堵し、しかし手は緩めない。
 ここまで来て”ドミニオン”を爆発させるわけにはいかない。なんとしても爆発を押さえ込む──決意とともにシンは魔力を放出した。