LSD_Striker'S_第02話中編

Last-modified: 2008-02-09 (土) 14:40:42

このSSを読む前の注意事項

 

・このお話は私lyrical Seed Destinyが書いたContact of Destinyの続編にあたりますので
Contact of Destinyを読むと、大体の世界観やキャラの関係が分かるかと思います。
もしよろしければそちらも読んでみてください。

 
 

Destiny Striker'S 2話 原石への疑惑(中編)

 
 

 何気ない様子で言ったシンの言葉に、彼とレイを除く全員の表情が固まる。
「い、いきなり何言い出すんだお前!? どうしてスバル達を六課から転籍させる必要が
あるんだよ!」
 食ってかかるようにヴィータが言うがシンは表情を動かさない。
「答えは簡単だ。こいつらが六課に必要ないからだ」
 その残酷な言葉を聞きスバル達四人の肩が震える。
そんな四人と、平然としたシンの態度を見てフェイトは思わずカッとなる。
「必要ないって、そんな言い方ないでしょう!?」
 硬い面持ちのままシンはこちらを見て、しかしすぐに視線を正面──スバル達の方に向
ける。
「事実だろ。起動六課という部隊の意味と、その編成を考えれば誰だってそう言う結論に
なる」
 見下すようなシンの瞳に再びフェイトは怒りがこみ上げる。しかしそれを制するように
なのはが言う。
「説明をしてくれないかな。どうしてスバル達を必要ないなんて言うの?」
 静かな声音に怒りを乗せてなのはは問う。なのはの怒りを感じているであろうシンは全
く表情を動かさず頷き、端末を操作する。
 出現する四つのモニター。そのうちスバル達の訓練風景と先日の初出動の画像、残る二
つは起動六課前線メンバーの戦力データ表だ。
「理由は簡単だ。フォワード陣は未熟であまりにも弱すぎるし、脆過ぎる。隊長、副隊長
との戦力差も開き過ぎている」
「この子たちはまだ成長途中だよ。そんなの当然のことじゃない。しっかりと鍛えていけ
ば戦力には──」
「それがそもそも間違っているんだよ」
 強い口調でなのはの言葉をシンは遮る。縮こまった四人を一瞥して、

 

「普通の部隊でならまだしもロストロギア“レリック”の回収という特殊事情を抱えた専
門部隊に未熟な戦力は必要ないだろ。
 現に四人を除くほかスタッフはその専門において一流と言っていいスタッフばかり。半
人前、いやそれ以下なのはフォワードの四人だけだ。
 鍛え上げれば強くなる? 四人の才覚は俺も認めるが一人前になるのはいつのことだよ。
一ヶ月後か、半年後か。それとも六課解散の一年後か?」
 クローズアップされる初出動の戦いぶり。冷めた目でそれを見るシン。
「この程度の相手にこうも手こずる未熟者を六課に置いておく理由なんてないだろ」
──理由はある! それについてはきちんと話したじゃないの!
「それに──今日の模擬戦だ」
 そう言ってシンは初めて表情に変化を見せる。侮蔑と怒りの顔を。
「あんな無様な姿を見せる部下なんて、こちらから願い下げだ」
「おい、そりゃあねぇだろ。スバル達四人がお前に勝てるわけが」
「俺が言っているのは勝敗のことじゃない。模擬戦の最中のことだ。
わずか十分足らず、攻撃が全く当たらないだけであんな情けない顔をして。
俺が高町隊長たちに聞いていた話とはまるで違う。情けなく弱弱しい。そんな奴らと一
緒に戦場に立てっていうのか。信頼して共に戦えっていうのか。冗談じゃない」
容赦なく四人を罵倒するシン。あまりに一方的かつ容赦のない言葉にフェイトの怒りは煮えたぎる。
「実力もなく、気概も弱い。そんな奴らは必要ない。それが四人を転属させる理由だ」
言い捨ててシンはモニターを消す。
「転属させるって簡単に言うけど、そんな権限をシン、あなたが──」
「権限なら、ある」
隣にいる言うレイが言う。淡々とした面持ちで彼は続ける。
「左官以上の階級の者は下の者が所属する部隊にふさわしくないと判断した場合、その者
たちを転属する権限を持つ。
もっとも部隊長の階級次第では承認が必要だが、シンは八神部隊長と俺に次ぐ階級。そ
れを考えれば承認すら必要ない」
再び開かれるモニター。六課前線メンバーの戦力データ表を見ながら、レイは言う。
「俺はその場にいなかったから話の後半部分については何も言えないが、前半部分におい
てならシン三佐と同意見だ。
今日、明日にもレリックを狙っている者との決戦が起きないとも限らない。そんな状況
で彼女ら四人は戦力としては考えられない。
俺が彼の立場なら即刻六課から転属させている」
 そう締めくくってレイはモニターを閉じる。重苦しい空気の中、はやては「ふむ」と小
さく返事をし、

 

「なるほど。話はわかったわ。せやけど私たちは彼女らが使えると思ったから六課に来て
もらった。そう簡単に転属させることはできへんよ」
「だが実際こんな様で使えるなんて言えないだろ」
 強いシンの言葉にはやては笑みを見せて、
「そうやな。アスカ三佐やバレル二佐の言うこともわかる。──だから、今一度それを四
人に見せてもらおか」
 はやての言葉に全員が首をかしげる。場の空気と似つかわない顔と明るい声で、
「今から三日後、もう一度シン三佐と模擬戦を行うんや。それ次第で四人が六課に残るか、
転籍させるか決めるとしよか」
「おい、はやて──」
「模擬戦後、四人を転属するか否かの判断はシン三佐に任せる。
──さて、話はこれで終わりやな? ほんなら四人とも戻ってええよ」
 言って退出を促すはやて。四人はおずおずとした態度で一礼すると、部隊長オフィスか
ら出ていく。
四人がいなくなると、シンははやての方へ振り向く。
「はやて、なんでまた模擬戦をする必要があるんだ?」
「二人に四人を六課に加えた理由を理解してもらうためや。こればっかりは言葉で言って
もわからんからなぁ」
「今日あんな無様な様を見せておいて、いったい何を理解しろって──」
「とにかく三日後、模擬戦をすること。これは部隊長としての命令や。ええな?」
反論を許さない強い口調ではやてが言うと、シンは嘆息して部隊長室を去る。
 続いてレイが去っていく。残るフェイト達。話は終わったがシンと違い誰も立ち去ろう
としない。
「どうしてシンは、あんなことを言ったんだろう」
 思わずフェイトの口からこぼれる。四人の未熟さは確かなことであるが、それを鍛え、フォローするための自分を含む隊長たち。それを知らないはずはないだろうに。
──それに、レイも
 正直レイがシンの擁護をしたことはフェイトにとってショックだった。彼は自分たちの
四人に対する期待や思いよりも親友の考えをとったのだ。
レイが管理局に入り半年余り、いくつかの任務で関わり、互いに協力しあい、少なから
ずお互いの思いや考え方を理解していたと思っていたのに。
「とにかく、すべては三日後の模擬戦の結果次第や。フォワードたちが六課に残るかどう
かは」
 話を終わらせるようにはやては言った。

 
 

 
 

 太陽が空の頂点よりやや西に傾いた正午過ぎ。訓練場ではいつものようになのは特製の
陸戦空間シミュレーターが稼働している。今回の舞台はミッドの廃棄都市区画をモデルに
した都市区画だ。
 その中心地点に六課フォワード陣、そしてシンの姿がある。どちらもバリアジャケット、
騎士甲冑を装着済みだ。
「これで……よし」
 シミュレーターの設定を終えたなのははモニターでスバル達の様子を確認する。
 さすがに転属がかかっているだけあって課フォワードたちはいつになく覇気に満ちたあ
表情だ。一方のシンはやはりというべきか、その表情や漂わせる雰囲気には一部の油断も
隙もない。
「双方とも良い雰囲気だな」
「ああ。フォワードたちもやる気十分ってな感じだ」
「シンもあれだけぼやいてた割に気合が入った顔してるですね」
 ざわざわとざわめく背後。なのはの後ろには六課の前線部隊隊長、副隊長だけではなく
六課フォワードたちの戦いぶりを一目見ようと集まった六課の人間の姿がある。
 そしてここにいない者も間違いなく部屋や仕事場でモニターを開き訓練場の様子を見て
いるだろう。本来なら極秘裏に行われるはずのこの模擬戦だがはやてが何故か大々的に広
めてしまい、この始末となっている。
 はやてが言い渡した六課転属をかけたシンと六課フォワードたちの模擬戦。わずか三日
という時間は瞬く間に過ぎ去った。
 なのはとしては当然、彼ら四人は六課にとどまってほしいことからこの三日、模擬戦に
遺体する対策などを行ってきた。自分と同意見なヴィータにフェイト、そして模擬戦に参
加しないシグナムまでも協力してきたのだ。
 しかし驚くべきはそれではない。
「さて、どのような勝負になるか」
 シンと同意見なはずのレイがこちらの訓練に口を出してきたのだ。てっきり静観か、シ
ンにつくものとばかり思っていたなのはにとってはまさに青天の霹靂であった。
「高町教導官。あなたはどう見る?」
「……アスカ三佐が有利なのは動かないよ。でもあの子たちが自分の力と特性を限界以上
引き出せれば、わからない」
 ふむ、と頷きレイはモニターに視線を向ける。

 

 出会ったころから──良い人であることは疑いないが──思っていたが、レイは何を考
えているのかあまりよくわからない。そして今回は特にそうだ。訓練に口を出してきたレ
イはあろうことかシンの行動や攻撃パターンを分析したデータを持ってきたのだ。
『元々の力量を考えればこれぐらいしなければシンの奴に一泡は吹かせられん』
 そしてそのデータを元に四人のどういう行動や攻撃が有効か、どのような行動が危険か
など戦技教導官顔負けの分析をしてきたのだ。
──本当に、何を考えてるんだろう
「何だ?」
「えっ」
「さっきからジッと見ていたようだが」
「あ、えーと……」
 どう誤魔化そうかと思うが、思い切ってなのはは問う。
「レイくん、どうして私達やあの子達に協力してくれたの?」
「……不思議に思うことか? それは」
「だってあれだけフォワードの皆のことを否定的に言っていたのに」
 するとレイはなぜかため息をつく。
「フェイトといい君といい、どうも誤解しているようだ。これ以上勘違いされないように
言っておくが、俺もシンもフォワードたちを六課から追い出そうとはしていない。
 ただ理論的に現在の彼女らを分析した情報を見て、あのような結論に達したにすぎない」
 淡々と紡がれる言葉。しかし言葉の端端から何やら優しいものを感じる。
「君ら隊長たちがあの子らへの期待が大きいのはわかる。今は未熟そのものの四人だが、
有能な師や能力を生かせる場所に恵まれれば将来的には間違いなく強くなる。だがそれは
六課にいる理由にはならないし、四人の力が六課という部隊に絶対必要というわけでもあ
るまい。
“立ち向かうための意思を持った子”確かにあの子らにそれはあるのかもしれないが──」
 細まる瞳にわずかな陰りがさす。
「思いだけで戦えるほど、困難に打ち勝てるほど人は強くない。まして俺や君らの力が必
要とされる戦場に、未成熟な彼女らを置くことは一歩間違えれば、彼女らからその未来を
摘み取ることになりかねない。
 あの子らがここにいることを望んでも、その可能性を考慮し遠ざけてやることも、俺た
ちの義務だろう?
だが彼女らの意思を殺すような真似はできるなら俺もしたくはない。だからできうる限
りのチャンスを与えた。君らに協力したのはそういう理由からだ」
 長舌に語るレイを見て、なのはは改めて二人に認められている四人を誇りに思い、シン
とレイの二人を頼もしく思うと同時、一時だけとはいえ彼らに反感を抱いた自分を恥ずか
しく思う。

 

「…ごめんね、レイ君。私──」
「気にするな。俺は気にしない。──それより準備も終わったようだ。おしゃべりはこの
辺にして、開始の合図を」
 そっけなく言うと彼は隊舎へ戻っていく。これも自分に謝罪させまいとする彼の優しさ
なのだろうか。多分、いやきっとそうなのだろう。
「皆、準備はいいね?」
『はい!』
『こっちもいつでもいいぞ』
 なのはは頷き端末を操作。両者の横に開始のタイマをセットする。見学上にも設置され
たそれを見て騒がしかった背後が一気に静まりかえる。
 00:60:00sと刻まれたタイマが沈黙の中、確実に数を減らしていき00:00:
00sとなると同時、けたたましいブザー音が訓練場に鳴り響く。
『行くぞっ!』
 開始と同時、先に仕掛けたのはシンだ。“アロンダイト”を両手で持ち虹の翼を雄々しく
広げて四人に突進する。
 シンの突然の先制攻撃に真っ向から立ちふさがったのはスバルだ。大上段から振り下ろ
された長剣をスバルの両手が生み出した“プロテクション”が受け止める。
『ぐっ…!』
その間キャロとティアナは後ろに下がり、エリオが跳躍、雷光を帯びた“ストラーダ”
をシンに向ける。
<スピーアアングリフ>
直進する雷槍をシンは剣を後ろに引く動きでかわし、後方に下がる。
 反撃しようと迫るスバルとエリオ。しかしシンの前面に出現する真紅の魔力弾。
<インパルスシュータ>
 発射された弾丸は四発。そのうち一発はとっさに反応したスバルの拳が砕き、残る三発
は後方より発射されたティアナの魔力弾と衝突、相殺される。
 牽制程度の意味合いしかなかったのだろう。その一瞬でシンはさらに距離をあけ、安全
域まで退避している。
『ウイング…ロードッ!』
 スバルの足元より飛びだす空色の道。そこに乗ったスバル、エリオと共にまっすぐシン
のもとへ伸びていく。
<インパルスシュータ>
 向かってくる二人へシンは慌てず真紅の光弾を生成。最初に放った数の倍の光弾は正面
から二人に襲いかかる。

 

 それらをかわし二人はシンのもとへ進む。しかしシンは既に元いた場所にはおらず、
『二人とも、上っ!』
 ティアナの声で頭上を見る二人。宙に飛び上ったシンは“アロンダイト”を閉まってお
り、代わりに左腕に長砲を抱えている。
『ケルベロス』
 発射される砲撃。とっさにウイングロードの進路を変えて二人は逃れる。
 しかし二人がシンの位置を確認する前に、シンは動いている。砲塔をしまうと肩当てに
収められている“フラッシュエッジ”を引き抜き、投擲。
<フラッシュエッジ>
 右手に残った“フラッシュエッジ”を持って、シンは“フラッシュエッジ”が二人に迫
る方向とは逆に接近。せまるそれに気がついた二人がかわすと同時、刃の長さを剣並みの
長さにした“フラッシュエッジ”を持って死角から強襲する。
 レイの教えから、シンのその行動は予測していたのだろう。シンに気付き振り向いたス
バルは横一閃された真紅の刃をプロテクションで受け止める。
 シンが第二撃目を放つ前、建物の影からオレンジの光弾がシンに襲いかかる。エリオの
陰から飛んできたそれをシンはとっさに防御魔法を張る。
 シンの動きが止まったそのわずかな一瞬、空色の道は弧を描きシンの背後に。突き出さ
れる拳を驚くべき反射神経でかわすシン。
 だがフォワードたちの追撃はまだある。スバルの背後から飛び出したエリオが“ストラ
ーダ”を突き出してシンに迫る。
 速い。しかしシンにとっては遅いその突進。体勢を立て直したシンは“フラッシュエッ
ジ”をエリオに突き出す。
「えっ」
『なっ!?』
 驚愕したシンの声と重なるフェイトの声。突き出された真紅の刃はエリオを貫き、その
姿を消してしまう。
 幻術。なのははティアナの仕業だとすぐにわかった。後方に下がっていたはずのティア
ナ達はシンが二人と戦う中で二人のフォローができる位置まで上がってきていたのだ。
 前のめりになったシンへ突き出されるスバルの拳と本物のエリオの槍。焦りと驚愕の表
のシンはとっさに防御魔法を張る。
 しかしBランクにまで魔力制限されているシン。当然二人の攻撃を受け切れず吹き飛ば
される。
そこへさらに迫るオレンジの弾丸。慌ててシンは態勢を立て直し距離を置く。

 

──みんな、いい感じだね。練習通りだ。
 三日前の模擬戦ではほとんどシンに攻撃を当てることができなかったのに、すでにもう
二発も当てている。この三日の間で練習したことがこれまた見事に生きている光景を見て、
なのはは満足げに微笑む。
──これなら、いけるかも
 今のような状態のままなら一泡どころかシンを負かすことも可能かもしれない。
──みんな、頑張れ
 シンに、レイに見せてほしい。あなたたちの力を。起動六課のフォワードとしてやって
いける証を。
 シンに向かって前に進むスバル達を見て、なのはは思った。

 
 

「四人とも頑張っとるなぁ。……お、シン。危ないところやったなぁ」
 部隊長オフィスにて、模擬戦を見ているはやてはのんびりとした口調で感想をつぶやく。
 シンやスバル達をよく知らない者たちにとっては予想外の展開となっている模擬戦。オ
ーバーSランク魔導士たるシンにフォワード四名が互角以上に渡り合う光景だ。
「なかなかええ勝負と思わんか?」
「あれだけシンの弱点を突くよう徹底的に教え込んだんだ。これぐらいできないようなら
模擬戦が終わる間もなく俺が転籍させる」
 はやてにそう返したのはオフィスのソファーに座るレイだ。彼は目の前に二つのモニタ
ーを開いている。一つは模擬戦の様子が映っており、もう一つは業務のもののようだ。
 しばらくの間端末をたたきつつ模擬戦のモニターに視線を向けていたレイだが、ふとそ
の手を止め、モニターを閉じるとこちらを見やる。
「何?」
「他の二人と違い落ち着いているな。──やはり、というべきか。はやて、君はこうなる
ことを予見していたな」
「……ん。まぁ、な」
 三日前にシンが語ったことは普通、だれでも不思議に思うことだ。未成熟な四人、隊長
たちとの力の差。六課へ必要か否か。
 シンが言ったように、本来ならレリック回収専門部隊たる起動六課に必要かと言われれ
ば頷けない。しかし彼女らの将来性を買い、またなのはの夢──前線にいながらも戦技教
導官として働く──それを実現させるためであった。
はやてもシンやレイが抱いた危惧を当然抱いたが、親友の目利きを信頼してこそ四人を
六課に置くことに決めた。
「二人が六課に来ることが決定した時、遠からず近からず、こうなるって想像は簡単にで
きたよ」

 

 しかしその事情を知ったとしてもこうなるとはやては思っていた。A、AAランク魔導
士が当たり前のようにゴロゴロいるザフトの中のエース中のエースたるシンに言わせれば
四人が未熟思えるのは当然のことであるし、アッシュ・グレイの対処で自分と揉めたこと
も考えればあの四人を死なせまいと六課から転籍させるだろうと思っていた。
「そこまで分かっていながら模擬戦を行ったのは何故だ」
「もうちょっと私やなのはちゃんたちの判断を信じてほしいかなって、そう思ったんよ」
 あの四人は少なくとも自分やなのはが探せる範囲で探し出した期待の新人で最高の逸材
だ。その四人をわずか一週間で見限られたことにはやてはちょっと腹を立てたと同時に、
自分たちは信頼されていないのだろうか、と悲しく思った。
 無論シンがそう思った理由は分かっている。だが理屈など関係なくそう思ってしまった。
 だから、見せる必要があった。あの子たちが六課に必要であるという証拠を。フォワー
ドたちの為だけではなくはやて達の為にも。
「シンは少し心配症過ぎるからなぁ」
 つぶやいた時小さな笑い声が聞こえ、はやては声の主を見る。
「何がおかしいん?」
「べつに。だたシンに対してそう言うことは向かって面といった方がいいぞ。言わないと
気がつかないからな」
 微笑を浮かべたままレイは再びモニターと端末を開いて仕事と模擬戦の観察を再開する。
何となく憮然となるが、はやても再びモニターに目を向ける。
 展開は先程と変わっていない。シンの猛攻を受ける四人であったが、シンが決まった攻
撃や行動を取る際には痛烈な反撃を見舞っている。
「なぁ、レイ。どっちが勝つと思う?」
「シンが負けることだけはあり得ない。よくて引き分けだろうな」
 はやての問いに断定するレイ。目にも止まらぬ速さで端末をたたきながらレイは続ける。
「シンもそろそろこのような状況になっている理由に気がつく。そうなれば均衡は一気に
崩れる。
 ──それに“ハイパーデュートリオン”もある。リミッターの関係上せいぜいAAAま
でしか魔力解放はできずそれも持って数分、さらにBランクに魔力制御された現在では“デ
スティニー”も一度きりしか使用できないだろうが、使用すればもはや勝負は決まる」
 レイの言葉にはやてはギョッとなり、思わず立ち上がる。
「まさか。“ハイパーデュートリオン”を使うなんて……」
 もし使用すれば一瞬で勝負は決まってしまう。今回の模擬戦は勝利することが重要でな
いことをシンが分かっていないわけはないのに。
「使うだろう。シンが見たいものを見るためには、使わざるを得ないのだから」
「──」

 

 シンが何を見たいのか。はやては理解している。確かにレイの言う通りシンが本気にな
らなければ、それは見えないのかもしれない。
 だがそれはもろ刃の剣でもある。もしフォワードたちの心根をシンが完全に折ってしま
えば、彼女達の魔導士としての人生を断ちかねない。
──いや、そんなことはあらへん
 弱気になりかけた自分をはやては失跡する。
 自分は六課の部隊長。そしてあの四人は自分やなのはと共に在ることを認めた者たち。
 四人はきっと見せてくれる。自分が四人を選んだ理由を。立ち向かうための意思を。

 
 

 
 

「でりゃあああっ!!」
 ビルの影から飛び出したスバル。前面にはティアナの弾丸をかわすシンの姿がある。
「相棒っ!」
 スバルの猛りと共に速く、長く延びるウイングロード。シンがこちらに気がつくが遅い。
腕にスバルは拳を放っている。
「くっ!」
 左腕に装着された盾でリボルバーナックルを受け止めるシン。スバルはすぐさま追撃を
放とうとするがシンは後ろに身を引く。
「う、うわっ!?」
 拳を引く反動でもう一撃くらわそうとしていたスバルは体勢を崩す。まずい、と思った
と同時、右腹部にシンの蹴りが叩き込まれる。
「っ──!」
 体全体に響く強烈な重みと痺れに悶絶しながらスバルは落ちる。しかし一瞬暗闇に染ま
った視界はすぐに色を取り戻し体の痛みをこらえて、ウイングロードを再生成。建物の陰
に隠れて反撃に備える。
「痛った~……」
 右腹部を抑えながら建物の陰からシンの様子を見やる。今はエリオ達三人が抑えてくれ
ているようだ。
<ちょっとスバル、大丈夫?>
<あ、ティア。うん、ちょっと痛むけど大丈夫>
<そう、なら早く戦列に復帰して。あたしとエリオの二人だけじゃ押しとどめるので精一
杯よ。
 シンさんも私たちがここまで互角に戦えた秘密に気付き始めてるみたいだし>

 

<うん。レイさんが見せてくれたデータの中になかった戦い方や行動をしてるしね>
 レイが教えてくれたシンの戦闘スタイルとその行動全般。シンの長所と短所を三日のう
ちに叩き込まれたスバルらはシンの長所を殺し、短所を徹底的につき、今まで互角の戦い 
を演じてきた。
 もしシンが本来の状態ならば、たとえこのような戦い方をしても意味はない。自分達と
同ランクになっている今だからこそはじめて有効なのだ。
──ホント、大変だったなぁ
 ふと、三日間の訓練内容を思い出す。なのはの訓練もだが特にレイの訓練は熾烈を極め
た。
 顔色一つ変えず無理難題な訓練をやらせ、本当に限界ギリギリまでしごいてくれたもの
だ。もっともその訓練のおかげでシンとこれほどまで互角に渡り合えているのだから感謝
はしている。
<そろそろ勝負を決めた方がいいわね>
<うん>
 この模擬戦、自分たちが六課に残るかどうかに勝敗は関係ない。そうレイから聞いてい
るものの、戦う以上負けるよりも勝った方がいい。
「そろそろいくよ。相棒!」
<OK。マイマスター!>
“マッハキャリバー”の応えを受けて、再びスバルは空の道を駆ける。
「……!」
 迫るスバルの姿を見たシンは虹の翼をはためかせてエリオの斬撃をかわし、ひときわ高
いビルに着地する。
「この三日。よく修練したようだな」
 たいした疲労の色も見せずシンは言う。
 しかしスバルは、皆は気が付いている。シンの魔力がそろそろ尽きかけていることに。
「俺の得意パターンの解析、長所を殺し、短所を突く徹底した戦い方。それに加えて自分
たちの特性や長所を最大限に生かす戦い。なのはだけじゃない。レイの算段もあるな」
 シンが喋る中、スバルはいつでも飛びだせるよう準備を怠らない。
「改めて言うよ。お前たちははやてたちが認めた通り、期待の新人だ。逸材だ」
 こちらの気配を察していないはずはないのに。普段話すようにシンは言葉を紡ぐ。
「──でも、それだけじゃ足りない」
 突如シンの声が冷たくなる。あまりに突然の変化に思わずスバルは体を硬直させてしま
う。
「いくら力が強くても。魔力があっても。意思のないそれらは力になりえない。
はやての部下として、認められない」
 右手に持つ長剣を突き刺し、右手を天に向ける。

 

「だから、これが最後の試しだ」
 シンの右腕に出現する真紅の三角魔方陣。シンは短く何かをつぶやき地面に向けて右腕
を突き出す。
 右手の魔方陣が消失すると同時、シンの足元に出現する魔方陣。
「“デスティニー”!」
<ハイパーデュートリオン>
 主の呼び声に答え、デバイスが魔法の名を唱える。直後、魔方陣から発した光がシンの
体を駆けのぼり、
「ああああああっ!」
 猛りと同時、シンの背部の虹の翼が普段の倍以上の大きさと強い輝きを帯び、
「な……!?」
<強大な魔力を感知。推定AAA>
 弱まっていたシンの魔力が一気に膨れ上がる。それに伴いシンからはせられる暴力的な
圧力と戦意。三日前に、そして今まで感じていたものとは比較にならないほどだ。
<ハイパーデュートリオン……!>
<あれがレイさんが言ってた、シンさんたち二人が持つ自由意思による限定解除…!>
 管理局のどの部隊にも、保有する戦力規定がある。よほどの特殊な事情を持った部隊で
ない限り高ランクの魔導士はリミッターがつく。
 そしてそのリミッターはその魔導士の上司でなければ外すことはできない。つまり自分
の意思による解除は不可能なのだ。
 しかしその不可能をひっくり返す唯一の魔法こそハイパーデュートリオンと呼ばれるC
E独自の、CEでも数人足らずしか使い手がいないとされる魔法なのだ。
 本来は使用した、またはかけた魔導士の詠唱破棄、及び限界を超えた魔力増大という効
果だったらしいのだが実際リミッターをかけた魔導士が使用した際、リミッターをかけら
れているはずの力が戻ったという実例が報告されているというのだ。
 そしてその実例を行った人物が、今スバル達の目の前にいる。
「AAAか。まぁ二重もかけられたらさすがに完全には戻らないか」
 長剣を引き抜くシン。横に一閃して、こちらを見据え構える。
「でも、今はこれぐらいで十分だ」
 そうつぶやいた瞬間、真紅の残像を残してシンの姿が掻き消える。
「──スバルさん! 右っ!」
──エリオ?
 呼ばれ、声の方向に視線を動かす。
 するとそこに長剣を振り下ろしたシンの姿が見えた。

 

<マッ>
 “マッハキャリバー”が自動防御する間もない。スバルはシンの剣が自分の体を薙いだ
と認識した次の瞬間、体全体に衝撃が走る。
「っ……!??」
 いったい何が起きたのか。さっぱりわからない。周りを見ようとするもなぜかぼやけて
はっきりと見えない。耳もよく聞こえない。
──なに、が…
「う、ううっ……」
 ようやく出た声は呻き声。聞こえてきた音は大砲のような轟音。
 見れば自分の近くに、倒れ、または地面にたたきつけられた三人とフリードの姿が見え
る。
「み、んな。……あっ」
 助けに行こうとして、スバルはようやく自分の状態、そして自分に何が起こったのか気
がつく。
 周りに立つ埃と自分の体の下にある亀裂。そして体に残る動きを止める痺れ。
──シンさんの剣戟を受けて、吹き飛ばされたんだ。そしてそのまま受け身も取れなくて
地面に叩きつけられちゃったのか……
 今まで感じたことのない重いダメージだったが、元々の頑丈さ、タフさからスバルは早
くも体を起こせるぐらいに回復してきた。
<ティア、エリオ、キャロ。大丈夫?>
<……だい、じょうぶ。じゃない、わよ>
<う、うう……>
 ティアナとエリオは意識があるようだが、キャロに至ってはぴくりとも動かない。
 非殺傷設定にしているから死んではいないだろうが、気絶していることがわかっただけ
でも、相当強烈な一撃を受けたことはわかる。
──これが。シンさんの、本気……!?
 一撃受けただけでこのダメージ。ほんの数秒であっさりと形勢を逆転させられてしまっ
た。
改めてオーバーSクラス魔導士の規格外の強さに戦慄するスバル。
 目の前に姿を見せたシン。しかし身動きをとれないこちらに襲いかかってこず、長剣の
柄に装着されてるカートリッジを二度鳴らすと、両手で握りを持ち、大上段に構える。
 その構えと、長剣の刃に輝く真紅の輝きを見てスバルは思い出す。
 レイから見せられた戦闘映像で映っていたシンがもっとも多用し、数多の敵を屠ってき
たと聞かされた必殺の魔法。

 

──まずいっ!
 今の状態で受けたら一体どうなるか想像もつかない。スバルは満足に動かない体に鞭を
うつ。
 念話で皆に回避するよう呼びかけるが自分と違いティアナとエリオはまだ体が動かせず、キャロに至っては意識を失ったままだ。
 そうしている間にもシンの両手が持つ長剣の刃に集まる光は強さを増す。
「──行くぞ」
 背後の虹の翼がさらに大きく広がる。そしてシンは弓のように体を引きつらせ剣を振り
かぶる。
「エクス──カリバーッッ!!」
 太陽のように紅く輝く、一点の曇りのない斬撃を放った。