LSD_Striker'S_第02話

Last-modified: 2008-02-09 (土) 14:32:54

このSSを読む前の注意事項

 

・このお話は私lyrical Seed Destinyが書いたContact of Destinyの続編にあたりますので
Contact of Destinyを読むと、大体の世界観やキャラの関係が分かるかと思います。
もしよろしければそちらも読んでみてください。

 

2話 原石への疑惑

 
 

 
 

「それじゃあ。今日はこの辺にしておこうか」
『ありがとうございます!』
 訓練の終わりを告げるなのはにスバル達、起動六課スターズ、ライトニング両フォワー
ドたちは声を揃える。
──きょ、今日もようやく終わったぁ
 いつものように訓練が終わったこの時間、疲労がピークに達している。六課に来る前、
頑強とタフさに少しは自信があったスバルだがそんなかすかな自尊心はもはや見る影もな
い。
「くたくただろーがしっかり体ほぐしとけよ」
 “鉄の伯爵”と称される鉄槌型デバイス“グラーフアイゼン”を肩に担いで、ヴィータ
副隊長が言う。
 スバルが憧れであり目標であった人、高町なのは一等空尉に見いだされて、相棒たるテ
ィアナ・ランスターと共に六課に来た。
新部隊、また特殊部隊ともいえる起動六課への転属。不安もあったが、期待も同じぐら
いにあり、ここ一月のあまりに新しい仲間とも出会いや憧れの人からの訓練、そして初出
動。さまざまなことがあった。
そしてそんな六課に数日前、本局から出向してきた人がいる。正面にいるなのはの左に
立つ黒髪と灼けるような深紅の瞳が特徴の人、シン・アスカ三等空佐だ。
「それじゃああたしたちは先に隊舎に戻っておくからな。フォワードたちも飯までには戻
っておけよ」
 言って隊長二人が戻っていく。しかしシンはこちらを凝視したまま動かない。
「シン? 何やってんだ。行くぞ」
「……ん? あ、ああ。今行く」

 

 ヴィータに呼ばれ、はっとなるシン。へたり込むスバルらに背を向けるが歩き出す前、
こちらにわずかに振り返る。
「……シンさん?」
「あ、いや。なんでもないんだ。それじゃあ四人とも、遅れないようにな」
 慌てた様子で彼は先に行く隊長達のもとへ歩いて行く。それを見送っていると、
「ねぇ、シンさん。何だか様子が変じゃない?」
「そうですね。なんだか最近……と言ってもまだ知りあって一週間もたってませんけど」
「一昨日あたりから、ときどき私達やモニターを凝視してますよね」
「それだけじゃないわよ。なんだか妙に考え込んでるわね。さっきもスバルが声をかける
まで難しい顔してたし」
 本局より出向してきたシン・アスカ三等空佐、レイ・ザ・バレル二等空佐の二人は部隊
長八神はやてが最初に言った通りの管轄で精力的に働いていた。
 すなわちシンはスターズ、ライトニング分隊をはじめとする戦闘部隊関連の補助だ。体
長達と一緒に自分たちの訓練メニューを考案したり、訓練中や昼食時にはちょっとした、
なにげないミスの指摘やそれの修正などを気軽に自分たちに教えてくれている。
 気難しそうなレイと違いシンは明るく、親しみやすい。また自分たちよりも年上なのに
喜怒哀楽が激しくたまに自分と同年代のように思うときもある。
「なにか悩みごとでもあるのかなぁ」
「夕食のとき、尋ねてみましょうか」
「なのはさんや八神部隊長あたりにも聞いてみるって手も…」
「──あんまり気にしすぎない方がいいんじゃない?」
 エリオとキャロの二人と顔を合わせて話していると、ティアナがそっけない風に言って
くる。
「シンさんは六課では八神部隊長、バレル二佐に次ぐ階級の持ち主よ。立場だってなのは
さんたちと同じなんだから、私たちが考えないようなことを色々と考えてるんでしょ」
「そうだといいんだけど……」
「それと、今の私たちが隊長たちのことを気にかける余裕があると思うの?」
 ずい、と顔を近づけてくるティアナ。
「少なくとも私は毎日の訓練でヘトヘト。とてもそんな余裕はないんだけど。あんたはあ
るのね、スバル?」
 爆発寸前の爆弾のごとき笑みを浮かべるティアナ。スバルは着火させないよう、
「う、ううん。そんなことないよ。あたしも訓練や自分のことで手一杯!」
「ぼ、僕もです!」
「私も!」
「なら気にしてないでさっさと隊舎に戻りましょ」
 同じように首を縦に振った二人を見てティアナは頷き、隊舎の方へゆっくりと歩き出す。

 

 確かにティアナの言う通りだ。六課に来ての訓練漬けの日々にいまだ慣れていない自分
たちがほかのことに気を取られてる場合ではない。自分たちまで調子を崩せば、その分の
心配をかけることになってしまう。
 自分たちがおかしいと思い始めているのだから親友であるバレル二佐やなのは達が気付
いていないはずはないだろう。
 今はバレル二佐たちに任せよう。きっとシンさんの悩みを解決してくれるはずだ。
 立ち上がり彼女の後を追う中、スバルは思った。

 
 

 
 

 薄暗がりの会議室、モニターに表示されるガジェットの残骸。
 それは先日、起動六課が初出動した時の際にスターズ、ライトニング分隊の隊長、隊員
たちが撃墜したものだ。
 夕食後、地上本部に行っていたフェイトからレリックを狙っている人物について判明し
たという連絡が入り、今開かれているのはそのための緊急会議だ。
「お見せしたかったのは、これです」
 映し出されたのはガジェットの動力部のような内部機構。中央部に小さな菱形の水晶の
ようなものがはめ込まれている。
「これ、ジュエルシード!?」
驚きの声を上げるなのは。それを見てフェイトを除く隊長たちがけげんな表情となる。
「知ってるのか、高町隊長」
「このロストロギア“ジュエルシード”は昔、私となのはが探し求めていたロストロギア
です」
 言って彼女はジェルシードと自分、なのはとの関係を短く語りだす。
「でもこれだけではありません」
モニターを操作し、その右上にある金色のプレートを拡大させる。そこにはミッドチル
ダ語で人名が刻まれている。
「ジェイル・スカリエッティ……」
「って、あのスカリエッティなのか!?」
 つぶやくシグナムにヴィータが驚きの声を上げる。
「スカリエッティ……やはりあいつが黒幕なのか」
 隣に座るシンはまるで戦いのときのように表情を険しくし、モニターを睨んでいる。
 やはり、というべきか。クロノやレイの予測通りスカリエッティがかかわっていたよう
だ。そしてそれと同時に、ステラ達を作ったのも奴だという確信が持てた。

 

──ステラを六課に置いているのは吉となるか、それとも……
「──そういうわけで私ら起動六課はジェイル・スカリエッティの線を中心に捜査を進め
る」
 部隊長の言葉に頷く六課の隊長たち。──いや、シンだけは頷かずモニターを凝視して
いる。
<シン、どうした?>
<……あ、いや>
<ガジェットの残骸を見ていたようだが、このところ何か考えていることと関係あるのか>
<うっ!?>
 一昨日よりシンの様子がおかしいことなど、レイはとっくに気が付いている。部屋にい
る時も、フォワードたちの訓練を見ている時もガジェットとの戦闘データを食い入るよう
な目で見てはため息や、らしくない難しい表情となっているのだ。
<何を考えて──>
「はい、二人とも。こそこそするのはそこまでや」
 声をかけられ見れば、ジト目のはやての姿がある。どうやら念話を聞いていたようだ。
「せっかく今こうして会議を開いとるんやし、言いたい事があるなら言ってや。
シン、ガジェットの残骸を食い入るようにして見とったけど、何かあるんやろ?」
 なにもかもお見通しのような言葉にシンの体が一瞬身じろぐ。しかしシンはそっぽを向
いて、
「別に。なんでもない」
 努めて冷静に言うシン。しかしはやてはシンのささやかな抵抗をスルーして、
「そういえばスバル達のこともそんな風に見とったなぁ。今日もデスクの周りには訓練や
この間の出撃の映像のウインドウが出っぱなしになっとったし」
「何!? ちゃんと消したはず! ……あ」
 思わず立ち上がり叫ぶシン。とそこで不自然に微笑むはやての顔、そして皆からの視線
を浴びてはやての誘導訊問に引っかかったことに気がついたようだ。
「う……いや、その、なんだ」
 視線の集中砲火を浴びてしどろもどろとなるシン。レイはフォローが必要かと思い、割
って入るとするがその前に、シンはなのはの方を見る。
「高町隊長、ちょっとお願いしたい事がある」
 何やら決意を秘めた表情で、シンは言った。

 
 

 
 

「模擬戦、ですか?」
 昼食の後、午後の訓練開始前になのはが言う。
 模擬戦事態は何度もやっているのでそう驚くことではない。ティアナが驚いたのはその
相手がなのはやヴィータではなく、
「うん。シン・アスカ三佐との」
 なのはの後ろで念入りにストレッチを行っているシン。頬に汗が伝っており、準備は万
全のようだ。
「時間は十分間。その間にシン三佐にフォワード陣が一撃当てるか、もしくはフォワード
陣が戦闘不能になったら終わり」
「は、はい。それにしても突然ですね」
「そうか? あたしたちと一緒にお前らの訓練を見てるんだ。こう言うことがあっても別
に不思議じゃないだろ」
「さぁ、みんなも体をほぐして。十五分後に始めるよ」
 なのはの声で広がるフォワード陣。ティアナはいつも通りスバルと組み、ストレッチを
開始する。
<シンさんとの模擬戦かぁ>
<なんだかあんた、楽しそうね>
<うん。だってギン姉からちょっと話を聞いてて、すごく強いらしいよ。
いつ模擬戦するのかって、ひそかに楽しみにしてたんだ>
<相変わらず頭に花が咲いたようにお気楽ね。相手はなのはさんと同格以上の騎士よ。い
くら能力リミッターで私たちと同じBランクだとはいえ>
 シン・アスカについてティアナが知っていることは少ない。管理局のデータベースを見
ても最初のあいさつで六課設立にかかわったこと、またつい最近次元社会に復帰したCE
という世界の出身で、その世界の元軍人でなのは達隊長と同格のエース級の魔導士という
ことぐらいだ。
「体はほぐれたみたいだな。よし、そんじゃ始めるか」
 自分たちと同じように白と青の色彩をした騎士甲冑をまとったシンが前に立つ。彼のま
とっている騎士甲冑はヴィータやエリオなど、古代、近代ベルカとも様式が違うように見
える。簡単に言うならば機械兵器の一部が装着された頑強な甲冑だ。
 ティアナ達とシンの間の距離のちょうど中間になのはとヴィータが立つ。
「準備はいいな。それじゃあ」
「始め!」

 
 

宣言と同時、静まっていたシンの気と魔力が爆発的に高まる。右背部から一本の長剣を
抜き、正眼に構えるシン。
──凄い気迫っ……!
 数メートル距離は置いているのに、それでもシンから放たれている気はこちらの肌を突
き刺さんばかりに強い。まるで模擬戦ではなく本番のような気迫だ。その一点でいえばな
のは以上だ。
<ティ、ティア>
<こうして睨めっこしてても始まらない。こちらから仕掛けるわよ! スバル! エリ
オ!>
 キャロと共に後方に下がりながらティアナは“クロスミラージュ”のカートリッジを鳴
らす。
<まずスバル、あんたから仕掛けて。相手は待ちの状態だから間違いなくあんたの一撃は
受け流されるかかわされるでしょうけど>
<その時にできた隙を僕がつくんですね>
<そう。それが防がれても私やキャロがフォローするから>
 シンの戦闘スタイルについてどのようなものか、ティアナはもちろんスバル達もはっき
りとは知らない。どのような魔導士なのか調べてみたりもしたが、どういうわけか所属し
ている部隊の情報はティアナたちの権限では引き出せなかったのだ。よって今日がシン・
アスカという騎士を初めて知るということになる。
 ティアナ達にとっては全く未知の相手。Bランクまでリミッターがかけられているとは
いえ本来の実力は隊長達と同格の魔導士。こちらが勝つ可能性は低いだろう。なら──
──各々の得意とする部分で立ち向かう!
 勝てはしないだろう。しかし確実な攻撃は当てる。自分たちの実力を見せる。それがテ
ィアナの結論だ。
 周囲にオレンジの魔力弾を生み出すティアナ。指示を受けた二人、スバルはまっすぐ直
進し、エリオは多少スピードを落として持ち前の敏捷さとスピードでジグザグに移動しな
がら迫っている。
 間合いに入ったのか、シンは水色の刀身を振り上げ、スバルめがけて降ろす。しかしそ
れを予測していたスバルと“マッハキャリバー”はよどみない動きでかわし、
「うりゃあああああっ!」
 唸りを上げるリボルバーナックル。シンはわずかに首を動かしてかわすが、すぐさま体
勢を立て直したスバルの追撃が迫る。しかしそれも後方に下がって回避する。
 そして背後から迫るは金色の光。
「はあああっ!」
 突き出される“ストラーダ”。絶好の一撃だ。

 

しかしシンは振り向くと剣を槍に当て、受け流す。そして態勢の崩れたエリオにいつの
間にか左手に握られていた魔力の刃が生えたダガーを振り下ろす。
しかしその一撃はスバルの介入で防がれる。再び繰り出す攻撃はやはりあっけなくかわ
されるも、さほどのスバルのようにエリオが割って入り攻撃を許さない。
さらにはティアナの弾丸にフリードの“ブラストフレア”も攻撃や牽制に加わる。シン
は驚くべき反射神経で攻撃をかわしては防ぎ、長剣のみで攻撃を繰り出してくる。早く鋭
いそれだが剣筋が大ぶりばかりで攻撃が読みやすい。
幾度かの攻撃の後、エリオにできる隙。そこへ振り下ろされるシンの長剣。
──させないっ!
「りゃああああっ!」
 エリオを守ろうと──シンに一撃くらわそうと──向かうオレンジの魔力弾とスバルが
シンに迫る。
 攻撃をかわそうとするエリオ、間合いに入りシンにリボルバーナックルを突き出すスバ
ル、ティアナが放った無数の魔力弾。その三つが同時に目的を果たし、爆発を生む。
──え? もう終わり!?
 内心でがっくりくるティアナ。いかなオーバーSクラスの魔導士といえど今は自分たち
と同格程度の魔力しか持たない。
 そんな相手に自分とスバルの複合攻撃が当たったのだ。しかもシンは防御魔法も使って
いない。いささかあっけなさすぎるが模擬戦は自分たち勝利で終わりのよう──
「……えっ?」
 そうティアナが思っていたところで聞こえてきたスバルの声。爆煙が晴れて見えた光景
は──
「なっ…!?」
 左腕に装着された盾でリボルバーナックルを受け止めており、なおかつ右手に張った防
御魔法でティアナの魔力弾すべてを防いでいるシンの姿だった。
──まさか! そんな!? あの一瞬で魔法を使って、スバルと私の攻撃を防いだってい
うの!?
 ティアナは愕然とする。自分の魔力弾はともかく、スバルの一撃は手加減なし、しかも
“クロスミラージュ”で加速したものだったはず。
 そのパワーとスピードが乗った一撃を受けたのだ。Bランク程度の相手ならふっ飛ばさ
れているだろう。だがシンは先程と全く変わらぬ位置で、平然と立っている。
「嘘、でしょ」
「もう、終わりか?」
 唖然とするティアナたちへ、シンが言う。その表情は妙に曇って──いや、がっかりし
たような顔だ。

 

「……まだですっ!」
 シンの左腕を振り払い、構えるスバル。いち早く立ち直った相方に遅れてティアナの意
思に戦意の火が再び灯る。それに続くエリオとキャロ。
──これで終わりなんかじゃない! まだ始まったばかりなんだから!!
 再びシンに向けて四人の猛攻が始まる。だが時間が経過するにつれ、シンの様子にティ
アナは畏怖し始める。
「どうなってるの…!」
──どうしてこれだけ攻撃してるのに、攻撃が当たらないのよ…! 少しも表情が揺るが
ないの…!? 
 幾度となく危ない場面はあったというのに自分たちの攻撃は全く当たらず、シンは一度
も表情を動かしていない。
Bランクに限定されているのだというのに。現状がこれでは本気のシンは一体どれだけ
のものなのだろう。
<ティ、ティア……>
 四人の中でもっとも至近でシンとぶつかり合っているスバルもその異常性に気がついた
ようだ。いつもは自分以上に気迫と負けん気に溢れた声、それが自分と同じように驚愕と
畏怖の色に染まっている。
 こちらを観察しているように微動だにしないシンの表情はまるでガジェットのような無
機質さえ感じさせる。また普段の彼を見ているからこそ、余計その冷たさが際立つ。
「そろそろ十分だな」
 すぐ側にスバルとエリオがいるにもかかわらず訓練場に設置された時計に目をやるシン。
「もう、いいか。──“デスティニー”!」
<ハイパーデュートリオン>
 シンの足元に浮かび上がる真紅の魔方陣。そして爆発的に膨れ上がる魔力。
それを確認したのと同時、彼の姿が掻き消える。
「ティアさんっ!」
──キャロ?
 名前を呼ばれた、そう思ったと同時に背中に衝撃が奔る。いったい何が起きたのかと振
り向こうとするが何故か体の自由が利かず、勝手に膝が折れる。
 倒れる寸前、視界の端に映ったのは地面に倒れるフリードと崩れ落ちるキャロ、そして
その前に立つシンの姿だ。
──な……! まさかあの一瞬で私の後ろまで移動したの!?
 信じられなかった。もし本当だとすればフェイト並みの移動速度だ。
「う……く」
 体を動かそうとするが、やはり動かない。魔力弾を生成しようともするのだが魔力結合
もできない。

 

 おそらく相当重い魔力ダメージを受けたためだ。体やリンカーコアが全く言うことをき
かない。
「うりゃああああっ!」
 猛りと共に突進するスバルとエリオ。待って、うかつに攻撃を仕掛けたら──。声を出
そうとするが声は出ない。
 迫るスバルの一撃を先ほどとはまるで別人のような速く鋭利な動きでシンはかわすと、
長剣を振りかぶり縦と横、稲妻の如き斬撃を叩き込む。
 さらに続く動きで側面に移動していたエリオの方へ振り向くと、
「がっ……!」
 “ストラーダ”を突き出す態勢のときにエリオの腹部へ蹴りは叩き込まれていた。カウ
ンターとなった蹴りを受けたエリオは勢い良く吹き飛び訓練場の端まで飛んでいき、受け
身も取れず自然に止まるまで地面を舐めつづける。
「ま、まだ、まだぁ!!」
 シンの斬撃で膝を屈しかけていたスバルだが持ち前のタフさと気迫で立ち直り再びリボ
ルバーナックルを振りかぶり、放つ。
「ああああっ!」
 しかし鋼鉄の拳は先程と同じシンに防がれる。
いや、正確には真紅の輝きを帯びたシンの左手がスバルのリボルバーナックルを受け止
めている。
 そしてシンの左手に浮かび上がる三角の魔方陣。
<パルマ・フィオキーナ>
「っっああ!!」
 スバルの右腕が爆発に包まれる。のけ反り腕を抑えるスバルへシンはさらに追撃、シン
の右手がスバルの腹部へ押しあてられる。先ほどの左手と同じように真紅に輝く右手。
<パルマ・フィオキーナ>
 立て続けの爆撃にとうとうスバルも倒れてしまう。
──このまま、終わるもんですか!
 体はまだ動かないが魔力結合だけはできるぐらいには回復してきた。倒れるティアナの
周囲に数は少ないがオレンジの魔力弾が生み出される。
──クロスファイア…シュート!
 放たれる弾丸。直後シンは振り返り左手を突き出す。
──遅いわよ!
防御魔法で防ごうと腹なのだろうがその距離では発動は間に合わない──

 

<インパルスシュータ>
 当たる目前で生まれたティアナの放った魔力弾と同じ数の真紅の魔力弾。それがオレン
ジの魔力弾の軌道に割り込み、二つの魔力弾はぶつかり合う。
 拮抗は一瞬。あっけなくオレンジの魔力弾は砕かれ、真紅の弾丸は動けないティアナに
容赦なく命中する。
「──っ!」
 衝撃で反回転、あおむけに倒れるティアナ。
 再び体とリンカーコアが思うよう動かなくなるが、それ以上にティアナは愕然となる。
──し、信じられない。なんであの距離と時間で魔法を使えるの?
 魔法の発動速度、そして威力。デバイスの助力を考えても信じがたい早さだ。もしかし
たらなのはよりも早いのではないかという錯覚まで起こさせる。
 茫然としていると誰かが駆け寄ってくる。目線だけ動かせば見えるのは心配顔のなのは
だ。
「ティアナ、大丈夫!?」
<はい……なんとか>
 口が動かせないので念話で状況を伝える。
<他のみんなはどうですか?>
<気絶してるだけだ。心配ねーよ>
 スバル達の方に行っているのだろう。ヴィータが念話で教えてくれる。
<そうですか……>
 心配そうな顔でこちらの様子を確認していたなのはは、しばらくすると立ち上がりシン
のもとへ行く。
「シン三佐! やりすぎです!!」
「この程度でやりすぎって。お前の教えは一体どれだけ甘いんだよ」
「ティアナを除いてみんな気絶しているんですよ! 魔力ダメージだって大きいし。これ
は模擬戦、喧嘩じゃないんですよ!」
「模擬戦だからって手を抜いたら話にならないだろ。練習の時にこそ全力を尽くす。そん
なこと基本だろ」
 シンはいきりたつなのはを相手にしていないようだ。
「こんな様じゃ午後の訓練は続けられないな。夕食まで休んでおくこと。あと夕食後に少
し話がある。隊長達とフォワード全員部隊長オフィスに集まってくれ」
 遠さかる足音。どうやらシンのもののようだ。シンを呼び止めるなのはの声と自分たち
を運ぼうとなのはに呼びかけるヴィータの声がうっすらと頭に響く。
──そっか。午後の訓練はないんだ…
 思わず安堵のため息をつき、ティアナは眼を閉じる。体の疲労と激痛。瞬く間に意識は
闇に包まれた。

 
 

 
 

「エリオ、大丈夫? 無理する必要はないんだよ?」
 まるで重病人に向けるような表情をするフェイトにエリオは苦笑し、
「平気ですよ。それよりも早く食堂に行きましょう。僕お腹が減ってしょうがないんです
よ」
 言って腹をさするエリオ。実のところわずかに痛むが、無視して歩を進める。
「エリオ君、本当に大丈夫なの?」
「平気だよ。もう全然元気」
 エリオの右隣を歩くキャロが訪ねてくる。これまたフェイトに勝るとも劣らず心配そう
な表情だ。
 そんなに自分は心配されるような顔をしているだろうか? いやそもそもそういう風に
気にかけられるのは、シンさんとの模擬戦でああもあっさりとダウンさせられた自分が不
甲斐ないだけで──
「エリオ? どうしたの? やっぱりまだお腹が痛いんじゃ」
「そ、そうなのエリオ君? それじゃあシャマル先生に早く言わないと」
 フェイトは心配そうな表情に深刻が加わり、キャロは泣きそうな表情になる。どうやら
一瞬考え込んだため内心が表に出てしまったようだ。
「そ、そんなことないです。本当の本当にもう大丈夫ですよ」
 今でも医務室に連行しかねない二人をエリオはあわてて押しとどめる。
「体のどこも痛くないですし。ほら、シャマル先生もぐっすり眠っていたおかげで体に異
常ないって言ってたじゃないですか」
 懸命に言葉を連ねる。元気な様子を見せようと廊下のど真ん中で大仰に体を動かしてみ
せる。
 それを見て安心したのか、二人の表情は和らぐ。
 目が覚めたエリオが最初に見たのは医務室の天井の光だった。時刻を見ればすでに夕方
を回っていた。
 模擬戦の後ずっと気を失っていたこと、自分が最後に目が覚めたこと。これは自分のベ
ットの横にいたキャロとシャマルから聞いた。そして目覚めた直後にフェイトが──今日
は別件で六課を留守にしていた──医務室に飛び込んできたのだった。
「あ、エリオ君。目が覚めたんだね」
 食堂の入口で呼び止められる。振り向けば後ろにはプレアがいた。

 

「シンさんに派手にやられたって聞いたけど、もう大丈夫なのかい?」
「平気だよ」
<実のところ、ちょっとお腹が痛いけどね>
 念話でこっそり伝えるとプレアは苦笑する。六課に置いて自分と同世代、しかも唯一の
同性であるプレア。出会って数日しか経っていないが彼が放つ優しく穏やかな雰囲気のせ
いか、瞬く間にエリオとは仲が良くなっていた。
 プレアも含めて四人、食堂に入る。夕食の時間ということもあって六課の半数近くの面々
がそろっているようだ。スバル達の姿を見つけテーブルに駆け寄る。
「あ、エリオ。起きたんだ」
「大丈夫なの? あんたシンさんに思いっきりお腹蹴られたけど」
「はい。ご心配をおかけしました」
 二人に頷き、エリオはティアナの左の人物を見る。
「隣、失礼しますね」
「うん。どうぞ……」
 ぽやっとした口調で言うのはステラだ。
 エリオはさらに二人分のスペースを作り、椅子が足りないので開いているテーブルから
持ってくる。そこへ座るのはキャロとプレアだ。
 シンと共に来た二人、プレアとステラ。詳しい事情はわからないが六課に預かることに
なった二人だ。
 局員でもない二人だがただでここにいるはずもなく二人ともロングアーチの手伝い──
事務全般──や管理局や魔法について勉強しているらしい。どちらの面でもなかなか優秀
で役に立っている、というのは八神部隊長の弁だ。特にステラは普段の様子とは別人のよ
うに働いているという。
 テーブル中央に置かれている料理を皿に乗せ、空腹を満たすべくエリオは口と箸を動か
す。
 味もよく栄養価の高い料理にエリオはしばしの間、がっつく。
「相変わらず凄い量食べるなぁ」
「そうかな? これぐらい普通だよ。あ、ステラさん。もう料理がないみたいですね。追
加しましょうか? 
 プレア、君ももう料理がないね」
「い、いや、僕はいいよ」
「私も、いい」
 何故かプレアは引きつった表情で、気のせいかステラもどこか呆れたような眼差しを向
けてくる。
 二人のそんな表情を不思議に思いつつエリオは料理に手を付け続ける。
「そういえばそろそろよね」

 

 先に食事を終え、コーヒーを口にしているティアナが時計を見つつ、言う。
 何のことか、エリオは訊ねようとしたところで、
「シンさんの話だよ。エリオは聞いてない?」
 スバルが言って、エリオは箸を置きティアナと同じように時計を見ると、
「ああ。そういえばさっきシャマル先生が言ってました」
 模擬戦後、夕食の後──正確には夜の八時──に部隊長オフィスに集まるとの伝言を聞
いたことを思い出す。
「話?」
「シンの?」
 事情を知らない二人にスバルが説明する。
「でも、いったいどんなお話なんでしょう」
「今日の模擬戦での、無様な惨敗についてのお説教かなぁ」
 テーブルに肘をついてスバルが言う。その可能性は考えられなくもないが──
「馬鹿ね。そんな用事だったらわざわざ八神部隊長のオフィスで話すことでもないでしょ」
 呆れた口調で切って捨てるティアナ。
「でもそれじゃあ、いったい何の話なんでしょうね」
 部隊長オフィスで話すということは六課の上官全員が集まるはず。ということはそれ相
当に重要な話なのだろう。
 しかし一体どんな話をされるのか、皆目見当がつかない。
 皆が黙り込むも、その沈黙はすぐに破られる。
「…あ」
 破ったのはステラだ。皆の視線が彼女に集中する。
 しかし彼女はそれに全く気がつかず、一言。
「時間」
『え?』
 彼女を除く皆が時計を見る。するとすでに時刻は八時前。部隊長オフィスに今から向か
っても十分間に合うが、夕食の片付けなどを含めてば危険な時間だ。
「うわ……ヤバイッ」
「早く片付けましょう!」
 大急ぎで使用済みの食器をかたずけ、部隊長オフィスへ走る。時間ぎりぎりに間に合い、
中に入るも、
「遅せーぞ! 何してたんだ!」
 入室と同時、ヴィータに怒鳴られる。すでに部隊長オフィスにははやてやシン、ほか六
課フォワード陣に関り合いのある上官の皆が勢ぞろいしていた。
「まぁまぁヴィータ副隊長。時間的にはぎりぎりやし、その辺で」
 宥めるようにはやてが言うと、ヴィータはあっさり引き下がる。それを見てはやては視
線をシンに移し、
「ほな皆もそろったことやしシン三佐。話って言うのを聞かせてや」
──八神部隊長も知らないのかな?
 内心でエリオが首をひねっていると、シンはこちらを向き、
「六課フォワード陣、スバル・ナカジマ以下四名を六課より転籍させようかと思っている」