LSD_Striker'S_第03話後編

Last-modified: 2008-02-23 (土) 00:18:50

このSSを読む前の注意事項

 

・このお話は私lyrical Seed Destinyが書いたContact of Destinyの続編にあたりますので
Contact of Destinyを読むと、大体の世界観やキャラの関係が分かるかと思います。
もしよろしければそちらも読んでみてください。

 

3話 ホテル・アグスタ(後編)

 

 

「防衛ラインが押されているな…。副隊長達は何してるんだ!?」
 静かな廊下で怒鳴るシン。モニターへ顔がくっつくぐらい近づいている。
 シャマルの“クラールヴィント”からホテル前の状況を見せてもらっているシン。呑気
に眺めていられたのは最初の時だけだ。正体不明の召喚士がガジェットを操り、ホテル前
に召喚してからというもの前線も防衛ラインも五分の状況に持ち込まれている。
 いや、防衛ラインの方はかろうじてといった感じだ。召喚士によって意思を持ったガジ
ェット相手にフォワード達は防戦一方だ。
「くそ。こうなったら俺が……!」
 呟き飛び出そうとするシン。しかし眼前に出現したモニターが彼を止める。
『シンさん!』
「シャマル! いきなりなんだ──」
 思わず怒鳴り返すシンだが、同時に出現したもう一つのモニターを見る。
「これは……まさか──!」
 副隊長達がいる方角から二つの巨大な光点が迫ってきている。
 また今計測し、結果が出たのだろう。光点にオーバーSクラスの魔力という補足まで入
る。
『新人の皆はヴィータちゃんに任せてください。シンさんはこちらを』
 誰なのか、と問う必要はない。“デスティニー”を握りシンは疾走する。
 あっという間にホテルの外に出て、光点が迫る方角を見据える。
『シン三佐! アンノウンの映像を捉えました。今データを送ります!』
 アルトの声と同時に小さなモニターが二つ開かれる。それを一瞬だけ見てすぐに閉じ、

 

「“デスティニー”!」
 “デスティニー”より生まれる真紅の光に包まれるシン。──だがそれは一瞬、白と青
の甲冑をまとい、シンは空に上がる。その時、眼下にガジェットに苦戦するフォワード四
人の姿が入る。
『シンさん! フォワードの皆はヴィータちゃんに任せてください!』
<おめーは自分の相手に集中しろ!>
 こちらへ飛んでくる紅の光を見て、シンは背部の砲塔へやろうとしていた手を戻す。
「…わかった!」
 躊躇いは一瞬。虹色の翼を広げ、飛翔する。
飛んですぐに、シンの視界に二つの光が入る。一つはモスグリーン。もう一つはネイビ
ーブルー。
加速するシン。双方はわずかな時間で互いの姿が見える距離までくる。
──やはり、お前たちだったか
 右にいるのは淡い緑色の髪の少年だ。鋭い顔つきをしており、こちらを睨む瞳は鋭く光
っており、まさに抜き身の刀のようだ。
 左の少年は濃い水色の髪だ。ところどころ癖っ毛のなのかはねており、顔は女の子のよ
うに可愛い。
 だがその幼げな表情は右の少年同様殺意と戦意のみを映している。
「シン・アスカだな」
「ステラを返してもらうぜ。このコーディネーターが!」
 そう言い放つと二人の少年──スティング・オークレーとアウル・ニーダがシンに向か
ってきた。

 

『もう少しだけ耐えて。すぐヴィータ副隊長が行くから!』
 木陰に隠れるティアナにシャマルの声が聞こえる。それを耳に入れつつティアナは“ク
ロスミラージュ”をガジェットに向ける。
 発射されたオレンジの弾丸を飛び越えるようにかわすガジェット。しかし後方に控えて
いた機体は反応しきれずまともに浴びて爆散する。
「これで何体倒したのかしらね……」
 防衛ラインを維持しようと奮戦していたティアナ達だったが、とうとうラインぎりぎり
の位置まで下がらされていた。
 ガジェットのいつもとは違う動きもあるだろうが、それ以上に守り重視の陣形のため、
数に勝るガジェット相手に必然的に下がらざるをえないのだ。
「シャマル先生、このままじゃ追い詰められます! 全機落としますから、前に出ます!」
『ティアナ! でも……』

 

『無茶しないで! ティアナ!』
 心配げな声に反発するかのような勢いでティアナは返す。
「大丈夫です! そのために毎日、訓練してきてんですから!
それにさっきに比べて数も減ってきてますし、これぐらいならなんとかなります!」
 最初のころと比べるとガジェットの数も1/3程度には減りつつある。この程度の数な
らスバルと二人でなら何とかなる。
「エリオ! あたしが前に出るからセンターに下がって! あたしとスバルのツートップ
で行く!!」
「は、はい!」
 後退するエリオと入れ替わりで前に出るティアナ。
<スバル! クロスシフトA、行くわよ!>
「オッケー!」
 “ウイングロード”を走るスバルが勢い良く返事を返す。空中で不規則に動き回る彼女
にガジェットの注目が集まり、大多数のガジェットが彼女を追っていく。
──証明すればいい。この間のように
 その隙にティアナはカートリッジを入れ替えつつ移動する。
──あたしには凄い魔力はない。特別なレアスキルも、他の人と比べて優れたものも持っ
てない
 二つの“クラスミラージュ”のカートリッジが二つの薬莢を飛ばす。魔力の増大に足元
のオレンジの魔法陣が大きく広がり、輝きが増す。
──だけどそんなものがなくても、戦える。やっていける。一流の隊長たちのいる部隊で
だって、どんな危険な戦いだって──
 周辺に生まれる十を超えるオレンジの弾丸。火花が宙に舞っては、散る。
──ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜けることを! 私はティアナ・ランスター
は戦えるって事を!
『ティアナ! 四発ロードなんて無茶だよ! それじゃあティアナの“クロスミラージュ”
も──』
「撃てます!」
<YES!>
 相棒が心強い応えを返す。
<スバル! いくわよ!!>
 そう伝えると“ウイングロード”の軌道が“クロスミラージュ”の斜線上より逸れる。
「クロスファイヤー……シューートッ!!」
 突然のスバルの方向転換に向きを変えたガジェットへ放たれる弾丸の雨。精密にコント
ロールされたそれらは一つとて障害物に当たらず、ただ敵のみへ向かっていく。

 

 別方向からの完全な不意打ちにまともな対応を取れず、次々と破壊していくガジェット。
しかしいくらかは破損しつつも健在だ・
「あああああっっ!」
 しかしそういうことも見越していたティアナは猛りの声を発しながら二挺の“クロスミ
ラージュ”から弾丸を放っていく。
 それを受けてさすがに機能停止しなかったガジェットも粉砕されていく。それを見てテ
ィアナは心の内で、
──やったわ! よし、これで周辺のガジェットは大方片付いた──
 と、思ったときだ。
<っ!?>
 息を呑んだスバルの念話が聞こえ視線を動かすと、スバルの軌道へまっすぐ向かうオレ
ンジ色の弾丸が見えた。
──スバル!? あぶ──
 ない、と言葉を発する前に間に割って入るヴィータ。“グラーフアイゼン”のヘッド部で
弾丸を止めると、まだ原形をとどめているがジェットの元へ叩き落す。
「ティアナ! この馬鹿!! 無茶した上味方撃って、どうすんだ!」
 ヴィータの罵声が、ティアナの体、心、頭を凍結させる。
「あ、あのヴィータ副隊長。今のは自分が障壁を張るのが遅れて……」
「ふざけろ、たこ!! 直撃コースだよ、今のは!」
 しどろもどろで弁解するスバルへ、怒鳴るヴィータ。そんな光景を目の辺りにしてもテ
ィアナは何も言わない。
 いや、言えない。今ティアナの脳裏にあるのは、自分の放った弾丸が相方へ、敵ではな
く、味方に弾丸を放ってしまったと言うこと──ミスをしたという事実。
──あた、し。あたし、は……
「もういい……。あとはあたしがやる。二人まとめて、すっこんでろ!!」
 全身を貫くような怒りの叫びにも、ティアナは何も言えなかった。

 

 

──くそ! 話す暇もないのかよ!
 予想できていたとはいえ、シンは内心で舌打ちする。
「うらぁっ!」
 急接近してくるアウル。アウル自身の身の丈以上に長いランスを突き出してくる。
 速く鋭い一撃だ。回避するがそこへサーベルを手に斬りかかってくるスティング。

 

「くっ!」
 あまりに速く、また距離が近すぎたため“アロンダイト”ではなく、肩に装着されてい
る“フラッシュエッジ”を引き抜き、受ける。
 ぶつかり合うモスグリーンと真紅の刃。均衡は一瞬であっさりとスティングの斬撃がシ
ンを薙ぎはらう。
 姿勢を崩したシン。体勢を立て直そうとしたときシン自身の警鐘と“デスティニー”か
らの警告が響く。
──後ろっ!
<後方より巨大な魔力反応!>
 確認する前に虹の翼をはためかせ、上昇する。──直後、シンのいた場所を通過する青
の砲撃。
 こちらを確実に殺すという意思に満ちた息つく間もない猛攻。怖気がシンの体に走る。
「くそっ!」
<インパルスシューター>
態勢を立て直すと同時に二人へ抜けてシンは真紅の雨を降らせる。
だがそれらをスティングは驚異的な加速と旋回で回避し、アウルは微動だにせずランス
を回転させて受ける。
「そんなモンが、効くかよ! バァーカ!」
 肩当てが跳ね上がり、群青の砲撃が発射される。慌てて回避するシンだが、
「鈍いんだよ!」
 背後からスティングの声が響くと同時、背中に強い衝撃を感じる。
「ぐあっ……!」
 よろめくシンへ、さらに強い衝撃が加わる。“デスティニー”が自動で防御魔法を張って
くれたというのに全身に響く。
──わかっていたけど、こいつら……強い!
 レイの二人との交戦データをもとに仮想敵を作り、幾度か模擬戦をしてある程度の対抗
策は考えていたが、その策を使う間もない。仮想とは段違いの速さに強さだ。
 レイの言っていた通りオリジナルよりも確実に強くなっている。このままならあと数分
もせず撃墜される。もはや一刻の猶予もない。
「“デスティニー”!!」
<ハイパーデュートリオン>
 鮮烈な叫びに応え、シンの体に巨大な魔力と力が宿る。“アロンダイト”を引き抜くと虹
の翼がはためき、急激な加速を伴って上昇する。
「何っ!」
 とどめを刺そうと降下していたスティングの前へシンは躍り出る。

 

交わるモスグリーンのサーベルと“アロンダイト”。一度目の交差とは全く逆の結果とな
った。体勢を崩したスティングへシンは斬撃の嵐をぶつける。
「おおおっ!」
 驚愕の面で斬撃を防いでいたスティングを、力任せにシンは吹き飛ばす。体勢が崩れた
所へさらに追撃しようとするシンだが、表情を憤怒に歪めたアウルが割って入る。
「スティング! このっ、コーディネーターが!」
 一斉に放たれる四つの砲撃。シンは宙返りをしてそれを回避すると同時、背部の砲塔を
展開。照準を二人に合わせる。
<デスティニーカノン>
 大音響とともに二人へ向かう紅の砲撃。さっと左右に分かれ回避した二人は左右から真
に迫る。
<ヴォワチュール・リュミエール>
 蒼穹に雄々しく広がる虹の巨翼。腰だめに“アロンダイト”を構えてシンはスティング
の方へ飛翔する。魔力弾を撃つスティングだがどれもシンの横を通り過ぎるだけだ。
 強烈な風圧とGに耐えつつシンはスティングの背後に回り込む。振り向こうとするが今
のシンから見れば遅い反応だ。
 “アロンダイト“がモスグリーンの甲冑に傷跡を刻む。苦痛に表情をゆがめながらもス
ティングは猛禽の爪牙のような鋭い反撃を返す。
危ない攻撃だが、シンには当たらない。だがシンが放つ剣戟もいくつかは防がれそらさ
れ、かわされる。
 スティングの反射速度はシンよりは遅いが、決して侮るべきではないレベルだ。
「僕のこと、無視してんじゃねーよ!」
 怒声と共に砲撃を連射してアウルが迫る。
混じり合わせていた刃を引く動作で、シンはスティングから離れる。迫る砲撃や弾丸を
翼をはためかせ回避するが、
「ぐぅっ……!」
 移動しながらにもかかわらず砲撃や魔力弾は正確な軌道で空を薙ぎ、シンに迫ってくる
のだ。しかも絶え間なく連射してくる。後先のことなど考えないような圧倒的な猛攻にさ
すがのシンも回避だけで精いっぱいだ。
数分後、ようやく攻撃が止みひと息つくシン。そこへ斬りかかってくるスティング。
「オラァ!」
 とっさに左腕の盾で受け止めるシン。しかしスティングは鋭く身をひるがえすと体を回
転させる。
 モスグリーンに輝くスティングの四肢が鞭のようにシンへ襲いかかる。その速さと滑ら
かさに加えて、アウルの猛攻で疲弊したシンには防御以外の手段がない。

 

「吹っ飛べっ!」
後ろ回し蹴りを受け止め、その威力を利用してようやく離れるシン。
しかしひと息つく間もなくアウルが迫り、
「食らえよっ!」
<アビス・バラエーナ>
 近距離にもかかわらず砲撃を放ってくる。
──なあっ!?
「っ! “デスティニー”!」
<ソリドゥス・フルゴース>
 とっさに張った障壁で受け止め、逸らす。さすがにこれ以上の猛攻を受けるのは危険だ
と思い“インパルスシュータ“で弾幕を張る。
だがその弾幕を回避し迫ってくるアウルとスティング。再び開始される止むことがない
攻撃に次第にシンは攻撃よりも回避や防御の回数が増えていく。
──何なんだ。こいつらのこの執念は!?
先程から絶え間なく動いており、その上こちらが少しでも隙を見せると叩きつけるよう
に攻撃をしてきている。まったく間がなく続く攻撃の雨あられ。いかなエクステンデット
とて疲れないはずはない。にもかかわらずシンに放たれる攻撃には少しの乱れも感じられ
ない。
「このっ、コーディネーターが! ステラを返せよ!!」
 仲間であるステラへの情がこもった叫びを聞き、シンは彼らの執念を理解し、納得し、
心が痛む。
 だがその痛みを無視してシンは無数の弾丸や砲撃を回避してアウルへ迫る。
 今は止まる時ではない。問答無用でこちらへ攻撃してきた彼らと話すには向こうをこち
らの話を聞くような状態にしてからだ。
 AAAクラスまで力が解放された自分を追い詰める強敵。だができない、とは考えない。
やるのだ。
「お前なんかー!」
 振り下ろされるランス。シンは紙一重でかわすと空いた左の掌をアウルの胸部へ押しつ
ける。
<パルマ・フィオキーナ>
 真紅の爆発と共に吹き飛ぶアウル。さらにシンは追い打ちをかけようと“アロンダイト”
を腰だめに構えるが、
「っ!」
 死角より向かってきたモスグリーンの魔力弾に回避を余儀なくされる。視線を向けると
魔力弾を放っているのはスティングの騎士甲冑に装着されていたポッドだった。

 

「“ドラグーン”か!」
 そう言えば“カオス”にはレイの“レジェンド”やキラ・ヤマトの“フリーダム”と同
種の装備が装着されていたことを思い出す。
主の意思を受けてポッドは高速に動き、魔力弾を放ってくる。連続、しかも別々の場所
か放たれる魔力弾は回避しづらいがレイのそれに比べればさほどのものではない。シンは
必死に回避、または防ぎながら片方のポッドに接近する。
「はあっ!」
 “アロンダイト”の剣閃がポッドを破壊する。すぐもう片方へ振り向くがすでにスティ
ングのところへ戻っている最中──
「──!」
 ポッドの軌道を追ってスティングの方へ視線を運ぶ。
 すると二人の足元には魔方陣が展開しており、さらには甲冑に装備されている砲門をシ
ンへ向けている。
──まずいっ!
「食らいやがれ!」
 スティングの声と同時に一斉に砲火が火を噴く。シンはとっさに“アロンダイト”を手
放し、
<ソリドゥス・フルゴース>
 障壁の発生と同時にモスグリーンとネイビーブルーの複合魔力砲撃が直撃する。制止し
ようと全身の力を入れるが、砲撃の威力に押され下がるばかりだ。
 そして今までほとんど砕けたことのない真紅の盾にひびが入る。
「ぐ……あぁああっ!」
 さらに魔力を放出するがひび割れは広がる。──そして亀裂より二色の光が見えた次の
瞬間、障壁が砕け全身に衝撃が走る。
「──っ」
 吹き飛ぶシン。咄嗟とはいえ全力で“ソリドゥス・フルゴース”を張ったせいか、目立
った傷はなく、騎士甲冑のいくつかの部位に破損は見られるが五体満足だ。
 だがそれでもシンはぴくりとも動かず落下し続けるだけだ。いや、動かないのではない。
──か、体が。くそっ……!
 オーバーSクラスの魔力量を保有する魔導士二人の一斉砲撃を受けたのだ。現在の状態
──体の自由が利かない程度で済んでいるのははっきり言って僥倖といってもいい。
 体勢を立て直すべく必死に体に力を入れる。リンカーコアに働きかける。
 しかし体は動かない。手の指や足先などがわずかに動くところから回復しているのは間
違いないだろうが、この状況ではあまりにも致命的な遅れだ。

 

──こんな状態で追撃を受けたら……!
 内心冷や汗で思うシン。だが何故か追撃は来ず、シンはどうしたのかと首を動かそうと
したとき、
<十時の方向より、巨大な魔力反応!>
 “デスティニー”の警告音が聞こえ、そちらを見ようとする。
 何とか目線がそちらに向く。そしてそれを見てシンは驚愕する。
──あの二人!
 落下するシンへ向けて、二人は先程のように砲撃を放とうとしている。だがシンが驚い
たのは彼らが自分へ向ける砲門の多さと、発生させている魔力量だ。
 二十を超える砲門にそこへ集まる魔力の量は間違いなくSクラス、いやもしかしたらそ
れ以上かもしれない。
──あんな砲撃を放たれたら……!
 もしシンが本来の状態の上、リミットブレイクのEBなら防げるかもしれない。しかし
今のシンはAAAクラスの魔力量と力しか保持していない。どう考えても防ぐことはでき
ない。
──このままでは…!
 今シンがもっとも恐れているのは砲撃が自分に放たれることではない。──自分の背後
にある場所に砲撃が当たることだ。
 特に何の魔法防衛対策もしていないホテル・アグスタとその周辺地域。もしあれが降り
注げば周囲一帯は跡形もなく消え去る。
 なのは達三人がホテル内にいるが、いかな彼女達とてあの砲撃の破壊力とその余波から
ホテルを完全に守りきることは不可能だ。しかもリミッター制限されている今、彼女たち
自身すら守り切れるかどうか──
「──っ!」
 駄目だ。砲撃を撃たせるわけには、負けるわけにはいかない。
 もしそのようなことになったらどうなる? スバル達は? なのは達は?
はやては──どうなる?
「こんな……! こんなことで…」
 必死に体を動かそうとする中で、シンはあることについて思い出す。
 それはCEに帰ってしばらくした時、キラ・ヤマトやラクス・クラインに教えてもらっ
た自分を含めたごく一部の人間が持つ能力。
 大戦中にも幾度となく感じた、自分や周りのすべての動きが丸わかりになり、信じられ
ないぐらい自分の感覚が冴えわたる、あの感じ。
 Superior Evolutionary Element Destined-factor──SEED。
 教えられてから幾度となく発動させようとしたが、意識してできたことは一度もない。
無我夢中の時にしか、発動しなかった。

 

 おそらくSEEDを覚醒させられれば砲撃が発射される前に二人を止めることができる
かもしれない。
 だが、今この状態でできるのか──
──迷ってる場合じゃない! できるできないじゃない! 今こそ──
 わずかに迷う時も、強大な破壊を秘めた光は大きく、強く天に輝きを放つ。
──やるんだ! 俺は、俺は──!
「負けられないんだよ、こんなところでっ!」
 叫んだその時、シンの体の中にあの感覚──今まで動かなかった体に信じられないぐら
いの力と、恐ろしいまでの鋭敏な感覚が宿る。
「“デスティニー”っっ!!」
 主の呼び声に“デスティニー”は応じる。背中の翼を大きく広げ羽ばたき、主を上空へ
舞い上がらせる。
<ハイパーデュートリオンリミットまで、あと60秒>
 やけに遅くゆっくりと、“デスティニー”が告げる。シンは背部の砲塔をはね上げて、二
人へ照準を合わせる。
 砲塔に収束する光。いつもは特になにも感じないそれが、妙に遅いと思う。
<デスティニーカノン>
 まるでリミッターがない時のような強大かつ鮮烈な紅の砲撃。二人は砲撃モードを回避
すると左右に飛びのき回避する。
 その一瞬の間に二人と同じ位置まで飛びあがっているシン。驚きの表情を浮かべた二人
はとっさに魔力弾を放ってくるが数が少ない上に精度も低く
──何より遅い。 
 殆ど回避行動を行わずまず近くにいるスティングの正面に来る。“フラッシュエッジ”を
引き抜くと棒立ち状態のスティングへ斬撃を見舞う。
 一撃目は回避──表情からするにおそらく反射的に──するスティングだが、続く連撃
はかわしきれない。シンとしてはずいぶん動きが鈍ったものだと不思議に思い、すぐに否
定する。
 相手が遅くなったのではない。こちらが速くなっただけなのだ。“SEED”を発現させ
たことによって。
「スティング!?」
 崩れるスティングを蹴り飛ばして、シンはアウルへ“フラッシュエッジ”を向ける。
「がっ!? ──こ、このっ!」
 瞬く間に二連撃が入りよろめくアウル。しかし浅かったかランスを振り下ろしてくる。
 しかしひどく遅いそれを悠々とシンはかわし、背後に回り込むと再び“フラッシュエッ
ジ”を振るう。

 

 崩れ落ちるアウルを態勢を立て直したスティングの元へ蹴り飛ばす。さらに二つの“フ
ラッシュエッジ”を投擲する。
「わが掌に宿る力よ。すべてを貫き、砕く槍と成りて破壊をもたらさん──」
 “ハイパーデュートリオン”発動中である今は詠唱破棄の効果が働いているため、わざ
わざ詠唱する必要はない。
 だがそれでも正式なプロセスに則ればそれだけ魔法への魔力の高まりや収束が早まる。
「敵をうち滅ぼす力。万物を消滅させる輝き。わが掌より放たれよ」
 両の掌に収縮される真紅の光。両腕を突き出し掌を合わせる。
 竜の顎のように形取る掌の中で、圧縮された魔力が一層の輝きを増す。
「パルマ・フィオキーナ!!」
 鮮烈な声と同時に真紅の砲弾が二人に放たれる。
 それに気がついた二人はさっき“デスティニーカノン”を回避した時のようにさっと左
右に分かれる。
──残念だったな
 シンは不敵に微笑むと同時、真紅の砲弾は二人がいた場所へ到着すると、一瞬小さく収
縮し──膨張する。
 突然膨れ上がった真紅の輝きに飲まれる二人。晴れ晴れとした大空に紅の輝きが生まれ
る。
 シンはCEに戻って戦いの日々を送る中、自身の使う魔法やスタイルなどについても考
え直していた。一対一の状況ならば昔通りでも問題はなかったのだが、そもそも彼が今ま
で経験した戦いでそのような状況は非常に少なかった。
 集団対集団の戦いが多い中、自分の力は強力だが同時にそれによって周囲へもたらす被
害も大きいこと、また何種類かの魔法は特殊な状況などに特化していることを改めて認識
し、自身が使う魔法のいくつかに改良を加えていた。
 その一つが今のパルマ・フィオキーナである。本来ゼロ距離において相手の体へ接触し、
破壊する魔法を広域殲滅魔法へ発動できるようにしたのだ。
 視界を塞ぐ光が収まり、シンは周囲へ視線を向ける。二人の姿は見えない。
「……シャーリー。二人はどうなった?」
『は、はい! スティング、アウルの両名は戦闘空域を離脱していってます』
「追跡を、かけてくれ。悪いが俺は、もう追えそうに、ない」
 “ハイパーデュートリオン”とSEEDの二重負担は予想以上だった。体は鉛のように
重く軽く動かすのにも苦労する。魔力も空に近い。
「それと、地上の方は、どうなったんだ?」
『両分隊の副隊長とフォワードの子達が奮戦してくれて、何とか守りきりました。
ただ敵の召喚士についてははっきりとせず、追跡をかけました」
「皆は大丈夫なのか?」

 

『はい、特に怪我はしていません。……でも』
 わずかに躊躇ってシャーリーは言う。
「どうした?」
『ティアナが、ちょっと……その、ミスを』
 もごもごとしてはっきりしないシャリー。どうやら本人か、ほかのフォワードたちに聞
いた方が早そうだ。
「わかった。俺はホテルの入り口に降りる。あとシャマルをそこへ寄こしてくれ。
少々疲れた、回復を頼みたいんだ」
『あ、はい。了解しました』
 切れる通信。ゆっくりと降下する中、シンは深くため息をつく。
「ティアナの奴、大丈夫かな……」
 疲労が浮かぶその表情は、不安に歪んでいた。

 

「大丈夫?」
「……ああ」
 無表情でたずねて来るルーテシアにスティングはぶっきらぼうに答える。
「手酷くやられたな」
 感情を込めず淡々とゼストが言う。するとそれにアウルが過敏に反応する。
「うるさいんだよお前!」
 殺気立った言葉にゼストは顔色一つ変えず、こちらを見下ろす。
 だが漆黒の瞳がわずかに細められ、左に逸れる。
『目的の物は手に入れてくれたようだね』
 モニターに移ったのはスカリエッティだ。
「ああ。二人もすぐ側にいる。シン・アスカにたいぶやられたようだ」
 再びアウルから罵声が飛ぶがやはり何の反応もゼストは返さない。
 スカリエッティは悲しげに眉をひそめる。だがそれを見てスティングは苛立つ。
『それは心配だ。──二人とも、手を煩わせると思い申し訳ないのだけれど』
「わかっている。この二人はそちらへ連れて行く。そちらは二人の治療とデバイスのメン
テの手筈を整えておいておけ」
『ありがとう騎士ゼスト。ルーテシア。今日は君たちに借りを作りっぱなしだね』
 微笑むスカリエッティ。それを見て、ますますスティングの神経は逆立つ。
──嬉しそうな顔してやがる
 スティング達から見ればスカリエッティは創造主。生みの親だ。
 かつてCEで起きた大戦で戦い、敗れた──正確にはオリジナル──自分を、クローン技
術によって復活させた。しかし一度でも彼に感謝の気持ちを抱いたことはない。

 

 彼は、不可解なのだ。自分を恐れていた連合の一般兵や将官、自分達へある程度の理解
を示してくれていたネオとは違いすぎる。
 それに反抗的な態度ばかりとる自分やアウルに特に何も言わず好きにさせているところ
が、さらに拍車をかけている。研究所にいた連中はそんな態度を自分達がとっていれば、
厳しい罰則を与えたというのに。彼の娘達と揉めていてもこちらには何も言ってこないの
だ。
「気にしないで。ドクター」
 それからいくらか話をしてモニターは閉じる。こちらを見たゼストはしゃがみ、
「立てるか?」
 差し出されるゼストの太く強靭な手。しかしスティングはその手を取らず、背を預けて
いた木々をつかみ、よろよろと立ち上がる。アウルもランスを杖代わりにして立ち上がる。
──予想以上だったぜ
 シン・アスカ。かつての大戦において、オリジナルの自分達を倒した仇敵。
 自分達のオリジナルと違い、奴が生きていると知ったとき、いつか奴を倒すため入手し
たデータで幾度もシュミレートを行った。
 だが、それでもこの様である。以前ステラがさらわれたときに交戦したもう片方の騎士
も並外れた強敵だったが、それに迫る強さだった。
 特に終盤はおかしかった。瞳から光が消えたかと思えば、常識離れした動き──いくら
コーディネーターとはいえ──を見せ、さらにこちらの動きを読みきったように、一方的
に打ちのめしてきた。
 最後に放たれたあの光球が膨れ上がったとき、とっさに殆どの魔力を防御につぎ込んだ
のは正解だった。いつもどおりで防御していれば間違いなく撃墜されていた。
『油断ならない相手だよ、彼は。今は行くことをお勧めしないね』
 研究所を飛び出すスティングたちへ愉快そうにスカリエッティが言ったのだ。彼の言う
ことなど信用していない二人は無視して飛び出したが──結果、こんな様だ。
──だが、次は堕とす
 強敵であることは認めざるを得ない。だが、倒せないわけではない。次こそ奴を倒し、
ステラを助け出すのだ。
 自分とアウルにとって、たった一人の仲間であり『同類』たる彼女を。
 ルーテシアが軽く腕を振るう。途端、出現する紫の四角魔方陣。
「行こう」
 ルーテシアにスティングはわずかに頷き、足を進めた。

 

to be continued

 

?