「行くぞ!今度こそ正すのだ、欺瞞に満ち溢れるこの世界を!」
『はっ!』
ジン・ハイマニューバ二型を操る男・サトーの号令と共に、ユニウスセブンに身を隠していた各種ジン十二機が全て登場、ザフト軍に攻撃を加えていく。
識別信号上では味方となっているジンの攻撃に対応できず、一機、また一機とザフト軍は撃墜されていった。
「なんと他愛の無い。偽りの平和に慣れきった軍ではこの程度か……む?」
慨嘆したサトーのジンHⅡが先ほどまでいた位置を、ビームの奔流が通り過ぎていく。
モノアイが見つめる先には、オルトロス・高エネルギー長射程ビーム砲を構えたガナーザクウォーリアがいた。
ディアッカの搭乗するザクである。
「ふん、まともな奴もいたか。ならば奴を落とせば残敵は一気に士気を喪失する!」
相手の練度を確認したサトーは、すぐに指示を切り替えた。工作隊に向かっていたうちの二機が、ディアッカのザクに向かっていく。
「くッ…どういうやつらだよ一体! ジンでこうまで!」
ディアッカは歯ぎしりしながらザクのビーム突撃銃を放つ。しかし、当たらない。
それどころか相手の見事な連携に翻弄され、メテオブレイカーから遠ざけられていく。
「シホ!俺の隊の工作隊を支援してくれ!奴ら俺狙いに切り替えてきやがった!」
『無理よ!私もあいつらに包囲されてるわ!支援してほしいのはこっちの方よ!』
「くそっ、隊長機狙いってわけかよ!」
サトーはジュール隊の中で練度が高いのはディアッカとシホのみだと看破、工作隊撃破の隊以外は全て隊長機に狙いに絞らせたのだ。
案の定、残された隊員は統制が取れず、隊長機を支援しようとしたりメテオブレイカーを持って立ち往生したりと、ばらばらな動きを見せた。
そこを見逃さず、ジン―――ハイマニューバではなく、黒塗りされただけの普通のジン―――がメテオブレイカー目がけキャットウス・無反動砲を構えたその瞬間。
「何をやっている!工作隊は破砕作業を進めろ!これでは奴等の思う壺だぞ!」
ジンのキャットウスを素早く撃ち抜いたイザークのスラッシュザクファントムは、肩部ビームガトリング砲で工作隊を包囲するジンを牽制した。
だがジンは怯むどころが、イザークのザクもディアッカ機やシホ機同様に引き離しにかかる。
イザークはそれを防ごうとするどころか、敢えて自分から離れた。ディアッカ機から慌てたような通信が入る。
『おい、イザーク!何やってるんだ!?』
「俺達がこうやって敵を引きつければ、工作隊に向かう敵を減らせるだろう!」
怒鳴り返したイザークは、部隊員全てに通信を開いた。その内容に唖然としたのはシホである。
「各機は工作隊の支援に回れ、俺達を支援する必要はない!」
『し、しかし隊長、相手はジンと言えど、並のパイロットではありません!』
「もうすぐミネルバが来る、それまで持たせろ!いいな、シホ、ディアッカ!」
『……了解しました』
『ったく、追加手当だしてくれよ?』
イザークの無茶な指示に、ディアッカとシホは観念したような声を出した。
ガーティ・ルーでは、ダガーLが二機、そしてカオスが出撃態勢に入っていた。ダガーLにはどちらともエールストライカーパックが装着されている。
その三機に乗るパイロットは、それぞれの対応で指揮官からの通信を聞いている。
『……と言うわけだ。今回のお前らの任務は、まず『状況が分かっていないふりをして』ザフト軍とテロリストに攻撃をしかける事だ』
ネオは、笑顔でとんでもない事を言い放った。カオスに乗るスティングが質問を投げかける。
「どっちへの攻撃を重視すればいい。テロリスト共か?」
『いや駄目だ。あくまで地球が壊滅せず、なおかつ被害がある程度出るようにしろとの命令だ。
お前らが着くころにはあの新形艦のモビルスーツが到着しているはずだから、ザフト優勢になっているだろう。
最初はザフトへの攻撃を気持ち多めにな。状況が変わったら俺から指示する。さて、他に質問あるか?』
「なんで俺とステラはダガーLなんだよ?」
まるでホームルームを仕切るような口調のネオに対して不満げに質問したのは、アビスに乗るのを止められたアウルだ。
『おっと、言い忘れてたが……お前らのもう一つの任務が「ユニウスセブンを落とすザフトと戦うヒーロー」になることだ。
だが、元ザフトの機体じゃあいまいち見栄えしない。というわけでダガーLの出番だ。格好いいぞ?』
冗談めかしたネオの言葉に、ステラは笑顔を見せた。
「……かっこいいの?」
『ああ、かっこいいぞステラ。カメラマン次第だけどな。なぁスティング』
「……なるほど、だから俺だけカオスか。とんだ貧乏くじだ」
ちっ、とスティングは舌打ちをした。
宙域戦闘においてもっとも戦闘力を発揮するのはカオスである。そして残っているダガーLは二機、エクステンデッドは三人。
余った一人が奪った三機のうち一機を使うとしたら、何を使うかは決まっている。
『まあそう言うな。カオスのモニターにステラ達が戦うシーンを写してればそれでいい。三人とも、頼んだぞ』
「……うん」
「ふん」
「ったく、面倒くせーな」
それぞれ違う対応をみせつつ、三人は出撃した。
「あいつら本当にジンなの!? 動きが無茶苦茶よ!」
ユニウスセブンでの戦いを見たルナマリアは驚くしかなかった。
型落ちの機体であるジンでゲイツRやザクが簡単に翻弄されているのだ。この様子を見たら開発者は泣くに違いない。
ルナマリアは一番近くにいた青いザクファントムを包囲するジンに素早く照準を合わせ、ビームライフルを連射したが全く当たらない。それどころか素早く散開し攻撃をしかけてくる。
その狙いは恐ろしく正確で、数発が直撃した。
「油断するな、そこの新型! 今のがビームだったら死んでいるぞ!」
青いザクのパイロット、イザークから怒鳴りつけるような通信が入る。
見ず知らずの相手に怒鳴られたシンは多少むっとしたが、モニターに写っている相手が白服なのを確認して慌てて返事をした。
「イザーク・ジュール隊長……ですか!? そっちの指揮下に入れって言われてるんですけど」
「ああ、こちらもそう聞いている。まず俺やディアッカ達を包囲している奴らを撃破してくれ。
その後工作隊を狙っている奴らを……何ぃ!?」
指示を出していたイザークのザクの脇を、突然ビームの雨が襲う。
撃ってきた方向を見やったルナマリアは思わず叫んでいた。
「嘘……カオス!?なんでここに!」
「カオスだと! アーモリーワンで強奪された機体か!?」
思わず叫んだイザークだったが、それに答える暇すら戦場の慌ただしさは与えない。
『イザーク、まずいぞ! ジンが俺達の足止めをやめて工作隊に向かいやがった!』
『恐らく、カオスやダガーLと私達が戦っている間にメテオブレイカーを破壊する気です!』
ディアッカ、シホからの報告にイザークは舌打ちをした。彼が予想した以上にジン部隊の状況把握と対応が早い。
迷っている暇はないと判断したイザークは素早く指示を出した。
「ディアッカ、シホ! 貴様らはメテオブレイカーを護衛しろ!俺はミネルバのモビルスーツと共にカオスの迎撃に回る!」
『『了解!』』
返事と共に、二機のザクが遠ざかっていく。それを確認したイザークは再びインパルスに向けて通信をする。
「ミネルバには他にモビルスーツは無いのか?」
「いえ、他にはザクが一機。フォースインパルスと比べると足が遅いんで、少し遅れてくると思いますけど」
「一機だけか、まあいい。貴様らは付いてくるダガーL二機の相手をしていろ、俺はカオスをやる!」
イザークの命令にシンもルナマリアも驚いた。ザクでカオスとやり合おうなんて無謀にも程がある。
沈黙からそんな様子を読みとったか、イザークは理由を説明した。
「ミネルバからアスランがザクで来ると聞いている、奴と連携すれば勝てない相手ではない」
「そう……なんですか?」
シンもルナマリアもその自信がどこから来るのか全く分からなかったが、それを聞く前にイザークのザクはカオスへと向かっていた。
「……どうする、シン?」
「あっちがやるって言ってるんだから、ほっといていいだろ」
突き放すようにシンが言った。ルナマリアは多少気がかりではあったものの、軍では上官の命令は絶対である。
ともかく今の彼女の相手はエールストライカーを付けたダガーLだ。フォースインパルスは二機のエールダガーLへとライフルを向けた。
「うぇぇーい!」
ステラのエールダガーLが、ビームサーベルを振るう。
フォースインパルスはそれをなんとかシールドで受け止め、後退しながらライフルを連射。しかし二機のダガーLは軽々とそれを回避した。
「くっ……なんで性能差があるのに!」
「落ち着けルナ!無理に突っ込んでもやられるだけだぞ!」
「分かってるわよそんなの!」
そうは言っているものの、ルナマリアの表情は落ち着きとは縁遠い表情だ。
ダガーLはストライカーパック換装システムすら持つ優秀な量産機だが、既に二年前には量産されていた機体でもある。いくら1vs2とはいえ、最新鋭機のインパルスで互角なはずは無いのだ。
「えーいっ!」
ブースターを全開にしたフォースインパルスは、ライフルを連射しながらアウルのエールダガーLへ突進する。
機動戦を重視したフォースインパルスが突進すれば、そのスピードはすさまじい。あっという間に距離がつまる。
「ったく、しつこいっての!」
シールドを撃ち抜かれたアウル機は素早く左腕にビームサーベルを持ち替える。
そのままフォースインパルスが放ったビームの嵐をくぐり抜け、サーベルを振るう。しかしまたシールドに阻まれ、アウルは舌打ちした。
相手はライフルでシールドを破壊できるのに、こちらはサーベルが何回当たってもシールドを破壊できない。性能差があり過ぎる。
「ネオ、やっぱこんなんじゃ無理っぽいぜ! ここはスティングに任せて俺らはゲイツとかをやった方がよくね?」
通信を聞いたネオは、しばらく考え込んだ後うなずいた。
『分かった。お前達は新型を振り払ってテロリストにも少しちょっかいだして来い。そろそろザフトを支援しないと地球がやばいからな。
それに、ザフトの量産機として有名なジンやゲイツと戦う方が見栄えがするだろう』
「だってさ。先行け、ステラ」
「……分かった」
言うと同時に、ステラのエールダガーLがフォースインパルスから離れていく。それを見たシンは素早く意図に気付いた。
「ルナ! あいつ逃げる気だ!」
「損傷もないのにどういうこと? ……まさか一機でインパルスと?」
「いや、残った方も適当な所で切り上げる気だろ。方向から考えると狙いは工作隊だ、追わないとまずい!」
「分かった!」
再びフォースインパルスのブースターを全開にし追おうとしたルナだったが、目の前をビームの雨が通り過ぎるのを見て慌てて停止した。
「バァーカ、ここは通行止めだぜ!」
「こいつっ!」
ルナマリアはアウルのエールダガーLに向かってライフルを連射、同時にCIWSも放つ。しかし、全く当たらない。
こちらの攻撃は当たらないが、相手の攻撃は何回もシールドに当たっている。悔しいが、腕の差があるのを認めるしかなかった。
「シン、フォースならあいつを無視して先行ける!?」
「無理だ! こっちの向かう方向を読んで牽制してる、倒さないとここは通れない!」
「くっ……時間がないのに!」
ダガーLはこちらを倒すことではなく、あくまで牽制に回っている。
自分の間合いを保持することに力を注がれている以上、突破するのには恐ろしく時間が掛かるだろう。
こうなったら一撃くらう覚悟で行こうか―――ルナマリアがそう考えた時だった。
突如、アウルのエールダガーLにビームの雨が降り注ぐ。
「えっ、何!?」
「ルナ、イザーク隊長とアスランのザクだ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それじゃカオスは!?」
ルナマリアは慌ててカオスを追わせていたモニターを前面に映し出した。
そこに映っているのは、既に機動兵装ポッドを失ったカオスの姿。つまり、イザークとアスランはザクでカオスを圧倒したという事になる。
この事実に、ルナマリア以上に驚いたのはアウルだ。
「おい、何やってんだよスティング!」
「うるせぇな、新型を壊さないように慎重にやったら逆にしくじったんだよ!」
「どっちみちやられた事に変わりねぇだろボケ!」
通信でスティングに悪態をつきながらもアウルのエールダガーLはビームを連射、二機のザクから離れカオスと連携しようとする。
しかし孤立しているこの状態を見逃すほど、イザークとアスランは甘くはない。
「イザーク!」
「うるさい!」
アスランがイザークに呼びかけたが、イザークは罵声で返した。もっとも、アスランにそれを気にした様子はない。
それと同時に二機のザクはビームライフルを連射する。
二機のザクが乱射したビームは回避したアウルだったが、それはイザークもアスランも折り込み済である。
むしろ避けることを想定していた。回避方向を読んで回り込み、エールダガーLを包囲する。
「今は俺が隊長だ!命令するな、民間人がァ!」
前に回ったイザーク機のファルクス・ビームトマホークを回避するも、後ろから来たアスラン機のビームトマホークには対応しきれず、右腕を持っていかれる。
とっさにカバーに入ろうとしたカオスだったが、アスラン機のビームライフルに阻まれた。
「くっ……こいつっ!」
苦し紛れにカオスはカリドゥス改・複相ビーム砲を放ったものの、そんな攻撃に当たるアスランではない。
それどころか、その隙をついてイザーク機がカオスの盾を両断する。
「凄い……あれが、ヤキン・ドゥーエを生き残ったパイロットの力なの……?」
思わずその動きに見惚れたルナマリアだったが、シンの声で我に帰った。
「ぼうっとするなルナ! 逃げた一機を追うぞ!」
「あ、う、うん!」
そう言われ、ルナマリアは慌ててフォースインパルスをユニウスセブン表面へ向かわせる。
カオスを圧倒する二機のザクを見ながら、シンは不機嫌な顔で誰にも気付かれないように呟いていた。
「ちくしょう、俺だってこんな怪我が無ければ……!」
「ええい!」
ディアッカ機がオルトロスを構え、発射する。
僅かにサトーのジンHⅡをかすめたものの、致命傷には至らない。未だに工作隊はジンの部隊に包囲されている。
最初はザフトが圧倒的に上だった数の差も無くなってきている。ジンの数も確かに減ってきているが、それ以上にゲイツRの減少が大きいのだ。
『シホ、ディアッカ! 作業はまだ終わらないのか!?』
苛ついたようなイザークの声が通信機から飛んできた。
「待ってくれ、もう少し……!」
そう言った端から三機のジンがメテオブレイカーに迫る。再びオルトロスを構え、発射。
同時に周りのゲイツRもライフルを乱射。今まではこれでなんとか一時的に退かせられたが……今回は違った。
一機にビームが当たり、爆散するのも恐れず突っ込んでくる!
「こいつら……特攻する気かよ!?」
思わずディアッカは寒気を感じたが、それでも狙いを定め、恐怖に竦んでいる部下を叱咤しビームを放つ。
一機は撃墜されたものの、残り一機がビームをくぐり抜け、メテオブレイカーに迫る―――
「しまっ……」
その瞬間、突如横合いからビームが乱射された。
今まで無かった方向からの攻撃に、さすがにジンも怯む。その一瞬の隙を見逃さず、ディアッカはジンを撃ち抜いた。
「ふぅ、助かった……ぜ?」
ため息を吐きながらも、礼の一つでも言おうかとモニターを確認したディアッカは絶句した。
映っているのはエールダガーL、連合の機体である。そのまま、エールダガーLはジンの群れに突っ込んでいく。
「やっと手伝ってくれる気になった……ってわけでもなさそうだな」
ゲイツRがエールダガーLにライフルで追い払われるのを見て、やれやれとディアッカは肩をすくめた。
ジンとつるんでいると思われたか、それとも―――何か企んでいるのか。
どちらにせよ、早く作業を終わらせるべきだろう。
「シン、あれ見て!」
ルナマリアがモニターの一部を指さして叫んだ。そこにはユニウスセブンが割れる様子が映っている。メテオブレイカーが作動したのだ。
モビルスーツでさえ比較にならないほど巨大なユニウスセブンが、あっさりと割れていく。
その様子はどこか現実離れしており、タリアやデュランダルですらその様子を見て息を呑んだ。ルナマリアが驚くのも当然といえる。
だがシンは首を振った。その表情は険しい。
「あんなんじゃまだ駄目だ。あんなんじゃ……!」
―――俺の様な奴が出る……!
「……シン?」
ルナマリアはふと後ろを見た。そこには、いつもの活発な表情ではなく、まるで押さえ込まれたような陰に満ちた顔がある。
それでも―――いつも見ていなくても、どこかで見た事が。
「あ……」
『悔しいって!自分が怪我さえしてなければ、みんなを守れたかもしれないのにって!
それどころかお姉ちゃんのサポートさえろくに出来なかったって、泣いてたんだよ!?』
メイリンの言葉が蘇る。
シンはまだ何もしていない自分を許せていない。ただ見ているだけの自分を許せない。だから。
「……バカ」
聞こえないように誰にともなく呟いた後、ルナマリアは前に向き直り、視線を合わさず呼びかけた。
「ねぇシン。まだ作動していないメテオブレイカーはないか、探してくれない?」
「なんでわたしが、こんな奴らに!」
ステラのエールダガーLは予想以上の苦戦を強いられていた。
ジン部隊とザフト、両方の攻撃を受けることになったのである。しかも乗っている機体の性能も高いとは言えない。
もちろん彼女は上手く立ち回り、ザフトとジン部隊を戦わせて自分への攻撃を減らそうとはした。
しかしそれをさせないほど、ジン部隊の動きが速いのだ。
「シホ! まだメテオブレイカーは残ってる、工作隊の指揮頼む!」
そうシホ機に言い残し、ディアッカ機がエールダガーLに肉薄する。
格闘戦か―――そう判断しビームサーベルを抜かせたステラだったが、ディアッカ機がトマホークを投擲したことでその判断は過ちだと気付いた。
「フェイント……!!!」
とっさに機体を反らせて回避したステラだったが、その隙を狙ってジン・ハイマニューバが重斬刀を振り下ろしてくる。
なんとかそれをシールドで受け止めたステラのエールダガーLは、画面端を見て慌てて後退した。
ディアッカ機のオルトロスを避けきれなかったジンHが爆発する。あと少し遅ければステラも巻き込まれていたのは疑いようがない。
更に後ろに警告。フォースインパルスが急激なスピードで迫っていた。このままでは包囲される形になる。
限界を悟ったステラは落ち込んだ声で通信をした。
「……ごめん、ネオ。もう無理」
『いや、よくやった。アウルとスティングはもう撤退している、ステラも戻れ。
それに、どの道限界さ。後はジブリール閣下に任せる』
「うん」
背を向けて撤退していくエールダガーLだったが、それを追撃する機体は無い。もうともかく時間がないのだ。
ザフトは急いで残りを砕かねばならず、ジン部隊はそれを防がなくてはいけない。
もう、青い星が目前に迫っていた。
撤退していくガーティ・ルーを見て、デュランダルとカガリはため息を吐いた。
「ようやく信じてくれたか……」
目を閉じて言うデュランダルだったが、タリアは重い声で反論した。
「いえ、おそらく別の理由でしょう」
「どういう理由だ、タリア?」
「高度です。ユニウス7と共にこのまま降下していけば、やがて艦も地球の引力から逃れられなくなります」
その言葉に、カガリもデュランダルも表情を曇らせた。しばらく考え込んだタリアは、決然とした表情で言った。
「こんな状況下に申し訳ありませんが、議長方はヴォルテールにお移りいただけますか?」
「なに?」
「ミネルバはこれより大気圏に突入し、限界までの艦主砲による対象の破砕を行いたいと思います」
「えええ、艦長!?」
アーサーがそれは無茶だと言う顔をしたが、タリアは無視した。
その様子は、デュランダルにタリアの決心の固さを悟らせるには充分である。
「分かった、すまない。では代表……」
「私はここに残る」
落ち着いた様子でデュランダルはカガリを促したが、カガリはそれを拒否した。
「アスランはまだ戻らない。それに、ミネルバがそこまでしてくれるというのなら、私も一緒に!」
デュランダルとは対照的に迷いのある様子だったが、それでもその言葉には強い意志が込められている。
それを感じ取ったデュランダルは、反論しようとしたタリアを制止した。
「代表がそうお望みでしたらお止めはしません。いいな、タリア」
「くそっ、限界高度か……」
アスランは思わず唇を噛んだ。ユニウスセブンにたどり着いた瞬間、撤退命令を受けたのだ。
まだ巨大な破片が残っているというのに……。
『さっさと行け、アスラン。ミネルバは艦主砲を撃ちながら、共に降下するそうだ。
早く戻らないとモビルスーツで大気圏突破する羽目になるぞ』
アスランのザクを先導する形で進んでいたイザークのザクが止まり、通信を送ってきた。
イザークはイザークでまだ納得のいかない声をしていたし、実際もっと砕くべきだと思っている。
しかし、モビルスーツ単体で大気圏突破することがどれほど危険かも、体験者の彼がよく分かっている。
アスランがそれに返事をしようとした瞬間、ディアッカからイザークに通信が入った。
『おい! ミネルバの新型が残って作業してるぜ!』
『どこのバカだ! ったく、貴様も指示を仰いでる暇があったらさっさと止めてこい!』
『そうなんだけどよ、こんな大きさじゃまだ被害が出る、フェイズシフト装甲があるから大丈夫だ、とか言ってよ』
『むっ……』
怒鳴ったイザークだったが、確かに一理あるのは分かっている。このままでは地球は危険だ。そう分かっているから、ディアッカも強引に止められなかったのだ。
通信機越しに聞いていたアスランは、話を割り込んだ。
「俺が行って止めてくる。ミネルバに帰るついでにな」
『アスラン!? 何でそこにいんだよ!』
『ディアッカ、この事は通信で聞いていただろう! ともかく、貴様!本当に止めるだけなんだな?』
「ああ」
『……』
『お、おい、イザーク?』
ふぅ、とため息を吐いたイザークは、誰にも見られないように笑みを浮かべた。
『ふん、無茶はするなよ。ディアッカ、帰還するぞ! 議長は既にヴォルテールに到着しているはずだ、失礼の無いようにしろ!』
『ちょ、ちょっと待てイザーク!アスランはほっといていいのかよ!?』
『こいつが言ってやめるような性格か!』
慌てた声で言うディアッカを無視し、イザークのザクはユニウスセブンに背を向けた。
結局ディアッカのザクもそれに従う形で艦に向かっていく。
アスランは一言だけ、別れの挨拶を送った。
「相変わらずだな、イザーク」
『貴様もだ!』
挨拶の返事にしてはずいぶんとぶっきらぼうなイザークの言葉。この様子を見て、ディアッカは思わず呟いていた。
「やれやれ。十年経っても変わりそうにないな、こいつらは」
ユニウスセブンの地表で、インパルスがたった一機、立っていた。脇にはメテオブレイカーがある。
「ルナ、もう少し左腕をずらせ。うん、そこだ」
「分かったわ。……いまいち安定しないわね」
重力がユニウスセブンに様々な影響を与え、振動させる。それが、メテオブレイカーを設置するのを難しくしていた。
もっとも、逆に言えばもうそこまでの高度になったということだ。二人の表情に徐々に焦りが生まれる。
そこに突然、通信が入った。
『何やってるんだ、お前ら。撤退命令は出ているぞ』
「っ!? アスラン……さん?」
驚いたようなシンの声を無視して、アスランのザクはインパルスの脇に降り立った。
『ミネルバの主砲が撃たれるぞ、ここは危険だ』
「でしょうね、お先にどうぞ。俺達はこれを作動させてから戻ります」
ふう、と通信機からため息が聞こえ、シンもルナマリアも予想しなかった言葉をアスランは言った。
『じゃあ少しでも早く戻れるように、俺も手伝おう。構わないな』
「え、ええ! じょ、冗談だろ!?」
「な、何言ってるんですか!? もし戻れなかったら地面に叩き付けられておしまいですよ!」
『だったらすぐに作動させて艦に帰ればいい。ほら、そっちを持ってくれ』
言っている間にもザクはメテオブレイカーの取っ手を掴んでいる。
断る手段もなく、理由も無いので、シンもルナもアスランの言葉に従った。
もともとメテオブレイカーはモビルスーツを二機使って設置する物である。
そのため、アスランが加わった事で作業は順調に進み出した。
「これでいいわね。後は作動させるだけ……」
固定が完了し、ルナマリアがため息を吐いた瞬間。
『……気を付けろ、囲まれているぞ!』
アスランが言うと同時に、ビームが着弾する。
ルナマリアが確認するより早く、シンが数え上げた。
「やつらだ! 生き残り三機全員が集まってきてやがる!」
「ええ!? 後少しなのに!」
『くそっ! メテオブレイカーは作業完了まで何秒掛かる!?』
「十五秒!」
『分かった!』
アスランは叫びながらも、ザクに開始ボタンを押させていた。後は放って置いてもドリルが地中へと潜り込んでいく。
―――機械が破壊されない限り。
ルナマリアとアスランがそれぞれ乗機にライフルとシールドを構えさせる一方、シンは相手の武装を素早く調べていた。
「ルナ、アスランさん! 飛び道具が残っているのは一機だけみたいだ!
そいつを優先して倒せばなんとかなる!」
「うん、分かった!」
『了解だ!』
返事と同時に、インパルスとザクは全武装を乱射する。もうこれで最後、弾を気にする必要はない。
もっともそれは相手にも言え、更に相手は命も気にする必要がなかった。盾すら構えずに突っ込んでくる。
「くっ、あいつら……」
『怯むな!』
アスランが叱咤すると同時に、ファイアー・ビー誘導ミサイルが全弾発射される。
ジンの脆い装甲では耐えきれる物ではなく、唯一飛び道具を持っていた一機が火だるまと化す。
だがそれと同時に、重斬刀を持ったジン・ハイマニューバがインパルス目がけ突進。強烈な体当たりを行い、そのままインパルスを組み伏せる形となった。
とっさに振り払おうとしたルナマリアに、聞き覚えのない男の声が聞こえた。
『我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!』
「えっ!?」
「むすめ!?」
アスランの声でもシンの声でもない。つまりこれは、接触通信。
ルナマリアが呆然とした隙に、ジンHは重斬刀をインパルスに振り下ろす。全く効き目はなくとも、何度も何度も。
アスランは援護しようとしたが、サトーのジンHⅡに阻まれた。振り上げられた斬機刀を間一髪、ビームトマホークで止める。
その瞬間、サトーの叫びがアスランに、シンに、ルナマリアに聞こえた。
『此処で無惨に散った命の嘆きを忘れ、討った者と何故偽りの世界で笑うか! 貴様等は!』
「え……」
シンも、アスランでさえ一瞬戦闘を忘れるほどの、激しい怒り、憎しみを込めた言葉。
『軟弱なクラインの後継者どもに騙されて、ザフトは変わってしまった!
何故気付かぬかッ! 我等コーディネーターにとってパトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!』
『な……!?』
思わずアスランは呆然とした。自分がかつて敬愛し、そして豹変し、敵対した父の名。
それを彼らは支持すべきものとしてあげている―――!
一番早く立ち直ったのはシンだった。
「ルナ、まずい! 振りほどけっ!」
「えっ!?」
ジンHは重斬刀を振り下ろすのを止めていた。しかし……それは諦めたからではなく、最終手段を使うため。
突如ジンHが爆発する。その爆風に吹き飛ばされ、インパルスはユニウスセブンから落ちていく。
『我等のこの想い、今度こそナチュラル共に!!』
言うのと同時に、サトーのジンHⅡも自爆、メテオブレイカーごとアスランのザクを吹き飛ばした。
ミネルバのブリッジは慌ただしい事になっていた。
大気圏突入、モビルスーツの位置確認、陽電子砲チャージ。その三つを同時にこなしているためである。
「降下シークエンス、フェイズ2! まもなくフェイズ3へ移行!」
「お姉ちゃん、シン! 返事して! アスランさん!」
「陽電子、臨海点です!」
各員から入る報告を聞いてタリアは爪を噛んだ。もう時間がない。これ以上決断を引き延ばすのは不可能だ。
彼女は口を開き、指示を出した。
「タンホイザー起動!」
「ええ!?」
「で、でも艦長、お……インパルスが!」
カガリとメイリンが反対の叫び声を上げたが、タリアはその二人の方向を見ずに指示を出した。
「ユニウスセブン落下阻止は、何があってもやり遂げねばならない任務だわ。照準、右舷前方構造体! てぇッ!!」
タリアの指示と共に、ミネルバの前部中央に砲が現れる。その砲は光を集めていき、やがて紅い光を放った。
ユニウスセブンを切り裂く、光の帯を。