Lnamaria-IF_第10話

Last-modified: 2013-10-28 (月) 02:20:06

 あの戦闘から数日が経った。
戦闘が終わった時こそ、クルーは一様に浮かれていた。
いきなりの強奪事件、ユニウスセブンの落下、オーブでの拘束、艦隊との激戦。
そういった状況から開放され、後はカーペンタリアに帰るのみ。
オーブとカーペンタリアは近く、間にいるのは赤道連合だけ。誰もが安心しきり、気が抜けるのも当然だ。
……しかし、現実は甘くなかった。

「さっさと離れてっ!」

 ルナマリアが今乗っている機体――ガナーザクウォーリアのオルトロスが、敵艦の間際に着弾する。
さすがにそれに怯んだのか、敵艦はやや後退を始めた。
一度そうなれば、後は簡単。せめて最後に一撃加えてこようと来る艦載機を撃ち抜いて、ミネルバは足の速さで逃げ切る。
敵艦はたった一隻。逃げるだけなら簡単だ。
――もっとも、オーブ近海の戦いで多大な損傷を受けたミネルバでは、一隻さえ墜とすことができないのだが。

「これで最後だといいんだけどね……」

 ため息を吐きながら、ザクを格納庫に戻す。ハッチの上に乗って戦っていたので、大した手間ではない。
格納庫で待っていた整備士達にはあまり歓迎する様子は無い。原因は恐らく、激務続きなのに更に仕事を増えたからだろう。

「ヴィーノ、盾がちょっと壊れたから、換えといて」
「換えはないんだよ、残念だけど。ぶっ壊れたザクの装甲材の余りを回して修理すればなんとかなるけどさ」
「インパルスは? 使えないの?」
「馬鹿いうな。ビームライフルはないし、シルエットの残りもソードだけだぜ? 飛ぶ相手をどうやって撃ち落とすんだよ?」
「……ごもっとも」

 ため息を吐きながら、ルナマリアはヘルメットを片付けた。 

 現状は、最悪だった。
あちこちに大西洋連邦やユーラシア連邦の艦が存在し、ミネルバはそれらから逃げ回りながら航海していた。
艦隊でまとまって動いているのではなく、それぞれバラバラに動いており、逃げるのは容易だ。
だがそのかわりに遭遇戦が繰り返し起こり、ミネルバはそのたびに逃げ回っていた。
火器がほとんど破壊され、タンホイザーも故障したミネルバが頼りにできるのはモビルスーツの砲のみ。
相手もそれを分かっているらしく、ほとんどの戦力がモビルスーツ狙いだ。
ショーンは緒戦で戦死し、ミネルバの戦力は飛び道具の無いインパルス、そしてオーブで予備機として修理してあったもう一機のザクだけ。
しかもパイロットは残り一名しかいない。

「……アーサー。整備班はどう言って?」
「はい、やはりインパルスにザクの装備を付けるのは無理だと。
 確かにインパルスの整備性は極めて高く、不可能ではないかもしれないですが、時間と資材が足りないとか」
「……そう」

 彼女の言った事とはインパルスにガナーウィザードを付けられないか、という考えだ。
インパルスの性能はザクに勝る。同じ装備が使えるなら、インパルスが使ったほうがよいのだが……
頼みの綱が一つ切れ、タリアがため息を吐いた矢先。

「艦長! カーペンタリアから暗号通信です!」

 メイリンが大きな声を上げた。その顔は期待に満ちている。
当然だろう。今まではユニウスセブン落下の影響か、全く通信が繋がらなかったのだ。
死んでいく仲間、尽きようとする物資、見捨てられたかとさえ思える孤立状態。
それらが生み出す絶望からの救いをその通信に求めるのは、無理の無いことだ。
事実、その声を聞いたブリッジ要員は全員がメイリンを注視している。一刻も早く聞きたいのだ。
それはタリアも例外ではない。

「解読して!」
「はい! えっと……これは……!?」

 解読を進めるにつれ、メイリンの顔が驚愕に満ちる。
タリアの頭に、一瞬嫌な予感が走った。

「どうしたの! 内容は!?」
「は、はい! まず……地球軍は宣戦布告後、地球上にあるザフトの各基地への攻撃を開始したそうです。
 それはカーペンタリアも例外ではなく、基地を包囲するために各地から戦力を集めている模様。
 ミネルバは包囲が完了する前に、指定されたルートを通ってカーペンタリアへ逃げ込めとのこと!」

 同時にパネルにルートが表示される。
無数に存在する赤い点は地球軍の艦の現在位置だろう。

「なるほど。さっきからよく遭遇戦をすると思ったら、
 地球軍もカーペンタリアを目指して集まってる最中だったというわけね……
 あの情報、ここまで当たっていたのね」

 冷静に首を振るタリアに、アーサーは慌てた声を出した。

「艦長ぉ、そんな事言ってる場合じゃないですよ!
 ルートの最後に、赤い点が三つ固まってるんですよ!?」

 それを聞いても、タリアは動揺しない。落ち着いたままあっさりと返答した。

「それくらい突破してこい、というわけよ。
 それに見る限りだと、違うルートを通ればもっと多くの敵を相手にしないといけない様ね……。
 その三つ以外とは戦わずに済むだけましでしょう。メイリン、増援はある?」
「現在、地球衛星軌道上にカーペンタリア支援用の部隊を集結させているそうです。
 大気圏突入の指揮を取るジュール隊の一部と、既に到着した部隊を先に突入させて支援する、と」
「……分かったわ。マリク、指定されたルートに舵を取って。
 アーサー、整備班にインパルスの整備急がせて。それ以外のクルーは休息を取りなさい。
 ……次の戦いが、私達の命運を分けるわ」

 警報が鳴り出し、放送が響きだす。自室のベッドで仮眠をとっていたルナマリアは、あくびをしながら起き上がった。

「……もうこんな時間? ろくに疲れもとれてないのに……」

 もっとも、疲れているからといって戦いから逃げることはできない。
不平を言いながらも栄養ドリンクを飲み干し、格納庫へ走る。
作戦は事前に決めてある。今回、ルナマリアが乗るのはインパルス。
今回の任務が「突破」である以上、ガナーザクウォーリアによる砲撃という消極的な手段では難しいとタリアは判断したためだ。
ミネルバの足の速さを活かし、一気に接近。そのままソードインパルスで敵艦を潰す……それが作戦。

「ずいぶん大雑把な作戦よね、ホント!」

 思わず、そう愚痴っていた。もっとも、それしか手段が無いからこんな作戦になったのだが。
格納庫では、整備士に混じってシンがいろいろと整備に参加している。
ルナマリアは肩を竦めながらも、コアスプレンダーへ走った。
シンが自分の体の状況を無視してまでできることを探すのは、彼女にはもう慣れっこだからだ。

――後に彼女は、シンがどれほど自分の体を無視しているか、見誤ったことを知る。

「レーダーに反応! 敵艦です!」

 報告を聞いたタリアは頷いて指示を出す。前々から決めていた指示だ。

「全ミサイル発射管起動。同時にインパルスを発進! そのまま足を止めずに突っ込むわよ!」
「か、艦長……本気でやるんですか?」
「アーサー!」
「は、はいぃ!」

 情けない声を出しながらも、アーサーはきっちりと仕事をこなしていった。なんだかんだ言っても、彼も有能なのだ。
だが、そこで最悪の通信が入った。

「艦長! カーペンタリアから通信!」
「……もう、こんな時に! 今更何を!?」
「そ、それが……軌道上で突入の準備をしていた部隊が連合軍に急襲され、
 支援を送る数を減らさざるを得ないとのこと! 突入のタイミングも遅れるそうです!」
「なっ!?」
「か、艦長ぉ!?」

 ここに来て入った最悪のニュースに、タリアもアーサーも愕然となる。
思わず肘掛を叩きながら……それでもタリアは指示を出した。

「ここまで来て退いたら、四方八方から囲まれて終わりよ! 作戦はこのまま続行するわ!」
「し、しかし!?」
「文句なら連合軍かカーペンタリアの司令部に言ってちょうだい!」

 タリアの言葉は、怒りを隠そうとさえしていない。
当然だろう。よりにもよって、ここで味方に裏切られるような結果になったのだから。

 この通信内容は、当然ルナマリアにも伝わった。もちろん、こんな通信に泰然としていられる様な精神を彼女は持ち合わせていない。

「ちょっと、冗談でしょう!?」
『本当みたい……私達みんな、やられちゃうのかな……』

 メイリンの表情は暗い。もっとも、最後の望みを絶たれたこの状況下で明るい人間はそうはいないが。
半ば自棄気味にルナマリアは叫んだ。

「ああ、もう……要するに、私が三つすぐに沈めればいいんでしょう!」
『で、でも、使える時間は五分も無いよ……』
「ヤキンのフリーダムは一分も使ってないわよ! 出るからさっさと射出して!」
『う、うん!』

 しばらくしてコアスプレンダーが射出される。
ただし、すぐに合体はしない。敵艦にできるだけ接近するためだ。
ミサイルの後を追う形でコアスプレンダー、更にその後をフライヤーとシルエットが追う。
――実際、勝算は無い。
ミネルバは足の速さだけでなく、レーダーの範囲でも優秀だ。
そのためその機能をフルに使って急襲すれば、成功する確率は高いだろう。
だがそれは、万全な状態での話だ。
今のところは驚いているのか、敵艦からモビルスーツの発進はない。
しかし時間をかければかけるほど、こちらの唯一の勝機――心理的優位は薄れていく。
実際は、五分でも勝てるかどうか怪しい。

「……もう、いつから私はこんなエース級の仕事を要求されるようになったのよ!」

 叫びながらインパルスを合体させる。
先頭の艦は目の前。モビルスーツが発進しようとしているが、そんな事をさせたら負けは確定だ。
艦砲を避けながら、そのモビルスーツの上に着地。頭部を踏み潰して海へ蹴り落す。
更に残りの機体ごとハッチをエクスカリバーで斬り、格納庫を潰す。そのまま艦橋の前へ跳び、一刀両断に斬り捨てた。

「ひとつ……!」

 ルナマリアは小さく息を吐いた。とりあえずはこれで三分の一。
だが、これは前座だ。モビルスーツが発進してくるここからが本番。
ザムザザーに頼りすぎた結果、艦の守りが薄くなっていたオーブ近海の時のようにはいかない。
レーダーで次の敵艦の位置、そしてモビルスーツの数を確認する。

「八機……もう、そんなに弾は撃てないって言うのに!」

 ソードインパルスが(正確にはチェストフライヤーが)今回持ってきたのはザクの突撃銃。
これは外付けのエネルギーカートリッジを使用するため、どんな機体でも使用が可能だ。
反面、他の機体はザクの様に予備カートリッジを持ってくる事ができないため、弾数は大きく制限を受ける。

「だからといって、一々狙いを付けて撃つ余裕なんて無いのよ!」

 エクスカリバーを背部に収納し、突撃銃を護衛のモビルスーツへ乱射しながら次の艦へ跳ぶ。
しかし、相手は墜ちるどころか手早く反撃を返してきた。ビームの雨に慌てて軌道修正、元の艦へ戻ることを強いられてしまう。
ホバーも飛行もできないソードインパルスが海に落ちれば、確実に海面から上がる時にやられてしまうからだ。
インパルスは何とか艦に着地し、ルナマリアはもう一度態勢を立て直そうとした……しかし。

「こいつら……っ!」

 もう一度跳ぼうとするインパルスの周り、つまり艦の周りにウィンダムやダガーLが群がっている。
撃ってくる気配は無いが、それは単にまだ艦に残っているだろう友軍を思いやっているからだ。ルナマリアに気遣っているからではない。
跳んだ瞬間にまた撃ってくるだろう。……それは、艦の乗員が全員脱出すれば問答無用で撃ってくるということ。
更に最悪なことに、包囲網に八機全てが参加しているわけではない。
今いるのは五機……つまり。

「このままじゃミネルバが……! ええい、もうっ!」

 なんとか包囲を突破するため、ビームブーメランを投げながら突撃銃を撃つ。
包囲部隊はあっさりと下がった。インパルスが跳ぶまでは回避に専念する気なのだろう。
この調子では、そう簡単には当たってくれそうには無い。当てられなければ、死ぬだけだと言うのに。

「ヴィーノ! ぼさっとせずにさっさと運べ!」
「は、はい!」

 整備主任マッド=エイブスにせかされ、慌ててヴィーノは走り出した。
今整備班は大忙しだ。撃った端からミサイルやCIWSの弾を補充しているため、人手が足りないなどというものではない。
それなのにヴィーノがぼんやりとしていた理由は……

「明らかにシンのだよな……これ」

 彼が気になっていたのは、ゴミ箱にしててあった包帯と添え木。
なんでこんな所に捨ててあるのか……むしろ、なぜ捨ててあるのか。

「まさかね……いくらあいつでもんな無茶するわけないか」

 肩を竦めながら、ザクを見やる。
先の戦いから放置したままで、ガナーウィザードも付いたままだ。
……それが、歩き出した。

「ってオイ、待てコラ! 内線はどこだ、内線……」

 格納庫が俄かに騒然となるなか、なんとか事態を把握できたヴィーノは慌てながら受話器を取った。
会話相手はもちろん……

「シン! おまえ何やってんだよ!?」
『ヴィーノ。出るからハッチ開けろ、今すぐに!』
「ちょっと待てオイ、右腕の怪我治ってないだろうが!」
『黙って死ぬなんてごめんだ! そっちがやらないならオルトロスで吹き飛ばしてでも出るぞ!』

 そう言っている間にもザクはオルトロスを構えている。
――こいつ、マジかよ!?
愕然となったヴィーノは、半ば自棄になって脇のキーを押した。ハッチが開いていく。

「責任取れよお前! 俺は何も知らねーからな!」
『ああ、そうでいいさ!』

 それを最後に、シンは通信を閉じた。
その額には、滝のような汗が浮かんでいる。コンソールを叩く右腕の動きも、左腕と比べると格段に悪い。
……それでもザクを歩かせることができる時点で、じゅうぶん凄いのだが。

「ここまで来て……黙って見ていてそのまま死ぬなんて御免だ!
 シン・アスカ! ガナーザクウォーリア、行きます!」

 ……遅い。
それが出撃したシンが、最初に思ったことだった。
かつては滑るように動いた手が、今はまるで電源から切り離された人形のように遅い。

「……くそっ!」

 何とかロックオンし、オルトロスを撃つ。しかし、当たらない。
――かつての万全な自分だったら、あの程度の敵なんか10秒で墜とすのに……!

『なにやってるの、シン! 早く艦に戻って!』

 情報がブリッジまで伝わったのだろう、タリアから通信が来た。
だが――意地でも聞けない。

『今のあなたは、ルナマリアより……』

 シンは、最後まで聞かずに通信を切った。
自分が役に立たない……それは、今のシンには絶対に認められないことだった。

「あいつは……ルナは、俺の力になるっていったんだ……」

 脳からの命令を無視して痙攣する右腕を押さえ込む。
そして、次の通信は……

『やめてよシン! そんな状態で戦ったら……』
「黙れっ!」

 ルナマリアの声を、シンは大声で否定した。
ルナマリアが息を呑む……その間に、シンは続ける。

「お前は俺を守るって誓って……それをやってる。
 ……なら、俺もお前の力にならなきゃ……俺はただ女に守られるだけの甲斐性なしだろ!」
『な……!? そんなこと気にしなくても……』
「気にすんだよ……俺は、エースなんだからな!」

 それだけ言って、シンは通信を切った。
そして目を閉じて、精神を集中する。

――きっと、あれなら。あの力を使えば……!

「もう、シンの馬鹿ぁ!」

 ルナマリアは思わず拳を握り締めていた。
だが――今思えば、当然だったのかもしれない。
ルナマリアはオーブで、「二人で戦おう」と言った。
あの時のルナマリアにとっては、「シンは知識を与えて欲しい、私が手足となるから」という意味だった。
でも……シンにとっては……。

「とことんまで、自分の体を気遣わない奴よねっ!」

 シンの無謀っぷりに腹を立てながら、再びビームブーメランを投げる。
ただし今回投げたのは二つ。どちらも、一機のダガーLへ突っ込んでいく……と思わせて目前で方向転換。
それぞれ違う方向へ飛んでいき、見事に敵を仕留めた。だが……

「……駄目だわ、コースに無理がありすぎた」

 ビームブーメランはソードインパルスの所まで戻ることなく、海面に落ちる。
二機墜とした代償としては高いのか、安いのか。
 再びビーム突撃銃を構える……しかし。

「弾が……!」

 何度トリガーを引いても、ビームが発射される様子は無い。
ここに来て最悪の事態――飛び道具の喪失。
更にそれを見越したか、残った三機のうち一機がミネルバへと向きを変えた。
剣しかなく、飛行能力もない相手を抑えるなら二機でじゅうぶんというわけだろう。 

「なんとかしないと……シンが!」

 せめて動きを止めようと、弾切れになった突撃銃を投げる。
だが、それさえあっさりと避けた。どこまでも、念には念を入れている。
完全に、八方塞がりだった。

 アラームが鳴る。更に敵が接近しているのだ。
だが、シンは反応もせずに目を閉じたまま、自分の内面に意識を向けていた。

――集中しろ。
――万全だった時の自分の動きを思い浮かべて。

『SEED、という言葉を知っているかね? かつて学会で一度だけ現れた言葉だ』

ウィンダムが迫る。動かなくなった相手に、躊躇いを見せる様子は無い。

――できないはずはない。
――怪我をしている?そんな事は関係ない。
――議長の言葉を思い出せ。

『コーディネイターさえ上回る新たな才能――未来を創る力。
 それがSEEDを持つ者にある。そう私は考えているよ……』

 水面に『種』が落ち、そして割れる―― 
同時に、ザクはまるで芸術のような動きを見せた。
左腕で取り出したビームトマホークで、ウィンダムが放ったビームを切り払う。
亜光速で飛ぶビームを切り払う……本来なら有り得るはずのない動き。
その動きに戸惑った隙を、今のシンは見逃さない。一瞬のうちにオルトロスを構え、撃ち抜く。
慌てて残りのダガーL二機が散開するが、今のシンには止まっているように見える。
冷たい目で何の感傷も無く、突撃銃を放って動きを制限させながらオルトロスを再び発射した。
一機のダガーLが海面へ落下する。

「……ちっ」

 シンは思わず舌打ちしていた。
今の射撃では、一気に二機墜とすつもりだったが、できたのは一機だけ。
もうこんなミスはしない。

「お前は、ここで墜ちろ!」

 急に変わったザクの動きに怯えているのか、残ったダガーLの動きは消極的だ。
もっとも、逃げに入ったところで避けられるような生半可な攻撃をするつもりはないし、していない。
突撃銃を放って動きを止めるのは同じ。しかし今度は突撃銃を放つ前にビームトマホークを投げる。
ビームの雨に誘導され、ダガーLは否応無くトマホークの軌道上へ移動し、コックピットを貫かれる……はずだった。

「……な?」

 ……ダガーLは健在だった。左腕を切り落とされながら、なんとか飛んでいる。
――なら、もう一度撃つまで。
そうして、画面を見て気付いた。画が歪んでいる。道理でずれた訳だ。
照準を合わせ直そうとして……キーも同様に歪んでいた。
いや、それだけではない……歪んでいるのは全ての物。つまり、歪んでいるのはシンの視界の方――

「認められるかっ、そんなモノっ!」

 痺れだしつつある指を動かし、照準を操作する。
歪みを考慮して本来の設定から多少ずらし、もう一度砲を向けた。
――ちょっとぐらい体調が悪いからって、俺がやれないはずがないんだ!
エースとしてのプライドが、自身が戦えないという事実を否定する。
だが……ダガーLという現実は、そこに存在したままだった。
それでもひたすらオルトロスの発射を続け、墜とせたのは三射め。
一般的な感性で言えば、三回目で墜とせばだいたい及第点に違いない。
しかしシンにとっては、自身の能力の下落を認識させる決定的要因だった。
そして、今の自分の体の異変も。

「く……そ。なんで……」

 視界の歪みは更に悪化し、体も重くなり出している。
『SEED』を発現してクリアになった頭も、霞がかかったようになってきた。
今すぐ……ここに倒れこみたい。

「できる……か!」

 まだもう一機が近づいてくるのに、ここで寝るわけにはいかない。
オルトロスの射程を活かし、敵の射程距離の外で照準を付けようとした。
……しかし、それが限界だった。
シンの体の動きは止まり、意識は世界から遮断される。
主からの命令を失ったザクに最早できることは、
ただライフルを構えて近づいてくるウィンダムを棒立ちで見つめることのみで――

「シン! 聞こえる!? 返事して!」

 ザクが動かなくなってから、ルナマリアはひたすら通信を送っていた。
だが、それに返事が来ることは無く、そしてミネルバへ向かうウィンダムは悠然と飛行している。

「このままじゃみんなやられるだけだわ……迷ってる暇なんて無い!」

 ルナマリアは覚悟を決めて、自分の前を塞いでいるダガーLを見つめた。
インパルスの右手にエクスカリバーを一振り持たせ、左腕でフォールティングレイザーを持たせる。
そしてそのまますぐに――意図に気づかれる前に二つとも投げ、更にインパルスを跳ばす。
この攻撃は墜とすのが目的ではない、あくまで牽制だ。
投げると同時に跳び、怯んでいる間に敵艦に取り付き、もう一振りのエクスカリバーで潰す。
敵艦を一つ墜とせば、あのウィンダムは慌てて護衛に戻ってくるかもしれない――!
予測というよりは期待に近い考えからの行動。だが、現実はそう上手くいかなかった。

「しまった! もう……!?」

 二機ともルナマリアの予想以上に早く立ち直り、ビームライフルを乱射する。
二方向からの攻撃を全てシールドでカバーすることは至難の業。
また、ソードインパルスの空戦能力の低さゆえに回避も困難。
結果、インパルスは切り札・エクスカリバーを撃ち抜かれてしまう。
何とか敵艦に着地できたが、もはや艦を潰せるだけの武器が無い。
何より、もう一つの艦に飛び移る案も時間も無い。

「シン! 動いて! お願いっ!」

 完全に万策尽きたルナマリアは、一縷の望みを込めてシンへ叫ぶ。
だがそれに答えは無く、ミネルバへ向かうウィンダムはライフルを向け――!

    唐突に、光が走った。

 オルトロスの赤い強烈なビームの奔流がウィンダムを撃ち抜いた。
それに前後してレーダーに反応が現れる。OSの判断は大気圏外からの突入ポッド。
その中には、三機のザクがいる。
見たことのない装備の、オレンジのザクらしき機体。
ガナーウィザードを装備した、黒いザクファントム。
ブレイズウィザードを装備した、白いザクファントム。

『やれやれ、ギッリギリだったみたいだな。ま、間に合ったんだから勘弁してくれよ?』
「あなたは確か……ユニウスセブンでジュール隊にいた!」
『覚えてたみたいだな。とりあえず、挨拶は後だ』

 黒いガナーザクファントムを操るディアッカから、陽気な声で通信が入る。
その脇では、白いザクファントムとオレンジのザクらしき機体がバーニアを吹かして急降下し始めた。
慌てたのは敵艦とダガーLだ。艦砲やミサイルでなんとか墜とそうとするも、当たらない。
ビームやミサイル、砲弾の嵐を潜り抜けた二機のザクは、射程に入った所で二つのルートに分かれた。
白いザクはインパルスがいるのとは別の敵艦に向かい、ファイア・ビー誘導ミサイルを全弾発射。
ミサイルはイーゲルシュテルンの雨をかいくぐってブリッジを潰し、一瞬で艦を無力化した。
そしてその一方で、オレンジのザクもどきはモビルスーツへ突撃する。
インパルスはCIWSを撃って支援しようしたが、そこでザクもどきのパイロット――ハイネ・ヴェステンフルスから通信が入った。

『どうやら無事みたいだな。
 インパルスは少し下がってろ、援護はいい。コイツの特性は接近戦だからな、下手に手を出されても困っちまう』
「は、はい! じゃあ、あなたのザクに任せます」
『……ザク?』

 ルナマリアの言葉は危機的状況から抜け出させてくれた三機への高い評価から来たものだ。
そこに悪意はないのだが、ハイネにはひっかかる言葉があった。

『勘違いしちゃ困るな、お嬢さん』
「え?」
『コイツはザクじゃない。名前はZGMF-X2000グフ・イグナイテッド……そして性能の面でも』

 そう言いながら、ハイネはグフに装備されている鞭……スレイヤーウィップを構えさせた。
取り出すと同時にスレイヤーウィップは高周波パルスを発生し、赤く発光する。

『ザクとは違うんだよ、ザクとは!』 

 ハイネが叫ぶと同時に、グフはスレイヤーウィップを振る。
ダガーLはとっさに盾で防いだが、完全に無駄な行動だ。
スレイヤーウィップから発生する高周波パルスは盾ごと機体にダメージを与え、ダガーLは煙を上げながら海面に落下した。
さすがに接近戦は危険だと思ったか、最後のダガーLはライフルを乱射しながら後退する。
だが、逃げ腰で撃った弾などに当たるハイネではない。
盾で防御しながら、右手のドラウプニル・4連装ビームガンを連射する。
完膚なきまで蜂の巣にされたダガーLは、海面に落ちることもなくその場で爆散した。
そしてその右手で素早くテンペスト・ビームソードを握り、最後の艦へと猛進、ブリッジを一刀両断に切り捨てた。
最初のダガーLを落としてからここまで、僅か三十秒程度しかかからなかった。
見事なまでに洗練された動き。機体をよく知り、性能を限界まで引き出さなければできない技だ。
 
「凄い……」

 戦闘が終わったこともあり、思わずルナマリアは感心と安心から呆けてしまった。
だが、ミネルバを見て慌てて声を上げた。

「そうだ……シンは!?」

 既にザクの姿は無い。といっても撃墜されたわけではないはずだ、帰還したか回収されたか……

「あのバカ……無茶するんじゃないわよ……。
 自分の体も少しは考えてよね……」

 思わず、震えた声でルナマリアはそんなことを言っていた。
その顔にあるのは正真正銘、心配する表情。
もっとも――

(……やれやれ、好きな男を心配するのはいいが。
 通信は閉じてやってほしいぜ……こっちが恥ずかしい)

 実は通信が開きっぱなしの、ハイネに丸見え丸聞こえだったりするのだが。
頭を振りながらもハイネは黙って知らないふりをし、こっそり通信を切った。
彼はそのまま覗き見するほど野暮な男ではない。もっとも一方で、少々助言してやる必要があるかもな、などと考えていたりするのだが。

 こうして、ミネルバはカーペンタリアへ入港を果たす。
だが、戦いはまだ終わったわけではない。依然カーペンタリアを包囲する連合軍に、ザフトは反撃を試みる。
そこでルナマリアに与えられるのは、新たな仲間と新たな力、そして不協和音――。

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