Lnamaria-IF_第14話

Last-modified: 2013-10-28 (月) 02:21:44

 あの戦闘から、数日後。ミネルバはカーペンタリアを出航していた。
整備や補給の類は全て完了してある――シンの治療を除いて。
彼はまだ意識を取り戻さず、基地に残って治療を受けることになった。
周囲に敵は見あたらず、航海は順調そのもの。だから、仕事が集中する場所であるブリッジにも無駄話をできる余裕がある。

「艦長、ディオキアまで行けというのはどういう事でしょう?」
「……さぁね」

 アーサーの問いに、タリアは首を振る。
カーペンタリアとディオキアはほぼ地球の裏側にあるとさえ言えるほどの距離だ。
そこまで遠く離れた場所に、宇宙で真価を発揮する艦であるミネルバを行かせる理由は思い当たりようが無い。
だが、彼女にはそれ以上に不可解なことがあった。

「それよりアーサー……宇宙で議長がシンについて言ったこと、覚えてる?」
「は? なんでしたっけ」
「……覚えてないならいいわ」

 急に話題が変えられたからか、アーサーは呆けた声を出した。
タリアは息を吐きながらも、再び考えに沈む。

『シンはもうモビルスーツパイロットとして働くのは不可能だそうだ』

 あのとき、デュランダルは確かにそう言ったはずだ。
それにも関わらず、一瞬ながら圧倒的な力を見せたシン。そして……

(ああ言ったにも関わらず、軍上層部から『カーペンタリアで治療を施したのちに
 専用のモビルスーツと共にシンをミネルバに合流させる』という伝達が来た……)

 まるで、シンにはまるで使いでがあるというように。……再起不能だと判断を下したにも関わらず。
そこまで考えて、思わず首を振ってしまっていた。

――あの狸は、何を考えているの? 

「……ふう」

 アスランは自室のデスクでため息を吐いていた。目の前には書類やディスクの束がある。
内容は着任手続きやセイバーの予備部品の調達などなど。
本当なら着任早々に全部片づける予定だったが、いろいろと話題になったせいでここまで遅れてしまったのだ。
それでも、普通ならこれほど多くの書類を書かなくてはいけないことは無いのだが。

「議長特権で無理に復隊して新型機を受領、おまけにジュール隊経由でミネルバ行きだからな……」

 複雑な行程にも程がある。手続きで色々苦労をすることになるのも仕方ないと言えるだろう。
……もっとももう一つ、気がかりなことがあって作業が遅れたというのもあるけれども。
それを思い出して再びため息を吐きながら最後の書類にサインを入たのとほぼ同時だった。

「アスラン、ちょっといいか?」
「ヴェステンフルスさんですか? 開いてますよ」
「……だからその呼び方はやめろって。あと敬語も。どっちも立場は同じだろうが」

 肩をすくめながら入ってきたのはハイネだった。
もっとも、デスクに積み上がっている書類を見るや否や冗談を飛ばしてきたが。

「さっそく勤務か? 小隊長は辛いねぇ」
「いや、もう終わってますし……それにハイネだって小隊長じゃないですか」

 正確に言うと、ハイネがレイとディアッカの指揮を、アスランがルナマリアとシン(今はいないが)の指揮を執るという形だ。
しかしハイネが反応したのはそこではなかった。

「お、やっとハイネって呼んでくれたか!」
「……あのですね」
「とまあ、前置きはともかくだ。とりあえす椅子借りるぞ」

 多少ハイネの態度に呆れつつあったアスランだったが、その表情が座った途端に急に引き締まったのを見てすぐに理解した。
本当に前置きは終わりのようだ、と。

「さて、オーブの例の事件。お前は何か知っていることがあるか?」

 ああ、やはりそのことか。
アスランはずっと気がかりだったそのことについて、思いを巡らせた。
オーブの例の事件について、セイランが発表した内容を要約するとこうなる。
「大西洋連合との同盟に反対する親コーディネイター派が、同盟を妨害するためアークエンジェルを使用してカガリ・ユラ・アスハを誘拐した」
……嘘っぱちもいいところだ、と思う。ラクス達がそんなことをするはずがない。するなら何らかの目的があるはずだ。
妨害するならもっと上手い手段でやるだろう……もっとも、そんな手段はアスランには思いつかなかったが。
一息ついてから、ハイネに顔を向けた。

「そうですね、とりあえず……ザフトはどこまで掴んでいるんですか?」
「残念ながら、セイランが発表した以上のことは掴んでいないな。歌姫がオーブの国家元首を誘拐した、ぐらいか」

 どうやら、ハイネの特技はとんでもないことをさらりと言うことらしい。
この言葉はつまり、ラクス達の動向をプラントが知っていたということを意味する。
……もっとも、そこまで知っているのならアスランも逆に話しやすい。

「はっきり言えば、俺もよく分からないんですよ。
 少なくとも最後に話した時、ラクス達にカガリを誘拐するなんて様子は欠片も無かった。
 サーペントテールを呼ぶみたいなことは言ってましたけど……」
「サーペントテールって、あの傭兵部隊か? なんでだ?」
「そうですね……確かセイランがカガリの命を狙っているって言う噂があるとか何とか……後は何も」
「……ふーん」

 そこまでアスランが言ったところで、ハイネは自分の額に指を当てて考え始めた。
アスランも話を一端止め、数秒の間だが沈黙が流れる。

「なぁ、危機が迫って守りきれなさそうだから一緒に国外に逃亡した……
 それをセイランが情報操作してるっていうのはあると思うか?」

 しばらくしてハイネが言ったのは、そんな言葉。
考えもしなかったことにアスランは多少意表を突かれたが、それでもすぐに答えを返す。

「あり得ない訳じゃないとは思います。
 ただ、そんな事をするよりまずセイランの尻尾を掴んで公表するとか、そういった手段を取るはずです」
「ということは、何らかの事情でそれが出来なくなれば」
「……逃げるかもしれませんね。やむを得ないながらも」

 大きくため息を吐くハイネ。大方の目星は付きかけてきたが、しかし……

「その何らかの事情って、思いつく節ある……訳無いよなぁ」
「……すみません」
「いや、責めてる訳じゃない。ここまで目星が付けば情報部も調べようがあるだろ。
 もっとも、セイランはそうそう尻尾を出してくれる相手じゃ無さそうだけどな」

 そう言って、ハイネは立ち上がった。一応の結論は出た、ということだろう。

「とりあえずディアッカの所にも行ってくる。お前以上に知ってることはないだろうけどな」
「あ、俺も行きましょうか?」
「いや、いい。それよりルナマリアの所にでも行ったらどうだ? まだろくに話してないんだろ」
「ええ、まあ色々忙しくて……」

 もっとも会おうとしたものの、毎回すれ違いで会えずに終わっているのだが。
それを知っているのかいないのか、ハイネはそのまま話を続けていく。

「とりあえずこれから指揮する相手なんだ、ちゃんと連携についてとか話しといた方がいい。
 敵が来てから決める訳にもいかないだろ? こっちとしても合わせる必要があるしな」
「そうですね。探してみます」
「オッケー、よろしく頼む。邪魔したな」

 ……ハイネにはそう言われたし、言ったものの。

「どこにいるんだ、彼女は?」

 自室にはいない……というか、今までも数回訪れたが全く会えなかった。そして、今回も。
もっとも、だからといって今まで他の場所を精力的に探してきたかというと、そうだとはとても言えない。
忙しかったのもあるが、何よりクルーに見かけられる度になんやかんやと騒がれてしまい、結果自室にこもって仕事をすることが多くなった。
それでも立場上ブリッジや格納庫へ行く機会はよくあったので、一回くらいは会えそうなものなのだが。

「そもそもあの戦闘の後で、通信か格納庫で話をしてもおかしくないはずだよな……」

 同じパイロットである以上、こうも会わないとさすがにおかしいと思う。実際ディアッカやレイとはもう挨拶を済ませたし、ハイネは言うまでもない。
行動パターン自体が違うのかも知れない、となると自分から積極的に探し回らなければ駄目かもな――
人一人捜すことくらいでそう生真面目に推測して、アスランは歩き出した。
とは言ってもあてもなく探すわけではなく、まず真っ先に向かったのはブリッジ。
タリア艦長に書類などを提出する必要があるし、そこにちょうど居ればそれで終わりだ。例え居なくても。

「え、お姉ちゃんの居場所ですか?」
「ああ、知ってるか?」

 聞けばいい。
ブリッジには通信士でかつ探す対象の妹という、聞くにはこれ以上なく好条件を持った人物がいる。
案の定、あっさり答えが出た。

「格納庫か、シュミレーションルームか、射撃場、後はトレーニングルーム……。
 そういった感じのとこで見かけたことあります。でもなんでですか?」
「いや、フォーメーションとかは早めに決めておいたほうがいいって言われてね。
 自室に行ってもいないときが多いし……」
「そう言えば私も最近顔合わせてないですね。そんなに訓練ばっかりするような性格だったかな……?
 あ、そうだ。飲みかけですけどこれお姉ちゃんに渡しといて下さい、差し入れってことで」

 そう言ってメイリンは脇に置いていたボトルを差し出したが、少しアスランは躊躇した。
別に使いっ走りのような事をさせられるのが嫌な訳ではなく、

「いいのか? オペレーターって結構喉が乾くって聞いたが?」
「別に大したことありませんよ、もう少しで休憩ですから。
 それに、昨日見た限りじゃ何か無理してるような感じなんですよね」
「うーん、連戦してるからじゃないのか?」
「まぁ無理はここのところずっとですけど……昨日は特に。
 もしかすると私より喉乾かしてるかもしれませんよ?」
「ああ、分かった。渡しておく」

 どこか心配げなメイリンの言葉。しかし冗談めかした口調もあって、アスランは追求しようとはしなかった。
ボトルを受け取って、言われた場所へ順番へ歩いていく。
ルナマリアが見つかったのは二番目に行った場所、シュミレーションルーム。
シュミレーターのシートに座っていたが、訓練をしているようには見えない。画面はついていないし、本人もぼんやりとしている。

「ルナマリア、いいか?」
「アスランさん? 訓練ですか?」
「いや、ちょっと挨拶に来た。今度から君の指揮を俺が執ることになったから。
 君の自室に行ってもなかなか会えなかったから、君の妹に場所を教えてもらったんだ」
「あ、すみません。最近よくこういう所にいて、自室空けてますから」
「……そんなに訓練ばかりして大丈夫なのか?」
「いえ、さっきみたいにぼんやりしてばかりですから……これじゃ意味無いですよね」

 冗談めかして喋るルナマリア。しかし、そこでアスランは気付いた。
ルナマリアの笑顔には、疲労が染みついている。どうやらメイリンは姉を本当によく見ていたらしい。
ぼんやりしてたんじゃなくて、途中で集中力が切れてしまうほど疲れてるんじゃないか……?
アスランはそう思わずにはいられない。もっとも、倒れていないだけましと言えるのだが。

「……とりあえず、無茶はよくないな。ほら、君の妹からの差し入れだ」
「もらっておきますけど……別に無理なんてしてませんよ?」
「傍目から見るとよく分かるさ」

 ボトルを受け取るルナマリアの表情には、嘘を吐いている様子は無い。少し機嫌を悪くした様子はあるが。
自覚無し、か。多少頭を悩ませながらも、アスランは口を開いた。着任早々で部下を過労死させるわけにはいかない。

「当分は控えた方がいい。ただでさえ君は宇宙から激戦続きなんだからな」
「そうですけど、みんなの足を引っ張ると悪いですし。
 私にはレイみたいな才能は有りませんし、ハイネさんやエルスマンさん、アスランさんみたいに戦い慣れてる訳でも……」
「まだ昔の評判を気にしてるのか? 今の君は相当上手くなってると思うぞ。
 アビスともほとんど互角だったじゃないか」
「互角じゃないですよ。とどめを刺したのは……」
「だが、そこまで追い込んだのは君だ。アビス一機と新型数機にかなりの数の機体が翻弄されたんだろ? それを君は止めた。
 今まで散々言ってきた連中を軽くあしらえるぐらいの腕はついたんじゃないか?
 少なくとも、君の活躍はインパルスの機体性能のおかげだ、なんて俺は言うつもりはないぞ」

 アスランのこの言葉は、ルナマリアは未だに昔の評判を気にしているからこうまで熱中するのだろうという考えからだ。
実際、本国やジュール隊で会った兵士の一部には「英雄があんな落ちこぼれと組むなんて」などと言う者も未だにいた。
もちろん、アスランは相手にしなかったが(もっとも、ジュール隊の兵士の場合はイザークに修正されていた)。
……しかし、ルナマリアはきっぱりと言い返した。

「そう言って頂けるのはありがたいですけど……私はもっと上達したいんです。
 もちろん、周りを見返したいって言うのはありますし、それに……」

 そこで、ルナマリアは言葉を切った。その先にある言葉を噛みしめるように。

――シンが無茶しなくても、怪我をしなくても済むように……私が上手くならないと。シンの代わりをできるくらいに。

「……それに?」
「な、なんでもないですよ。個人的なことです!」

 そう言うルナマリアの顔は赤い。ハイネやメイリンあたりだったらその先の言葉を一瞬で見抜いたに違いないが、
そういったことに鈍いアスランが気付く様子は無かった。もっとも、ルナマリア本人が自分の感情に気付いているかどうかも怪しいが。

「分かった。だが、他人の評判なんてそんな気にしなくていいと思うんだがな。議長は君の事認めていたし……」
「それでも、です。だいたい、英雄と呼ばれているアスランさんが言っても説得力ありませんよ」

 このままだと話は平行線だ。仕方ない。アスランはとっておきの手段を使うことにした。

「分かった。だったら、俺が君の訓練相手になる、っていうのはどうだ?
 その代わり、休憩とかもちゃんと取ってもらう。訓練するときはして、休むときは休む。こうした方が効率がいいだろう」

 そんなに訓練したいのなら、自分が相手をしてやればいい。幸い、仕事は一段落付いたのだから。そうすれば上手く理由を付けて休ませてやることもできる。
彼女にとっても拒否する理由はないはず――しかし、ルナマリアはアスランが予想していなかった言葉を出した。

「それはありがたいんですけど……シンから色々メニューとか教えて貰ってますから、それもやらせてもらえませんか?」
「……シンに指定されて訓練やってるのか?」
「教えてもらったのはやり方だけです。一緒に訓練してたので。
 シンが倒れちゃったので、今は自分でスケジュールを決めてるんですけど」
「メモとかしてるか? 見たいんだが」
「あ、はい。見ながらやってるので……まぁ、シンがアカデミー時代に書いたものらしいんですけど」

 そういってルナマリアが渡したのは、メモ――いや、ファイル。
アスランが開いてみると、確かにそこには様々な訓練に置ける留意事項などが書いてある。
その内容はアスランでさえ感嘆せざるを得ないもので、アスランも気付いていなかった点さえあった。
このような訓練を自主的にアカデミー時代から続けているのなら、シンがインパルスのパイロットに選ばれるのも当然だ。しかし……

(こんな訓練をちゃんとしたスケジュールも組まずに続けたら、間違いなく倒れるぞ……)

 かなり密度の高い訓練だが、それゆえに疲れもかなり蓄積するのだ。
少なくとも、アスランはちゃんとした休憩無しで行う気にはなれないし、意味がないと思う。
――まったく、下手をするとシンにも言って聞かせる必要があるな。今まではそれでよくても、今は怪我をしているんだし。
着任早々部下二人が過労死しかけていたかもしれないことに頭を痛めながらも、アスランはファイルを閉じた。

「分かった。これを元に君用の訓練メニューを作ってやるから、今日は休め。命令だ」
「それはありがたい、んですけど……」
「守れないなら、訓練の相手はしないぞ」
「……分かりました」

 どこか納得していない様子でルナマリアはシュミレーションルームを出ていく。
その背中に、アスランは一言追加した。

「あと、部屋での自主訓練も今日は禁止だ」

 それだけ言って、アスランは再びファイルに目を移した。
正直、この本の内容を実行しながらもルナマリアが納得できる量のトレーニングを行う、というのはかなり難しいだろう。
彼女がオーバーワークの危険性に気付くのが一番いいのだが……
フォーメーションより先に考えなくてはいけないことができてしまった。

「……まったく。周囲を見返したいだけで何でここまでやるんだ?
 ミネルバクルーの殆どは評価を改めてると思うんだけどな……」

 アスランがもう一つの理由に気付くことは、当分無さそうである。

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