Lnamaria-IF_523第29話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 12:29:27

あ、アズラエルさんだ。
私が休憩室で休んでいると、アズラエルさんは私を見つけてこっちに歩いてきた。
「やあ。ルナマリアさん。今回はギガフロートの奪回ご苦労様でしたね」
「いえ。占拠していたのはジャンク屋だったんですね。ザフトと戦うより、よっぽど楽でしたよ」
「まぁ、彼らも被害者と言えば言えますか。今回はね、見事に裏切られましたよ。マルキオに。」
「私、ジャンク屋、嫌いなんですよね」
「おや。どうしてですか?」
「奴らを見てると、ヘリオポリスに居た時のごみ回収業者のジジイを思い出すんです。あ、ごめんなさい、ジジイなんて言葉使って」
「ははは」
アズラエルさんは、気にした様子もなく、愉快そうに笑った。
「いや、かまいませんよ。僕が小さい頃、ガキ大将の女の子がいましてね。彼女を思い出して懐かしい気持ちになりました。それで?」
「私がマンションの表に停めて置いた自転車を勝手に持って行こうとしたんですよ? 鍵二つも付けてたのに。それを、廃品だと思ったと言い張って返そうとしないから、結局警察沙汰になっちゃった」
「それはとんだ目に遭いましたねぇ。……確かに、悪質なジャンク屋も多いですよ。海賊と兼職してるような、ね。そこまで行かなくても意地汚いジャンク屋は多いですねぇ」
「ジャンク屋って、ううん、ジャンク屋を自称して、見つけた物をジャンクと見なせば物が手に入っちゃうんですよね? なんでそんな強い権利持ってるんですか?」
「痛い所を突かれましたねぇ。まぁ、ニュートロンジャマーのおかげでエネルギー不足になりましたからね。リサイクルできる物はできるだけリサイクルしなくちゃならなくなったんですよ。そこをマルキオを始めとした所謂有識者にうまく突かれて、大層な権利を認める事になってしまったんですよ。元々は彼らはスペースデブリ化した宇宙機器等が本来の取扱品目であったりしたんですけどね。戦争が始まって荒稼ぎをしようとする者も増えましたね。すみませんねぇ、地球連合がもっと力があれば……」
「そんな……アズラエルさんは頑張ってるじゃないですか」
「はは。そう言ってくれると助かります。まぁ、質の悪いジャンク屋が蔓延るのも今の内ですよ。戦争が終われば、当然軍隊を治安回復に投入できますしね。現在のジャンク屋の権利を取り上げて登録制にして、本来のスペースデブリの掃除屋に戻していこうと考えていますよ」
「早く、戦争が終わればいいですね。みんな、話してるんですよ。戦争が終わればああしようこうしようって」
「そうですね。頑張りましょう! お互いに」
「はい!」




オーブ行政府での会議の休憩中――
テレビではビクトリア奪還の特別報道番組が流されている。
スクリーンではザフトの捕虜の様子が流されていた。
画面が変わる。
あちこちで地面が掘り起こされている。見えてくるのは、早くも白骨化した部分を見せる、地球軍の軍服を身に着けた、遺体、また遺体。
ここで、過日のザフトのビクトリア基地奪取の際の地球軍兵虐殺の事実を重々しい口調でキャスターが伝える。
ザフトのまだ若い捕虜が、自らの行いを告白し涙ながらに悔いている様子が流される。
キャスターがあらためて虐殺された地球軍兵の冥福を祈る。
――再び画面が変わる。
一転してレポーターの明るい声が響く。
ビクトリア奪回で活躍した兵士が紹介されてゆく。
そしてカメラは黒い長髪の男性を映し出す。
『次にご紹介しましょう! オーブから馳せ参じた勇士、ロンド・ギナ・サハクさんです!』
ギナはにこやかにレポーターの質問に答えている。
「ふん、いい気なものだ。サハク家が勝手にモビルスーツを開発していたおかげでえらい損をした。アズラエルとやりあうのは、なかなか楽なものではなかったのだぞ?」
ウズミが愚痴る。
「いいではないか。どうせいずれはわが国でもモビルスーツを開発しなければならなかったのだ。金で時間を買ったと思えばよかろう」
しれっとした顔でお茶を啜りながらコトーが応じる。
「……まぁ、地球軍に対してオーブの貢献をそれとなく主張できて、よかったと前向きに思うべきでしょう。兄者も、お茶をもう一杯どうかな」
ホムラが代表首長席からウズミに声をかける。
「ああ、もらおうか」
ホムラは立ち上がって自分の前に置かれたヤカンを持ち、給湯室へ行くと古いお茶葉を捨て大雑把に新しいお茶の葉を入れ湯を注ぎ、しばらく待ち、ウズミの茶碗に注いだ。なにしろ機密保持のため雑用も自分達でやらなければいけないのだ。
コトーがそのヤカンを取ると、自らの茶碗にお茶を注ぐ。そして隣の席へまわす。
「そう言えば、カガリ嬢とユウナ君、最近仲がよろしいようですな」
カガリとユウナは、本日一緒に軍の視察に行っている。
「若い者が仲いい事は善き事ですな」
ホムラが応じる。
「ユウナ君も、昔に比べるとずいぶん頼もしくなって来た様だ。国難がそうさせたのでしょうかな」
ウズミも応じる。
「いやぁ。この間のカガリ嬢の演説には感心しました。防衛戦が終わってからの国民への演説にも。それに比べればユウナはまだまだです。しっかり鍛えてくだされ」
まんざらでもない顔でウナトが答える。
……退室していた者達もおいおい帰って来た。また長い会議が始まる。




マスドライバーを3つ確保した事により、地球軍では一気に宇宙へとの機運が高まった。だが、アズラエルはカーペンタリア攻撃にこだわりを見せる。
「別に、攻略できなくてもいいんですよ。とにかく、パナマとオーブに現れたザフトの新型機が気になるんですよ。カーペンタリアに一当たりして、奴らが出てこなければ、包囲の輪を締め付けるに留めましょう」
「もし、出てくればどうしましょうか?」
「決まってるじゃないですか。捕獲なり、撃破して残骸を分析するなり、するんですよ」




ギガフロートを奪還した私達アークエンジェル隊は、自分達の訓練の他に、次々に送られてくる新設モビルスーツ隊の訓練にと忙しい日々を送っていた。
そんなある日、私達を訪ねて来た人がいた。
「やあ、アークエンジェル隊の諸君、元気かい?」
「あ、はい」
広報の人は、後ろに包帯を巻いた男の人を連れていた。
「この人は軍事ジャーナリストだそうでね。ちょっと取材に協力してくれんか?」
「ええ、いいですよ」
男の人は、笑顔で私達に握手を求めて来た。
「怪我、さなったんですか? 大丈夫ですか?」
「ああ。ザフトがオーブを攻めて来た時に、へまこいちゃってね。ありがとう」
彼はにっこり笑う。
「僕はジェス・リブルだ。よろしく! ようやく正式に取材できて嬉しいよ」
ジェス・リブル? なんか聞き覚えがあるような……?
――あ! 体が震える。サンディエゴのレストランで投げつけられた罵倒の言葉が蘇る。
「どうした?」
トールが心配そうに聞いてくる。
「あ……さ、サンディエゴの……」
それだけ言うのが精一杯だった。
「あ、ひょっとして、カリフォルニア日報の記事を見てくれたのか? 奇遇だなぁ。君達が地方紙のちょうどあの日の記事を読んでいてくれたなんて! すごい偶然だ!」
私の様子に気づかぬ様子でジェス・リブルが近づいてくる。
「……や……来ないで!」
必死で彼の手を振り払う。
「この野郎!」
鈍い音がすると彼がよろめく。


眼鏡をかけた黒人の少年から突然殴られて、ジェス・リブルはよろめいた。
なんだ!? いきなり過ぎて、訳がわからない。
「お前が、あの記事を書いた奴か!」
「え?」
「お前がルナの事をコーディネイターだって写真入りで、でかでかと書いてくれたおかげで、ルナがどんな目にあったと思ってるんだ!?」
「え? だって、真実だろ?」
「真実!? 真実がなによりも尊いとでも思ってるのか! 教えてやる! ルナがどんな目にあったのか! ルナは、サンディエゴの町であの記事を見た奴から、『コーディーの糞女』と罵られたんだぞ!」
なんだって!?
「俺は……俺は、ナチュラルとコーディネイターが協力してるのが嬉しくて……」
「それにしても、記事を書く時には、本人に了解を取ってからにすべきだったな。ルナマリアは、コーディネイターと言う事を隠している訳じゃないが、おおっぴらに触れ回っている訳じゃない」
落ち着いた感じの青年が出て来て、眼鏡の少年の肩に手を置き、彼を静めるように数回叩いた。
「……その通りだ。 それに、盗撮みたいな真似しやがって」
「あ、あれは……俺は無名だから、基地の広報に申し込んでも許可が出なくてしかたなく……」
ジェスの言葉は、次第に小さくなって、消えた。
「……」
沈黙が、痛い。勇気を振り絞ってジェスは言葉を紡ぐ。
「で、でも! 今のままじゃいけないんだ! このままじゃナチュラルとコーディネイターの溝は埋まらない! 積極的に真実を報道してこそ溝は埋まる! きっとナチュラルとコーディネイターが手を取り合って笑える日が来る!」
「また真実かよ! ルナの顔見て何も思わないのかよ! ルナは今泣いているんだ! あんたのしてる事はただのパパラッチだ! パパラッチはパパラッチらしく芸能人でも追っかけてろよ!」
「――!」
ジェスは、今度こそ言葉を失った。
「行こうぜ」
アークエンジェル隊の皆が立ち去っていく。ジェスは一人取り残された。
「真実、か……」
ルナマリアの泣き顔が脳裏に浮かぶ。真実であろうと、弱者を傷つける報道になんの意味があるのか――
自分が今まで夢中で追いかけてきた『真実』が急に色褪せて感じられた。


翌日、広報センターに顔を出したジェスは思わぬ人物の訪問を受けた。
「こ、これはルナマリアさん! どうしたんです?」
「ちょっと……」
「とりあえず、あそこに座りましょう」
「では……」
部屋の窓際に置いてあるテーブルに向かい合って腰を下ろす。
「……」
「……」
沈黙が続く。ジェスは耐え切れなくなって口を開く。
「――申し訳なかった! 考え無しに記事にしてしまって。君を傷つけてしまった。すまない」
頭を下げ一気にしゃべった。ジェスは昨日から抱えてきた重い荷物を降ろせた気がした。
「ぁ……」
「俺は、報道する事でどんな事が起こるのか、それを考えなかった。考えて来なかった。単に自分の興味が向くままに真実って奴を追いかけて来た。記事にして来た。これじゃあ、確かにそこらのカメラ小僧と変わらない。パパラッチと言われても無理はない」
「ぁ、ありがとうございます……私は、私、ジェスさんの言う事にも肯ける所があるって言いたくて。ジェスさんの言う通り、真実を知らせる事は、大切だと思います。私、コーディネイターって事知られたおかげで、そんな事関係無いって言ってくれる大切な友達も出来て。……でも、私は弱いから、コーディネイターって事隠さないのが精一杯……」
ルナマリアはうつむいた。
ジェスは釣られて彼女の視線の先を見る。そこにあるのは、傷だらけの手首――思わず息を呑む。
それに気づいたらしく、彼女は照れたように笑った。
「えへ。学校で、コーディネイターだっていじめられてた時に……自傷です。でも今は少しは強くなれたから、大丈夫」
ジェスの罪悪感がますます強くなる。
「いつか……ナチュラルもコーディネイターも関係なくなる日が来ますよね」
「ああ。ああ、きっといつか……」
「じゃあ、私そろそろ行かなきゃ。ジェスさん、世の中が良くなるような報道、頑張ってください。私も頑張るから」
ルナマリアはそう言うと、立ち上がってぺこりとお辞儀をして広報センターを出て行った。
ジェスは思った。今までは真実をそのまま伝えるのが最上と信じていた――だが違った。間違えていた。
間違えていたなら、直せばいい。
ジャーナリズムの基本は伝えることではなく弱者の訴えを代弁する事――大昔そんな主張をしていたジャーナリストがいたな、とジェスは思う。確か今の東アジア共和国ニホン地区の……誰だっけ?
そうだ。弱い者を力づけられるような報道をしよう。傷ついた者が癒されるような報道をしよう。ジェスは心に誓う。
ジェス・リブルの新たな出発だった。




宇宙――
ロウ・ギュール一行はギガフロート建設の仕事を果たし、宇宙へ上がっていた。
新しく手に入れたホーム――リ・ホームと名づけられた生活の本拠地。それは元が地球軍のコーネリアス級だ。以前のホームより格段に良くなっている。
「なぁ、マルキオ導師が指名手配されたって、ギガフロートが地球軍に接収されたってほんとかなぁ」
ロウがプロフェッサーにぼやく。
「残念ながら事実よ。それは」
「そうか。地球軍の野郎、汚い真似しやがって!」
「……それはどうかしら」
冷たいとも言えるような声でプロフェッサーが言う。
「え?」
「連合がギガフロート建設に莫大な出資をしていたのはどうやら事実みたいよ。連合がマスドライバーを作るためにマルキオ導師を利用したのか、マルキオ導師が民間用のマスドライバーを作るために連合を利用したのか……それは私達外野の者じゃわからないわ。確かなのは、ギガフロートは連合の物になり、マルキオ導師は連合から指名手配されてしまったと言う事だけ」
「……俺達ゃどうすりゃいいんだ?」
「幸い私達にはオーブに強いコネがあるわ。連合は、協力的なジャンク屋にはマスダライバー使用を融通してくれるとも言っているしね。オーブに身元保証してもらえれば、ビクトリア、カグヤ、ギガフロートの3つのマスドライバーを使えるようになって今までより便利になるかも」
「今までどおりでいいって事ですね」
リーアムがほっとしたようにため息をついた。
みんなの気が緩んだその時、アラートが響いた。
「あ、これは! 救難信号です」
「なんだって?」
「距離約2000、グリーン262、34マーク9ブラボーの地点です」
「ようし、行くかぁ! その船が壊れていたら商売になるしな! リ・ホーム全速前進!」






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