Lnamaria-IF_523第49話

Last-modified: 2008-04-11 (金) 17:53:27

終戦協定が結ばれた後、ヤキン・ドゥーエ近辺は地球軍、ザフト共同で戦傷者の救助、捜索でごった返した。
それが一段落着いたのは、モビルスーツ内の酸素が切れると考えられた10日後である。
少数の捜索部隊を残し、双方撤退を始めた。
地球軍は、主力基地だったプトレマイオス基地がジェネシスの攻撃により壊滅していたため、ダイダロス基地へと損害を負った艦から撤収を始めた。


「よく……席が取れたな」
「アズラエル理事が、口を利いたと言う事です」
基地施設がプトレマイオス基地に比べ小さいダイダロス基地。そこのあるレストランでアークエンジェル、ドニミニオンの生き残った乗員による宴会が始まっていた。
「恨まれやしないかな? よその奴らに」
「大丈夫でしょう。アズラエル理事は、ここの基地の、停戦から2ヶ月の間の酒保の払いは全て自分に回せと言っておられますから。ヤキン・ドゥーエ攻略戦に参加した者でそれにありつけない者は、まずいないでしょう」
「そいつは……なんとも豪気だな」
フラガはぐいっとグラスをあおった。
ナタルも自分のグラスをくいっと傾ける。
「まぁ、こうして集まるのも最後だろうからな」
「……そうでしょうね」
「殊にアークエンジェルは沈められちまったからなぁ。みんな、ばらばらになるな」
ナタルはちらっと手の付けられていないグラスを見る。……マリューの分だ。レストランの席の方々にそんなグラスが置いてある。
「暗くなんなよ。今日は飲んで騒いでってのが一番の供養だぜ」
「……はい」
ナタルは、ごくっと喉を鳴らす。
「そう言えば、ヘリオポリス組は全員無事だったようですね。よかった……」
「ああ。奴らは俺達が戦争に巻き込んだようなものだったからなぁ。本当に、無事に戦争切り抜けてほっとした」
「ホーク中尉は? 来ていないようですが」
「ああ、彼女はなぁ……ドミニオンの不良連中とも親しかったようだし、その死を目の前で見ちまってる。気力が出ない状態らしい。おそらく、軍を辞めるだろうな」
「他のヘリオポリス組は、退役は?」
「ああ、するそうだ。だが、世の中がもう少し落ち着くまで軍に残ると言ってくれているよ」
「こちらのパイロット達は、元から正規軍人ですし、残るそうです。……ああ、一人だけ、辞めたいとぼやいているのがおりますが」
ふふっと笑うと、ナタルはグラスをお代わりする。
「そうか。こっちの残りは……」
フラガはスウェン達を指し示す。
「わからんそうだ。どうもブルーコスモスの養護施設で育てられたらしくてね。しがらみがあるらしい」
「好きな道を選べると良いですね、彼らも」
「ああ。ひとまず戦争も終わって、世の中もちったぁ落ち着く。軍も縮小するだろう。やりたい事がある奴は、これを機会に辞めちまえばいい」
「中佐は……どうされますか?」
ナタルはごくごくっと新しく出されたグラスの中身を飲む。
「俺か? 俺は、やりたい事もないし、軍に残るわ」
「そうですか……」
ナタルはほっとしたようにため息をつくと、グラスを飲み干す。
「おい、ペースが早いなぁ。酒、苦手なんじゃなかったか?」
「私は……小さい頃から、軍人になる事しか考えて来ませんでした」
「ん? やりたい事でも見つかったか?」
「……いいえ。戦争が終わっても、軍人で無い自分が想像できないのです」
「なら、続けりゃいいじゃないか」
「性格も……固いし。酒の力を借りないと言いたい事も言えない……」
「なんだ? 言えよ。吐き出したい事があれば、ぱーっとさぁ」
フラガはナタルに新しいグラスを渡してやった。
そのグラスを両手で抱え込み、目をぎゅっとつぶり、声を搾り出すようにしてナタルは言った。
「…………あなたが好きです。あなたが好きです。あなたが好きです……」
「え!?」
「あなたが、好きです……ずっと前から……」
「バジルール少佐……」
正直言えば、フラガはナタルの好意の篭った視線に気づいていた。だが、戦争中でいつ死ぬかわからないと言う事が、恋人を作る事にブレーキをかけていた。しかし、もういいのだとフラガは自覚した。
「私を……嫌いですか?」
震える声。
嫌いなんて、言えるわけ無いじゃないか。
「じゃあ、付き合ってみるか? 俺の方が愛想付かされるかもしれないけど」
「……そんな事……ありま……せん……」
「ん? おい?」
いつの間にか、ナタルはフラガの肩に頭をもたれかけ、幸せそうに寝息を立てていた。
フラガは微笑むと、ナタルの身体に上着をかけた。




「そう!? 無事なのね? お姉様も、サイも」
「ああ、無事だとも」
父ジョージの返事に、フレイは、ほぅっと安堵の溜め息をついた。
「……結局、プラントは理事国の手に戻るのよね?」
「ああ、そうなるだろうな」
「たったそれだけなのね。考えてみると」
フレイは微かに笑った。
たったそれだけ。その結果に辿り着くのに人類は2年の歳月と10億を超える人命が必要だったのだ。
もし。
もし、コーディネイターが生まれなければ。もし、ジョージ・グレンの告白が無ければ。もし、S2インフルエンザが流行しなければ。もし、理事国がプラントに違う対応をしていたら。もし交渉団がテロに遭わなければ。
いくつもの、『もし』が胸を過ぎる。
もし、そのいくつかが実現していれば、人類は躓かずに歩いていたのだろうか。
そうかも知れない。しかし。
フレイはその想念に浸るのを止めた。それらは忘れてはならない。考え続けられなくてはならない。だが、そう。浸り続けてはいけない。歩き出さなくてはならない。
何かのせいにして思考停止してしまえば、人生はそれをした者に対して必ず復讐するのだ。
フレイは、もう、自分が居心地の良かった生暖かい幼い日々には佇んでいられない事を自覚していた。




――一ヶ月後――極東・日本地区。
「頼みますよ、ミスター・アスハ」
「しかしなあ、そうは言っても、アズラエル殿、我が国は独立志向でして。大洋州連合に加わると言うのは、どうも……」
ここは戦前よりユーラシア連邦・東アジア共和国からの独立を望む声が大きく。無視できない動きになっていた。
一旦はその動きを抑えようとした両国であったが、日系人の多く居住するオーブ、そして極東への勢力拡大を図る大西洋連邦は独立勢力を支持。ついに、暮里宮家の悠仁様を天皇として元首に推戴、北方領土を含む旧日本領に台湾を加えた日本皇国が成立したのである。
――その日本皇国の首都と定められた京都の、とある邸宅で、日本皇国成立の祝賀に訪れたウズミとアズラエルの二人が会談を行っていた。どうやらアズラエルが何か頼み込んでいるようで、ウズミは気が進まない様子で受け流している。
「オーブの権利は現在と変わりませんよ! むしろ権限が拡大されるんですよ? オセアニア全域に!」
「そして、負担も増えると……」
ウズミから色よい返事がもらえないのでアズラエルは攻める方向を変えた。
「……オーブは戦勝国です。戦勝国には、それなりの責任、と言う物があるでしょう?」
「そんなに大洋州が信用できませんか? 一応地球連合の肝煎りでしょうが。新政権は?」
「その閣僚が、さっそく暴力的環境保護団体に我が国の捕鯨船の情報を流してたんですよ? 信用できますか!?」
――北アメリカではエイプリルフール・クライシス後のエネルギー・食糧不足により、トウモロコシ等の穀物の食料・バイオ燃料への需要が増大。それに伴い畜産が縮小。大西洋連邦は食料・エネルギー獲得を目的として正式に捕鯨を再開していた。
対して大洋州――主としてオーストラリア・ニュージーランドでは、北アメリカに比べ飼料の多くを牧草に頼っている比率が高い事もあり畜産がさほどダメージも受けず、さらにエイプリルフール・クライシス後の早期のプラントからの援助によってエネルギー面でも余裕があった。故に相変わらず、もはや宗教と化した観もある反捕鯨団体が活発に活動していた。
それはヤキン・ドゥーエ戦役により反地球連合運動と合流・一体化し。
そしてついに……大西洋連邦の捕鯨船が暴力的反捕鯨団体の船に撃沈されると言う事件が起こってしまったのだ。
――まぁ、そろそろごねるのもおしまいにするか……あまり困らせて大西洋連邦との仲が拗れるのも困る。
ウズミはアズラエルに頷いた。
「いいでしょう。しかし、閣僚の少なくとも過半数はオーブの望む人物を指名させていただきたい。それからカーペンタリアには地球軍の駐留を……」
「もちろんです。そのぐらいしなきゃ大洋州の手綱は握れないでしょうからね。パラオ等協力的な国もありますし、どうかよろしくお願いしますよ!」
アズラエルが喜色満面で手を握ってくる。
「ははは……」
ウズミはこれからの苦労を思って苦笑いをした。




戦争が終わり、軍縮が始まる――
それは彼等にとっても無関係ではなかった。と言うより、彼らの場合はアズラエルが、自由にさせてやろうと思った事の方が大きいだろう。
「いまさら軍追い出されてもねぇ、どうしろっていうのよ。まぁお金はそれなりに貯まってるけどさ」
「ああ、ミューディーの言う通りだ。好きとは言えハスラーやるほどの腕はないしなぁ。傭兵にでもなるかなぁ。東アジアやユーラシアは独立運動とか、色々ごたごたしてるみたいだし――実は、ブールコスモス関連の民間軍事会社からスカウトが来てるんだ」
「あ、あたしのとこにも来てるよー!」
「スウェンはどうするんだ?」
「俺か? 俺の所にもスカウトは来てるが……」
スウェンはちょっと照れくさそうに微笑んだ。
「航空宇宙大学に行って、宇宙を勉強しようと思ってる」
「そっかー。スウェンって前から宇宙好きだものねぇ。……決めた! あたしも大学行く!」
「そんなに簡単に決めちゃうのかよ」
「小人閑居して不善を為すって先生が言ってた。あたしみたいな小人は暇つぶしに大学行きまーす」
「そっか。俺も行くかな」
「シャムスこそ簡単に決めちゃって」
「まぁ、学を身に着けておいて損はないからな。宇宙、面白かったしな。……俺達、今までずっと軍事の事しか習って来なかったろ。他の景色も見てみたい」
「やったー! これからもみんな一緒ね! 嬉しー!」




「本当に辞めるのかね?」
「ええ」
さばさばした声でエドモンド・デュクロは答えた。
「翻意は出来ないかね? 上層部も君を高く買っている。この軍縮の折だからこそ、君のような人材は貴重だ。寝ていても少将にはなれるぞ? 起きていれば大将だ」
デュクロは上を指差した。無論、この部屋の天井を意味した物ではない。
「宇宙(そら)への希求――昔からの夢でしてね」
「なんとも『ライトスタッフ』的だな」
デュクロの前に座っている男が笑う。
「DSSDだったな、新たな勤め先は」
「はい」
「非常に残念だが、無理に引き止めるのも、あれだ。では、貴官の未来に神の御加護があらん事を――」
退役の手続きを終え、建物を出ると甥のソルが待っていた。
「おう、無事にお勤め終了だ」
「おじさん、今までご苦労様でした!」
「ああ」
デュクロは青空を振り仰ぐ。
もうすぐだ。もうすぐそこに行ってやる……




モーガン・シュバリエは戦後、大西洋連邦に訓練交換士官と言うあやふやな身分から、正式にユーラシア軍に戻った。
モーガンの祖国フランスは戦争中の厄介者扱いを一変させた。モーガンを中佐に二階級特進させ、さらにレジオン・ド=ヌール勲章『シュヴァリエ』を授けた。
フランス上層部は軍縮に伴う士気低下と言う、どうしようもない現象に侵されつつある軍の士気高揚を期待したのだ。
モーガンはその期待に見事に答えた。
その後起こった、ユーラシア連邦からの欧州連合独立戦役においてフランス共和国軍モビルスーツ部隊が示し続けた高い士気は、彼が苦心して維持した物であると評価されている。




「ああ、もうっ! 次は!? 5千人? はいはいっ」
マティスが「イレギュラー」と名づけた、『一族』に不利益をもたらすと判断された者達のリストは、すでに六桁をゆうに突破していた。各地の『一族』から報告されてくる「イレギュラー」の数はなおも加速度的に増加しつつある。
もうこうなっては、ほとんど意味も無いような代物と化していたが、マティスは意地になってリスト作成を続けてきた。
だが、もうその気力も途切れようとしている。
「……なんで、私の代になってからこんなに問題が起こるのよ! こんなの絶対おかしいわよ!」
自分の代から始めた「イレギュラー」のリストアップ。連合とプラントとの戦乱がひとまず終結し、世情が治まるにつれ報告の数は増して来た。
それは当然だろうが、その数。明らかに、おかしかった。歴代の党首がまともに対応していたならばもっと少なくていいのではないのか? 少なくとも前党首の時代になんとかされていなければならない年齢の者達は……
――もっとも人類を『一族』が導いてきた、と言う話が真実と言う前提に立てば、の話だが。
最近マティスは幼い頃から教えられて来たその事実を疑い始めていた。
ふと、マティスは姉を……マティルダを思い出した。
ふと、姉と語り合いたくなった。
姉なんて呼ぶと怒るかな? ……姉なら……うまくやれたのだろうか?
今のマティスにはそうは思えなかった。人類を、一部の者達が管理運営するなど、幻想ではないのか? 人類は『一族』が管理してきたと自分が教えられてきた事は、『一族』の夢想……妄想だったのでは?
そう思うと全てが虚しくなる。
今まで覚えた全部デタラメだったら面白い? そんな気持ちわかりたくも無いわよ!
頭に浮かんできた何かの歌の歌詞に文句をつける。
「……結婚したい」
最近の口癖がつい口を付いて出た。
「普通の女性の幸せが欲しい! どこかに私を受け止めてくれる人がいないもんかしら!?」
ストレスが閾値に達したのか、とうとう、マティスは「イレギュラー」リストをデリートしてしまった。
そのままモニターを睨み続ける……と、意を決したように、評判のいい結婚紹介所の検索を始めた。






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