Lyrical DESTINY StS_第27話

Last-modified: 2008-11-30 (日) 20:22:40

コーディネイターという種族を否定されても、明確に自分を否定されたことがなかった。
だから、哲学的にそんなことを考えたこともなかった。
否定される苦しみ。
それを考え出したのは自分が否定される苦しみを知る人物を俺は一人知っていたから。
自分を否定され続ける彼に、俺は何もしてやれない。
だから、自分の道を行く。
それが、何になるかなんてわからない。
でも、進むこともやめたら、俺が俺じゃなくなるから。
それだけは・・・俺の中にある信念のためにも。

 

魔道士セダン・レクサスの死は、俺にとってとても意外なものだった。
なぜなら、俺の魔法の師匠でもあり、俺達をこの世界に導いてくれた人だったから。
人間は、自分より秀でた部分を持つ人を崇拝したとき、その人を人間と考えるのをやめる癖みたいなものがある。
俺もそうだった。
あの人は、まだ自分が到達することのできない領域に立っているのだと、考えていた。
だが、あの人は人間で、あっさりと空から墜ちた。
“赤い翼”事件の発端。
最初の犠牲者たちの中に、この人の名前はあった。
セダン・レクサス二階級特進一等空佐。縁あって、知り合った異邦人。
あの人と過ごした日々に、無駄な時間はなかったと思う。
最初のうちはなれない魔法訓練につきっきりで付き合ってくれて、慣れてきたら
今度はデバイス制作をするために、技術部に顔を利かせてくれた。
人望も厚く、人当たりがいい・・・それでいて、こなす任務はすべてそつがない。
優秀だった。そして、優しい人だった。
彼には婚約者がいたらしいのだが、その人もまた彼と同じ部隊に所属していたらしく、殉職したらしい。
もちろん、葬式には出た。
彼の両親や友人、果ては上官までもが参列した豪勢な葬式。
当然、俺達CE・・・第72管理外世界出身者も参列した。
ほとんどの者が涙するか、気難しい顔をしている。

 

それからあえなくして、シン・アスカに“赤い翼”という名称が与えられた。
そして、彼にはすでに罰も用意されており、虚数空間への封印処理が決定した。
だが、事態はそんなに簡単ではない。なくなっているのだ。

 

─数年前─

 

「シン!!」
キラとアスランはコンビとなって発見されたシンと対峙していた。
駆け付けた時、すでにその場は血に染まり、その中心にいるシンもまた返り血で赤く染まっていた。
「アス、ラン?」
虚ろな瞳で見つめられた時、背中に何か嫌なものを感じずにはいられなかった。
それが悪寒だと気づいた時、彼はアロンダイトを片手にそれを突き出していた。
「アスラン!!」
絶対回避不可能かと思ったが、そこはキラに救われた。
だが、シンのアロンダイトは右頬を掠めており、それだけで彼の攻撃が殺傷設定だとわかる。
「・・・シン、お前!」
「もう、いい。全部壊す」
彼は無防備ながらに、そんな事を言った。
その時点で投降の意思なし、危険人物だということは彼を知らぬものなら誰しもが考え、そう言っただろう。
だが、俺たちは・・・あくまで説得を試みた。
結果は・・・失敗。最悪の結果となった。

 

キラは撃墜され、俺もまた戦闘不能に陥った・・・だが、それでもあいつは止めを刺しては行かなかった。
俺は止められなかった・・・あいつが飛び去っていくことを。
だが、シンは一瞬振り向いて、何かを呟いてから、その場を去った。
「・・・シン」
少しだけ、心が軋んだ気がした。
その時、シンが言った一言・・・それは。
“早く、俺を・・・”
その先は、聞き取れなかったが、察しはできた。
あいつは・・・シンは、俺達に殺してほしいんだということ。
他の誰でもない、俺達に殺してほしい・・・そうしてくれないのなら、殺す。
そう言うことなのだろう。

 

そうして、俺達の戦いは再び始ってしまった。
元の世界と同じように敵同士、として。

 

─Eポイント─

 

キラがフルドライブと唱える少し前。
そんな少し前のことを思い出しながらも、アスランは意識を再び手に取った。
現在、アスランは“ガジェットⅤ型”の右腕に首を掴まれ、ぶら下がっている状態だった。
「ふっ・・・機械にここまでやられるだなんて、な」
やられて、すでに崖っぷちなのにも関らず、アスランは不敵に笑っていた。
当然、アスランのそれを感じることのないガジェットはそのまま止めを刺そうとしているのか、胸部魔力砲を展開した。
エネルギーがチャージされ、発射まであと3秒とかからないだろう。
「・・・キラ、お前も苦労してるんだろうな」
キラが戦っているであろう方向を向いて、アスランはため息をつく。
そして、目を閉じ・・・見開く。
「だけど、諦めてないんだろう!?なら、俺も諦めるものか!!」
アスランは手の甲に魔力刃を集中させ、自分の首元を掴んでいるガジェットの右腕を切り裂く。
切り裂いた場所からすぐに負荷がかかったのだろう、ガジェットの右腕は爆発。
被害を抑えるためにガジェットは自動で右腕を切り離していた。
その隙を、アスランは見逃さない。
切り離すことにコンピューターが集中したのだろう、チャージした胸部魔力砲が留守になっている。
そこに、アスランはライフルで魔力弾を数発撃ちこむ。
それにより、エネルギーは暴発・・・一気に逃げ場を失った魔力はガジェットを内部から破壊した。
ヘッドパーツがはじけ飛び、胸部から煙を上げ・・・“ガジェットⅤ型”は落下していった
「はぁ、はぁ、はぁ・・・くっ」
アスランは息を切らせ、切れている傷の痛みに顔を歪めた。
「こいつらが、量産されていたら、と・・・思うと、ぞっとするな」
墜ちていく“ガジェットⅤ型”を見つめ、その煙にむせそうになりながらもアスランはそんなことを呟いた。
「あぐっ・・・くっ!ダメージを、受けすぎた!!」
アスランは左肩に大きな傷を負っており、すでに腕が上がらない状態にあった。
仕方なく彼は地上に降り、ガジェットの墜落によってできたクレーター部分のすぐ近くの廃屋の壁にもたれかかった。

 

「あぁ・・・赤い、な」
流れる血を見つめて、アスランはそう呟く。
思えば、自分の血というものをあまり見たことがないかもしれない、となぜか考えた。
いつも、他人の血を見ることはあっても、自分の血を見ることなんて・・・。
そう考えて、ふと見た記憶が呼び覚まされた。
「ああ、父上に撃たれて・・・血を見たことがあったな」
嫌な記憶。
できれば永遠に消し去りたい過去だが、消えはしない。
あの日に壊れた家族の絆と、永遠になくしてしまった優しい母の笑顔。
どれだけ恨んだか知れない、どれだけ悔しがったか知れない。
自分はいつでも子供、または無力な大人・・・世界という一つの舞台の中で、道化のようにただ踊り続けてきた。
そのくせ、踊る内容を決められていたのに、彼は迷った。
迷いを持ってしまう、アドリブすらきかなくなった壊れた役者。

 

「・・・けど、ああ。そうだ!」
ゆっくりと足に力を入れる。
「何がそうなんだ?」
アスランの言葉に、誰かが反応したが・・・アスランは続ける。
「戦うすべを持つ俺だから、お前らと戦うんだ」
血塗れた体に精一杯力を込める。
そして、目の前の緑の髪、バリアジャケットを纏う死神の鎌のような武器を持つ少年と対峙する。
「やれるの?そんな状態で?」
少年、フィル・ロウゼル・・・いや、シャニ・アンドラスは不敵に笑みを浮かべていた。
「やるしかないのが、こっちの事情だ」
ぶら下がった左腕をそのままにアスランは歯をくいしばって右手で魔力刃を持つ。
「すごいすごい、けど・・・そんな状態じゃ俺には勝てない!!」
地を蹴り、アスランの間合いを一気に侵略すると、シャニはアスランの腹部に蹴りを入れる。
「ぐっ!」
「もう一発!!」
一発目は気合で耐えたアスランも二発目が同じ場所に決まると、怯む。
「くは・・・あぅ」
足がガクガクと震えるが、シャニは容赦しない。
「フレスベルグ」
瞬時にシャニは上半身に巨大な鎧“ゲシュマイディッヒパンツァー”を展開し、その中心部にある砲門から魔力砲をほぼ零距離で放つ。
「ぐぅ・・・なめるなぁぁぁぁ!!」
だが、アスランはそれを気合で叫び、魔力刃を思い切り振りきることでそれを弾き飛ばす。
「!?」
鎧の中から、シャニは目を見開いた。
この距離、この威力の魔力砲を弾かれたのだから、当然である。
だが、アスランはそれ以上動かない、動けないのだ・・・シャニはこの程度か、と息を吐き、少し落胆の色を見せた。
「ガジェットとの戦いが、お前を消耗させすぎたか」
目を細め、アスランの傷を見てからシャニはそう言い、今度は手に持つ大鎌を振りかぶる。
「せめて、楽に・・・殺してやるよ!」
風を切る刃の音は、残酷な音をしていた。

 

─ラウル研究所─

 

ボコン、と液体が詰まるポッドの中に空気が上がっては沈む。
その中に、リリウェルは眠っていた・・・そして、深い眠りの中、彼女は夢を見ていた。

 

何もない空間、その広い場所に一人の少女と光はあった。
少女は勿論、リリウェルである。
「君は、どうしたい?」
夢の中で、彼女は一つの光にそう語りかけられた。
「私は、皆といたい」
リリウェルは純粋に、自分の中にある答えを口にしたが、光はそれに対し笑うように声を上げた。
「それが叶わないとしてもかな?」
無知な少女に、理解させようとしている光は、優しく言った。
「・・・どうしても?」
少女は縋るように言った。
その言葉が純粋な少女のものであることを、光は知っている。だからこそ、示した。
「どうしても、だよ。ラウル・テスタロッサの願いでは、君たちは一緒にはいられない。
それを分かっている他の兄弟達も、望んだまま、その願いを胸に秘めて戦っているんだ」
君の願いだけ、特別扱いはできない、と光は続ける。
そんな言葉を聞いて、リリウェルは少し残念そうな顔をして、蹲る。
「私の力は、シンに・・・あげちゃったから、私には何もできない」
言い聞かせるようにリリウェルは呟くが、その後首を横に振り、それを否定する。
「ううん。違う・・・きっと私は、怯えているんだ。自分が死んじゃうことに」
きっと、自分が死んで皆と会う可能性が0になるのが嫌なんだ。
「誰でもそうだよ?」
しかし、光はそんな彼女の弱さを肯定してくれる。縋らせてくれる。
「いやなの。そんな言葉で諦めるのが」
誰でも、という言葉、諦めるという言葉、その二つは彼女の中に螺旋を作ってめぐる。
交わった二つが生みだす答えがなんなのか、そう言われると答えられない。
「それでも、君は彼らと同じように立ち上がるんだろう?」
ビクッと少女の体が震える。
「立ちあがって、どうしようもない絶望を知って・・・最終的に君たちは独りへと戻る」
光の言葉はきっと、少女には残酷であるはずだ。
その残酷さを与える光もまた、何かしらの痛みに耐えるかのようにかすかにだが光を弱めた。
「そうだね。けど・・・それでも、私は明日を皆と迎えたいから」
「・・・そっか」
光はどこか悟ったように、リリウェルは、覚悟を決めた。

 

それから光は・・・暗闇と混ざり、新たな色を作って行った。

 

シャニは自分の刃で目の前の獲物を殺した、と思っていた。
だが、獲物と認識した赤いバリアジャケットの奴はまだ目の前にいる。
そう、彼と自分との間に・・・第3者の割り込みが入り、自分の殺意を邪魔されたのだ。

 

「よぉアスラン・ザラ執務官。かなり痛そうだな?」

 

ニヤリ、と笑みを浮かべている男。
黒いバリアジャケット、右手には右腕を覆うほどの大きさの盾、その盾についている杭と砲門は鈍く光っている。
ヴィンター・ヴォルケ・・・シャニと同じ緑色、その長髪をなびかせて彼はアスランをシャニの凶刃から守っていた。
「また、アンタかよ!」
シャニは忌わしそうにヴィンターを見つめ、そして防がれている鎌を一度引くと、遠心力を使って再びふるう。

 

「らぁっ!!」
ただ、風を切る音が響く。
そこにシャニが敵と断定した二人はいなかった。
「どこだ!?」
あたりを見渡すが、二人の姿はどこにもない・・・逃げた?と自問するがそれはありえない、とすぐに自答する。
アスランやヴィンターに逃げる意味などないのだ。
「・・・隠れた、か」
魔力反応すらうやむやになってしまったので、シャニは一息ついてから集中する。

一方、アスランはヴィンターに引きずられて、ビルの陰に隠れていた。
「隠れるのは得意なんだぜ?ブリッツのミラージュコロイドはこういうところで役に立つ」
上空で自分たちを探しているシャニをよそ目にヴィンターはいけしゃあしゃあと言う。
仮面を外した彼は、本当にアスランの知るニコル・アマルフィに似ているのだが、性格はまるで別だった。
器に別の魂が入っているかのように。
「おい!」
「は、はい?」
そんなことを考えていると、突然声をかけられてアスランは焦って顔をあげる。
「傷、大丈夫か?」
かけられたのは、優しい言葉。
今思えば、はっちゃけている節はあっても、彼は味方をぞんざいに扱ったことはなかった。
「左は死にました・・・それに出血が少し」
嘘をついたり、強がったりしても意味がないので簡潔に自身の状態を告げる。
「・・・ったく。お前ホントに俺より強いのかよ?」
あきれるような言い方のヴィンターに、アスランは思わず「へ?」と間抜けな声を上げる。
「い、いえ。自分より三佐のほうが・・・」
「んなこと言ってんじゃねぇよ!ったく!・・・とりあえず、俺はあいつを倒す。
もしもの時はテメェに頼むかもしれないが」
またも不敵な笑み・・・絶対的な自信を持つ彼はアスランに背を向ける。
「テメェは知らないかもしれないが、いつかの“俺”はお前に救われたんだぜ?」
その言葉の意味をアスランは察することができず、ただ口ごもった。
ヴィンターはそれ以上は言わず、ただ隠していた魔力を解放した。

 

「!?」
シャニもすぐにむき出しの魔力を感知し、向き直る。
「そこにいたか!!」

 

「いいか、アスラン・ザラ・・・俺が敗北を喫したとき、俺はお前の所に墜ちる。その俺に引導を渡すのは、お前だぜ?」
「い、いったいなにを?」
ヴィンターはこれ以上答えない。
そして、走り出し加速をつけて彼もシャニに向かい飛ぶ。
その背中が、どこまでも広く・・・悲しい色をしていることを、アスランはこの時初めて知った。

 

「はっは!兄弟!さぁやろうぜ!殺し合いを!!」
ヴィンターは狂気ともとれる笑みを浮かべながら、右手に魔力刃を出し、シャニとの激突に備える。
「知ったことか!そんなもの!」
シャニも叫びながら、鎌をふるう。
スパークがおこり、まばゆい光がバチバチ、と数瞬間続いた。
「実体のある武器と、魔力でできている武器はどちらが上だと思う?!」
ヴィンターはここにきて、まだ余裕を感じさせられた。
だから、言葉でシャニにそんなことを問いかける。
「んなもの・・・実体剣に決まってるだろう!!」
言葉を発すると共に、シャニはブーストをかけ、ヴィンターを押し始める。
「ああ。確かに、実体剣は強い」

 

押されながらに、ヴィンターは自分の問いかけからシャニが出した答えを肯定する。
だが、それ以上に彼には確信があった。
「だが!」
ヴィンターの魔力刃の勢いが一気に増していく。
「!?」
「力の上下ってのは、使い手で変わるんだよ!!」
信じられない展開である・・・ヴィンターの魔力刃は、勢いを増したかと思えば、そのままシャニのニーズヘグの刃を切断し始めているのだ。
「どうだ?本来なら、それは刃とつくものでは切れるはずのないもの。だが、実際に切れ始めている・・・その理由はな!俺が強いからだ!!」
めちゃくちゃな理論・・・にもならない彼の言葉は、だが、どこか凄味を感じずにはいられない。
これ以上押されれば、ニーズヘグの鎌部分は完全に切断されるだろう。
その前にシャニは対策を練らなければならないのだが、その対策は今ない。
たとえ切り裂かれ、自分にヴィンターの魔力刃が来たとしても“ゲシュマイディッヒパンツァー”で防ぎきる自信もある。
シャニのウルティマ・フォビドゥンのコンセプトは“最強の盾”貫かれることを知らず、守り切らないことなどありえない。
家族を守るためにあるべき力。だが、シャニは今おびえている。
切り裂かれてしまうかもしれないという考えが思考を支配し、結果自分が死ぬことを恐れているのだ。
「ちぃ!」
一度入り込んでしまった弱い心は、早々に叩き出したいものではあるのだが、やはり出ていくことなどない。
シャニの心の中を投影するかのように、シャニ自身を支えていたブーストも弱まり始めていた。
「きめてやる!お前はここで絶望し、絶望に救われていろっ!!」
魔力刃を左手にも持ち、その両方の魔力刃は勢いが天を焦がさんばかりであった。
パキン、と音がするとシャニのニーズヘグは切り裂かれていた。
「くっ!」
「お前ももう・・・あるべき魂の故郷へと帰れ!!」
さっきのアスランとシャニの攻防が逆になったかのように、ヴィンターはためらいなく魔力刃を振りおろそうとしている。

 

ああ、とシャニは心の中で悟った。
こうして、また・・・切り裂かれ、突き刺され、自分は死ぬのだな、と。
二度目の生にこれほど執着する自分がいることに、シャニは驚いたはずだ。
でなければ、“守るために戦う”なんていうことはできないはず。
多くの痛みを与えて、生存本能のままに戦った自分は、これが当たり前の罰ではないのだろうか。
痛みを与えてしまったのだから。その痛みに癒しがなかったら。
結局、戦うことでしかそんなことを見いだせなかった自分を嘲笑いながらシャニは最後の最後で戦意をといた。

 

ヴィンターもそれを理解したのか、その覚悟に敬意を表し、魔力を全開にする。
「じゃあな!お前、強かったよ!」
賞賛の言葉を花として、今、魔力刃は振り下ろされた。

 

だが。
天はまだ、シャニを見捨ててなどいなかったのだろう。

 

「やめてぇぇええええええええええええええええ!!」

 

悲痛な声が、そこに響くと、突然ヴィンターは締め付けられるような圧迫感にとらわれる。
「ぐぁ・・・あぁ、んだと?」
視界にシャニはおらず、代わりにものすごく大きな手が自分を握っていた。
信じられないが、その目の前にある物体は・・・間違いなく、CEの世界でMSと呼ばれ、戦時中は最も威力を発揮した機体の一つ“ガイアガンダム”であった。

 

はやてはシグナムのおかげでCポイントの突破には成功していたが、その先に進めないでいた。
なぜか?それは・・・彼女の前にいるからだ。儚い笑みを浮かべた賢者が。
「気づいているだろう?私がここにいるということは、君がこの先にいけないということだ」
「・・・ずいぶんと余裕なんですね?」
はやては皮肉気に言うが、目の前の男・・・ラウルはどこ吹く風だ。
「まぁね。私は君たちには負けない、という点で余裕は有り余る。だが・・・他の子供たちは、きっと敗北するだろう」
その発言にはやては顔を強張らせる。
ラウルにとって彼らは身内のはず。なのに、なぜ冷静にそんなことを口にできるのか、それが不思議でたまらなかったのだ。
「わからないという顔をしているね?」
はやての心境を読み取ったか、ラウルは笑みを消さぬままそういった。
「私はシンを救う。そのためには・・・いろいろな準備が必要でね」
彼の目的はそれ以外ないのだろう。だが、それがどうして他の家族と呼べる者たちの敗北宣言へとつながるのか。
「シンのレリックにはいくつかの細工を施してある。そして、それは家族がすべていなくなったときに発動される」
「!?」
「私は・・・とても残酷だ。きっと人間じゃないんだろう・・・幼き少女を戦わせるために、デバイスに細工をしたり、完全な力を与え、それを乗り越えさせたり」
そこまで聞いて、はやてはあることに気づく。
もし、自分たちが目指す“D”がいまだ未完成で、それがもしシン・アスカの覚醒と連動したならば?
「まさか、“D”があるのは・・・」
「いや、君の考えは少し違う」
だが、それは否定された。
「“D”はあくまでも、私たちのよりしろだ。あれは・・・存在することに意味がある」
それは嘘だろう・・・そんな意味だけの存在が、あんな場所に出現させるはずがない。
「・・・バレバレか。ならいいだろう。君にだけ話そう・・・あの“デウス・エクス・マキナ”の中にはね・・・・・・」
響く爆発音・・・そして、はやての額からいやな汗があふれる。
「なっ・・・じゃあ、彼は・・・」
「・・・これは、私の罪なんだ。動いてしまった彼に対する」
そして、はやては思った。これは懺悔ではないのだろか、と。
目の前の賢者は、自分がしていることに対して敵であるはやてに懺悔を行っているのではないか?
「どうせ、という言葉は使いたくはない・・・だから、徹底的にするさ。
それが、私がこの計画を始めた当初からの感情でもある!」
懺悔は終わったのか、彼は“賢者の書”を開く。
臨戦態勢に入ったことで、はやても条件反射的に魔道書を開き、シュベルトクロイツを構える。
「君も、また・・・行ってくるといい。映画館に」
「!?」

 

“音と絵の館”

 

すでに遅く、抵抗に意味はない。
はやての体はフェイトと同じように光を放ち、その場から粒子となって消えていった。

 

「・・・すまない、リリウェル」
目を閉じ、彼は天を仰いだ。
「グッ」
すると、内からこみあげてくるものを抑えきれず排出する。
「ガハッ・・・ゴフッ・・・グッ・・・まだ、まだだ」
手に付着した赤い液体を見つめながら、ラウルは再び魔道書を開け、転移魔法を展開した。
そして、ラウルが消えると空中から一滴の赤い水滴が涙のように地面に落ちた。

 

もしも、この空がすべての世界とつながっていたなら、こんなことは起きなかったのだろうか?
一人の賢者も、一人の女性と別れなければ、こんなことは起きなかったろうか?
一人の少年も、あの時、失うことを知らなければ、呪われた“種”を開花させることもなかったのではないだろうか?
取り返しのつかないIFに苛まされるのは人間の業である。
地面に落ちた赤い血は・・・すぐに乾いてしまうのだろう。
だが、きっと乾ききらないほどの血が、この大地に溢れてしまう。
ラウル・テスタロッサの望みは、叶えてはいけないのだ。
一人の救いのためにすべてを犠牲にすることを受け入れたくないのならば。

 

「ぐぁ、ぐ・・・ガァ!」
ヴィンターはどうにか、自分をつかんでいる巨大な手から抜け出そうとしていたのだが、その手から逃れることがなかなかできなかった。
その光景を、シャニは後ろから見つめていた。
見覚えのない兵器に彼自身動揺しているのだろう。
「フィル・・・大丈夫?」
そんな時、見知った声が脳髄にまで響いてきた。
そこで彼は悟る。ああ、目の前の機械は自分がよく知る少女なのだ、と。
「リリ、ウェル・・・なのか?」
「ステラ」
「え?」
問いかけは、違う形で帰ってくる。
「ステラ・ルーシェ。私のホントの名前」
「・・・そっか。お前も・・・俺もフィルじゃない。シャニ・アンドラスだ」
シャニは喜ぶでもなく、悲しむでもなく、現実をただ受け入れた。
戦いに赴いた少女がいる、という現実を。
「けど、お前にはもうレリックはないはずじゃ?」
「ガイア・シュナイデの中に・・・もう一つ、あったの」
「!?」
「それで、この子が力を貸してくれるって・・・だから、私も戦うの!」
言葉と同時に、ヴィンターを捕えている手に力を込める。
「ぐぁぁぁぁあああああ!!」
圧迫感がさらに強くなったことで苦しみに喘ぐヴィンター。
メキメキ、と体中の骨にひびが入るのがわかる。
「あぐ・・・うぅ」
すでに痛みは限界を超え、ヴィンターはだらしなく口元からよだれを垂らしている。
意識があるだけ、まだすごいのだろうが、それも痛みとして返ってくるのだから辛さのほうが勝っている。
「ヴィンター三佐!!」
すると、見るに見かねたのか、アスランがガイアの右手にファトゥムで突貫を仕掛ける。
「!?」
効いたのか、ヴィンターをとらえている腕が一瞬緩み、その一瞬を見逃さなかったアスランは彼を救いだす。
「ジャスティス!!」
(閃光弾)
素早く命令するアスラン。
ジャスティスも即座に命令を実行に移した。
アスランの銃から4発、魔力弾が放たれ、アスランが身を翻した瞬間にそれらは破裂した。
物凄い爆音、そして光が広がる。
これは、撤退用のもので敵をかく乱するためにアスランが常備しているものである。

 

目くらましに成功したことで、アスランはヴィンターを物陰に連れて行くが・・・。
「こ、これは・・・」
服を破り、容態を確かめるが・・・すでに、死ぬ一歩寸前であることは明白だった。
「へへ・・・ヘマ、しちま、た」
そんな状態で、ヴィンターは口を開く。
「喋らないでください・・・」
「いい、んだよ。ど、せ・・・俺ァ、死ぬ・・・その前、に・・・やること、が、あ、る」
そう言って、アスランを制したのち、彼は震える右腕を自分の左胸にまで持っていった。
「アス、ラン・・・」
かすれる声で、彼はアスランの名を呼ぶ。
「なん、ですか?」
知り合いが死ぬ、というのはやはり辛いものだ。
アスランはもう、早く眠りについてくれないだろうか?とさえ考えていたのだから。
「・・・俺の、右手に、手を、重ねろ」
「・・・はい」
アスランはヴィンターの意図がわからなかったが、ともかく従った。
すると、突然真っ赤な光がそこに溢れる。
「もっていけ。“俺達”の経験、そして、魔力・・・レリック、ヒューマンが、組み立ててきた、高純度の、魔力結晶、をな」
それはつまり、アスランに託すということだ。
レリックはもともと高純度魔力結晶体。それのバックフィードを受ければ、なるほどレリック・ヒューマンとも互角以上の戦いができるだろう。
だが、ヴィンターは確実に死ぬ。
「しかし、それではあなたが!」
「俺は、もう・・・助からない。なら、お前、だけでも、まえ、にすす、めよ」
すでに、レリックの譲渡は始まっている。
その恩恵か、アスランの死んでいたはずの左腕に感覚が帰ってくる。
「な!?」
「それも、レリックの力だ。これは、いろいろと便利、だからな・・・短い命だったのに、ずいぶ、んと長く、感じたぜ」
ヴィンターはアスランを視界の端にやり、雲がかった空を見つめる。
「・・・アス、ラン。ニコ、ルは・・・最後、まで、仲間、思い、だったぞ?」
ニコルの名前が出て、アスランはハッとする。
やはり、同一人物だったのだ、と確信が彼の心に浮かぶ。
だが、遅すぎた・・・その確信はもっと早くに・・・そう、あの時出会ったときにほしかった。
「あいつは、もう、いないが・・・ああ、ったく、なんで、あいつは・・・あぁ・・・」
ガクン、と彼の手から力が抜ける。顔もそのまま横に向いてしまう。
それが、何を意味するか・・・アスランは理解していた。
理解していたから・・・同じ人物の死を二度体験するという痛みに襲われてしまったのだ。
「う、う、うああああああああああああああああああああああああ!!」
地面に両手、両膝をついてアスランは涙を流した。
すでに退路もない戦場なのに。だが、これくらいは許されてもいいだろう。
彼は人間なのだから。

 

「くっ・・・ようやく、視力が戻ってきたな」
シャニは幾度もまばたきを繰り返して、ようやく視界がぼやけなくなってきたのを感じていた。
「大丈夫?」
そこで、ステラの声がして、シャニはその声の先・・・“ガイアガンダム”を見た。
黒い機体・・・二つの目、完成された四肢、変形機能があるギミック。すべてが機械であった。
そう・・・ステラは乗り込んでいるわけではない。
彼女は今、“ガイアガンダム”そのものになっているのだ。
魔力によるバリアアーマーの肥大化。結果、肉体があるのかないのか、理解できないほどの密度のモノになってしまった。
もはや、人なのか、機械なのか。

 

レリックと融合したレリック・ヒューマンの時点で半分は人じゃない。
だが、リリウェルとステラはレリックを生命のよりしろとはしていなかった。
そこから、おかしな疑問が生まれるのではないだろうか?
もともとは、レリックなしでは生きられないはずなのだ。
培養ポッドで組み込まれるまで永遠に寝たまま、というのなら理解もできるが、彼女は実際に生きてきていた。
その答えが、今ある・・・ガイアの中にあったとされるレリックなのだろう。
「そうか」
そして、彼は気づく。
「博士は、家族の絆を持って、シンを・・・救う気なんだろうな」
その救済がいかなるものか、少年にはもう理解できない。
もともと、救済であるかすらわからないのだが、いかなる力が働こうともう止まりはしないのだろう。
「ハハ・・・もう一度会えたら、一度文句言って、やりたいぜ」
けど、きっと・・・もう一度あったなら、言える言葉は文句なんかじゃないのだろう。
温かい言葉で、慰める。だって・・・彼らは、家族なのだから。

 

「シャニ!」
「!?」

 

そこには、自分たちと同じ波動を放つ、涙の跡もそのままなアスランがいた。
「俺は本当に・・・失うことが多いな。その失った結果で誰かから与えてもらうんだ」
グッと胸に手を当てる。
先ほどまでは感じなかった高い魔力・・・レリックを。
「あいつはニコルじゃなかった。けど、ニコルだったんだ」
最後の優しい顔が確かに重なった。
「俺はまた、あいつを死なせたんだ」
アスランは呪った・・・自分の弱さ。いつまでも弱いままの自分を。
だが、それでも以前のように憎しみでは戦わない。

 

「死なせた、という重みに耐えられないなら、戦わなければいい。心の安寧に身を任せればいい」
アスランの呟き、それに対しシャニは自分の考えをぶつける。
それも一つの道だろう、とそう思えるが、アスランは首を横に振る。
「それはできないさ。君たちと戦って勝たなければ、俺は永遠に彼らの死に報いることはできないのだから」
アスランは理解していた。
逃避することに意味などなく、自分自身も救われないことに。
なら、いっそのこと、都合のいい、そう。最後くらい自分にも都合のいい考えがあってもいいだろう。

 

もう一度、胸に手を当てる。
感じていた・・・宿る力、その中から聞こえる声。
それは明確には聞こえないけど、自分の力にはなってくれる気がした。
「行くぞ・・・ジャスティス」
(ええ。あなたとなら、どこまでも行きましょう)

 

戦いの記憶に染められたその身。
傷だらけのその身。
だが、それは歴戦の証。
ならば、その先も傷を負うのは、彼の役目。
ならば、唱えよ。

 

「フル・・・ドライブ!」

 

その言葉を放った瞬間、アスランの脳裏には赤い瞳の少年が映った。

 

─シン、俺は・・・お前を救うことはできない。

 

それは、諦め。

 

─だが、引導くらい渡してやれるはずだ。

 

それでも、自分にできることはある、と理解した。

 

─だから、目の前の“敵”を倒して、お前の元に行く。

 

最も嫌う“敵”という言葉を使い、彼は見据える。

 

─自分の中の正義、それを貫くために。

 

赤い魔力が天地に向かい、ひとつの赤い柱を打ち立てた。

 

彼は幾度となく、戦いの選択をしてきた。
そのたびに、彼は選ばざるを得ない状況ではあった。
だが、今回だけは己の意思で安寧をとることさえできたはずなのだ。
それでも、戦おうと決めた。
正しいとか、正しくないとかは関係ない。
あるべき感情は、戦う、ということだけだ。
さぁ、活目せよ・・・正義の真の力を。
大地と禁忌が揃おうとも、正義というモノがすべてを覆そう。
どちらかが滅びなければならないというのなら、正義は立ちはだかるものを滅ぼそう。
終幕に向けてまた一つ、物語は進む。

 

蒼と赤、二つの翼はそれぞれが己の翼に宿る意味を知った。
心の“十字架”に己を追い詰められながらも、決して折れはしなかった。
戦うことがいやだ、と二人は言った。
だが、それでも戦うと二人は言った。
その矛盾が、彼らを導いたのかもしれない。
導かれる先が賢者の思惑に作られたレールだとも知らず。

 

キラとアスランがついにフルドライブを発動させた。
その同時刻、Bポイントではなのはに対し、赤い翼が立ちはだかる。
そして、Cポイントの戦い・・・シグナム対スティングにも決着が訪れようとしていた。
二つの戦い・・・一度は信念を折られたなのははどう挑むのか。
満身創痍のシグナムもまた、痛みに耐えながら戦う。
主のため、そして友のために戦うシグナム。
家族のため、そして、賢者の願いを理解し、叶えるために戦うスティング。
二人の騎士の戦いもまた、誰にも知られるべきではないものだった。

 

次回 砕かれる“希望”

 

ああ、その涙を拭えない私が恨めしい。