Macross-Seed_◆VF791dp5AE氏_第08話

Last-modified: 2009-01-22 (木) 15:23:14

ゆりかごと呼ばれる特殊なベッドの中で眠るスティング・アウル・ステラの三人を黙って見下ろす仮面の男。
ファントムペイン所属ネオ・ロアノーク大佐である。
仮面に隠された表情を窺うことは出来ないが、雰囲気から察するにこの状態を好ましく思っていないようだ。
「大佐、本当に良かったのでしょうか。彼らにとって、昨日のことは…」
「言うな。ジブリール卿の命とあらば、仕方なかろう。」
エクステンデットの三人に余計な記憶情報は必要ない、記憶が定着する前に消去せよ、との命令だ。
「こいつらにとって、初めての友達と言える存在がよりにもよってザフトの坊主とはね。
 ザフトじゃなきゃ、戦争が終わってから逢わせてやれたかもしれんがな。」
「それともう一人、プラントのミュージシャンで――」
「――ファイアーボンバーの熱気バサラ、か。
 こいつらから貰ったCDを聴かせてもらったが、中々いい歌じゃないか。
 頼んだら連合の基地でも歌ってくれねえかな。」
「プラントの人間ですよ、常識で考えてください。」
「ま、無理だよな。」
「記憶に影響が出るかもしれません。彼らのCDも処分致しますか?」
「いや、いい歌に罪はないだろう。そのままにしといてやれ。
 …最も、こいつらが再び聴くかどうかは俺にもわからんがね。」
「了解しました。」
(記憶は残せなくとも、せめて形に残るものを一つ位残してやっても問題ないよな。)
「調整、完了しました。」
「ご苦労。」

 

のそのそと起き上がった三人が、それぞれ横に置いてあったCDに気付く。
「ふぅん、ファイヤーボンバーねぇ…知らねえな。いや、どっかで聞いたような。」
「コレ俺のCD?よく解んないけど聞いてみるか。」
「……はーらんそー?」
「ステラ、何だよその言葉?また変な言葉覚えてきやがって。」
「わかんない。でも、歌ははーらんそーだって言ってた。」

 

そのまま部屋を出て行く三人を見て、ネオが呟く。
「記憶を消してもああやって興味を示すってことは、よっぽどあの歌が衝撃的だったってことだろうな。」
「彼らに生の歌を聴く機会など無いでしょうからな。」
「この一件、ジブリール卿に報告の必要はあるまい。
 エクステンデットの記憶に関しての報告など、あの男が読みはせんよ。それに…」
「それに…なんです?」
「コレを報告するってことはファイアーボンバーの歌を聞かせるってことだ。
 が、どうせあの男に教えたって歌い手がコーディネーターじゃ聴くわけなかろう?ヒス起こすだけだって。
 そもそもこういういい歌が解る奴ならあんなのの盟主なんてやってないって。」
「…そんなこといって給料減らされても知りませんよ。」
「いやいや、ばれなきゃ大丈夫だって。さて、オーブからの援軍を出迎えに行くとしますかね。
 セイラン家のお坊ちゃんを上手いこと使って、できる限りのリスクを減らさなきゃな。
 使えるものは何でも使う、それこそ戦争ってもんだ。」

 

**

 

ディオキア基地のミネルバ。
MS格納庫では新たに配属された、『グフイグナイテッド』並びに『ファイアーバルキリー』について整備士達が話し合っていた。

 

「コレが新型機、ZGMF-X2000グフイグナイテッドかぁー。マニュアル読むの大変そうだよな。」
面倒な仕事も増えそうだよな、とのヴィーノの愚痴にヨウランが反応する。
「全くだ、どうせ仕事が増えんなら俺らも熱気バサラの機体を整備したいぜ。
 ったく、なんだってあっちは専用の整備員までついてきてんだろうな。
 どうせならグフの方にも整備員付けてくれりゃいいんだよ、変なとこで人員ケチってんじゃねーっての。」
「そうそう、ただでさえインパルスとか整備に手間がかかる機体があるんだしねぇ。
 おまけにもう一機セイバーまでも増えたんだから、一般の整備士もちょっとは増やしてくれればいいのにさー。」
「それだけ司令部がお前らの働き具合に期待してるって事だ。オラ、愚痴ってないでさっさと仕事はじめやがれ!」

 

マッド整備主任の一喝に慌てて仕事に戻る二人。
(ったく、ガキ共は目ェ離すとすぐコレだ。しかし、あっちの連中…整備士ってよりは技術者って面だな。
 技術者が必要なほどにあの機体が特殊なのかねぇ。見た感じ、セイバーと変わらないが。)
セイバーのチェックをしながらバルキリーについてなおも考える。
(新型機って事は扱いも難しいって事なのに、司令部のお偉いさんは何考えてあんなのを送ったんだが。)
バルキリーの方を見ると、武装のチェックをしているのかミサイルを取り外しているようだ。

 

「やっぱ親方も気になりますよね、あの機体。」
「なんてったってあの熱気バサラの機体ですもんねぇ。」
自分の仕事が済んでセイバー整備の手伝いに来た二人がバルキリーを指しながら話しかけてくる。
「そりゃまぁ、偶々目に入ったさっきの仕事も腑に落ちないしな。」
「さっきの?あっちの連中何やってたんっすか?」
「ミサイルを外してチェックするのかと思いきや、そのままコンテナに直しこんじまいやがった。」
「はぁー、そりゃ変ですねぇ。でも、単に装填し忘れてるだけじゃないですか?」
「お前らみてえな新米でもやらない様なミスを普通しないだろう。
 しっかし気になるな、直接聞いてみるか。」
「親方、まだ作業残ってますけどどうすんですか?」
「お前らでやっとけ!俺はちょっくらあいつらに聞いてくる!」
「あ、ちょ、そいつは酷くないっすか、親方ぁ。」

 

――十分後。
二人が苦労してセイバーの定期点検を済ませると同時にエイブス主任が戻ってきた。
「スマンな、遅れた。あいつら甲板に何か取り付ける作業してやがってよ、見つけるのに苦労したぜ。」
「あー、疲れた。マジ勘弁してくださいって親方ぁ。休暇明けからいきなり働き過ぎですって。」
「悪い悪い、その分後で大目に休憩とっていいからよ。」
「で、あいつらなんて言ってたんですか?やっぱただのミスですか?」
「ああ、あれな。熱気バサラがフェイス権限で命令したらしい。
 『ミサイルをある程度撤去しろ』とさ。何だってそんなみょうちくりんな命令出したんだか。」
「後で本人に聞いてみます?」
「休憩時間がかぶったらな。…そういや、噂のご本人をまだ見てないな。
 格納庫にも来ないけど、ちゃんと仕事してんのかねえ?」
「ちゃんと仕事してんじゃないですか?歌うのが仕事なんだから。」
「おう、なるほど。違いねえな、そりゃ。」

 

**

 

一方、レクリエーションルームをパイロットの面々が新任の二人を案内していた。
「レイ・ザ・バレルであります。お噂はかねがね。」
「ああ、ブレイズザクファントムね、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしく頼む。」
「熱気バサラだ。よろしくな。」
昨日は会わなかったレイと挨拶を済ませる二人。
ハイネは自分には軽くだったが、バサラとはガッチリ握手をするレイに非難がましい目を一瞬だけ向け、辺りを見回す。
「しっかし、流石は最新鋭艦ミネルバだな、ナスカ級とは大違いだぜ。」
「ヴェステンフルス隊長は今まではナスカ級に?」
「ハイネでいいって。んなかたっ苦しいとこっちが疲れる。ザフトのパイロットはそれが基本だろ?
 お前さんは、ルナマリアだったな。
 俺は今まで軍本部付さ。こないだの会戦時の迎撃戦にも出てたぜ。」
フレンドリーな職場を目指すハイネは部下に敬語は使わせない。
司令部からは指揮が乱れると言われていたが、そんなことはお構いなしだ。
むしろ司令部の目が細かい所まで行き届かないのを良い事に、今まで以上に友好的だ。

 

アスラン・ハイネ・バサラと三人もフェイスが居る為、誰が指揮をとるのかよく解らなかったシンがアスランに訊ねる。
「隊長、あの、俺達は…?」
「ヴェステンフルス隊長の方が先任だ。
 恐らくバサラさんよりもな。そうですよね?」
アスランが目配せするとギターから目を離さずにバサラが答える。
「ん?ああ、俺はデビューする直前に身分証代わりに議長に貰っただけだからな。
 指揮を執れといわれても逆に困るぜ。」
「み、身分証代わりって…そんなに簡単に貰える物なんですか、フェイスって?」
「……実際、俺も出戻りの身でありながらすぐにフェイスに復帰させてもらえているわけだから、なんともいえないな。
 少なくとも昔はそんなにホイホイ渡すようなものじゃなかったはずだ。」
「おいおい、今もそんなにホイホイ渡せるもんじゃないっての。バサラの奴は特別さ。
 それとヴェステンフルス隊長じゃなくてハイネな、ハイネ。アスラン、お前さんがそうやって呼ばないと他の奴も呼び辛いだろう?」
「ああ、はいすみません。」
「そこでまた敬語で返す。『スマン』とか、『ワリィ』とか位でいいっての。
 いいか、俺達ザフトのMSパイロットには連合軍と違って上下関係なんてものは存在しねえんだ。
 赤服だろうとフェイスだろうと緑だろうと、戦場じゃ皆同じさ。違うかい?
 さ、早いとこ案内終わらせて親睦を深める為になんかやろうぜ?」
「了解です、ハイネ。」
「了解しました、ハイネ。」
「あのなぁレイ、お前さんもその敬語を何とかしようと思わないの、お兄さん悲しいよ?」
「コレが癖でして。申し訳ありません。」
「そっか…ま、すぐに慣れるさ。で、次は何処案内してくれるワケ?」
「はい、次はですね…」

 

「俺もあれ位やれればいいんだろうけどな…」
「え、何か言いましたか、隊長?」
「…アスランだ、シン。ハイネがそういってただろう?」
「おいアスランにシン、何やってんだ?お前らが案内してくれるって言ったんだろうが。
 って目を離してたらバサラが歌い出してるし。
 バサラ、歌うのがお前の仕事だろうがな、今は皆に案内してもらってんだからおとなしくついて来いっての。」
「チッ、わあったよ。んじゃ、後でな。」

 
 

「ここがトレーニングルームですね。
 ミネルバは月軌道に配置される予定でしたので、見ての通りトレーニングマシンも宇宙用のものが多いです。
 で、こっちが射撃訓練所です。」
「どした、バサラ?変な顔して。」
「いや、筋トレ用のメカを見ていたらなんかおぎおぎしてきてな。
 なんつーか、こう筋肉について熱く語りたいような気がしてきたんだ。」
「筋肉?」
「変な事言ってないで次行こうぜ、次。」

 

「こちらがシャワールームです。
 男性用と女性用はそもそも入り口がかなり離れていますので、間違って入るというアクシデントは期待しない方がいいかと。」
「ところでよ、戦艦に居住してるとシャワーしか使えないから、その内湯船が恋しくならねえか?
 サウナと内風呂付の戦艦とかないもんかなぁ。出来れば温泉だとなお良し。」
「むちゃ言うなよ、ハイネ。戦艦に温泉つけて何の意味があるんだ?」
「リラクゼーション効果とか、メンタル面で御利益がありそうじゃない。後、美肌。コレ重要だろ?」
「…次に行こう。」

 

「ここが俺達の職場、MSハンガーですね。
 といっても俺のインパルスは他に専用のハンガーがあるんでこっちだけじゃないんですけど。」
「うーん、いつ見ても俺のグフはイカシてるぜ。ザクとは違うよな、オーラとかが。」
「(オーラって何?)私としてはグフも気になるけど、それ以上にバサラさんのバルキリーが気になりますね。」
「(恐らくハイネなりのジョークではないか?)右に同じく。」
「あ、俺も気になります。」
「なんだなんだお前ら、バルキリーばっか見てないで俺のグフも見てくれよ!
 最新鋭機の先行量産タイプ、しかもカスタム機だぞ。どんな風に変えてあるか聞きたいだろ、な?」
「あ、あぁ、じゃ食事のときにでも聞かせてもらうよ。」

 
 

「ここがブリッジです。
 戦闘時には遮蔽されているので、他の艦に比べればそこそこ安全ですね。」
「まぁ、対艦戦で狙う所といえば主砲とかMS発進口とかブリッジだよな。
 エンジンだと真後ろからは廃熱で実弾もビームも通り辛いし。」
「それだけに死亡フラグ立ちやすい場所ですよねー。
 こう、ロケットランチャーで頭がボーン!って感じで吹き飛ばされたりしそうで。」
「不吉なこと言ってないでさっさと仕事に戻りなさい!」
「ひえっ、艦長。す、すいませーん!」

 
 

最後にデッキを見てまわる。
「これで一通り見てまわったけど、次はどうするハイネ。」
「MS格納庫に行って整備士の皆さんと愛機のチェックをしなきゃならんだろう。
 個人的にはレクリエーションルームでバサラと一緒に歌って他の連中と親睦を深めたいんだが、仕事だもんなぁ。」
「じゃ、皆行くか」
と、そこに機械的な呼び出し音がアスランの胸から鳴る。
「――っと、ブリッジからの呼出しか?こちらアスラン、ブリッジ何かありましたか?
 ……はい、了解しました。」
「どうした、アスラン。何かあったのか?」
「スエズの諜報員から入電があったらしい、『スエズより黒海へ艦隊が移動中、予測される攻略目標はディオキア基地』と。
 それで艦長から俺とハイネにこれからブリッジでの作戦会議に出席せよ、だってさ。」

 

**

 

ブリッジにアスランとハイネが入ると、作戦会議が始まった。
参加者は四名。艦長のタリア、副長のアーサー、MS隊のアスラン・ハイネだ。
アーサーが地図を指しながら現状の説明をする。
「先日、スエズから大西洋連邦所属、強襲揚陸艦J・P・ジョーンズを旗艦とした艦隊が出立しました。
 ジブラルタル基地への侵攻の可能性も捨て切れませんが、おそらく黒海での巻き返しが常道と思われます。
 艦隊の予想進路はダータネルス海峡を通過しマルマラ海から黒海に入り、そして現在我が艦が停泊中のここディオキア基地への侵攻。
 本基地を叩き、黒海沿岸及びガルナハン・マハムールのザフトを牽制する事が目的かと思われます。
 現在、周辺の部隊に黒海侵攻阻止の命令が下されており、ミネルバ隊にも命令が下っております。
 もっとも、うちの場合は艦長がフェイスですから参加要請ですが。」
「情報部の調べによると、J・P・ジョーンズは現在ファントムペインの母艦となっているそうよ。
 インド洋で襲ってきた例の強奪部隊、恐らく彼らも来るはず。」
「アーモリーワンで強奪されたセカンドシリーズが相手…ですか。少々厄介ですね。」
「本艦はマルマラ海の入り口、ダータネルス海峡にて守備につきます。出発は明朝0600時を予定。
 ハイネ、アスラン、貴方達に異存は?」
「私はありません。」
アスランは特に無いようだが、ハイネには意見があるようで、艦長に質問する。
「俺はあるぜ、艦長。わざわざダータネルスまで行くのはいいが、他の部隊はどうした。
 幾らミネルバ隊がエース揃いだからって、うちの艦だけで突出すりゃ流石にきついぜ?」
「それも作戦の内よ。」

 

「というと?」
「まず、海峡の入り口にてミネルバが交戦、機を見て徐々にマルマラ海方面へ退きます。
 敵艦隊が完全に海峡内に入ると、伏せてあった味方のMS隊が敵の背後から強襲。同時に入り江に隠れていた艦船からも砲撃。
 私達も反転して主砲を撃ち込み、一気に包囲殲滅というわけ。」
「なるほど伏兵、俗に言う孔明の罠とかげぇっ、関羽!という奴ですか。
 うまくいけば敵の大半を沈められますね。
 それにギャラリーも多くて個人的にも助かります。」
「…コーメーとかカンウとかの意味は解らないけど、そういうことよ。他に質問は?」
「もう一つ。MS隊の指揮権はアスランとバサラも含めて俺に移譲してもらえるんですね?」
「ええ、バサラの手綱をしっかり握ってて頂戴ね。彼はザフトにとって大事なお客様なんだから。」
「それはもう。議長にもしっかり頼まれてますから。」
「じゃ、各自明朝の出撃に備えて。」
『了解しました。』

 

「あ、そうそう忘れるところだったわ。
 連合の援軍としてオーブの艦隊が一緒に来るらしいわよ?
 確か、空母一隻と護衛艦が数隻だったかしら。」
「オ、オーブがですか!?」
「あの国も今は連合の一員、戦いは避けされないわ。かつての仲間を討つ覚悟くらいはしておくことね。」
「―――ハッ。」

 

**

 

「…オーブと戦う、か。」
ふらりとデッキに出てアスランが一人呟く。
(解っている。俺はもうオーブのアレックス・ディノじゃなく、ザフトのアスラン・ザラなんだ。
 オノゴロ島でムラサメに攻撃を受けた時点で解っていた事だろう?
 オーブ軍はもう敵でしかない。討つべき相手だ。それなのに何故、躊躇する?
 俺が、俺の心が弱いせいなのか、キラ――)

 

自問自答を繰り返し、徐々に気持ちが沈んでいると後ろから陽気な声が聞こえた。
「オーブに居たのか、大戦の後ずっと。」
「ハイネ……。」
「いい国らしいなぁ、あそこは。地上の楽園とか自称するぐらいに。」
「…今までにそんな呼び方は聞いたことないが、確かにいい国だったよ。少なくとも俺が居た頃は。」
「やっぱ、戦いたくないか。あの国とは?」
「はい…。」
「じゃお前、どことなら戦いたい?」
「え…?」
戦いたい相手。
ザフトでもなくオーブでもないとすれば、連合軍か。
(いや、違う。本当は誰とも戦いたくなんか…)

 

「どことかじゃなくて…その……」
答えに間誤付いているとハイネが目を真っ直ぐ見て、真剣な表情でいう。
「あー、やっぱり?俺もさ。
 そうとも、戦争なんざやらないほうがいいに決まってる。
 けどな、コイツはもう始まっちまった戦争で、俺達はザフト、敵は連合軍。
 敵は敵、と割り切れよ。でないと…死ぬぞ?」
いつもは人懐っこい笑顔を浮かべているハイネが真面目な顔で意見をしている。
それだけに、アスランも身を入れて聞いている。

 

が、真面目な顔から一転して笑顔に変わりこう付け足した。
「でなきゃ、バサラみたいになるかだな。」
「バサラさんみたいに…ですか?」
「ああ、そうさ。あいつは強いぜ。
 バルキリーの腕もそうだが、それ以上に心がな。」
「心、ですか。」
「そうとも、奴は自分が戦場で何をするか目的がはっきりしている。
 そういうぶっとい芯がある奴は強いさ。」
「………そうですね。」
「ま、もっとも奴がやろうとしてることが、本当にいい事かはまだわかんねえがな。
 そもそも戦場でアレを受け入れるだけの強い、というか広い心を持った奴がどれだけ居るかわかんねえし。
 あいつの腕は誰だって認めるとは思うがなあ。」
「はぁ…。それはそうと、バサラさんがやろうとしてることって一体?」
「そいつはまぁ、明日のお楽しみって奴さ。
 んー、そうだな、一足早く知りたきゃバサラの歌でも聴いてみな。ほれ、今もどっかであいつが歌ってるぜ?」

 
 

言われて耳を澄ますと、どこからかバサラの歌声が聞こえてくる。

 

<果てしない砂漠を さまよう二人
 穴があいている 俺の心には>

 

「おっ、こいつは『SUBMARINE STREET』か。
 アップテンポな曲もいいが、こういう落ち着いた曲もいいよな。」

 

<おまえに逢いたい この寂しさ 分かちあえる
 おまえをずっと 呼び続ける 声の限り>

 

「…戦争で別れた友人か恋人を探そうというんですか?」
「ブッブー!かすりもしてない。歌詞から連想なんて安直過ぎるぜ。
 別にこの曲でなくてもいいんだよ、歌詞じゃなくて歌自体を聴けば解るはずだぜ?」
「歌自体を、ね…。」

 

夢の中で見た 美しいおまえの
瞳に映る虹を いつかいっしょに見たい>

 

一番が終わり、バサラが弾くギターのみの間奏が流れる。
「で、どうよ?少しは解ったか?」
「……駄目だ。全然解らない。」
「かぁーっ、何聴いてたんだアスランよ、お前の耳孔にはゼンマイでも生えてんのか!?
 しょうがねえ、二番も続けて聴けば解るはずだろ。な?」
「そんな事言われても…」

 

<「おまえは今 何をしてるの?」
 誰といても 満たされない MY TRUE HEART>

 

(よく聴いているハイネには解るんだろうが、彼の歌をあまり聴かない俺には解らない…
 彼が戦場で、命を賭けてまでやろうとすることとは一体なんだ?)

 

<緑の草原で スレ違う2人
 いくら叫んでも かえるはこだまだけ>

 

(彼がやろうとすることを歌から――歌?まさか歌うことじゃないよな。)

 

<おまえに逢いたい 引き寄せたい 運命を
 おまえだけを 待ち焦がれて 時は過ぎる>

 

(流石に彼がミュージシャンだからってそんな安直な考えは無いだろう、俺。
 いや、まさかいくらなんでもそれは無い無い。)

 

<いつか本で読んだ 遥か遠い星の
 透き通る海に おまえを連れてゆこう>

 

(じゃあ一体なんだ?歌詞でもないとなると全然解らない…)
知恵熱が出そうなほど悩んでいるといつの間にか二番が終わり、ハイネが笑顔で訊いてくる。
「よし、もう流石に解っただろ。言っとくが、曲名にも関係ないぜ?」
「すまんが、やはり解らない。」
「あぁーーっ、もう。ったく、おまえは何でわかんねえんだ!?
 こんだけハートにビンビンに来るってのに、なんで解りやがらねえ!
 お前の心に琴線は一本も張られてねえってのか、あぁ!?」
「お、落ち着けよハイネ。何もそこまで言わなくても……」
「いいや、言わして貰う。何で解らねえ?てか解ろうとしねえ!?
 戦うことしか知らない戦闘兵器の心だろうがバリバリに響き渡るはずのこの歌が、アイツと同じ人間のお前に何で解らねえ!?
 ――よし、決めた。アスラン、おまえは機体のチェックが終わったら寝る間も惜しんでバサラの歌を聴け!
 そうすりゃ「デカルチャー!!」ってお前も言うはずだ、そうだろ?」
「いや、聴かないって。
 というか、そもそもデカルチャーの意味が…」

 

「よし、そうとなりゃ俺のコレクションをくれてやる!
 遠慮すんな、ちゃんとミネルバでの布教用に各十枚ほど買っといたから!
 バサラの直筆サイン入りだぞ、直筆のサイン入り。オクで買えば相当の値がつくようなレア物だが遠慮すんなって。
 さ、そうと決まれば俺の部屋に来い。量が多いからお前も持つんだよ。」
「だから別にいいって……っちょ、髪を掴まないでくれ!
 解った、聴く、聴くから貴重な俺の髪を引っ張らないでくれぇーーっ!!」

 

**

 

翌日、予定通りに出発し、ダータネルス海峡についたミネルバ。
所定の位置につくとコンディションレッドが発令され、ブリッジが遮蔽される。
MSパイロット達がパイロットスーツに着替え、それぞれの機体へと走る。

 

苛立たしげにロッカーを叩き、更衣室から出て行くシンをアスランが追いかける。
「おい、シン。どうしたんだ。」
「別にどうもしやしません……てか、むしろ隊長の方こそどうしたんですか?
 酷い顔ですね。気付いてるかもしれませんが目の下、クマが凄いですよ?」
髪はボサボサ、目は虚ろ、目の下にはクマ、パイロットスーツもしっかり着れておらず、足元も定まっていない、見た感じボロボロだ。
比較的健康な生活を心がけ、身嗜みに気を使っているアスランにしてはまずありえない状態だ。
「いや、もうしばらく歌が聴きたくなくなったよ…ははは。
 初めて知ったよ、歌ってのは、人を殺せるんだな…」
「?よく解りませんけど、そんな状態で出撃(で)れるんですか?
 表情から察すると、明らかに一度死んでますよ?」
「大丈夫だ、大丈夫。いざとなれば割ってでも動いてみせる。色々と。」
「はぁ…ともかくアスラン、無茶はしないでくださいよ?」
いつもなら突っかかる所だが、流石に死人に鞭打つような真似は出来ないのかシンがアスランを気遣う。
が、その気遣いに気付けないほどにアスランは疲弊しているのだった。

 
 

「熱源確認、一時の方向。数、およそ20。ッ、モビルスーツですッ!
 機種特定、オーブ軍ムラサメ、アストレイ。」
「MS隊、発進よろし。離水上昇、取舵10。」
操艦担当のマリクが艦長の命を復唱する。
「了解、離水上昇、取舵10度。」

 

「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
「アスラン・ザラ、セイバー、逝く…」

 

「ザクはこのまま待機だ。艦が反転したら各個出撃、敵を撃破しろ!」
「ウォーリア、了解。」
「ファントム、了解。」
「バサラは…ま、出撃のタイミングは任せる。が、今はとりあえず待機だ。」
「わぁったよ。」
「(熱気バサラを出撃させるだと?)…ハイネ、本当によろしいのですか?」
「問題ないさ、MS隊の指揮権は俺にあるからな。敵にも味方にもデカルチャーって奴だ。」
「(デカルチャー?)了解しました、ハイネなりに考えがあってのことでしょう。
 でしたら私が口を挟む必要はありません。」

 
 

「セイバー、インパルス、敵機と交戦開始。敵護衛艦よりミサイル、来ます!」
「対空、対艦ミサイル起動、迎撃開始。対空機銃、セイバーが撃ち漏らしたミサイルを撃ち落とせ!
 戦況を見て、微速後退開始。予定の位置まで下がり、伏せてある味方と共に敵を討つ。
 メイリン、ハイネ、アスランとシンには敵を曳きつけさせるよう指示を徹底させて。彼らの動きにこの作戦はかかってるわ!」
「了解です。」
「了解、艦長。」
「タンホイザー起動、いつでも撃てる様に準備しといて。」
「了解、タンホイザー起動準備。」

 

そこに慌てたメイリンの声が割り込んできた。
「…!艦長、大変です、MSハンガーより緊急入電、バサラさんが…その」
「メイリン、はっきり言いなさい。熱気バサラがどうしたの?」
「その、バルキリーで出撃したとの事です。」
「――え?出撃をせがまれても、ハイネがとめるはずでしょ?」
『いやー、艦長。悪い。とめる間も無くブッ飛んでっちゃった。』
アーサーが戦況の報告をやめてバルキリーの現在位置を報告してくる。
「ええぇぇ!?バ、バルキリー、まっすぐ敵密集地帯へ進んでいます!は、速い!
 このままだと、二十秒ほどで敵とぶつかります!」
「まずいわ、このままだと作戦失敗よ!セイバー、インパルスに彼の援護をさせて!
 タンホイザーの起動が終わり次第取舵30、敵を薙ぎ払いバサラを援護します!
 予定の位置まで下がれていないけど、この際しょうがないわ!」

 

「えぇっ!バサラさんが出撃した!?こんな敵の密集地帯に入ってこられたら援護なんて出来ませんよ!
 チッ、仕方ないアスラン、何とか包囲を切り抜けよう!」
「ああ、分かってる!」
二機同時に周りを取り囲む敵機に斬りかかろうとすると艦の方からどこかで聴いた音楽が流れてきた。
「!こ、このイントロは!?」
「[突撃ラブハート]、何で戦場でこの曲が!誰かのいたずらか!?」

 

そこにメイリンからの通信が入る。かなり慌てているらしく、普段の口調で喋っている。
『違うよ2人とも、これは、バサラさんの乗ってるバルキリーから…』
『そうとも、バサラのバルキリーが流してんのさ。』
ハイネからの通信が割り込んできた。ニヤニヤと笑いながら二人に指示を出す。
『いいかお前ら、今から可能な限り敵機を撃ち落とすなよ!戦場でのファイアーボンバーの初ライブだ。
 オーディエンスが居なくちゃ話になんないだろ?』
「ちょ、こんな時に何冗談を言ってんですかハイネさん!?」
「ハイネ、言っていい冗談と悪い冗談が…お、おい、まさか、昨日君が言ってたのはこういうことだったのか!?」
『ハッハッハ、やっと気付きやがったか。そうとも――アイツこそ歌で戦争をとめる大馬鹿野郎よ!』

 
 

あっという間に戦場へ来たバルキリーがファイターで敵のMSの包囲網と真っ只中へ突っ込む。
そこからバトロイドに変形し、手持ちのスピーカーガンポッドからスピーカーを敵へ向かって乱射する。
ファイアーバルキリーに付けられたスピーカーと敵に撃ち込まれたスピーカー、さらにはいつ取り付けたのかミネルバの各部からせり上がった大型スピーカーから軽快なリズムが響き渡る。
この常識では考えられない奇怪な状況にミネルバの面々も、連合もオーブも棒立ちだ。

 
 

イントロが終わろうかという時、バサラが大きく叫ぶ。

 
 

「行くぜぇ、コズミック・イラだろうが関係ねえ、俺の歌を聴けえ!!」

 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY feat.熱気バサラ
第八話 バサラの流儀~LET'S FIRE!!~