RePlus_第三幕_前編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 11:45:23

0075年 六月中旬
時空管理局遺失物管理対策部隊 機動六課隊舎。
同、部隊長オフィス。

「このお部屋も、やっと隊長室らしくなりましたねぇ」
「うん、そうやね。リインの机もちょうどいいのが見つかってよかったなぁ」
 リインフォースⅡは、小さな体に合った椅子をクルクルを回しながらはしゃいでいる。
 ダンボールと書類の山で埋もれた隊長室は、綺麗に整理整頓され、ようやくオフィスの体裁
を取り戻した。
 機動六課は、昨日まで仮運営が認められていたが、本日午前零時を持って時空管理局遺失物
管理対策部隊"機動六課"として、ようやくスタートを切れる事となった。
 その性か、はやては、上機嫌で書類の山を処理している。
「はい、どうぞ」
 来訪を告げるブザーが鳴り、隊長室に六課の制服に身を包んだ高町なのはとフェイト・T・ハ
ラオウンが姿を現した。
「おっ、お着替え終了やな」
「お似合いですぅ」
「にゃはは」
「ありがとうリイン」
「三人で同じ制服姿って中学の時以来やね。なんや懐かしい。まぁ、なのはちゃんの方は飛ん
だり跳ねたりし易い教導隊制服でいる時間の方が多くなるかもしれへんけど」
「まぁ事務仕事とか公式の場では、こっちって事で」
「ふふふ」
「さて、それでは」
「うん。本日只今より高町なのは一等空尉」
「フェイト・T・ハラオウン執務官」
「両名共機動六課へ出向となります」
「どうぞ、宜しくお願いします」
「はい、宜しくお願いします」
 はやては、敬礼しながら、二人に笑顔を向けた。
「どうぞ」
「失礼します」
 ブザー再度鳴り、紫色の髪をした理知的な青年現れる。
「あっ、高町一等空尉。テスタロッサ・ハラオウン執務官。ご無沙汰しています」
「「ん?」」
 なのはとフェイトは、青年に心当たりは無かったが、記憶の奥にあった少年の僅かな面影に
目の前の青年が重なった。
「もしかして、グリフィス君?」
「あ、はい。グリフィス・ロウランです」 
 グリフィスは、かってのはやての直属の上司であるレティ・ロウランの息子であり、現在は
、はやての副官を勤めていた。
「あ、ひっさしぶり~って言うか凄~い。凄い成長してる」
「うん。前見た時はこんな小さかったのに」
「そ、その節は色々お世話になりました」
 自分の腰よりも下に手を翳すフェイト。フェイトにかかってしまえば、誰でも"小さかったの
に"にされかね無い。はやては、苦笑しながら、グリフィスに助け舟を出す。
「私の副官で後待部隊の責任者や。運営関係でも手伝って貰ってる」
「お母さん。レティ提督はお元気?」
「はい、おかげさまで。あっ、八神部隊長、報告しても宜しいですか?」
「うん。どうぞ」
「フォアード五名を初め、機動六課部隊員とスタッフ全員揃いました。今はロビーに集合全員
待機させてます」
「そうか結構早かったな。なのはちゃん、フェイトちゃん。まずは部隊の皆にご挨拶や」
「「うん」」

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第三幕"鼓動-FirstAlert"

「あ~何か緊張して来たぁ」
 六課制服に身を包んだ、スバルがロビー脇のソファに座り落ち着き無く辺りを見回している
。六課隊舎は、新築されたばかりで白を基調としたデザインは洗練され"寮"と言うよりは、ま
るでリゾートホテルのような印象を受けた。
「スバル…あんまキョロキョロしないでよ」
 用意された紅茶を飲みながら、ティアナはスバルに気づかれないよう周囲を見渡す。緊張し
ているのは彼女も同じで、何かしていないと落ち着かなかった。ロビーには、前線に赴き直接
事件を捜査解決する前衛部隊と前衛部隊を補佐する後衛部隊の面々が集まり談笑している。調
理師等、六課運営に関わる全ての隊員がロビーに集結し、当然その中には、ティアナとスバル
と同じフォアードの人間も居る筈である。ティアナは、はやてから六課の新規フォアードは五
名を聞かされていたが、プロフィール等は一切聞かされていなかった。そう言う訳でティアナ
は、先刻から忙しなく視線を動かし、自分と同じフォアードの人間を探していた。中には、十
歳位の男の子と女の子も居たが、そもそも、魔道師の実力と年齢は比例しないものだ。彼等も
フォアード陣である可能性は十分にあった。
「ふぅ」
 ティアナは溜息を付きながら、紅茶を置き、お茶請けに手を出した。この後に控えた部隊長
挨拶に向けて、大勢の人間が忙しなく動き回る隊舎内で、スバルとティアナが座るソファーだ
けが、空間から切り離されてしまったかのように静かだ。ティアナ達前衛が、報告書等の事務
仕事を除けば隊舎内でする仕事は殆ど無い。前衛部隊は体が資本。食べて寝て訓練と出撃を繰
り返し、隊舎内に帰ると泥のように眠るのが陸戦部隊の生活だった。食事清掃等身の回りの世
話に始まり、その他の業務は全て後待部隊の仕事だった。そんなわけで、着任したばかりのテ
ィアナとスバルには、普段以上に仕事が無かったのである。
 だから、ティアナが見知った顔を偶然見つけたのは偶然だった。ティアナは、視界の隅にダ
ンボール箱を幾つも抱えながら、燃えるような赤い髪の美女の後ろを歩いているシン・アスカ
を見つけたのだ。
「ぶふぉ」
「やだ、ティア汚い」
「スバル!ちょっと来なさい」
 ティアナはスバルの手を取り強引に連れ出す。スバルは、飛んで来たクッキーの粉を払い、
紅茶で無くてよかったと一人安心ていた。
「アスカ?」
「ん?」
 ティアナは、さり気無く声をかけたつもりだったが、予想より大きな声になった事に戸惑っ
た。名前を呼ばれたシンが、身長以上に嵩高いダンボール箱の横からひょいと顔を出す。シン
の前を歩いていた美女も何事かと振り返った。
「ランスター?」
「アスカ!あんたこんなところで!」
「ああ!シン君、なんでこんな所にいるの!」
「何してるのよ」と言う前に、ティアナの耳元でスバルの大声が爆発する。ティアナの声が、
スバルの喜びを含んだ大声にかき消されてしまう。
「何でって?俺はここに厄介になってるから」
「え、じゃあ…もしかして、シン君も六課の隊員なの?」
「あ、ああ。一応今日付けの辞令で正式に六課隊員になった」
「前衛部隊?それとも後衛部隊?」
「ぜ、前衛だ。そ、そうか、俺の他に新規投入のフォワードって、お前達の事だったのか」

「俺の他にって事は、シン君もフォワードなんだ」
「あ、ああ…そうだ」
「凄い偶然だよティア!私達もう一回チーム組めるかも!」
 嬉しそうに喋るスバル。
「そ、そうだな」
 シンは、スバルの質問にタジタジになりながら、何とか質問に答えるのける。スバルに聞き
たい事を全て聞かれてしまい、出鼻を挫かれるティアナ。喉まで出掛かった声が行き場を無く
し中途半端に霧散する。
「と、とにかく無事でよかったわ」
「無事って…一緒に治療して貰っただろ」
「そう言う事じゃ無くて…まぁいいわ、で、あんた何してるのよ。そんな重そうなダンボール
幾つも持って」
「何って…オフィス用品の納品の手伝いだ」
「…一個持ったげようか」
「それは、嬉しいけど。これ結構重いぞ。持てるか?」
「馬鹿にしないでよ。ここでも、一応陸士なのよ。ダンボール程度問題無いわよ」
「うわっ、ティアが何か親切だ…不気味」
「スバル…あんたブッ飛ばされたいの」
「いふぁい、いふぁい、ふぃあ。グリグリ禁止ぁ」
「…お前等あんまり変わんないな」
 頬を緩ませ苦笑するシン。
「アスカ、知り合いか?」
「ええ、副隊長。昇格試験の時の」
 微笑むシンの横から、今迄沈黙を守っていたシグナムが口を出す。
「ああ。あの、アスカとチームを組んだ。なる程。私は、ライトニング分隊シグナムだ。これか
らお前達とも同僚となるな。二人共以後宜しく頼む」
「ティア・ランスター二等陸士です」
「スバル・ナカジマ二等陸士です」
 二人はシグナムに対し敬礼で答える。
「うん。もうすぐ八神部隊長の挨拶がある。それまで、二人共休んでおくと良い。暇を持て余し
ているなら、そこで、シャマルと話している、エリオとキャロに挨拶でもするといいだろう。二
人ともお前達と同じフォアードで先任陸士だ」
 白衣を着た金髪の女性の横で赤毛の少年が、鉛筆片手になにやら小難しい顔をして分厚い本を
読んでいる。その横で桃色の髪の可愛い女の子が、少年の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
「二人共、積もる話もあるだろうが今は我慢してやってくれ。では、すまんがアスカは借りてい
くぞ。行くぞ、アスカ」
「りょ、了解。二人ともまた後でな」
 シグナムの後を、しっかりとした足取りでついていくシン。
「何ていうか?舎弟?」
「せめて、部下って言ってあげなさいよ」
 シンは、女性が多い六課で便利に使われているようだった。

 六課全隊員達が、各部署毎に整列している。先任陸士である、エリオをキャロを先頭に、テ
ィアナ、スバルと並び、身長で頭一つ高いシンが最後尾に整列していた。隊長格である、ヴォ
ルケンリッターの面々が隊員正面に立ち、はやての到着を待ち望んでいる。程なく、はやてが
、なのはとフェイトを連れ添い姿を見せた。隊員達は、皆顔を引き締めはやての一挙手一足等
に注目する。最後に到着したグリフィスが、はやての後ろに控えた。
「機動六課課長。そして、この本部隊舎の総部隊長八神はやてです」
 隊舎内の設営された仮講堂が拍手に包まれる。
「平和と法の守護者。時空管理局の部隊として事件に立ち向かい、人々を護って行く事が、私
達の使命であり、成すべき事です。実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォア
ード陣。それぞれ、優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ。全員が一
丸となって事件に立ち向かっていけると信じています…まっ、長い挨拶は、嫌われるんで以上
ここまで。機動六課課長及び部隊長八神はやてでした」
 再び割れんばかりの拍手が響いた。

「シグナム。久しぶりです」
「ああ。そうだな、テスタロッサ。直接会うのは三週間ぶりか」
 隊舎内廊下でフェイトは、シグナムと三週間ぶり再会した。三週間と言う言葉は、フェイト
は、ショッピングセンターの犯人と被害者達を思い出し、陰鬱な表情になる事を避けられなか
った。
「あまり気に病むな。私達はやれるだけの事はやった。大事な事は、あんな事をもう起こさな
い事だ。そして…その為の機動六課だ」
「…はい」
「なら、暗い顔はよせ。事件を背負うのは構わんがそれに潰されてどうする」
「はい。そういえば、シグナムと同じ部隊になるのは初めてですね。どうぞ宜しくお願いしま
す」
「こちらの台詞だ。大体お前は私の直属の上司だ」
「それがまた、何ともおぼつかないんです」
 シグナムの問いに苦笑いで答えるフェイト。幼い時から自分の事を良く知るシグナムに、フ
ェイトはどうにも頭が上がらない。
「上司と部下だからな。テスタロッサにお前呼ばわりは良くないか。敬語で喋って方がいいか
?」
「そ、そう言う意地悪はやめて下さい。いいですよ、テスタロッサでお前で」
「そうさせて貰おう」
 シグナムは微笑し、いつの間にかフェイトの心は落ち着いていた。

「そう言えば、お互いの自己紹介はもう済んだ」
 フォアード陣五人を引き連れたなのはが、五人に急に振り返り微笑む。
「え、えっと」
「名前と経験やスキルの確認はしました」
「後部隊分けとコールサインもです」
 キビキビと質問に答えるティアナとエリオと対照的にスバルは、オロオロしている。年下のは
ずのエリオの方がスバルより年上に見えた。
「じゃあ、早速訓練に入りたんだけどいいかな?」

 なのは、制服を教導隊に変え、六課隊舎近郊沿岸部に設置された訓練スペースに佇んでいた。
現在六課フォアード陣は、訓練前のウォーミングアップの為に、隣接する商業地区でランニング
を行っている。訓練着に着替え五人が、無人の道路を横並びに走って来るのを見ながら、なのは
は、早速訓練プランを練り始めた。
「今返したデバイスには、データ記録用のチップが入ってるから、ちょっとだけ大切に扱ってね
。それと、メカニックのシャーリーから一言」
「え~メカニックデザイナー兼機動六課通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士です。初めて
の方も、お久しぶりの方も、こんにちは。私の事は、皆はシャーリーって呼ぶので、良かったら
そう呼んでね。皆のデバイスを改良したり、調整したりするので、時々訓練を見せて貰う事にな
ります。あっ、デバイスについての相談とかあったら、遠慮なく言ってね」
 五人の元気の良い声が響く。
「じゃあ、早速始めようか」

「えっでも」
「ここで…ですか?」
 困惑しながら、何も無い海を見つめるティアナとキャロ。視線の先には、穏やかな海原が存在
しているだけだ。
「ふふ、シャーリー」
「は~い。機動六課自慢の訓練スペース。なのはさん完全監修の訓練シミュレーター 」
 シャリオは、小気味良い返事で答えると同時に、猛烈なスピードでコンソールを叩き始める。
「ステージセット」
 臨海部に新設された、広大な訓練スペースに巨大な魔方陣が展開される。魔方陣の中から、高
層ビルが次々と姿を現し、あっという間に廃墟となった都市が出現した。次々に感嘆の声を上げ
る五人。その様子になのはは、微笑みシャリオは上機嫌に魔法擬似空間のパラメーター設定を続
けた。

「ヴィータここに居たのか」
「シグナム」
 訓練空間を一望出来る高台で、ヴィータはシン達の訓練風景を厳しい視線で見つめていた。
「新人達は早速やっているようだな」
「ああ」
「お前は参加しないのか?」
「五人ともまだヨチヨチ歩きのぺーぺーだ。あたしが教導を手伝うのは、もうちょっと先だ
な」
「そうか」
「それに、自分の訓練もしたいしな。同じ分隊だから、私は空でなのはを守ってやんなきゃ
いけねぇ」
「頼むぞ」
 二人共三週間前のような事態は、勘弁願いたいのが本音だった。二人の主である、はやて
は、勿論の事、なのはやフェイトしいては、下手をうっていれば管理局本部が崩壊する可能
性もあった。六課は、来るべき厄災の抗生剤として設立された側面も持つ。二度と仲間は傷
つけさせない。ヴェータは、その小さい体に似つかわしくない決死の覚悟を固めていた。
「そう言えばシャマルは」
「自分の城だ」
『ん~~これなら、あんな事も!こんな事も出来ちゃう?』
 何故かヴィータの瞼の裏に白衣を着て満面の笑みを浮かべるシャマルが見える。
「…あいつ、色々ブチマケタリしないだろうな」
「何を"ブチマケル"と言うのだ…何を」
 それは、ヴィータの口からは、とてもでは無いが言える事では無かった。

 待機場所で、シン達五人は、訓練前のブリーフィングに励んでいた。全員のデバイスの特徴
、訓練初回である事から各員の実力の把握など確認する事は山程ある。ティアナは限られた時
間を有効活用する為、五人を二チームに分ける事を提案した。シンの実力は、把握しているが
、エリオとキャロの実力は未知数だ。エリオは槍型のデバイスを持つ近中距離型。一撃離脱戦
法を得意とする事から、シンと似た戦法を取る。対してキャロは、今や希少となった"召還術"
の使い手ではあるが、その能力は典型的な後衛援護型だった。
「この際だから、前衛とそれ以外にチームを分けましょう。訓練内容を考えたのは、あの高町
なのは。バランス良いチーム編成したって、通用するとは限らないここは、短所を補うより、
長所を伸ばす編成でいきたんだけど…異論ある人いる?」
 ティアナは、全員の承認が得られて処でチーム分けを決定する。
「アスカとスバルとエリオ。アンタ達前衛は、開始と同時に最大攻撃力で目標を倒しなさい。
スバルを先頭に、アスカとエリオが両翼を付いて援護。陣形は楔型。典型的な一撃離脱の基
本陣形よ。これなら、アスカも知ってるでしょ」
「ああ。エリオとの模擬戦で腐る程やった」
「ねぇシン君。ちょっと聞こうと思ってたんだけど、シン君はエリオとキャロの事知ってるん
だよね」
「はい。シンさんが、ここに来た時から、一緒に訓練してましたから」
 シンでは無く、代わりにエリオが答える。
「ふぅ~ん」

 納得するスバルの横でティアナは、昇格試験のカラクリが見えてきたを感じた。恐らく自分
達を除き、シンの場合試験の合否に関わらず、最初から六課配属が決まっていた出来レースの
可能性があると、そうティアナは結論付けた。六課本始動前に、シン・アスカが、配属に際に
不自然では無いようにキャリアを身につける為に、八神はやてがB級昇格試験にねじ込んだ。
邪推かも知れないが、そう考えると矛盾が無いように感じた。
(八神部隊長。結構腹黒いかも)
 当然考えすぎであると言われれば、それまでだが、ティアナはこれ以上深く考えるのを止め
る。シンが居なければ合格が危うかったも事実であるし、仲間にあれこれ勘潜るのも馬鹿らし
いと感じたからだ。
「さて、とにかく、やって見ますか」
 緊張で乾いた唇を舐めながら、ティアナは一人静かに闘志を燃やしていた。

『よしと。皆聞こえる?』
 念話から、なのはのいつものおっとりした声が聞こえて来る。しかし、返事をした五人の中
に、これから先の訓練が決して平穏無事に終わると感じた者はいなかった。
 若干十九歳で、管理局随一の魔道師であり、航空部隊エースオブエース。なのはに捕まった
犯罪者達が、その容赦の無い活躍劇に"管理局の白い悪魔"と銘打った程の猛者である。温和な
声など何の保障になろうと言う物だ。
『じゃあ、早速ターゲットを出して行こうか。まずは軽く八体から』
『動作レベルG攻撃精度Dってところですか?』
『私達の仕事は、捜索しているロストロギアの保守管理。その目的の為に私達が戦う事になる
相手は…これ』
 目の前の地面に転移魔法陣が展開され、地面から細長い球形をした魔道機械が姿を現した。
『自立行動型の魔道機械通称ガジェットドローン。これはそのⅠ型ね。近づくと攻撃して来る
し、攻撃は結構鋭いよ』
『では、第一回模擬戦闘訓練。作戦目的、逃亡するターゲット八体の捕獲もしくは、撃滅十五
分以内に…それでは、作戦開始!』
 なのはの合図と共に、ガジェットⅠ型が踵を返し逃亡を開始した。

 廃墟の坂道をガジェットドローンが軽快に走り抜ける。その後をスバルがローラーブレード
で懸命に追いかけていた。
「はあああああ!」
 スバルは、足に魔力を集中し、引き放たれた矢のように跳躍し、中空で魔力弾を放つ。青色
の魔力弾は、ガジェットⅠ型の隙間を通り抜け地面に激突し遭えなく爆発する。
「なにこれ、速っ!」
 ガジェットⅠ型の速度は、スバルの想像を遥かに超え、その鈍重な姿とは想像も出来ない程
、瞬敏かつ緻細なものだった。ガジェットⅠ型のカメラアイが、道路に立ち塞がるエリオを捉
え、瞬時にFCSを起動し攻撃態勢に入る。エリオは、迫り来るガジェットⅠ型に、相棒であるス
トラーダを正眼に構える。ガジェットの攻撃に怯む事無く、ショックビームの嵐を掻い潜りビ
ルの壁目掛けて跳躍する。
「つああああ!」
 壁を走りながら、気合と共にエリオは、魔力の斬撃をガジェットⅠ型に向け放つ。三日月状
の斬撃を、ガジェットⅠ型は悠々を避けエリオの下を走り抜ける。
「駄目だ…ふわふわ避けられて当たらない。シンさん、そっち行きました!」
 シンは、エリオの下を走り抜けて来る先頭のガジェットⅠ型に冷静に狙いを付ける。一見動
きは俊敏で捉える事が困難に見えるが、ガジェットⅠ型の機動は、直線的で単純だ。攻撃がく
れば、右か左かに避けるだけ。平次元な動きだけでは、MSによる宇宙空間での三次元戦闘に習
熟したシンの敵では無い。シンは、お得意の地面スレスレに疾走する超低空滑空で、すれ違い
様にガジェットⅠ型に斬りかかる。
 ガジェットⅠ型の底部のバーニアが火を噴き、ガジェットⅠ型が真垂直に跳躍する。
「あれっ!」
 シンの斬撃は、虚しく空を斬った。ガジェットⅠ型達は、シンの横を「この間抜けめ」と主
張するようにカメラアイを明滅させながら通り抜ける。
「…あんたって人は」
 シンは、ふるふると拳を震わせながら「このAIプログラムを組んだ奴は絶対性悪だ」と、心の
メモ帳に書き残した。

『へっくち』
『シャーリーどうしたの?』

「こら、前衛三人。分散しすぎ。ちょっとは後ろの事考えて」
「ごめん」
「す、すいません」
「…すまん」
「全く。ちびっ娘、威力強化お願い」
 ティアナは、三者三様の謝罪の言葉に頭痛を堪えながら、眼下を逃走するガジェットⅠ型に
屋上から狙いをつける。
「はい。ケリュケイオン !」
『BoostUp,BulletPower』
「シューーート!」
 キャロのグローブ型のブーストデバイス"ケリュケイオン"が光を放ち、ティアナの魔力弾が
収束増幅され、ガジェットⅠ型に襲い掛かる。命中の瞬間、ガジェットⅠ型の体が振動し前面
の空間が歪む。魔力弾は空間の歪みに衝突し四散する。
「バリア!」
「違う。フィールド系か?」
「魔力が消された」
『ガジェットドローンには、ちょっと厄介な性質があるの。攻撃魔力をかき消すAMF(アンチマ
ギリングフィールド)』
 ガジェットⅠ型は、まるで何事も無かったかのように、ビルの隙間を縫うように逃走を開始
する。
「舐めるな!」
「あっ!この!」
 ガジェットⅠ型の態度に腹を立てたスバルとシンが、無鉄砲にも追跡を開始する。スバルの
足元に魔方陣が展開され、青色の滑走路"ウイングロード"が生成される。
「二人共、この馬鹿!」
 スバルは、上空をウイングロードで疾走し、シンは超低空を滑空する。
『それに、AMFを全開にされると』
 シャリオがコンソールを操作する。ガジェットⅠ型の周囲が再び歪み、スバルのウイングロ
ードが瞬時に消滅する。
「うわあああわあ!」
「ちょっと待て、ナカジマ」
 バランスを崩したスバルが、超低空を滑空しビルを沿うように跳ね上がって来たシンと激突
する。二人は、そのままガラスをぶち破りながらビル内部に突撃する。
『事象や足場作り、移動系魔法の発動も困難になる。スバル!アスカ君!大丈夫?』
「っつうう…何とか」
「も、問題ありません」
 ガラスの破片を被ったわりには、二人共怪我一つ無い。その代わりに、フロア内に堆積した
埃を山ほど被り、全身を白くほんのり染まってしまう。
『まぁ、訓練場では、皆のデバイスにちょっと細工して擬似的に再現してるだけ…なんですけ
どね。でも、現物からデータを取ってるから再現率はかなり高いよ』
 シャリオの声がやけに楽しそうなのは、技術屋の醍醐味故だと信じたいシンだった。
『対抗する方法は幾つかあるよ。どうすればいいか、素早く考えて、素早く動いて』
(軽く言ってくれるわね)
「ちびっ娘…名前何て言ったけ」
「キャロであります」
 ティアナは、眉間に皺を寄せながら、端末に穴が開く位凝視している。対抗策はあるが、実
に難しい方法だった。
「キャロ…手持ちの魔法とそのチビ竜の技で何とか出来そうなのある?」
 キャロの愛竜フリードが「ワァア」と小さく吼える。
「試してみたのが幾つか」
「私もある」
 ティアナは端末を消し、闘志を燃やす。
『アスカ!スバル!』
「オッケー」
「了解した。先行して時間を稼ぐ」 
「エリオ!足止めは任せたよ」
「や、やって見ます」

『へぇ~皆良く走りますね』
『危なっかしくてドキドキだけどねぇ』
『デバイスのデータ取れそう?』
『いいのが、ギュンギュン来てます。五機共良い子に仕上げますよぉ。特にアスカさんのデバ
イスはZGMFの技術も幾つか使った意欲作ですしね。レイジングハートさんも、よ、ろ、し、く
、お願いします』
『お、お~らい』
 シャリオの眼鏡がゆらりと怪しく煌いた。
 
「カードリッジロード」
 シンの大剣が轟音を放ちカードリッジを装填する。刀身が赤く光り高熱を帯びる。
「いくよ、ストラーダ」
『Explosion』
 ビルとビルとを繋ぐ渡り廊下上で待機していたエリオ。ストラーダが、紫電を纏い斬撃と共に
渡り廊下を両断する。膨大な瓦礫が落下し、直下を驀進するガジェットⅠ型に襲い掛かる。轟音
と白煙が立ち上り、ガジェットⅠ型が、一機落下物に押しつぶされて爆発する。白煙の中から、
二機のガジェットⅠ型が飛び出した瞬間、狙い済ましたシンの斬撃波が二機を両断する。
「ナカジマ!」
「うん!潰れてろ」
 スバルのガントレットが唸りを上げ、ガジェットⅠ型に拳打をお見舞いする。しかし、魔力を
帯びたスバルの拳打は、ガジェットⅠ型のAMFに弾かれる。
「なら、シン君!」
 スバルは、空中で身を翻しシンに目で合図を送る。シンは、無言で大剣を引き絞り、スバルの
ローラーブレード目掛けて振り放つ。
「ナカジマ、二時方向!」
「了解!」
 スバルは、シンの大剣をローラーブレードで器用に受け止め、シンの遠心力をも推進剤に変え
る。スバルは、一発の弾丸と化しガジェットⅠ型目掛けて跳躍する。
「貫けえええ!」
ガジェットⅠ型のAMFを貫き、Ⅰ型はスバルに装甲を食い破られ爆発四散する。
「フリードブラストフレア」
「カァアア!」
 小竜が猛り、口腔から炎の弾を吐き出す。フリードの炎は、命中すると同時に爆発炎上する。
燃え盛る炎は、ガジェットⅠ型の足止めに成功する。
「我が求めるは、戒める者、捕らえる者。言の葉に答えよ。鋼鉄の縛鎖。連結召喚アルケミッ
クチェーン!!」
薄桃色の魔方陣がされ、縛鎖がガジェットⅠ型を捕縛する。シンとスバルが、跳躍し捕縛さ
れたガジェットを破壊する。
『召喚魔法って、こんな事も出来るんですねぇ』
『無機物操作と組み合わせてるね。中々器用だ』
 ティアナは、射撃に最適なポジションを探してビルからビルへ飛び移る。
「こちとら射撃型。無効化されて はいそうですかって、下がってたんじゃ、生き残れないの
よ」
『アスカ、スバル!上から狙うから、そのまま追ってて』
『オッケイ!』
『分かった』
破壊された仲間に目もくれず、一目散に逃走するガジェット達。ティアナは、冷静に狙いをつ
け、デバイスに魔力を集中させる。
『魔力弾?AMFがあるのに?』
『いいえ、通用する方法はあります』
『うん』
 レイジングハートが珍しく声を上げる。

「攻撃用の弾殻を無効化フィールドで消される膜状バリアで包む。フィールドを突き抜ける間
だけ保てば本命の弾はターケッドに届く」
 ティアナの限界に迫る、魔力増幅率と並列魔法処理は、ティアナに極限の集中力を要求する
。少しでも制御に失敗すれば、良くて魔力四散、悪ければその場で暴発する可能性もある。
『フィールド系防御を突き抜ける多重弾殻射撃。本来はAA級の技なんだけどね』
なのは、分身に加えAA級の技術を扱えるティアナに舌を巻く。他の前衛陣に比べて、見た目
の派手さこそ無いが、精密な射撃能力と状況を正確に掴む目。そして、器用な魔法技術は磨け
ば光るモノがある。特にティアナの状況把握能力は大したもので、惜しむ事は、それを使いこ
なせていない事だ。ティアナは、本人が否定しようが、実に指揮官向けの素質を備えている。
だが、その才能は、まだまだ粗く拙いものだ。せっかくの才能もティアナ自身が気が付かなけ
れば開花しない。なのはは、それをどうティアナに自覚させるかを早速考え始めた。
「固まれ、固まれ、固まれ、固まれ」
デバイスに魔力弾を生成し、その上を薄皮一枚の魔力で加工する。薄くさりとて固く。矛盾
する二つの要素を強引に纏め上げる。
「バリアブル・シュート!!」
 ティアナの目が見開き、魔力弾がデバイスから流星のように発射される。魔力弾は、光の尾
を引きながら、シンとスバルをあっさり追い抜き、ガジェットⅠ型のAMFに接触。外殻の魔力膜
はAMFによって消去されるが、本命の魔力弾が、ガジェットⅠ型の装甲を突き抜け、残り全ての
ガジェットを始末した。
「あ~疲れたぁ」
AA級の高等技術を行使した上に、消去された外殻を遠隔操作で連続再加工したのだ。消耗し
ない方が嘘である。ティアナは、心地よい疲労感を体に感じ大きく息を吐いた。

「はい~お疲れ~」
地上本部に顔を出していた、はやてが、夜遅くに帰社する。管理局執行部の面々は、第一級捜
索対象である、ロストロギア"レリック"の危険性については、再認識してくれたが、今彼らの頭
を悩ませているのは、別の案件だった。
三週間前の不確定生物群による、管理局本部の襲撃と周辺都市で起こった、一般市民の大量殺
人事件。前者は、管理局本部の魔道師運用計画を根本から覆すモノであり、後者は管理局本部に
対する不信感を煽った。禁止されている質量兵器の登場。デスティニーが多くの市民に目撃され
た事も運が無かった。 不幸中の幸いは、デスティニーが、飛来する不特定生物から市民を守り、
撃退した事が市民にとっても周知の事実である事。火中のシン・アスカは、市民を守ったわけで
は無く、必死に戦ったら結果的に市民を守った事になっただけだったが、管理局側は、デスティ
ニーとの関係を完全に否定した。今でこそ事態は沈静化に向かっているが、事件発生直後は、各
社マスコミが挙って管理局を糾弾し、ゴシップ誌がデスティニーを"謎の正義の巨大ロボット現
る"と面白おかしく書きたてた。 だが、不特定生物の強力なジャミングにより、映像画像記録は
残される事は無く、デスティニーの目撃記録も機動六課内に限られていた為に、緘口令を引くの
は容易かった。結果デスティニーは、管理局本部の地下施設に封印され、真相は一部の人間だけ
が知ることとなる。もし、今"レリック"による、大規模災害が起これば、先の事件と相俟って、
管理局始まっての最大不祥事となる。しかし、その危機的状況の中でも、管理局上層部の大半の
心配毎は、不祥事による来年度の予算削減と自己保身だけで、結局仮運営を開始していた機動六
課に"レリック"事件の解決を丸投げしたのである。

「まぁ、そのお陰で、申請で揉めてた六課が正式始動したんやから、ラッキーやけどな」
 はやては、スパゲティを食べながら、管理局上層部に対する愚痴を溢す。せっかく、六課始
動の華々しい初日に、はやてがやった事は、フェイトと一緒に上層部のご機嫌伺いだけであっ
た。
「ほんま、あの人達には腹立つ。好きにやれ言うときながら、いざやろうとしたら、召喚命令
や。任すんやったら最後まで任せて欲しいわ」
「後ろ盾は、しっかりしていて文句の付けようが無いはず…なんですがね」
「シグナム…甘い。後見人とか、後ろ盾が有ろうが無かろうが、あの人達が言いたいのは"激励"
や無くて"文句"。つけたいのは"決着"や無くて"ケチ"や。ほんまに事件解決する気があるのか
疑いたいわ」
「随分お怒りね、はやてちゃん。でも、ここは笑顔で我慢しないと」
 その先をシャマルに言われなくとも、はやては、十二分に自覚していた。せっかく掴みかけて
いる理想の尻尾だ。中央のつまらない横槍で消したくは無かっし、自分の理想を理解し力を貸し
てくれる人達が居る限り、はやては彼等を裏切る事は出来なかった。
「この年齢で中間管理職の悩みに直面するとは、考えても見なかったわ」
「はやて、大丈夫か?」
「あは、大丈夫やでヴィータ」
 はやては、心配そうなヴィータの頭を撫でながら気合を入れ直す。腐っても官僚。粘っても官
僚。耄碌した爺様達と評する事は誰にでも出来る。中央官僚にとって、現在の地位は、海千山千
の兵との生存競争に勝ち抜いた結果だ。老獪と言う名の経験年数には、はやての輝かしいキャリ
アも霞んでしまう。
「そうや、聞きたかったんやけど、現場の方はどないや?」
「なのはとフォアード隊は、挨拶後すぐから、朝から夜まで、ずっとハードトレーニング。新人
達は今頃グロッキーだな。まぁやる気と負けん気は強いみたいだし、何とかついていくと思うよ
。全員ロビーでへばってたから、今頃はベットでお眠じゃ無いか」
「そうかぁ」
 ヴィータの報告を、はやては、嬉しそうに微笑みながら聞いている。はやては、食後の珈琲を
飲みながら、今夜シンはキチンと眠れているだろうか、少し気になった。