RePlus_第三幕_中編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 11:49:59

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
第三幕"鼓動-FirstAlert"

0075年 六月下旬
時空管理局遺失物管理対策部隊 機動六課隊舎。
AM05:45

 六課フォワード隊員の朝は早く忙しい。朝食前の早朝訓練に加え、訓練前にウォーミングア
ップ為に時間にも時間を割かなければならない為に、行動には常に分刻みのタイトさが要求さ
れる。もし、万が一遅刻しようものなら、指導教官である高町なのはから、特別補習と言う名
の大変ありがた迷惑なお説教が待っている。時間は大切に。何処の世界でも、朝の三十分が大
切な事は変わらない。
「おはよう…ござい…ます」
 意外にも朝は低血圧なシンが、ぼんやりとした顔で共用の洗面所に入って来る。
「おはようございます、シンさん」
「うぃ~す、おはよう」
 既に身支度を始めていたエリオが、シンに元気良く挨拶し、その横で六課ヘリパイロットで
あるヴァイス・グランセニックは歯磨きの真っ最中だった。覚束ない足取りで洗面台に向かう
シンをハラハラしながら見つめながら口を濯ぐ。前衛隊員として顔を合わす事が多い三人は、
年齢の違いも苦にせず仲が良い。シンは、隣に歯磨き粉が飛び散るも頓着せず、ヴァイスの隣
で冷たい水で顔を洗い始める。冷水で顔を二度、三度と洗う内にシンの目が覚め始め、歯磨き
、髭剃りと済ませると寝ぼけたシン・アスカでは無く、いつも通りの実直なシン・アスカが完
成する。
「ふぅ。戻ったぁ」
「いつも、思うけど…お前って結構アレなのな」
 シンの早変わりに、ヴァイスは溜息をついた。

「はい!整列!」
 中空に浮遊したなのはが、フォワード五人を招集する。五人は、荒い息を付きながらなのは
の元へと集まった。早朝訓練とは思えない程の高密度の内容に、五人の体は汗と埃にまみれて
いる。
「本日の早朝訓練ラスト一本。皆まだ、頑張れる?」
 当然とばかりに声を上げる五人。その様子を見て、なのはは満足げに微笑む。
「レイジングハート」 
『all,right,Accel Shooter』
 なのはの足元に桃色の魔法陣が展開され、無数の魔力弾がなのはの周りに現れる。
「あたしの攻撃を五分間。被弾無しで回避しきるか、私にクリーンヒットを入れれば合格。誰
か一人でも被弾したら最初からやり直しだよ。さぁ頑張って行こう!」
 爽やかに笑うなのはを見ながら、ティアナの眉間に皺を寄せた。
「このボロボロ状態で、なのはさんの攻撃を捌きる自信あるの挙手!」
「無い!」
「無理だ!」
「同じくです!」
「…私も自信ありません」
「じゃあ、何とか一発入れよう」
 満場一致で一秒以内に決が取れる。なのはの周囲には、無数の魔力弾が高速で飛びまわってい
る。その全てに被弾せず五分間避けきる事は、体力魔力共に消耗した現状では不可能に思えた。
限られた状況下で、消極的な作戦ではジリ貧に可能性が高い。ティアナは、シンとスバルに目配
せしながら念話でエリオとキャロに指示を飛ばす。
「最初から全力で行くぞ!」

「うん。行くよシン君、エリオ!」
「はい!」
「うん。それじゃあ準備はオッケイだね。それじゃあ、レディイゴォ!」
 なのはが、レイジングハートを振りかぶりアクセルシューターが解き放たれる。
「全員絶対回避。百二十秒以内で決めるわよ!」
 五人は、高速で飛来する魔力弾を回避しながら四方へと散る。なのはの魔力弾がアスファル
トを破壊し、土煙を濛々と派手に巻き上げた。視界が遮られる中、なのはの背後にスバルのウ
イングロードが出現する。
「うおおおお!」
 ウイングロードを疾走するスバルの対角線上、丁度なのはを挟み込む形でティアナが狙撃態
勢に入る。
「アクセル!」
『Snipe Shot』
 瞬時に状況を理解したなのはが、アクセルシューターで迎撃態勢を取る。なのはの正確無比
な射撃は、容易く二人を貫く。いきなり再スタート思われた時、魔力弾が命中する瞬間二人の
姿が忽然と消え去った。
「シルエット…やるね、ティアナ」
 ティアナの幻術魔法によって、なのはの意識が一瞬逸れる。その瞬間を狙い、なのはの直上
から真垂直に伸びたウイングロードからスバルが駆け下りて来る。なのはは、スバルの攻撃を
シールドで防御するが、スバルのデバイスがシールドを突破しようと唸りを上げる。拮抗する
二つの影の外から、赤い疾風が噴き上がり、大剣を構えたシンが、無防備になったなのはの真
下から迫る。なのはの、思念波によって魔力弾が百八十度方向転換。それぞれの死角となった
後方からシンとスバルを襲う。シンの背中が総毛立ち、考えるより早く回避行動に移る。シン
の鼻先数センチを、なのはの魔力弾が駆け抜けていく。
「クソッ!」
「わわわわ!」
 シンは舌打ちしながら、スバルは慌てながら、なのはの魔力弾を済んでの所で回避し一旦距
離を取る。
「うん。いい反応だ」
 なのはの見立てでは、今の攻撃で二人は失格だったはずだ。だが、二人は勘と反射神経だけ
で避けて見せた。魔法技術は甘いが素晴らしい身体能力を持っている。
(本当に鍛え甲斐がある)
 素質は十分。彼等の未来に太鼓判を押したはやての言葉に間違いは無かった。
「でも…後がいけない」
 十分な距離を置いたシンはまずまずだが、スバルは自ら行使したウイングロードを持て余し
ている。スバルは、幾重にも伸びたウイングロードの上をフェイントも混ぜず、馬鹿正直にも
一直線に疾駆している。射撃型の魔道師相手に逃走経路が丸見えでは、当ててくれと言ってい
るようなものだ。なのははレイジングハートを揮い、魔力弾をスバル目掛けて解き放つ。
「うあああ…ティア援護ぉぉ」
「馬鹿危ないでしょ。待ってなさい」
 ティアナは、スバルの後をぴったりとマークする魔力弾に狙いをつける。ティアナは、威力
射角共に十分な状態で引鉄を引くが、魔力弾は発射されず変わりにデバイスがパスッと気の抜
けた音を立てた。
「不発!こんな時に」
 ティアナのデバイスは、連日の訓練で酷使され続け限界を迎えつつあった。急ぎカードリッ
ジを装填し再び狙撃体勢に入る。ハンドメイドとは言え、カートリッジ式簡易ストレージデバ
イスの名の示す通り、そこまで頑丈に作っているわけでは無い。狙いも威力も甘かったが、四
の五の言っていられない状況だ。逃走するスバル目掛けて、なのはが、更に追撃を加えようと
するのが見える。シンは、なのはの意識がスバルに向かったと見るや否や、好機とばかりにな
のは目掛けて疾駆する。シンの動きを視界に捉えたティアナが、四発の魔力弾を発射する。二
つをスバルの救援に向け、もう二つはシンの援護に向けた。スバルを追うなのはの魔力弾は、
ティアナの魔力弾に迎撃相殺される。

「はああああ!」
 シンの超低空から垂直に跳ね上げる斬撃を援護するように、ティアナの魔力弾が左右からな
のはを襲う。赤く発熱した刀身をなのはは、右手でシールドを展開し受け止めながら、左右か
ら飛来して来る魔力弾を左手のレイジングハートで掻き消した。
「まだまだああ!」
 いつの間に接近したのか、スバルの渾身の拳打がなのはを襲う。なのはは、シンの斬撃と受
け止めながら、残った左腕でシールドを展開する。
「エリオ今!」
 ティアナの合図と共にキャロが詠唱に入る。
「我が甲は疾風の翼。若き槍騎士に駆け抜ける力を」
『acceleration』
 ケリュケイオンが光輝き、桜色の光がストラーダに宿る。キャロのアクセラレーションによ
って、エリオの能力が一時的に底上げされる。
「あの、かなり加速がついちゃうけど、気をつけて」
「大丈夫、スピードだけが取り得だから!」
 キャロの心配を振り切るように、エリオは微笑む。キャロによって強化されたストラーダが、
文字通り火を噴き突撃態勢に入る。
『Speerschneiden』
 ストラーダが答え、エリオは覚悟を決める。ストラーダは、ロケットのような爆発的な推進
力を発揮し一直線になのはに向かって突撃する。シンの斬撃、エリオの刺突、スバルの拳打に
よる三点同時荷重攻撃によって、爆風が舞い上がり自らの攻撃の衝撃で前衛三人が吹飛ばされ
た。
「やったか」
 シンは、爆発の衝撃を殺しきれず、そのまま壁へと激突しそうになるが、咄嗟にウイングロ
ードを展開したスバルに引き上げられ事なきを得た。濛々と立ち込める煙の中から、傷一つ付
いていない、なのはが白煙の中から姿を見せる。
『Missioncomplete』
「お見事、五人とも合格
「本当ですか?」
 廃ビルの窓に片腕でぶら下がりにながら、エリオは半信半疑で答える。
「ほら、証拠。バリアを抜いてジャケットまで届いているよ」
 なのはの、純白のバリアジャケットの胸部が微かに焼け焦げている。本当に僅かだが、シン
達の攻撃が命中した証拠だった。
「じゃあ、今朝はここまで。一旦集合しようか」
 ティアナ達四人が、安堵し歓喜の声を上げる中でシンの表情は晴れる事は無かった。シン達
は、持てる実力の全てを出し尽くし、文字通り死力を尽くした。しかし、結果は一撃"だけ"い
れるのが精一杯。なのはの余裕の表情がそれを物語っていた。
「遠いな…」
 子供と大人以上のあまりに圧倒的な実力差。だが、シンはここで折れるわけには行かなかっ
た。六課の面々にそれぞれの目標があるように、シン・アスカにも目標がある。
 "嘘を現実にする"
 シンが誓った"俺が護るから"と言う約束は、ステラを守れなかった瞬間に"嘘"と成り果てた。
今度こそ誰かを護れる強さが欲しい。大剣を収めながらシンは拳を強く握り締めた。

「ふぅ生き返りますねぇ」
「ああ。湯船に浸かれるともっといいんだけどな」
 シンとエリオは、熱いシャワーを浴びながら早朝訓練の疲れを癒していた。基本的に男の風
呂は短い。汚れを落とし洗顔を済ませれば、殆どそれで終わりだ。ほぼ、同時に入浴を済ませ
た二人は、シャワー室から手早く上がり身支度を整え始める。エリオは、シンと風呂に入る度
に思う事がある。過酷な訓練に耐え切った結果、シンの筋肉は強く引き締まり一切の無駄が無
い。まだ体が出来上がっていないエリオは、シンの完成された体を見る度に溜息を漏らすのだ
った。
「どうした、エリオ?溜息なんかついて…何処か怪我でもしたか?」
「いえ、そうじゃ無いです…何か僕って貧弱だなって思って」
 まだ、筋肉が付き切っていない二の腕を擦りながらエリオは呟く。エリオの筋肉は、触れば
鉄のような硬い感触は無く、ゴムのような柔らかな弾力があった。
「エリオと俺じゃあ歳が違い過ぎるだろ。筋肉なんか鍛えればそのうち嫌でもつくさ」
「そう言うもんですか?」
「そう言うもんだ」
 シンは、ドライヤーで髪を乾かしながら答える。幸いな事に二人の指導教官はスパルタだ。
爽やかに笑いながら、鬼のような訓練内容を告げるなのはの顔を思い出し、シンは背筋を冷た
くした。そのお陰か鍛える機会に困る事は無く、エリオの体も近い内に出来上がる事だろう。
「…やっぱり、傷になっちゃいましたね」
「あぁ、これか。別に困らないけどな」
 シンの透けるような白い肌に醜く残る傷跡。腰から肩甲骨にかけて、黒ずんだ引き攣りは肌
の白さと相まって余計に痛々しく見えた。シンが、影の巨人から受けた傷は、どんな魔法治療
も効果が無く、完治する事無く背中に一生残る傷となってしまった。
「治療は続けてるんですよね」
「ああ。でも、痛みも無いし後遺症の心配も無いみたいだしな。仕事には問題無いさ」
「そう言う意味じゃないんですけど」
 エリオは苦笑いしながら、クリーニングされた制服に袖を通す。シンと出会ってまだ一ヶ月
も経っていないエリオだが、分かった事が幾つかある。シン・アスカと言う人間は、とにかく
自分を省みない。自分の命を安く見積もっている訳では無く自暴自棄故でも無い。まるで「そ
れはそれで仕方無い」と割り切っているような、シンからはそんな印象を受けるのだった。

「遅かったな」
 ロビーのソファーに座り、シンは雑誌読みながら、エリオはテレビを見ながら時間を潰して
いた。
「…あんた達が早いのよ。烏の行水じゃ無いんだから、ちゃんとシャワー浴びたの?」
「失礼だな。ちゃんと浴びた。疑うんならエリオが証人だ」
 シンは、不貞腐れた表情をティアナに向け、そのままエリオに助けを求める。ティアナは、
男と言う生き物が全員総じて"風呂嫌い"と言うイメージを持っていた。
「はい、シンさん。ちゃんと"一緒"に浴びましたよ」
「一緒にって…」
「エリオ君…」
 エリオは、シンの潔白を証明する為に"一緒"と言う言葉を強調したつもりだったが、どうい
うわけかティアナとキャロは眉間に皺を寄せ、穏やかで無い視線を二人に向けて来る。
「な、なんだよ」
 二人の意味不明な迫力にシンは思わず鼻白んだ。
「へぇ、二人で一緒に洗いっこしたんだ。何かシン君とエリオって本当の兄弟みたいんだね。私もキ
ャロも洗いっこしたんだよ」
 ティアナに気圧されるシンの横で、ねぇ~とスバルは邪気の無い視線をキャロに向けてくる。
「…えっ、あの、その…そうですね…それ位普通ですよね。男の子同士何ですしね…仲いいですよね
…あははは。私てっきり、その…ねえ、ティアさん!」
「そこで私にパスするのね…アンタは」
 はははと笑いながら、この歳にして汚れ気味のキャロだった。

「しかし、あれよねぇ。改めて考えるとうちの部隊の人達ってエリートばっかりなのよねぇ」
 珈琲を飲みながら、ティアナがぼやく。シン達は、誰も居ない食堂で遅めの朝食を取ってい
た。
「ふぃあ?」
「…あんたは、全部飲み込んでから喋りなさい」
 スバルの皿一杯に盛られていたはずの朝食はいつの間にか姿を消し、変わりにハムスターの
ように口を膨らませた不可思議生物が出現していた。
「確かにそうですね。課長のはやてさんを筆頭に、なのはさんにフェイトさんと若手の出世頭
が六課に勢揃いしてますよね」
「そこよね」
 エリオにウインナーを突き刺したフォークを向けるティアナ。
「管理局トップ10に入る魔道師の三人が同じ部隊。しかも…実績も何も無い新設部隊に集結し
てる。よく上層部と揉めなかったなって、ずっと不思議だったのよ。あっ、こらスバル」
 ティアナの宙に浮いたままのウインナーを横から"口"で直接掠め取るスバル。
「それは、騎士カリムのおかげじゃ無いでしょうか?」
 カリム・グラシア。
 聖王教会に所属しながらも、時空管理局理事官も勤める才女。八神はやての直属の上司にあ
たり階級は少将。機動六課設立に尽力し六課最大の後ろ盾である。
「…らしいな」
 キャロの言葉を肯定するように、本日三枚目のトーストを齧りながらシンが小さく呟く。
「らしいなって…アスカ、あんた騎士カリムに会った事あるの?」
「一度だけな。こっちに来て一週間位して八神隊長に紹介された」
「それって凄く無い?一介の訓練生が、少将と会談出来るなんて普通無いわよ。もしかして、
アスカって教会関係者だったりする?」
 一介の訓練生でしか過ぎないシンを、少将にわざわざ紹介する理由など、シン自身が教会上
層部の関係者である以外思いつかなかった。
「違う。俺が騎士カリムに会ったのは偶然で、八神隊長が聖王教会に顔を出した時、ついでに
紹介して貰っただけだ。それが証拠に、俺は後ろで姿勢を正してただけだしな。一言三言挨拶
しただけだよ」
 シンは、素っ気無く笑いながら、スクランブルエッグを口いっぱいに頬張る。
「ふぅ~ん。そう言えばさ、全然関係無いんだけどシン君って何処の出身なの?」
「ん…ああ、そうか言って無かったか。俺は隊長達と同じ地球出身だ」
 一瞬だけ、エリオとキャロの顔に緊張が走る。シンを保護した張本人である二人は、シンの
事情を知っている為に、迂闊に口を挟む事が出来ない。はやての指示で、シン自身が話し出す
までは、ティアナとスバルにシンの事を教えるわけにはいかなかった。
「へぇ、あんた、隊長達と同郷だったんだ。どうりで名前の響きが似てると思った」
「響きって…スバルもそうじゃ無いのか?」
「違うよ。私のご先祖様は隊長達と同じ地球出身らしけど、私はミッドチルダ生まれのミッド
チルダ育ちだよ。シン君も日本人なの?」
「正直に言えば、どうにもはっきりしない」
「何それ?」
「イマイチどうもな」
 言葉を濁すシンにティアナが怪訝な顔をする。
「アスカ…あんた、もしかして記憶喪失とか言うオチじゃ無いでしょうね」
「違う。単に仕事中に突然気を失って、次に気が付いたらミッドチルダに居ただけだ。記憶喪
失何てそんな大層なものじゃない。ただ、その前後の記憶がどうにも曖昧で…答え辛いだけだ」
「・・・シン君それ重症」
 シン・アスカは地球で生まれ育った地球人だ。だが、シンの出身はオーブ首長国連邦。今の
地球には存在しない国家だ。シンは嘘は言っていない。只、本当の事を省いて話しているだけ
だ。次元転移の原理もシン自身理解出来て無い部分が多く、迂闊に喋り出すと襤褸が出そうな
だけに、シンは言葉に詰まった。ティアナ達には、その様子が気弱に映ったのだろうか。妙に
心配した声でシンに話しかけてくる。
「アンタがここに居るって…ご家族には連絡は取ったの?」
「そうだよ。きっと心配してるよ」
「それは大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ、何が…アンタ家族大事にしないと、後で後悔して知らないわよ」
「…事故があってさ…もう何年も前に死んだよ」
「あっ…ごめん」
「気にするな。俺は気にしない」
 あまりにあっけらかんとしたシンの声に、ティアナとスバルは思わず息を飲んだ。ティアナ
は、人のデリケートな部分に無遠慮に土足で踏み込んだと自覚したが、シンの顔を見ていると
どんな言葉も慰めにならない気がして口篭ってしまう。スバルが顔を青くしている横でシンは
、本当に気にしていないのか、四枚目のトーストにバターを塗り始めていた。

「新デバイスですか?」
「そうで~す」
 六課技術開発室に集められた五人は、机の上に鎮座している五つのデバイスに注目する。ペ
ンダント、カード、腕時計、腕輪、そして、最後の一つは何故か妙に大きい携帯電話だった。
シン達は、デバイスに興味深い視線を向けるが、デバイス達は何食わぬ"顔"で淡い光を放ちそ
の場に浮遊している。
「設計主任私。協力六課指揮官一同デバイスさん達一同で~す」
 やたらと上機嫌なシャリオを他所に、ティアナとスバルは、自分達のデバイスを穴が開くほ
ど見つめていた。新型デバイスは、シン達の能力特性に合わせて作られた代物で、世界に一つ
しか存在しない完全特注品だ。どんな性能を秘めているのか、期待しないのは無理と言うもの
だ。
「ストラーダとケェルケイオは、変わってませんね」
「違いま~す。変化無しは外見だけすよ」
「リインさん」
 開発室奥から姿を見せたリインフォースⅡが、エリオの頭の上に降り立つ。
「二人のデバイスは、基礎フレームと最低限の機能だけを持った言うなれば急造試作品でした
。急造だけあって、出力制御や耐久度に問題があったので、シャーリー達技術部が夜なべして
仕上げた完成形なんですよ」
「あれで最低限…なんですか」
 エリオの顔が引き攣る。デバイスを使い始めて日が浅いエリオだが、ストラーダのピーキー
さには肝を冷やす事の方が多かった。
(完成形だったら、もうちょっと安定してくれてると…嬉しいんだけどな・・・多分無理なんだろ
うな)
 シャリオの設計思想は、短所を補うならば長所をより伸ばすのが信条だ。つまり、平均型よ
り特化型。パラメータを数値化すると綺麗な円形より、ガタガタな鋭角となった多角形になる。
 多分自分の予想は当たっている。新型となったストラードに触れながら、はははとエリオか
ら乾いた笑いが漏れた。
「部隊の目的に合わせて。そして、五人の個性に合わせて作られた文句無しの最高の機体です
。この子達は皆生まれたばかりですが、色んな人の思いや願いが込められてて、沢山の時間と
お金をかけてようやく完成したのです」
 リインフォースⅡから、デバイスがそれぞれに手渡される。
「只の道具と思わないで大切に。でも、性能の限界まで全開まで使ってあげて欲しいです。き
っとこの子達もそれを望んでいるのです」
 リインフォースⅡの言葉が真実だと言わんばかりにデバイス達がより一層光り輝いた。
「ごめん遅れた。シャーリー、皆にデバイスの説明終わった?」
「いいえ、肝心な箇所は、これからですなのはさん」
「そっか。ならナイスタイミングだったね」
 遅れて入って来たなのはが、そのまま端末を操作しデバイス達のデータをモニターに表示さ
せる。
「遅れてごめんね。会議が長引いちゃって。さて、いきなりなんだけど。画面を見てもらえれ
ば分かるけど、この子達には、何段階かに分けて出力制限をかけてるの」
 キーボードを操作し、パラメーター設定値を表示する。
「一番最初…言うなれば初心者段階だと、それ程出力があるわけじゃ無いんだけど、他のスト
レージデバイスに比べると、それでも段違いの性能だから扱いには十分気をつけてね。で、出
力制限も貴方達の実力が十分だと判断すれば、ドンドン解除して行くつもりだからね。デバイ
ス負けしないように頑張らないと駄目だよ」
「出力制限って言うと、なのはさん達隊長にもかかってますよね」
「ああ。私達はデバイスだけじゃ無くて本人にもだけどね」
「なんでまた?そんな事をすれば、色々不都合が起こりませんか?」 
「そうだね」

シンの疑問は最もだとばかりに、なのはは頷いた。
「能力限定って言ってね。部隊毎に保有出来る魔道師等級規模って決まってるんだ。まぁオー
ルスター揃える為の裏技みたいなもんだね」
 管理局も結構いい加減でしょと微笑むなのはだが、事態はそこまで簡単なものでは無い。能
力限定にしろ、出力制限にしろ、解除する為には課長であるはやての承認が必要となる。課長
であるはやての能力限界を解除する為には、上司であるカリム達の承認が必要となる。優秀な
魔道師を一部隊に纏めておく為の処置など、所詮表の顔でしか無く、本当の意味は、管理局の
六課に対する首輪の意味合いが強かった。特に課長であるはやては、本来SS級にも関わらず、
等級を四つ落とし現在A級である。六課が受け持つ案件の規模から言って考えられない処遇だ
った。騎士カリムやクロノ監査役に限定解除の権限こそあるが、権限を行使する事は、管理局
上層部に隙を見せる事に繋がる。それは、彼等の立場をしいては六課の存続を危ぶませる事に
なりかね無い危険な行為である。
「結局…今ある手札だけで勝負するのは何処の業界も同じだよ。はいはい。景気の悪い話はこ
こまでにして皆デバイスに関する質問ある?」
 手を叩き話を打ち切るなのは。五人も気持ちを切り替えそれぞれの疑問点を質問し始めた。
「しかし、何で携帯電話?」
 シンは、四人のデバイスと自分のデバイスを交互に見比べどうにも腑に落ちないと言った表
情を浮かべる。元来各種デバイスの待機形態は、機能性や持ち運びの観点から基本的に小型の
小物に限られる。エリオの腕時計やキャロの腕輪などその際たる例で、カードタイプのティア
ナとペンダント型のスバルも同じようなものだ。だが、そんな中で、シン・アスカのオリジナ
ルデバイス"デスティニー"だけが異彩を放っていた。本来もっと小型のはずの携帯電話だが、
シンのデバイスは、それより二回り程大きく、デバイスの待機形態には不自然に思えた。ティ
アナ達のデバイスに比べて、実に持ち運びに難儀しそうなデバイスだった。唯一の救いは、デ
バイスの色が優しい桜色では無く、燃え盛る炎のような赤色だった事くらいか。
「ごめんなさい、アスカさん。アスカさんのデバイスは、試験的にZGMFの技術を幾つか転用し
ているので、従来型のデバイスより幾分か大きめになってしまいまして」
 あははと、シャーリーは幾分かすまなさそうにしているが、その笑みの後ろには確信犯と言
う言葉が見え隠れしている。
「大きめって…シャーリー、これ文庫本位あるんだけど。…仕様書段階ではもっと小さいサイ
ズだったはずでしょ」
「要求スペックを満たそうとすると、やっぱりどうしても…この位の大きさになってしまって」
「要求って。他に何つけたの一体」
 なのはは、呆れながらもデスティニーを手に取ってみる。デスティニーは、自己主張するよ
うに赤い明滅を繰り返している。
(何だか聞かん坊っぽいね。どう思うレイジングハート)
(He's very silent)
(にゃはは…)
 随分と自己主張の激しい無口だった。
「どうかな、シン君。何か感じる?」
「熱いですね」
 なのはから手渡されたデスティニーが、シンの魔力に呼応するように輝きを強める。それに
つられるように、ティアナ達のデバイスも強く光り輝き始めた。
「皆さん元気ですねぇ」
「そうだね。午後の訓練の時でも微調整しようか」
「皆の訓練時のデータも入力済みですから、実際の手間は殆どかかりませんよ」
「・・・ふぅ。最近便利過ぎだよねえ。私の時何か、色々手間がか…」
 なのはが、昔を思い出し溜息を付いた時、技術開発室に緊急事態を告げる警報が鳴り響く
「このアラートって」
「一級厳戒体勢」
 開発室の空気が急速に乾いていく。肌を刺す独特の緊張感がシン達を覆い尽くした。
「新デバイスの試運転…ぶっつけ本番になっちゃたけど。皆…準備は良い?」
漲る闘志を隠そうともせず、なのははシン達に機動六課初出動を命じた。

「フェイト執務官。管理局本部より機動六課に出動命令が下りました。一級捜索指定のレリッ
クを発見したとの通報が、巡回中の教会騎士より入りました」
 管理局本部からの帰り道。高速道路を新車で快走するフェイトの元に、六課から出撃要請が
下る。車内モニターには、緊張で顔が強張ったグリフィスの顔が映っていた。
「分かった。私も直ぐに現場に向かいます。グリフィス君、車と飛行許可お願い」
「了解しました。市街地個人飛行承認します」
フェイトは、車をパーキングへ止め、胸ポケットからバルディッシュを取り出す。六課が始
動してからの初めての出撃である。これからの為にもこれまでの為にも、任務は絶対に成功さ
せねばならない。
「バルデッシュ」
『Yes,sir』
バルデッシュが答え、フェイトの姿が金色の光に包まれる。光の中から、黒を基調としたバ
リアジャケットを身に纏ったフェイトが現れ、戦意も新たに現場へと飛翔した。

 レリック発見の一報は、聖王教会で騎士カリムと密談するはやてにも届けられていた。
「レリックが見つかったんか」
「はい。現在レリックと思しきロストロギアを積んだ山岳列車が、ガジェットドローンに強襲
を受けています」
カリムの従者シャッハが厳かに告げる。端末に映像が浮かび、列車にへばり付いたガジェッ
トⅠ型がまるで列車に寄生するように触手を伸ばしていた。
「なんやこれ」
「現在山岳列車内部にガジェットⅠ型が多数進入。列車の制御が奪われています」
「・・・はやて」
 映像に厳しい視線を向けるカリム。
「分かってる。心配せんといてやカリム。その為の準備は万端。私は"予言"は必ず覆して見せ
る。カリム・・・だから、私行くわな」
「そうね・・・また、お茶を飲みに来てくれるかしら」
「一番良いお茶用意しといてな」
 はやては、微笑みながら仲間達が戦う現場へと向かった。

「ほらほら、ヒヨッコ共、乗った乗った。現場までのお空の旅は俺がエスコートするぜ」
操縦席からヴァイスの声が聞こえ、一瞬の浮遊感の後六課輸送ヘリが現場へ向けて飛び立った
。ヘリ内部では、初めての実戦とあってかティアナ達の表情は硬い。シンもモビルスーツでの実
戦経験は豊富だが、肉弾戦の経験は殆ど無かった。現場には、ガジェットⅠ型の他に未確認の新
型ガジェットが出現した事と言う報告もあり、未知に対する恐怖が彼らの不安に拍車をかけてい
た。そんな彼らの胸中をなのはは痛い程分かったが、初陣は誰にでもあるものだ。魔道師として
生きて行くならば、これだけは、人に言われて解決する問題では無く、自分自身で乗り越えなけ
ればならない問題だった。しかし、それでは指導教官の意味が無い。なのはは、せめて彼等の緊
張を幾分か解してやりたかった。
「ランスター、ナカジマ、話がある」
なのはが、口を開きかけた瞬間、シンが徐にシートベルトを外し、二人の前に立つ。本来飛行
中にシートベルトを外す行為はご法度なのだが、なのはは敢えて見て見ぬふりをする。
「な、何?」
「ど、どうしたの、シン君」
シンのいつもに増して真剣な表情にティアナ達は気圧された。
「二人には、俺が管理局に入った理由…まだちゃんと言って無かったな」
「え、うん」
スバルは首肯するが、ティアナが考えていた事は別の事だった。
(嘘を現実にしたい…)
昇格試験の時のシンの呟きが耳に蘇る。
「俺は…嘘を現実にしたいんだ」
シンは、あの時と寸分変わらず同じ言葉を口にする。だが、今度は無意識に呟いただけでは無く
、明確な意思を込めて口に出していた。
「本当は、もっと言わなくちゃいけない事が沢山ある。でも、それを今…俺の口から話す事は出
来無い。でも、作戦前にこれだけはどうしても言っておきたかった」
シンの突然の告白に、ティアナは眉を潜めた。何故今になってそんな中途半端な事を言い始め
るのか。緊張している事を差し引いても、シンの言動は奥歯に引っかかるものがあった。
「もっと言わなくちゃいけない事って…何?」
「それは言えない…まだ言えない」
 明らかにシンの瞳に動揺の色が浮かぶ。言いたくとも言えなのでは無く、シン自身が話す事を
避けている印象を受ける。

「何それ…この土壇場で一方的に言いたい事だけ言って。アスカ…アンタ、私とスバルを便利な
愚痴吐きに使うつもり!」
ティアナも、いつの間にか立ちあがり、顔を息が掛かりそうな程を近づける。ティアナの視線
は、穏やかなものでは無く僅かに怒気を含んでいる。まさに一触即発。何かの切欠があれば、テ
ィアナの怒りは一気に爆発するだろう。作戦前のデリケートな時間の中で、破裂寸前の風船のよ
うに限界まで膨れ上がった緊張感にスバルは眩暈を覚えた。シンは、目を背ける事無く、ただテ
ィアナの視線を真正面から受け止めていた。
「続き…」
「ランスター?」
「続き言いなさいよ。アンタ、まだ、言いたい事全部言ってないでしょ」
「助かる」
シンの視線に根負けしたように、ティアナの瞳から怒りが消える。場の空気が緩み、肌を直接
刺すような剣呑な空気が嘘のように消えた。
「何で…こんな事を急に言おうと思ったのか…正直俺も良く分からない。支離滅裂なのは重々承
知してる。きっと、俺は浮き足立ってるんだ。だから、浮き足立つついでだ。俺は…俺は…なん
としてもこの作戦を成功させたい。成功させて、六課をもっともっと発展させたいんだ。頼む、
俺の…俺の目的と目標の為には六課が必要なんだ。だから…力を貸してくれ」
シンの目には、もう前にしか見えていなかった。シンの何処までまっすぐで、何処までも純粋
な視線がティアナを貫いた。
「アスカ…アンタ本当に馬鹿ね。一々悩んでる暇があったらスバル、ちょっと手本見せてあげな
さい」
ティアナは大げさな溜息につく。そして、嫌味な笑みを浮かべながらスバルに手招きする。
「へ?いや、手本って何…ティア?」
「何よ、アンタ、折角の初仕事やる気無いの?あるの?どっち」
ティアナ自身は否定するが、二人は長い付き合いである。故にスバルは、ティアナが言いたい
事が何となく理解出来た。
「当然!私頑張るよ!シン君は頑張らないの?」
 スバルの考えた上での言葉では無い。だが、シンにとって、そんなスバルの純粋さは目から鱗
が落ちる思いだった。
「冗談、頑張るに決まっている!」
シンの瞳に更なる力が宿る。浮ついてふわふわと空を彷徨っていた意思に指向性が加わる。そ
うだ、今更は何を迷うと言うのだろうか。魔法と言う力を得ても、シンの力に対する認識は変わ
らない。一度は、巨大な力に魅入られたシンだ。力が無ければ何も出来ないが、強すぎる力は、
油断と慢心を招き、本来通るべき道を容易に見失ってしまう。
 だから、迷った時は頑張ればいい。力に溺れず惑わされず、前だけを向いて進めばいい。その
先にどんな運命が待とうと、そんな事は今のシンには関係無いのだ。
(ただ、今を頑張る)
簡単で誰にでも出来るが、誰にでも出来る事では無い。
「高町一等空尉。現着まで五分です。出撃お願いします」
「私の出る幕は無いか…皆、後はブリーフィング通りにね。私はフェイトちゃんと空を抑えるか
ら」
ヘリの後尾ハッチが開き、なのはの瞳に目も覚めるような青空が飛びこんで来る。空高く流れ
る風は冷たかったが、心は十二分に暖かい。なのはは、視界の隅にシン達三人を捉えながら、笑
顔と共に大空へと飛び出した。
「ライトニング03エリオ・モンディアル出ます」
「ライトニング04キャロ・ル・ルシエ・行きます」
ライトニング分隊のエリオとキャロが、その小さい体で空への一歩を踏み出す。
「スターズ03スバル・ナカジマ行きます!」
スバルが、エリオとキャロに続き勢い良く駆け出す。
「ねえ、アスカ…アンタ、揺るがない力が欲しいんだっけ?」
「急にどうした」
「自分が言った事くらい、ちゃんと覚えときなさい。ティアナ・ランスター、スターズ04行きます」
ティアナもスバルに続き空へと羽ばた行く。
ヘリには、シン一人だけが残される。シンは、デバイスを握り締め少しだけ昔を思い出しながら瞳
を閉じる。次に瞳を開いた時、シンは全てを振り切るように一歩を踏み出す。
「スターズ05シン・アスカ。出ます!」
 夏は、もうすぐそこまで迫っていた。