RePlus_閑話休題一点七五幕_後座

Last-modified: 2011-08-02 (火) 18:31:05

「ねぇ…スカ起きてる?」
「君が私の尻尾で遊び倒すおかげで起きてしまっているねぇ」

 視線を上げれば、ヴィヴィオの眼前に満点の星空が広がっている。
 地球では見る事の出来ない正座が、視界一杯に広がり、雲ひとつない星空を見つめていると、
吸い込まれそうになる。
 悩みがあった時、ヴィヴィオはいつも寄宿舎の屋上で一人考え事をするのは、彼女の趣味だ
った。
 寝転がって、スカの尻尾と肉球を弄べば、大抵の悩みが裸足で何処かに逃げてしまう。
 人の意思程度では揺るぐ事の無い大自然に身をおけば、人の悩みなどいかにちっぽけで矮小
な物かと実感できる、してしまうのだ。
 だが、今夜のヴィヴィオは少し違った。
 満点の星空の下に体を晒そうとも、スカの尻尾で遊ぼうとも、気分は一向に晴れず、瞳は何
も写さない。
心の中で漫然と蠢くもたついた気持ちだけが、頭の上に重く圧し掛かってくる。

「そっ、ならちょっと悩みに付き合いなさいよ」
「猫にかい?お嬢様は酔狂な時間がお好みと見える」
「あんた、科学者のコピーなんでしょ。私より頭が良いでしょ、小娘の人生相談くらい乗りな
さいよ」
「断ると言いたいが、たまには主従逆転するのもいいもんだね。プレイの幅がマンネリ化する
と夫婦仲も悪くなる」
「何よ猫の癖にセクハラ?良い度胸じゃない」

 ヴィヴィオの右手に紫電が舞い、魔力が充填される。
 いつもならば、ここで魔力弾がスカに炸裂し、周囲を埃と瓦礫塗れにして決着するのだが、
いつものヴィヴィオに似つかわしく無い弱気に連動するように、今日は少しだけ赴きが違うら
しい。
 
「君が隠してる同人誌とBL漫画を比べれば、この程度、蚊にさされたようなものだろう」
「…いつ見た…」
「君が授業中に偶然にね。学習机の引き出しの一番下奥のデットスペース。あそこに如何わ
しい物を隠すのは男女変わらず…なのだろうね」

 右手の魔力が霧散し、盛大に顔を引きつらせたヴィヴィオが、スカを見つめ立ち尽くす。
 スカが、ヴィヴィオに向って悠然と言い放つ様子は、勇ましく雄々しかったが、対応如何
では、極大の魔力弾が大挙して襲い掛かってくるだろう。
 平常心に見えて、実の所、髭をピンと張り冷や汗をかき続けているスカだった。

「そこは、偶然で見つけれる場所じゃないでしょう」

 星空の下両手を付いて項垂れる美少女の姿は、絵になるのか、なら無いのか、少々判断
に困る。

「最近の文化には特に驚くね。肛門は排泄器官だと言うのに、よもやあのような使い方をや
ってのけるとは」
「うわぁ死にたい。今死にたい、すぐに死にたい、速攻で身を投げて未来永劫死んでしまい
たい」
「輪廻転生を否定するとは、やることが大げさで宗教規模だね、マスター。まぁ猫に見られ
て減るものでもなし。野良猫に悪戯されたと思って諦めるがいいさ」
「諦められないわよ!」

 凡そ猫の言動に似つかわしく無い黒い毛皮の子猫は苦笑すると、ヴィヴィオに忍び笑いを
漏らす。
 彼は知恵を持つ魔法生物でもなければ、戦闘機人のような改造生物でもない。
 純粋な猫でしか無い彼が、何故人語を理解し、魔法を操るの不明だが、稀代の科学者ジェ
イル・スカリエッティが作り出した無駄に凄い技術の極みだった。

「おや?」 
  
 スカは、極大の魔力弾が襲って来るとばかり思い、真剣に身構えていたのだが、スカの髭
を撫でたのは、魔力弾の爆風ではなく、山の方から流れてくる生暖かい風とヴィヴィオの溜
息だった。

「あーもう本当にやだ…」
「どうしたんだね、マスター。今日は本当に元気がないじゃないか」
「そうかもね」

 ヴィヴィオは、屋上に力なく大の字で寝転がり、静かに星を見つめている。まるで、星が
瞬く度、ヴィヴィオの悩みが増えているようだ。

「サキがいるじゃない。あの娘、アンタから見てどう思う?」
「可愛いんじゃないかい?」
「そっかぁ猫の美的センスから見ても可愛いのか。ジェーンの方がいいかと思ってた。」
「い、いちいち突っかかるね、敬意に値しないよ。尊敬できないってことだよ」

 一応スカの元になっている基礎人格データは面白科学者とは言え人間だ。
 倫理も美的センスも、全てが人間を元にしているのだから、その辺りにうろつく雌猫よりも
人間の方に興味が沸く。
 発情期の理事長が飼う雌猫に一日中追いかけられた記憶があるスカには、雌猫の話題はなに
よりの禁句だった。

「それで、そのサキちゃんがどうかしたのかい?」
「あの子さぁお嫁さんになるんだってさ」
「お嫁さんかい?そりゃまた随分と急だが、彼女はお偉いさんの娘さんだったね。確かに
そんな立場にある彼女なら、もう嫁ぎ先が決まっていても変じゃないね。私としては君達
くらいの年頃ならもっと"お盛ん"でも良いと思うけどね」
「あんたさぁ、今日はエッチっぽくない。お盛んとか」
「君がそう捉えてるから、そう聞こえるのだよ」

 ああ言えば、こう言う。
 歳の功なのか本人の性格なのか、興が乗ったスカにヴィヴィオが口喧嘩で勝てた試しが
無かった。

「私さ、漫画家とかそっち系に進みたいじゃない?」
「あぁ、知ってるよ。そして、君は自分の進路に向って努力している」

 娘の成長を喜ぶように、スカは瞳を閉じ何度も頷いて見せる。

「私の努力は、この際どうでもいいのよ」
「努力を否定することは最大なる自己否定だね。感心できないね。駄目事さ。それとも将
来の自分が想像出来なくなったのかい?」
「まぁ…そんなところよ。相変わらずアンタとの会話、楽でいいわ」
「お褒めに預かり恐悦至極」

 ヴィヴィオは、全てを語る前に、こちらの言いたい事理解し、先読みして結論から論じ
てくれるスカとの会話は、ヴィヴィオにとってとても楽だった。
 将来の自分が想像出来ない。
 この年頃の少年少女には良くある悩みだ。
 当たり前の生活、当たり前の未来。
 長い人生の間で当然何度も恋をするだろう。
 ほんの数年先に訪れる避ける事の出来ない未来な割りに、その全容は脆く、全容が掴め
ない程に脆い。
 学校を卒業し、就職し、結婚し、子供を成し、子を送り出し、孫を見つめる。
 字面だけを書けば、とても容易い事に思えるし、何とも不可思議にも聞こえる。
デスクに座って書類整理をする自分が想像出来ない。
 恋人の為に手料理を作る自分が想像出来ない。
 誰かを愛する自分を想像出来ない。
 数年先の自分と友達がどんな大人になっているか想像出来ない。
 ほんの数日先の自分が何をしているのか想像出来ても、近い未来が全く想像出来ない。
 星空に掲げた手から零れ落ちる何かを星の光に例え、ヴィヴィオは静かに溜息をついた。

「サキちゃんに当てられたのは仕方ないが、君は君だよ。むしろ、サキちゃんのようなケー
スが稀さ。男の子は星の数ほど居るさ。君に相応しく、君が恋焦がれる男の子はいつか現れ
る」
「でも、星のように手が届かないんでしょ」
「それは男限定の話さ。僕達男の子にとって、女性は数多居るが、いつも星のように手が届
かない。男は自分の手に入らない代物を昔から神秘に例える悪癖があってね。太陽、月、星
、手を伸ばし言葉を紡ごうとも、人、男の思いだけでは決して届かない。だから男は女に恋
焦がれるのさ。ロマンチックだろ。」
「何よそれ、男からの初恋は実らないって言うの?」
「違うさ、マスター。君のような美少女に迫られて「YES」と言わない男はいないと言う
事だよ」

 既知を効かせていると言うよりも、有耶無耶に誤魔化された感じはあったが、スカの手放
しの賞賛過ぎる賞賛にヴィヴィオの体が思わず痒くなる。
 綺麗と言われて悪い気はしないが、比較対象が太陽や月では、自分を何と捉えて良いのか
分からない。

「私は…太陽とかよりも、ここが素敵とかちゃんと言葉に出して言って欲しいな」
「なるほどね。でも、言葉は間違える時があるよ。想いとは裏腹に相手を傷つけたり、勘違
いさせたり。ツンデレ乙さ」
「でも、私、気持ちを察してくれとか、通じ合ってるとか、言葉を受け取って実感を込めた
いもの。何も言ってくれないのは、不安になるもん」
「ツンデレはスルーかい…そうか、でも、そうなのかも知れないね」

 スカは「今日は重症だね」と苦笑するが、ヴィヴィオの表情が依然曇ったままだ。
 眼前に迫った進路と友達の色濃い沙汰は、少女が抱える悩みとしてポピュラーなモノだが
、それ故に解決が難しい。
 歳の離れたスカでは適切なアドバイスを送る事も難しく、スカの感性が世間一般と乖離し
ている為おいそれと迂闊に煽ることも出来ずにいた。

「先刻から難しそうな話をしてるじゃないか。星空の下で猥談はまさに青春だね」

 お通夜のような空気が場を支配しかけた瞬間、能天気な合成音声が屋上に木霊する。

「猥談ってなによ、猥談って」
「静けさが支配する夜。猫と美少女が逢瀬を繰り返す。これが猥談でなくて、なんと言うん
だね。ああぁ厭らしい。やはり、生身のの使い魔の方がマスターはお好みなんだね」
「普通に話してるだけじゃない。考えすぎよ」
「お風呂だったのかいガジェ夫」
「ああそうだよ、猫の私。いやぁ、風呂は良いねぇ、まさに、人類が生み出した文化の極み
だよ」

 ヴィヴィオの嫌味をあっさりスルーし、ガジェ夫用にスケールダウンした洗面器などの小
物を抱え、頭に捻り鉢巻を巻いたガジェ夫が上機嫌でヴィヴィオの隣に腰を降ろす。

「で、何を悩んでいるんだい。胸か腰の話かい?心配しないでもマスターの胸は平均サイズ
だよ。サキちゃんが大きすぎるだけさ」
「本当に何であんた何か飼ってるんだろ、私」

 平然と乙女のデリケートゾーンに踏み込んでくる、ガジェ夫にヴィヴィオは心底辟易する
が、飼い主の責任としてガジェ夫を野に放つわけにはいかない。
 気を抜けばセクハラ紛いの発言をするスカと違いガジェ夫は発言と行動が伴う。
 調教と言う名の躾が行き届かない段階で変態を野に放つのはまさに、ミッドチルダに闇を
放つようなものだった。

「進路とか恋愛でね。マスターもお年頃さ」
「わぉ猛烈だね。その愛を使い魔にも一ミクロンでも注いで欲しいとこだよ」

 二人合わさると二倍では無く二乗で煩い。
 頭の上で猫と小さなガジェットドローンが戯れる姿に頭痛がする、ヴィヴィオだったが、
これも運命とばかり、不満に強引に蓋を被せた。
「そんな悩めるマスターの為に、拙い機人がアドバイスをしようじゃないか」
「何よ、ガジェ夫、妙案でもあるの」
「そうだね。いつだって頼るのは先達の知恵さ。そんなに悩むなら、経験者に懇切丁寧にね
ちっこく、湿っぽく、猥談っぽく語ってもらえば良いんだよ。私が」
「あんたかい!ちょっと黙ってくれるガジェ夫。私今、頭痛が痛い」
「日本語が変じゃないかい?マスター」
「…もういいわ、それで経験者って誰よ」
「シン・アスカだよ」
「あぁ、確かにそれは盲点だったわ」

 忘れそうになるが、シン・アスカは既婚者だ。
 既婚者と言っても籍を入れて居ないため、内縁の妻、夫の関係となるが、この際細かい事
はどうでもよい。
 ヴィヴィオから見て駄目夫でも、条件に見合い、ヴィヴィオが遠慮せずにズケズケと聞け
る相手はシン以外いない。

「それ良い考えかも。そーよ、いいじゃないガジェ夫、それナイスアイディアだわ!」
 
 暗闇に光がさしたように、突然起き上がり、星空に吼えるヴィヴィオ。
 両手を点に突き上げ、ガッツポーズする様子は、可憐な少女ではなく、勇気溢れる男の子
だったが、それは言わぬが花だろう。

「マジでグッジョブ!ガジェ夫」
「だろう、たまには私も役に立たないとね、役立たずの烙印を産廃業者に出された適わない
からね。だから、携帯のメモリーに業者の番号を登録するのはやめてくれないかい。割と本
気で」
「考えとくわ」

 ガジェ夫の微妙に生死をかけた提案にスカも苦笑する中でも、何故かニヤリと微笑むガジ
ェ夫にヴィヴィオは気が付かない。
 別にシンに悩みを聞いて貰っても、悩みが解決するとは思えない。
 余計に悩みが増える可能性があったが、ヴィヴィオもシンに悩みを解決して貰おうとも思
えない。しかし、シンの隣にはヴィヴィオの憧れであるティアナが居る。
 一人悶々と悩むよりも、理想の女性に悩みを聞いて貰った方が気が楽になる。
 ついでに男性の側の意見と合わせて聞ければ尚の事良しだ。
 聡明で美人なティアナならば、自分の悩みに光明を齎せしてくれると思うとヴィヴィオは
思った。
 些かティアナを美化し過ぎな気がするスカだが、大人の体験談を聞くの悪くないと一匹偲
び笑いを漏らし誤魔化す。
 
「そう言えば、ガジェ夫、あんた、お風呂に何の用だったの?あんたの装甲は、抗菌ボディ
で水洗いだけでいいでしょ。だいたいあんたお風呂嫌いでしょ」
「あぁキライだね。湿気るとカビの元になるし、面倒だし、カメラは曇るし。だけど、うむ
、最近の子供は発育が良いね。メモリ限界まで盗撮のし甲斐があると言うもっ」
「吹き飛びなさい、変態ロボ」

 見直した私が馬鹿だったと、ヴィヴィオは額に怒りの四つ角を浮かべ、ガジェ夫の装甲を
景気良く破壊した。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
閑話休題一点七五幕"ヴァーティカルエアレイド-Magical Vivio 13 years old Ⅱ"後座

---閑話休題、暫し時間は巻き戻る。

「しゃ、写真なら、写真だけ最初から言いなさいよね。か、勘違いしちゃうでしょ」
「そっちが勝手に勘違いしたんだろ」
「うっさいわねえ。豚肉ぶつけるわよ」
「なんだよそれ。ぶつけるくらいなら俺が食べるよ。勿体無い」
「いやよ。それで我慢しなさいよ」
 
 文句を言いながらも、おかず、ご飯、味噌汁と、実に行儀の良い三角形に食べるシンの隣で
ティアナは、シグナムお手製の少なくなった生姜焼きを口に運んだ。
 はむはむと不機嫌そうに噛んでいるが、言う程機嫌は悪くないと、長年培ったシンの経験が
告げ、シンもティアナから提供されたブロッコリーを口に頬張る。

「同僚の実家が写真屋だったんで、少し無理を聞いて貰ったんです。それにたまには俺も頑張
ってみたいですし」

 シンは、戦闘以外では蚤の心臓を丹力で捻じ伏せ、肝心の提案を口にする。
 噛まずに言えた事に内心ガッツポーズを取り、伏し目がちな視線を上げてみれば、飛び込ん
でくるのはポカンとした表情のはやて、そして、同じくポカンとしているが、食事の手は止め
ず、おかずをパクつきまくるシグナムだった。

「あ…あれ、その、俺何か間違えて」
「ううん、その間違えてないわよ」
「そうや、感極まるくらい嬉しいんやけど」

 嬉しいと言う割には、二人の顔がポカンとし過ぎている。
 やはり、地雷を踏んだか、今更都合が良すぎたかと、シンの脳裏にどうにも出来ない考えが
浮かんでは消えて行く。
 尾てい骨から伸びる幻の尻尾を、バフン、バフンと元気良く横に振ってこそいるものの、は
やて達の微妙に受けの悪いリアクションに頭の"上"の尻尾は垂れたままだ。
 しかし、一度口に出してしまったからには、後は突き進むしかない。
 口下手なシンでは、言葉にすれば何を間違えるか分かったものではない。
 後は突き進み行動で示すだけ。
 引かれると凹むし尻込みは当然したが、だ。

「なんと言うか唐突だな、アスカ」

 お新香をパリポリと食べるシグナムの声にシンは「ですよね~」とばかり我に帰った。
 考えてみれば確かに唐突だった。
 週末と言ってみたが用は明日だ。
 明日急に「結婚式の写真を撮ろう!予約は済ませてある」
 普通に考えても一人で突っ走った感は否めないし、何より三人の予定や返事も聞かず性急に
事を進め過ぎている。

「俺は…またやってしまった」

 熱血と言えば言葉触りは良いが、ようは周りを見ず物事を良く考えていないだけである。

「ええよ、写真撮ろうか」

 シンは、ぐったりと項垂れかかるが、頭上から聞こえて来たはやての声に、シンは思わず破
顔する。
 引かれた、絶対にドン引きされたと思った矢先のはやての快諾の一声は、シンの乾いた大地
ように罅割れた心に簡単に染み渡っていく。
 傷心の女性が男に引っかかる手口が一瞬垣間見えた気がしたが、それは閑話休題である。
 
「本当ですか!」
「ええよ、ええよ、ダーリンが真剣に考えてくれた事やもん、それにぃデートはいつでも出来
るし、ダーリンからデートに誘ってくれるって滅多にないしぃ。写真でもそれ以上でもなんぼ
でも来たら、ええ、私がしっかり受け止めるから」
「部隊長、俺は、」
「今は、はやてやダーリン」

 ポッと頬を朱に染めるはやてを前にシンは思わず生唾を飲み込んでしまう。
 このまま放っておけば、捲る捲る夢現の体験が始まる可能性があったが、そうは問屋が卸さ
なかった。

「はい、はい、そこまでです。桃色空間を出すには時間が早いです」
「痛いって、痛いって、ランスター、急に耳は駄目だって」

 ティアナは、気を抜けば桃色時空を生み出す特異点に早代わりする二人を強引に引き離し、
ジト目でシンを睨み付ける。
 時と場合は選んで欲しいと思うが、考えてみれば機先を制し損ねたティアナにも落ち度があ
る。
 桃色時空に浸るなとは言わないが、時間も去る事ながら大事な提案の最中なのだ。
 桃色に浸るのは、シンの話が終わってからでも遅くはないが、残念な事に本日は週に二度あ
る"ティアナの日"である。
 全くの別問題であるが、そう簡単に自分の"当番"を譲るつもりは無かった。

「ティアのイケズ」
「イケズじゃありません」
「ぶぅ、横暴やでティア」
「もう…でも、意外よね、朴念人類筆頭のアスカが、そんな事を考えてるなんて」

 恋人に向って朴念仁とは随分な言い回しだが、事実そうなのだから、撤回しようがない。
 家庭内の逢瀬を邪魔されたはやては、恨めしそうにティアナを睨むが、この位で気後れ
気を使っていては、八神でのヒラエルキーは加速度的に落ち込んでしまう。
 ティアナは、仕方無いなぁと思いながらも、はやてを華麗にスルーし会話を続けていく。
 他人と尊重しつつも自分の我を推し進めるのが、八神家で生活する知恵だった。

「ランスター…おまえなぁ、どの口でそんな事いけしゃあしゃあと言えるんだよ」
「何よ私、何かした?」
「そ、そこらじゅうに式場のパンフとか案内状と置いたの誰だよ」
「あ、あれは、そのだって、ねえはやてさん」
「そこで私に振るんや、ティア!」
「そこの部隊長も…そこら中にゼクシィとか置くのやめて下さい。ランスターもそれ系の
小説ばっかり読むのやめてくれ、後、それ系の映画ばっかり誘うのも」
「「ちっ」」
「ちって…ちってなぁ」

 何とも言えぬ虚脱感に全身を支配されたシンは、食卓にグッタリと項垂れる。
 食卓は最早シグナムの独壇場で、見る見る内におかずがなくなって行く。
 だが、ここで漸く食欲よりも話題の方に興味が沸いたのだろう。
 夕食を平らげたシグナムが重い腰を上げる。

「私も主はやてとティアナに賛成だ。写真を撮る、休日の過ごし方としては地味だが、記念
日としては悪く無い。して、アスカ、記念撮影と言うが、どんな写真を撮るのだ」

 シグナムの言葉に、はやてとティアナは食卓に頭をぶつけそうになるが寸での所でとどま
った。
 二人はシグナムに、一体何を聞いていたと激しい突っ込みを入れたくなったが、考え直し
てみれば、色々と学習したとは言え、マイペースで戦闘一直線のシグナムにそこまで想像し
ろと言うのは、まだ酷な話なのだろうか。

「そりゃ、ちゃんとした衣装と用意して貰いましたけど」
「ちゃんとしたとは?」
「ウェディングドレスですけど」
「そうかウェディングドレスか」

 "シン"の生姜焼きを手早く片付けたシグナムは、沢庵を二切れ掴み口に掘り込むとポリポ
リと小気味良い音が、室内に木霊する。

「………なっ」

 ポリポリ、ポリポリと沢庵を噛みこむ音が加速し、突然ボンと可愛い爆発音が鳴り、熟れ
た林檎のように真っ赤になったシグナムは、そのまま宙を見つめ動きを完全に停止させた。
 しゅうしゅうと蒸気機関のように湯気を上げ続け、このままでは出血多量ではなく、脱水
症状を起こして倒れてしまうのではないかと心配してしまう有様だ。
 
「目標、完全に沈黙しました」
「おおう、まだまだ修行が足りんでシグナム」

 自分から話題を振って自分から自爆していれば世話はないが、味噌汁片手に顔を真っ赤に染
めフリーズする彼女は、普段の凛々しさと実に可愛らしい。
 恐らくシグナムの脳裏には、覗き見るのも恥ずかしい妄想が駆け巡っていることだろうが、
詮索しないのが騎士と魔道師の情けと言う物だ。
 
「副隊長?シグナム副隊長?」

 心配になったシンがシグナムの肩を揺する、今の彼女には、シンの行動全てが鬼門だ。
 シンが体に触れる度に蒸気が吹き上がり、流石にこれ以上は命の危険があると判断した自分
が担ぐと言い張るシンに"お座り"を言いつけ、ティアナとはやては、シグナムをソファーに寝
かしつけた。
 
「その、俺、何か変な事言ったでしょうか」
「心配しないでくれ、大事無い…私が不覚だっただけだ」

病気でもなく、いたって健康体のシグナムの額に濡れタオルで介抱する様は、何とも微妙だが、
甲斐甲斐しく世話を焼く姿は中々に絵になっていた。
 しかし、一方に構えば、もう片方が不貞腐れてしまうのは、八神家の摂理だ。
 なるべく我慢して公平にと心がけるが、やはり、シン・アスカと言う人間は、新参に変に優し
い気色がある。
 特に日頃から主導権を握られる事が多い、はやてとティアナに比べ、シグナムはシンが手綱を
握りやすい。
 変な意味ではなく、黙りこくって顔を赤くし、素直に頷く姿は、実に新鮮味があると思うのは
無理からぬことだった。 

「アスカさんはシグナムに優しいからなぁ」
「本当、アスカは、シグナムさんにだけは優しいですよね、はやてさん。私達のデートの回数も
最近富に減ったし気がしますし」
「そうやね~」

 背中から感じる絶対零度の視線に、シンは、背筋を冷たくさせる。
 一度だけ背中を震わせ、取り繕ったような言い訳を何とか口にするので精一杯だった。

「なんで拗ねるんですか。ランスターもこの間一緒に映画とか行っただろ」
「食事が無かった…」
「食事って」
「デートなのに、映画行っただけだったわよ」
「うぐ」

 ぞんざいに扱ったつもりは無かったが、世の中慣れとは怖いものである。
 面倒くさいわけではないが、男と言う生き物は無意識に無駄を避ける性質がある。
 しかし、毎回本気デートでは、シンの身が持たないのも事実だった。
 いつも通り愛情を向けていると思っても、受けてがそうと感じてくれなければ、悲しいかな十分
な効能は得られない。

「兎に角、明日は三人まとめて、俺が面倒みます!」

 これ以上話題を引き伸ばしては、ティアナが更にヘソを曲げる。
 普段お姉さんぶった言動が多いティアナだが、一度ヘソを曲げれば後が恐ろしい。
 自分から話題を振って行動した割には、女性陣に振り回されっぱなしの気がするシンだったが、
ここで引いては
男の沽券に関わると真面目くさった顔で高らかにする。
 もう何とでもなれとの真剣味とやけくその混じったシンの瞳に、不覚にもときめいてしまったは
やてとティアナだった。

 首都クラナガンを一周する環状線中央東口駅から下車して徒歩五分。
 オフィス街と官公庁の狭間に、神原写真店はあった。
 創業二十二年の微妙に老舗チックな店舗は、幾重にも渡る店主の気まぐれと代替わりで
模型店、八百屋、花屋と数奇な運命を辿り、三年前に現在の職種に落ち着いた。

「それって、写真暦三年なんじゃ…」

「どうりで安いはずだ」とお友達価格にしては破格過ぎる値段設定もキャリアの薄さげ原
因ならば頷ける。
 来店のしおりと力なく隅へ寄せ、早まったかと迂闊すぎる後悔が背筋にずんと重く圧し
掛かって来る。
 しかし、店主の腕を心配するよりも、黙過、シンの心配事は別にある。  
 たかだか写真撮影とは言え、用意する衣装は本物だ。
 つまり、結婚式に使う衣装でそれぞれ写真を撮るのだが、背中に圧し掛かって来る重圧
は普段の比ではない。
 神に使える神父こそ教導師こそいないが、雰囲気は十二分に感じられる。
 一応貸切と言えど、男と女では、メイクや着替え、衣装選びにかかる時間が一桁ほど違
う。
 小奇麗な控え室に押し込められたシンは、手持ち無沙汰にラックの中にあったカタログ
に手を伸ばした。
 冠婚葬祭だけではなく、貸衣装も営んでいるのか、カタログに載っている衣装は多種多
様だ。
 着ぐるみやデパートの屋上で使うヒーローショーで使うスーツは理解出来るが、管理局
の制服やナースや警官
など何処で仕入れいてきたのだろう。
 犯罪ではないのかと一瞬頭を過ぎるが、良く出来たレプリカだろう、むしろ、レプリカ
だと信じさせて欲しい心境だ。
 限りなく黒に近い灰色のカタログを見なかった事にしたシンは、そっとカタログをラッ
クに戻す。
 十月と言えど、外は未だ温度が下がらぬ灼熱の陽気だが、外気の届かぬ室温は空調が効
いて過ごしやすい。
 クーラーが嫌いなはやてとティアナが居る為に、八神家は、幾ら熱かろうと自室に戻る
までクーラーの恩恵に預かる事が出来ず、シンは、久方ぶりのクーラーに気を良くして、
日頃の疲れとこれからの緊張も合わさってか、うつら、うつらと船をこぎ始めた矢先の出
来事だった。

「耳栓、中蓋二枚展開---射撃開始」
「なっ」

 だが、腐っても武装隊の腕利き魔道師だ。
 突然膨れ上がった魔力の胎動を素早く察知したシンは、身を低くして構えるが、ドアを
ぶち破りって襲来する魔力弾が、顔面、腹、両腕と雨霰に鈍い音を立て打ち立てる。
 シンは、バラバラに壊れたドアと共に吹き飛ばされ、重苦しい大きな音を立てて床に落
下した。

「トカゲの尻尾。強度は中辛」

「何事と」起き上がろうとした瞬間、赤黒い粒子が、首、腕、足に巻きつき、シンの動き
を完全に封じてしまう。
 まるで、蛇のように伸びる拘束魔法は、硬度、密度共に極上品だ。
 これほど見事な魔法行使は上級魔道師でもそうはいない。
 少なくとも壊す専門の魔道師であるシンには、天地がひっくり返っても無理な代物だ。
 
「このバインド…なんで」
 
 意識を研ぎ澄ませば、周囲は結界で封鎖され、完全な隔離空間と化している。
 だが、四肢を封じられ、正体不明の敵の襲撃を受けてもシンは冷静だった。
 何を考えて、こんな手の込んだ"悪戯"を考えたのだと思ったが、彼女にとって"魔法行
使は"は息をするよりも容易い物理現象だったと、シンは溜息を付き、むっとした目で当の
本人を見つめた。
「ヴィヴィオ!」
「ちゃんでしょ。いい加減覚えないさいよ」

 ヴィヴィオが指を鳴らすと、腕を拘束しているバインドが少しだけ締まり、シンは痛み
で顔をしかめた。

「全く…一体なんのつもりだよ」
「何のつもりも糸瓜もないわよ---逆捩じ」

 ヴィヴィオが杖のように指を振るうと、桃色の粒子が舞い散り、破壊されたドアの破片
が、ガタガタと動き始める。

「逆行。補修は釘とトンカチで当然突貫工事」

 バキンと空間が裂ける音が響いたかと思うと、バラバラの破片が空を舞い、円を描いて
、破壊される前の姿に戻っていく。

「後は空間固定ね」

 仕上げとばかりに指を鳴らすと、桃色の魔力光が煌き、破壊されたドアは傷一つ無い元
の姿に戻っていた。
 口頭詠唱は、魔力を高める触媒の意味合いでしか無く、極論を言えばどんな言葉でも魔
力と術式されあれば発動するが、ヴィヴィオのように魔法を完全に再現するなど聞いた事
も無い。

「デバイスなしで魔法を使うなんて相変わらずデタラメな。しかも、そんな無茶苦茶な詠
唱で」
「ミッドもベルカも私に言わせれば無駄だらけなんだから仕方ないでしょう。二つとも基
本的に魔力を熱エネルギーに干渉するかしないか、そのどちらかじゃない。物質の構造を
"操作"する事に術式を裂いてるんだもん。どうせ、魔力なんてワケ分かんない物で物理現
象起こすなら、一から作った方が早いじゃない。
 アンタのお得意の摩擦係数操作だって、F=μ Pを弄ってるだけでしょ。
 物質干渉が魔力の主軸に添えるなら、それ以外の為に魔力を使うと無駄だらけじゃない
の。
 最近の"魔法"使いは熱力学の第二法則に囚われすぎなのよ。魔力はもっと自由でワケわ
かんない物質なんだから自分から枷を付けて、枠に嵌めるなんてナンセンスよ。無いなら
自分で作った方が楽だし簡単だから、そうしないのは効率的じゃないわ」

 あっけらかんと言ってのけるが、魔法が未熟なシンだからこそ、ヴィヴィオが言ってい
る事が、どれだけ荒唐無稽で馬鹿げているか心底理解している。
 ヴィヴィオの言っている事は、他人が作った術式を使い改造する位ならば、一から自分
用に術式を新造した方が早いと言う事だ。
高性能なOSを片手間で一から作り上げたようなものだ。
 理屈も言い分も理解出来るが、ただそれだけで、先人達がコツコツと溜めたノウハウを
一瞬で切り捨て、一つの魔法体系を作ってしまうなど、まさに魔法の申し子、現代に蘇っ
た魔女に相応しい所業、 まさに、聖王の遺産の面目躍如と言ったところか。

「で、そのヴィヴィオ…ちゃんはが何でここに?俺、今回の事、六課の人達に教えてない
けど」
「アンタ馬鹿?知ってるからいるんでしょ」
(そりゃそうだ。知ってるから居るんだよな)

 全く理由になっていないが、これ以上踏みこむと魔力弾か電撃の餌食になる確率が九割
を超える為に、シンは顔を引きつらせ、ヴィヴィオがここをかぎ付けた理由を考える。
 何人かの同僚に伝手を頼ったが、ヴィヴィオと彼らに接点があるわけが無い。
「一体誰が」と、ふと、視線を後ろに向ければ、何処で手に入れたのか、シンの個人用携
帯をぷらぷらさせている小さなガジェットが目に飛び込んでくる。
 ガジェットは、シンの携帯にケーブルを差込み、まるで、パックジュースのように、ず
びずびと一気に吸い込み、しかし、"味"がお気に召さないのか、不服そうな顔で、背中の
リュックサックから携帯バッテリーを取り出しケーブルを繋ぎ直す。

「お前か…ガジェ夫」
「失礼な私はガジェリエッティと言うちゃんとした名前があると言うのに、相変わらず失
礼だね。ふむ、携帯のメモリーも上手いがボリュームが足りないね。それに加えて工業用
電源は美味いねぇ。まさに至高の一言!三百ボルトの脂っこさも捨てがたいけど、二百ボ
ルトのあっさり風味も捨てがたい。しかし、四百ボルト電源の究極の美味にはとても適わ
ない。一度吸えば、胃(トランス)に届くまで六度も味が変わり、全身を貫く落雷の如く
衝撃はリブロースの如く!まさに…癖になる。おおぅ、おおい、この背中と後ろの穴(コ
ネクタ)をかき乱される感覚は…トレビアン過ぎるね」

 それは普通に感電しているだけではなかろうか。
 やけに馬鹿デカイ携帯用バッテリーに背中から出た"USB"コネクタを差込み、体をミ
ミズのようにのたうち回す姿は、球形の姿がある意味可愛らしく、一部のマニアに馬鹿ウ
ケだろうが、シンから見ればまさに物の怪、化生のその類でである。

「おおぅ!かーもん、かもーん!」 
(…なんだなんだよ、こいつ)

 まるで、洋物の○V女優のような喘ぎ声を上げる、丸い物体が、昔雌雄を決した組織の
長のコピーとはとても思えず、引きつらせた頬と情けない声を辛うじて咽奥へ押し込んだ。

「ヴィヴィオ…俺はペットはちゃんと選んだ方がいいと思う」
「…ちゃんよ。欲しければ包装して上げるけど?」
「いらない」

 シンは、心底げんなりした様子で、感電するガジェットに溜息を漏らす。
 あんな人の携帯のデータを盗み見る不可思議有機体モドキは、こちらからも願い下げで
ある。出来る事ならば牢獄でほくそ笑む持ち主に熨斗を付けて、投げ返してやりたい気分
だ。
 
「どうでもいいけど…このバインド、早く取ってくれ」
「いやよ。取ったらあんた暴れるじゃない」
「暴れるわけないだろ」
「なんでよ」
「なんでって、そりゃ」 

 確かに出会い頭に魔力弾をぶつけられ、バインドで拘束されれば、文句の一つでも挙げた
くなるが、シンはヴィヴィオが豆粒のように小さな頃から知っている女の子だ。
 顔を合わせれれば文句を言われ、食事を奢らされ、なんだから良く分からない絵のモデル
に借り出され、口から文句の一ダースでも出てきそうな物だが、シンに取ってヴィヴィオの
存在は、失くしてしまった妹に存在に被るのだ。
 そんな相手を前に自分から暴れるわけがない。
 それに加えて魔法の腕は、ヴィヴィオの方が遥かに上だ。
 単純な魔法の押し合いでは、ヴィヴィオに軍配があがるだろう。
 ヴィヴィオは力も才能もある。
 力の分別もなのはからキッチリ教育されている。
 ヴィヴィオは既にシンの助けを必要としていないが、可能な限り、当然ヴィヴィオが望む
範囲であるが、彼女の手助けをしてやりたいと思うのはシンの独善だろうが。
 父親でも家族でも無い、曖昧な存在である自分が、ヴィヴィオに干渉するのは、小門違い
かも知れない。
 だが、例え独善だろうが、憎まれ口を叩かれようが、ヴィヴィオはシンにとって大事な存
在に変わりはない。
 シン自身、決して口には出さないが、彼女が嫌だと言わない内は、どんな我侭でも聞き入
れるつもりだった。

「なんか、ムカつくわね」
「なんだよ、それ」

 シンの父性丸出しの視線が気に食わないのか、バインドで拘束され地面に簀巻きのシンを
ヴィヴィオの鋭い眼光が射抜く。
 ヴィヴィオの紺碧のオッドアイが放つ脅威の眼光は、年々鋭さを増し、本気で起こったテ
ィアナを彷彿させ、シンは背筋を寒くさせた。
 
「よっこいしょっと」
「お、おい」

 だが、シンの動揺と他所に、ヴィヴィオは拘束を解くどころか、足でシンを蹴り飛ばし、
腹にストンと腰を降ろす。
 何の遠慮も無く、重力に身を任せた落下は常人ならば、息を詰まらせ、身を捩る衝撃だ
が、鍛え抜かれたシンの腹筋の前には、ヴィヴィオの体重など羽毛のように軽い。
 シンは、腹に感じる感触よりも、何故ヴィヴィオはこんな行動に出たのか理解出来ず、瞳
をキョトンとさせ、ヴィヴィオを見つめている。

「な、何してるんだよ」
「知らないわよ馬鹿!」
「お、おい」

 ヴィヴィオもヴィヴィオで、半ば無意識に取ってしまった行動に必死に理由を付けようと思
案するが、巧い理由が見つけられず、顔を真っ赤にして、シンの鳩尾を力一杯殴りつけた。
  
「痛っついいいいい」

 しかし、シンを黙らせる為に攻撃を仕掛けたまでは良かったが、シンの硬い腹筋を凹ませる
のは、生身のヴィヴィオには少々荷が重く、ゴツと言う地味な音を立て、ヴィヴィオの右手が
九の字に折れ曲がってしまう。

「ったぁぁ…何よあんたのお腹、鉄でも入ってるの!」
「入ってるわけないだろ」

 魔法を使えると言っても、対人戦はずぶの素人であるヴィヴィオにパンチの打ち方が分かる
わけもない。無理な姿勢から放たれたパンチは、シンの腹筋に阻まれ、ヴィヴィオの手首に鈍
い痛みを走らせる。
 目尻に涙を浮かべ、悔しそうにシンを睨み付ける様子は、勝手な言い草だが歳相応の少女に
見えて実に微笑ましい物だった。

「いつか覚えてなさい」
「あぁ、いつまでも覚えとくから、大丈夫だ」

 シンは、ヴィヴィオが怒ると思ったが、自然と浮かんでくる笑みを隠す事が出来ず、痛がる
ヴィヴィオを見つめ偲び笑いを漏らした。
 シンの生暖かい笑みを挑戦と受け取ったのか、ヴィヴィオは額に怒りの四つ角を浮かべ、顔
を真っ赤にして、シンの腹の上でお尻のスタンピングを繰り返す。
 しかし、体重もさる事ながら、筋肉の付いてない柔らかい十代の体では、毛ほども痛くなく
、むしろくすぐったい肌触りを覚えるだけだ。

「何よ、何よ、何よ、シン・アスカの癖に生意気なのよ。大体あんたの体硬すぎるのよ!うわ
、信じらんない。腹筋が見事に六つに割れてるじゃないの」

 勢い任せか怒りに任せたのか。
 ヴィヴィオは、シンのシャツを胸元まで捲りあげると、中から見事なまでの腹の骨格筋が現
れる。一見無駄の無い筋肉と聞こえは良いが、一体どれ程の研鑽を積めば、これ程の肉体を手
に入れられのだろうか。
 筋肉を増加させる為には、体内部の筋繊維の破壊と修復を繰り返し、ある一定期間の休息を
経て筋肉を増加させる事が望ましい。
 しかし、シンの肉体は、破壊に次ぐ破壊を経て、余分な筋肉を排除し、本当に必要な筋力だ
けを修復した結果、出来上がったのは恐るべき密度を秘めた肉体だ。
 只硬いだけはなく、日本刀のようなしなやかさを併せ持ち、ザフトのMSパイロットを経て
魔道師として、十年間戦い続けて来た戦闘経験がある種の形となり肉体に宿っているような錯
覚さえ覚えた。

「相変わらず良い体してるわね。エリオさんのお耽美系の体もいいけど、無駄の無い筋肉も良
いのよねぇ」
「あのさ、ヴィヴィオ」
「ちゃん…よ。全く魔法もろくに使えない筋肉馬鹿の筋肉はどうしてこう良い筋肉をしてるの
かしら」

 はぁと溜息を吐き、シンの腹筋をさわさわと両手を往復させる。
 訓練と戦闘を繰り返した結果、こうなったのだから、筋肉、筋肉と連呼されてもシンにはど
うする事も出来ない。
 時折漏らす艶っぽい溜息に、どうにも背筋は落ち着かず、何度もヴィヴィオを跳ね除けよう
と思ったが、後ろで呆れたように生あくびを繰り返す黒猫に睨まれる。
 ゴツゴツした筋肉を撫でて何処が楽しいのか、シンには甚だ疑問だったが、ヴィヴィオの好
きなようにさせていた。
 だが、自分よりも一回りも年下で妹のような存在とは言え、年頃の女の子に肌を触らせるの
はどうにも落ち着かない。
 シンは、昔感じた危機とは別の危機を感じ取りながら、気分を誤魔化す為に夢中で体を弄る
ヴィヴィオに話しかける。

「あのさ、なんでここが分かったんだ」
「あんた馬鹿?ガジェ夫があんたの携帯のメモリーをクラックしたのよ」
「いや、そうじゃなくて、なんでここに来たんだってこと。結婚式じゃなくて、ただの写真撮
影だし見て楽しい物なのか?」
「あぁそれね。その前に…あんたそれ、本気で言ってるの?」
「言ってるって、何がだよ」
「楽しい部分がってとこよ」
「…それは…まぁ…どうなんだろう」

 お詫びと言うか、シンの精一杯の感謝と愛情と込めた行事が今回の写真撮影だ。
 シンは良い考えだと思っていても、はやて達がどう思うかは別問題だ。
 シンが思っているよりも喜んでいてくれないのかも知れない。
 実の所、たかだか写真程度で三人の気持ちに少しでも報いる事が出来たのか、心配で仕方無
いのだ。

「うわぁ…私、今あんたを猛烈にぶっ飛ばしたいわ」
「な、なんだよ、それ」
「うっさいわね。その話題はこれで終わりよ終わり。なんであんたにこれ以上レクチャーしな
いといけないのよ」

 筋肉を弄る手を止め、呆れを通り越し憐憫すら浮かべた表情に、シンの心がチクチクと軋む。
 また、自分は何か失言をしたのだろうか。
 思考の海に溺れる程考えるが、今一つ納得出来る答えが見つからない。
 何度気持ちを伝え合っても、彼女達を心の底から信頼し絆を育んでも、戦う以外のシンはと
ても臆病な性格をしているのだ。

「…まぁ、その辺は大丈夫なんじゃないの…なんとも言えないけどね。相手がどう思ってなん
かアンタが決めることじゃないしね」
「まぁそれはそうなんだけど」

 だからと言って、不安が消えるわけでもなく、面と向って聞いてみれば早い話なのだが、そ
うそう容易く聞けないのが、面倒くさい男の悩みと言う奴だ。

「私がここに来た理由は、ウェディングドレスなんて滅多に見れないから。素材とスケッチさ
せて貰おうと思ったのよ」

一応理由は取り繕ってみたものの上手く誤魔化せただろうか。
 シン我、ヴィヴィオの視線の先を追うと、大き目のスケッチブックや黒炭等の画材一式とデ
ジカメが見える。画材とデジカメは確か二年前の誕生日に無理矢理プレゼントさせられた品々
で異様に高かったのを覚えている。

「進路やっぱり美大に決めたんだ」
「当たり前でしょ。女の子は一度決めた事は変えられないのよ」

 随分漢らしい女の子もあったものだとシンは苦笑するが、ヴィヴィオは真面目な様子で胸を
張り高らかにシンに宣言する。
 ヴィヴィオの絵の腕はちょっとした物で、地元の展覧会に応募しては入賞を繰り返している。
 しかし、絵が巧いと言っても、それは地方の展覧会で入賞出来る"程度"の腕前で、絵一本で
食べて行こうと思えば、並大抵の苦労では済まさないだろう。

「管理局に入局。魔導師にはならないのか?」

 ヴィヴィオの絵の実力に対して、魔法の腕前は超一級品だ。
 聖王教会の圧力で管理局は、ヴィヴィオの魔力等級の申請を黙認しているが、本人の希望さ
えあれば直ぐにでもスカウトしたい程なのだ。
 管理局のエースオブエースの養女にして、聖王教会の時期姫君。
 管理局に入局すれば、シン程度ならばあっさりと追い抜かれ、出世街道まっしぐらの華々し
い栄光の道が用意される事だろう。

「規則とか煩いから嫌。私は魔法が使えるけど"使えるから"魔導師になりたいわけじゃないの
。出来る事とやりたい事は個人個人で違うんだから、全部ごちゃ混ぜにしないでよ」

 だが、当の本人にして見れば、栄光の道もさして興味が無いのか溜息混じりに入局を否定す
る。

「高町隊長。お母さんは何て言ってるんだ」
「ママは、小学生の頃から将来を見据えて動いてきたのよ。参考にはならないわ」

 確かにシンの教導官であったなのはは小学生の頃から、なりたい職業に向けて邁進して来た
と聞いている。
 戦争で軍人になったとは言え、小さな頃は外で遊んだりゲームをしたり、現在を生きる事に
必死で無限に広がる未来の可能性に気が付こうともしなかったはずだ。
 なのはの意思の強さは常人から見れば規格外に映り、確かに参考になりそうも無かった。

「ねぇ、馬鹿アスカさぁ」
「なんだよ」
「あんた、ママ貰う気無い?」

 さり気無く呟かれたヴィヴィオの爆弾発言に今度こそシンの胃痛が限界を迎えた。
 一瞬、貰うの意味が理解出来ず、横隔膜が痙攣し肺の中の空気が一気に吐き出し唖然とする。
 やはり、貰うとは文脈の前後から考えればお嫁に貰うと言う事だろうか。
 そんな恐ろしい、いや、そんな恐れ多い未来予想図にシンの思考がスパークしかかる。

「な、な、な」
「なすびとヘチマ」
「ま、マントヒヒ、じゃなくて、一体なんだよ、それは!」
「何もそれも言葉通りの意味。今更四人も五人も変わらないでしょ。一人増えたってどうとで
もなるわ…よね?」
「疑問系で返されても答えようが無い」

 ピシャリと言い放つが、シンの心は多いに動揺していた。
 なのはの存在が"どう"ではない。キャロと同じで妹のように可愛がっていたヴィヴィオにす
らそんな風に見られていたのかと思うと、心がズシンと沈み、どうにも情けなさでヴィヴィオ
の顔をまともに見れない。
 潔癖症のキャロからは、助平の権化のように見られても仕方無いのかも知れないが、キャロ
よりもずっと"俗世"に塗れたヴィヴィオにすばり指摘されるのも中々に傷つくものがある。

「何よママが嫌い?今なら可愛い娘も一緒に憑いてくるけど、どう?」
「どうって言われても。犬や猫じゃあるまいし。大体高町隊長には、ユーノさんとか居るだろ」
「もう二十年一緒に居るのに、お互い何のアクションも無いのよ。それって脈があると思う?
常識的に考えて」
「いや、それは、だから、それは…」

ヴィヴィオの言い分にシンは目を泳がせて言葉尻を濁してしまう。
 なのはとユーノは互いに深い絆で通じ合っている。
 お互い憎からず思い合い、心の底から信頼し合っているにも関わらず、二人の関係が友人よ
りも先に進んだ所を見た事が無い。
 夏の合コン事件で、僅かながらもなのはの女としての焦りを感じたシンだが、焦るのならば
、まず興味の矛先がユーノに向うはずだが、何故かなのはの興味は別方向に向っている。
 ここまで来れば脈や巡り合わせの問題ではなく、何か別の物の存在、神の見えざる手とやら
を疑った方が健全とさえ思えた。

「長く一緒に居過ぎるってのも問題よねぇ。相手の全部が分かっちゃってるからママとユーノ
さん、精神的に植物の領域だもん。気が長すぎて、常人には理解不能なのよきっと」

 自分の母親に向って酷い言い様だが、頷ける部分もあるだけに安易に逃げられない。
 むしろ、自分の母親だからこそ遠慮無しに言いたい放題言えるのだろう。

「って思ってたんだだけど…最近ユーノさんの方がママに眼中無いんじゃって思い始めて来た
わ」
「ユーノさんが?それは無いと思うけど」
「よくよく考えなさい…ユーノさんママと会っても顔を赤らめるだけよ。昔はどうだったか知
らないけど、私の知る限りユーノさん、ママの手すら握ろうとしないんだもん。顔も赤らめて
行動に移さず。でも、決して態度には出さない眼中無いって思うのが自然な気がするわよ」

 女性の視点から見ればそうかも知れない無いが、こればかりはシンはユーノの肩を持ちたい
気分だ。
 ユーノが普段何を考えて行動しているのか、殆ど付き合いの無いシンは、彼の本質を理解す
ることは出来ないが、身に秘めた思慕は少なからず理解出来る。
 気の強いヴィヴィオに男の純情を察しろと言うほうが無理だが、確かに行動しなければ始ま
らず、やはり、忍ぶ恋よりも、口に出す愛の方が有利なのは昔から変わらない事実なのだろう。

「ヴィヴィオちゃんもすぐに分かるよ、きっと」
「何その生温い視線…さっきから凄いムカつくんだけど」
「だったら、腹筋触るのはそろそろ勘弁してくれ。くすぐったいんだ」
「いやよ、あんたの肉、スカの肉球並みに気持ち良いの。もうちょっと触らせなさい」

 絶え間ない努力の成果が、猫の肉球と同義とは中々に泣きたい事実だったが、ヴィヴォオ前
では、シンのプライドなど板チョコ程度のお手軽感にしか過ぎないようだった。
 いい加減、勘弁してくれと、ヴィヴィオを諌めようとした瞬間、ギィと軋んだ音を立ててド
アが開き、純白のウェディングが場違いな雰囲気を携えて現れた。

「何してるの?アンタ達」
「ランスター…」
「お姉さま綺麗」

 何時もならば、ごめんと心底申し訳無さそう謝り倒すシンだが、今ばかりは暫し時間を忘れ
、ティアナの格好に魅入ってしまった。
 貸し衣装とは言え、ティアナの着るウェディングドレスは、本番でも使う立派な仕立てをし
ている。
 オーダーメイドにこそ及ばないが、ウェディングドレスの出来は素晴らしく、素人目に見て
も裁縫職人の技術には感嘆の声しか上がらない。普段はほぼノーメイクのティアナだが、この
時ばかりは、薄らと化粧をしている。

「もう、また、油売って。ヴィヴィオも只の防音結界とは言え、人前で無闇やたらに魔法を使
わないの。早く魔法を解いて、アスカの上から降りなさい」
「はぁ~い」

 ヴィヴィオは、ティアナに咎めらると、あっさりとシンの上から飛び降りる。
 シンの言う事など微塵も聞かない我侭娘が、ティアナの言う事ならば文句一つ言わず、自ら
進んで聞く様は納得が行かないが、年頃の少女はそう言うモノなのだろうと、シンも不承不承
ながら立ち上がった。

「あぁもう、こんなに埃だらけになって。全くいつまで経っても子供なんだから」
「止めろよ、ランスター、自分で出来るって」
「出来ないから、汚すんでしょ」
「なんだよ、それ」

 トートバックから、ハンカチを取り出し、のそのそと起き出したシンの頬をハンカチで拭う。
 ヴィヴィオの前で頬を拭われるのが恥ずかしいのか、それとも、頬を拭かれると言う行為そ
のものが恥ずかしいのか。
 もう、二人とも良い年齢のはずだが、風景だけを切り取ると七年前の二人が記憶の底から飛
び出て来たような錯覚を覚える。
 気恥ずかしさから、むっつり顔で視線を逸らすシンをティアナは嬉しそうな様子で世話を焼
く様子は、まさに夫婦と呼んでも差し支えなかったが、どちらかと言えば、もう少し幼い、七
年前にヴィヴィオが二人に出合った時と同じ印象を受けた。
 
「はやてさんとシグナムさんの準備も終わったから、あとはアスカだけなんだから、早く衣装
室行って来な
さい」
「あぁ」
「遅れちゃ駄目よ」
「分かってるって、なんだよもう」

 顔を真っ赤に染めてブツブツと文句を言い続けるシンは、、いつまでも経っても反応が初々し
いことこの上無い。
 しかし、「早く行く」とティアナに駄目出しされれば、大急ぎで駆け出す辺り、十二分過ぎる
程に尻に敷かれていた。

「ふぅ…」

 ティアナは、ウェディングドレス姿のまま溜息を漏らし、腰を屈め、ばつが悪そうに隣に控え
たヴィヴィオに視線を送る。
 
「ヴィヴィオ。貴女もよ。来るなら来るでちゃんと連絡しなさい。びっくりするでしょ」
「…ごめんなさい」

 しゅんと項垂れたヴィヴィオにティアナは微苦笑を浮かべ、今度はシンのハンカチで、ヴィヴ
ィオの頬を拭った。

「別に怒ってるわけじゃないわ」
 白いドレスに身を包み、純白のシルクの手袋の心地よい感触が頬を撫でる。ティアナの形のよ
い唇に薄らと塗られたルージュは同じ同性でもドキリとさせられる。
 
「お姉さまに迷惑かけるつもりじゃ無かったんです。ガジェ夫がお姉さまが、今日ここで結婚式
の写真を撮るって嗅ぎ付けて来たから…その」
「見たくなったの?」
「それだけじゃないですけど、はい…」
「そっか、でも、言ってくれれば、迎えに言ったのに。私が貴女のやることを迷惑と思ったこと
があるの?」
「ないです」

 心配してくれる。
 こんな些細な事がヴィヴィオにはとても嬉しく思える。
 自分を見ていてくれる確かな実感とむず痒い感触に、ヴィヴィオはティアナに見えないように
頬を染めた。

(聞ける、今、この雰囲気なら聞ける)

 周囲に人気は無く、雰囲気も軽やかだ。
 ティアナは余程機嫌がいいのか、いつにも増してヴィヴィオに穏やかな笑顔を向けている。
 写真展に忍び込んだまでは良かったが、ティアナにどうやって悩みを切り出せばいいのか、途
方に暮れていたヴィヴィオにとってこの状況はまさに渡りに船だ。

「まぁいいわ、こんなところじゃ一人じゃ暇でしょ、一緒に来る?」
「え、ええ、それは、はい」

 肝心な所で押しが弱いのは、誰かとそっくりなヴィヴィオだった。

 小さな写真屋と言っても、専門の機材が所狭しと立ち並ぶスタジオがあれば、素人視線でも思わず
圧倒されてしまう。ものだ。
 巨大なカメラが鎮座する奥には、装飾が施された椅子に腰掛けた花嫁が居れば尚の事だ。

「はやてさんだ」

 はやては、ヴィヴィオの存在に気が付いて立ち上がろうとしたが、衣装が崩れる為、アシスタントに
やんわりと押し止められた。
 些か不満げなはやてだったが、カメラチェックをする初老の店主の視線に気が付き、苦笑いと会釈一
つをヴィヴィオに返した。
 
「綺麗…」

 比喩や揶揄ではなく、カメラの前で真っ白なウェディングドレスに身を包み、お澄ましするはやては
、溜息が漏れるほど綺麗だった。
 普段は奇抜な発言が目立つはやてだが、口を閉じ静かにしていれば、その容姿は正真正銘の美少女な
のだ。 最も三十を超えるか超えないか、三十路の境界線を限界突破し、一児の母になった女性に少女
の形容詞は、問題があるのかも知れない。
 しかし、幾ら年齢を重ねようとはやての美貌はかげる事は無く、今も若々しさを保っている。
 むしろ、年齢を重ねた事で艶のような物が表れ出し、華のように映えた。
 カメラの後ろの控え室で、薄紅色のウェディングドレスに身を包んだ、シグナムが顔を高潮させ、カ
チコチに固まっているのを意識の外へそっと押しやったのは、ヴィヴィオの優しさか、それとも格好良
い女性の格好悪いところ見たくない思春期の暴走のなせる業か。

「遅れました!」 
 
 どちらにしても、花嫁が三人居ると言う稀有な状況の中で、自身の未来の姿と顔の見えない旦那様を
想像し夢現の世界を彷徨っていたヴィヴィオを現世に引き戻したのは、シンの大声と荒い息だった。
 至福の時間を邪魔され「一体どこの馬鹿だ」とヴィヴィオの頬が引きつるが、考えて見れば、こんな
無粋な事を仕出かすのは、シン以外ありえない。
 その事実にヴィヴィオは更に頬を引きつらせ、一言文句を言うべき視線を強め、キッと振り返ったま
では良かったが、シンの様子を見たヴィヴィオは毒気を抜かれ、思わず苦笑してしまった。
 孫にも衣装と言っては可愛そうだが、緊張しきった顔でタキシードに身を包む、シンは、新郎と言う
より七五三と言った有様で、眺めていれば思わず苦笑いが出てしまう。
 普通新郎と言えば、パリっと言った擬音語が似合う美丈夫なのだが、真に残念な事にシンからは、格
好良いの"か"の字も見えてこない。
 緊張しきるのは理解出来るが、借りられてきた犬のように恐縮する姿は、衣装に完全に飲まれており
、これほど礼服が似合わない男も珍しいと言えた。
 だが、孫にも衣装は孫にも衣装なりに、調えるのがプロの仕事と言うものだ。
 あれほど埃に塗れてくしゃくしゃだった髪も、プロの手にかかれば短時間で整えられるものなのか、
童顔とからかわれる顔もいつもよりも精悍見えた。
 だが、生来の童顔が、ほんの数十分のメイクで変わるかけもなく、少年のような顔をしたシンと礼服
の組み合わせはミスマッチの一言に尽きる。
 しかし、それでも、ティアナ達の目から見れば格好良く見えるのか、ひとしきり満足そうに頷いた後
で、頬が揺るのをヴィヴィオは見逃さなかった。

「旦那さん、お早くお願いします。何分三人分ですので」
「す、すいません」

 初老の店主には、シン達の関係はどう映ったのだろうか。
 むしろ、ヴィヴィオにすれば、シンが、この老店主をどうやって丸め込んだのは聞いてみたい程だ。
 まさか「結婚式の写真を撮りたいんです…三人分」と馬鹿正直に言ったのではなかろうか。
 真相を語れば、ヴィヴィオの予感は見事的中し、シンは、店主に三人分の写真を撮りたいと馬鹿正直
に依頼していた。
 あまりに荒唐無稽な突飛過ぎる依頼に、店主は絶句したが、そこは客商売に身を置き数十年。
 世間の荒波に揉まれ、数多の大手のチェーン店攻勢にも耐え切った育て上げた、鋼の如き精神力が、
シンに突っ込みを入れるのを寸前で躊躇わせた。
 因みに店主の孫で、アシスタントの女性は、ティアナ達はいざ知らず、入店以来シンには湿った視線
を送り続けている。
 OSにバグがあるMSのように、カチコチと緩慢極まる動きではやての横に並び立つシンを見つめ、
店主がふぅと溜息を漏らし、シンの緊張を解こうと手を止めるが、はやての陽だまりのような笑顔が静
かにシンを包むと緊張が解けたのか表情を改めた。
 痴話喧嘩は犬でも食わぬとはその通りのようで、店主は苦笑いしながら、カメラのスイッチを切った。
 スタジオ内にバシュとストロボの光が溢れ、データが店内のサーバーに転送され、奥のメインスクリ
ーンに投影される。

「うん、いいじゃない」

 幾らデータ化され、AIの電子補正が入るとは言え、やはり、大元の技師の腕が未熟では意味が無い。
 その点、老店主の腕は三年とは言え、確かだったようで、シンとはやての映った写真は、何処へ出し
ても恥ずかしくない出来だった。

「年賀状に使おうかしら」
「お姉さま…それは」

 最近の地球ブームに則って、ミッドチルダでは新年の挨拶に手紙を送るのが流行しているが、仮に作
ったとしても身内にしか配れないような気がする。
 少なくとも同僚に配れば、色んな意味で危ない気がするのはヴィヴィオの気のせいだろうか。

「ほな、次はシグナムな、アスカさん…あら、あかんな、真面目な感じやとどうにも昔の癖が抜けへん
ね」
「かもしれませんね、八神部隊長」
「そうやな」

 一時昔の呼び名を思い出したはやては微苦笑し、出番をシグナムへ譲るべくシンの隣を譲る。

「わ、私の番か」

 今から戦が始まるわけでもないのに、シグナムの眉が吊り上がり、纏う空気が完全に出来上がってい
る。力む家族を見て、はやては何とも言えぬ微苦笑を浮かべた後、自分は思い出用のデジカメを取り出
し、シグナムの艶姿を必死で取り始めた。
 はやての茶化しに照れたのか、それとも、目の前でタキシードに身を包んだシンに緊張したのか、
ウェディングドレスの裾を持ち上げ、いそいそとステージに向う様子は、武闘派なシンデレラを彷彿さ
せた。しかし、はやり生粋の騎士とは言え、初陣は失敗もするのか、ステージに上がる寸前でウェディ
ングドレスの裾に足を引っ掛け転んでしまう。
 
「きゃっ」
「危ない」

 寸前でシグナムを抱き止めるシンを見て、目の前で繰り広げられる桃色時空に当てられ、ヴィヴィオ
の眉が吊り上がり、よろけたシグナムの後ろに回り、局部のスナップショットを撮影しようとするガジ
ェ夫を渾身の力を込めて踏みしめた。
「ヴィヴィオ君…装甲が割れるのだが。私のマザーボードは敏感なのだよ。踏むならもっと優しくだね」
「そんなマザーは割れて凹んでしまいなさい]

 ピキンと嫌な音を立てて、ガジェ夫の装甲に皹が入るが、女の子の耳が都合の悪い事を自動でシャッ
トダウンしてくれる便利な物だ。哀れガジェ夫の主張は意図的にカットされ電子の涙に沈んだ。
 
「ねぇヴィヴィオ」

 目の前では、シンとシグナムの写真撮影が始まっている。
 静かなはやてとの撮影と違い、ウェディング姿のはやてがデジカメ片手に写真を撮影し続け、おまけ
に写真屋でもないのに、ポーズの指示まで出すものだから、想像以上にやかましい。

「なんですか?」
「貴方も着る?ウェディングドレス」

 目の前で繰り広げられている摩訶不思議な桃色空間に、呆れ、言うなれば友達と一緒の帰り道に友達の
彼氏と遭遇したような、居心地の悪さを感じてたヴィヴィオにはティアナの声は完全に不意打ちだった。

「はへ?」
「はへじゃなくて、着て見る、ウェディングドレス」

 ヴィヴィオは別段、瞬間的な痴呆症にかかったわけではない。
 ただ、言葉と文脈は理解出来ても、ヴィヴィオにはティアナの言っている意味が理解出来なかったのだ。
 ウェディングドレスを着る。
 たった、これだけの文章を理解するのに、ヴィヴィオは、恐ろしい程の精神力と忍耐力を消費した。

「あの、お姉さま…今なんとおっしゃいましたか?」
「何って、聞いてなかったの?貴女もウェディングドレスを着て見るって聞いたの?」

 極々自然に爆弾発言をかっ飛ばすティアナに、ヴィヴィオは開いた口が塞がらないどころか、乙女の心
臓を壊滅的に揺さぶる銀の弾丸に、理性と羞恥心は崩壊寸前だった。

「待ってるだけじゃ暇でしょ」
「で、でも、でも、でもですよ」
 
 ヴィヴィオだけかも知れないが、ウェディングドレス、結婚衣装は乙女に幸せ
の象徴なのだ。
 "痴話喧嘩"の末の棚から牡丹餅的にお手軽に着てよい代物では断じて無かった。

「別にいいわよ減るもんじゃないし。たまには自分がモデルになるの良いじゃない」
(減る。絶対に減る。何がって分からないけど、絶対に減る)

 だが、ヴィヴィオも女の子だ。
 彼氏が出来て結婚しなければ決して着る事の出来ない、決戦兵装を着る機会があ
れば是非とも着てみたい。目の前にぶさらがった人参は取り逃がすには惜しすぎる
と言える。

「お、お願いします」
「よろしい。子供は素直な方が好きよ、特に私は」
 
 ティアナの後押しが、決め手になったのか幾許かの巡考の後、ヴィヴィオは視線
を伏せながら、首をゆっくりと傾けた。
 考えて見れば、別に相手が居るわけでもなく、衣装を着こんで写真を撮るだけだ。
 衣装の着心地や質感を体で覚えていたほうが、絵を描くにも生かせそうだ。
 そうだ、特に恥じる事も臆する事もないと、ヴィヴィオは、心に何重もの防壁を
張り、セルフコントロールに勤しみ、むしろ、勤しんで居ないと胸が爆発しそうな
程、心臓が暴れ狂っていた。

「はやてさん、聞いてました?」
「ん、ばっちり聞いてたで、ええんちゃう。別に減るもんや無いし、滅多に着れる
ものでも無いしな。料金やったら、私が払うし。シグナムもええやろ」
「問題ありません、主はやて。私だけ恥ずかしい姿を見られるのは不公平と言う物
です」

 シグナムは、ヴィヴィオに別の対抗心を燃やし煽るが、緊張で汗をかきすぎ、メ
イクを直されながら叫ばれても、効果は薄い。
 むしろ、その様子をはやてに動画で余す事無く撮影されれば、話のオチが着いた
と言う物だ。
 シンの声が耳に届いた瞬間、ヴィヴィオの思考が完全に停止する。
 ヴィヴィオは当然一人で撮るものだと思っていたが、何故故にシンが声をあげる
のだろうか。
 常識的に考えても、逆の意味でもウェディングドレスを"一人"で着て写真を撮る
シュチュエーションとは如何な物だろうか。
 まぁ、順当に考えても誰かが隣でエスコートする必要がある。
 自分自身の単純な思考回路に心底腹を立てるヴィヴィオだが、一度口に出して言
ってしまったことを今更曲げることなど、性格的にも養母譲りの意固地さも合い間
って、ヴィヴィオの中から撤回の文字が原子レベルにまで分解される。

「俺もいいけど、ヴィヴィオは相手が俺でもいいのか?」
「ちゃんって言ってるでしょ、この甲斐性なし!」
「今それを言うのかよ、!」

 照れていいのか、怒っていいのか、気が動転したヴィヴィオには、判断が付かず
、手持ちのスケッチブックを力任せに投げる事で話の収集を付けるのであった。

「うわぁ、マジありえないんだけど」
「有り得ないと言いながら、意外に乗り気なのは気のせいかな」
「気のせいね。そう信じたいわ」

 場の空気とは言う物は、本人が思うよりも想像以上に恐ろしいものだ。
 後で思い返せば「絶対無い」が周囲の人間の思惑と空気に押され「あれ、結構有
りかも」と思ってしまえば、既に後の祭りである。
 後に残っているのは、事後の無性に侘しい高揚感と消したい記憶のオンパレード
焼け野原だ。 
薄々、後で絶対に後悔すると、冷静な部分が告げているにも関わらず、破滅に向
って行進するのだから人間とは度し難い生物だ。

『構わないさ。少女は花嫁に憧れるモノだろう。どうせ"将来"の事もある。練習だ
と思って今の中慣れておくのもいいさ』
『目茶目茶腹が立つわね』

 元々化粧っ気などないヴィヴィオの肌は、化粧の乗りが良いらしく「流石十代、
ガラスの肌ね」とメイクさんが、上機嫌にファンデーションを塗っていく。
 化粧など、戯れに薄いルージュを引いただけのヴィヴィオにとっては、新鮮過
ぎる行為で、目の前に並べられた、多種多様の道具類に、好奇心を刺激されたのか
、目をキラキラとさせている。

『私的には、化粧よりも、自分の着ている衣装に気を配るべきだと思うけどね』
『何よ、馬鹿猫。文句あるの?』
『まぁ、好きな格好をすればよいとは思うが…ねぇ』

 鏡に映ったヴィヴィオのまさに黒一色と言った風貌は、結婚式の写真と言うより、
共同墓地で悲しみにくれる少女の方が似合っているかも知れない。

『葬式じゃないはずだがね。度が過ぎているよ、小物まで黒とは、デザイナーの執念
…だね、全く』

 むしろ、良くあったと褒め称えるべきだろう。
 あった所で黒のウェディングドレスとチョイスするヴィヴィオの美的センスもある
意味素晴らしい、いや、潔いとさえ言えるが、黒い一色とは言え、一応ウェディング
ドレス。
 色彩に頼らないだけあって、純粋にデザインにだけ拘ったデザイナーの意地を感じる。

『いいじゃない、黒好きなんだから』

 スカはこれ以上の問答は無駄だと悟ったのか、念話の回線をそっと切断し、お仕置
きで天井から吊るされているガジェリエッティの傍に腰を降ろし、そっと生あくびを
漏らした。

「ヴィヴィオ、準備ええか?」
「バッチグーです。今から一戦交えても問題ありません」

 はやては、誰と一戦交えるのか、そこはかと無く疑問だったが、細かい事は気にし
ないとばかりにヴィヴィオに買ったばかりのデジカメを向ける。
 先程写真を撮り終えたばかりのティアナも、携帯のカメラをおもむろに取り出すと
、片手で器用に携帯の設定を弄りヴィヴィオにレンズを向けポーズを要求する。
 シグナムも二人に習うように、携帯のカメラを使おうと思ったが、カメラまでは立
ち上げる事は出来たが、カメラの設定が上手くいかず、店主にカメラを借りるが、結
局の所、シグナム的には真に遺憾だったが、押して巻くだけのインスタントカメラに
落ち着いた。

「ふぅん、中々、様になってるやない」
「そ、そうですか」

 フレームの中では、ギコチナイ表情のヴィヴィオがシンの腕に背伸びしながら必死
にしがみ付いている。
 シンとヴィヴィオでは、体格差から身長は頭二つ分違い、二人が腕を組もうとする
と、どうしてもヴィヴィオがシンにしがみつく形になる為、体裁は決して良いとは言
えない。
 新婦と新郎と言うよりも、むしろ、仲の悪い兄妹と言った有様だった。

(まっ、これはこれで)

 最初は黒一色のドレスに難色を示したはやてだが、いざ、収まるべき形に収まって
みると、ドレスのデザインもさることながら、ヴィヴィオには本来重い色であるはず
の黒が驚く程良く似合った。年頃の女の子に黒が良く似合うとは、少々どうかと思う
が、純白のドレスを着るよりもヴィヴィオにとっては花嫁らしいとさえ言える。

「ヴィヴィオ、ちゃんと笑いなさいよー。折角の可愛い顔が台無しよぉ」
「わ、分かってます」

 ティアナに苦笑いされ、何とか笑顔を保とうとするが、どうにも上手く表情を作れ
ない。
 それもそのはず、ヴィヴィオは実の所、男性と言う存在が大の苦手だった。
 元々母子家庭で育ったヴィヴィオには、父親が存在しない。
 家を空けがちだったなのはやフェイトは、はやてやヴォルケンリッターに子守を任
せる事も多く、専ら彼女の遊び相手は、スバルとティアナ、そして、シンだった。
 幼少期と思春期に男性に触れてこなかったヴィヴィオには、男に対して免疫と言う
物が殆ど無い。
 ユーノ、グリフィス、エリオ、そして、生涯の敵と認めた、シン・アスカ。
 前者三人は、ぎこちないながらも幼少からの経験で人並みなコミュニュケーション
が取れたが、コーディネーターであるシンには下僕としてみなければ、まともなコミ
ュニュケーションを取る事も出来ない有様だ。
 元々そのように"調整"されたとは言え、はやり、何処か歪な関係であると言わざる
を得なかった。
 
「ヴィヴィオ…私が言うのもなんだが、もう少し愛想良く出来ないのか。それでは、
撮る甲斐が無いのだが」

 シグナムの言うとおり、シンにしがみ付くヴィヴィオの表情はしかめっ面と通り越
し、暴虐極まる悪童の顔である。
 なんと言う顔をしているのだと、シグナムは頭を抱えるが、考えて見れば、昔から
ヴィヴィオはシンに対してだけは、ああだったと、渋々納得した。
 恐らくどのような策を講じても、あの顔は治らないだろう。
 シグナムは、何とも不憫では無く、面倒な性格だと思ったが、考えて見れば、自分
の気持ちを表に出す事において、不器用極まるのは自分も同じかと苦笑した。

 だが、それはそれとてこれほど緊張極まる舞台で、あろうことか主である八神はや
てと同士であるティアナは、お澄まし顔で悠然と軽やかに写真を撮って見てた。
 対してシグナムは、ドレスの裾を踏んですっ転ぶは、顔が固いと散々冷やかされる
わ、おまけに最後の最後で、つんのめってシンの胸にダイブする始末だ。
 これほど純粋な恥に混じった僅かばかりの甘い気恥ずかしさがあるものの、やはり
、シグナムの胸中には心臓が爆発炎上壊滅する"恥"が蠢き、騎士と言う性分からも、
出来る事ならば、いますぐ穴を掘って埋まってしまいたい。
 簡単に言えば、自分だけ恥ずかしい思いをするのは納得出来ず、ヴィヴィオも道づ
れにする気満々だった。
 実に騎士にあるまじき発言だが、根が丸くなったシグナムには丁度良い塩梅なのだ
ろう。
 シグナムが「ふふ」と不敵な笑みを浮かべるのと、ティアナとはやてが「アスカ」
「アスカさん」

「「やりなさい」」と言うのは実に同時だった。

「……了解」
「うぇ、馬鹿シン、アンタ何を」
 ティアナとはやての号令の元、良く訓練された兵の如く、シンは、両手を使ってヴ
ィヴィオを抱きかかえた。
 背面から腕を回して胴を掴み、膝の下に差し入れた腕で足を支える形は、古来より
続く由緒正しき様式美の一つ、俗に言うお姫様抱っこだった。

「ふぅ。これでなのはちゃんに良いお土産が出来たな」
「全くです」
「はーなーしーなーさーいー!」
「こら、暴れるな、痛いって」
「なんで、私がアンタとこんなことしないといけないのよ
「いや、その、ランスターが写真を撮る時はこれが基本だって」
「嘘付きなさいよ」
「ヴィヴィオ、諦めて笑いなさーい」
「そうやでー、女は諦めが肝心や~」
「やればいいんでしょ!やれば!」

 まず間違いなく、自分は玩具にされているのは自覚出来たが、
 そう、ヴィヴィオの中で燦然と輝く真実は、まさに、"女は度胸"その一つだった。

「アンタも笑いなさい、馬鹿シン」
「…了解」

 嘆息するシンの首筋に捕まり、ヴィヴィオは半ばヤケクソ気味にカメラに向って微
笑んだ。
 悪戯とばかりに馬鹿猫が店主の意向を無視して、素知らぬ顔で尻尾でシャッターを押す。

「あら、可愛いじゃない」

 時代遅れのポラロイドカメラには、あらゆる意味で満面の笑みを浮かべるヴィヴィオと
あらゆる意味で困り果てたシンの顔が写っていた。

 車の外を見つめれば、凄まじい速さで景色が後ろに流れて行く。
 幾ら夜の高速道路とは言え、対向車の車種が霞んで見える。
 一体何キロ出ているのだろうかと、ヴィヴィオは不安になったが、生憎と速度計はティ
アナにしか見えず、対向車の明りがフロントガラスに反射しては消え、ティアナの運転す
る車は更に速度を上げた。

(考えるのやめよう、怖いし)

 膝元では、猫のスカリエッティが静かに寝息を立て、ロープで雁字搦めにされたガジェ
夫が、ご丁寧にイビキを立てながら節電モードに入っていた。
 時刻は既に午後九時を超え、休日とは言え、寮も門限を軽く三時間は破っている。
 ティアナが寮に連絡を入れてくれなければ、門限破りの反省文十枚を書かされる羽目に
なっていただろう。

「恥ずかしい…」
「いいじゃない可愛かったわよ」
「…ありがとうございます」

 シートに項垂れるヴィヴィオを他所に、ティアナは苦笑しながら、ヴィヴィオの頭を撫
でた。
 一応社交辞令程度にヴィヴィオは頷き、携帯に転送して貰った写真を見つめる。
 液晶には、シンの首に手を回し、ヤケクソ気味微笑み、絞め殺しかかっているととしか
思えないシンとヴィヴィオの写真が映っていた。
 ヴィヴォオの予定では、ほんの少し写真を撮って、スケッチして、悩みを聞いて貰って
桃色空間に当てられる前に退却する予定だったが、蓋を開けて見れば、自分もウェディン
グドレスに身を包み、すったもんだの写真撮影になるとは思わなかった。
 終って見れば良い経験と参考になりすぎる資料を手に入れたが、払った対価、主に羞恥
心は整理寸前の株の銘柄のようにボロボロだ。
 もう一度買い直そうにもインサイダーギリギリの手法でしか、暫くは値が上がらないだ
ろう。

「ねぇ、ヴィヴィオ?」
「何ですかお姉さま」
「貴女、男の子嫌いなの?」
「ブフォ」

 大方またからかわれると身を硬くし、どんな質問が来ても適当な相槌を打たせればミッ
ドチルドで五指の腕前を誇る、相槌ニスト、高町ヴィヴィオもこの質問は流石に予想外だ
った。

「その発想はありませんでした」 
「何よ発想って。貴女くらいの年齢なら気になる男の子の一人や二人いるでしょう…なの
にドレスを着る恥ずかしさよりも、男の子と並ぶ自分を想像するの方が恥ずかしがってる
みたいだったから」

(流石…よりもバレバレなのかな)

 確かにティアナの言うとおり、ヴィヴィオは、想像の未来の旦那様ではなく、生身の異
性が隣に立つことを恥ずかしがっていた。

「まさか、あんたもしかして」
「ち、違います。私はレズじゃありません!ちゃんと男の子が好きな、健康な女の子です!」
「そっ、安心した。男好きなんだ」
「すっごい語弊を感じるんですけど」
「なら、百合?」
「言い方変えただけじゃないですか、何か今日のお姉さま意地悪です。私はドノーマルです
"弩"ノーマル!」

 時空要塞も驚愕の意味不明具合だが、言いたい事は理解出来た。
 些か淑女には不釣合いな大口を開けて怒鳴るヴィヴィオをティアナは可笑しそうな視線で
見つめ、車線を変更し、前をゆっくりと走る免許停止ギリギリの速度で乗用車を追い抜いて
いく。

「お姉さま、あ、安全運転でお願いし、します」
「安全運転よ。ちゃんと法廷速度は守ってるし」
「何処の法廷速度ですか!加えて言えば四捨五入すると二百キロの何処が安全運転なんです
か!」
「私の辞書のよ、あと、失礼ね、十の位でしないでよ…人聞きの悪い」
「正確に言えば百六十は出てます!私は無実です!」

 追い越し車線に走るスープラをあっさり追い抜いた瞬間、ヴィヴィオは考えるのを止めた。
 
「男の子ですか」

 もうティアナの運転に突っ込むのは止めだとばかり、ヴィヴィオは不承不承とばかり、話
を本筋に戻す。
 ヴィヴィオも別段"その手"の話に興味が無いわけではない。
 幼い頃から蝶よ花よと師であるキャロから少女漫画とBLの英才教育を受けたヴィヴィオ
には、まさに耳年増を凌ぐ駄目知識がシラス台地のように堆積している。
 実を言えば他の同年代よりも興味がありすぎるほどありすぎる部類なのだ。
 知識だけは、だったが。

「そうよ、貴女本当に好きな子はいないの?」
「本音を言えば、男の子ってなんか嫌です。ガツガツしてて」
「ガツガツって」
「だって、馬鹿だし、エッチな事ばっかり考えてるし。周り見ないし。それなのにサキはお
嫁さんになりたいって言うし…私は好きって気持ちが正直に言えば良く分かりません」

 由緒正しい学院が周囲にあるとは言っても、地元の繁華街に出れば、公立学校の男子と触
れ合う機会も当然ある。
 幸運な事に、ヴィヴィオの周囲には、エリオやグリフィスを筆頭に、整った容姿を持った
男性ばかり、インテリ層に部類される男性ばかりなのだ。
 学院に入学し、それが世間のアベレージでない事を知った当時のヴィヴィオの衝撃は相当
の物だった。
 そんな彼らと比べたら、同世代の異性は、生々しい感情を持った脂ぎったイメージしか浮
かばないのは無理はない。
 漫画の熱い恋愛に憧れても、現実の異性に対する自分の思いを当てはめると感情が伴わな
いのも無理は無かった。
 別にヴィヴィオが、百合属性と言うわけでは無い。
 単純に自分の好みが固まって居ないのと妥協を知らず、理想が高すぎるだけなのだ。
 ヴィヴィオの最大の不幸は、周囲の人間が出来過ぎた事だろう。

「そっか、ヴィヴィオは、男の子が苦手かなんだ」
「はい…」

 僅かな沈黙が車内に流れる。
 バツが悪い沈黙だったが、居心地が悪いわけではなかった。

「心配しなくていいわよ、貴女にもいつか大事な人が出来るわよ」
「大事な人…ですか」
「そうよ。自分の全部を預けても尚足りないくらい…熱くて激しくて愛しい気持ち」
「私…分かりません」

 ふと、シン・アスカの顔がヴィヴィオの心に浮かぶ。
 あれは、彼女達の物であり、ヴィヴィオもモノでは無い。
 確かにシンには好意はある。
 だが、それは、異性に抱く好意よりも家族に抱く気持ちに近く、愛や恋と呼ぶにはもっと
雑な感情だ。
 
「男の子か」

 ヴィヴィオは、もう一度、携帯の写真に目を落とす。
 やはり、写真の中には、シンとヴィヴィオが映っている。
 写真は写真であり、客観的な事実しか写さない。
 シンとヴィヴィオが映っている、ただ、それだけの事実。
 そこに何を感じ、何を受け取るのかは、全てヴィヴィオに委ねられている。
 ウェディングドレスは着ているが、近い将来、ヴィヴィオの隣で自分を抱えてくれる異性は
現れるのだろう。
 
「ねぇ、お姉さま、なんで、アスカなんですか?」
「なんでって、そりゃ」

何故と問われれば何故だろう。
 実の所ティアナも良く分かっていない。
 シンよりも格好良い男性、頭の良い男性、優しい男性、お金持ちな男性はミッドチルダ、それ
こそ次元世界には星の数ほど存在する。
 箱の中の猫を気取らずとも、ティアナならば自分の理想に近い男性を射止める事が出来たはず
だ。
 だが、ティアナはそうしなかった。
 初恋は実れば良い、でも、現実はそう上手くいかないと理解していたにも関わらず、今の関係
に相成った。

「あいつかが良かったから、かな」
 曖昧な言い方が、それ以外ティアナは考え付かない。
 シン以外の人間はティアナには考えられず、先刻の言葉のように自分の全てを預けても良いと
思い、現に全てを預けている。
 理屈では無く、身の内から溢れる感情に身を任せた結果が今の関係だ。
 それが間違っていようが、正しかったのか、ティアナにとってはどちらでも良かった。
 とどのつまり、ティアナ・ランスターは、自分の選択に後悔など微塵も抱いていないと言うこ
とだった。

(良いなぁ…お姉さま)

 人間とはこれほどまで純粋に人を想えるものだろうか。
 進路の事で相談に乗って欲しくて、半ば強引にティアナ達の元を訪ねたのに、ヴィヴィオに更
なる問題が圧し掛かってしまった気分だ。
 人を愛することに資格はいらないが理由は少なからず存在する。
 好きと言う気持ちが、いつしか愛や憎しみに変わってしまうように、想いとはそれだけが莫大
なエネルギーを秘めた危険物質だ。
 人の想いに比べれば、術式と法則を守れば決まった効果を齎す魔法とはどれだけ簡単なことか。
 見た目のクールさと聡明さに騙されがちだが、ヴィヴィオは、内に潜む爆発し臨界事故を起こ
しかねない危険物質に翻弄される毎日を送っていた。
 思春期とは、自身の中に蠢く危険物質を制御する術を覚える大事な時間だ。
 聖王の写し身であろうとも、稀代の大天才であろうとも、凡百の同年代達と同じく満遍なく訪
れる試練の刻なのだ。

「人の想いか」

 ふと、母親を思い浮かべ、知らずに呟いた。
 人の思いは千差万別だ。
 ヴィヴィオの養母高町なのはも、いつか人を愛し、添い遂げたいと想う男性にめぐり合うのだ
ろうか。

(今じゃ無理かな…って)

 レイジングハートを構え、収束魔法を詠唱するなのはに背筋を寒くさせながら、ヴィヴィオは
頭を振り恐ろしい想像を振り払う。

「私にもいつか出来るでしょうか
「当たり前よ。貴女みたいな可愛い娘、男の子がほっとかないわよ」

 終始ヴィヴィオは、ティアナに悩みの"な"の字も打ち明ける事が出来なかった。 
 しかし、沈んだ気持ちが今は嘘の嘘のように晴れ晴れとしている。
 昨日と同じく星空は光り輝き、全く変わる事の無い瞬きを見せている。
 結局のところ、全ては気持ちの持ちようなのだろう。
 近いか遠いか、ヴィヴィオには分からないが、この煩悶とした気持ちが若かったと思える日々が
来てしまう。
 来てしまうが、それは現在ではない。
 幸いににもヴィヴィオには頼るべき相手が沢山いる。
 相談相手には事欠かない。
 焦ることは無い。今は、少しづつ自分の気持ちを整理して、折り合いをつけていけば良い、ヴィ
ヴィオは一人静かに思った。

「ねぇ、ヴィヴィオ」
「何ですかお姉さま」
「アスカは、あげないわよ」
「い、いりません!」

 プイと顔を背けるヴィヴィオだが、ティアナの笑顔は同性が見ても眩しすぎて嫉妬するほど綺麗
だった。

 みーつめてねこひとみ

 次回予告
 無事進級を果たし、社会勉強を兼ねて駅前の喫茶店でヴィヴィオはついに運命の出会いを
果たす。

「この反応は間違いない、これは残念な私だ」
「なによそれあんたは全部で七つじゃなかったの!」

 分化したスカリエッティの残念思念が、ヴィヴィオの住む街を強襲する。
 蠢く魍魎、悪鬼羅刹には程遠い残念な現象に、街に住む人々は日々うんざりな声を上げてい
た。

「私がなんとかしなくちゃ」

 変態な使い魔に目を付けられた責任がヴィヴィオの小さな肩に圧し掛かる。

「何よ、こいつ、一体何人居るのよ」

 深夜の美術館。
 古代ベルカ王朝とは何ら関係の無い、普通の美術品に宿った怪異がヴィヴィオに牙を向く。

「所謂ロストナンバーと言う奴さ」
「その設定は本編が終わってからか、後半の設定でしょうが!」
「兎に角残念な私が宿ったのは、美術品、家電品、ロストロギア、etcと多岐に渡り、総数は
七千七百七十六個。そうさ、私達の戦いはこれからなのだよ、残念な私が宿った物品を"全て
回収するまで続くのだ!シリーズにはこれで困らない」
「全部回収したら4クールあっても足りないわよ!それから、せめて。後一個頑張りなさいよ
!中途半端なのよ私の名前は怪盗VIVID、リリカルまじかるデストロイ、全部吹っ飛べ、こん
ちくしょうめ!」

 杖状から放たれるは、悪を滅する黒光なり。
 ついでに美術館も吹き飛ばしていたが。

「世間を騒がす怪盗VIVID…絶対に捕まえてやる」
「ふふん、訓練校出たてのお坊ちゃまに私が捕まえられるかしら?そんなだから、スパゲテ
ィをすぐ零す癖が直らないのよ」
「な、なんで知ってるの」
「そ、それは」
 
 ヴィヴィオのアルバイト先の常連、魔法の力を持たない新米刑事フタガミ・シュウジがヴ
ィヴィオの真相に迫る。

「魔法怪盗VIVID、今日も元気に犯行予告よ!」
「強化ガラスをぶち破るカードってどんなだよ!」
「そんなエンディングでレオタード着て踊れっていうの」
「ぼ、僕は子供に興味はない!って言うか話繋がってないよ!」
「その割りには動揺してるねぇ」
「さくらんぼ臭がばっりばりだねぇ
「う、うるさいな、なんだよ、この猫とガジェット!」

 黄金の瞳がニヤリと輝く。
 
 少女は今宵運命の出会いを果たす。
 魔法怪盗少女VIVID-RePlusに続く

 みーすてりあすあいーずううううう。  みーつめてねこひとみ

 次回予告
 無事進級を果たし、社会勉強を兼ねて駅前の喫茶店でヴィヴィオはついに運命の出会いを
果たす。

「この反応は間違いない、これは残念な私だ」
「なによそれあんたは全部で七つじゃなかったの!」

 分化したスカリエッティの残念思念が、ヴィヴィオの住む街を強襲する。
 蠢く魍魎、悪鬼羅刹には程遠い残念な現象に、街に住む人々は日々うんざりな声を上げてい
た。

「私がなんとかしなくちゃ」

 変態な使い魔に目を付けられた責任がヴィヴィオの小さな肩に圧し掛かる。

「何よ、こいつ、一体何人居るのよ」

 深夜の美術館。
 古代ベルカ王朝とは何ら関係の無い、普通の美術品に宿った怪異がヴィヴィオに牙を向く。

「所謂ロストナンバーと言う奴さ」
「その設定は本編が終わってからか、後半の設定でしょうが!」
「兎に角残念な私が宿ったのは、美術品、家電品、ロストロギア、etcと多岐に渡り、総数は
七千七百七十六個。そうさ、私達の戦いはこれからなのだよ、残念な私が宿った物品を"全て
回収するまで続くのだ!シリーズにはこれで困らない」
「全部回収したら4クールあっても足りないわよ!それから、せめて。後一個頑張りなさいよ
!中途半端なのよ私の名前は怪盗VIVID、リリカルまじかるデストロイ、全部吹っ飛べ、こん
ちくしょうめ!」

 杖状から放たれるは、悪を滅する黒光なり。
 ついでに美術館も吹き飛ばしていたが。

「世間を騒がす怪盗VIVID…絶対に捕まえてやる」
「ふふん、訓練校出たてのお坊ちゃまに私が捕まえられるかしら?そんなだから、スパゲテ
ィをすぐ零す癖が直らないのよ」
「な、なんで知ってるの」
「そ、それは」
 
 ヴィヴィオのアルバイト先の常連、魔法の力を持たない新米刑事フタガミ・シュウジがヴ
ィヴィオの真相に迫る。

「魔法怪盗VIVID、今日も元気に犯行予告よ!」
「強化ガラスをぶち破るカードってどんなだよ!」
「そんなエンディングでレオタード着て踊れっていうの」
「ぼ、僕は子供に興味はない!って言うか話繋がってないよ!」
「その割りには動揺してるねぇ」
「さくらんぼ臭がばっりばりだねぇ
「う、うるさいな、なんだよ、この猫とガジェット!」

 黄金の瞳がニヤリと輝く。
 
 少女は今宵運命の出会いを果たす。
 魔法怪盗少女VIVID-RePlusに続く

 みーすてりあすあいーずううううう。