SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_GSCg_第01話

Last-modified: 2008-10-19 (日) 10:09:10

 戦いは終わった。ギルバート=デュランダルは機動要塞メサイアと運命を共にし、数々
の因縁はスペースデブリと共にうやむやになった。敗れたシン=アスカはオーブの慰霊碑
前にてキラ達と再会し、世間が言う所の「自身の愚かさを悔い、本当に大切な物を見つけ」
コズミックイラの生ける聖剣伝説キラ=ヤマトと涙ながらの握手を交わしたのである。

 

「一緒に戦おう」
「はい……っ!」

 
 

「なあぁにが『ハイッ』だああ!くっそお!」

 

 感動の和解から11時間後、プラントへと向かう輸送船の中でシンが絶叫した。場の雰囲
気に流されて握手したは良いが、時間経過と共に本来の怒りが込み上げてきたのだ。父の
仕事の関係で同じくプラントへ向かっている母娘が気味悪そうな視線を送ってくる。

 

「ママー、あの人ヘン」
「見ちゃいけません。あっちで遊びましょうね」
「何が吹き飛ばされても、また花を植えるよだ!アンタの花は核シェルターの中で咲いて
るからそう言えるんだろうが! あー! あーもーっ!!」

 

 肩を上下させて荒く息をつき、シンは目に入る物全てを睨みつける。そしてひとしきり
叫んで疲れたのか、無重力の船内を漂って隅っこで身体を丸めた。大体、彼にも解ってい
るのだ。零れて土に浸み込んだ水は元に戻らない。東方の諺にも似たような事がある。彼
は明らかに負け、ノリやすい性格が災いして負け犬臭濃厚な握手までしてしまった。

 

「だけど、このままで終わるものか」

 

 俯いたまま、シンはひび割れた声で独りごちる。そう、まだ巻き返しのチャンスは残さ
れている。とりあえずザフトに復職する事は決まっているのだ。ラクスが議長に就任する
事も、キラがザフトの白服を着る事も解っているわけで、忌々しいながらも彼らの近くに
いる事ができる。
 議員の息子でも特別な遺伝子調整を受けたわけでもないシンが、遺伝子至上主義のザフ
ト内部で赤服の権利を勝ち取り、インパルスのパイロットに選ばれたのはMS操縦の実力
だけではないのだ。狡知と暴力を併せ持っていたからこその栄誉である。
 勿論、反乱を起こすなど微塵も考えていない。自身のカリスマ性が皆無である事など百
も承知であるし、武力攻撃は自分の怒りや復讐心など知った事では無い、多くの人々を巻
き込む。第一、暴力単体では自分以上の暴力を持った相手に対し何も出来ない。
 彼の脳裏に、ザフトのアカデミー時代に議員の息子5人を互いに争わせて潰し合わせた
記憶が蘇る。評議会の議員は理知的で合理的な判断を持っていると言われてはいるが、そ
の実情は地球連合の政治組織よりも感情的で自惚れ屋が寄せ集まっているのだ。
 かつ、オーブとプラントは現在蜜月状態である。そう、裏切りを重ねてなぜか勝ち組に
転がったアスランと、土壇場で自分を裏切ってそのアスランに擦り寄ったルナマリアがい
る、あのオーブである。これもまた面白い。

 

「となれば後はカネだな。ふっふ……」

 

 先程まで喚き散らしていたシンが、誰もいなくなったラウンジで肩を震わせる。大体の
目処はついていた。後は協力者の有無である。

 

「見ていろ……見ていろ! 俺を信用した事を後悔させてやるぞ! ハハハハハッ!!」

 

 同僚のザフト兵から可哀想な犬を見る目つきを向けられつつ、シンは口元を抑えて含み
笑いを堪え続けていた。

 
 

 戦後にザフトを待っていたのは大幅な、かつ破壊的な軍縮だった。2度の戦争を経た
プラントは戦費で赤字まみれであり、戦略砲レクイエムによるダメージも全く癒えていな
かった為である。実質2機のMSで機動要塞が陥落する様を見ていたラクスは国防委員会
の反対を押し切って軍事予算を半分近くまで削減、それを市民の生活に供給する政策を実
行に移した。
 しかしながら職を生み出すのでなく単に補助金を出すという内容であった為、市民の間
には喜びの反面不満も生まれ、特にザフト兵を家族に持つ人々は明確に不平を訴えた。一
度決めたら誰の話も聞かないというラクスの性格を知っているザフト兵達は、政策施行後
一週間ほどでその3分の1以上が除隊、否、使っていた兵器を所有したまま脱走してしま
ったが、ラクスは特に具体策を打ち出す事無く、帰還するよう要請するのみだった。
 何が来ようとキラだけで対処できると見込んでいれば、それもまた合理的な判断だった
と言えない事もない。ヒト、カネ、モノを一挙に失った国防委員会は兵達を制御する手だ
てを失い組織体制は半壊、当然ながら宙域の秩序は戦時中以上に悪化する事となった。

 

「……という事で、僕らは独立採算制の部隊となってザフト全体の経営体制から切り離さ
れる事が決定した。給与は歩合制で、委員会からのミッションを受けて達成する都度に支
払われる」

 

 ナスカ級高速戦闘艦『ラーツァルス』のラウンジにクルーを呼び寄せた艦長のアーサー
は、溜息混じりに通達した。

 

「体の良いリストラって……事だよな、どうすりゃ良いんだろ」

 

 前髪だけ赤く染めたメカニックのヴィーノが、整備帽を取って窓辺に放る。この場にい
る殆どが同じような反応だった。戦争が終わるまで、彼らはザフトの最新鋭戦艦ミネルバ
の栄えある乗組員だったのだ。こんな事になった元凶に対する恨みもある。

 

「私達も脱走しちゃいますか。艦や機材、MSを売り飛ばして山分けするとかどうです?
さっきミッションターミナルにアクセスしたけれど、哨戒任務じゃとてもやっていけませ
ん。辞めろって言っているのでしょうね」

 

 オペレーターのアビーに、幾人かが力なく首肯して同意を示す。

 

「そこで、これを見て欲しい」

 

 そんな中、シンが立ち上がって皆を見渡す。手にしていた紙の束をテーブルに並べ、1人
1人に配っていった。それを取ったアーサーが文面に目を剥く。

 

「し、シン。これは違法だよ!」
「だから何です? ザフトが俺達を養わないと決めた以上、ザフトに何もかも従う義務はな
いでしょう。自殺したいならともかくね」

 

 この場で唯一赤服を着るシンは目立つ。全員が見守る中、空のボックスに足を掛けて背
を伸ばした。身長が低めなので、こうしないと皆の顔が見えない。

 

「国防委員会は今、思考停止状態だ。ラクスが金を取り上げたから働けない。だから自分
達の所為じゃない。何もしなくて良い……これは軍備を持つ者の態度じゃない。俺達は
軍隊じゃない。けれど武装してる。戦う力を持つ者は、持たない者を守るべきだ」

 

 1人1人と視線を合わせながら、シンは語気を強めていく。ギルバート=デュランダル
の姿を思い浮かべた。自分自身に人を惹き付ける力はない。だからこそ、喋っている事を
本心であると信じ込んで相手にぶつけなければならないのだ。

 

「キラ=ヤマトのストライクフリーダムだけは万全の状態で整備されているらしいが、あ
れは1機しかないしキラも1人しかいない。彼に全部寄り掛かろうとするのはただの無責
任だし、甘えでしかない。だから俺達も働くんだ。有料で」
「しかし、これも海賊行為なんじゃ……臨検して積み荷を押収するんだろう?」
「根こそぎじゃない。保険をかけた物資を一部失敬します。違法な航路で関税を逃れよう
とする船には『通行料』をせしめる。警告を無視すれば船を拿捕して、それこそ全部奪い
取れる。ただ……海賊行為である事に間違いはありませんね。綺麗な事だけをやって俺達
全員が食べていける手段があれば、教えて欲しいですが」

 

 当然ながら渋るアーサーに答え、シンは一呼吸置いた。

 

「あと、俺が何色の制服を着ているかも考えてくれ。ザフトレッドは自分の判断で動く事
を特に推奨されているんだ。ついでに……この中じゃ一番MSを使うのが上手い。いざと
なれば、俺に脅されて従っていたと言い訳出来る。危険な事は全部俺が引き受けて、利益
は山分け。悪い話じゃないだろ?」

 

 アカデミー時代に実力主義を叩き込まれ、機会を逃すまいと常に目を光らせてきたザフ
トの選り抜き達が、小さく唸って腕を組む。ヴィーノが手を挙げた。

 

「悪くはない。ルールは此処に書いてあるのを厳守するんだな?シン」
「ああ。兵器で抵抗されない限り、商船には絶対攻撃をかけない。民間人救助の任務が入
れば、そっちを無条件で優先する。貨客船からは押収しない……どうです?艦長」

 

 渋面を浮かべたままのアーサーを振り返った。今やこの艦は独立採算制部隊の母艦であ
る。彼は艦のみならず、全クルーの全てに責任を負わされているのだ。ルールに従ったか
らといって、その責任が無くなるわけではない。

 

「法には従わない。ただし自分で決めたルールは守るって事だよね。危険だな……」

 

 不意にアビーの持っていたPDAがブザー音を発し、彼女がディスプレイを開く。1秒
足らずで内容を読み取った後、キーを叩いた。艦内にアラームが響き渡る。

 

「Nフィールドにて救難信号を確認しました、艦長!」
「総員、戦闘配置へ! シンもハンガーへ……あの機体でいけるかい?」
「大丈夫です。MSの性能を活かせるパイロットなんて殆どいませんから。では!」

 

 シンが敬礼する。ラウンジを飛び出し、嘘寒い笑みを一度浮かべた後、重力ブロックの
通路を走っていった。

 
 

メビウスや武装したミストラルの残骸が漂う中、2機のザクウォーリアが商船のブリッジ
にビーム突撃銃を突き付けている。共にブレイズウィザードを装備しているが、その多弾
頭ミサイルランチャーを使用した形跡はない。船のエンジンは既に破壊され、船腹の左側
には赤熱する裂け目が入っている。オーブ連合首長国のマークが焼き潰されていた。
 右舷を見張っていたザクのモノアイが動き、デブリ海を縫うようにして近づいてくる
スラスター光を捉えた。それとは別の閃光が生まれ、次の瞬間僚機のブレイズウィザード
が爆ぜた。全身を炎に包まれた機体が上体を捻り、デブリ群に向けてビームを連射する。
残骸が弾けて蒸発する中、尾を引く光は紙一重で射線を潜って接近を続ける。

 

『チッ、ザフトか?』
『知るか! 俺達の獲物を横取りしようって奴かも知れないが……ハ、見ろよ。ジンだぜ』

 

 鶏冠付きの頭部パーツとずんぐりした背部スラスターに、笑い声が混じる。

 

「狙撃も結構いけるんだよ、こいつは」

 

突撃機銃のストックを畳み、射撃モードをセミオートからフルオートに切り替えたシン
は、操縦桿を捻りペダルを踏む足から力を抜いて、速度を緩めた。各所のスラスターから
小刻みに光が噴き出すと、まるでわざとやっているかのように敵の射撃が外れる。
 ザクの機動性はジンのそれと比べて断然優秀であり、逆に言えば敏感過ぎるのだ。自機
の蛇行運動を捉えようときりきり舞する2機を鼻で笑う。

 

「ド素人が」

 

 そして、敵の射撃精度が上がり始めたのを見計らって一気に出力を上げる。右手の突撃
機銃を斉射して2機のザクを引き離し、その間を駆け抜けた。無傷の方のザクが、振り向
きつつブレイズウィザードのミサイルハッチを開く。相手は機動性も耐久性も劣ったジン。
不意を突かれなければ負ける筈がないという自信がそうさせたが、モノアイ一杯に映り込
んだのはジンの左腕に装備されていた無反動砲の砲口だった。
 砲身後部から薄紫の有色ガスが吹き出し、ザクのコクピットハッチに砲弾が直撃する。
パイロットが気絶したか、胸部を凹ませた機体があらぬ方向へミサイルを吐き出しつつ
ゆっくりと回転して宇宙を流れていった。残った1機が爆炎に向けて突撃銃を乱射するが、
炎と光越しに撃ちこまれた機銃弾を前面に浴びてたじろぐ。

 

「ハハハハッ! 丈夫、丈夫!」

 

 側面にジンを回り込ませ、三点バーストを当てザクの装甲を削りながらシンが哄笑する。
動きの鈍ったザクの真正面を通過して上方へ飛び去り、無反動砲を手放した。
 重斬刀を抜いて逆手に構え、ブレイズウィザードの残滓に切っ先を掛けて背部のメイン
スラスターまで引き裂いた。バッテリーまで破壊され、数度痙攣した後にザクが止まる。

 

「……艦長!敵MS隊を無力化に成功しました。ところで、そっちにザクが流れて
行きませんでしたか?」
『もうこっちで回収したよ』
「じゃ、バラして使える部品をパッケージングするようヴィーノに言って下さい。任務の
内ですしね。そっちが到着するまで、俺は民間船の被害を調べてます。負傷者がいるかも
知れませんし」
『い、いやちょっとそれは……あ、う、うん……頼むよ』

 

 フェイスプレート越しに含み笑いを浮かべたまま、シンは通信を切った。

 
 

『……助けて頂いたし、貨物をお見せするのは構いませんが、我々は中身にタッチしてい
ません。カガリ様がラクス=クライン議長へ直接贈られた、天然食材だそうですが』
「別に嫌疑をかけている訳じゃないですよ。ただね、こちらも義務ですから。それに有機
物は要警戒なんです。BCテロに使われますからね……」

 

 船長と言葉を交わしつつ、シンは機体を貨物搬入口へと向かわせる。天然食材と聞いて
頬を緩ませた。ブラックマーケットで高く売れるのだ。

 

「こちらでも検疫を行いますから、サンプルを貰います。構いませんね?」
『は、はあ……ザフトでの規則に従います』

 

 自分達の指導者が疑われていると思っているのか、気乗りしない返事を返す船長に頷く
と、ジンを船に取りつかせてハッチを開けた。外壁の取っ手を伝いエアロックに入る。
赤いランプを見上げつつ、トイレを急ぐように足踏みした。笑みを堪えて俯く。別段、今
回は利益が出なくても構わない。自分が積み荷の一部を持ち帰る事で、責任を部隊全てに
擦り付ける、より悪く言えば全員に犯罪の片棒を担がせるのが目的なのだ。

 

「ククッ……悪く思わないで下さいよ、艦長。これは復讐の為ですから、復讐!ハハッ」

 

 ランプが緑色に変わると、シンは小躍りしつつカーゴルームに入る。足を止めて首を
捻った。小型船なので元のスペースが狭いのだが、コンテナ1つしか積まないのも妙だ。
薄暗い中、刻印されたオーブのシンボルがぼんやりと輝いている。

 

「しかも、フン! あのアスハの私物か。心おきなく掠め取れるな。どれどれ……」

 

 船長から予め受け取っていた開錠コードをコンソールに打ち込み、扉を開かせる。魚介
類も嬉しいが、食肉類ならば最高だ。運が良ければオーブのヤラファス島に一軒家が建つ。

 

「んっふふ、何が出るかな何が出……ぇ……」

 

 目に飛び込んできた光景に、シンの声が尻すぼみになった。左の腰からスキャナーを取り出して
前方に向ける。ニュートロンジャマーキャンセラーの反応を検知した。そして、
今彼の前には3つの扇で囲まれた丸のマークが描かれた円筒がずらりと並んでいる。
 地球連合軍の基地跡で撮影された、ある写真を思い出した。起爆装置もはっきり見える。

 

「……これ、食うの?」

 
 

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