SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_GSCg_第02話

Last-modified: 2008-10-19 (日) 10:09:35

「キラ……素敵な朝ですわね」
「そうだね、ラクス……」

 

 コズミックイラきっての勝ち組コンビ、キラ=ヤマトとラクス=クラインは、アプリリ
ウスワン内に新築した邸宅で互いに見つめ合っていた。2階のベランダに置かれたティー
テーブルを挟んで腰掛け、2人の手元には湯気と香りを立ち上らせる紅茶を入れたリッチそ
うなカップが置かれている。
 もちろん天然物の茶葉を使っており、調香料や調味料は一切入っていない。プラント市
民が『敬愛するラクス様とその御同志キラ様へ』という事で『寄付』した物だが、2人は
そんな事も知らない。勝ち組だからである。

 

「プラントも未だ、一つになれないでいます。辛いとは思いますが、キラの力はまだ求め
られているのです。これからもわたくしの為に戦っていただけますか?」
「わかったよ、ラクス」
「ありがとう、キラ」
「ラクス……」

 

 ラクスの瞳を見つめるキラはどこか夢見心地で、彼女から発される言葉にいちいち頷い
て名前を呼んでいる。少々不自然だが、全ては勝ち組なので問題ない。勝てば良いのだ。

 

「そういえば、今日あたりカガリさんから荷物が届くそうですわ」
「珍しい食べ物なんだってね、ラクス」
「着くのが楽しみですね、キラ」
「そうだね、ラクス」

 

 2人は生暖かい表情のまま微笑み合い、紅茶のカップに口をつける。最強を運命付けられ
たキラと喋るだけで従順な同志を量産するラクスは今、終わらぬ春を謳歌していた。

 

「ちょっと見てくるよ、ラクス」

 
 

 航宙用ユニットに換装したグゥルに乗った陸戦隊がメビウスとミストラルのパイロット
を救助する中、シンは船内のラウンジにいた。頭を抱える船長を前に両手で顔を覆い、物
的証拠を突き付けられた容疑者のように蹲っている。

 

「本当に何も知らなかったんです。私達はオーブの役所から受け取った貨物をプラントま
で届けるよう言われただけで……」
「ええ、ええ、そうでしょうね」

 

 何度目か解らない船長の釈明を遮るように頷くシン。説得力の欠片もない説明が、逆に
信憑性を持たせている。それよりも心配しなければならないのは、今後の身の振り方だ。
この貨物がキラとラクスに宛てられた物である事に変わりはない。天然食材だとすれば、
当然中身も見るし調理させて食べるだろう、食べられれば。
 期待する2人の前に10基の戦術核が曝け出された時、彼らは何を言って何を考えるか。

 

「何食わぬ顔で食ってくれないかな。あの2人なら食えるよな……うん。食うな、生で」

 

 シンが妄想力で未来を捻じ曲げかけたその時、ドアがスライドして船外作業服を着た
ヴィーノが入ってきた。ヘルメットを脱ぎ赤く染めた前髪を指で弾く。

 

「NJCの取り外しと不活性化、終わったぜ。今ならどんだけぶっ叩いても、悪くて放射
能汚染くらいしか起きない」
「アーサー艦長に許可を取って、ラーツァルスの倉庫にコンテナごと突っ込んどいて。
耐爆ドアがついてる方な」

 

 頷いたヴィーノが部屋から出ていくと、シンは顔を上げて指を組み船長に向き直る。

 

「オーブの役所から受け取ったんですよね。役人の名前はわかります?」
「な、名前ですか?いえ、どなたかまではちょっと」
「資料を漁って下さい、直ぐに。馬鹿アスハ……じゃなかったアスハ家が直々に要請した
なら、それは行政に従事する人間にとって名誉な事なんです。絶対に自分の名前を添えて
いる筈です。オーブは君主制ですからね」

 

 内面とは裏腹に落ち着き払ったシンの声を聞き、足早にラウンジを後にする船長。1人
になったシンは、憑かれたように独り言を繰り返す。

 

「何でこんな事に。俺は、俺はただ……」

 

 ほんの少し、ザフトの赤服という立場を利用して小銭を稼ぐ所から始めようと思ったの
に。軽犯罪を重ねて負の連帯意識を強め、集団汚職が如きショボイ組織犯罪をずるずると
継続させようと思っただけなのに。
 カガリが今回の事件を引き起こしたとは考え難い。彼女はとにかく当事者で居たがる。
どうせキラ、ラクス、アスランを自分の友人だとでも思っているのだろうから、何か気に
入らない事があればデュランダルに食って掛かったように、直接プラントに来る筈だ。な
らば地球連合の仕業かといえば、これも可能性が低い。
 プラントに嫌がらせをしているほど暇ではないし、負債が増え過ぎた工場施設など触れたくも
無い筈だ。しかし、全くのマイナーなテロリストが真犯人とも思えない。戦術核を
10基も、アスハの名前を使ってプラントに送りつけられる程あちこちに影響力を持つ者、
あるいはその集団の筈である。
 そこまで考えたシンはかぶりを振った。真犯人などどうでも良い。問題は如何に自分が
小さなリスクで甘い汁を吸うかなのだ。自分さえ良ければそれで良いのだ。

 

『シン!』
「どうしました? 艦長」

 

 イヤフォン越しに響いたアーサーの声は何時もより高めだった。嫌な予感を覚えつつ、
耳元の通話スイッチを押して返答する。

 

『MSが1機接近してくる……ストライクフリーダムだ!』

 

 元々白いシンの顔から更に血の気が引いた。殆ど反射的に腰のハンドガンへ手を伸ばす
が、小刻みに震える手が止まって握り締める。

 

「クッ……フフッ、そうか。直接話せるなら、まだ方法はある!」

 
 

「あれ、シン! こんな所でどうしたの? それに船が壊れてるけど」
「あ、どうもどうもキラさん! 早速ですが見て欲しいものがあるんです」

 

 当然の権利の如く無許可でラーツァルスに着艦し、やはり当然の権利の如くオーブ軍の
パイロットスーツを着て降りてきたキラは、小型艇で艦に戻ったシンに笑顔を浮かべた。
自分の『説得』で『改心』したと思い込んでいるので、警戒心は殆どゼロである。

 

「何を見るの? 僕はカガリからの荷物がどうなったか確かめようとして来たんだけど?」
「その荷物を保護したんですよ。船がザク2機に襲われてて、俺が追い払ったんですが」
「え、君には無理でしょ? ジンがザクに勝てるわけないじゃない」
「まあまあ良いですから」

 

 通路を突き当たりまで歩き、分厚い両開きのドアがゆっくりと開く。オーブのマークが
入ったコンテナを目にしたキラが近付く前に、シンが歩み寄って開錠コードを入れた。

 

「さあ、この天然食材を見て下さい。どう思います?」
「……シン、僕をからかってるんだろ?」

 

 目の前に並んだ核物質印に、キラの笑みが歪んだ。シンが黙ったままかぶりを振った。
キラに呼びつけられたアーサーも首を横に振った。

 

「だっ……て、これじゃあ……これじゃあ、カガリはラクスを殺そうとして!」
「あれ、どうしてカガリ様の仕業だと思うんですか?」

 

 飛躍するキラの思考に後ろのアーサーが目を剥くが、自分の想定した状況下らしいシン
が素早く歩み寄ってキラの肩に手を置く。

 

「だって……だって、シン!」
「別に荷造りから荷運びまでカガリ様がやったわけじゃないんです。間にいる誰かの仕業
を疑うべきでは? 例えば、ほら……カガリ様を利用しようとした」
「せ、セイラン派?」
「かも知れませんねえ」

 

 キラの口から名前を言わせたシンが、笑みを浮かべつつ空とぼける。

 

「まあひとつ確実に言える事がありますよ。この核は間違いなくラクス様を狙った物だ」
「直ぐに破壊しよう! こんな物をいつまでも置いておけないよ!」
「真犯人も解らない内に、奴らの手段を解りやすく潰してどうするんです? 何も変わらな
い。死ぬまでテロに怯えて生きていくつもりですか」
「それは……君の言う通りだよ、シン。でも、解るけど、どうやって解決すれば良いの?」
「まず、これを奴らに知らせない事です。何食わぬ顔をしてプラントに持ち帰るんですよ。
キラさんがね。ここで放置するより、ザフトの弾薬庫の方が安全でしょう?」

 

 自分がと言われ、キラはいっそ哀れなほど動揺した。当然だろう。彼はあくまで自分を
平和の為に戦う戦士として認識している。ストライクフリーダムも核動力で動いているし、
その火力は平和をもたらすには強力すぎるが、勝ち組なので問題ない。

 

「俺が運ぼうとすれば、あちこちの手を借りないといけないんです。キラさんは違う」
「そ、それは……ラクスに言えば、クライン派の兵士を手配してくれるけど」
「保管し直した後、実際に処理をするのは俺です。後で場所を教えて下さい」
「でも、君だけに危険を冒させるわけには!」
「……ら、ラクス様を、お守りする為です」

 

 所詮は小悪党なので、やはりシンは自分を気遣う発言に弱い。良心の呵責を覚えて胸元を
押さえつつ、言葉を続ける。キラと目を合わせ、顔を近づけた。

 

「良いですか、ラクス様はプラントの象徴なんです。ラクス様無しのプラントはプラント
じゃありません。キラさんはそれを守る為に立ち上がった。そうですね?」
「そうだけど……でも!」
「今度は俺が戦う番なんです。キラさんはかつて過ちを犯した俺を許して、また戦うよう
目を覚まさせてくれた。そのお礼をさせて下さい。俺に……チャンスを下さい、キラさん」
「君も、ようやくそこまで考えられるように……シン!」

 

 感極まったか涙をにじませるキラの手を握り、シンは頷いてみせた。アーサーも背中を
向けて肩を震わせる。こっちは笑っていたのだが。

 
 

「お前さ、MSに乗れなくなっても仕事ありそうだよな。詐欺師とか」
「そうか? 苦労知らずのお人好ししか騙せないと思うけどなあ……あんな演技じゃ」

 

 グルメ雑誌を斜め読みしつつ、壁にもたれたシンはPDA片手にコンピューターのディ
スプレイと睨めっこしているヴィーノに答える。アーモリーワンに帰港したラーツァルス。
その格納庫内に設けられたブースに2人はいた。

 

「でも、これからどうするんだ? 結局キラに持ってかれたぞ」
「しばらくはそのキラに核を守って貰うさ。オーブの船から、コンテナを発送した役人の
名前を手に入れた。休息の許可が出たら、早速オーブに通信を送らなきゃな」
「なんだ、結局正直に話すのか?」

 

 シンの唇が左端だけ持ち上がり、肩を軽く揺すって笑った。

 

「誰が正直に話すと言った。アンタ、カガリ様の名前で戦術核を送っちゃいましたよって
こっそり教えてやるのさ。写真付きでな。どういう答えが返ってくると思う?」
「ゆすり、たかりか! あそこまでやっておいて何てスケールの小さい……」
「い、良いだろ別に! 最初からデカイ事やろうとするとコケるんだよ! 塵も積もれば山、
蟻の一穴……そういう事さ。それにオーブじゃアスハが絶対なんだ。あいつの顔に泥を
塗れば、アスハ系軍人が黙ってないからな」
「それでも、払うか?」
「払うさ。取られるのは自分のじゃなくてオーブ国民から集めた税金なんだからな。まあ、
オーブだと税金じゃなくて国事準備金って言うんだけど……」
「ああ、あくまで税じゃないわけね。ところでシン、こんなのどうだ?」

 

 ヴィーノがそう言って、ディスプレイにジンの映像を表示させた。

 
 

 CGで描かれたスケルトンに、ウェストポーチのような物体が取り付けられた。腰の後
ろに接続された後、ロボットアームが下がって太股の後ろにも固定される。

 

「MSの下半身に取り付ける……んー、そうだな。予備バッテリーをセットするハーネス
だよ。重量は増すけど稼働時間は単純に考えて2倍、通電の経路を整理すれば2.5倍……
『サイドビジネス』には必要だろ。MSは重機にもなるから、出張る機会も増える。質量
バランスは変わらない筈だ。機体は旧型機を使ってくんだろ?」
「当たり前だ。それにしても便利だな……ジンにしか使えないのか?」
「ちょっとシミュレートしてみたが、ディン、シグー、ゲイツ辺りまでなら大丈夫だ。
要するに2年前に開発された人型機体に対応できる」

 

 幾つかの画像を呼び出したヴィーノがそれらを並べて見比べ、一息ついた。メカニック
の血が騒ぐのか、最早主力部隊で見向きもされなくなった機械に特別な愛着を持っている
ようだった。

 

「とにかく、これから色んなものを奪ったり掠め取ったりするわけだよな。グゥルも要る
んじゃないか? 作業用のクレーンとかウィンチとか取り付けて、あと3、4機」
「グゥルは確かに欲しいけど、金が無いんだよ。アーサー艦長はあの通り良い人だからさ。
他の部隊を脅してふんだくるって事をしない」
「ふーん。とりあえずお前の書いたシナリオが何処まで現実になるか、だな……正直今日
の事を考えると、シンがあれこれ考えるよりラクスとかキラに擦り寄った方が良いんじゃ
無いかって気がしたけど。まあ良いや、俺あの人達好きじゃないし」

 

 投げ捨てるように言い放つヴィーノに、シンは首を傾げる。

 

「なんで? お前は特に恨みも無いだろ」
「ミネルバを沈めたじゃないか。後、使ってるMSが気に入らない」
「……メカニックの感覚は解らないな」

 

 肩を竦め、シンは再びグルメ誌に目を落とす。今のところ旧ミネルバクルーに脱退者は
出ていない。物差しで測って決めたような品行方正な兵士は、ラクスとキラがプラントの
頂点に立った時点で馬鹿らしくなったか辞めた。デュランダルを慕っていた人間も同様。
 事が最悪の方向へ転がって行った際も想定済みだった。直接金銭を要求しない脅し文句
は既に原稿にして持っているし、オーブの役人が全てをカガリに白状した所で、彼女が抗
議しようとすればそこには疑念の種を植え付けたキラが立ちはだかる。だからこそ、散々
ラクスの為だラクスが狙われたのだと吹き込んだのだ。キラとラクスは自分の考えしか尊
重しないし、アスランはキラの言う事を無条件で真実だと受け入れる。完璧な布陣だ。
 不敵に笑うシン。戦災孤児から赤服まで上り詰めた人間関係能力は伊達では無い。

 

「シン! ここにいたのかい! 大変だよ!」

 

 だから、アーサーが走ってきた時もシンは動じなかった。何であろうと想定内である。

 

「弾薬庫がザラ派テロリストに襲撃されて、10分前に入れたあのコンテナが強奪された!」

 

 手にしていた『オーブ丸ごと食べ歩き』が床に落ちる。想定外であった。

 
 

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