SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_SEEDDtheUntold_第08話

Last-modified: 2009-02-14 (土) 21:01:56

「灰色の」

 

 MA母艦の艦橋で指揮を取っていた初老の提督は、右から聞こえた声に眉を上げた。
ローブを纏った男が、目を閉ざしたまま彼の方を向いている。
視覚に障害を持っている筈なのに、まるで見つめられているような感覚を覚えた。
「灰色のM1アストレイは、やってきましたか」
「接触したという報告はありませんな。
 そもそも、ガルナハンを脱出して此処へやってくるかすら、定かでない。
 何を企てようと結構だが、想定通りに運ばないのが実戦……」
「例の機体が現れました! M1アストレイの改修機……ガルナハンの生き残りです!」
 微笑する盲目の元宗教指導者に舌打ちし、口を開いたオペレーターの方へ振り返る。
「確認しろ! オーブ軍とザフトには、エースの専用機がごまんとあるのだぞ」
「シン=アスカに間違いないでしょう」
「機動パターンをデータベースに照合……適合率、97%です!」
「まったく。何が悲しくて、たかがパイロット1人に此処まで気を遣うのやら……」
 オペレーターの返答と宗教指導者の言葉がほぼ同時なのも気に入らない。
「奴は『モビルスーツ乗り』と聞く。前回のように、考え無しの攻撃はしないよう伝えろ。
 ……殺さないように、という注文は聞けませんよ。マルキオ師」
「不要です。何があろうと、彼は生き残ります。このオーブ攻撃は、彼の為に計画されたのです。
 散っていく命、流される血はシン=アスカの為なのです」
「言葉に気をつけて頂きたい。オーブ攻撃はあくまで総意によるものの筈だ」
 マルキオと呼ばれた男の言葉に、連合軍人は溜息をついた。
この盲人が常に何かを計画している事は解る。
問題は、それがあらゆる慣例や規律を飛び越す事だった。
視線を正面に戻す。オーブの海岸と空に、無数の炎の華が咲き乱れていた。

 

「生き残るだと? 我ら連合軍と、オーブ軍の7割を相手にしてか? フン……」

 
 

滑走路も備えたヤラファス島南西部の港湾区画に、1機のMSキャリアが黒煙を吐き出しながら接近する。
機体中央のハッチは開け放たれたまま破壊され、よたつきながら何とか飛んでいる状態だった。
「何とかエアポートまで飛ばせ! 住宅街からの避難が終わってないんだよ!」
『やってるっての!』
 一足先にアスファルトで舗装されたポートに降り立ち、右腕の長大なレールガンを撃つのは、
シン=アスカのM1カスタム。その砲口の先には、MA形態のムラサメ部隊。

 

何が起きたのかは定かでない。
解っているのはキラのストライクフリーダムが墜ちた直後、オーブ軍の7割が自軍を攻撃し始めた事だけだ。

 

 旋回して戻ってきたムラサメ隊が、空対空ミサイルを斉射する。
MSキャリアとM1カスタムが防御機銃を撃ち、3発を破壊した。
爆風を貫いた残る2発がキャリアの底部に突き刺さり、機体が前のめりになる。
『墜ちるぞぉ!! 何かにつかま』
 操縦席からの叫びが唐突に途絶え、ぎりぎり滑走路に到達した輸送機が金網を引っ掛け、
左側にカーブしながら胴体着陸した。
ランディングギアも破壊されたか、アスファルトとの接地面から火花を散らして傾斜しつつ止まる。
MSに変形したムラサメが1機、ビームサーベルをかざして開いた貨物部へと突っ込んだ。
追加装甲で着膨れしたM1が阻む。
『退けシン=アスカ! カガリ=ユラ=アスハの犬め!』
「うああぁっ!!」
 紅の瞳を見開いてシンが吼える。絶妙なバックステップで重い機体が斬撃を回避し、
左手に持ったディンの散弾銃を放つ。
ムラサメの喉元に押しつけられた銃口が発光し、炸裂音と共に頭部を吹き飛ばして、
首無しの機体が空中でひっくり返り地面に叩き付けられる。
『シン! 大丈夫か!?』
「ぜ、全員、脱出してくれ……キャリアは、守り切れない」

 

 メインモニター越しの爆炎に照らされたシンの表情は、虚ろだった。
ゆりかごによって刷り込まれた全てが、目の前で喪われていく。
炎に消えていく街並み。逃げ惑う人々。
つい数十時間前まで味方であり同志だった筈のオーブ兵達は、明確な殺意と敵意を持って攻撃してくる。
 キラも、誰かに倒された。ラクスも居所が知れない。
大体この国難に際し、なぜアークエンジェルもアカツキも姿を見せないのか。
助けを求める声に答えるのが、歌姫の騎士団では無かったのか。
縋ってきた対象がどこにも見えない。

 

 そもそも、こんな場所へ連れてきたのは誰だったのか。

 

「他の何処へも行けなかったんだ! 補給の問題もある。それに、オーブがこうなるなんて」
『何を言ってるんだ!? それより、敵機を近づけさせないでくれよ!』
「わ、わかってる。ごめん、ヴィーノ」
 同僚の言葉でほんの少し、我に返ったシンは目の前に意識を集中させる。
目の前で仲間を1機墜としてみせたが、にじりよってくる敵に戦意の衰えが感じられない。
だからこそ、一歩を踏み出す。レールガンの照準器が淡い光を放ち、ツインアイの輝きが追随する。
『後ろだ!』
「く……」
 レーダーの光点が新たに現れ、後方カメラに視線を走らせた。
真後ろから3機のM1が来る。ジェットエンジンの音に上を向くと、ムラサメが1機飛来してきた。
しかし直後、後方のM1部隊を緑色の速射ビームが薙ぐ。
キャリアから撃たれた方へと向き直り、陣形を組み直す彼らの前に、それは地響きを立てて降り立った。

 頭頂部に角を、両肩にスパイクシールドを、背中にガトリング砲を背負った赤いザク。

両手で構えた長柄のビームアックスを起動させ、メインスラスターを点火。
噴射により推力を得た上で、2本の足で走り出す。
足元でM1のビーム射撃が弾け、ピンク色のモノアイに緑の光が走っては消える。
1機目の脇を抜けようと右足を踏み込み、左へ跳ぶ。武器を向け直そうとしたM1にフェイントをかけ、
そのまま左肩のシールドでタックルをかけた。
 味方ごと突っ込む赤いザクに戸惑った2機目が、至近距離からガトリングのビームを浴びて
シールドと右脚を破壊されて崩れ落ちる。
3機目が回り込もうとした寸前、1機目のM1が叩き付けられて動きを止められる。
一気に飛び込んだザクが、大上段に振りかぶったアックスを叩きつけた。
光刃がアスファルトに突き刺さって一度目の爆発を起こし、
左胸を境に断ち割られた機体が二度目の華を咲かせる。
 炎と爆風を背負った紅色のザクファントムが、ビーム刃を消したアックスを肩に担いだ。

 

「……!?」
『……!?』
 絶句するシン、ヴィーノ。赤いザクに乗っていた人物には思い当たるが、何かが違う。
ミニスカートを揺らして赤服を着られるようになったと陰口を叩かれていた『彼女』とは。

 

『援護するわ、シン』
「ど、どうしたんだ? ルナ……」
『援護するって言ってるでしょッ!!』
 キャリアを挟んで背中合わせになったザクファントムからルナマリア=ホークの怒声が響き、
シンは首を竦める。レーダーがやってきた機体を捉え、そちらを一瞥した。
「航空戦艦……? アークエンジェルか!」

 

 避難を完了しつつあった住宅街上空に白亜の巨体が進入してきた。
ぴったりと張り付くようにしてブリッジを守っているのはオーブの象徴、アカツキ。
ビーム射撃の一切を無効化する金色の特殊装甲が燦然と輝いている。
『理不尽な侵略に立ち向かう全てのオーブ兵の方々へ。希望を失ってはなりません』
「ラクス様! 間に合った……間に合ったんだ!」
 敵機と向き合ったままのシンが、安堵の溜息を漏らす。
自機の頭上を通り過ぎていくのは、ワインレッドの機体。
ファトゥム01に乗ったインフィニットジャスティス。
自分が心の拠り所としていた全てが、集まってくる。

 

 Iジャスティスが、右手の双刃型ビームサーベルを起動させる。
アークエンジェルを守っていたアカツキに急接近した。搭乗するムウ=ラ=フラガが声を上げる。

 

『アスラン? お前……そうか! 逃げろマリュー! こいつは』

 

 金に輝くMSの肩目掛けて斬り下ろし、右へ払った。
赤熱するL字を刻まれた機体が、バランスを崩し墜ちていく。
ライフルに持ち替えアークエンジェルの船腹に連射しつつ後方へと回り、
前方のビーム兵器を全てオンにしたファトゥムをメインスラスターノズルへ突撃させた。

 

双胴艦首の中央から火を噴き、先に撃破されたアカツキに寄り添うように
ゆっくりと高度を落としていく。

 

真昼に生まれた純白の太陽が、街を飲み込んだ。

 
 

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