SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_SEEDDtheUntold_第09話

Last-modified: 2009-02-18 (水) 01:39:10

 ピンポイント攻撃で動力部が大破したアークエンジェルの爆発が、
崩れかけた住居や店舗の外壁を蒸発させながら広がっていく。
耳の所から綿がはみ出たクマの縫い包みが、一瞬で炎に包まれ燃え尽きる。
道路標識が赤熱して溶け崩れ、焼けただれた舗装路に濃灰色の影を刻む。
公園にあったブランコの木製部品が焼け落ち、鎖が熱風で乱れ舞う。

 

「う、あ」

 

 艦首から落下したアークエンジェルの陽電子砲が、剥がれた装甲から脱落して
スーパーマーケットの屋根を突き破った。まばゆい光が生まれ、爆風と衝撃波が
港湾区で避難民を収容していた多数の船舶を揺さぶり、タラップが軋む。
子供達が泣き叫び、母親は彼らの名を呼んだ。

 

「ああぁっ!!」

 

 それを目の当たりにしたシンが、傷を負ったような声を上げる。

 

パイロットの不調を見て取ったか、M1カスタムと相対していた2機のムラサメが前進する。
その左腕が盾ごと砕け散った。残った右腕でライフルを撃つも、ビームが装甲で弾かれる。
シンの機体が半身をずらし、射角を変えた。2発目を放つ前に、懐へ跳び込まれる。
『こいつ、見てくれの割に……!』
「ッ!!」
 目の端から涙を散らすシンが、力任せに左側の操縦桿を倒す。
M1カスタムの左腕がムラサメを殴りつけ、手甲部に固定されたビームサーベルが伸び機体を貫いた。
傍らの僚機が防御機銃を撃ちながら後退するが、全身に弾を浴びつつ突進したM1カスタムの
レール砲を腹部に押し当てられる。
トリガーが引かれ、真っ二つになったムラサメが爆発さえしないまま滑走路に骸を曝した。
『すごいじゃないか。俺に倒された時よりも、腕は上がっているみたいだな?』
 インフィニットジャスティスが降り立ったのは、M1アストレイの後方。
広域回線で語りかけるアスランの声音は、シン達が知っている鬱々とした、
何かを押し殺したようなような物ではない。
アークエンジェルの残骸が上げる炎を浴び、ワインレッドの機体が薄紅に変わっていた。
『それとも、あれは本調子じゃなかったのか? いや、多分そうだったんだろう……』
「アスランッ……なんでこんな事を!」
 M1カスタムが、ゆっくりとIジャスティスの方を向いた。炎の中で対峙する巨人。
『仇をとったのさ。お前のもな』
「何!?」
『その内に解る。もっとも、解らなくさせたのは俺だが……』
 Iジャスティスの背後で一際大きな爆発が上がる。顔面に影が落ち、緑の双眸が輝く。
 その背部にファトゥムが戻ってこない。アークエンジェルを撃墜した際、失われたのだろう。
手にしていたライフルの銃口が、炎を受けて鈍く光る。

 

「過去に囚われて戦うのは止めろと、あなたは俺に言ってくれた!」
『ああ、言った。周りに粘着質な奴がいると鬱陶しいだろう? 俺は過去に拘るがな』
『シン! 今のアスランと、まともに話すのは……っく!』
 ルナマリアの言葉が途切れた。赤いザクの足元にミサイルが撃ち込まれ、後退した先にビームが降り注ぐ。
M1とムラサメの混成部隊が、避難の終わっていない港湾区に押しかけてきていた。
MSキャリアの格納庫から、グゥルが1機飛び立つ。
『シン、乗れ! だ、大丈夫なんだろうな、コニール!?』
『任せてくれて良い。こいつは2回操縦した事がある。ただ、あたしに話し掛けるな!』
『そうだ。逃げろ、シン! 逃げて港の連中を見殺しにしろ! 生きる方が戦いだぞ!?』
 専用回線で入ってくるヴィーノとコニールの言葉を聞き取ったかのように、
嘲笑を交えたアスランの声が入ってくる。
表情を強張らせるシン。
『もしくは、俺の所へ来い。……これでも悪かったとは思ってるんだ。
 俺が快適に暮らす為とはいえ、無関係だったお前に迷惑をかけた。
 そろそろ良い思いをさせてやりたくてな』
「馬鹿な事をっ!」
『言うほど馬鹿な事でもない。例えば、お前が俺に従ってくれれば此処にいる全員を助けられる。
 このオーブ軍は今の所、俺に従っているからな。どうだ? シン』
「嘘だ……!」
『嘘じゃあない。俺が攻撃を止めた事が何よりの証拠じゃないか。
 民間人が避難する時間を稼いでいるんだ。旧交を暖め直すには誠意を示さないといけないからな』
 手元のキーを操作し、シンは目まぐるしくカメラ映像を切り替える。
ルナマリアのザクも、今のところ追撃を受けていない。グゥルも狙われてはいない。
そして自分が何よりも守らねばならない港へも、一発たりとも弾丸、ビーム、ミサイルが撃ち込まれていない。
 通信モニターにアスランの姿が浮かび上がる。彼はパイロットスーツを着ていなかった。
目を細め、口の端を緩く吊り上げたままシンを見つめている。

 

『俺の本心は解って貰えたか? お前が何を一番望むか、よく知っているんだよ、シン』
「ああ。解った。俺はあなたについていく。その代わり……約束してくれ。
 もう誰も死なせないって! 俺以外を見逃すって!」
『シン! 何言ってるの!?』
『此処までやったアスランを信じるのかよ!』
『このイカレ信者! 何考えてんだ!』
 殺到する抗議にも、シンは表情を変えない。
「みんなは下がれ。キラさんも言っていたんだ。吹き飛んだ花はまた植えれば良い。
 俺も、吹き飛ばされて汚く枯れた花に囚われるわけにはいかない。それだけだ。さっさと行け」
 その言葉に、まずグゥルが機首を巡らし港湾区の方へ飛んで行った。赤いザクも続く。

 

 誰もが、シンに言い返さなかった。声をかけさえしない。
インフィニットジャスティスの機内で、アスランは笑みを深める。通信回線を切り替えた。
「各機……スラッシュウィザードは近距離仕様だ。もう少し離れるのを待て。
 真後ろから撃てば尚良い。グゥルは相手にならないだろうから、アドバイスは要らないな?」
『了解。さすが、騙し討ちで歌姫の騎士団を壊滅させた方は違いますね』
「そう褒めないでくれ。恥ずかしいから」
 言い終わった後、シンのM1カスタムに寄り添った。肩を触れさせる。
「悪いな、シン。折角の約束だが、気が……」

 

『気が変わったんでしょう』

 

 凍りついたようなシンの声が、アスランの目をほんの僅かに見開かせた。
『解ってますよ。俺は先輩思いですから』
 赤紫の光が弧を描く。
M1カスタムが着地したまま高速でターンし、左手甲部から伸びたビームサーベルが、
Iジャスティスのシールドに叩きつけられた。
ビームシールドの発生が間に合わず、光刃が半ばまで食い込んでワイヤークローを破壊する。
 赤いスラッシュザクがモノアイを輝かせ、スラスターを吹かしジャンプした。
グゥルがその足元に滑り込み、火花と共に両足を固定する。
『操作を此方に任せて、ヴィーノ達はカーゴルームへ!』
『頼んだぜ!』
『墜とすなよ、ミニスカ女!』
『任せて、と言ったわ!』
 火線を潜り抜けながら急降下し、土煙を巻き上げながら両肩のビームガトリングを斉射。
グゥルに乗ったまま超低空飛行で浮足立った敵機達の合間を駆け抜け、ハンドグレネードを放り込んだ。
その爆風を突き破って、シンのM1がIジャスティスから距離を取る。
 サーフボードのように機体ごとグゥルを傾斜させ、強引に旋回したルナマリアのザクが、
刃を輝かせたビームアックスでムラサメの胴を薙ぎ払った。
しかし、収まらない黒煙から飛来したビームブーメランに対応できず、左のショルダーシールドについていた
スパイクを失う。スラスターを軽く吹かしただけのIジャスティスが、ほぼ一瞬でザクの上方に現れる。
ビームライフルを連射され、ダメージを受けていない右肩を突き出しつつ機体を左右に振った。
 ビームガトリングの狙いをつけさせまいと上下左右に動くIジャスティスが、隙を突いて下方、
つまりグゥルを装着した側から襲いかかる。
灰色のM1カスタムがそこへ割って入り、長大なレールガンの砲口を突き付けた。
戻ったブーメランを収めたばかりのシールドで、間一髪砲身をずらす。
砲声が轟いて滑走路に大穴を開けた。

「さっき『アンタ』が言った事、正直半分も解りませんでしたよ。仇とか、俺のも、とか。
 何でアンタがキラさんとラクス様を裏切ったのか、オーブをこんなにしたか……でもね」
 顔を上げ、シンはIジャスティスの頭部パーツを真っ直ぐ見詰める。
「ただひとつ、解っている事がある!」
『この俺、アスラン=ザラは倒さなければならないって事か? 月並みな』
「いいや!」
 レールガンを抑えつけられていたM1カスタムの各部が爆発した、ように見えた。
レールガンが手放され、Iジャスティスの上体が揺らいだ。
左手で持った散弾銃を、右に持ち替えながら手甲部のビームサーベルを起動させる。
至近距離から発砲するが、またもシールドに阻まれた。
デスティニーに乗ったシンを負かした時よりも、アスランは確実に速く、鋭くなっている。
 全身の追加装甲を排除したシンの機体が、眼前で放たれたビーム射撃を避けた。
赤いザクが援護に入ろうとするも、他の敵からの牽制射で距離を取らざるを得ない。
『シン、駄目! その機体じゃ!』
「俺が望む物を手に入れる為に、戦わなくちゃならないって事だ! これからも、ずっと!」
 シンの決意に肩を竦めるアスラン。しかし、ビームライフルを持った右腕が僅かにぶれた。
その隙を突いて一気に距離を詰め、ビームサーベルを突き込む。
後退が鈍ったか、ライフルが貫かれて爆発を起こした。
「アスランッ! 今度は」

 

『今度は騙されてくれたか』

 

 アスランの言葉と同時、Iジャスティスの右足が跳ね上がる。
膝と爪先のビーム発生器が起動し、蹴りでもってM1カスタムの左脚、左腕を溶断した。
オーバーヘッドキックの慣性を活かして宙返りしたIジャスティスの右手が腰部のビームサーベルを掴み、
逆手で持って灰色の機体の右肩を突き刺す。散弾銃が転がり、M1カスタムが地面に倒れ込んだ。
 自分のライフルを犠牲にしたフェイント。豊富な武装を持つIジャスティスだからこそ
出来る戦法だった。コクピットを激震が襲い、あちこちが小爆発を起こす。
「ぐうぅっ!」
『相変わらず、足蹴にされるのは慣れてないみたいだな、シン?』
「逃げろ、コニール、ヴィーノ……ルナ、皆を……」
 グゥルに乗った赤いザクは、一度だけ大破したシンの機体を振り返った後で
港から離れる船団へと向かった。今の彼女は、他の人命を抱え込んでいたからだ。

 

MA形態のムラサメがMSに変形し、Iジャスティスの傍へと降り立つ。
『ザラ一佐、連合軍がオーブ軍司令部を制圧したようです。
 カガリ=ユラ=アスハは脱出に失敗して捕縛されたとのこと。
 しかし、避難船は放置して良いのですか?』
『俺は後輩思いだからな。こいつの本当の望みは、叶えてやりたい』
『はっ?』
 サーベルをラックに戻したインフィニットジャスティスが、倒した相手に背を向ける。
砲声やビーム兵器の音は何時しか収まっていた。

 

連合軍の輸送部隊が、オーブの青い空を遮る。
MSや歩兵部隊が順次降下し、幾つもの落下傘が咲いた。

 
 

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