SCA-Seed_GSC ◆2nhjas48dA氏_SEEDDtheUntold_第12話

Last-modified: 2009-03-23 (月) 10:20:38

目の前を幾筋もの光が流れていく。
球の表面を伝うように湾曲しながら、上から、下へ。
光の合間に、沢山の何かが見える。

 

何処かの災害被災地か、難民キャンプで歌うラクス、
援助物資を積んで降下するアークエンジェル。

 

しかし瞬きすると、白の双胴艦は戦闘が繰り広げられる中に乱入して無差別攻撃をかけ、
ラクスはプラント最高議長の椅子に座っていた。

 

映像は目まぐるしく変わる。
ミネルバの艦首砲を撃ち抜くフリーダム、
ベルリンで民間人の避難を誘導するフリーダム、
慰霊碑の前で自分に手を差し伸べるキラ、
赤毛の少女や、金髪を伸ばした少年、
海と風で削られた崖の上で踊る少女。
雪が降る中、物言わぬ身となった彼女を抱くのは、自分の腕。

 

流れる光以外の全てが不意に消える。
代わりに広がったのは、薄暗い室内。
光が流れているように見えたのは、戦闘機のキャノピーに似た物体。
白衣を着た人々が、手元のコンソールをチェックしながら時折自分の方を見る。

 

「やめろ」

 

声が出ない。唇さえ動かない。
頭のすぐ横に立った男が、キーを幾つか叩いて最後に横のスイッチを入れる。
目の前が白く染まった。
ただの光ではない。
神経が、干渉され――

 

「やめろおおぉッ!!!」

 

今度は声が出た。
絶叫と共に跳ね起きた時、シン=アスカの周囲にあったのは暗闇。何の光もない。
身体が浮き上った。重力もない。二度目の絶叫。
傷を負った獣のように吼え、ようやく自分の声を認識し、
宇宙空間の真空状態に放り出されたわけではないと解る。

 

自分の真上の照明が点いた。可愛らしい縫いぐるみが抱いた時計が8時を示し、
トーンチャイムのような優しい音色が室内に響き渡る。
シン以外、誰もいない室内に。

 

『9月7日、8時です。今日のトレーニングスケジュール、なし。当直人員、なし。
 全システム、正常に稼働中。システムダウンまで、あと24時間。おはようございます』
「9月!? 嘘だ、オーブが陥落したのは6月の筈……! システムダウン? 何の話だ!」

 

たどたどしい人工音声に怒鳴り返しながら、寝袋のようなベッドのジッパーを開く。
無重力中で姿勢をとりつつ、目の前に置かれたインターフェースに取りつくと、
パスコードを二度入力してカレンダーを表示させた。
「機器操作基礎訓練、データ処理……デブリ海でのMS操縦訓練、機体調整……
 …24時間ごとに入ってる、処置っていうのはなんだ……はっ!?」

 

口走ったシンは、顔を上げてより恐ろしい事実を認識する。

 

先程、彼は当然のようにコンピューターのロックを解除した。
だが、彼の記憶は取調室でガスを使われた時点で止まっている。
そして改めて自分が寝ていたベッドを見下ろせば、
それはロドニアのラボで押収した資料にあった、ある装置と酷似している。

 

「『ゆりかご』……ッ!? そうか、処置はこのこと……俺は……ああぁっ!!」

 

まとわりついてくる恐怖から逃れるよう、シンは身を捩って短く叫ぶ。

 

キャノピーに映っているのは、間違いなくシン=アスカの顔。
けれども、それすら怪しい。

 

整形手術がどれほどのものか、ラクス=クラインの偽者を見たシンは良く解っている。
そもそもこうやって恐怖し、情報を探そうと模索する自身の行動さえ、
自分の意思でやっているとは言い切れない。
ただひとつ解るのは、宇宙空間に浮かぶこのステーションのシステムが、
24時間以内にシャットダウンするらしいという事だけ。
全てがあいまいで、全てが疑わしい。
自分の事をシン=アスカだと思っている自分自身が、特に。

 
 

「くそっ! とにかく此処から出ないと……格納庫にまだあの機体が残っていれば…
 …あの、機体? 俺は……知っている?」

 

自分の内側から湧き上がってくる感情、思考を口にし、聴覚からの情報によって再考する。
部屋を出て、空調が低いうなりをあげる廊下へと流れていく。
誰にも出会わないし、人が住んでいた痕跡がない。
案内用のボードも無く、どこまで行っても無個性な細い通路が続くばかり。
しかし、シンに迷う様子がない。途中で1度、僅かに行き過ぎて戻った以外はまったくスムーズに、
両開きの大きなドアの前まで辿りつけた。
何故か知っているコードを打ち込み、光が灯ったセンサーに顔を近づける。
網膜照合を終えてドアが開き、左から2番目にある自分のロッカーをあけてパイロットスーツを引っ張り出す。
シンに刻み付けられた記憶によれば、それはザフトレッドに支給される物だ。
作業用ナイフを腰の後ろに取り付け、ヘルメットをかぶって次のドアを開ける。
エアロックに入って減圧が完了し、前方のドアをスライドさせて床を蹴り、薄暗い格納庫内に飛び出した。
格納されていないロボットアームに取りつき、それを足場にして更に奥へ。
暗がりに浮かび上がる巨大な人型のシルエットを目にすると、無意識の内に安堵の吐息を漏らす。

24時間の猶予を伝えられていながら真っ先に機体の確保に走ったのは、単に慎重なのか、
それともパイロットとしての経験がそうさせたのか、解らない。

 

「アントールドの性能なら、動きさえすれば何処からでも逃げ出せる」
知らない機体の名前を呟きつつ、シンはMSの膝に着地する。
無重力ゆえ、漂っていかないよう深い蒼色の装甲表面に手を突きながら腰へとよじ登る。
所々、空色に塗られた場所が、僅かな光を反射して淡く輝いていた。
胸部まで辿り着いて、点検孔を開いてパネルを操作する。
機体のコクピットハッチは上下に開くのではなく、
フリーダムのように上部 パーツが前方へとせり出すタイプだった。
乗り込んでハッチを閉じ、慣れた手つきで起動させる。表示されたステータスを見て、満足げに頷いた。

 

武装は、全くない。頭部や胸部に装備できる防御機銃さえない。
アントールドは宇宙探査用として開発された機体だった。
背部に取り付けられたラックも兵装用でなく、工具用。
シンにはそう解っていた。彼の持つ記憶が、彼に理解させた。
「整備は万全……よし、動くぞ」
連合軍のGATタイプと似た頭部に、装甲と対照的な紅色のツインアイが灯る。
両肩、両膝とくるぶし、両手に刻まれたスリットが紋様のような光を放ち、
それが波紋となって機体を前方に押し出した。
ヴォワチュール・リュミエールの蒼い燐光と紅のカメラアイが混ざり、
格納庫の中は静かに揺らめき燃える炎の色で照らされた。

 

「覚えている……操縦方法も、機体性能も……この機体が、安全だって事も。だけど」

 

格納庫を照らす光がメインモニターを通して機内に入り込む中、シンは赤い目を伏せる。
ひとまず、「足」は確保した。問題はこれからどうするかである。
ステーションの中へ引き返し、より詳細な情報を手に入れるべきかも知れないが、
既に閉鎖されている可能性もある。
それに、自分を洗脳し続けたであろう場所に戻りたくはない。
とはいえ、もっと前から記憶操作が行われていた可能性もある。
覚醒する寸前に見た夢らしき映像が、未だ脳裏から離れない。
最も印象に残った人名を挙げようと唇を開く。
「……駄目だ。くそっ」

 

名前が出ない。忘れているのでなく、誰も彼も印象に残っていない。
皆、切り抜かれた紙のようだ。

 

何度もかぶりを振って意識をまとめようとした時、サブモニターに変化が起こる。
貧弱な電波だが、センサー系の性能を限界まで高められたアントールドになら捉えられる。
それは国際救難チャンネルでの呼びかけを繰り返していた。
『……8、Y45の第6ディグサイトの傍だ。畜生、誰も通信を聞いてないのか!』
「今、キャッチした。もう一度座標を言ってくれ」
『ぇ……や、やった!有難う! 有難うっ! ベータフィールドだ! X28、Y45の採鉱場で座礁した!
 サンイーターのMS隊にエンジンをやられて! 早くしないと見つかる!』

 

「サンイーターって? 海賊か何かか?」
外部操作で格納庫のシャッターを開かせ、シンはアントールドを外へと滑り出させた。
宙域マップを開きつつ、自分が出てきた場所を後部カメラで確認する。
スポンジのように穴だらけとなった小惑星だった。
表面に取り付けられた幾つもの壊れたロケットを見る限り、廃棄された資源衛星に偽装していたのだろう。
『元オーブ軍の傭兵部隊に決まってるだろ! 知らないのか?』
「……い、いや。そんな名前がついてたのかと思って。すぐそっちに行ける。というか視認できる…
 …白い民間シャトルだろ。モビルスーツで接近する」
『そうだ!姿勢制御エンジンをやられて、採掘跡から抜け出せない!
 あぁ……我々、助かるかもしれませんよ、アマルフィさん!』

 

進路上に光る波紋を残し、デブリや小惑星の欠片を縫ってアントールドが進む。
両手が時折光って、機体の姿勢を微調整する。シャトルまで後500メートルを切った時点で、
シンは機体を停止させた。レーダーに2つの光点が映る。サブモニターに鮮明な拡大映像が表示された。
M1アストレイが2機。シンの目つきが鋭さを増した。
『……い、急いでくれ! 別の反応が2つ来た! 多分、さっきのモビルスーツだ!』
それに答えず、シンは大型のデブリに機体を接近させる。
アントールドがその表面に両手を突き、手甲部が輝く。

 

2機のM1目掛け、凄まじい速度でデブリが『撃ち出された』。

 
 

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