SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第20話

Last-modified: 2008-08-01 (金) 21:15:30

 街外れに建てられた急造の工作施設に、戦闘を終えたGカイザーが搬入されてくる。メ
カニックマンと共にやってきた研究員の後輩は、機体を見上げて嘆息した。

 

「1対3とはいえ、ディンに此処までやられるとはな……」

 

 殆ど全身、特に背面に集中した被弾痕。表面の第1装甲が捲れあがり、ハニカム構造が
あちこちから露出している。バリアで弾速が減衰されたとはいえ、ショットガンとマシン
ガンの銃撃を受け続けた巨体は小破と判定して良いダメージを負っていた。

 

「兄ちゃん。カメラにディンが映ってたんで見てみたが、奴らはやっぱり最新式のOSと
AIを使ってたみたいだな。途中からFCSをリンクさせて、火力を集中させてきたんだ」
「対艦用のマニューバーソフトじゃないですか!まだ社外に出してないのに!」

 

 油で汚れた作業服を着る年配の整備員に言われ、後輩は目を剥いた。

 

「OSとAIを手に入れたジャンク屋が、自分達で作ったんだろう。奴らは名前こそジャ
ンク屋だが、横の繋がりとヘッドハンティングで、技術や生産力を強化してる。半年前、
俺んとこにも声が掛かったからな。チームごと来ないかとさ」
「もう、そんなの……ジャンク屋じゃないですよね」
「そういや、街を襲ってきた奴らって結局何だったんだ?」

 

 そう聞かれた後輩は一瞬迷ったが、周囲の人間が忙しく動き回っている事を確かめた後、
口に手を当てて声を落とした。

 

「この近くに4つほど集落があるんですが、そこの連中だそうです。ほら2、3キロしか
離れてないのに、ウチが人道支援してるのは此処だけでしょ?元々反地球連合のゲリラ
やってた所だから、この街の連中が何か汚い手を使ったんじゃないかって」

 

 整備員がニヤついて、禁煙タブレットを口に放り込んだ

 

「で?」
「何とかしてくれって言われて、援助物資の8割を他の所に分配するという提案をこちら
の方で出したんですが、村長さん達の大反対を食らったそうで。結局、PMCを雇う事に
なりました。最初のコストは此方持ちで、維持費を村で負担して貰うって寸法みたいです」
「へっへ。ウチが工場とか農場を造って現地民を雇って、現地民は自治体にウチから貰っ
た給料の一部を収め、ウチが面倒見てるPMCを養うわけか。スゲーなぁお嬢様は」

 

 失笑し、青年と中年が頷き合う。16歳のアズラエルが立案する戦略とは思えない。

 

「ま、こういう事を世界中でやってれば、確かに……あ、先輩!」
「酷い目に遭った……うわ、こっちも酷いな」

 

 やつれた表情でやってきた研究員が、Gカイザーを見上げて溜息をつく。

 

「もう良いんですか?」
「大丈夫だ。慣れてるから……光波防御帯は、正常に作動していた筈だが」
「そりゃ半分未満の出力じゃあこうもなりますぜ、チーフ。ほぼノーコスト、ノーリスク
で展開できるバリアなんですからね」

 

 口調を改めた整備員が、ポケットに手を突っ込んで研究員を振り返った。

 

「原因がまるでわからん……自分で造った機体だってのに、屈辱の極みだよ」

 

 ぼやきつつ、コーヒーが入った紙コップに口をつける。時刻は午前3時を回っていたが、
基本的にこの人種は睡眠時間に頓着しない。

 

「カイザーも大事ですけど、ベイオウルフの方は?」
「あっちは最終段階だからな。コストダウンの関係で機能を削るとか削らんとか、そんな
レベルの話し合いだよ。……どうして片手間でやる仕事ばっかり評価されて、全身全霊を
込めた方は10秒で却下されるんだろうな」

 

 防護柵にもたれ、研究員が虚ろな目で破損したGカイザーを見上げる。

 

「やっぱり先輩って、ベクトルが間違ってるんじゃないんですか?」
「ベクトルって、具体的に何だよ」
「プラン……」

 

 不意に鳴ったブザー音に、後輩の言葉が中断された。放送が響く。

 

『チーフ、ただちに通信棟へ来て下さい』
「お、もう連絡ついたか! 珍しいな、フクダさんなのに。ちょっと行ってくる」

 

 ジッパーを開けた作業着の裾を翻して走っていく研究員。

 

「フクダさん、って誰だっけ?」
「アドゥカーフの元社長さんです。あ、そういえばGカイザーにも関わってたっけな……」

 
 

 窓を完全に密閉された輸送艇で、連合軍の『秘密基地』へと連れて来られたアーサー=
トラインと彼のクルーは、ドック内で最終調整を受けているアークエンジェル級3番艦
オファニムの前に立っていた。2番艦であるドミニオンから赤色を排除したカラーリングは
さておいて、彼らが注目したのはそのサイズだった。

 

「190メートルか……アークエンジェルの半分も無いんだね」

 

 機体前部の翼も取り去られ、アークエンジェル級の特徴でもある『前脚』がばっさりと
短くなっていた。ブリッジも外側からは確認できず、アンテナさえ見えない。後部のエン
ジンも見違えるほど小型化され、尾翼もない。アーサーが呆けた声を出す。

 

「どっちかといえばボギーワン……もといガーティ・ルーを縮めて横に伸ばしたって感じ
ですね。あれより平たくて足が出てますが。しかし凄いな。これが飛ぶのかあ」

 

 操鑑担当のマリクが、無意識に声を弾ませて見上げた。足先の部分と、後部エンジンの
脇に刻まれた溝を何度も見て、しきりに唸っている。

 

「艦体下方の火力が充実してるのが良いですね。その分、強力な火器が無くなったけど」

 

 火器担当のチェンが、両脚の左右に備え付けられた可動式のレールガンや、両舷と後部
に備え付けられた多数の防御機銃、ミサイルランチャーを見遣る。機動戦艦の名の通り、
遠距離からどっしり構えて撃つのでなく、手数で攻めるタイプであると彼は推測した。

 

「突起物が殆どありません。レーダー能力を強化したとは言っているが、どうやって……」

 

 索敵担当のバートが首を捻る。

 

「でも確かに、強化されてないと困るよ。MS用のリニアカタパルトが無いんだから」

 

 MS整備を殆ど一手に引き受けるヴィーノが言って、腕を組んだ。

 

「発進口が足の間のハッチしかない。要するに、MSと一緒に戦線へ突っ込めって事だ。
カーゴスペースをさっき見たけど、搭載出来るのは4機……エース揃いだと良いな」
「内装がまるで、前世代の航宙船みたいですね。ブリッジなんて戦闘機のコクピットみ
たい。居住区もブリッジを真ん中に置いて、環状に配置されていますし。艦長?」

 

 通信管制を担当するアビーが、突っ立っているアーサーを呼んだ。呼ばれた本人が、誰
かを探すように頭を巡らせた後に振り返った。

 

「あ、ああはいはい!どうしたの、アビー君!」
「……いい加減『艦長』に慣れて下さい。そろそろ搭乗の時間ですよ」

 
 

『現時刻をもって、君を少佐とする。我が連合軍の指揮下に加わって貰うわけだ』
「はあ、どうも。……僕のクルーも少佐になるんでしょうか?」

 

 ザフトしか組織を知らず、少佐という階級が持つ意味がいまいち解らないアーサーが、
片手で自分のクルーを指し示す。フル・リクライニング出来るカプセルのような艦長席の
傍に立ち、休めの姿勢を取っていた。ブリッジの曲面壁に直接投影されたモニターの中に、
何時もの連合軍高官達が映し出されている。

 

『いや、要するに君の艦に指令を下せればそれで良いのだよアンドレ君。乗り込ませてあ
る連合軍の兵員も、全て君の直接命令によってのみ動く。忘れんようにな』
「やっぱり、名前覚えられてない……」
「もう良いじゃないですか、艦長」

 

 落ち込むアーサーの肩を叩くアビー。艦の中枢を担う3人が苦笑いを浮かべた。

 

『ときにアルタ君、オファニムはどうかね?まだ動かしていないだろうが』
「あ、はい。随分独創的というか、見た事もない物が多く……」
『だろうな。マーシャンとの共同開発によって生み出された艦だ』

 

 意外な名前にアーサーが顔を上げる。

 

「僕らを地球圏から出したくないマーシャンが、何でまた?」
『解らん。火星への入植は再構築戦争以前から始まっておった。もはや文化も風土もまる
で異なる。1年ごとにやってくるゲノム・スプライサー達によれば、彼らは我々テラナーの
変革を促そうとしているらしい。クライン派への援助などの活動は、捕獲した昆虫に放射
線を当てるようなものだそうだ。あくまで、ナチュラルの利益を考えての行動らしいが』

 

 白髪の老人も、どこか歯切れが悪い。全容を把握しているわけでは無いのだろう。尤も、
マーシャンの全容を把握しているテラナーなど存在するのかという疑問はあるが。

 

「信用して、構わないのでしょうか?」
『少なくとも、オファニムは信じてくれて構わん。ほぼ100%連合軍の手で製造しておる』

 

 アーサーの言葉に頷いた老人は、顎を上げて胸を張った。

 

『少佐』

 

 声の質が変わった。階級で呼ばれ、アーサーの背中がなぜか伸びる。

 

『クルー全員をオファニムに搭乗させ、ドックより発進せよ。最短距離でライプ
ツィヒへ飛び、受け渡される貨物を回収した後に次の指示を待て』
「ライプツィヒ? ヨーロッパですか……って、そもそも此処はどこなのでしょう?」
『この通信で明かす事は出来ない。が、オファニムの性能をもってすれば2時間弱で到達
できるだろう。初任務だ。幸運を祈る、アズマ君……何か質問はあるかね?』

 

 その問いにしばし黙っていたアーサーが、ふと気づいて手を挙げた。

 

「はい、護衛のMS隊とは何処で合流すればよろしいのでしょうか?」
『幸運を、祈る』
「えっ」

 

 消えたモニターの前でアーサーが固まった。2秒、3秒、嫌な沈黙が続く。

 

「え、嘘でしょ、えっ?」
「まあ信じましょうよ艦長。ネルソン級14隻分の金がかかった艦を任されたんだから」

 

 自身のシートに『乗り込んだ』マリクが、縁に手をかけたままアーサーを振り返る。

 

「それも怖いよね、僕らの事を信じすぎだろって話だよ……こんな超高性能な試作艦をさ」

 

 嘆息混じりに、アーサーも自分のシートに入ってメインモニターを点灯させた。

 

「しょうがない。オファニム、発進!」

 

 ドック内の照明が落ち、ドアが閉鎖される。オファニムの足先と後部エンジンに刻まれ
た溝が青緑色に輝き、室内を照らし出す。何かが吹き出すように、繋がっていたケーブル
が外れて壁にぶつかった。ジェットエンジンとは違う、虫の羽音を低くしたような奇妙な
音が上がり始める。
 天井が開き、何枚ものシャッターが開いていった。最後の1枚が四方に開け放たれた時、
青空が顔を出す。直後、一気に強まった光が4つの輝くリングとなって広がり、艦体を水平に
囲んだ。回転する光輪が艦底へと移動すると、オファニムが浮き上がる。

 

「凄い! 真上に進んでいるのに、何の揺れもないなんて……」
「あー嫌な予感が! あー嫌な予感が!!」
「黙って下さい艦長」

 

 アーサー=トライン。ザフト兵である筈の彼が連合軍の少佐という階級を貰い、技術の
粋を集めた新造艦を任された理由は2つある。1つは単純に優秀である事。もう1つは、信
念の欠片も無いという事だった。そして彼の趣味も、既に連合軍情報部が調査済みである。
 ヴォワチュール・リュミエールの輝きに包まれ、光輪を纏ったオファニムが青空の下に
現れた。角度を変えた光輪が後部エンジンに集まり、矢のように加速し眼前の海を割った。

 
 

 ライプツィヒのダイアモンドテクノロジー社工場。格納庫に運び込まれたまま半ば放置
されたデスティニーⅡの足元に、メモリスティックを弄ぶヒルダが歩いてきた。

 

 昇降機に乗り込んでスイッチを押し、アームが動いてコクピットハッチの所まで上って
いく。ヒルダが接近するのをセンサーで捉えたか、デスティニーⅡの胸部が開いた。

 

「たく、あんたも強情だね。整備は受けるようになったみたいだけど」

 

 シートに滑り込み、どこにも繋がらない通信回線を開いたヒルダが笑み混じりに声をか
けた。ギムレット隊と戦ったシンのデータが入ったスティックを差し入れ、ファイルを
開く。ガンカメラの映像が再生された。崖や地面を蹴って高速で移動するコバルトブルー
のダガーLを、突撃銃の銃口が懸命に追いかけている。

 

「ただ、これで材料は揃った筈だ……そうだろ?宇宙戦と地上戦のデータを組み合わせら
れる。重心移動、スラスター噴射、パイロット自身の反応性……『今の』シンの、ね」

 

 返答しない相手に語りかけるヒルダ。サブモニターの映像が所々で一時停止され、巻き
戻されつつ、解析するかのように少しずつ進む。

 

「ザクも良い機体だけどね、シンの専用機はコイツしかない。ついでに言うと、最良の相
方もあんたなんだ。そこんところをちゃんと……」

 

 ヒルダがシートから出て昇降機に戻ろうとした時、低い震動音が生まれた。見上げたヒ
ルダの下で、デスティニーⅡのカメラアイが紅の光を放つ。鋭く尖った爪を持つ両手を握
り、手首を一回転させて開く。右脚が持ち上がって膝を立てた。両肩のスラスターフィン
が開閉し、メンテナンスベッドに機体を固定しているハーネスを軋ませた。

 

「やれやれ、世話が焼ける」

 

 昇降機から降りたヒルダが、薄い笑みを浮かべたままインターフォンの受話器を取った。

 

「A格納庫だ。お目覚めだよ……そう、そのまさか」

 
 

「MSが一番良い移動手段ってのも、ふざけてるよな」

 

 ザクのコクピットで、顔をしかめたシンがペダルとレバーを操作し、ユニウスの破片落
下によって崩壊したハイウェイを歩く。戦闘中であればスラスターを使って一気に飛び越
える荒れ地だが、激しい動きでバッテリーの消耗を早めるわけにはいかない。

 

『この辺りは常に強風が吹いていますからね。ヘリや小型飛行機も危険でしょう』

 

 左隣を同じように進む陸戦グフ。そのすぐ後ろをツェドが進み、殿をバスターノワール
が務めていた。エコー7の背後、サブシートに座るコニールがマップを注視している。

 

『待って……其処が合流地点だ』
「相手もMSで来るって言ってなかったか?特に何も……ッ!」

 

 直ぐ前方に現れたレーダー上の光点に、シンが蛇のように鋭い音を立てて息を吸い込む。
機体を戦闘モードに切り替え、俄然運動性を増したザクが跳び下がって突撃銃を構えた。

 

『待て待て、そうすごむな。誰も撃ちたくないし、誰にも撃たれたくない。臆病だからな』

 

 目の前にあった瓦礫の山が掻き消えて、灰色のシートを被った105ダガーが現れる。

 

『538と呼んでくれ、お客様方。マーケットは何時だって、両手を広げて待っている』
 大型コンテナを背負ったMS。風が吹き、左肩のリサイクルマークに影が落ちた。

 
 

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