SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第22話

Last-modified: 2008-08-15 (金) 22:16:43

 アーモリー・ワンの重力ブロックに設置されたMSの実機訓練場に地響きが上がり、重
突撃銃を抱えたプロトジンが仰向けに倒れ、火花を散らしつつタイル上を滑った。それを
見下ろすのは同じ機体であるが、こちらは武装を携行していない。天井の照明に照らされ、
機体に影が落ちモノアイの光が強まる。右腕を突き出し、掌底を向けたまま動きを止めて
いた。腰を落として両脚を踏みしめる様は、拳法家を思わせる。

 

『MSは人型である。この意味が理解できるか?』
「正直な所、全然分かりませんね……」

 

 バイザーに覆われた教官に問われ、少年の面影を残すシン=アスカが呻いた。シミュレ
イターでずば抜けた高得点を挙げた彼は、他のザフト訓練兵よりも早く実際のMSに搭乗
する事を許された。練習機とはいえ、兵器である。シンは今、MSを転がされて無防備な
姿を曝していた。何の武装も持たない無手の機体に、銃撃を悉くかわされて肉薄されて、
コクピットを強打された。
 ちっぽけなプライドと慢心を打ち崩されたシンが、未だ焦点が合わない瞳で教官の機体
を睨みつける。相手が姿勢を戻し、ゆっくりと拳を握り込んだ。

 

「今じゃ、高火力の兵器をどんどんMSに積み込めるんでしょ。こんな古い武器じゃなく、
ビームライフルとかレール砲が付いた武器なら、もっと戦えましたよ。手足とか外して、
大砲やミサイルを付ければ良いんだ」
『しかし貴様は素手のMSに倒されたぞ。それとも、装甲で守られた単なるMSの掌が
突撃銃よりも新しく、火力面で優れた兵装であると本気で考えているのか?』

 

 身を引いたシンが唇を引き結ぶ。彼にとって、言い負かされるのは何より不快だった。

 

『貴様の銃撃は悉く外れた。接近してくる目標にだ。弾をばら撒く事を主眼に置いた武器
であり、接近戦は寧ろ得意の筈だ。腕で殴るよりもな』
「はい……」

 

 ふて腐った表情のまま、声だけは張ったシンが答えた。教官機の背後には、夥しいペイ
ント弾の跡が残っている。それをぼんやりと眺めていたシンの目蓋が震えた。

 

「もしかして教官、俺の機体の手元を見てました?銃は手で持つから、撃った時に……」
『……機体を起こせ、シン』

 

 教官が一瞬だけ言い淀む。初の実機訓練で、殆ど何もさせないまま倒した訓練兵は殆ど、
経験の差を言い募るのみだったからだ。単なる兵器のパイロットでなく、本当の意味での
モビルスーツ乗りになれる可能性を秘めている。そう聞かされた時、鼻で笑ったものだが。

 

『MSを貴様の手足としろ。人型の兵器に乗っているという事実を、心身に叩き込め。数
限りない反復練習こそ、それを可能とする一番の近道だ。行くぞ』
「解りましたよ。……けどサトー教官、俺だってやり返しますからね!」

 

 スラスターを使い、シンの機体が立ち上がる。左手に重斬刀を握り、右手の突撃銃を突
き出してフルスロットルで飛び出す。きっかり10秒後、2度目の地響きが上がり、広域回
線に繋いだままだったシンの悲鳴が上がった。

 
 

 ザクの左手が弾を食らった瓦礫を握り締め、細かい塵が落ちた。半分だけ覗いた頭部に
光るモノアイが左右に動き、シンは機体をゆっくりと立ち上がらせる。ダークグリーンの
M1アストレイが銃撃を止め、両手を上げて歩いてくるザクと向かい合う。

 

『……何のつもりだ?』
「それはこっちのセリフだよ。何してるんだ?アンタ」

 

 ペダルを静かに踏み込んでザクを前進させるシンが、ごく自然体で問いを投げかけた。

 

『ここで買ったPS装甲仕様のシールドが、小型ミサイル1発で吹っ飛んだんだよ。信じ
られるか?この俺に偽物を掴ませたんだ!インチキ業者がな!』
「通電してなかったとかじゃなくて?」
『てめえも俺をコケにすんのか、ええ!?』

 

 M1が構えたジンの重突撃銃が吼えて、ザクの足元を抉った。規格に合わない筈の武器
を平然と使用できる現実に頭を痛めつつも、シンは言葉を続ける。吐き出された空薬莢が
落下して、何かのタンクを破壊した。溢れた透明な液体は水か他の合成燃料か、とにかく
余り好ましい事態ではない。

 

「そんなつもりは無い。ただ、今からどうしようって言うんだ?そこで暴れてもシールド
と、払った金は戻らないだろ?」
『だから、別のモンで払わせてやろうって話よ!引っ込んでな!』

 

 威嚇するよう突撃銃を持ち上げ、M1が目を光らせる。エコー7のバスターノワールが
遮蔽物にスナイパーキャノンの銃身を乗せた。まだ水平には構えない。仮に狙撃が成功し
たところで、破壊されたMSが大爆発でもしたら元も子もないのだ。538の105ダガーに
回線を開く。

 

「こういうトラブルはよく起きるのですか?」
『滅多に無い。マーケットの品質管理は控えめに言って、ほぼ完璧なんだ。下手すると企
業よりもな。大体、こんな事をやらかせばジャンク屋ギルドがブラックリストに登録して、
二度と戦場で商売できなくなっちまうんだが……』

 

 そうこうしている間にも、シンのザクは歩みを止めない。地形データを読み込ませ、
メインモニター上に赤いエリアが浮かび上がった。人間がいるであろうテントや、ドーム
型の小建造物を対象としている。

 

「殺すっていう意味か?」
『10人やそこらはな。てめえの知った事かよ?』
「知った事だな」

 

 シンの返答に面食らい沈黙する男だが、やがて正体に気付いて声を上げた。

 

『そんな機体に乗っちゃいるが、まさか……』
「そうだ。俺は」
『知ってるよ、このお節介焼きが! シン=アスカ……金的のシンだろ!』

 

 外部スピーカーによる大音声。通信チャンネルを知らない以上、不可抗力だった。
 歩いていたザクの機体が傾ぐ。バスターノワールのサブシートに座っていたコニールが、
顔を手で覆うエコー7を不安げに覗き込んだ。

 

「き……金的って言うな!」
『まさかこんなゴミ溜めで会えるとはな、金的野郎! 丁度良い。デスティニーⅡに乗って
いなかろうと、機体が素手だろうと、ブチ殺せば俺の名前が上がるってもんだ!』
「だから金的って言うな!」

 

 シン自身と男の声で繰り返される金的ワード。M1が構える突撃銃の銃口が下され、狙
いをつけるように揺れる。

 

『てめえの首には賞金もかかってるんだ。悪く思うなよ、金的!』

 

 コクピットに照準を合わせ、発砲した。しかしトリガーを引いた時には、既にザクが左
へ避けて着地し、前方へ跳んで距離を詰めている。

 

『何? くそっ!』

 

 直ぐさま照準を合わせ直し、撃つ。モニター越しに銃火が輝いた時、反対側へ避けたシ
ンの機体が地面に降り立ち、震動がコクピットに伝わってきた。土煙を上げる中、モノア
イが光を強める。機銃弾を浴びた建造物か何かの支柱が半ばから折れ、廃墟にガラクタを
添えた。更に近づいていく。

 
 

「まあ、こうなりますよねえ」

 

 攻撃を禁止されたディーが、繰り広げられる戦闘とも言えないようなショーを見て独り
ごちた。通信の繋がっているベルが、困惑したように眉を寄せる。

 

『何で、あんな風になっちゃうんでしょうか』

 

 離れた所にいる彼女には、M1のパイロットがわざと銃撃を外しているように見える。
撃ち始める頃には、シンのザクはもう其処にいないのだ。

 

「突撃銃の銃口と、銃を構えている腕……関節の動きですね。後は脚部の動きでしょう。
それらを同時に見る事で、行動を予測するわけですよ。敵も自分も人型ですからね」
『キラ様が乗っていたストライクフリーダムは?お腹にビーム砲がありますけれど』
「今のAIなら、発射前のエネルギー反応を検知できるでしょう。それにしても」

 

 完全に敵の動きを読み、にじり寄っていくザクを見てディーが唸る。

 

「彼、まだ18歳で3、4年しかMSに乗ってないですよね。どうしてあんな、ベテラン
みたいな戦い方が出来るんだろう……キラ=ヤマトみたく、才能か?」

 
 

『あ、当たらねえ!?』

 

 スピーカーで垂れ流される敵の動揺を聞きながらも、シンは操縦桿を握って回避を続け
る。相手は今、優れた視力や反射神経を持ったコーディネイター特有の状況に陥っていた。
なまじ目が良い分、FCSのオートエイムに任せ『現在の』相手を追いかけ、視野が狭まる。
現れては消えるようにしか見えないシンのザクを、ターゲットサイトで追いかける。

 

 シンのザクが屈み込み、スラスター光を噴き出し大ジャンプした。分厚い雲の合間から
覗き始めた太陽を背負い、見上げるM1に黒い人のシルエットを刻み付ける。頭部機銃と
突撃銃を斉射するも、急降下する機体に当てられない。着地寸前で加速し、M1に肉薄。
相手のメインモニターにザクの左肩が、スパイクシールドが大写しになった。

 

「うおぉっ!」

 

 短く吼えたシンが折れんばかりに左の操縦桿を倒す。機内を激震が襲い、サブモニター
に機体のダメージが表示された。低姿勢からの掬い上げるようなショルダータックル。
M1も姿勢を立て直そうとスラスターを吹かし、両機が浮き上った。突撃銃をあらぬ方へ
乱射しつつ、左手が肩の後ろにセットされていたビームサーベルの柄を捉える。

 

『この野郎ッ!』
「遅い!」

 

 相手の声に覆い被せるように叫び、シンは右のレバーを捩るように動かし、殴り付ける
ように倒した。ザクが右手首を返し、M1の肘へ掌底を叩き込んだ。掴み取ったサーベル
がすっぽ抜けて飛んでいく。

 

「く……」

 

 ぶつかった勢いでM1を吹き飛ばしたシンだが、落下予測地点に目を見開いた。逃げて
いる人間の群れがモニターに映る。ザクに備わった全ての可動式スラスターが右を向き、
噴射された。M1に組みついたまま左へ流れる。吹き飛ばされるM1がツインアイを光ら
せ、高出力の背部メインスラスターに点火。
 回転を利用してザクを地面に叩き付けようと、一気に高度を下げた。転んで腰を抜かし
た男の上を、絡み合う2機が飛び越える。

 

『貰った!』
「貰った!」

 

 全く同時に、同じ言葉を叫ぶ両者。シンがペダルを踏み、仰向けに落ちるザクの左足が
蹴り上げられた。反射神経の良さで、M1のパイロットが機体に回避させる。結果、慣性
がついて更に一回転。スラスター光が弧状の尾を引いた。

 

『あ、あああぁっ!?』

 

 そして、激突。人のいない屑置き場にM1アストレイが叩きつけられ、組み付いたザク
ごと転がっていく。もう使えない錆だらけの部品がまとわりついては飛んでいき、物資集
積場に集められていたコンテナを跳ね飛ばし、弾薬箱や空弾装を撒き散らし、集積場の壁
を突き破って、ジャンクで造った街灯を数本まとめて薙ぎ倒した。
 鉄骨が剥き出しになった通信塔にぶつかり、ようやく止まる。嫌な軋み音を上げながら
傾いていく塔を、バスターノワールの機内でエコー7が眺めていた。

 

「質問です、538。この戦闘で発生した損失は……」
『マイナスからのスタートってのも、燃えるだろ?』

 

 根元から引き千切られた塔がハイウェイの残骸に倒れ込み、諸共崩れ去った。

 
 

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