SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第25話

Last-modified: 2008-11-03 (月) 23:26:10

――あらすじ――

 

 ロード=ジブリールの遺産を巡る地球連合内部の動きは益々活発に、そして団結を欠い
た物となりつつあった。遺産を独占する為、ネオロゴスは旧ロゴスの人脈を辿る。
連合軍の新造艦を与えられ特務少佐となったザフトのアーサー=トラインは目的も聞か
されぬままMSとパイロットを乗せてモスクワへ飛ぶ。その最中、連合軍第4軍、第7中
隊のMS部隊に率いられたスカンジナビア王国軍をレーダーで捉えた。中隊長は、スカン
ジナビア王国の王子。中佐だが、事実上連合の人質である。
 一方、デスティニーⅡのAIに搭乗を拒否され、代わりに乗ったザクも不手際によって
売り飛ばされたシン=アスカ。ロンド=ミナ=サハクの命を受け『最後の50人』を追って
地上に降りてから、否エミュレイターの反乱を経てから良い所がない彼だったが、入った
食堂で偶然、改修されたストライクフリーダムを駆る『50人』の1人の写真を見つけた。

 
 

「こいつの名前はユルゲン、ユルゲン=バウアー。百姓だった。6年前はな」

 

 客がいなくなった小さな食堂で、シンと向かい合わせに座った店主は深々と溜息をついた。
コンロに乗った鍋を加熱させる電気ヒーターが低い音を立て続ける。

 

「6年前っていうと、あの」
「そうだ。4月1日、思い出したくもない……俺とユルゲンの家族が暮らしていた街は、
その3ヶ月前に天然ガスと石油から電気に切り替えた。その電気はってえと、当然なが
ら原発から引っ張ってきてたんだな。お陰で、息子の代には税金が軽くなるって喜んでた
もんだが。知っての通り、税金どころじゃ無くなった」
「その、ユルゲンとは親しかったのか?」

 

 恰幅の良い体躯を椅子に沈めていた店主が、鼻の頭に中指を這わせて頷いた。

 

「嫁さんと娘を連れて、俺がいたリンブルクに越してきたのが20年前。何処から来たか、
一言も喋らなかったが、農業を手伝って貰い始めて、自分がコーディネイターって事を俺
だけに話した。その頃にはもう、違法だったからな……だが、宣伝されていた通りのコー
ディネイターじゃなかったよ。お人好しで要領が悪くて、馬鹿みたいに真面目で……」

 

 指を組んだシンが、先を促すように何度か頷く。咳払いし、ミナやエコー7から散々教
え込まれた人前での喋り方を実践する。

 

「エイプリルフール・クライシスが起きた時、アンタ……あなたはそのユルゲンと一緒に
いた……のですか?」
「ああ。ニュートロンジャマーだっけか?プラントがあれを落とした事には何ひとつ関わ
っちゃいないのに、村の連中はこぞってユルゲン達を殺そうとした。俺は奴と奴の家族を
助けようと思ったが……混乱の中で離ればなれになって、それっきりだ」
「それまで、他のコーディネイターと連絡を取っていたという事はありませんでしたか?」
「一切無い。兄ちゃんもやってみりゃ解るが、百姓ってのは真面目にやると家と畑を往
復する以外の事ができないんだ。そして奴はド真面目な百姓だった。電話で話すくらいは
あったかも知れんが、さっき聞いたような組織を作り上げるなんて無理だろうな」

 

 シンが視線を落としてかぶりを振る。素性が一切解らない『最後の50人』に関する初め
ての手がかりだと思ったが、事前に聞いていた以上の情報が手に入らなかった。

 

「だが兄ちゃん、俺はまだ信じられないよ。ユルゲンはそんな事が出来るタマじゃない。
害獣を追っ払う為のエアライフルさえ、撃つのを嫌がる野郎なんだ。コーディネイターだ
っていう負い目はあったろうが、誰に対しても親切で……」
「昔の話だけど」

 

 店主の言葉を遮ったシンが席を立った。

 

「平和な国だっていう宣伝を信じ込んで、家族でオーブに移り住んだ子供がいた。そいつ
は連合がオーブに攻め込んだ時、オーブ側の誤射で家族を失くした。コーディネイター
だったその子供は、助けてくれた人のツテを頼ってプラントへ行って、何も知らないまま
ザフト兵になって、2年で最新兵器のパイロットに抜擢された」
「その、子供ってのは……」
「良くも悪くも、人は変わる。あなたと一緒にいたユルゲンは素晴らしい人だったかも知
れない。けれど俺の言った事も事実だ。彼と……彼らと、ケリをつけなきゃならない」

 

 店主に背中を向けたシンが、ドアへと歩いていく。ユルゲンに何が起きたのか、彼が何
を失ったか、シンには理解できてしまった。ガルナハン基地で戦っている最中、通信に現
れたあの顔は、自分自身だったから。

 

「教えてくれてありがとう、おじさん」
「兄ちゃん、人が変わるというなら」

 

 振り返ったシンを、身を乗り出した店主が見上げる。

 

「元に、戻れるって事もあるんじゃないのか?」
「変わるとは言ったけど、戻れはしない」

 

 そう言い残し、シンは食堂を後にした。

 
 

『シン、聞こえますか?』
「は、はいっ!」

 

 食堂の店主との会話を思い返していたシンは、エコー7の声に顔を跳ね上げさせた。既
にパワードスーツを身につけており、大型輸送機の格納庫でなく耳元のスピーカーから
聞こえてくる。ふくらはぎ、腰、背中に湿布を貼って無理矢理出撃したシンだったが、
いざスーツを起動させると痛みが余りない。筋肉の電気信号を読み取ってアシストする、
最新の機構ゆえである。

 

『ククッ、今後は腰痛のシンと名乗る事も出来ますね。金的で腰痛とはまた……』

 

 割り込んできたディーに、唸り声でのみ返すシン。

 

『私達は今、第1降下地点に降りて北へ進んでいます。輸送機は現在、2時の方向に旋回し
ている筈なので、あなたは第2降下地点から北西へ約1km進んで下さい』
「了解しています!」

 

 輸送機に乗り込む前に1回、別行動前に格納庫で1回、これで3回目の説明にシンが応
えた。パワードスーツを着ての実戦任務は初めてである。緊張しているのか、声が強張っ
ていた。MSとて運が悪ければ1発で大破するのだが、やはり装甲のある無しと、コク
ピットのシートに座るのと自分で戦場を歩き回るのとでは感覚が違う。
 エコー7がジャンク屋の538から情報を受け取ったのは2時間前の事である。とある
街に続く旧産業道路で、MSを載せたトレーラーの車列が確認された事。その内の1台の
カバーが外れかかって、ストライクフリーダムと思しき頭部が見えた事。そして少し遅れ、
件の街で戦闘が始まった事。
 アークエンジェル襲撃の件も含め、何事も完璧を追求する『50人』にあるまじきお粗末
さである。罠を疑ったエコー7だったが、動かない訳にもいかない。

 

『けれど、最後の50人はその街で何をしようとしているのでしょう?』

 

 ベルの不安そうな声が入ってきた。彼女の疑問は、この場にいる誰もが抱いている。
彼らは必要さえあればどんな残忍で暴力的な作戦でも決行するが、必要が無ければ一切の
犠牲をも容認しない。戦略的価値の欠片も無い、施設を破壊されたかつての輸送拠点など
に攻め込む筈がないのだ。

 

『……推測ですが、サハク司令官は私達に公開していない情報をお持ちかもしれません』

 

 エコー7の声が通信回線で流れ、シンが眉を上げる。

 

「司令官が、俺達に隠し事を?」
『通常の軍隊では、任務遂行の為に必要不可欠なデータしか提供されないのです。私達が
知らない、50人の目的が存在している可能性はあります』
『まあ道理かも知れませんが、それはそれで心配ですね』

 

 ディーの言葉にベルが相槌を打つ。ザフトで訓練されたシン達3人には合わない感覚だ。
ましてエコー7は、ミナから信頼された人物だと認識している。

 

『シン、準備しな。後1分でハッチを開ける』
「わかった。アンタ、輸送機も操縦できるんだな……」
『ふふん。ジャンク屋ギルドのエージェントが楽じゃないって、解ったかよ?』

 

 ボイスチェンジャーを通してしゃがれた538の声に、シンが首肯した。

 

『皆さん……特にシン。ここはユーラシア連邦領内です。先制攻撃は禁じます』
「何で特に俺なんですか? パワードスーツですよ、応戦さえ出来ません」
『戦っている部隊の目的によっては、歩兵が入り込んでいる可能性があります。もし彼ら
に襲われている誰かを助けようという場合、攻撃的な行動を絶対に取らないで下さい』

 

 シン=アスカという人間を理解し始めている所為か、助けずに任務を優先せよとは言わ
なかった。得心したシンが力強く肯定の意を返す。
 格納庫の灯りが消え、ハッチが開いた。吹き込んでくる風に向かってスーツが歩き出す。

 

『よおし落ちろ! ……じゃない降りろ、シン!』
「シン=アスカ、行きます!」

 

 MSに乗っている時の癖で叫び返し、シンは助走をつけてハッチの縁から夜空に身を投
げた。風切り音と共に落下する最中、身体を捻ってHUDに表示されるコンパスを頼りに
北西を向く。通信に震える吐息が入り込んだ。
 燃え盛る街。機銃の火線を示す曳光弾が飛び交い、ミサイルか爆弾かが炸裂して光が生
まれ、ゴムを擦る音を何百倍にもしたようなビーム兵器の発射音が立て続けに上がる。
揺らめく炎に鋼鉄の巨人達の姿が浮かび上がった。
 パラシュートを開き、森の中へと降りていく。木に引っ掛かるが落下速度と重量によって
枝が折れた。小枝を何本も降りながら落下しつつ、シンがパラシュートを切り離す。
加速をつけて着地した直後、折れた枝と一緒に切り立った崖から飛び出した。

 

「なああぁっ!?」

 

 空中で手足をばたつかせていたのも束の間。姿勢を立て直して両脚を突っ張り、背部の
スラスターに点火させ、岩場に着地する。片膝を突いたスーツが立ち上がり、赤い大きな
単眼が光を放った。

 
 

 ビームカービンを連射しながら左側へ平行移動するダガーL。放たれる1発1発の光が、
その超高熱が街の上を通り抜けて舞い上がった粉塵が発火し、輝きながら落ちていく。
ゲイツRのレール砲が正面を向いて砲口が光り、その衝撃で射線沿いに建っている建物の窓
ガラスが一斉に砕け散った。遮蔽物となる建物に風穴が開き、そのまま焼け崩れる。
 鋭いガラス片がストリートに降り注ぐ中、凍りついた川に沿って街へとやってきたシン
がその建物に入り込む。スラスターは使わず、階段で上へ。

 

『ベル、200m先行して下さい。ディーの陸戦グフはツェドから離れないで。地形データを
常に送り続けて下さい。有利な位置を探さねばなりません』

 

 回線を通じてエコー7の指示が聞こえる中、屋上へ上がった。アパートか何かだったの
か、直ぐ右隣にあるゲイツRの巨大な頭部を横目に給水タンクの影に隠れる。スリングで
吊ったサブマシンガンを右手で押さえつつ、左手をヘルメットにやってメインカメラを望
遠モードに切り替える。左下に表示される倍率を最大にセットし、破壊されていく街並み
を映し出した。ひと通り高所から視界に映る物をスキャンさせた後、モードをリセット。

 

「エコー7……見えて、いますか」
『確認しています。ストライクフリーダムはそちらにいますか?』
「いいえ、まだ来ていないのかも。それとも、此処での戦闘に参加しないだけか……」

 

 スーツのステータスはオールグリーンを示している。にも関わらず、シンは息苦しさを
覚えていた。作戦エリアに到着するまで、まともに働けるか自信が無かった。救出活動に
専念してしまうのではないかと不安だった。今は違う。動いている人間が、1人もいない。

 

「どことどこが戦っているんですか? ユーラシア連邦は何で……」
『共に所属不明です。恐らくは、赤字続きで軍から放り出された兵士達かと思いますが。
周囲の警戒を怠らないで下さい。最後の50人の足取りを、何としても掴まねば』

 

 エコー7の言葉に返答しようとした時、右側から爆音が上がる。頭部を失い、胸部コク
ピットハッチがへこんだゲイツRが仰け反り、シールドを離した左手で屋上の一角を掴ん
だのだ。そこへ更に撃ち込まれ、建物にもたれかかって基盤が崩れる。スーツのモーター
が吼え、急坂となった屋上の床を駆け下ったシンがスラスターを点火。跳躍してゲイツR
の左肩に着地し更に大ジャンプ。足元でMSが大破、爆発した。
 地面に降り転がって速度を殺す。直後、青白いスラスター光が頭上で輝き、吹き飛ば
されて背中から壁に叩きつけられた。空中で戦車形態に変形したザウートが地響きを立て、
けたたましい音を立ててアスファルトを削りながら急旋回。腹どころか全身が震えるほど
の衝撃と共に両肩の2連主砲を撃った。
 朦朧としつつも横へ跳び、白煙を上げながら降ってきた空薬莢を回避する。そしてもう1
度跳ぶ事になった。降りおろされた鉄パイプをかわす為だ。

 

「何をっ……」
「来るな! あいつの仲間なんだろうっ! 僕達は関係ない! 離れろ!」

 

 かぶりを振りながら起き上がるシンに、鉄パイプを振り上げた男が悲鳴を上げる。その
後ろでは幼い女の子が涙ながらに誰かの名前を呼び、その小さな手が握っているのは別の
人間の手。問答無用で男を突き飛ばしたシンが、幼女の目の前にある積み重なった瓦礫を
発泡スチロールのように投げ飛ばした。
 挟まっていた母親らしき女性が跳ね起き、幼い子供を抱き締める。

 

「あ、あの」
「あいつ、と言ったな。他にも俺みたいなのが来たのか」

 

 へたり込んだ男ににじり寄り、シンが押し殺した声で問いかける。光を強める単眼が、
気が弱そうな顔を照らし出す。右手で胸倉を掴んだ。

 

「あ、ああ。見た目が違うけど、似たようなのを着た奴が……」
「止めて下さい! その人を離して!」
「パパを苛めないで!」
「……何人だ?」

 

 2人から抗議されたシンが身体を離した。首が締まっていたのか、解放された男が激しく
咳込む。握り締めていた鉄パイプが地面に転がった。

 

「1人……少なくとも私達の所には1人しか」
「たった1人? 解った。今からアンタ達を安全な所まで連れて……」
「止めてくれ! 西と東で撃ち合っているんだ! 君が僕達と一緒にいたら、お互いから敵
と誤解されるじゃないか!」

 

 男の二度目の悲鳴に、シンは自分の今の姿を見下ろした後で頷いた。

 

「逃げられなかったのは妻が下敷きになっていたからなんだ。避難のルートは頭に入って
るよ。住んでいた場所から焼け出されるのは……もう、慣れてるから」
「……じゃあ、最後の質問だ。俺みたいな格好をした奴はどこへ行った?」
「見た限りだが……役所へ行ったな。ここを出て左に曲がるとロータリーが見える。その
目の前に背の高い庁舎があるんだ。まだあるかは、解らないけど」
「助かった、有難う」
「れ、礼を言うのはこっちの……」

 

 男の言葉に頷くや否や、シンは炎と瓦礫の中へ飛び出していった。

 

「エコー7! 手掛かりを見つけました。街の中心地にある庁舎へ向かいます!」
『了解。こちらは砲撃位置に着きました』

 

 炎で照らし出される空、崩れかけた建物の間に見え隠れする巨人達。それらを見上げ、
シンは黒い影が落ちるアスファルトを跳ぶように走っていった。エコー7達に、この戦闘
を収める手段は無い。遠距離砲撃を繰り返せば部隊は街を盾にし、距離を詰めれば三つ巴
の市街戦に雪崩れ込む。どちらにせよ、正義の味方にはなれない。
 何者かの計画によってこれが引き起こされているとすれば、元凶を断つしか無いのだ。

 
 

 白い壁が焼け焦げた庁舎の9階。窓の1つから発砲の光が漏れ、くぐもった男の呻き声
が漏れた。長距離通信用の装置の前で防弾アーマーを着た男が崩れ落ちる。背中に巨大な
フライトユニットを背負ったパワードスーツが、通信装置に向けてアサルトライフルを斉
射し、コンソールとパワーケーブル、ディスプレイを破壊する。撃たれて血を流す右腕と、
身体とは逆方向へ飛んでいったハンドガンが火花で照らし出された。

 

「悪いが、モスクワへ知らせるわけにはいかない。メモリーを此方へ寄越せ」
「ブリュッセルにも、ワシントンにも、貴様達にも渡さん! 『遺産』はモスクワの物だ!」

 

 パワードスーツのマイクから聞こえた声に、倒れた男が叫び返す。燃える街をバック
に、スーツが男へと歩み寄った。ツインアイを備えたフェイスプレートが開き、くすんだ
金髪をオールバックにした40代の男性の顔が現れる。

 

「モビルスーツに乗っていないのは不思議だけど」

 

 左横の階段から聞こえたパワードスーツの足音に、2人がそちらを振り向く。

 

「アンタだろうと思っていたよ」

 

 足音を響かせて部屋に入ったもう1機のパワードスーツも、フェイスプレートが開いて
あった。汗で乱れた黒い髪、生気の感じられない白い肌。溢れ出した鮮血のような紅の瞳。

 

「ユルゲンッ!!」

 

 自分の本名を知られていた事。シン=アスカがMSにも乗らずやってきた事、そして何
よりもスーツの性能差によって、ユルゲンの反応は致命的なまでに遅れた。
 スラスターを吹かしたシンが、全速力でユルゲンの腰にタックルをかける。2人は展望窓
を突き破り、ビルの9階から外へ飛び出した。

 
 

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