SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第05話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:21:44

 最高議長ラクス=クラインの議長執務室は、馴染まぬ客を2人招いた事で何時もより手狭に感じられた。

「お手元の資料の通り、オクトーベル3付近で襲われた商船団は、我らザフトが救助に成功しました、議長」

 今やザフトの長となったイザーク=ジュールはそう言い切って、誇らしげに胸を張った。
傍らに控える、黒服を着たディアッカ=エルスマンが、彼の死角で大げさに肩を竦める。

「『御手』らが率先して救助にあたり、民間人の犠牲者はゼロ。賊の生存者も確保しました」
「何よりです。……やはりサハク代表のお考えは少々現状に適合していないようですね。ナチュラルとコーディネイターの確執などと……」
「当然です議長! 特に『歌姫の御手』は、議長の平和と自由への姿勢に共鳴し……」

 その後も続く。お追従でも何でも無く、本音で言い切る所がイザークの愛すべき点であり、欠点でもあった。
ラクスも、キラもまた、笑顔を浮かべてそれに頷く。

「クライン議長……」

 ひとしきりイザークの独演会が終わると、細面の補佐官が口を開いた。

「ジュール殿には申し訳ないが、『歌姫の御手』に解散の指示を出されるべきです」
「なっ!?」

 場の雰囲気にまるで無視する発言に、3人の表情が固まる。

「どういう事だ、補佐官!」
「不自然過ぎます。襲撃事件発生の報から20分後にオクトーベル3を出発した『御手』の部隊が、宇宙海賊に襲われた商船団を犠牲者無しに助けられる訳が無い。報告には明らかな虚偽があります」
「結果的には犠牲無しで救助できた! それに補佐官は、同胞のザフトを疑うのか!?」
「本来、『御手』は議長のご意思とは無関係に、自発的に生まれたグループです」

 ラクスを真っ直ぐに見据えた補佐官は、イザークを無視して淡々と言葉を続ける。

「にも関わらず、彼らは自らの団体名を公共の場で公言し、独自の装飾をMSに施し、あろう事か『御手』に加わる事を拒否した兵士を部隊内で孤立させようと工作する始末。言うまでもありませんが、軍事力を保持する組織において、先鋭化した非公式の小集団は害悪でしかありません。即刻、解散のご指示を」
「そんな!」

 憤慨したキラが、ラクスと補佐官の間に割って入った。イザークはというと、小刻みに肩を震わせている。

「彼らはラクスの想いに答えようとしているだけじゃありませんか! せめて注意で……」
「既に私の所へ告発文書が来ています。後ほど、ジュール殿とヤマト殿にもお送りします」

 感情らしい感情を見せないまま、補佐官は表情を曇らせたラクスに再び視線を戻す。

「そしてクライン議長、これは緊急ではありませんが、今ひとつ提案があります」
「……何でしょう、補佐官」
「地球連合主席、カガリ=ユラ=アスハ代表と協議し、『ミハシラ軍』を公的組織と認め、彼らに中立地帯の警備を『任ずる』と、発表するのがよろしいかと」

 呆気に取られるキラ。横合いからイザークの腕が伸びて、補佐官の胸倉を掴み上げた。

「貴ッ様ぁ! さっきからどういうつもりで……離せディアッカッ!!」
「落ち着けってイザーク! 相手、議長の補佐官だぜ!?」

 ディアッカに羽交い絞めにされるイザークを横目に、補佐官は襟元を直した。

「その提案の根拠をお聞かせ願えますか? 補佐官」

 ラクスだけが、未だ笑みを保ったまま問い掛けた。

「この2年間で、ミハシラ軍の規模は急速に拡大しました。最近では彼らを支持する企業が増え、『援助金』も増額の一途を辿っているとの事。このままでは、主要通商航路の治安状況を、得体の知れぬ武装組織が掌握しているという事となり、プラント、地球連合の国際的地位に関わって来るでしょう」

 荒い息をついて此方を射殺さんばかりに睨んでくるイザークに、冷たい視線を送る。

「残念な事に、彼らは未だ連合やプラントの査察を受けざるような弱みを見せません。此処は先手を打って、あの不穏分子に『理解』と『譲歩』を示し、彼らにメディアの視線を向けさせる事で、ミハシラ軍の細部に光を当てるべきです。無理にでも公的な存在に仕立ててしまえば、サハク代表はグレーゾーンの戦略を取り辛くなり、彼女の挙動をより把握しやすく、つまりミハシラ軍に、より干渉しやすくなります」

 補佐官の言葉に、ディアッカを除く3人は三者三様の、しかし共通して否定的な挙動で応える。かつて、世界を力によって捻じ伏せて戦争を止め、今も平和を望む彼らにとって、自分以外の何者かが武装する事を厭うのは至極当然であった。

「ザフトや連合軍では……ミハシラ軍に代わる事は出来ない、って事ですか?」
「まず、基本的に義勇軍であるザフトでは命令系統が不明瞭です。局所攻撃や狭い範囲の防衛戦は出来ても、広範な中立地域を哨戒し、各部隊との連携を取る事は極めて難しいでしょう。また、連合軍の場合は……」

 補佐官はそこで言葉を切って、キラを見遣った。

「旧態依然の、大規模で柔軟性が低く足も遅い彼らでは、海賊の動きに追い付けません。コロニーやステーションに布陣して民間機を邪魔するのが精一杯でしょう。総司令がアスハ主席に代わったとはいえ、組織が既に出来上がっている連合軍にとっては、かぶる帽子を変えた程度の変化です」
「……ザフトには俺やキラがいて、連合にはアスランやムウ=ラ=フラガもいる。それでも足りないのか!」

 イザークの唸るような声に、補佐官は頷いた。

「はい、恐らく。貴方がたが優れたパイロットでしょうが、ミハシラ軍の機能をそのまま維持するには、緻密な情報ネットワークと、優秀で連携のとれた指揮官が何人も必要なのです」
「くっ……」

 間髪入れずに返され、イザークは俯き、黙り込んだ。銀髪が表情を隠す。

「お話は分りましたわ、補佐官。けれども直ぐには決められません。キラと話し合いたいので、他の皆様は外して頂けると助かります……」

 何時も通り穏やかなラクスの言葉に、補佐官は一礼して踵を返す。イザークは未だ何か言いたげだったが、ディアッカに肩を叩かれて補佐官に倣った。3人が去り、スライド式のドアが閉まる。

「大丈夫だよ、ラクス。補佐官も、いつかきっと僕らの事を分ってくれる」
「……そうですね、キラ」

 いずれにせよ、ラクス=クラインに選択肢は無かった。もし『歌姫の御手』解散を指示すれば、既にラクス=クラインの代弁者としてザフト内で幅を利かせている彼らの忠誠心をそのまま不信と反感に変える事となり、現在の、周囲が言う所の『カリスマ性』に傷が付く。
またミハシラ軍の件については、終戦時に連合とプラントに集中させた『民心』が第三者に流出してしまう危険を孕んでいた。ミハシラ軍が公的な存在となり、リーダーであるロンド=ミナ=サハクが公人となれば、今以上に支持が集まっていくかもしれない。世界の分裂の危機となる、とラクスは考えた。
 通常では考えられないほどの『勝利』と『成功』が、ラクスの思考を硬化させてしまっていた。世界という重すぎる存在を背負い込めると思い込んだその慢心は、私欲の無い平和の歌姫を徐々に蝕んでいく事になる。

 潜んでいたデブリをビームで破壊され、1機のザクウォーリアが閃熱に紛れて飛び出した。

「残ったウィンダムは2機! けどこの場所なら……!」

 遮蔽物から飛び出す直前に敵機を確認し、操縦桿を握り締めたシンが掠れ声で呟く。ザクが腰に手をやって、ハンドグレネードを掴み、一瞬見えたビームの発射元目掛けて放った。ほぼ同時に飛んできたミサイルが左肩のシールドを掠める。火花が散った後、真後ろのデブリに着弾し爆発した。

「ぐ……!」

 衝撃に歯を食い縛った瞬間、前方の空間に眩い光が爆ぜた。投げ込んだ閃光弾である。そこを逃さず、シンはペダルを踏み込んでザクを突進させた。無数の、不規則な動きをするMSや戦艦の残骸を最小の動きで回避し、目の前に迫った戦艦の甲板らしき大きな鋼板を回り込んだ。閃光で標的を見失ったダガーの真下に飛び込む。
 シールドからビームトマホークを抜き出し、振り向きかけたウィンダムを腰から背中にかけてまで一気に斬り裂いた。許容量以上のダメージを受け、機体の各所からスパークを散らしつつ機能を停止させたそのウィンダムを、此方に向き直った最後の1機目掛けて蹴飛ばす。

「なにっ!?」

 しかし、そのウィンダムは長銃身のビームライフルで躊躇い無く元僚機を貫通させた。咄嗟に機体に身を捻らせてシールドで受け、熱量を吸収させる。ウィンダムが後退しつつ、2射目を構えた。

「そういうつもりなら!」

 ヘルメットのバイザーに赤いロックオンマーカーを映り込ませ、シンが叫ぶ。機体をジグザグに振って、点在する遮蔽物で機体を庇わせながらビーム突撃銃を連射。2発まで避けたウィンダムだったが、反撃の為に機体を安定させた瞬間、その腹部に光熱が直撃。撃ち返した1発はザクの左脚を掠めて装甲表面を焼くに留まった。ライフルを持ったまま、蹲るような姿勢で最後の敵機もまた機能を止める。

「敵機……7機全滅。救命ボートは……8隻中、2隻沈んだか」

 右脇のサブモニターに表示されるデータに視線を通し、シンは項垂れた。

「16人も死なせた……って、あぁ!?」
『やっぱり此処か』

 メインモニターと機内が暗転し、真上の天板が分かれて白い照明が差し込んできた。
 ミハシラ軍の所有する中継ステーションは、生活設備は勿論、MS格納庫や訓練用シミュレーターも備えている。その内の1機からシンが這い出し、乱暴にヘルメットを脱いだ。

「おい、自由に使って良いんじゃなかったのか!? データ飛んだだろ、今ので!」
「大丈夫大丈夫。外側で取ってやったから。それより、司令官からお前に通信入ったぞ」

 顎をしゃくって見せたのは、オオツキガタでシンを助けたパイロットの1人だ。

「えっ、何で?」
「何でかね? 高速通信だから、3番ブースで取ってくれ」
「ああ! ……どうも、有難う」
「つかお前、よくこのマシンに3時間も篭れるなぁ……うわ、すげースコア」

『あれから72時間、怪我も治ったようだな……きちんと着替えているのか?』
「ふ、服の種類が同じだけで、寝る前にはちゃんと替えてますよ!」

 グフを奪った際に当然私服など持って来ていなかった為、シンはメカニックの作業服を拝借していたのだった。

『ならば良い。ああ、送ったザクウォーリアは整備してあるだろうな?』
「当然です。でも良いんですか? まだ役にも立ってない俺が、あんな新型に乗って」
『問題ない。ザフトの横流し品を押さえ、今日まで持て余していたのだ。それより、仕事だ。民間船の護衛をやって貰いたい』
「分った。直ぐに用意しますよ」

 任務の詳細さえ聞かずに了承したシンに、ミナは苦笑で答えた。

『貨客船ラルディン。270メートルクラスだ。僚機2機と共に、地球衛星軌道上まで護衛する事。乗客は150人だ。
本来なら単純な哨戒から始めてもらうつもりだったが、依頼主がお前を指名してな』
「……俺を? だいたい、何で俺がアンタの所に入ったって知ってるんです?」
『予らの部隊は情報が命だ。ネットワークを張り巡らせている分、多くが互いに知れ渡る』
「なるほどね。分りました」
『尚、依頼主はお前との会話も求めているらしい。勿論、これは拒否して構わん』
「まあ暇があれば、良いですけどね」
『では、直ぐにランデブーポイントを送信する。……シン』

 ミナは一度名前を呼んで、口篭った。その珍しさも手伝って、シンもまたどもる。

「な……なんです?」
『いや、大した事では無い。では、作戦の成功を期待する』
「了解!」

 シンは立ち上がって姿勢を正し、踵を合わせて敬礼して、笑ってみせた。

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