SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第33話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:36:29

 黄金色の機体、その腰部から放たれたビームをM1がシールドで防ぐ。表面が融解して灰色の地金を覗かせ、縁が赤熱した。輸送機へと向かっていたムラサメも、警戒して進行を止める。

『アカツキが……我々に武器を向けている!?』
『そんな……』

 オーブの象徴と言われたそのモビルスーツに、兵士達は動揺する。賊軍という単語が彼らの脳裏を掠めた。

『シン、これはチャンスかもしれません』
「チャンス!?」

 ムラサメ2機とクローで競り合っていたシンは、エコー7の言葉に叫び返して両腕を振り抜いた。
ビームクローがサーベルを弾いた瞬間、一気に高度を上げて敵機を見下ろした。

『はい。守勢のままでは敵が有利です。市街地を遮蔽物に使っている上、そもそも絶対的に数が多い』
「ええ……」

 相槌を打ちながらも、シンは覚え始めた奇妙な感覚にかぶりを振った。続々と増え続ける敵部隊が、妙に小さく見えるのだ。ガルナハン基地で『50人』のセイバーALTと交戦した時と同じである。
 イザークとの共闘で砂色のMSを撃墜した際、やはり敵機が小さく見えていた。正確に言えば、広大な戦闘エリアに存在するターゲットの挙動を、手に取るように把握できる気がするのだ。

『ですが、敵はこちらに注意を払い過ぎています。しかも正規の作戦ではないようで、統制が取れていない。そして今、フラガ中将とその協力者が増援として現れ、戦力は約2倍です』

ムラサメ偵察型がMSに変形し、アマツの傍に降り立った。もう、エネルギーを無駄遣いできないのだ。

「移動するべきって事ですか? でも、どこに?」
『オノゴロ島の総司令部にです』

 シンは眩暈を覚えた。無論、太陽の光の所為ではない。

「MS6機で、正規軍を攻め落とせるって言うんですか?」
『無論、違います。ですが今のオーブ軍は……民間人を守る事には関心が薄いようですが、自分達の安全には大変興味を持っているようです。体面と、身の保証を望んでいます』
「そりゃ、まあ……こんなマネするくらいですし……まさか!」
『ふむ、軍司令部を人質に取り、降伏を迫ると? なかなかにエキセントリックだな』

 通信に割り込んだミナの笑みに、エコー7はあくまで毅然と応えた。

『常識の通じない相手ですが、単純です。ならば対処も単純。合理的かと思われますが』
「けど、輸送機が手薄になる!」
『俺の部下が守るさ』

 更に通信画面が分割され、軽そうな笑みを浮かべたフラガの顔が表示される。

『市街地の周りに軍が展開してて、民間人の避難を妨害してるんだが……そっちにも有志が行った。MSに乗ってな。アスハ系軍人とソリが合わない奴は、結構多いんだ』
「ネオ=ロアノーク……」

 シンが旧い名を呼んで、歯を食い縛った。己の愚行を思い返させる声、そして名前だ。

『久しぶりだなあ坊主。……怒ってる?』
「アンタじゃない。自分に……役立たずだった自分に怒ってる。死ぬまで、怒り続ける」
『そこまでだ。ともかく、エコー7の作戦を実行するとして……戦力はどれほど必要か?』

 ミナの言葉に、エコー7は即答した。

『近接防御に2機、索敵に2機、隊内援護と砲撃支援に1機ずつです』
「……こっち、全機か。駄目だ、輸送機のクルーは自分で身を守れないんだぞ!」
『いや、シン! 空港での攻撃は小康状態だ。この機会を逃すべきではない!』

 イザークの言葉に、シンの表情に苦痛が混じった。

「俺は……耐えられない。俺だけ死ぬならともかく……」
『このまま留まっていれば、どの道全滅するんだぞ!!』

 イザークの言葉にシンの息が詰まった。こうしている間にも、時間は消費される。

「オノゴロ島の戦力は、此処とは比べ物にならない。近づく事さえ……くっ!」

 いつの間にか斜め上方に回ったムラサメにビームライフルを撃たれ、左肩と腰のスラスターを吹かし急速回避。緑のビームが海面に吸い込まれ、激しく水蒸気を上げる。距離があるとはいえ、一撃でMSの装甲に大ダメージを与える兵器だ。至近距離で水面を撃てば、さながら爆発のような――

「……エコー7、オノゴロ島への陸路はあるんですか?」
『はい。島を繋ぐ橋は直ぐ傍です。進行の際、市街地に踏み込む必要はありません。』

 打って変わって落ち着き払ったシンの声に、彼女は応えた。

「このデスティニーⅡで最高速度を出すと、主力を引き離すことになります。問題は?」
『ありません。オノゴロ島での合流に発生するタイムラグは15秒未満かと』
「解った……ネオ! 輸送機を頼めるか!」
『おうよ』

 親指を立てるフラガに、シンは頷き返す。信用できるか否かの問題では最早無い。協力せねば、確実な敗北と終焉が待っているのだ。

「エコー7! サハク司令官! イザーク! ディアッカ! シホ! 準備は!?」
『いつでも。シンの突撃と共にカウントスタートします』
『中央突破か。……面白い』
『さっさと行かんか! こっちは待っているんだぞ!』
『ま、どうせ散るならド派手にやりたいしね』
『レーダー状況は良好です。敵が態勢を整え直す前に、早く!』

 5人の言葉に頷き、シンは大きく息を吸い込んだ。視界の正面に、オノゴロ島を捉える。

「行っくぞおおおぉ!!!」

 デスティニーⅡの機体が宙で翻り、放たれた矢の如く加速する。紅の光翼が2倍程に膨れ上がり、青空に緋電が散る。そのスピードと外見に、空港へと向かっていたオーブ軍のMS隊の注意が一斉に向けられた。まるで意に介さず、デスティニーⅡは急激に高度を落としていく。空港の直ぐ傍から広がる、青く輝く海へと。風を切り裂き、大気を焦がす。ウィングユニットが後方に窄まって、更に推力が増す。
 左右のパルマフィオキーナがソード形態に移行し、両足の爪先から突き出したビーム発生器から光が溢れた。あわや着水かと思われたその時、両手足から展開された紅のビームが海面に接触する。直後、デスティニーⅡの機体は水柱と水蒸気の中に消えた。

「そうか……!!」

 輸送機内部でデスティニーⅡの戦闘を追う研究員が席を立つ。

「何がですか? 先輩」
「高速で水面スレスレを飛んで水柱を立たせつつ、ビームを触れさせて海水を瞬時に沸騰させる! こんな馬鹿げた事をやれるのは、確かにデスティニーⅡだけだ!」

 口角泡を飛ばす研究員に、後輩は首を傾げた。

「そりゃ……目くらましには使えるんでしょうけど」
「それだけじゃない。水柱と、ビームで発生する高温の蒸気は光学ロックと熱源ロック双方の性能を著しく落とす! かつ、敵は広範囲に榴弾を撒き散らすような防御兵器を持っていない!」
「あー……海水かあ。帰ったら総メンテだろうな」
「……盛り下げるなよ」

「おーぉ、派手にやってるな」

 自分の機体は棚に上げ、フラガは小さく笑った。空港傍の市街地をアカツキに背負わせる。市街は、あらかた始末が終わっていた。下級氏族や一般市民が多くを占めるオーブ軍下層の兵士達は、ソガ達の指示に背を向け、市民の避難を妨害する『友軍』を制圧してしまった。彼らに決断させた要因の一つは、紛れも無くミハシラ軍の奮闘ぶりだろう。
 美しい表現を使えば、絶望的な状況にあってもなお市街地への被害を頑なに避け、かつ勝負も捨てないミハシラ軍の姿に心打たれ、勇気を取り戻したという事だ。

「その役を海賊に取られちまったってのは、ちょっとダメな感じだが……」

 自分で言って苦笑し、咳き込んだ。左胸にヒリつく痛みを覚える。投薬の副作用が現れ始めていた。

「ま、しっかり守ろうか。今度は……な。俺より前には出るなよぉ? 死んじゃうぞ?」

 ついてきた部下達に呼びかける。大切な『仲間』だし、『もう』、誰も死なせたくない。

『しかし、フラガ中将……!』
「大丈夫大丈夫」

 レーダーに映る夥しい光点にフラガは口笛を吹いた。恐らく、空港の輸送機目当てでは無いだろう。
数が多すぎる。オノゴロ島で指揮を取るソガに『裏切り』が発覚したのだ。
 MA形態のムラサメ隊が、地上のM1隊が一斉に防御機銃、ミサイルを発射する。20機を超える敵から一斉に射撃されれば、オオワシパックを装備するアカツキとて避けようが無い。ほぼ全身を被弾し、金色のコーティングが剥ぎ取られていく。まずビームを無効化するヤタノカガミを破損させた上で、本格的な攻撃に入ろうと言うのだろう。
 愛しい女性は、既に安全な場所へ避難させてある。もう心配事は何も無い。文字通り身を削られながら、アカツキは敵陣に向かっていく。ビームライフルの2連射にM1とムラサメが被弾したが、直ぐ後ろから後続が現れる。ムラサメ5機が同時にミサイルを発射し、大きく避けようとするも機銃が浴びせられて機体がバランスを崩し、全弾シールドで受けた。エンブレムの入ったシールドが、無残に砕け散る。左肩の『暁』の文字が削り取られた。

「何たって俺は……不可能を、可能にする男だから、なぁ……」

「愚かな……何故、こうなる?」

 オノゴロ島の司令部で、ソガ一佐は半ば呆然とかぶりを振った。フラガの離反にきつく拳を握り締める。
別に、オーブ市民をまとめて犠牲にするわけではない。どれほど事態が悪化した所で、空港傍の、何時も騒音被害をやかましく言い立てる納税額の低い連中が数百人死ぬだけだ。オーブ軍には勿論、オーブ全体にとってもオーブ市民にとっても大した痛手ではない。かつ、責任は全て海賊に押し付けられる。
 なのになぜ今、軍の6割が自分達に反逆しているのだ? まさか、軍の武力は国民を守る為にあるという新兵教育を鵜呑みにした愚か者が煽動しているのだろうか?

「解らん、奴らめ」

 そう、何も解っていない。軍の戦力というのは外交カードであり、荒事を用いる交渉で価値を発揮する装置である。そしてこの秩序が崩れ去りつつある時代にて、『歌姫の騎士団』こそ最強の外交力のひとつ。
 それを、たかだか民間人1000人未満の死と海賊組織の全滅で維持し続けられる。この取引の何処に問題があるというのだ? 全ては、今後のオーブの利益に繋がっていくのだ。

「ソガ一佐、海賊共が市街地を!!」
「攻撃したか!?」

 オペレーターの声に振り返る。既成事実さえ作れれば、リカバーのチャンスはある。

「市街地を素通り、し……オノゴロ島へ向かってきます! 数、6!」
「そんなものは叩き潰せ! この島に、MSがどれほど待機していると思っている!」
「M1アストレイが10機、ムラサメが8……いえ、7機です」

 その報告にアマギが青ざめた表情で振り返った。ソガの背筋を冷たいものが駆け下りる。
敵を侮り過ぎたのだ。海賊と裏切り者を始末すれば済む話だと決めて掛かり、兵力の配分を間違えた。

「……2倍以上の戦力で掛かって、勝てない道理は無い! 構わん!」

 檄を飛ばし、ソガは頬を伝う冷や汗を拭った。

『俺に、続けええぇッ!!』

 イザークが咆哮し、ブルデュエル改が両手のビームガンを乱射して橋の上で防御につくM1隊を怯ませる。レドームを排除して軽くなったエコー7のムラサメが直ぐ脇を駆け抜けた。
 最早バッテリー残量などは気にせず、縦横無尽に飛び回ってビームライフルを連射。敵のミサイルを前進して掻い潜り、腰のビームサーベルに手を掛け様、居合いの如く抜き放って光刃がムラサメの両脚を溶断する。大きく姿勢を崩す敵機を踏み付け、更に高みへと跳躍。

『命中精度は気に食わないがな、威力とレンジだけはあるんだぜ!?』

 ビームシールドを展開するイージスブランの真後ろで、バスターノワールの両肩が開く。
近距離用の多弾頭迎撃ミサイルをロケットのように撃って弾幕を張り、飛び出す。
間髪入れず、ビームモードに切り替えたスナイパーキャノンを発砲。橋を吊るワイヤーがのたうち、高出力ビームの奔流がオーブの防衛隊を掠めて伸び、閉まり掛けたオノゴロ島の正面ゲートを吹き飛ばす。
 後方で起こった爆炎に防衛隊が気を取られた一瞬、橋の下をくぐって頭上を取った黒と金のアマツが、1機をマガノイクタチで挟み込み、それを盾にしてトリケロス改のビームライフルを撃ち、もう1機の右足を破壊する。両手にビームサーベルを構えたブルデュエル改も突貫し、地獄絵図となった。

『シン! 速やかにオノゴロ島へ上陸し、正面ゲートを制圧して下さい! 後方の敵に追いつかれます!』

 行軍が速すぎれば、敵に包囲される。遅すぎれば、追いつかれて挟撃される。イージスブランの情報処理能力は絶妙なスピードを算出するが、あくまで机上の物だ。

『了解!』

 シホの言葉に、力強い声が返ってきた。

『くそ……当たらない! ビームが、命中しない! 何で……』
『下がるな! 相手はたった1機! 下がるんじゃない! 友軍と挟撃するんだ!』

 接近してくる水柱と蒸気に、3機編成のM1隊が必死にビームを撃つ。ジグザグに進路を変えるソレに無数のビームが降り注ぐが、悉く避けられる。真昼に生まれた濃霧の中で、紅の双眸と血涙が輝いた。

『怖いか?』

 突然、霧の中から外部音声が響く。蹴立てられ、沸騰する水に遮られた所為か、ひび割れてしわがれた声がオーブ兵達の精神を直撃する。

『ひ……!』

 蒸気が、水柱が一際猛々しく爆ぜた。白い水煙を引いて黒と紅の機体が跳び上がる。
足部のビーム発生器が足裏に移動した。一対のビームクローが水飛沫を切り裂く。鮮血色の光翼が、威嚇するかのごとく視界一杯に広がった。そして、急降下。
 ビームを纏った左足が1機目の右肩を焼き潰し、2機目の左脚に右のクローを突き立てる。

『怖いか?』
『う、ぁ……あああぁっ!?』

 着地し、3機目へと向き直る。ツインアイが残光を引き、左腕の光爪が振り抜かれた。

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