SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第34話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:36:57

「アーガイル、今振り返ったのってオートリアクションなのか?」
「そんなお節介なプログラム、組めるわけ無いだろ。手動操作だ」
 何処から撮影されたものか、オノゴロ島に上陸して戦闘を繰り広げるデスティニーⅡの映像が
スクリーンに表示されている。ロシア平原に停泊中のハンニバル級陸戦艦。その格納庫内部に急遽設営されたシアターに、生体CPU開発者とメカニック、研究員が集まっていた。
「だが、このM1はライフルを向ける前に振り向かれたんだ。ロックオンアラート無しじゃ、パイロットは
反応できないんじゃないか?」
「レーダーには映ってる」
「それにしたってジャストミートでクローを当てたぞ。どうなんだよ?」
 生体CPUの開発主任が顎に手を当て、唸る。
「……シン=アスカは『SEEDを持つ者』という事になっている。それが何らかの原因
で発動したとすれば説明が……ぅうむ、つかんか」
 その言葉に、サイが顔をしかめた。
「超兵士計画か? キラ=ヤマトの量産が一番の近道っていうアレ」
「確かにあの学会で出た結論はSEED自体、遺伝子に左右されるという物だった。だから、スーパー
コーディネイター、キラ=ヤマトは兵士としての最高峰で、議員の息子として良質の遺伝子調整を受けた
アスラン=ザラは次点。最低限のコーディネイトしかされていないシン=アスカは2人に劣る、と……」
 釈然としない表情で、彼は首を捻る。
「しかし、私は未だに持論を捨てられない。遺伝子は多様で、現代技術によるコーディネイト程度で
均質化できるものではないし……という事は、SEEDもまた多様ではないのか?」
 ただ1人、やってきたにも関わらず会話に加わらないアズラエルがスクリーンの前に立ち上がる。
データは取っているので、研究員達は然程映像に興味が無いようだ。抗議も無い。
「さあ、シン」
 か細い囁きも、聞かれる事は無かった。ほっそりとした右腕が伸ばされる。
「もっと」
 掌が広げられ、3機目のM1を屠り去った黒と紅のMSを隠す。碧眼が細められ、桃色
の唇の両端が吊り上がる。
「もっと……」
 そのまま握り込む。輝く光翼が、傷ひとつ無い真っ白な手に覆われた。

 溶断面を赤熱させ、上半身と下半身が泣き別れたM1が痙攣しつつ倒れ伏す。それを見下ろす、黒と紅の
デスティニーⅡ。天頂から照り付ける陽光が濃い影を落とし、ツインアイが輝いた。
『シン、後13秒で正面ゲートに到達して下さい! 追い付かれます!』
「了解」
 シホの言葉に頷き、シンはフットペダルを踏み込んだ。腰部のスラスターが噴射光を放ち、ウィング
ユニットが進行方向の逆に窄まって断末魔の絶叫を思わせる駆動音を轟かせた。
 舞い上がった砂がスラスターの高熱でガラス化し、光翼がそれを千切れ飛ばして光の粒を撒き散らす。
『固定砲台4基を叩いて下さい! 橋ごと攻撃されては、進軍の手段が……』
「解ってる!」
 叫び返した。自分もまた、後ろから敵部隊に追い掛けられている。倒れた敵の状態を確認する余裕さえ
無い。レーダーに砲台が表示され、パルマフィオキーナを射撃形態に切り替えて斉射。
 固定された目標であれば、デスティニーⅡにとってそれほどの脅威とはならない。速射性能の高い、
血の色をした光弾が砲身の根元に連続して叩き込まれ、次々に破壊される。最大戦速で橋の上を進む
僚機の安全を確保した後、シンは再び通信を開いた。
「正面ゲートを制圧した! 敵MS、5機接近!」
『此方でも把握しています。1度後退して下さい、チームワークで……』
 直後、光点が一気に加速して崖上から姿を現す。砲身が折れ曲がり、黒く焼け焦げた砲台を踏み付ける
デスティニーⅡを包囲した5機のムラサメは、ほぼ同時に全機がMSへと変形する。
「しま……っ」
 回避しようと、シンは機体を急旋回させた。変形した直後のムラサメ達が一斉にビームライフルを
構える。デスティニーⅡの加速力で無理矢理包囲を破ろうとしたその時、意識が一瞬だけ白く染まった。
「……ぁ」
 ガルナハン基地で味わった感覚にシンは吐息を零す。また、敵が小さく見える。今度は小さく見える
だけでなく、遅くなって見える。否、2つのビジョンが時間差で重なり合い続ける。
「ぁ……!」
 光る風が、空に吹き渡る。シンの瞳から焦点が失われ、次の瞬間大きく見開かれた。

 シン=アスカは戦いに愛され、死に蔑まれた男である。家族を戦災で亡くし、己の無力を否定する為、
仮想敵を創りザフトに入隊し、すぐさま頭角を現した。英雄像に酔う他の生徒と違い、シンは常に
勝利のみを考えてきた。自分などより遥かに高度な遺伝子調整を受けた議員の子息達を見返す為に教本を
暗記するほど読み込み、目がチラついて頭の芯が痺れるまでシミュレーターを繰り返した。
 資質の差を、訓練による経験で打ち倒したのである。彼は晴れて赤服に袖を通し、最新鋭機の
パイロットとして選ばれた。最高議長ギルバート=デュランダルとの『個人交渉』を噂する者も少なく
なかったが、本人は至って気にかけなかった。
 激しい戦いの中、彼の『SEED』が発現する。自分にまるで追い付いて来られない敵を一方的に
叩き潰す快楽に酔い痴れかけたシンだったが、その夢想をキラ=ヤマトの駆るフリーダムが打ち砕く。
 初心に戻ったシンはフリーダムの機動を徹底的に分析し、これに勝利した。しかしその際の
快美感と与えられたデスティニーに彼は再び慢心し、彼の剣は錆び付き刃毀れを起こす。
 結局、力量を侮ったアスラン=ザラに乗機デスティニーもろとも膨れ上がりかけた慢心を粉砕され、
戦争もまた終わる。信じていた物全てを失ったシンだが、ザフトに入った最初の理由だけは、力の無い
存在を『自分が』守りたいという欲望だけは未だ胸の内に在った。
 ザフトの頂点にも上り詰めたキラ=ヤマトの申し出を辞退し、シンは緑服として再入隊し、機体性能に
依存できないゲイツRで2年間、宙賊やテロリストと戦い続ける。
 そしてザフトを脱走しミハシラ軍に入ってからは、ヒルダ達と出会い部下を手に入れた。
その傍ら、シンは彼女らから連携についての何たるかを現在、習得し続けている。

 流血と硝煙に祝福され、鋼鉄の装甲に抱かれて育ったシン=アスカは、4年という短い歳月の中で濃密な
戦闘経験を刻み込まれた。ガルナハン基地での戦いにおいて邂逅した彼の『SEED』と
その蓄積が今、新たな力を生み出す。

『眼』は、『開かれた』のだ。

 ムラサメ5機のビームライフルが向けられその銃口がデスティニーⅡを捉える寸前、肩のスラスターが
点火され右に跳ね飛ぶ。いきなり接近された1機のムラサメは、慌てて左に回避する。残る4機の
照準も乱れた。デスティニーⅡが最も近づいたムラサメと交錯する一瞬で回り込む。
 光翼が紅の帯を描き、2機の射線を彼らの僚機で塞いだ。残る2機に向けて左掌から光弾を放った。
それがシールドで防がれ、あるいはかわされるのを見つつ、振り返りかけるムラサメの胸板を、足部の
ビーム発生器を起動させていない左脚で蹴り付けた。先ほど射撃で牽制した2機の方へムラサメが
流れていくと同時に、蹴った反動でもう2機に襲い掛かった。光翼が輝きを強める。
 右掌からクローが伸びて、斜めに振り下ろされる。ムラサメの頭部メインカメラと右肩を3筋の赤い
爪痕が走り、ツインアイが消えてショルダーアーマーが溶け崩れる。もう1機に、急迫。
 ムラサメを蹴って寄越された2機が態勢を立て直し、大柄の両腕を広げて友軍機を襲う
デスティニーⅡに照準しようとするが、背中を向けているとはいえ直ぐ傍に味方がいるのだ。焦って
照準しているので誤射が怖く、撃てない。
 ほぼ密着された最後のムラサメだけは、辛うじて反応した。腰のビームサーベルを掴み、
黒と紅の悪魔に突き刺そうとしたが、装甲を突き破る寸前にクローが噛み込んだ。
 火花が散る真上で頭部パーツ同士が向かい合う。血涙を流す紅眼が、機内のメインモニターに
大写しとなってパイロットが怯む。その一瞬の隙を突き、クローが滑ってビームサーベル先端の発生器を
焼き潰した。光翼をたわめて羽ばたかせたデスティニーⅡが急上昇する。高空からムラサメ隊を見下ろし、
 両腕を外側へ勢い良く振り抜いた。二振りのビームクローを発生させ、顕示する。
『な……な、に……?』
 ムラサメに乗るパイロットの1人が呻く。別に超スピードで翻弄されたわけではない。
キラ=ヤマトのストライクフリーダムではあるまいし、そんな事は在り得ない。
 動きは確かに追えていた。FCSでも捉えていた。しかし攻撃できなかったのだ。まるで、何が
来るか解っていたかのように立ち回られて、機会を逸し続けた。
 被害はごく軽微である。誰か撃墜されて死んだわけでも無い。ただ1機小破したのみ。
だが、わけが解らないのだ。解りそうで解らないという事は、恐怖を生み出す。

『化物だ……』
 別の兵士がそう呟いた。模擬戦でキラに完敗し、笑顔で彼の技術を称えていたのと同じ口で、純粋な恐怖を言葉に乗せた。
『化物だ!』
『だったらどうする? 化物と戦うか?』
 シンのデスティニーⅡから、声が返ってきた。吹き上がった海水がスピーカーに入ったか、ハウリングが
起こって不快な残響を撒き散らした。ひび割れた声は次に宣告する。
『負けるぞ』
 5機のムラサメが自然と距離を取りかけた。その直後、短距離ミサイルの群がムラサメ隊を散開させる。
そう、シンには仲間がいるのだ。
『お待たせー』
 破壊された砲台の脇に飛び込んだバスターノワール。キャノンの長大な砲身が鈍く光る。
『悪くない手並みだ』
 ミラージュコロイドを解除したアマツがその傍に現れ、トツカノツルギを両手に構える。
『予定通りです、シン』
 エコー7の乗ったMS形態のムラサメが、デスティニーⅡの傍でホバリングする。
『計27機のMSが、私達を追跡してきています。6秒後に移動します!』
 大出力のスラスターを吹かして橋を飛び立ったイージスブランが、デスティニーⅡの下に降りた。
『シン、その機体は速い。先陣を譲ってやる!』
 最後にオノゴロ島へ上陸したブルデュエル改が、後方にビームガンを向ける。
『そりゃどうも……空港の方はどうなってるんだ?』
『既に敵は輸送機を相手にしていません。アカツキと、各地で決起した反乱部隊への対応
に追われています……時間です、シン!』
『解った!』
 デスティニーⅡのツインアイが一際強く輝き、翼を広げて加速した。最大戦速を保った5機も追随する。
先程追い散らされたムラサメが戻ってきて6機に猛攻を掛けるも、止まらない。
『オーブ近海、ほぼ全方位から連合軍の機動部隊が発進。全て此方に向かっています!』
『駄目押しの増援だな。けど、もう関係無い!』
 目指すはオーブ軍の総司令部のみ。オノゴロ島の中心に、メインの通信施設と共に
置かれた砦だ。デスティニーⅡの進路に、残存するM1とムラサメが割り込んでくる。
『退けええぇっ!!』

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