SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第50話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:44:10

「それでは、行って参ります。留守を頼みますね?」
『ハッ』
 エターナルのブリッジにて、2年前と同じ衣装に身を包むラクス=クラインは、モニター越しに
敬礼する白服を着た褐色肌の女性に微笑む。
『お気をつけて。この世界を、よろしくお願いいたします』
 一対の白い翼で青い珠を挟み込んだ、歌姫の御手のシンボルを胸に着ける彼女の言葉を、
ラクスはお追従と受け取らない。何故ならば、自分がそう信じているからだ。そして、
彼女が救ったと思った世界の方も彼女に合わせたからだ。自分達の利益の為に。
「行きましょう、キラ、バルトフェルドさん。世界は、再び正されなければなりません」
『うん……ラクス』
 前回の戦闘で大打撃を負ったストライクフリーダムは、短期間で完全に修復されていた。
少数のエースパイロットを重んじるザフトは、その資源の大部分をキラと彼の機体に集中
させている。ストライクフリーダム用のメンテナンス施設と豊富なスペアパーツでバックアップされる
自由の天使は、ラクスの威光を知らしめるシンボルとなっていた。
 キラに疑問は無い。ラクスはずっと正しかった。自分に道を指し示してくれたし、それが悪い結果を
もたらした事など一度も無い。少なくとも彼は認識していない。ラクスは何時でも決断し、
それをやり通した。彼女の言葉通りに動けば、何時だって物事は上手くいったのだ。
 何故そうなったのか、その理由について思考をめぐらせた事は無かったが。
「メインエンジン始動。エターナル、発進」
 ザフト兵のオペレーターに指示を出す隻眼のバルトフェルドは、オーブ軍の制服を着たままである。
軍という組織に対するラクスの認識を、良く表現していると言えよう。
 直ぐ横に視線をやり、ラクスの傍に立つ『D』を見遣る。周囲の目を気にせず、ラクスとキラへの
賞賛を惜しまない彼は、誰が見ても毒にも薬にもならない腰巾着だった。
 視線を正面に戻す。ザフト全軍の80%を投入し編成された、地球への部隊。オーブを
侵略し、再び世界を混乱と破壊で満たそうとする地球連合軍の過ちを正し、彼らの手先となって
暗躍するミハシラ軍を討つ為の、『正義の味方』だ。
 その辺りの事情は、バルトフェルドにとって大した意味を持っていない。否、彼の心は、
既に4年前に果てていた。もはや全てが空虚であり、思考する事すら億劫である。
 最愛の人を戦いで亡くした瞬間から、虎は狩りを止めたのだ。
「アイシャ、そっちはどうだい? ボクは今……楽しんでるよ、とってもね」

 ザフトの規模としては在り得ないほどの大艦隊に護衛され、ラクスのシンボルカラーである桃色の
総旗艦エターナルが、後部から光を吐き出し発進した。無数の光が離れていくその様を、
兵器工廠プラントであるアーモリーワンのHQで2人の人物が見送っていた。エターナルの真後ろに、
蛹のような姿をした大型船舶が追随する。
そこに、エミュレイターをインストールした『エンブレイス』が格納されていた。
「終わりね」
「そして始まる」
 褐色の肌を持つミネルバ級の女性艦長と、ガルナハン基地でセイバーALTを駆って
シンと戦った男である。2人の表情には、何の感情も浮かんでこない。
「6年前……70年4月1日以来の望みが叶う。感慨深い?」
「どうかな。自分で思っていた程の興奮は無い。望みなど、持っていないからかも知れん」
 女性艦長に問われ、男は首を横に振った。宇宙に瞬く夥しい星明かりに目を細める。
「あるいは……最早如何なる障害も、計画の根本を揺るがし得ないという事実に、落胆
しているのかもな」
「その悪癖は結局治らなかったわね、貴方。苦境を楽しむっていうのかしら」
「異常か、私は」
 男の言葉に、女性は殆ど間を置かずに首肯した。
「ガルナハン基地でシン=アスカと戦ってからは、特に酷いわ」
「ならば、今の内に私を始末しておいてはどうだ。もう、シン=アスカといえど、我々の
計画を邪魔する事は出来ない。補佐官が……彼が2年間押さえ込み続けていた反体制派を
全て解き放ったとしても、状況は全て我々の制御下にある。もう、『50人』に私は不要だ」
「私はそこまで楽観的じゃないわ」
 自分に背中を向ける男に、女性は淡々とした口調で言い放つ。
「制御下にあるのは、あくまで計画の根幹。やるからには徹底的にやる。不確定要素を
可能な限り排除する為に、貴方はまだ必要なの」
 女性の言葉に、男はただ頷いた。宇宙の漆黒を映し出す窓に手を押し当てる。
「アークエンジェル隊は、動くと思うか?」
「ジャミング衛星は使うけど、ミハシラ軍を束ねるロンド=ミナ=サハクの事を考えると
無視してくれそうに無いわね。尤も、たとえ彼女でも根本的な手出しは不可能よ」
「そうか」
 『最後の50人』が立てた計画は完璧だった。但しそれは、6年という歳月を経て歪んだ
彼らの心を満たす上で完璧だった、という意味である。憎悪と悪意の化身である彼らは、
たった1つのミスを見過ごしていた。常人ならば、容易く気が付いた筈のケアレスミスを。
 彼らが其処に気付いたのは、全てが手遅れになった後の事だった。

 R1資源衛星に帰った空色の髪と紫の瞳を持つ女性兵士は、格納庫のベッドにザクを
固定してコクピットハッチを開ける。直ぐに、オクトーベル3の警備部隊から外された
同僚の1人が流れてくる。
「お疲れ、ベル。補佐官は?」
「ありがと……シャトルで、衛星群の周りを見てくるって」
 ベルという愛称で呼ばれた少女は、渡されたドリンクを受け取ってストローを伸ばす。
「え、護衛ってか……監視しないとまずいんじゃ?」
「シャトルには発信機がついてるから大丈夫。2時間で戻るって言ってたから、1時間半
経ったら迎えに行くし、それに……来ないでくれって頼まれちゃったから」
 俯いたまま、少女は同僚の脇を通り過ぎる。ヘルメットを脱いだ。
「おいおい、良いのかよそれで」
「いいよ。ザフトの規則って、細かいところが書いてないし。……シミュレーションルーム、使うね」
「ああ。構わないけど……どうなっちまってるんだ? ザフトも補佐官も……プラントも」
 同僚のぼやきを背に、少女は格納庫を後にした。壁を軽く蹴って、細い路地を進む。
今、プラントの防衛部隊は手薄も良い所だ。理由は他でもない。つい先程、世界を正すと
宣言したラクス=クラインが、殆どの戦力を持って地球に向かってしまったからだ。
 明確な配置表も命令系統も無いザフトは、戦争を終わらせた平和の歌姫の号令に悉く
従ってしまった。ラクスに従っていれば、悪い事にならない。その強烈な固定観念に、
緑服はおろか白服まで縛られているのだ。
 平時には想像もしなかったトラブルが、立て続けに起きている。しかもその原因は全て、
ラクス=クラインの意思によるものだ。
「アスカさんが生きてたら、どうしたんだろう? ラクス様についていったのかな?」
 シミュレーションルームにやってきた少女は、一台のマシンに手を置く。訓練に付き合ってくれると
約束した彼はその次の日にザフトを脱走し、反逆者として死んだ。テロリストであるミハシラ軍に、
死んだ彼の名を騙る偽者がいるらしいという情報が、彼女の知り得る全てだった。
オーブ戦の映像は、プラントに流れていない。『50人』によって遮断されたのだ。
「私……強く、なります。死なないように、強く……」
 交わした会話を思い出し、少女の瞳が震える。強くかぶりを振ってマシンのハッチを
開き、システムを起動させた。

 R1資源衛星群。鉱物資源を有する小惑星とデブリが寄せ集まったその宙域の一区画に、
人工の光が灯っていた。数隻の小型シャトルが、戦艦の残骸に偽装したその建造物に貼り付いている。

 2年前、ザラ派テロリストのアジトとして使われたこの場所は、未だその役割を果たし続けていた。
 その場所に補佐官が足を踏み入れた時、薄暗い室内でどよめきが上がる。今まで待ち望まれつつ、
決して呼びかけには応じなかったからだ。
 戦後、ギルバート=デュランダルの腹心だった補佐官にはすぐ声が掛かった。亡き主の
無念を晴らすべく、今こそ志を一にして立ち上がろうという熱い言葉に、補佐官は即答を
避けた。メサイアから脱出する寸前に議長から命じられた役割は革命ではなく、プラント
政府の円滑な運営だ。しかし、頑として跳ね付ける事もまた出来なかった。
 テロ組織に対し迂闊な弾圧は危険だからである。大量破壊兵器の入手が比較的容易な
現在において、一度の掃討作戦で片付けられなかった場合後が怖い。其処で、ラクスの
傍近くに忍び機会を待つとして彼らを納得させていたのだ。
 『D』にブルーコスモスとの関連をでっち上げられた時、抵抗できなかったのはこの
影響が大きい。当然ながら、最高議長であるラクスにも打ち明けられなかった。彼女が
知れば、秘密裏に事を運べなくなるのは解りきっていたからである。
 無重力の中演壇に上がり、原稿とマイクが置かれた卓を掴んで止まる。内容を一瞥した。
卓の縁を指が白くなるほど握り、ゆっくりと顔を上げる。両の瞳にあらん限りの力を込め、
集まった100名足らずの面々1人1人の表情を凝視していく。
「この場所で諸君に会えた事を、まず私は誇りに思う。諸君らは差し迫った危難に
立ち向かわんとする闘士であり、真のコーディネイター……新生ザフトの前衛だ」
 普段の補佐官ではない。役所の窓口にいる、書類の不備にうるさそうな男が変貌する。
「そう、差し迫った危難……最早言うまでもあるまい。実際ならば2年前……いや4年前
対処せねばならなかった問題だ。その問題というのは他でもなく……」
 はっきりとした発音だが、マイクを使っていないので声が小さい。奥の数人が若干身を
乗り出しかけた瞬間を見計らって、補佐官は大きく息を吸い込み、吼えた。
「ラクス=クラインッ!シーゲル=クラインはただ軟弱だった!奴の血を引くあの女が!
平和の歌姫なる名で呼ばれるあの、桃色の髪を持つあの!」
 左腕を振りかざし、渾身の力で卓に叩き付ける。痛みによって人工的な激昂を生み出し、
其処に己の精神を委ねた。見開いた瞳に、驚愕しながらも息を呑んで次の言葉を待つ
ザフト兵の服に身を包んだ男達が映りこむ。叩き付けた腕を振り抜き、彼は叫ぶ。
「あの無能なる独裁者が、全てを台無しにした! パトリック=ザラを否定し、デュランダルを否定し、
議長の座についたあの女は何をした!? 我々に何をした! 諸君らに何をしたッ!!」
 前髪がほつれた彼の瞳が憎悪と狂気に染まる。焼け付くように痛む左手を、兵士達へと
差し伸べる。 補佐官は、自分の思想を伝える事はしない。ただ、批判するのだ。
 彼らは弱者だ。前進を止め暴力衝動を溜め込んでいるだけだからだ。創造出来ないのだ。

「当然ながらこの事態は、ラクス=クラインを支持した愚かな大衆にも責任がある。否、
彼らこそ責を負うべきだ! パトリック=ザラの思想を理解せず、コーディネイターの
誇りを失ってしまった彼らこそ、我々は裁かねばならない!」
 デュランダルの原稿を書いていた時の事を思い出す。虐げられていると思い込んでいる
人々を扇動するには、敵を大きく見せねばならない。聞く者に、自身の姿を大きく見せる為に。
「では、我々は同族を殺すのか? いいや違う! 我々が粛清するのはコーディネイター
ではない! 遺伝子を弄っただけの旧人類だ! 汚らわしい劣等種だ! これは、浄化だ!」
 同調する声が上がった。拳と共に。彼らが本当に憎んでいるのは、高い所に立つ個人
ではない。自分の身近で成功している、ごく普通の人々だからだ。
「偽りの平和の中、惰眠を貪る彼らを覚醒させる過程において間引きという作業は必要
不可欠である。痛みを伴う試練だが、避けて通る道は無い! 耐え忍ばねばならない!」
 更に何名かが同意の声を上げた。痛みに耐えるのは、自分達では無いからだ。
「愚かなラクス=クラインは、ザフトの大部分を率いてプラントを出て行った。現在の
プラントはほぼ無防備。決起の機会は、今を置いてないだろう……」
「アプリリウス・ワンに、直接攻撃を掛けるというのか!?」
「それは最終段階だ!諸君らが議会を『奪還』し、ザフトの名の元にプラントを再生させる
事は既に決定事項である! 先程の言葉を思い出して頂きたい、まずは、間引きだ!」
 席から飛んだ声に、補佐官は其方を睨みつけながら叫ぶ。手元のプロジェクターを起動させた。
後ろの壁に、砂時計型のコロニーと、その中央に設置された柱状の構造物を映し出す。
「循環システムを防護する為の保安装置が、最初のターゲットとなる。プラント市民に、
試練を課すのだ! 彼らの危機意識を今一度呼び覚まし、我らの同志となるに足る資質を
持っているか否かを判断する。その後に、行動できなかった弱小種を……」
 拡げた右手を聴衆の前にかざし、力強く握り込む。
「これは諸君らにしか出来ない事だ。プラント政府がこのまま衰退するか、それとも権勢
を取り戻すかは、諸君らに委ねられている!」
 握った右の拳を高々と突き上げ、補佐官は大音声を張り上げた。
「その内ではない!いつかではない!今だ! 愚かな大衆を目覚めさせ、真のコーディネイターとして
誇りを取り戻す戦いは、今から始まるのだ!」
 ラクス=クラインの存在が、この時だけは幸いした。彼女のやり方は、プラントに
巣食うザラ派、デュランダル派を反クライン派としてまとめるに充分だったからだ。
「新生ザフトの為にッ!!」
 空虚なその言葉を補佐官が叫ぶと、怒涛の如き反応が返ってきた。熱狂する弱者達。
彼らを見つめる補佐官から急速に熱が失われ、凍えるような瞳だけが残った。

】【戻る】【