SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第54話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:45:59

『司令官、ジャミングデバイスのポジションを特定しました』
「スクリーンに出せ」
 イズモのブリッジにて、ミナは何時もの落ち着いた声で命じる。無重力状態の為、長い
黒髪が絶えず揺らめき続けていた。視線の先で画面が分割され、ノイズ混じりの映像が
表示される。傘を広げたような機械が3つ、円陣を組むようにして宇宙に浮かんでいる。
『傘の部分を3方向に向ける事で、広域をカバーしているようです』
「ザフト設計局のものか?」
『確認は取れていませんが、モルゲンレーテ社が開発した支援兵器と思われます』
 オオツキガタを駆るアルファ3からの報告に、ミナは静かに笑う。
「データ取得後、速やかに破壊せよ。通信回線を回復させねばならぬ」
『良いんですか本当に。あのピンク姫に美味しい所持ってかれますよ、きっと』
「フ……我らの役目は、戦う力を持たぬ者を襲う不届き者を襲う事だ」
 ゆっくりとかぶりを振り、彼女は言葉を続けた。
「ネオロゴスが何と言ってこようと、それを変えるつもりはない」
『ウチのシンが聞いたら喜びますよ、きっと』
「無駄口を叩くな。やれ」
『了解……データ取得完了。攻撃、開始!』
 モニターに光が走り、3基のデバイスがあっさりと破壊される。爆発を確認する限り、
特にトラップも仕掛けられていないようだった。
「通信ネットワーク、回復しました!」
「直ぐにザフト艦隊旗艦、エターナルへ連絡を。状況を知らせ、プラントに戻らせるのだ」
 報告したオペレーターに命じ、腕を組むミナ。
「戦艦の兵装を排除すれば、コロニーを脱出した民間人をある程度収容できる筈……
問題は溢れた層か。クラインの娘がやってくる前に、何か……」
「……司令」
「どうした」
 自分の命令を実行しないまま此方に向き直るオペレーターの女性に、視線を鋭くした
ミナが声を掛ける。
「エターナルに……通信が繋がりません。ネットワークは復旧したのですが。それに」
 酷く困惑した様子で、オペレーターが俯き言いよどむ。
「索敵チームが通信を傍受したそうです。情報が錯綜しているので、報告はまだ……」
「構わぬ。報告せよ」
 ミナの冷たい声を聞き、彼女は諦めたように顔を上げる。
「現段階での真偽は定かでありません。……エターナルが、沈んだと」
 ミハシラ軍の長は、その報告に柳眉を顰めた。『あの』エターナルが、不敗の艦が。
「……沈んだ?」

 その時、状況にリアルタイムで対応できたのはキラ=ヤマトのみだった。エターナルへ
振り返ったエンブレイスの動きを察知し、ストライクフリーダムをドッキングさせた
ミーティアユニットを急旋回させざま、右アームの120cm高エネルギー収束火線砲を
発射。しかしエンブレイスとエミュレイターの能力は、キラの予想を遥かに上回っていた。
 まるで何処からどの方向へ撃ち込まれるか解っていたかのように、3つの光翼が膨張し
前進。白き機体を桃色のエターナルに乗り上げさせつつ、虫翅のような角度で接続した
左右のウィングユニットが下方を向く。翅縁部に3門、合計6門のビーム砲がほぼ密着した
状態で艦体上部へ放たれ、当然ながら直撃。艦底部まで貫いた。
 ミーティアの射撃を回避した速度を保ったまま、六筋の光刃がエターナルのほぼ中央
から上部主砲まで斬り裂く。各部から爆発の光が溢れ、炎の華が一瞬咲き乱れて消えた。
艦尾へと駆け抜けたエンブレイスが、右翅を外側に膨らませてブースト。左翅前部から
逆噴射の光をチラつかせつつ高速でターンし、各モジュールからスラスター光を吐き出し
その場に停まる。まるでブレず、微動だにしない。
 8つの光るモノアイが、両舷の翼を四散させ崩壊していくエターナルを見つめていた。
『ラクス……ラクスーッ!!』
 直ぐそこにいるキラの絶叫は届かない。艦橋真上のブレードアンテナは、先程の衝突で
叩き折られていた。天板にも亀裂が入っている。PS装甲で全身を鎧ったエンブレイスは、
表面に微弱な擦過痕を残すに留まったが。

『第7ブロックにて火災! 消火装置が作動しない! 弾庫が誘爆したんだ! 指示を!!』
『第1、第2、第6ブロックでエア漏れが発生中! 隔壁ごと壊された!! くそぉっ!!』
 展望窓にシャッターが下り、赤い非常灯が内部を照らすエターナルのブリッジは濃い
煙で覆われていた。入ってくる絶望的な報告で現状把握しつつ、バルトフェルドは機材で
挟まれた左腕を強引に引き抜く。義手が駄目になったが、スーツの密閉性は保たれていた。
「ノーマルスーツの状態を再確認し、脱出艇で総員退艦しろ! ……生きてるかい、ラクス」
 彼女が座っていた席へと這っていく。砲の直撃こそ免れたブリッジだったが、真下から
噴き上がった断続的な爆発が全てを滅茶苦茶にしていた。折れ曲がり歪んだフレームが
床を破って天井に突き刺さり、無重力の内部を負傷した兵士が漂う。
『脱出艇の半分以上が航行不能です! 全クルーを収容できません!』
「船の外側に掴まらせてでも離脱させろ! 良いか、早々と逃げるんじゃない!限界まで
乗せるんだ!!」
 腰掛けていたシートにもたれるようにしているラクスのヘルメットを掴み、顔を覗く。
「無事なら返事してくれ、ラクス」
「バルトフェルド……さん」
 フェイスプレートを下ろしたラクスが、スピーカー越しに男の名前を呼んだ。片腕で
そのラクスを抱えたバルトフェルドが、ブリッジクルーに叫ぶ。

「艦隊へ通信できるか!?」
「ふ、不可能です! 通信設備が完全に破壊され……送信も受信もできません!」
 オペレーターの言葉に舌打ちし、バルトフェルドは残った右眼を細める。
「仕方ない……ブリッジより退避しろ! 艦を放棄する!」
「了解!」
「バルト……フェルドさん」
 ラクスの左手が震えながら伸ばされ、バルトフェルドの肩を掴む。そこで男はようやく
気付いた。彼女の左脇腹に突き刺さった機材の破片に。
「……手すきの衛生兵をブリッジに寄越せ!」
『無理です! 何処も負傷者で溢れ返っているんですよ!』
 ラクスの名前は出せなかった。これ以上混乱を発生させても、犠牲者が増えるだけだ。
歯を食いしばる。それを察したかのように、ラクスがゆっくりと首を横に振った。
「この世界は……どうなっていくのでしょう、ね……?」
 一刻も早く脱出艇まで連れて行こうとするバルトフェルドに、ラクスが掠れ声で囁く。
「大丈夫だ、君は助かる。もう喋るな」
「キラは……どうなるのでしょう。プラントは……地球は……?」
 浅い呼吸を繰り返すラクス。目蓋が震え、ゆっくりと双眸が閉じられた。
「わたくし、は……どうしたら……」

「ハ……」
 ゆっくりと崩れ行く桃色の戦艦を、グフに乗った『D』が見下ろす。自分は賭けに
勝った。得る物は何も無かったが。
「ハハハハッ! ァハハハハハッ!!!」
 全ての通信を遮断したコクピット内部で哄笑する『D』。ブリッジ付近の損傷を見る限り、
ラクス=クラインのノーマルスーツは密閉モードにシフトした筈だ。換気フィルターに
細工をしておいた、あのスーツを着たまま。最早彼女が死んでいようと生きていようと、
『D』にとっては同じ事だ。
 直ぐ傍の、ミーティアとドッキングしたストライクフリーダムを見遣る。キラの、今の
心境とその後の絶望を想像すると、笑いが止まらなかった。
「さて、もう行きましょうかね。楽しめたし、契約も完了したし」
 仲間の、恋人の乗ったMSを攻撃し、手足と推進機関を奪い放置したキラ。その男に、
自分と同じ気持ちを味あわせる事が出来るのだ。これ以上の幸福はない。
 グフのスラスターが吹かされ、ある方向を目指し飛んでいく。仲間達が、躯となって
発見された宙域だ。エターナルから脱出したのは、彼らと再会する為だったである。
「どうもすみません、遅くなっちゃって」
 2年ぶりの、屈託の無い微笑を浮かべる。流星のように光が流れ、暗闇に飲み込まれた。

「……馬鹿な」
 ⊿フリーダムに乗りシンのデスティニーⅡと対峙していた男は、入ってきた報せに短く
言葉を返す。声の端が震えた。自分達が予測していた、どの事態とも違う現実。
「エターナルが沈んだ? 攻撃したのはエンブレイスだと? 馬鹿な」
『全て事実よ。状況を確認する為、セクメトは当宙域に向かうわ』
 女性艦長の言葉に、男は虚ろな瞳を黒と赤の異形に向け直す。自分の相手も、同じ内容
の通信を受け取ったようだった。広域通信で驚きを垂れ流している。
『翼を持ったモビルアーマーに、エターナルが沈められた? ザフトのMAにか?』
『すぐに後退して。領内の混乱も収まりつつあるわ……ラクス様の為に、だもの』
「了解」
 逆噴射をかけバックステップし、ビームライフルを連射する。相手がそれを回避する
隙を狙ってウィングユニットを展開し、一気にセクメトへと飛び戻っていった。
「ラクス=クライン……我々が量れる相手では無かったという事か」

「正しくて細かい現状認識が必要な筈です、サハク司令官! 俺を行かせて下さい!!」
『貴様、この状況を放置するつもりか!? 混乱が収まりつつあるとはいえ……!』
「収まりつつあるからこそ、だろ!」
 デスティニーⅡの機内でシンがミナに叫び、イザークがその場に割り込んだ。イザーク
としては、彼の身命はプラントの物であってラクス=クラインの物ではない。極端な話、
誰が議長だろうと構いはしないのだ。余計な問題さえ起こさなければ。
 領内で民間船を攻撃していたザフト兵達も、時間が経過し多くの情報が伝わるように
なると、動きを止めてしまった。自分達にとって全てであったラクスが、彼女自身の
命によって造られた兵器に襲われ、しかも重体だというのだから無理もない。
『ふむ……確かに、核動力によって高い継戦能力を得たデスティニーⅡは適役といえるが』
「それに、あのミネルバみたいな戦艦も向こうに行ったんだ! 奴らを追わないと!」
 色々と言葉を並べ立ててはいるが、シンの頭には1つしか無い。人命救助だ。ラクスの
艦を落とす程の相手である。ザフト艦隊にも甚大な被害を与えないとも限らない。かつ、
彼らと相対していた連合軍が、頭を失った旧敵に対し何もしないという保証も無い。
 シンには戦いしかない。攻撃側が戦意を喪失してしまったプラント領内で、自分は何も
出来なかった。だからこそ、切望するのだ。1人でも多く救う為に。狂気と欲望のままに。
『よかろう。許可する。中継の為、オオツキガタを追随させる。偵察任務を遂行せよ』
「了解! 感謝します!」
 ミナが通信モニターから消え、歯噛みしたイザークも交信を切断する。デスティニーⅡ
のウィングユニットに再び光翼が宿り、次の瞬間爆発的に加速してセクメトの後を追った。
「くそ、何が……何が起こってるんだ!」
 血涙を流し紅く光るツインアイの先に、答えが待っている筈だった。

『何で……』
 爆発し緩やかに崩壊するエターナルを挟み、Sフリーダムとエンブレイスが対峙する。
『何でラクスを撃ったんだ! だって君は……』
 悪夢だった。自分の全てを支えてくれたラクスは意識不明の重体。2度の戦争を止めた
エターナルは今、脱出艇を吐き出しつつ大破している最中。その原因を作った張本人は
ラクスの声と信念を持ち、自分をベースとした力を備えている。
 周囲のザフト艦隊が援護する事は無かった。ラクスとキラに依存しきっている彼らは、
歌姫の騎士団に精神まで委ねてしまっている。即ち、キラとラクスに対応できない問題を、
自分達で何とか出来るはずが無い、と。
『君はラクスの……』
『私がラクス=クラインのエミュレイターであり、彼女の意思の代行者だからです』
 時折起こる爆発に照らされ、エンブレイスが輝く。光が収まる度、モノアイの輝きが
漆黒の闇に際立った。
『彼女の存在が、彼女の願う平和を妨げていたのです』
『嘘だ!! 君は、平和を壊したんだ! 折角戦争が無くなったのに……!』
 ミーティアのミサイルハッチが開き、長大な砲がエンブレイスへと向く。
『抵抗は無意味です、キラ=ヤマト』
『ッ!』
 何の感情も表さないエミュレイターの声に、キラは言葉を飲み込んだ。まるで、自分の
敗北を前提とするかのような口調。ラクスの声は広域回線に乗り、ザフト、連合軍全てに
伝わっていく。コーディネイターとナチュラル双方に、平和の歌姫の声が響き渡った。
『今、この私を打ち破る存在があるとすれば、それは人間のみだからです』
『人……間?』
 半ば呆然と、語られる意味を理解しているかどうかも怪しい様子でキラが返す。
『そう。群れをなし、群れの為に行動する。幾度データを修正しても異なる姿を見せ、
出現した脅威に対し常に対応策を生み出す。圧倒的な力量差、困難性を前にしても、
決して諦めない……それが人間です』
 ミーティアの全武装で狙いを付けられても、エンブレイスは動かない。意味が無いと
言わんばかりに、通信範囲内全ての『人類』に向け語り掛ける。
『僕が……そうじゃない、と?』
『その通りです。少なくとも、今のキラ=ヤマトは』
 キラの問いに即答するエミュレイター。冷え切った口調。しかしその声は、紛れも無く
ラクス=クラインの声。キラを包み込み、何もかも受け止めてくれていた平和の歌姫の声。
『今の貴方は、生まれ持った才能と、他者から与えられた道具で成り立っています。つまり
どれほど成果を上げようと、戦いに勝利しようと、それは予め決められた結果……』
 ダガーLやウィンダムに乗るナチュラルの兵士が、エンブレイスの言葉に聞き入る。

『貴方の調整された遺伝子がもたらした結果。遺伝子の勝利です。肉食獣が草食獣を捕食
するが如き戦いを続け、独りで勝ってきた貴方では、私に勝利する事は不可能です』
『そんな事ッ……』
『何故ならば、私は貴方の根源を強化したモノだからです』
 キラの言葉に覆い被せ、エミュレイターは静かに宣告を続ける。
『このエンブレイスも、ミーティアユニットとドッキングしたストライクフリーダムを
超える性能を有しています。私は、貴方の総合性能を凌駕しているのです』
 エンブレイスの背後で光翼が拡がり、純白を影で染め上げる。宇宙にはばたく光の翼が、
人々の目に焼き付く。推進系の出力を上昇させつつ、エンブレイスは両翅を外側に展開した。
まるで、全ての前に立ち塞がるかのように。
『受け入れなさい、キラ=ヤマト。貴方は、私に勝てないのです』
『そんな事は無い!! 僕だって1人の人間だ!皆に支えられて、此処まで生き残って
来たんだ!ヘリオポリスの皆……サイ達に迷惑を掛けて、ラクスに戦う為の機体を
貰って……数え切れないくらい大勢の人に助けて貰った! 僕は独りじゃない!僕は!』
 震える吐息の後、キラは力の限り叫んだ。
『僕は、人間なんだッ!!』
 ストライクフリーダムが、ミーティアユニットとのドッキングを解除する。翼に接続
されていたドラグーンを射出し、棄てる事で機体本来の機動力を取り戻す。表面装甲の
フェイズシフトが解除され、黒とダークグレーのカラーリングが浮かび上がった。
 間接部分のPS装甲出力を上昇させ、金色の輝きが強まる。腹部のビーム砲が閉鎖され、
出力のほぼ全てが推進系に回された。ツインアイが間接部と同じ色の光を放ち、装甲の
継ぎ目から金光が溢れ出す。
『ならば証明を、キラ=ヤマト』
 エミュレイターの言葉が終わらない内に、動力部の損害が限界を超えたエターナルが
爆散する。その光を切り裂き、更に強い光が出現した。エンブレイスの前部3箇所から
展開されたビームシールドが結びつき合い、蒼く輝く衝角となる。
 3基のヴォワチュール・リュミエールから生み出される速度をもって螺旋を描き、巨体が
ストライクフリーダムへと迫る。間一髪それを回避するSフリーダム。両機体から溢れる
蒼と金の輝きが混じり合い、光る渦を創り出す。超高速で突撃したエンブレイスの背後を
狙おうとしたSフリーダムの眼前で、エンブレイスの機体が3つに割れた。
 胴部、左翅、右翅に分離したエンブレイスがそのまま散開する。縦に一回転した胴部が、
胸部の大出力ビーム砲で放棄されたミーティアを撃ち抜き、巨大な爆光を生んだ。
 胴部と両翅に備え付けられていた、6基の小型砲台に似た物体が射ち出される。虚空で
隊列を組み、尾部からウィングが伸びた。小さな噴射光と共に漆黒の宇宙を跳ね回り、
それらの先端が爆発から逃れたばかりのSフリーダムを捉え、ジグザグ機動を絡めつつ
包囲陣形を形成していく。そこへ、ビーム砲を展開した両翅が突っ込んできた。
 両翅にワンテンポ遅れ、胴体下部を上方に畳んだメインユニットも180度回転し、
姿勢を安定させる。スラスター光を引く全ての物体が、破滅の輝きを湛えた。

『人間の、証明を』

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