SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第61話

Last-modified: 2008-02-26 (火) 11:15:07

「あった!」

 

 アークエンジェルの居住区に用意された個室。
 部屋の照明を消し、ラップトップの光に顔を照らされた研究員が、青白い光の中で喉を鳴らす。
「私の職位では触れないレベルの機密か……だが、ヴォワチュール・リュミエールは既に
 新型の推進機関として認識されている筈。その欠陥を、何故こうもひた隠しにする?」
 マーシャンのMSと接触した地球連合軍第81独立機動群、通称『ファントムペイン』の戦闘記録と、
記録そのものより遥かに膨大な付随資料に目を通す。
「デルタアストレイ……マーシャンの機動兵器。こっちの機体は……ターンデルタだと?
 これも火星のMSか。双方共に、完全な状態のヴォワチュール・リュミエールを有す、と」
 キーボードをせわしなく叩く。ハッキングは明確な犯罪行為だ。発覚すれば、クビでは済まない。
 しかし、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。自分が造ったMSに搭載したのだから。
 今更どうしようもないが、性分だった。
「……何? エネルギーの急激な上昇……いや、エネルギー転送だと!? これか?
 実験で起きた相互干渉に酷似した……だが、もしあの通りの現象が起きれば!」
 完全な状態で稼動する2つ以上のヴォワチュール・リュミエールユニットの出力を一定以上に引き上げると、
ユニットのエネルギー変換によって生まれた翼のような光が、ごく稀に、近くのユニットにエネルギーを供給してしまう。
 一番の問題は、光を介したそのエネルギー供給が相互に行われ、際限なく出力が上昇する『可能性がある』という事だ。

 実験中、偶然この現象を目撃した研究員は葛藤した。
 しかしデスティニーⅡを対ストライクフリーダム用、対インフィニットジャスティス用として完成させるための、
不可欠な推進機関である事も事実だった。
 前者に装備されたユニットはいわゆる亜種であり、ブースター以外の機能を持っていなかったが、今度の相手は違う。
 相互干渉が発生した際、エネルギーの供給量によっては――

 

「デスティニーⅡが、暴走……」

 

 ラップトップを消し、呆然としたまま呟く研究員。スターゲイザーの映像が記憶に蘇った。
 ビームを照射され、ストライクノワールごと超高速で飛んでいった様が。
「も、もしそうなったら、私もお嬢様に飛ばされる……物理的な意味で飛ばされる」
 頭を抱え、激しく首を振る研究員。
「い、嫌だ! 死にたくない! プランAはまだ改良の余地がある!
 Gカイザーに至っては完成さえしていない! ベイオウルフのギガントパイルも、可変戦艦も!」
「先輩、ちょっと?」
「うおおぉあ!?」
「わあぁ!?」
 ショック過ぎて気付かなかったか、何時の間にか真横にいた後輩に絶叫して、
無重力のため壁にぶつかってバウンドする研究員。
「の、ノックをしろ馬鹿者! というかお前、どうやってドアロックを!?」
「え、あ、すみません。でも、もう戦闘が始まります。はやくモニターしないと!」
「なに? デスティニーⅡは対エンブレイス部隊だろう。もう標的を補足したのか?」
「ちょっと、状況が変わりまして……」

 
 
 

 戦略砲と聞けば、C.E.の兵士達はほとんどがジェネシスやレクイエムをイメージする。
 砲自体が巨大で大出力。長射程であり、運用法によっては1個艦隊に致命的な損害を与えられる必殺兵器。
 ただし威力があり過ぎ再発射までの間隔も長く、大抵の場合、自軍から離れた場所で敵を狙い撃たせるのがセオリー、と。
 もちろん切り札である以上、充分な防衛部隊も配置して。

 

『おいおい……敵は分散してるんじゃなかったのか?』
 ガナーザクに乗るパイロットが、苦笑いしつつ声を発した。
『計画の前提が違っていたわけだ。まあ、よくある』
『あるある』
『そんなんばっかりだぜ、俺なんか』
 ジェットストライカーパックを背負ったウィンダムのパイロットがそれに答え、賛同する声が続いた。
 彼らの視線は、先行した偵察機から送られる映像へと向けられている。

 

 セレニティの威容と、無数の光へと。

 

 頭に超がつくほどの密集隊形。MSも、ジンやシグーではない。
 ザクウォーリア、グフイグナイテッドといった新型機が省電力モードで待機しており、10隻のザフト艦も同様。
 視界を塞ぐ程の大軍というわけでは無いが、此方はそれ以上に少数だ。
 何より、戦略砲の真正面にエンブレイスまで鎮座している。
 セレニティは既に起動準備を終えているらしく、互いに別方向へ回転する5重のリングから放たれる金光が、
純白の巨体を輝かせていた。

 
 

「計画を変更するほかあるまい」
 ミナの言葉に、アークエンジェルの艦長と連合軍所属の赤毛の将官が殆ど同時に頷いた。
 少し遅れてアーサー=トラインも首肯する。
『現在の速度は維持しなくちゃならないがな。ただでさえ時間が無いんだ』
『エミュレイターが此方の艦種を判別できる以上、陽電子砲を搭載した艦から狙ってくる、
 もしくは無人機に集中攻撃させる事は充分に考えられるな』
『レーダー性能が殆ど同等である以上、先制攻撃も難しい。そして陽電子砲の性質から
 言って、いつでも撃てるように予めチャージしておく事もできない……となると』
 申し訳なさそうな表情でアーサーが続ける。
『必然的に、MS隊に大きく依存した戦闘になりますね』
「最長射程から撃ち込む事はできないでも無いが、此方の位置を割り出されてしまう上に、
 周囲のデブリ密度もあって正確に照準できん。視認距離まで近づかなければ……」
『やれやれ。少なくともセレニティは、MS戦抜きで片付けたかったんだがなぁ』
連合軍の将官が、鮮やかな赤毛を掻き乱す。
『手堅くいきたかったなぁ。勝っても負けても損する作戦だし』
『い、一応2000万人のコーディネイターの命が懸かっているのですが』
『あーうん、まあね』
 額の汗を拭くアーサーと生返事する連合軍准将に、ミナは額を軽く押さえた。
「とにかく艦は予定通りセレニティの死角へ回り込むとして……リングの破壊は、MS隊に任せよう。
 敵MS隊の動きによっては、陽電子砲を撃てなくなるだろう」
 かぶりを振って、ミナは手を置いたコンソールに視線を落とす。
「その分MS隊に……特に、エンブレイスと戦う部隊に負担がかかるがな」

 
 

「同型ユニットであれば、幾つ連なろうと問題ではない。
 つまり3連式のエンブレイスや2連式のデスティニーⅡ単体ならば安全。
 しかし2機が近距離で出力を上昇させれば、いや可能性は相当に低い、いや実験では確かに……」

 

「どうしたのです? 彼は……」
 虚ろな表情で何か呟きながら、展望窓に額を擦り付ける研究員を気の毒そうに眺めるアズラエル。
 慣れっこと言わんばかりに後輩が肩を竦めた。
「先輩は集中するとああなるんです、お嬢様。
 ベイオウルフを開発した時とか、3日間くらい引きこもって壁相手にああやってました」
「まあ。けれど、その甲斐あって連合軍の次期量産機に指定されそうです。
 今回の戦闘を記録し、PRに使って更に立場を固めたいと思います」
 気にするのを止めたのか、まるで高得点を取ったテストを両親に見せるような表情の少女。
 撮影機材を準備するスタッフに、何度も視線をやる。仕草だけ見れば歳相応だった。
「じゃあ、生体CPU部隊は対セレニティへ回すという事で?
 てっきり、アスカさんを援護させるものかと思ってましたが」
「そのつもりでしたが、良く考えてみるとシンがそのような事を認めるわけがありません」
 悩ましげな溜息をつき、アズラエルは頬に手を当てた。
「むしろ、我が社の貴重な商品がシンの足手まといになる確率の方が高いので」
「……随分気に入っているんですね、シン=アスカさんの事」
 首を捻り、後輩は窓の外の景色を見つつ零した。彼にはどうしても理解できなかった。
 一度相対した時、言いようのない不安とじめじめした恐怖を覚えたからである。
「だって、あの御方はとっても綺麗ではありませんか」
「綺麗? ああ。コーディネイターだから、顔は確かに整ってますよね。……え、何か」
 含むような笑みを形作ったアズラエルと視線が合い、後輩は一歩後ずさった。
 しかし、アズラエルはすぐ窓の外の宇宙に目を向け直してしまう。
『作戦エリア突入まで5分。繰り返す……』
 艦内放送が聞こえても、少女の視線が揺らぐ事は無かった。

 
 
 

 実際、整備してきた宇宙航路を塞がれる事は、C.E.の現代企業にとって死に等しい。
 地球だけで経済が完結していたのは過去の話であり、そういう意味でエミュレイターの行為は、
人類社会に対する重大な挑戦であった。
 ただ何時の時代でも変わりはないが、大抵の人間は企業の未来などまるで意に介さず、しかも声が大きい。
「プラントに住む宇宙の化物を助ける事に、何の意味があるのか」
「彼らの行いは地上のコーディネイターをも苦しめてきた。今度は彼らが苦しむ番だ」
「戦争の火種を蘇らせた所で、喜ぶのは軍需産業のみではないか」
「地球連合には、本当に我々を守る意思があるのか」
 このような抗議が、エミュレイター討伐を決定した地球連合軍に殺到した。
 主宰国の大西洋連邦は、今こそ両者の確執を越え融和を築くべき時であるという声明を出したが、特に効果は無かった。

 

 建前に過ぎないから、というわけではない。

 

 2度に渡り未曾有の惨事を巻き起こした『宇宙の化物』に迫る滅亡。
 大衆は喜びに沸き、平和の歌姫ラクス=クラインや彼女の剣であるキラ=ヤマトを悪し様に罵る反面、
ラクスを実質的に葬り去ったエミュレイターを絶賛した。
 プラント市民の豊かな暮らしぶりと、生まれつき全てを与えられたスーパーコーディネイター、
そしてNジャマーを投下して10億を野垂れ死にさせたシーゲル=クラインの娘であり、世界の頂点に君臨していた歌姫。
 旧英雄達が力を失った瞬間、それらに対する不満が一気に爆発したのである。

 

 かつてカガリ=ユラ=アスハを支持し、ウズミ=ナラ=アスハの理念を継ぐ獅子であると讃えたオーブ国民は、
占領した地球連合軍によって暫定政権が構築されると、すぐさま掌を返した。
 自らを独裁者カガリ=ユラ=アスハとその走狗であるアスハ系オーブ軍人に抑圧され、
自身の意思さえ表現する事を許されなかった犠牲者であると称し、連合軍を解放者として歓迎した。
 新政府樹立の為の選挙と称した出来レースの準備は順調に進んでおり、最早アスハの名を持ち出す者はいない。
 世界は歯車を入れ替えようとしていた。磨耗し歪み、性能を落としたパーツを装置から取り除き、代替品を組み込みつつある。
「ロンド=ミナ=サハクも、所詮は連合にへつらう利益至上主義の私掠海賊だった」
「英雄であるシン=アスカが、このような作戦に参加するのは残念でならない」
 このような声も上がったが、2人はまるで気に留めなかった。
 前者は5年先の計画を練っている最中であり、後者は地位にも名声にも興味が無かったからである。
 批判、中傷、落胆を背に受け彼らは戦う。己の求める物を、手に入れるために。

 
 
 

 彼方の青白い光が、セレニティのリングを防衛するガナーザクのモノアイに移り込む。
 頭部パーツが僅かに上がった。
 水面に石を落としたように、赤紫色の瞬きが周囲で待機するMSの頭部に次々と灯り、広がっていく。

 

 『来た』

 

 MSを通じて敵艦隊の接近を感知したエミュレイターは、ハッキングによってダウンした通信ネットワークの復旧を
サブシステムに任せ、自部隊のセンサーを通して瞬時にタクティカルマップを形成、更新する。
『8隻……ナスカ級が2、イズモ級が2、ネルソン級が3、そしてアークエンジェル……
 確かに、それ以上大型艦艇を揃えた所で素早い動きは取れませんね』
 敵軍が更に加速した。固まったまま、セレニティの正面に突進してくる。ネットワークさえ生きていれば
この時点で全滅させられるのだが、エンブレイスはまだ待った。戦略砲の再発射には時間が掛かる。
 照準できないまま、視覚センサーに頼って発射するのは拙い。

 

『……なるほど』
 照準できるぎりぎりの距離に入った瞬間、敵艦隊が2つに分割した。
 速度を保ったまま、左右の姿勢制御スラスターを小刻みに吹かし、自軍を囲むように大きく陣形を膨らませる。
 空気抵抗も重力も無い宇宙空間だからこそできる動きだった。敵部隊、視認距離内に侵入。
 ブレイズウィザードを装備したザクの部隊が前進し、無照準で背部の連装ミサイルを発射。
 ローラシア級とナスカ級も急速回頭し、レールガンとエネルギー収束火線砲を斉射。
 ほぼ同じタイミングで敵からもレールガン、ビーム砲、ミサイルによる攻撃が放たれるが、
これは周囲を明るく照らすのみに留まった。
 最大戦速のまま乱射したところで、また敵に速度を合わせないまま撃ったところで、命中するわけもない。
 近接信管式のミサイルが炸裂し、エンブレイスや他の機体を闇の中に浮かび上がらせる。
 だが、セレニティは単なる大砲ではない。砲口正面から逃れた所で、ゲシュマイディヒ・パンツァーを応用した
ビーム偏向リングによる全方位射撃は可能だった。
 敵艦隊をロックする。2隻程度は沈む。そう推測した時、2隻のネルソン級が2発ずつミサイルを撃った。
 初速は遅い。セレニティを狙っているとは解ったが、ミサイル4発で大破するような砲で無い事は、敵も知っているはずだ。
『……』 
 エンブレイスのモノアイが輝き、セレニティの前から浮かび上がって光翼を展開する。
 光を引いて突き進むミサイルの弾道は単純。その1つに狙いを定め、左翅のビーム砲を連射。

 

 青白い光が闇に吸い込まれたと思った直後、艦隊を包み込めそうなほどの光球が生まれた。
 センサーでその爆発をチェックする。
『これは……核弾頭?』
 激しい爆発によって、光学照準の性能が鈍る。流石にセレニティでミサイルを撃墜する事は不可能だった。
 ミサイル3発をマルチロックし、両翅の3連ビーム砲で次々に落とす。
 同時に有効距離に入った敵艦隊に対し、セレニティを発射。巨大な砲口から放たれた金色のビームが、リングを通って拡散する。
 4つの核爆発によって、真昼の如く輝く宇宙。光の中に垣間見える敵艦隊が、何か沢山の物体を吐き出していた。 それらは炸裂し、光る霧となって彼らの進路に広がる。
 アンチビーム爆雷であった。金色の光がその霧の中に吸い込まれ、弱められ歪められ、虚しく消える。
 核爆発によって照準がブレた上に回避機動を取られ、有効打を与えられない。
 ザフト艦隊を壊滅させた時のように、部隊のIDを入手しリアルタイムで動きを追跡できているわけではないのだ。
『乱戦、ですね』
 陽電子砲を装備した艦があるが、アンチビーム爆雷を使ってしまった以上、撃てない。
 放出した粒子を掠りでもすれば、すぐさま対消滅反応が起きてしまうからだ。
 全MSを起動。オートモードに切り替え、自身のヴォワチュール・リュミエールの出力を上昇させた。

 
 

 ホワイトとペイルブルーでペイントしたインフィニットジャスティスが、ナスカ級から発進する。
 リニアカタパルトによって加速を得た上で、分離させたリフターに乗り更にスピードを上げる。
『シホ! ディアッカ! 俺達の狙いは第1リングだ! 砲口に一番近いやつだぞ!』
『おっけーおっけー』
『真面目にやってください、エルスマン! フリーダムは強力な機体なんですから!』

 

 ネルソン級から発進した6機のMS。ネイビブルーの痩躯に、前方に突き出した特徴的な頭部パーツ。
 両側面から上に伸びるレーダー。格子状のバイザーの中で往復する光。
『始動。ターゲット確認……第2リング』
『確認完了……状況開始。索敵……』
 デスティニーⅡの母であるベイオウルフ。生体CPU達の透き通った声が、通信回線に響く。

 

『俺達は第3リング担当だ! 良いか。必ず勝って、プラントに帰るんだ!』
『はいっ!』
 黒いゲイツ部隊の後方に追随するザクから、張り詰めた少女兵士の声が返ってきた。

 

『オレ達のターゲットは第4リングだな』
『ああ。さっさと片付けるぞ。この依頼に、時間給は用意されていない』
 灰色メインで所々を赤に染めたザクファントムと、M1アストレイに似た、青、白、オレンジで塗られた機体が、
短いやりとりの後セレニティへと加速していった。

 

『司令官、先程も申し上げましたが、くれぐれも……』
『承知している』
 黒と金のMSから、『闇』が噴出す。
 低収束モードに切り替えたミラージュコロイドを纏ったアマツが、艦の装甲を蹴って第5リングへ飛んだ。

 
 

 戦闘が始まり、あちこちで光の華が咲き乱れる。

 

 セレニティの相対的上部に浮かんだエンブレイスが、正面からやってくるデスティニーⅡをモノアイで捉えた。
 この間までと打って変わってスマートな肢体。3機のドムを引き連れた黒と赤の悪魔が巨砲に降り立つ。

 

 言葉は、無い。デスティニーⅡの掌に炎が生まれ、鮮血色の光翼が目一杯膨れ上がった。

 

 エンブレイスも蒼穹色の翼を広げる。呼応するように両者の翼が震え、一瞬輝きを強めた。

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