とんとんとん……。
リズミカルな包丁の音が2LDKのアパートに響く。
窓の外には神田川を行く船が夕日の色に染まっていた。
お鍋が吹き零れないように、シッポはつまみを捻って少し弱火にする。
「ただいまー」
「あ、シンおかえりっス」
玄関を見ると、勤めから帰ってきたシンが靴を脱いでいるところだった。
「あれ? 今日の家事当番は俺じゃ?」
台所で料理をするシッポを見て、シンは首を捻りながらカレンダーを見る。
たしかに今日の家事当番はシンとなっていた。
「今日は打ち合わせが早く終わったから早く帰ってきたっすよ」
「シッポだって仕事が忙しいんだろ。無理にしなくても……」
「私がシンの為にやりたかっただけッス。シンは気にしなくてもいいっすよ」
そう言ってモジモジするシッポの顔が真っ赤に染まっていたのは夕日のせいだけではないはずだ。
そんないじらしいシッポを、シンは思わず抱きしめる。
「シッポ……」
「シン……」
そして、少ずつ二人の顔が近づいて行き……
「ん、あ、だめ。ステラが起きちゃう……んっ」
…………。
………。
「って、なんっすかー!! この夢はぁ!!!」
シッポはホテルのベッドから飛び起きる。
ツーカ、何だこの夢は、ありえない、ありえないっす! 自分には師匠と言う尊敬する人が、目標とする人がいる。なんだって昭和のアパートでシンとふ、ふ、ふぅふ……。
「ありえないありえない、ありえないっ!!」
真っ赤になって布団で転げまわるシッポだったが、不意にドアが開く。
飛び込んできたのは、隣の部屋で雑魚寝をしていた男衆の一人、シンであった。
「どうした、シッポ! なんかあったのか!?」
「うぎゃー!! な、なんでもないっす!!」
思わずシンの頭に手近にあったマクラをぶつける。
「お、乙女の部屋に突然入ってくるなぁ!!」
「お、お前がいきなり叫ぶから……、わ、悪かったよ」
慌てて部屋から飛び出すシン。
そして、シンの姿がはっきり見えなくなってようやくシッポは安堵のため息を吐くと、
びっしょりとかいた汗を洗い流すべくシャワールームへと向かうのだった。