SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第2話

Last-modified: 2008-06-09 (月) 21:05:40

第2話『英雄との邂逅』
 
 シン・アスカがその公園に立ち寄ったのはただの偶然であった。
 元々その日は人と会う約束をしており、待ち合わせの時間までだいぶ間があったための気まぐれに過ぎない。
 そう、気まぐれだったはずだ。
 
 シンが向かったのは、国を守る為に散っていった軍人の眠る墓地であった。
 
 昨晩から降り続く雨の中を、シンはぼんやりと歩きつづける。
 かつて故郷で見た慰霊碑に通じた、しかし何かが根本的に違う墓地を一人歩く。
 どれくらい歩いたであろう。長かったのかもしれない、短かったのかもしれない。
 不意に、自分しかいなかったはずの墓地に他人の気配があることに気がつく。
 普段のシンならば、そのまま無視をして通り過ぎていったであろう。
 ザフトを辞して以来、シンは無力感と無関心に苛まれていた。間違っても見ず知らずの人間に声をかけるなどという事は今までなかった。
 
 軍服姿の赤毛の少女であった。
 その少女は雨の中も傘もささず、俯き身動ぎ一つしていなかった。
 その姿はとても悲しく、儚く、まったく似ていないのにシンの知っていたある少女を連想させた。
 だからというわけでも無いだろうが、目の前にいた少女にシンは声をかけた。
 
「君は……?」
 
 突然話しかけられた事に驚いたのか、少女は驚愕の表情でシンを見つめる。
 そして……。
 
「うわっ……」
 
 不意に吹いた突風に傘があおられ、視線が遮られる。
 そして次の瞬間には、そこにいたはずの少女の姿が消えていた。
 
「えっ?」
 
 慌てて周囲を見渡す。先ほどの少女は何故か遠くにいた。
 
「お、おいっ……」
 
 話し掛けただけでそこまで逃げるのは無いだろう。さすがのシンも気を悪くして少し声を荒げる。
 そして、その瞬間だった。
 
「えっ……」
 
 再びシンの口から困惑の声が漏れる。
 不意に遠のく意識、急速に近づいてくる地面。そして、視界の隅に見える黄色いナニカ……。
 
「おい、待てよっ──」
 
 シンは声を上げようと必死になるが、声が出ない。
 遠のく風景をつなぎとめようと、必死に手を伸ばす。
 
 そして……
 
「きゃっ!」
 
 なにやら可愛らしい悲鳴が、シンの耳を打った。
 
 
「きゃっ!」
 
 シンの目に最初に飛び込んできたのは、黒髪の女性の姿であった。
 随分と若い女性だ。自分と同じくらいだろうか? 艶のある黒髪を肩口で切りそろえており、キリっとした目をした美人であった。
 朦朧とする意識の中で、シンは女性の表情がおかしな事に気がつく。
 その女性の頬はなにやら朱に染まっており……、自分の腕がその女性の軍服に包まれた胸元……、というか、胸に伸びており……、この手のひらに感じる程よい弾力と柔らかい感覚は……。
 
──この、ラッキースケベ。
 
 なーんか、昔もこんな事があったような……。
 朦朧とする意識の片隅で、シンはぼんやりとそんな事を考える。
 シンの脳みそが現実に起こっている事に対応できないでいる間にも、なぜだか自分の意識とは裏腹に指がワキワキと動きなんともいえない柔らかい感覚を堪能している。無駄な所で2年前より確実なレベルアップを遂げていた。
 一方の目の前の美人さんの額にはなんだか知らないが十字マークが浮び、真っ赤になってプルプルと振るえている。
 
――この先どうなるか、『元ザフト兵士強制猥褻で逮捕。ザフト時代の仇名はラッキースケベ!』という三面記事は嫌だなー。
 
 どれぐらいその状態で固まっていただろう。
 シンの思考が現実逃避気味に傾いた時、目の前の美人が絶対零度の声を上げる。
 
「で、何時までそのままでいるつもり?」
 
 その言葉に、ようやくシンの脳みそが活動を開始する。
 慌てて女性の胸元から手を離すと、ベッドから跳ね起きた。
 
「す、すいません!」
「まったく、起き抜けにいきなり女性の胸を狙ってくるなんて……ザフトのトップエースは伊達じゃないって所かしら?」
「いや、トップエースってそんなっ!? 俺は決して狙ってやったわけじゃありません!」
「あら、言い訳?」
 
 今だに頬を朱に染めた女性は、自分の胸を守るような……でも、なぜか豊な胸が強調されるポーズをとる。
 その様子に先ほどの心地良い感触を思い出す。
 
「本当にすいません!」
 
 女性以上に顔を真っ赤にして土下座をせんばかりに謝るシンに、女性はクスリと微笑む。
 
「まぁ、男の子だから仕方ないか。わざとじゃないというのは信じてあげましょう」
「『仕方ない』ってなんですかっ! つーか、信じていないでしょう、あんたはっ!!」
「そりゃ、あそこまでピンポイントに胸を狙ってきちゃ……」
 
 再び顔を赤く染める女性に、シンは思わず絶句する。
 
「でも、シン君も男の子だし、今回は許しましょう」
「だから、その理屈はなんなんだっよ!」
 
 許してもらえるのはありがたいが、エロ野郎と言われるのはさすがに避けたい。
 本来なら初対面の相手なのでほっとけば良いのだが、起きた途端の珍事にシンは冷静な判断力を失っていたのだ。だから、色々とおかしな事があった事にも気がつけなかった。
 
「じゃあ聞きますけど……。シン君、ボディビルダーの人の燃える厚い胸板と女性の柔らかい胸どっちが好き?」
「そりゃ、女の人の柔らかい胸ですが……」
「ほら、やっぱり胸が好きって……、狙っていたってことじゃない」
 
 そう言うと、女性は再び両手で胸を抑える。やっぱり、強調しているようにしか見えない。
 その特盛の迫力に、シンはますます冷静さを欠いた。
 
「比べるモノが悪いでしょうがっ! というか、ボディビルダーの厚い胸が好きなんて言ったら、俺は変態じゃないですかっ!」
「あら、女性のボディビルダーだっているわよ。それだったら変態さんにはならないわ」
「そういう特殊なモノを一般化しないで下さいっ!」
「別に特殊でも何でもないと思うけど……、それじゃあ、女性の胸と男の人のこか……」
「まてまてまて!!! あんた、女性として恥かしくないのかよっ!!」
「うん、ちょっぴり恥ずかしい。でも、偉大なる先達のネタもあること……」
「人様のネタを勝手に盗用するなっ!!」
「もう、我侭ね」
「なにがだよっ! あんたは一体なんなんだっ!!」
 
 シンの心からの叫びが、病室に響き渡る。
 一方、そんなシンに対し女性はニコリと──あるいはニヤリと微笑みながら答える。
 
「うーん、謎の美女……かな?」
 
 堂々と自分の事を美女などと言う強心臓にシンは思わず絶句する。一方女性はさらにナニカを吹き込もうと悪知恵をめぐらせるが、しかし……
 
「だれが『謎の美女』ですか、司令?」
 
 騒がしかった部屋に、水を差すかのように冷たい声が響く。
 その声の主──趣味の悪いサングラスの男は、声と同じくらいに冷たい視線を女性──司令に向ける。
 司令は舌打ちを一つすると、すぐににこやかな表情で振り向いた。目は笑っていないけど。
 
「あら、サイ君。もしかして嫉妬しているのかしら?」
「なに怖い事言っているんですか。 前途有望な若者が誰かの毒牙にかからないように声をかけただけですから心配しないで下さい」
 
 一方のサングラスの青年──サイも負けずににこやかな表情で答えた。ちなみに、やっぱり目は笑っていない。
 二人の間で妙な緊張感が漂う。
 一方、一人置いてけぼりな展開を喰らったシンは二人をぼんやりと眺めているだけだったが、二人の服装が軍服──しかも連合士官の軍服であった事に気が付き、意識が急速に覚醒していく。
 
──るなんて……ザフトのトップエースは伊達じゃ
──でも、シン君も男の子だし、
 
 なぜ、あの女は俺の名前を知っていた?
 しかも、ザフトのトップエースだって!?
 
 急速に覚醒していく、戦士の嗅覚。
 鋭くなっていく視線。
 この二人は、一体何の目的で自分を連れてきたのか。
 自然と厳しい目で、二人を観察し……。
 
「ひどいわ、サイ君。私が若者を毒牙にかけるだなんて」
「誰とは言っていませんが、自覚あるなら止めてくださいよ」
「単なるスキンシップじゃない。最近の若者は……」
「スキンシップで新兵を何人もノイローゼにされちゃたまりませんよ。フォローに回る身にもなってください」
「このナイスバディは罪ね……。ああ、ちょっぴり捻くれているけど純情でキス魔だったサイ君が……」
「勝手に人の過去を捏造するなよっ!」
 
 そんなシンの変化に連合の二人は気がつく事も無く、妙な緊張感を漂わせ続ける。
 つーか、どう見ても漫才にしか見えないその様に、シンの中で何かが萎えていく。
 
「あんたらは一体なんなんだ……。誘拐なら金は無いぞ」
 
 なんかもうどうでもよくなったのか、かと言って漫才を見る気にもなれず投げやりに言葉をかける。
 一方の声をかけられた二人は顔を見合わせると、バツが悪そうに答えた。
 
「何なんだっていわれてもなぁ……」
「命の恩人にそれは無いんじゃない、シン君?」
「いや、見つけたのは俺ですし、治療したのは先生でしょう?」
 
 サイの小声のツッコミを司令はスルーをすると、再びシンに向き直る。
 
「ん~と、もう一昨日だけど君が倒れている所をうちの部下が見つけて保護したんだけど、覚えていない?」
「倒れていた?」
 
 確かに、何かに足を取られた事だけは覚えている。
 シンはその言葉に頷くと、さらに疑問の言葉を口にする。
 
「じゃあ何で俺の名前を知っているんだ? ここは軍病院か何かか?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。ここは単なる民間の病院、先生は元軍医だけどね……。名前は悪いけど持ち物を調べさせてもらったわ」
 
 まぁ、確かに。病院に連れて行く過程で持ち物を調べるくらいはするだろう。
 それに軍関係者なら自分の事を知っている人間がいても不思議ではない。前議長の時代はマスコミに露出していた時期があるからだ。
 
「ちなみに、私たちが此処にいるのは単なる偶然。ちょっと此処の先生に用があって来たんだけど……、病室の前を通りかかったら何か叫んでいたから」
「叫んでいた?」
「うん。人の名前だったかしら……? まさか女の子が通りすがったのを見計らって呼び込もうという作戦だったとは思わなかったけど……」
「あんた、まだそのネタで引っ張るのかよっ!!!」
「誰が女の子ですか……」
 
 ドサクサにまぎれて妙な主張をする司令に、二人は呆れ半分の声を上げる。
 
「っと、すいませんでした、妙な警戒をしちゃって」
 
 女性──司令を相手にするのは分が悪いと悟ったのか、シンは佇まいサイに視線を向けると謝罪の言葉を口にする。
 元ザフトとしては連合に思うところが無いわけでもないが、だからと言って無礼を働いていいわけではない。直情系でぶっきらぼうな性格ではあるが、礼儀知らずというわけではなかった。
 
「いや、警戒するのは無理もないよ」
 
 そんなシンの謝罪をサイはすんなりと受け入れると、騒ぎの元凶たる司令に冷たい視線を向けた。
 
「で、司令。あんまり病院で騒がないで下さいよ」
「なによ、まるで私が悪いみたいじゃない」
「悪いんですよ。他の患者さんに迷惑ですし、下まで聞こえていましたよ」
「今日は他に人はいないじゃない。それくらい見ているわよ」
 
 プクーっと可愛らしくふくれる司令に、サイは溜息を一つつく。必要ならば古狸相手に腹芸をこなすこの才女は、時々妙に幼く振舞うのだ。いい加減、自分の年齢を考えて欲しい。
 
「そんな事を言って良いんですか? 先生が呼んでましたよ……カンカンになって」
「げっ」
 
 顔を青くする司令にサイは軽く苦笑をする。
 
「さてと、騒がせて悪かったな。ほら、司令、行きますよ」
「サイ君、代わりに怒られて」
「嫌です」
 
 騒がしかった二人が病室から出て行く。
 そんな二人……いや、青年にシンは声をかけた。
 
「ちょっとまってくれ、あんた、名前は?」
 
 その言葉に、サイは足を止め答える。
 
「サイ……、サイ・アーガイルだ」
 
 
「まったく、お嬢はいくつになっても変わらんな」
 
 初老のその医者は。目の前で小さくなっている司令を睨みつけながら嘆息する。
 
「先生、それは無いんじゃ……」
 
 弱々しく呟く司令だったが、医者の眼力に声が小さくなっていく。
 
「ふん、ガキの頃から此処で騒いでいたのは何処のどいつだ……」
 
 昔は父親と共にこの病院に来ては、真面目で堅物な妹とよく喧嘩をしていたものだ。もっとも、その妹はもうこの世にはいない。彼女達の職業はそう言うものだとわかってはいても、幼い頃からよく知っている娘がいなくなるのはきついものだ。
 もう4年たつと言うのに、今でもふと感傷的になってしまう。
 そんな感傷とは裏腹に、医者の口から漏れた言葉は憎まれ口だったが。
 
「いい年こいて嫁の貰い手が無い以上言い訳できるか」
「それセクハラですよ」
「そう言うのは男を連れて来てから言え」
「サイ君は? 他にもアーノルド君とかジョージ君とかイアン君とかとも来た気がするけど」
「全部部下だろ」
 
 壁際でずっこけかけた青年に同情の視線を向けながら、医者はばっさりと切って捨てる。
 
「まぁ、お嬢の男日照りは良いとしてだ」
「男日照りじゃないやい、仕事が忙しいだけで……」
「お前が連れてきた小僧だが……」
 
 司令の抗議の声を無視した医者は、手元のカルテに目をやる。
 ごく普通のコーディネーターのカルテでしかない。いや、コーディネーターとしての遺伝子改造はごく僅かでナチュラルに近い構造だ。だが、それは珍しいというほどではない。
 問題は、この患者の症状にあった。
 
「何かあったんですか?」
 
 何か小声でブツブツ言っている司令に変わり、後ろに控えていたサイが聞き返す。
 
「ああ、ちょっとばかりおかしな所があってな……」
 
 医者がどう説明したら良いかと考え始めた……その時だった。
 
 「あんたは一体なんなんだぁっ!!!」
 
 突如、病院に話題となっていた患者の怒声が響く。
 その様子に部屋にいた3人がそれぞれ別のリアクションを取る。
 サイは叫び声の聞こえてきた上を怪訝な表情で見上げ、司令は鋭い表情をみせる。先ほど見た限り、冷静とは無縁にこそ見えたが、二人にはシンが理由もなしに暴れるような人間には見えなかったからだ。
 一方の医者は思わず身構える。彼のあの症状ならば、突然暴れ出す可能性を否定できず、コーディネーターが暴れ出したとすればそう簡単に取り押さえられない。
 
 何が起こったのかわからない、そんな緊迫感が漂う部屋に、再び怒声が聞こえてくる。
 ただし、声の主は先ほどとは違う人物であった。
 
「お前の我侭でどれだけキラ達が心配したと思っているんだ、シンっっっっ!!」
 
 聞いた事が無い声に司令と医者が訝しげな表情を見せる。
 一方、その声の主をよく知っているサイは思わず腰砕けになり頭を抱える。
 その声の主は、間違ってもこんな場所には絶対いないはずの男なのだ。というか、いてはいけないのだ、そう言う立場にいるはずなのだ。
 だが、その声の主は『あの男』以外にはありえない。
 
「なんだって、こんな所にあいつが湧いて出て来るんだよ……」
 
 だから、サイがこう呟いたのも無理が無い事ではあった。