SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_第4話

Last-modified: 2008-06-18 (水) 19:34:55

4、司祭の遺産
 
  
「貴方達は、今はメンツなど気にしている場合ではないのがわからないのかっ!!」
 
 親子ほどの年齢差のある相手にも、カガリ・ユラ・アスハは一歩も引かなかった。目の前の連合軍の高官相手に声を上げ状況を説く。今の状況で国のメンツなど気にしている余裕などないはずだ。
 そんなを、カガリを腹の突き出た高官は渡された資料と共に胡散臭そうな目で見る。
 
「デュランダルの遺産か……。アスハ代表はこんな与太話を信じろと?」
「だが、現実に多くの兵器が流出している以上、実在している可能性は十分にある!! これを何とかしなければ世界は三度目の戦火に巻き込まれる事になるぞっ!」
「その原因を作ったのは君達ではないのかね。ミス・アスハにミスター・“ザラ”」
 
 同席していたアスランの苗字の部分を強調し、腹の突き出た高官は応える。
 その言葉にカガリは思わず激昂──しそうになった所を、もう一人のヒゲの高官が配下の高官を諌める言葉を口にした。
 
「君、それは言いすぎだよ。二度の大戦は人類の愚かさゆえに起きた。だろう?」
 その様子に出鼻を挫かれたカガリは言葉を飲み込んだ。
「はっ、申し訳ありません」
 
 一方のヒゲの高官は腹の突き出た高官が謝罪の言葉を述べたのを確認すると、もう一度資料に目を通しながら自らの考えを述べる。
 
「アスハ代表、君の言いたい事は判らないわけではない。
 だが、我々としてはやはり特殊平和維持軍の受け入れは難しいと言わざる得ない」
「しかし!」
「まぁ、よく聞きたまえ。確かに2度大戦後に幾つもの兵器……、中には戦術級のシロモノまで流出しているのは事実だ」
「ならば、今は──」
「だがな、流出したのが“なんだか判らないが危険そうなシロモノ”では、捜査官ならまだしもMS部隊の受け入れは難しいのだよ」
「それが動き出してから遅いというのが判らないのかっ! 貴方達は!」
「ふん、そう言いながら貴国が故意に流したのではないのかな? その遺産とやらは」
「なっ!」
 
 腹の突き出た高官の歯に衣着せぬ言葉に、カガリは思わず絶句をする。
 その様子にさすがに黙ってなど居られなかいと、アスランが口を挟んだ。
 
「一国の代表相手にそれは無礼ではないのか!?」
「そうだね、君は少し言いすぎだよ」
 
 再びヒゲの高官が諌める言葉を口にし、腹の突き出た高官が謝罪の言葉を口にする。
 その茶番劇に、アスランは怒りが込み上げてくるのを感じていた。もっとも、それを簡単に表に出すほど子供でもなかったが。
 一方、ヒゲの高官は心底困ったとばかりに資料を閉じる。平和だの世界の危機だのと長々と書いてはあるが、具体的に何が起きたのかといった内容が皆無な、中身が無いに等しい報告書だ。
 
「中佐の言葉は確かに言いすぎだが、ザフトが自分達の不手際で流出させた兵器を探すのに、一切の詳細も明かさず我が国に運び込まれたらしいので部隊を駐留させろなど言われてもな。しかも、交渉にやってきたのがオーブの者と来ている」
 
 ついでに言えば実務者レベルの協議と言う話だったのに、なんでオーブの代表首長が来ているのだとヒゲの高官は思ったのだが、さすがにそれは口にしなかった。
 
「たしかに、今の連合はオーブ抜きでは語れない。だが我等は君達の属国ではないのだよ」
 
 そう言うと、ヒゲの高官は深く溜息を一つつく。正直、このような席で孫に語りかけるような口調で話す日が来ようとは夢にも思わなかった。
 しかも、相手は現在世界を支配していると言われている4人のうちの2人と来ている。できることなら深酒の上の悪夢だと思いたい。
 
「別に貴国にオーブやプラントの属国になれといっているのではない!! 緊急時だからこそ、平和維持軍の一時的な駐留を認めて欲しいと言っているんだ!」
 
 もっとも、この場における駐留とは部隊の基地配置だけではなく、大西洋連邦領内での独自の作戦行動を認めろと言っているのだ。
 他国に軍隊を駐留させるというだけなら、それほど珍しい話でもない。だが、それが殆どラクス・クラインの私兵集団……いや、狂信者であり、現時点で各地でトラブルを頻繁に起こしている“歌姫の騎士団”相手なら話は別だ。
 好んで爆弾を抱え込もうなどという物好きは居ない。
 
「具体的な事が何一つ書かれていないこの報告書の何処に緊急性があるというのか、説明してもらえないかね?」
「そ、それはっ……! 私が此処に来ている事が緊急時だと理解して欲しい!」
 
 ヒゲの高官の言葉に、カガリは思わず口篭もりなんとか今の状況を理解してもらおうと必死になる。
 だが、ヒゲの高官は首を横に振った。
 彼等が危機感をもって事に当たっているのは理解できる。
 だが、だからと言って本当に危険な兵器だとはわからない。彼等が駐留後にこの国に攻撃を仕掛けるための方便と言う可能性もあるのだ。
 
「なぜ、貴方達は判らないんだ! そうやって現実から目を背けるんだっ!」
 
 その様子に、カガリは悲痛な声を上げた。
 “平和の為の特殊平和維持軍”はあくまでこれ以上の戦乱が広がらないようにする為にいるのだ。その彼等の力が今必要なのだと何故彼等は判らない。
 その声に応える者はこの場には誰もいなかった。
 
 結局、その後も交渉は平行線をたどり、少数の調査官の受け入れと現在相互理解を深めると言う目的で駐留しているによ僅かな数の部隊に緊急時の出動を認める事のみが決まるに留まった。
 それがどのような結果をもたらす事になるか、この時は誰にもわからなかった。
 
 
 
「くっ、私は無力だ……」
 
 与えられた別室で、カガリは壁に拳を叩きつけ項垂れる。
 その目は口惜しさに潤み、肩は小刻みに揺れている。
 
「本当に私は無力だ……」
 
 再度カガリは呟く。
 これでは2年前、セイランにオーブの国政を牛耳られお飾りとして何もできなかったあの頃とまるで変わらないではないか。
 現在、オーブは連合のトップとして君臨していると、一般には言われている。それは半分事実であり、半分は間違いであった。
 元々オーブは南方の島国であり小国である。国の軍もアスハに絶対の忠誠を誓い優秀ではあれど、数は決して多く無い。優秀な指揮官を各方面に派遣する事はできても、全体の軍を管轄する事は非常に難しいのだ。
 二度の大戦でも国土そのものが主戦場にならなかった大西洋連邦はそれが特に顕著であり、ユーラシアや東アジアのようにある程度の規模の部隊を駐留させる事ができていない。
 恐らくは相手もそれを見越し、オーブやプラントの影響力の薄い大西洋連邦に“デュランダルの遺産”を運び込んだのであろう。
 そんな落ち込むカガリを横目で見ながら、ソファに座り資料を見ていたアスランが声をかける。
 
「無力だなんて、そんな事無いぞカガリ」
「慰めなんていらないぞ、アスラン」
 
 腹心とも親友とも言える人の言葉に、カガリは顔すら見せずに応える。
 しかし、そんなカガリにアスランは苦笑いを浮かべながら慰めではないと否定をする。
 
「そんな安っぽい慰めなんてしないさ。大西洋連邦は捜査官の派遣と緊急時とはいえ部隊の運用は飲んだんだ。やり様はいくらでもある」
「やり様って……」
 
 アスランのなんとも不思議な物言いに、カガリは思わず振り向く。
 そこに居たアスランは、資料を片手にまるでいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。そのらしくない表情に、カガリは思わず息を飲む。
 
「アスラン、お前何をするつもりなんだ!?」
「それは秘密です」
「茶化すな」
「此処じゃちょっとな、後で話す」
 
 一瞬だけおどけて見せたアスランであったが、次の瞬間には真剣な表情に変わる。
 その変化に、さすがのカガリもアスランが盗聴の危険性を考えているのだと気がつく。確かに今はもう敵地ではないとは言え、下手に情報が漏れて妨害されるのは面白くない。
 
「それとカガリ、君が無力なんて事は無いぞ。昔なら大西洋連邦に捜査官の派遣すら取り付ける事なんてできなかったんだ。カガリは十分成長している」
「そ、そんな……」
 
 カガリは思わず赤面をする。
 すでにアスランに対し男性としての未練は無いつもりなのだが、こうもストレートに褒められるとなんだかこそばゆいのだ。
 
「助かったよ、カガリ。俺だけだったらここまで取り付けたかどうかも……」
「そ、そんな。礼なんていらないぞ。仲間なんだ、あたり前じゃないか」
 
 ますます赤面し顔全体を真っ赤にするカガリをアスランは微笑ましく見ると、次の瞬間には真剣な表情で資料を再度確認し様とした……その時、部屋に何者かの来訪を伝えるベルが響いた。
 
「どうした」
 
 先ほどまでの赤面とは一辺し、カガリは代表首長の顔で声を上げる。
 その凛々しいとすら言える姿にお世辞抜きで本当にカガリは成長したと、アスランは内心嬉しく思った。
 
「アスハ首長代表、ザラ副指令。お探しの資料をお持ちしました」
 
 部屋の外から聞こえてきた声は、まだ初々しい少女と言ってよい女性の声だった。
 そしてその声は、この部屋にいた二人には馴染みの女性の声だった。
 
「なんだ、メイリンか。入れ」
「はい」
 
 そう言うと、部屋に赤い髪をツインテールにした、ザフトの軍服姿の歳若い少女が入ってくる。
 彼女の名前はメイリン・ホーク。元はザフトの戦艦ミネルバのオペレーターで、現在はアスランの主席秘書を勤めている才女であった。
 
「ザラ副指令。お探しの……」
「メイリン。此処には私たちしか居ないんだ。かしこまる必要なんて無いぞ」
「あ、はい。アスランさんに頼まれていた事ですが、調べておきましたよ」
 
 公私を分けお固く話す友人に、カガリは苦笑しながら緊張を解くように言う。
 メイリンもその辺の呼吸はわかっているのか、先ほどまでの才女と言った雰囲気から、歳相応の少女の素顔を見せる。それだけで、2~3歳幼く見えるのだから不思議だ。
 
「頼まれていた事? そう言えば昼間一人ででかけていたみたいだが、それと関係があるのか?」
 
 カガリの意外と鋭い指摘に、アスランは苦笑いを浮かべ説明を始める。別に隠しておくような事ではないからだ。
 
「ああ、シンを覚えているか? インパルスのパイロットだった男だが」
「もちろんだ、覚えている」
 
 あのブレイク・ザ・ワールドの最中に会ったオーブ出身のザフト兵は、色々と衝撃的であった。忘れるはずも無い。
 
「たしか行方不明になったと聞いているが?」
「ああ、そうだ。そのシンが見つかったんだ」
「な、なんだって!」
「しかも、病院に担ぎ込まれてたんですって。まったく何やってるんだか」
 
 メイリンが何時までたっても子供っぽい元同僚に呆れたものだと天を仰ぐ。姉もなんだってアレを選び、しかも御丁寧に振られたのだか……。
 ちなみにその姉も今はザフトを退役し、どこかの探偵事務所に就職をしたらしい。
 
「で、調査の件ですが。病院が特にブルーコスモスと繋がりが深いと言う話は出てこなかったです」
「だが、連合の軍人が二人居たが、それは?」
「その病院の医院長兼経営者が元軍医だったようで、度々軍人が利用していたようです
 アスランさんが会ったって言うアーガイル少尉ですが第17MS独立部隊に所属しており、そこの司令官の祖父がその病院の院長の元上官のようです」
「軍人同士の横のつながりという奴か?」
「たぶん……」
 
 なるほど、確かに生死を共にする軍人同士の横のつながりと言うのは案外強い。良好な関係ならば、退役して何十年たっても元上官と部下と言う関係で親しく付き合う者もいるくらいだ。
 とりあえず、危険は少ないだろうとアスランは安堵の溜息をつく。とはいえ倒れるような荒んだ生活をしている以上は、何とか説得して連れ戻す必要があるのは変わりない。
 一方、そんなアスランを他所にカガリは一人何かを考え込んでいた。
 そんなカガリの様子に、メイリンが気が付く。
 
「どうしたんですか、カガリさん?」
「そのシンってのは確かデュランダル議長の懐刀だったんだよな」
「ああ、フェイスにまでなったエースだが……。どうしてそんな事を聞くんだ?」
「いや……」
 
 カガリは自分の考えを言うべきか言わないべきか一瞬悩む。だが、自らの中で生まれた疑惑はどんどんと膨らんでいく。
 そしてそれにカガリが耐えられなくなった時、カガリは呟くようにそれを口にしていた。
 
「もしかしてシンは、デュランダル議長の遺産を受け取るために、大西洋連邦に来たんじゃないのか?」
「ばっ、ばかなっ!!」
 
 その言葉に、アスランは思わず叫び声を上げる。
 
「シンはそんな奴じゃない! アイツは考え無しで突っ走る奴だったが、決して悪い奴じゃない。誰よりも戦争を憎み、弱い者が傷つく事を見逃せるような奴じゃなかった!」
「怒鳴らないでくれ。私だってアスランの友達がそんな事に力を貸しているなんて考えたくは無い! だが、いくらなんでも時期が合いすぎじゃないか!」
「しかしっ……!」
 
 叫びながらも、アスランは自分の中にカガリの言葉を認めている部分がある事に気がついていた。
 だがそれと同時に、シンはそんな恐ろしい事に力を貸すような奴ではないとも思う。そんな二人に、メイリンが何とはなしに呟く。
 
「でも、議長やレイの名前で呼び出されていたら……」
「あっ……」
 
 何かがストンと落ちていく。あの病院に連合の士官がいたこと、議長の遺産、この地にいたシン。最後のピースがカチリとはまる。
 
「くそっ、俺としたことが……」
「あ、まて、アスラン!」
「アスランさん!」
 
 気がついたとき、アスランは走り出していた。
 
 
 アスラン達が病院に着いたとき、そこはもはやもぬけの殻であった。病院の鍵を壊し中に進入してみたものの、そこには誰もいなかったのだ。
 誰もいない病室に、シンが眠っていたベッドがポツリと置かれていた。
 
 うかつだった。
 
 あの生意気だが気のいい男が、また恐ろしい戦いに巻き込まれるというのか。また俺は、それを防げなかったのか。
 
「シィンンンンンンッ!!!」
  
 アスランの叫びが、小さな病室に木霊した。
 
おまけ
 
 そして、ちょうど同時刻。
 その病院より300mほど離れた中華料理店、馬星軒……。
 
 ズルズルズルと、なにかをすするお世辞にも上品とは言えない音が店に響き渡る。
 その音の主、シンとサイを司令は顔をしかめて眺めていた。
 
「あんたたち、良くそんな音立てて食べれるわね……」
「いや、そう言われても。やっぱりラーメンはすすって食べないと」
「あ、俺もオーブに住み着いて最初は違和感あったんっすけど、慣れるとすすらないとどうも……」
 
 そんな男二人を眺めつつ、司令は中華風ピラフこと炒飯を口に運ぶ。
 
「オーブ出身者ってよくわからないわねぇ……。
 あ、おいしい」
「そうなんですよね、ここ結構穴場なんですよ」
「そうなんだ」
 
 意外とうまい和風中華に舌鼓を打っていた三人だったが、不意にシンが頭を上げる。
 
「あれ、なんか聞こえませんでしたか?」
「いや、何も?」
「聞こえないけど?」
 
 その言葉に、司令とサイは耳を済ませる。
 せいぜい、厨房から『グゥゥレイトォォッ! 今日は客が多いぜっ!』とか『……ワ特製ラーメンおまちっ!』、とか店の人の声が聞こえるぐらいだ。
 
「気のせいかな?」
「気のせいでしょ」
 
 このとき気のせいだと思っていたことが、後で大事件に繋がろうとは誰も考えていなかった。