SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_Episode ”S & R”_第08話分岐

Last-modified: 2009-08-24 (月) 03:14:21
 

 全ての風景が真っ白に染まった……。

 
 
 

 ジリリリリリリリリリ!!

 

 突如耳元で発生した大きな音にも、シン・アスカは何ら反応を示さなかった。
 それがしばらく続いたあと、その音は突如停止した。
 もっとも、静かになったわけではない。かわりに少女のこんな怒声が響き渡った。

 

「いいかげん、起きろ! バカ兄貴!!」

 

 そんな可愛らしいけど、幾分怒りの篭った声と共に繰り出される蹴りに、布団に包まっていたシンは…
 …さらに布団に潜る。
「あと5分で良いから眠らせてくれよ……」
「5分で起きたためしがあるかっ!! 片付かないんだから早く起きてご飯を食べてよ!」

 

 そう言うと少女……マユ・アスカは強引にシンのかぶった布団を剥ぎ取る。
 暖かな暗闇の世界から突如冷たい外気に晒されたシンは、流石に身震いをして
 もう一度布団を取り戻そうとする。
 布団を剥ぎ取ろうとする少女の腕力と布団を取り戻さんとする鍛え抜かれたシンの腕力。
 どちらに軍配が上がるかといえば、もちろんシンであった。
 シンは望み通りに暖かな天国を取り戻した。
 ついでに適度な重量があって適度にかるい温かなモノ付だ。
 言うまでも無く、布団と一緒にマユが引っ張られて倒れたのだ。

 

 布団越しとはいえ、シンに抱きつく形となったマユの顔がみるみるうちに真っ赤になる。
 もっとも、『あ、お兄ちゃん胸板が厚い』とか、ちょっぴり倒錯した感情で真っ赤になったわけではない
 …たぶん。

 

 マユの小さな片手が、まー、なんというか、若い男が朝におきる聳え立つ生理現象に触れてしまったのだ。
 まだ若いというよりも幼い、潔癖な少女が感情を爆発させるのには十分であった。

 

「妹相手になにやってるのよ!! この変態!!」
「これは朝の生理現象で……プランエェェェェェェェ!!

 

 起き上がったマユは、パンツが見えるのも構わず足を振り上げると、
 一気にシンの股間あたりに踵落しをおみまいした。

 
 
 
 
 

「くそおおお! 歌姫の狂犬めっ!!」

 

 連合のタガーLに搭乗していたパイロットは思わず悪態をついた。
 圧倒的な速度で接近しては、巨大な剣でMSだろうとMAだろうとお構い無しに真っ二つにする
 そのGタイプのMSは、今の歌姫の騎士団でもっとも嫌悪される存在だった。
 かつてはラクス・クラインに牙を剥いた戦士も、いまや飼い犬……、
 しかも最も最前線で屍の山を築く殺し屋だ。

 

 ネオ・ザフトによるアーモリー1強襲失敗よりすでに2ヶ月の月日が流れていた。
 その間も各国政府及びネオ・ザフト残党、さらには本部より離反した一部のジャンク屋などが
 ラクス・クラインに対する抵抗を続けていた。
 もっとも、その抵抗は散発的なものにすぎなかった。
 現在の地球圏にはそれこそ無数のドラグーンフリーダムが闊歩し、
 何時の間に作られたのか衛星軌道上には補給基地と地球の監視を行なう拠点が存在していた。
 これでは軍を再編しようにも、少しでもその動きを見せれば即座に制圧されてしまう。
 結果、少数の者が散発的に抵抗するしか出来ないのが現状であった。

 

「くそっ! ここは撤退するぞ……。これ以上はもたん!!」
 そのタガーLのパイロットは吐き捨てるように僚機に通信をいれる。
 彼の指揮下にいたパイロット達が不満げにだが了解をする。
 しかし、ただ一機、ザク・ウォーリアのパイロットだけは違った。
「だったら、あんたらだけ逃げろ。俺は逃げない!」
 まだ歳若いコーディネーターのパイロットの無謀とも取れる言葉に、
 連合出身のパイロットは怒鳴り声を上げる。
「ばかやろう! ここでお前が残って何になるんだっ!! 命を無駄にしたいのかっ!」
「でも、ここで踏ん張らなきゃ……」
「踏ん張って無駄死にして何になるっ! 国の両親を救うんじゃないのかっ!!」
「だからここで残って!」
「無駄死にしておとっつあんとおかっつあんが喜ぶと思っているのかっ!!
 屈辱でもなんでも今は引くんだ!!」

 

 その男は怒鳴りながらも、コーディネーターに真剣に叱っている自分を可笑しく思っていた。
 状況が変われば敵味方も変わる。
 命令があれば昨日までの敵だったものとも肩を並べなければならないのが軍人だ。
 とはいえ、つい2年前までは空の化け物と思っていた連中であり、家族の仇でもあった連中だったのに。

 

 男は一瞬だけそう考えてしまった。
 それが命取りだった。
 かなり離れた場所で戦闘を行なっていたはずのソレが、彼らの目の前に出現していたのだ。

 

「な、しまったぁ!」
 男は驚きの声を上げながらも、咄嗟にザク・ウォーリアに蹴りを入れて離脱させる。
「お、おやっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
 ザク・ウォーリアに乗っていた若者が叫びを上げる。
 だが、そんな叫びなど構う事無く、そのGタイプのMSはダガーLの両手両足を破壊し無力化した。
 ああなったら最後、兵士はMSから引きずり出されて、人間牧場行きだ。
 脳を抉り取られ、憎きドラグーンフリーダムのパーツにされてしまう。

 

「悪魔め……」
 若者は、涙を流しながらそのMSを睨みつけ、つぶやいた。

 

 そのGタイプの名前はファイナルデスティニー。
 ストライクフリーダム、インフィニットジャスティスに続く、第三の歌姫の聖剣…
 …いや、魔剣であった。

 
 
 
 
 

「ってな事があったんだ……」

 

 レイの質問に、シンは軽く憤慨しながら答える。
 朝から妙な角度で首を曲げているシンを不思議に思ったレイがたずねたところ、
 朝あったことの顛末をシンが語ったのだ。
 その事にたいして、レイの答えは辛辣だった。
「それはお前が悪い」
「俺が悪いってな……、朝の生理現象だぜ」
「朝早く起きれば問題は無い」
 レイの言葉に、シンは答えに詰まる。

 

 そういえば、アカデミー時代もこいつはいつも目覚ましがなるより前に起きていたなと思い出した。

 

「って、アカデミー?」
「どうした、シン」
「あ、いや、なんでもない」

 

 アカデミーとは何だ?
 自分はごく普通にこのヘリオポリスのカレッジに入学したはずで、アカデミーなんて行っていない。
 アカデミーってなんだ?

 

 突然脳裏に浮かんだ単語に首を捻るシンであったが、研究室の扉が開く音にその考えを中断させられる。
 室内に入ってきたのは、彼らの先輩であるキラ・ヤマトとアスラン・ザラ、
 それにニコル・アマルフィであった。

 

「おはようございます、先輩方」
「あ、先輩方チーッス」
「お前たちは……、ああ、おはよう」

 礼儀正しく挨拶をするレイと、妙にチンピラみたいな挨拶をするシンにアスランは苦笑をする。
 一瞬だけ注意をしようとは思ったが、どうせ無駄だしと思い直した。

「おはよう、シン、レイ」
「おはようございます、二人とも……シン、首はどうしたの?」

 一方、キラとニコルは二人の態度を気にする事無く挨拶を返し、ニコルはシンの首についてたずねる。
 数分後、研究室の外まで聞こえる爆笑が起こった事は言うまでも無いだろう。

 
 
 
 
 

 結局、元の鞘に戻っただけだと誰かが言った。

 

 アーモリー1襲撃後、ネオ・ザフト総帥だったアスラン・ザラは
 いつの間にかラクス・クラインの軍門に下っていた。
 手土産に、シン・アスカを引き連れてだ。
 彼らに対する弾劾裁判が開かれるが、ソレは全て茶番。
 死刑を求める声を押し切ったのはラクス・クラインの鶴の一声であった。

 

「彼らは、平和を愛する心に目覚めたのです」

 

 結局はアスランとシンは歌姫の騎士団の新鋭隊長に納まり、そして恐るべき人狩りがはじまった。
 名目上は兵器を扱う者の矯正だった。
 だが、その欺瞞は勇気ある記者の手によりあっさりと剥がされる。

 

 脳摘出による、ドラグーンフリーダムの受信ユニットへの改造。
 それこそが人狩りの目的であった。

 

 この情報は瞬く間に世界に広がった。
 人々は恐怖し、もはやナチュラルもコーディネーターもなかった。
 人の自由と尊厳のために狂気の歌姫ラクス・クラインへの抵抗が始まった。

 

 皮肉にも、ラクス・クラインが望んだナチュラルとコーディネーターの融和は、
 ラクスという巨大な敵の前に第一歩を踏み出すことになる。
 しかし、それでも戦力差はあまりにも大きく、ドラグーンフリーダムの数はあまりにも多かった。

 
 
 
 
 

 その日一日、シン・アスカは何か悩みっぱなしだった。
 もっとも、それでもきっちりと課題をこなしたのだから、彼の能力の高さが伺える。

 

「アスランせんぱーい」
「メイリン」
「皆さん、こんにちわ。もう、遅いですよ」
「すまないな、メイリン。じゃ、俺はこれで」
 ちなみに、三人の中で恋人がいるのはアスランだけだ。キラとニコルは恋人がいない。
 メイリンと腕を組みながらにやけるアスランに、キラとニコルのしっと心が燃え上がる。
「何言っているんですかアスラン、今日は12時間耐久の魔法少女物鑑賞会の予定でしょう。
 男同士の友情を温めましょうよ」
「そうだよ、アスラン。君だけリア充なんて許せないじゃないか」
「は、はなせ、キラ、こら、引っ張るなニコル!! お前らキャラが変わってるぞ!!」

 

 いつもの馬鹿騒ぎを始める先輩トリオに構う事無く、何かを悩むシンにレイは声をかける。

「どうした、シン。身体の調子でも悪いのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」

 相変わらず様子のおかしいシンに、さらにレイは何かを言おうとする。

 

 だが、突然の乱入者により声がさえぎられた。
「シンー!!」

 

 校門からハイスクールの制服に身を包んだステラが走ってくる。
 そしてその勢いのままドロップキック……ドロップキック?

「ですてぃにぃいいいいいい!」
「し、シン!?」

 

 ふっとぶシン。ドロップキックを決めた勢いのままシンにじゃれ付くステラ。
 そして、あまりの予想外の事態にレイにしては珍しく慌てた声を上げていた。
 ちなみに、後ろでは学ランをきた彼女の兄二人が頭を抱えていたりもする。

 
 

「いてててて……」

 

 さらにおかしな角度に首が曲がったシンを、レイは心なしか気味悪そうな目で見ていた。
 まぁ、道行く人のようにあからさまに避けてないだけ、友人なんだろう。

「大丈夫か、シン」
「大丈夫そうに見えるか?」
「気にするな、俺は気にしない」
「気にしろよっ!!」

 薄情な友人に、シンが抗議の声を上げる。
 もっとも、抗議の声は形だけでそれほど気にしているわけではないのだろう。
 シンの目は限りなく優しかった。
 二人がこうやって並んで帰るのも、ずいぶんと久しぶりだ。

 

「なあ、レイ。うちによっていかないか?」
「いいのか、シン」
「ああ」
 自宅によっていかないかと誘うシンに、レイが驚きの声を上げる。
「いいのか、妹と二人きりなんだろう」
「なに言っているんだ、構わないさ」
「そうか……」
 その言葉に、レイが微笑を浮かべる。

 

 赤い夕日に照らされたレイの微笑は、彫像のように美しくそれでいて慈愛と温もりにあふれ、
 そしてなにより悲しかった。

 

 もう見れないと思っていた笑顔だから。

 
 

「あ、お兄ちゃん。レイさーん」
 不意に、シン達の背後から声がかかる。
 そこには、買い物袋を持ったシニアハイスクールの制服を着たマユの姿があった。

 

「お兄ちゃん、今帰り?」
 小走りに走ってきたのだろう、マユの肌にうっすらと汗が浮かんでいる。
 その汗をシンは軽く指で拭きとる。
「お、お兄ちゃん?」
 突然のシンの行動に眉は頬を赤くする。
 別にブラコンじゃないと思うけど、でもこうやってされると何か恥ずかしく心地が良いし…
 …って、私は何を言っているんだ!
 さらに顔を赤くするマユに、シンは優しく微笑んだ。

 

 シンはマユの姿を心に刻む。
 父と母と、自分が何より見たかったマユの成長した姿だ。永遠に記憶にとどめないでどうする。

 

 例えこれが……。

 
 

「なあ、レイ、マユ」
「どうした、シン」
「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

「なあ、これって……夢なんだろう」

 
 

 その瞬間、世界の全てが壊れた。

 
 
 

「何時から気がついていた、シン」
「ほとんど最初からだよ。ここには俺が望んでいたものが全てあったから」

 寂しそうな笑顔を浮かべるレイに、シンも寂しそうな笑みで答える。

 

「あるわけ無いんだ。俺の大切なものは、いつも大切なものの犠牲の上にあったから。
 マユがいて、レイがいるなんてありえない。それが例えどれだけ幸せでも……」

 

 そう、最初に守りたかった人たちは戦禍に消えた。
 そして、それこそがシンの始まりであり、その上にシンの新たに守りたいと思ったものは構築された。
 悲しみの記憶こそが、シンの原動力なのだ。

 

 シン・アスカの人生において、全てがそろうということはありえない。

 悲しいが、それがシンの人生でありシンを形作るものだ。

 

「ごめん、マユ、レイ。マユもレイも大切だけど……。
 今の俺には今大切な人が、守りたいものがあるんだ。
 だから、どれだけ幸せでも夢の中にはいられない」
「当然だな」
「そうだよ、何時までも夢に浸ってたら、マユは怒ってたよ……」

 

 それを否定することは誰にも出来ない。例えシン自身にもだ。
 でも、少しだけそれは悲しく、寂しかった。

 

「うん、お兄ちゃん。これは夢。お兄ちゃんは夢から覚めなきゃいけないんだよ。でも……」
「ごめんな、マユ……」

 

 そう言うと、シンはマユをそっと抱きしめた。
 マユはそのシンの腕の中で静かに泣いた。
 夢のはずのマユの身体には、確かな重みがあった。

 
 

 どれくらいそうしていただろう、そっと見つめていたレイがシンに声をかけた。
「真実を知りたいか、シン」
「知りたい。知りたくないって言っても、きっと無理やり知らせるんだろう、レイ」
「ああ、引きずってでも真実の前に連れて行ってたさ」

 

 その言葉とともに、レイの横に扉が現れた。

 
 

「この扉の奥に真実はある」
「そっか、ありがとうな、レイ」
「気にするな、俺は気にしない」
 礼を言うシンに、レイは何時もどおりの答えを返す。
 そんなレイに、シンは微笑むともう一度礼と謝罪の言葉を述べた。

 

「いや、ありがとうレイ。そしてごめん、お前との約束を俺は守れなかった」
「これから守ってくれれば良い。俺はお前を信じた、ただそれだけだ」
「ありがとう、レイ」

 

 そう言うとシンはまだ泣きじゃくるマユをレイに預け、扉に手をかけた。

「お兄ちゃん!」

 そんなシンに、マユは声をかける。
 まだ目は赤いけど、それでもとびっきりの笑顔を浮かべて。
 泣き顔が別れの顔だなんて悲しすぎるから。

 

「お兄ちゃん、大好きだよ!」
「ありがとう、マユ。夢でもまたお前にあえて、嬉しかったよ!!」

 
 
 

 そうして、真実の扉は開かれた。

 
 
 
 

 そこは、殺風景な部屋であった。

 

 小さな窓と、入り口だけの部屋で、真ん中に小さな机と椅子。
 それにノートパソコンが置かれているだけだった。
 他には調度らしい調度は何も無く、装飾も何もなかった。

 

 何も無い部屋に、一人の少年が腰をかけていた。
 それは、シンのよく知る人物であった。

 

「キラ・ヤマト……」
 呆然とシンは呟く。

 

 それは、確かにシンのよく知るキラ・ヤマトであった。
 だが、何か妙な違和感を感じる。

 

 一方のキラは、そんなシンの様子を気にすることも無く、挨拶をしてきた。
「はじめまして、シン・アスカさん」
「はじめまして? お前とは何度も会っているはずだぞ」
 シンは拳銃を油断開く構えながら、キラの姿を観察する。

 

 そして、シンは違和感の正体に気がつく。
 そう、彼はシンの知るキラよりも若干幼いのだ。

 
 

「いや、僕が貴方と会うのは初めてだよ。

 

 Kユニット中枢にようこそ、シン・アスカ」