SCA-Seed_19◆rz6mtVgNCI 氏_Episode ”S & R”_第12話分岐

Last-modified: 2009-09-14 (月) 01:54:42

「情報通りだ。信じるってのは大事だね」

 

 戦闘待機状態の薄暗いブリッジの副長席に腰をかけたその男は、
 次々に送られてくる情報を見ながら小さく呟いた。
 ザフトの黒服に身につけたその男は、激流と化している情報端末を一端閉じると、
 少し離れた場所で行なわれているMS同士の戦闘の映し出されたモニターに眼を向ける。
 そこには、光の翼を生やした鋼の悪魔が、青き地球を背負い群がる鋼の天使を薙ぎ払っていた。
 その光景に男は目頭が熱くなるのを感じていたが、ぐっと堪えた。まだ泣く場面では無い。
 まだ自分達にはやることがある。ならば、それを為すだけだ。

 

「パイロットの準備は?」
 ブリッジで作業を行なう二人のオペレーターに、男は声をかけた。
 赤い髪のオペレーターがはきはきと答える。
「配置は完了しています。いつでも出れます」
「そうか……」
「艦のコンディションは?」
「オールグリーン、問題ありません。」
 今度は金色の髪のオペレーターが答える。そのオペレーターは答えるついでにお説教を一つ付け足した。
「艦長、いい加減に艦長席に座ってください」
 もっとも男はその程度のお説教には動じない。
 軍艦の艦長とは思えない朗らかな笑みを浮かべながらこう答えた。
「僕がそこに座ると艦が落ちそうで嫌なんだよね」

 

 これから戦場に殴りこみに行くのに縁起でもない事を言うなよとクルーは思ったが、誰も口にしなかった。
 というよりも、こういう人だと諦めているのだ。
 それでも人望がありクルーが付いて来るのだから、実は彼なりの人心掌握術なのかもしれない。
 呆れ返っているクルーを尻目に、鼻歌交じりに艦の状態が表示されたモニターに目を戻す。
 そして男は少しだけ真剣な表情をすると、誰にも聞こえないぐらい小さな声でこう付け足した。

 

「それに、そこは僕の席じゃないからね」
 その小声は誰かに届くより先に、ブリッジを飛び交う怒号にかき消された。

 

「艦長! デスティニーがアークエンジェルと交戦に入りました!
「そうか」
 “彼”からの情報通りなら、今こそ動く時だ。そして自分の直感も今こそ動く時だと告げている。
 アーサー・トラインは、副長席から立ち上がるとクルーに向かって号令を発した。

 

「さあ、我らがエースを助けに行くぞ、皆!! ミネルバJr、発進!!」

 
 
 
 

「なんで、アンタが! 連合のアンタがこんな所にいるんだぁ!!!」

 

 シンが怒声を上げながらレーヴァテインを振り上げる。
 その気迫の篭った攻撃をムウは避けることが出来なかった。
 レーヴァテインの一撃に、ビームライフルを持った右腕が切り飛ばされる。
「坊主!!」
「答えろっ!! 何でアンタがここにいる! ラクス・クラインに従ってるんだ!!」
「大人には大人の事情ってもんがあるんだよ!」
「なにが大人だっ!!」
 一方のムウもドラグーンを射出し対抗する。腕一本は痛手だが、戦えなくなったわけではない。
 縦横無尽に飛び交い隙あらば攻撃を仕掛けてくるドラグーンに、
 さすがのファイナルデスティニーも後退を余儀なくされる。

 

「ステラを利用することが大人のやることかっ!!」
「大人だからやらなきゃならなかったんだよ! あの娘は、戦わなきゃ生きていけなかったんだ!」
「それを何とかするのが大人だろうがっ!! 言い訳なんかするなよ!!」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
 大降りとなる対艦刀はドラグーン相手に不利となり、アカツキに遠距離からのビーム攻撃は通用しない。
 ならばと、シンはレーヴァテインをしまうと光の翼を最大稼動させ一気に加速した。
 パルマフィアンマ掌部ビーム砲ならば、アカツキのヤタノカガミも貫ける。
「仇討ちの一つぐらいやって見せろよ! ステラを殺した連中に尻尾を振りやがって!
 同じ悲劇をまだ繰り返すのかっ!!」
「仇討ちなんてして何の意味があるんだ、それでステラが喜ぶのか!
 今の世界には必要なことなんだよ!!」
「ふざけるなっ!! あんたは何を見てたんだ!!」
 一直線に近づいてくるファイナルデスティニーに、アカツキは後退してやり過ごそうとする。

 

「逃がすかよ!」
「逃げている訳じゃないんでね!」
 その言葉とともに、ファイナルデスティニーとアカツキの間の空間に、ビームの網が割り込んでくる。
「ドラグーンか!」
「悪いな、坊主!」
「この程度でぇ!!」
シンは叫びを上げファイナルデスティニーを旋回させ、光の翼でファイナルデスティニーを包み込んだ。

 

「VLだとぉ!」
 その様子にムウが驚きの声を上げる。
 光の衣を纏ったファイナルデスティニーが、ビームの網を蹴散らす。
「もらったああああああああっ!!」
 もう、アカツキまでの間を隔てるものは何もない。
 ファイナルデスティニーは真っ赤に輝く腕を振り上げた。

 

「ムウー!!」
 絶体絶命のアカツキを前に、アークエンジェルのブリッジでマリュー・ラミアスが叫びを上げる。
 そして、その“スイッチ”を押す。

 

 ファイナルデスティニーの全機能が停止した。

 
 

「えっ!?」

 

 突然機能が停止したファイナルデスティニーの中で、シンが呆然と呟く。
 レバーを動かそうと、スイッチを動かそうとファイナルデスティニーはピクリともしない。
 先ほどまで全機能が正常に作動していたはずなのに。エネルギーだって問題なかったはずだ。
 その疑問の答えは、通信機を通して聞こえてきた。

 

「悪いな、坊主。その機体には外部から緊急停止できるように細工がしてあったのさ」
「な、なんだって……」
「姫さんの与えた力だぜ。それなりに対策ぐらいしてあるさ」

 

 考えてみれば当然の話だった。
 確かにシンを完全に洗脳していてはいたが、何かの拍子に記憶が戻る可能性が0ではない。
 そうなれば、彼は自分達の最大の脅威になるだろう。
 そのような者に最強の力を易々と与えるだろうか。
 答えはNOだ。
 ラクス・クライン自身は自分達の技術を信じきっていても、
 周りの腹心までもが必ずしもそうだとは限らない。
 最悪の事態を想定して対策を取った者がいたのだ。
 そうでなければ、ラクス・クラインのような小娘が世界を盗るなどできやしない。

 
 

「そ、そんな! 動け、動けよっ!!」
 シンはレバーを、ペダルを、スイッチを我武者羅に動かす。
 しかし結果は変わらない。

 

「まぁ、殺されることは無いから安心しな。姫さんも坊主を心配してたぜ。
 もっとも、少しだけお仕置きをさせてもらうがな」
 一方のムウは、そう言いながら近くを漂っていた自機のビームライフルを回収する。
 そして、ファイナルデスティニーに向けて数発のビームを撃ち込んだ。
「うあわぁぁっ!!」
「その物騒な羽根を少し破壊させてもらうぜ」
 さらに、肩、腕、足を少しだけ破壊する。
 その部分が完全に吹っ飛ぶほどのダメージではないが、確実に動作に支障が出るはずだ。
 シンの悲鳴がファイナルデスティニーから響く。
「くそっ、動け、動け、動け、動けよ!!」
「諦めろよ、坊主。お前さんはよくやった。ほら、迎えが来たぜ」
 ドラグーンフリーダムを引き連れたアークエンジェルが、この空域に近づいてきてる。
 シンを捕らえられ、連行するつもりなのだ。

 

「諦められるかっ!!」

 

 ここで諦めてたまるものか、ここで諦めたら、ユニットとして囚われた人たちはどうなる。
 彼らから託された思いをどうする。
 また、戦火に晒されている人たちはどうなる。
 ステラの無念はどうする。

 

 あの人の下に帰るという約束はどうなる!

 

 シン・アスカはこんな所で、終わるわけにはいかない!!

 

「動け、動け!! ユニットになった皆を助けるんじゃないのか!
 あの人のところに帰るんじゃないのか! こんな所で終わってたまるかよっ!!
 動け、動けよっ!! デスティニー!!」
 シンの悲痛な叫びが。魂の絶叫がコックピットに木霊する。

 
 

『そうだよ、こんな所じゃ終わらないよ。“お兄ちゃん”』

 
 

 そして、シンの叫びに少女の声が答えた。
 ファイナルデスティニーに、再び命が灯った。

 

 突然の事にシンは叫ぶのも忘れ呆然とする。
 そんなシンをよそ目に、少女はさらにファイナルデスティニーのシステムを掌握して行く。
『システム掌握開始、火気システム全フリーズを解除、VL制御プログラム解除、エラーチェック問題なし、
 機能80%に低下、バイパスの一部迂回、神経接続確認、機能問題なし、腕部脚部装甲の1割が剥奪、
 VPS装甲電圧値変更……。関節部機能低下を確認、補助システム構築……
 とりあえず、全問題クリア。行けるよ、お兄ちゃん!』

 

「ま、マユなのか……」
 元気良く機体のチェックをしていた聞き覚えのある声に、シンはかすれる声で呟く。
『うん、お兄ちゃんだけを戦わせるわけに行かないから来ちゃった』
「来ちゃったって……」
『今のマユはプログラムみたいなものだからね。ファイナルデスティニーの中に入ったの』
「そんな……」
 今は亡き妹の、あまりと言えばあまりの行動に流石のシンも二の句が続かない。

 

 一方でマユはと言うと、プログラムとは思えない優しい声でシンに語りかけた。
『お兄ちゃんは私達のために戦ってくれているんだから、見てなんかいられないよ。それに……』
「それに……?」
『私だけじゃないよ。お兄ちゃんの為に来たのは」
「えっ?」
 突如モニターの一部にアークエンジェルの傍にいたドラグーンフリーダムの一機が、
 他のドラグーンフリーダムに攻撃を始める。
「アレって……」
『見覚えない?』
「あれは、レイの動きかっ!!」

 

 そのドラグーンフリーダムの動きは、親友であるレイ・ザ・バレルの物であった。
 アカデミー時代からトリオを組んでいたのだ、見間違える訳が無い。
『久しぶり……と言うほどでもないが、現実世界では久しぶりだなシン』
「レイ、なんで……」
『お前の妹と同じで、お前だけに戦いを押し付ける気など無いというだけだ。
 もっとも、そんな馬鹿は俺たちだけじゃないようだがな」

 

 そう、これと同じ現象はこの宙域……、いや、世界全土で起こっていた。

 
 
 

 その時コーディネーターの青年は死を覚悟していた。
 彼は寄せ集め艦隊に所属し、ドラグーンフリーダムと戦っていた。
 プラントにいる両親を救うため、世話になった仲間の仇を討つために。
 その仲間が“ナチュラル”だろうと、もう関係なかった。
 実際、彼のいる部隊も連合とザフトの混成部隊だ。
 追い詰められた彼らに、些細な違いなど関係が無いのだ。
 だが、次々に撃墜され連れ去られる仲間達。
 数の差はいかんともしがたく、彼もまた撃墜される寸前であった。

 

「畜生……」

 

 仇が取れないのが悔しかった。
 プラントにいるはずの両親の安否が分からないのが悔しかった。
 あんなピンク頭を信じ、支持してしまったかつての自分が憎たらしかった。
 青年は悔し涙をにじませ、次に来る衝撃に備える。

 

「俺たちはどこで間違ったんだよ……」
『知るか、ボケ』

 

 衝撃の変わりに、こんな悪態が彼の耳に飛び込んできた。
「えっ!?」

 

 予想外の出来事に青年は慌てて目を開ける。
 そこには、自分を撃墜しようとしていたドラグーンフリーダムは残骸となっており、
 別のドラグーンフリーダムが彼を守るように、他のドラグーンフリーダムと戦っていた。

 

『おとっつあんとおっかさんを助けるんだろ。ぴいぴい泣いてる場合か、チェリーボーイ』
「だ、誰がチェリーだっ! ……って、おやっさん!?」
『おうよ。こんな身体にされちまったが、恥ずかしながら帰ってきたぜ』
「お、おやっさん……」
『おっと泣くんじゃないぜ。俺たちにはやる事があるだろう』
「はいっ!」

 

 青年はそう答えると、機体を立ち上げた。
 そう、まだ自分にはやる事がある。こんな所で挫けてはいられないのだ。

 
 
 

 その時ミハシラはドラグーンフリーダムの群れに囲まれ陥落寸前であった。
 以下に精強な傭兵を抱えオーブ軍の残存兵力を吸収しようにも、
 疲れ知らずの機械の群れの前には徐々に体力が削られる。
 
 少しずつ兵力が減少し、もはや限界だった。

 

「すまないな、つき合わせてしまって」

 

 ミハシラの主であるロンド・ミナ・サハクが指揮下の者達にそう呟いてしまったのも無理も無い。
 彼女自身度重なる戦闘で負傷し、片腕を肩から吊っている有様だ。
 部下達の間にも、悲壮感が漂う。

 

「逃げても脳ミソを嬲られるだけか……」
 それでも、ロンド・ミナ・サハクはロンド・ミナ・サハクであった。
 彼女はニヤリと笑うと、部下達に最後の号令を出す。

 

「お前たちの命、私が貰い受ける。これよりミハシラは全兵力を持ってプラントに特攻をする!」

 

 実際、この事あるを予測して、既知のジャンク屋にミハシラの改造を依頼してあった。
 一回こっきりの使い捨てではあるが、ミハシラにはプラントまでの航行能力を持たせてある。
 その号令に、部下達も一斉にうなずく。その覚悟は既に済ませてある。

 

「おいおいおいおい、まーだ早いぜ!」
 しかし、その覚悟に水をさす男が一人。
 ミハシラを改造したジャンク屋、ロウ・ギュールだ。

 

「臆したか?」
「まだ諦めるのは早いと思ってね」
「どういう意味だ?」
 ミナはロウを睨みつける。一般人ならばそれだけで失神しそうな迫力を前に、ロウは飄々と答える。

 

「なに、死んだダチがやっていた仕込が完了しそうなんだ。それを見てからでも遅くは無いぜ」

 

 その言葉に、ミナはロウの様子が少しだけ普段と違うことに気がつく。
 飄々としながらも、何か怒りを溜め込んでいる。そんな様子であった。
 そんな二人にオペレーターが悲鳴じみた叫び声で報告を陳べた。
「た、大変です!! ドラグーンフリーダム同士が突然同士討ちを始めました!!」
「なにっ!?」

 

 その報告にミナは外の様子を凝視する。
 たしかに、ドラグーンフリーダムが同士討ちを始めているではないか?
 ミナは慌ててロウに振り向く。
 しかし、そこにいたロウは普段の彼と違い、どこか辛そうであった。
 何を知っている。ミナはそう問いただそうとした、その時だった。

 

『久しぶりだな、我が半身よ』

 

 その芝居がかった台詞、声に、ミナの動きが止まる。
 身体の力が抜け、腰が砕ける。
 一方、いつの間にかミハシラの近くに来ていた漆黒のドラグーンフリーダムに対し、
 他のドラグーンフリーダムが一斉に砲撃を加える。

 

『ふん、再会の挨拶は後か。  さあ、踊れ我が手で』

 

 漆黒のドラグーンフリーダムが、ドラグーンフリーダムの群れに踊り込んで行く。
 その動きは、確かに失われた彼女の半身のソレであった。

 

「ギ、ギナ……」

 

 ミナの頬に、一粒の涙が零れ落ちた。

 
 
 

「皆、無謀だね……」

 

 自らの縁者を助けに行った人々に対し、キラ・ヤマトは冷たく感想を述べた。
 もっとも、ソレを聞いていた男は呆れ返り、キラにこう返した。
「お前が言うかキラ。こんなハッキングプログラムを組んでおいて」
「そうですよ。こんなものを事前に用意してたって事は、こうなるのを予測してたんでしょう」
「うん、まあね。彼だけを戦わせるわけには行かないから」

 

 そう言うとキラは目の前のパソコンを……いや、世界を消し去る。
 もう賽は投げられた。こんな仮初の街は不要だ。
 巨大なシステムに浮かぶプログラムの一つに戻ったキラは、
 世界各地から送られてくるデータを次々に処理していく。
 シン・アスカが勝つか、ラクス・クラインが勝つか。
 世界の命運は彼の手に委ねられたのだ。

 

「二人とも手伝って。全体を総括しておかないと大変な事になる。
 それに、外部からの干渉をブロックしないと」
「ああ、これからが正念場だな」
「はい、任せてください」
 こうして別の場所でも、見えない戦いが始まるのであった。

 
 
 

 そして、ここでも同じ現象が起きていた。
 しかし、それは彼を助けるような現象ではなかった。

 

「な、なんだ、なぜ動かない!?」
 先ほどまで動きを止めたファイナルデスティニーを一方的に嬲っていたムウであったが、
 突如起こったシステムダウンに動揺していた。
 いや、システムダウンだけならまだ良い。
 彼を動揺させているのは、その声であった。

 

『アンタは嫌いじゃなかったけどさ、今のアンタはカッコ悪いぜ』

 緑の髪の少年の声が……。

 

『ナニやってるんだよ、このバカ』

 青い髪の少年の声が……。 

 

『ダメ、シンはやらせない』

 金色の髪の少女の声が彼の動きを縛る。

 

 ありえない、既にいない人間の声が聞こえるなどありえるはずが無い。

 

『はーっはっはっはっはっは、やはり滑稽だよ、君は。
 父を否定しながら父と同じく命を玩ぶ。
 いや、罪の意識を持ちつつもそれを誤魔化し快楽に耽る。
 あの男よりもさらに無様だよ。
 実に度し難い一族だな、フラガ一族は』

 仮面の男の嘲笑など聞こえるはずが無い。

 

「マリュー、助けてくれっ! マリュー!!」

 

 ムウの精神は限界であった。自分が見捨てたもの、最後まで勝てなかったもの。
 無垢な魂と圧倒的な憎悪に、彼は耐えることなど出来なかった。
 男は惨めに女に助けを求めた。

 

 しかし、その声が届くことは無い。
 アークエンジェルのブリッジでも、同じ現象が起きていた。

 
 

『やれやれ、好き勝手笑ってくれちゃって。何時の間に紛れ込んだんだよ、あいつは』

 

 アークエンジェルのシステムを乗っ取ったムウ・ラ・フラガは、
 アカツキで好き勝手ほざくかつての宿敵に呆れ声を上げる。
 奴はツールを持ってないので実害は無いが、鬱陶しい事この上ない。
 不甲斐ない自分やキラに対するあてつけなのだろう。
 あるいは、自分の弟とも呼べる少年に対する援護のつもりか。
 考えても仕方ない事を考えそうになったムウだったが、
 艦長席に座っていたマリュー・ラミアスの声に意識をブリッジに戻した。

 

「ムウ、なの……?」
『よっ、久しぶりだなマリュー』

 生前と変わらぬ軽い調子で、ムウはマリューに声をかける。
「な、なんで、貴方が……、あ、あそこにいるのは……」
『ま、種明かしをするとあそこにいるのも俺なんだ。まあ、身体はクローンで心はコピーだけどな』

 その言葉に、今度こそマリューは言葉を失った。
 あそこにいたのは、情を交し合ったのは、彼であって彼ではない?
 まさか、あの彼もクローンだというのか?

 

 ブリッジでは他にも予期せぬ再会劇が起こっていた。

 

「うそ、トール!?」
 オペレーターを担当していたミリアリアも驚きの声を上げる。
 彼女のモニターには何年も前に戦渦に消えた少年が、当時と回らぬ姿で映し出されていた。
『あ、ミリィ、久しぶり』
「な、なんで……、今更」
『見てられなくってさ、キラに頼んでこっちにこさせて貰ったんだ』
「見てられないって……」

 ほとんど意識して話していないだろうミリィに、トールは少しだけ厳しい声で言葉をかける。

『ミリィ、君は何時までも戦場になんかいちゃダメだ。普通の生活に戻らなきゃ』

 

 サイもカズィも、あの頃の仲間はアークエンジェルから離れ、それぞれ自分の足で歩き人生を歩んでいる。
 だがミリィだけは違った。
 戦場カメラマンを自称し戦場に入り込み、その後は再びアークエンジェルに戻った。
 あの頃と何一つ変わっていない少女、それがミリアリアであった。

 

『俺たちの戦争は終わったんだ。
 自分の意思で戻るならともかく、君はあの頃と同じまま覚悟も無く此処に来たんだろう、ミリィ』
「そんな事……、ない」
『いや、君はあの時のままだよ。自分達がやっている事がまったくわかっていない』
「そんな事無いわよっ!!」
 トールの言葉に、ミリィが叫び声を上げる。

 

「ラクスさんが、ラクスさんが頑張ればトールを生き返らせてくれるって言うから……、私、頑張って……」
『だめだよ、ミリィ』

 その悲痛な叫びを、トールは否定する。

『俺は死んだんだ。この世に未練が無いわけじゃないけど、死人に縛られちゃだめなんだよ』
「どうして、どうしてそんな事を言うのよ……」
『俺、今でもミリィの事が大好きだから、今のミリィは見ていられないんだ』

 
 

『アーノルド・ノイマン少尉、ダリダ・ローラハ・チャンドラII世軍曹。お前たちはここでなにをしている』
 厳しい声が、操舵席とオペレーター席に響く。
 その懐かしくも悲しい声に、二人の背筋が自然に伸びる。

 

「はっ、自分達は……」
「そ、その……」
 だが、その続きの言葉が出ない。
 自分達がやってきたことを、この人にどう説明しろと言うのだ?
 仕方なかったと、ごまかせるような人なのか?
 オーブ亡命まではまだしも、その後は客観的に見ればテロ活動をしていたようなものだ。
 今だって、正直成り行きに任せて姫さんに協力しているだけだ。

 

『私は、お前たちにこんな事をして欲しくて未来を託したわけではない!』

 そんな二人に彼女は厳しい叱咤をする。

『私を失望させないでくれ。軍人として、人として、きちんと生きてくれ』
「は、はい」

 かつての厳しくも頼もしい声と違い、厳しくも悲しく儚げな声に
 二人は何年も使っていなかった連合軍式の敬礼を行なっていた。

 
 
 

『 悪いな、マリュー。色々と苦労をかけちまって』
 自分の偽者に心魅かれたことを、ムウは責める気は無かった。
 そもそもアレも自分なのだ。
 認めたくは無いが、自分だってヘリオポリスの子供達がおかしくなっていった時、
 その事に気がつきながら何も出来なかった。
 奴を、マリューを責める資格はムウ・ラ・フラガには無いのだ。

 

「そんな……」
『色々話したい事があった筈なんだけど、会ったらすっかり忘れちまったよ。やっぱ良い女だよ、あんたは』

 モニターの中でムウは苦笑いを浮かべながら話を続ける。

『それに、話している時間もそんなに無いしな。
 あの坊主はこの船を沈める気だぜ、さっさとケツまくって逃げようぜ』
「で、でも……」
『マリュー、俺は死人なんだよ。あの時、お前を守って俺は死んだんだ。
 俺の死を、このちっぽけな男の最後のプライドを無駄にしないでくれ』

 何か言いたげなマリューを、ムウは冷たく、そして優しく突き放した。

 

『幸せになってくれよ、マリュー。俺なんかに縛られないで、真っ当な道を歩んでくれ。
 俺や、他の連中が出来なかった分まで精一杯生きてくれ』

 

 生きる人の幸せな未来を信じる、誇り高き男の拒絶であった。
 マリュー・ラミアスは声を震わせながら、全艦に向かってこう命じた。

 

「……総員……退艦……」

 
 
 

 アークエンジェルに配備されていた残りのドラグーンフリーダムは、
 シンとレイの二人の攻撃の前にあっさりと蹴散らされた。
 残るのは動きを止めて宇宙を彷徨うアカツキと、脱出艇を吐き出しきったアークエンジェルだけであった。
 誰かが小細工でもしたのだろう、アークエンジェル内の会話やアカツキのパイロットの上げる悲鳴は
 ファイナルデスティニーにも伝わっていた。
 憎んで良いのだろうか、哀れむべきなのだろうか。
 何処か冷めた目でそれを見ていたシンに、レイが操るドラグーンフリーダムが近づいてくる。
「レイ……」
『ケジメだ。シン、お前がやれ』
「いいのか?」
『あそこにいるのも、俺とおなじ生命細工の末の存在だ。お前の手で消してやってくれ』
「わかった」

 

 その言葉にシンはレーヴァテインをバーストモードに切り替える。
 仮面の指揮官に対する怒りは今だ消えていない。許せる存在だとも思っていない。
 なにより、いくつもの悲劇を目にしていながら、手に届くところにあった悲劇を放置した男だ。
 見逃せる存在ではない。
 だが、それと同時に奴個人には哀れみも感じ始めていた。
 だから……。

 

「苦しまないように、一思いに消してやるよ」

 

 ファイナルデスティニーの様子は、アカツキとアークエンジェル双方からもはっきりと見えていた。
 アカツキではムウが悲鳴を上げる。

「助けてくれ、マリュー! マリュー!!」

 

 アークエンジェルで、ムウがため息をつく。

『せめて、最後ぐらいワビを入れて欲しかったな。俺なんだしよ。
 いや、俺が謝るべきか。悪かったな、坊主…いや、シン・アスカ。
 お前さんも幸せになるんだぜ、ステラの分までな』

 

 レーヴァテインから吐き出された圧倒的な熱量がアカツキとアークエンジェルを貫き、
 巨大な火の玉へと変えた。

 
 
 

 他の宙域で戦っていたアスラン・ザラがこの戦場に突入した時、
 ファイナルデスティニーはアークエンジェルとアカツキを葬った後であった。
 その、自分の知る人たちの死にアスラン・ザラは怒りの声を上げる。
「シィィィィィィィィィィィィン!!」
 アスランの乗るインフィニットジャスティスがファイナルデスティニーを強襲する。
「アスラン!!」
 寸前のところで、ビームシールドで受け流したシンであったが、
 いきなりやってきた元上司に怒りの声を上げる。
「あんたかっ!!」

 

「なぜ彼らを殺した!! 殺す必要なんて無かったはずだ!!」
「何言ってやがるっ! あんただってアーモリー1の中の事は知っているだろう!!
 あんたが俺を戦場に戻したんだろうがっ!!」
 全身ビームサーベルのインフィニットジャスティスとの格闘戦は分が悪い。
 シンはビームライフルで牽制をしながら距離を取ろうとする。
「ああ、でもそれは俺の勘違いだった。キラは、あの後俺に真実を話してくれた!!」
「何を聞いたんだよ!!」
「世界のために必要だったんだ! キラにはその覚悟がある!!」
 だが、距離を開けば全距離対応のファイナルデスティニーが有利だ。
 アスランは距離を詰めるべく、一気に加速をする。

 

 いや、しようとした。

 

 その加速は突如両機の間に割って入った影に阻止される。
「えっ!?」

 

 そして本日何度目だろうか。シンは驚きの声を上げた。
 そこに出現したのは赤いMSであった。
 Gタイプの赤い機体。その名は…

 

「ジャス……ティス?」

 

 面を喰らったアスランも同じだったのだろう。
 突如現れたジャスティス系のMSを呆然と見つめる。
 呆然とする双方を尻目に、その機体から怒り交じりの男の声が聞こえてきた。

 

「アレのどこが世界のために必要なんだ。
 何度死んでも生き返る奴にどんな覚悟があるって言うんだ。言ってみろ!」
「アス……ラン?」

 

 ミラージュコロイドを解除し出現したのは、アスラン・ザラの乗るインフィニットジャスティス改修機、

 ロストジャスティスであった。

 

 そしてロストジャスティスの背後からは、
 同じくミラージュコロイドを解除した白亜の船がその姿を現しつつあった。