SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第06話

Last-modified: 2008-12-07 (日) 18:54:48

シンが傭兵赤鬼となり、数年の後、CE75、世界は一応の平穏を保っていた。
大きな争いが無い。という意味ではあるが。
小規模な争い、ゲリラや、盗賊、海賊騒ぎは減少傾向とはいえ未だに多く、傷の癒えない軍は部隊を出し渋る。
必然的に傭兵の出番は増え、赤鬼の名は常に弱者に味方する中堅クラスの傭兵として知られていた。

 

後部に防水シートを張られた、大型トレーラーが一台、ガルナハンへの進路をとっていた。

 

「ガルナハンか、久し振りだな」

 

トレーラーの運転席に座るのは、2年の年月、その間の戦いを顔に刻みつけ、精悍な顔立ちになったシン・アスカ。
傭兵として世界中を回っていたシンは、2年の歳月を掛け、 かつて死闘を繰り広げた地、ガルナハンへと足を踏み入れたのだ。
舗装さえない道をトレーラーは進む、お世辞にも乗り心地はよく無い。寧ろ悪い。

 

「……何だ? 人?」

 

道路の真ん中に倒れている人影を見つけたシンは車を止める。
ドアを開けると、刺すような日差しと熱風が運転席へと流れ込む。
半分だけドアを開き、周囲の安全を確認、ザフト時代から愛用している拳銃とナイフを懐に忍ばせ、トレーラーを飛び出した。
辺りにスナイパーがいない事を確認し、慎重に倒れている人間に近づく。
以前、同じような状況で山賊に襲われた為、余計慎重に成らざるを得なかった。

 

「あんた、大丈夫か?」

 

其処に倒れていたのは陽射し避けのターバンに外套を纏い、顔に立派な髭を蓄えた40代位の男性。

 

「……ま、街が」

 

シンの声を聞き、失いかけた意識を取り戻し、虚ろな目を彷徨わせる。
恐らく目はもう見えていない、外套から覗いた腹部に裂傷、出血多量で既に致命傷だ。

 

「街? ガルナハンか? どうした」

 

手当てをしても無駄だと判断したシンは男の話を聞いてやる事にした。
恐らく以前のシンならば、是が非でも助けようとしただろう。 
だが、2年の傭兵生活での経験で、救える者と救えない者の区別が付くようになってしまった。
酷く傲慢極まると思いはしたが、今は目の前の男に集中する。

 

「軍隊崩れが、街を! MSが、助け…呼ばないと……娘が………お願いだ、旅の人、どうか助けを…………」

 

男は最後の力を振り絞り、シンに縋り付く様にガルナハンを託した。

 

「……っ」

 

何度となく直接見ても、人の死は見慣れない。 見慣れてはいけないのだと思う。
男の来たと思われる方角、恐らくガルナハンの街を見ると、黒煙と舞い上がる火の粉、火の手が上がっている。
砂漠の焼け付いた様な匂いに加え、何かが焼けるにおいがした。
距離から考えて、トレーラーの速度では間に合わない。
これからどうすればいいか、シンは考えるまでもなかった。

 
 

ガルナハン市街
今現在ガルナハンは三機のMSと十数人の歩兵により占拠されつつあった。
護衛に雇い入れた傭兵のレイスタは既に屍の入った鉄屑と化した。
軍の出動に期待したいがこの地域の特殊な事情により軍の出動は期待できない。
かつてゲリラに所属していた人々も、MS相手では手も足も出ず機を伺うのみだった。

 

「ヒャハッハッハ! たまんねーな、こりゃあ! 宇宙(そら)で真面目にやってたのがバカみてえだ!」

 

狂った様な若い男の叫びとともに、標準型のザクウォーリアーがビーム突撃銃を民家に向けて乱射する。
住民は避難を終えているのか、悲鳴さえも聞こえない。

 

「だろう? ここは軍隊も来ねえ治外法権だからな、 働くのがバカバカしくならあ。 こればっかりはコーディネーターもナチュラルも変わんねーな」

 

ザクとは逆方向を向いたダガーLはいつでもザクのサポートに入れるように立ち、ビームカービンを街に向けている。
ベテランらしく警戒は怠らない年配のパイロットが笑う。

 

「女の具合と同じさ、やっちまえば、コーディーもナチュラルもかわらねえ」

 

下品というよりも下種な例えをしたのは街の入り口に立つM1アストレイ。

 

「そうだ、おい! 適当に女を連れて来いよ」

 

スピーカーを使い、歩兵に命令を下す所を見るとこいつ頭だろうか。
命令を受けた歩兵、(といっても装備も、銃器もバラバラな盗賊だが)は下種な笑みを浮かべながら周囲の民家に押し入り、品物を物色している。
盗賊達が幾つかの物品を手にして戻って来た時、足にクローラーを装備し、
背に対戦車砲と両腕に小口径機銃を、手にロケットランチャーを持った砂色をしたグティと呼ばれるアクタイオン社製パワードスーツが物陰から飛び出した。

 

「糞っ! あいつ等……もう我慢できない!」

 

グティから怒りを噛み殺しきれない女性の凛とした声が漏れる。

 

「止めろ! コニール、無謀だ!」

 

背にハンマーを装備し、アサルトライフルを手にしたダークグリーンの通常型のグティが砂色のグティの女性、コニールに叫んだ。
仲間の忠告をあえて無視してコニールは駆ける。
理性では分かっていた。 人間をほんの少し強化したPS程度で何十倍の体積を持つMSに太刀打ち出来る筈が無い。
だが、コニールの感情は叫び続けていた。
生まれ育った、ZAFTミネルバ隊、いや、あの人に救ってもらったこの土地を、あんな奴らの好きにさせるか、と。
目の前に見えるは奇襲に浮き足立つ歩兵、MSが何事かを叫んでいるがコニールには聞こえない。 聞く必要も無い。
散発的に打ち込まれる銃弾を避ける。 ニ、三発が当たるが装甲で受け止められる。 この程度の弾幕濃度では足止めにもならない。
お返し代わりにRPGを歩兵へと撃ち込み、銃弾をばら撒く。
弾幕が無くなった隙を付き、素早く近くにいたダガーLの背後に回りこむと足の間接膝部分に対戦車砲を撃ち込む。
不愉快な金属音を立て、砲弾は装甲に弾かれる。
歩兵の掃討には成功するも、ダガーLは大したダメージを負っていない。

 

「駄目か!?」
「野郎!」

 

怒りに燃えるダガーLがグティを捕まえようとするも、クローラーとジャンプを繰り返す、小回りの効くグティを捉えられない。

 

「退いてろよ。ウスノロ」

 

ダガーLを押し退ける様にザクが前に出る。
コーディネーターの乗るMS特有の滑らかな動きでグティを追い詰め、右手で捕まえる。

 

「……ああ、くっ!」

 

ミシミシとMSと比べればダンボール以下の装甲が悲鳴を上げ、コニールは苦悶の声を上げた。

 

「捕まえたぜ、……お前のせいでやられた連中が苦しんでるじゃねえか」

 

外部スピーカーをオンにし、ザクのパイロットは含み笑いをする。
ザクのカメラの先には半数が死に、残った半数の歩兵達がいた。
生き残った全員がどこかしら傷つき、顔を血に染めた者さえも、全員がコニールを憎悪の目で見ていた。

 

「苦しそうだな、楽にしてやらねえとな」

 

瞬間、左手に持った突撃銃から閃光が奔った。

 

「なっ、お前! 仲間じゃないのか!?」

 

一瞬コニールは何が起こったか理解できずに、呆然と消し炭と化した盗賊たちを見ていた。

 

「仲間? MSも乗れない奴ら(ナチュラル)、仲間でもなんでもねえよ」

 

明らかな侮蔑を含んだ様子、まるで虫を踏み潰した時のような口調でザクのパイロット吐き捨てる。

 

「さあて、あいつ等の分まで苦しんでもらうぜ」

 

カメラをコニールへと戻し、一転して酷く嬉しそうな声、コニールには装甲越しで醜悪な笑みが見て取れるようだった。

 

「きゃあああああ!!」

 

ザクの右手がグティを締め上げる。 グティの装甲が限界を超え、一部の装甲が吹き飛び、ひび割れる。

 

「可愛い声上げるねえ! 興奮してきたぜ!」

 

ひひひ、と言うザクの薄ら笑いが、意識が朦朧とするコニールの耳にもしっかりと聞こえた。

 

「あんまりやりすぎるなよ。 使い物にならなくなる」

 

M1は頭部だけザクの方に向けると呆れたような声で注意を促す。

 

「分かってるよ」

 

頭部をM1へと向けるザク。 パイロットは不貞腐れた様な声を上げると右手の力を緩めた。

 

(……きっと私はこいつらに辱められる、だったらその前に……)

 

気絶する寸前まで追い詰められたコニールは右太ももにある『最後の武器』 22口径デリンジャーの感触を確かめる。
下種な連中が異性を捕まえた後、戦場でする事など分かりきっている。
幸運にもコニールは今までそういう目に合わなかったが、覚悟はしていた。
だからこそ、コニールは凡そ役に立たないデリンジャーを肌身離さず身につけていた。
装弾数一発の22口径は戦うのには役立たずだが、自殺するには十分だ。

 

(……畜生)

 

コニールの目に涙が滲む、自分の非力さ、守れなかった無念、様々な感情がコニールの中を駆け巡る。
グティの中で良かった。 あいつらに見られて快楽の種とされなくて済む。
そう思った時、ふとコニールの脳裏に、ある男の顔が浮かぶ。
この街を開放してくれた赤い目のぶっきらぼうで、少し頼りないように思えた、優しいパイロット。
もう一度会いたい。 そう思い心の中で彼の名を叫ぼうとした。

 

(──────)

 
 

『悪趣味だな』

 

瞬間、声と共に、上空から降って来た『何か』にザクの右腕は切断された。

 

「な、なんだ!?」

 

右腕を失ったことでザクはよろめき、尻餅をつく。
粉塵と砂が周囲に舞い上がり目隠しとなる。

 

「……無事か?」

 

コニールは聞いた。 どこかで聞き覚えのある男の声を。
そして現在の状態に気づいた。
突如上空から降って来た『何か』は血のように赤く塗られたグフ。
そのグフの左手にコニールが握られ、切り落とされたザクの腕がある。
右手には緑色に輝き、燐光を放つナイフが握られて、今丁度収納しているところだ。
上空から一気に降下し、奇襲を掛け、ビームナイフでザクの右腕を切断、そして地面に落ちる前に回収したのだ。

 

「……ああ、大丈夫だ。お前は一体?」

 

コニールの質問を聞きながら、片膝をついた真紅のグフはグティに絡みついた指をグティを傷つけない様に引きちぎった。

 

「傭兵だ。 赤鬼って呼ばれている」

 

短く答えると、赤鬼はコニールをグフの掌に乗せ、そっと地面に降ろす。
グフのパイロット、赤鬼と名乗った傭兵の声をコニールは聞いた事があった。
今わの際に思い浮かべた、この街を開放してくれた赤い目のぶっきらぼうで、少し頼りないように思えた、優しいパイロット。
そしてコニールが憧れた恩人。 ……だがそんな筈は無い。
そう、彼は、シン・アスカは死んだ筈なのだ。

 

「ん? どこか怪我をして歩けないのか?」
「いや、だって! おま、いえ、貴方は……」
「コニール! 無事か!?」

 

呆然とするコニールの耳に仲間の声が飛び込む。

 

「ん、仲間が来たのなら移動できるな」

 

コニールが怪我をして歩けないと勝手に思い込んでいる赤鬼は一人頷く。

 

「あ、ああ、あいつに助けられた」

 

駆け寄ってきた5体のグティ、その内のリーダー格に深紅のグフを指差す。

 

「そうか、助かった、あん……」
「感動の再会中にすまないが二つ聞きたい。 野盗は今いるので全てか? 住民の避難は終わってるか?」

 

リーダー格の男の言葉を遮り、赤鬼は矢継ぎ早に質問を繰り出す。

 

「避難は終わってるが、ディンが二機いない。 ……信用していいのか?」

 

男は反射的に答え、逆に問う。
もしかしたらこいつも野盗で、金品を独り占めする為、情報を必要としているのかも知れない、と急に思ったからだ。

 

「信用第一が傭兵だ」

 

そんな思惑など意に介さず、赤鬼は答える。

 

「おい! お前……本当に信用していいんだな!?」

 

そのやり取りにコニールが足を引きずりながら割り込むと叫んだ

 

「ああ、大丈夫だ。 俺に任せろ」

 

そう言うと器用にグフの右手でサムズアップして見せ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「大丈夫なのか、あいつ」
「ああ、あいつなら大丈夫さ……多分」

 

後退するリーダー格のグティの呟きに、後続する二体のグティに肩を借りながらコニールは力強く答えた。

 
 

「野郎! 正義の味方気取りか? 気に入らねえ……」

 

粉塵が収まり、開けた視界に深紅のグフが立ち上がるのを確認した片腕を失ったザクがビーム突撃銃を構える。
ザクのパイロットは明らかに冷静さを欠いていた。
本来であれば、数の利点を生かし、友軍と連携をとり十字砲火で仕留めるべきだった。
だが、ザクはグフへと突撃する事を選んだ。 コーディネーター故の傲慢さか、腕に自信があったのか。

 

「迂闊な!」

 

シンはグフの腰部後ろにマウントしていたビームサブマシンガンを手にし、左手で支える。

 

ビームサブマシンガンRBW-99「ザスタバ・スティグマト」
ユーラシア連邦東側地区(旧ユーゴスラビア)にあるザスタバ社製世界初のカートリッジ式ビーム兵器だ。
近中距離戦闘を重視して設計され、白兵戦闘を考慮して銃口上部、銃口とセンサーの間に銃剣としてビームナイフを装備している。
元々ユーラシアのCAT1-X、ハイペリオンに装備されていた物だが、運用部隊の脱走により闇マーケットにコピーが大量に流出。
また、メサイア戦後、大西洋と袂を分かち、主力量産機をGAT。 ダガー、ウィンダム系列から自国開発のCATシリーズへと切り替え
CAT-3M 量産型ハイペリオンMK-2、ヘリオスの量産化が進められた為、改良型やカートリッジがザスタバ社により大量生産されており、裏の世界では比較的ポピュラーな武器だ。

 

射撃モードを連射ではなくセミオート状態に変え、迷う事無く、コックピットを狙い、トリガーを引く。
吸い込まれるようにコックピットへと向かった3発の光弾はそのままザクの装甲を貫通し、パイロットの命を奪った。
糸が切れた人形のようにその場に各座するザク。
一瞬にて静まり返る戦場。

 

 

数瞬にも満たない僅かな時間、その間にシンは頭の中で別の事を考えていた。
傭兵になり、世界中を回って一年が過ぎた頃、シンは自分が間違っている事に気付いた。
力の無い人を守る。 それはただ勝者と戦い続けていれば良いと思っていた。
だがこの世界は、力の有った者が敗者へ、力の無かった者が勝者へ簡単に変わる。
なら力の無い人達は何処にいる?
シンが連合から救ったと思い込んでいたガルナハンでさえ、住人達は連合兵を虐殺したと聞く。
寧ろ、その話を聞いたのがシンがガルナハンへ足を運ばせた理由だった。
結論から言えば、答えは出ている。

 

戦うのは人ではなく、戦うべきは戦争と言う名の悪意。
断つのは人の命ではなく、断ち切るのは憎悪の輪廻。
アメノミハシラで悩んでいた答え。 見えた光明の一つ。
無論、自分一人でできると思うほど傲慢じゃない。

 

「また人は花を吹き飛ばす。……でも僕らはまた花を植える」

 

キラさんの言った『花』が人でないことは分かっている。……でも俺はその考えを認めたくない。
確かに新しく植えられた花は美しいだろう。 だが、吹き飛ばされた花を愛した人はどうすればいい?
アスランもまた言っていた。 「過去に捕らわれるな、明日に目を向けろ」

 

あの人達が吹き飛ばされた花を見ないと言うならば、吹き飛ばされた花に捕らわれずに、新しい花を植えるなら。
俺は今生えている花を守ろう。
もしかしたら、一本も守れないかもしれない。 でも一本でも守れたなら、花は実を付け、種を蒔く。
その種の中から、俺のように思ってくれる人が出てきてくれれば……きっと憎悪の輪廻は断ち切れる。
だから、俺は礎でいい。 いつか世界が平和になる日を夢見て戦い続ける。
これは、この残酷で無慈悲な世界に対する逆襲だ。

 

 

「散解しろ! 一ヶ所に集まるな、囲んで集中砲火を浴びせるんだ!」

 

いち早く気を戻したリーダー格のM1アストレイは、舌打ちをすると素早く命令を下す。
それに素早く反応し、陣形を立て直したのを見ると只の軍隊崩れではなく、ある程度の技量を持ったベテランの集まりだ。
だが、普通のパイロット相手ならば包囲しての十字砲火は十二分に有効な手だったが、今回は相手が悪かった。
有効射程に入るとM1とダガーLは手にしたビームカービンを乱射する。
シンはグフの右手のスレイヤーウィップを引き出すと、円を描くように振り回し、攻撃を防ぐ。
機体構造上、グフイグナイテッドでは持てたシールドを、グフクラッシャーは持てない。
本来であれば機動性を生かし、回避をする事が基本となっているが、戦場では機動力が十分に発揮できる場所ばかりではない。

 

その為、アメノミハシラ技術主任、ユン・セファンの提案により、スレイヤーウィップにABC、つまりアンチビームコーティングが施され、シールドの代用品としていた。
元々は傭兵部隊サーペントテールが機動性の低下を嫌い、対装甲ナイフ、アーマーシュナイダーにABCを施していた事に着想を得たらしいが。
地球連合ではGAT-X370 レイダー試作実戦投入型では破砕球ミョニュエルのワイヤー部分に同じ処理をしていたと言う話がありさほど珍しい話ではなかった。
グフはウィップを振り回した勢いを殺す事無く、そのまま近くにいるダガーLに目掛け、投げつけた。
十分以上に運動エネルギーを得たウィップは投槍の如く、真っ直ぐにダガーLへと向かって行く。
一撃にてダガーLの頭部を吹き飛ばしたウィップをそのまま撓らせ、腕を絡めとった。
腕を絡めとったまま、そのままウィップを収納し、近くへと引き寄せる。
背中の方に左腕を折り曲げ、左肘の万力を展開する。 グフクラッシャーの特殊兵装インパクトデバイス。
その威力は瞬間最大圧搾力300万Gを発揮し、PS装甲すら砕きうる。
その圧倒的な暴力の化身が今、ダガーLのボディを捉えた。

 

「喰らえっ!」

 

イグニッショントリガーを引く、弾ける様な音ともに、炸薬カートリッジが排莢される。
金属同士が擦れ、軋む不愉快な金属音ともにダガーは腰から真っ二つにへし折れた。
ダガーLの残骸を蹴り飛ばし、M1へと向きを変えるグフ。
「何なんだよ。 何なんだよ、お前はっ!」
半ば狂乱したM1のパイロットは恐怖を紛らわせるためか、目前にいる深紅の破壊者へとビームカービンを向ける。
モノアイだけをM1へと向け、再びスレイヤーウィップを伸ばす。
その瞬間、ユン・セファンによって増設強化された音響センサーがジェットの駆動音を感知、警報を鳴らす。

 

「増援、二機のディンか!」
シンは舌打ちすると上からの銃撃を横っ飛びに避け、態勢を立て直す。
上空を見ると、いつの間にかガルナハンへと戻っていた二機のディンがグフクラッシャーへと4つの銃口を向けていた。
シンはすぐさま左腕のコントロールをマニュピレイターへと戻し、スティグマトを乱射。
二機のディンが回避のため、編隊を崩した隙にフライトユニットを展開、バーニアを吹かし、飛翔する。
グフクラッシャーの邪魔をしようとするM1の銃撃を黙らせるため、左腕を正常な位置へと戻し、銃撃し、牽制する。
その間に右腕はフライトユニット上部に取り付けられた破砕球とスレイヤーウィップを連結。
アメノミハシラの次期主力機用に試作された高出力バーニアは、離れていたディンとの距離を瞬時に詰める。

 

「遅いっ!」

 

余りの速度に戸惑うディンへと破砕球を叩き突ける。
くの字に折れ曲がったディンはそのまま街の外へと吹き飛びスクラップと化した。
恐慌状態になりかけたもう一機のディンが突撃銃と散弾銃を乱射する。
だが既にその場にグフクラッシャーの姿は無い。
いつの間にか背後に回っていたグフはスティグマトの銃剣ビームナイフをコックピットに刺し入れ、防護カバーが開き、モノアイから光が消える。
シンは銃剣を抜くと、街に落ちないようにディンを街の外へと蹴り出す。

 

「俺と生き残った連中の命は保障してくれるんだろうな」

 

グフが呆然と立ち尽くすM1の前に着陸すると、M1はビームカービンを捨てた。 
降伏する意思表示だとシンは認識し、パイロットへ通信を入れる。

 

「無駄に命を散らすよりも、今の命を惜しむか。 賢い選択だ、約束しよう。 武器を捨てて降りて来い」

 

僅かな間が空き、M1のハッチが開かれ、壮年の男が両手を上げ、ゆっくりと出てくる。

 

「……何なんだよお前」

 

呆然と、誰に聞かせるでもなく呟いた独り言にシンは答えてやる事にした。

 

「別に、只の傭兵だよ」

 

平然としたシンの呟きも、M1のパイロットにはどこか遠い事の様に聞こえた。
M1のパイロットは自分達を一蹴した敵を見上げる。
そこには深紅のグフが、故郷オーブの寺社で見た仏像、阿修羅であるかのように彼の前に立ちはだかっていた。

 
 

「何故命を助けた?」
砂塵吹き荒れる砂漠にオーブのパイロットスーツを着た白髪交じりの中肉中背の男がいた。
その背後には二人の男、ディンとダガーLのパイロットだった男達だ。
ついさっきまでM1のパイロットだった男は、目の前の自分を打ち負かした余り背が高いとはいえない赤いパイロットスーツを着た、
猛禽の嘴のようなヘルメットを決して外さない傭兵、赤鬼へ問いかけた。

 

「生きてるなら無駄口を叩かずにさっさと逃げろ、俺達は戦争をしていたんだ、ヒーローごっこをしてるんじゃない」

 

皮肉げな声で答える赤鬼、といっても何重にもフィルターを通しているようで、本来の声ではない。

 

「ふざけるな! 人殺しが仕事の傭兵がっ! 戦争なら殺せ!」

 

M1のパイロットの後ろに立つ生き残った若いディンのパイロットが叫ぶ。

 

「俺は無駄な殺しはしない」
「大勢殺したくせによく言う」

 

金髪のその男、(整った容姿から恐らくコーディネイター)は吐き捨てるように言った。

 

「互いが銃を向け合って、命を掛け金にして、戦って、その結果がこれだ。 アンタも命を切り売りしてたんだ、分かるだろう?」
「クッ……」

 

赤鬼の平然と、どこか達観した答えにディンのパイロットは俯く。
沈黙が辺りを支配し、風の音だけが聞こえた。

 

「早く行けよ、次に会ったらもう容赦はしない。 傭兵は何よりも命を大切にする。……生き残った命だけだけどな。
 誰よりも多く死と向き合い、命の意味、価値を知ってるからだ。
 アンタ達は生きてる。 ……できれば盗賊なんて止めて真っ当な仕事で全力を尽くして生きてくれ」

 

どこか悲しそうに、憂いを感じさせる声で言うと、赤鬼はグフクラッシャーの昇降用ワイヤーに足を掛けた。

 

「盗賊は廃業だな、……傭兵、赤鬼か」

 

M1のパイロットの憮然とした呟きはグフクラッシャーのフライトユニットの稼動音に掻き消され、誰にも届くことはなかった。