ガルナハンへと戻ったシンはグフクラッシャーを降りた途端、住人達の手厚い歓迎を受けた。
分かりやすく言えば、揉みくちゃにされた。
「ありがとう、誰かは知らないが本当に助かった!」
本当に嬉しそうに髭を生やしたリーダー格と思しき男は、シンの両手を取ると激しく上下に振った。
「き、気にしないでくれ。 俺が勝手にやっただけだ」
少し周りのテンションに引きながらもシンは答える。
情報が漏れ、生きているのがばれる事を考慮し、ヘルメットはとっていない。
「ちょっと、ごめん! 通してくれ」
周りを大の大人に取り囲まれ、声を掛けられているシンの耳にどこか聞き覚えのある声が聞こえた。
それは茶色の髪をアップに纏め上げ、群青色の、恐らくパワードスーツ用のぴっちりとしたアンダースーツを纏った少女だった。
シンは おいおい、イスラム的にどうなのよ、その格好? と思ったが声には出さない。……シンも男なので。
「おい、コニール! お前、体は大丈夫なのか?」
最初にシンに声をかけた男がコニールに心配そうに声を掛ける。
「うん、大丈夫だよ。 それより……」
コニールは頷くとシンへと向き直り、睨み付ける様にシンを見る。
「俺に何か?」
グティに乗っていた少女か、と見当をつけ少女に答えるシン。
少女はシンより少し低め、150cm位の身長に、年齢は少し下位だろう(シンは現在19)。
体型は……歳相応に出る所は出ていて、引っ込むべき所は引っ込んでいた。
と言うよりも体型が露になるアンダースーツはなんと言うか、その手のフェチには堪らなそうな感じだった。
もっと言えばいやらしいというか、健康そうな少女の色気と言うか、そういうものを感じさせて、見ているシンは……
「お前、やっぱり……ちょっと来い」
妄想の世界に片足を突っ込んでいたシンは、何かに気付いたコニールに右手を引っ張られ、路地裏へと引っ張られる。
「何なんだよ! アンタは!」
ちょっとした事情で下半身に力の入らないシンは成すがまま引きずられ、抗議の声を上げるのが精一杯だった。
「おっ、おい!」
周囲の人々は何事か分からず首を傾げていた。
「あんた、何の用なんだよ」
誰もいない路地裏に連れ込まれ、少しドキドキしつつシンは一応の抗議の声を上げる。
その姿に先程まで死闘を演じ、生死の価値を語った傭兵の面影は既に無い。
その事でシンを罵ったら彼はこう答えるだろう。
『俺だってなあ、俺だってなあ、まだ19歳なんだよ! 甘酸っぱい思い出とか欲しいんだよ!』と
「何で、何で生きてるんだよ! シン・アスカ!」
思いがけないコニールの言葉にシンの全身の体温が一気に下がった。
「何で、俺の名……!」
シンの動揺した声を聞き、コニールの驚きを隠せない表情を見たシンは自分の失策を悟った。
(クッ……しまった!)
適当にはぐらかせば良かった物を、シンは馬鹿正直に答えてしまったのだ。
ミナに『お前は2年経っても正直すぎる。 いつか痛い目に合うぞ』と注意されていた事をすっかり忘れて。
すぐさま懐の拳銃を弄る。 今ならまだ間に合う。
気づいているのはただ一人。 小娘だ。
「よく見ろ! 私の顔、見覚えないか?」
冷徹な判断を下そうとしたその時、シンの体に押し付けるように体を寄せ、上目づかいにコニールはシンを見つめた。
胸板に柔らかいものが二つ押し付けられているのを感じたシンは、思わず懐から手を放した。
「……ごめん、覚えて無い」
暫くの思案(で二つの柔らかいものとコニールの体温を堪能した)後、シンは静かに答えた。
「……この馬鹿野郎!」
「はうっ!」
その答えを聞いたコニールは目の端に涙を浮かべ、様々な感情の入り混じった金的蹴りをごく自然に、そうであるのが当然であるように、神に導かれた様に繰り出していた。
「あっ、大丈夫か!?」
膝から崩れ落ちたシンに駆け寄るコニール。
シンは全身を痙攣させ、何故かやっぱりな。 と、どこか懐かしい痛みを感じた青い顔を見せた。
そして、コニールの台詞に、何故か全身ビームサーベルで、半球状の頭部にビームモヒカンを備えたアスランの機体に撃破される自分の姿を幻視していた。
五分後。
「本当にゴメン」
深々とコニールは頭を下げる。 五分の間にヘルメットを外し、走馬灯の様な物を見たシンはコニールの顔を思い出していた。
「気にするなよ。……いい教訓になった」
『いいか、 坊主、お前みたいな単純な奴は女の色仕掛けに気を付けろ』と言う、ケナフの忠告が身に染みたシンは遠い目で空を見上げる。
シンの脳裏には、未だに全身ビームサーベル「ビームそのもの」らしいのアデランの機体とバクゥハウンドの上に乗っかった上半身だけのグフクラッシャーがビームシールド(いつ装備したんだよ、んな物)でバリアを張り巡らし、
閉じこめたアスランに「お前は電子レンジの中のダイナマイトだ! ミラージュコロイドの閉鎖空間の中で分解されるがいい!!」とか叫んだ様がありありと残っていた。
「……教訓?」
不思議そうに首を傾げるコニール。
「それにしても見違えたな」
シンは現実へと意識を戻すと、街の方を見ながら呟く。
「そ、そりゃあ2、3年も経てば変わるさ。 自分も人の事は言えないじゃないか」
なぜか、頬を赤く染めながらコニールは答える。
「死んだ事になってるから一応な。 ってそうじゃない街の事だ」
「ああ、ザフトが撤退してからさ」
シンの問い掛けに今までの雰囲気がなかったかのようにコニールは暗い顔を見せた。
「そうか、噂は本当だったか。 ユーラシア連邦は大西洋連合と揉めてるから、地方まで手が回らないってのは」
大多数の思惑と違い、ラクス・クラインは暗君ではなかった。 少なくともプラント市民にとっては。
ラクス・クラインはレクイエム戦後、疲弊したプラントを立て直すため、ザフトの再編成を行った。
特に地球の大規模基地を除いた、それまでの政権で占領または保護下の地域に駐留したザフトに撤退命令を出した。
撤退予定の地域の中には先の大戦で占領、保護されたガルナハンやベルリン等ユーラシア連邦の土地が多く、概ね好意的に受け止められた。
CE74年当時ユーラシア連邦と大西洋連合との間に微妙な緊張感が漂っていた。
前々回の月、アラスカ、ボアズ、ヤキン。 前回のベルリンへのデストロイ強襲などの被害を巡っての事だ。
散々捨石、捨て駒にされたユーラシア内部の大西洋連合への不満は既に頂点に達していた。
そんな中、突然大西洋連合は連合の支配下の地域でしか産出しないNJCのベースマテリアルの輸出制限を行ったのだ。
急な行動に抗議するも、気に入らないならば他で買え。 と言わんばかりの態度。
更に主力量産機であるウィンダムの後継機、及び新型ストライカー(マイナーチェンジの域をでない物)のライセンス料を突如引き上げた。
ちなみに大西洋連合の言い分としてはロゴス壊滅による経済技術的な問題により引き上げざる負えなかった。とのことだ。
これが引き金となり、大西洋連合とユーラシア連邦の仲は決定的に悪化した。
まず初めに次期主力量産機をそれまでのGAT、ウィンダム、ダガー系列に代わり、かつてユーラシア、アクタイオン共同で開発され政治的圧力、
試験部隊の壊滅(実際には脱走だが対外的に隠蔽)その後東アジアにて実戦投入が行われ、一定の評価を得たCAT、所謂ハイペリオンの改良が行い、ストライカーを廃止し
機体単独の汎用性を高め、量産機としては画期的な光波シールドと高火力のビームキャノンを活かしたファランクスのような集団戦向きのMSヘリオスに移行した。
ヘリオスと言うのはギリシャ神話の太陽神でハイペリオン(ヒューペリオン)の子のことである。
余談になるがCAT-3MヘリオスはCE77年に至っても多少のモデルチェンジとオプションの追加により、CAT-5M ヘリオスmkⅡとして各国最新鋭主力量産機に肩を並べ、高い評価を得ている。
これは機体設計の優秀さと、量産機に光波シールドを搭載するという先進性が決め手だったと考えられる。
そうした次期主力量産機の騒ぎや、壊滅したベルリンを中心としたユーラシア連邦の中心地域、旧ヨーロッパの再建が第一とされ、辺境に近いガルナハンのような地域まで手が回らないのが実状だった。
「……なあシン、これからどこかに行く予定はあるのか?」
一通りの話を終えたコニールは思い切った様子でシンへと問いかけた。
「いや、特にはないな、世界中を回ったし。 そろそろ腰を落ち着けたいとは思ってるんだが……」
2年の月日はシンと愛機グフクラッシャーを疲弊させていた。
グフクラッシャーは定期的にアメノミハシラでメンテ(と言う名の魔改造兼試作パーツの組み込み)をしているとは言え、やはり拠点ともいうべき場所は欲しい所だった。
「だったら、ここに居たらどうかな? あ、いや、いてよ」
「はあ?」
唐突なコニールの申し出にシンは首を傾げる。
「お前にはもう二度も世話になってる。 なのに、私は何も返せない。 だからせめてここを帰る場所にしてくれ!……もしかして迷惑か?」
どうもコニールなりにシンに恩を返そうと色々考えたなりの答えであるらしい。
(意味分かって言ってるのか?……でもまあ)
年頃の女性が、これまた年頃の異性を帰る場所にしてくれとはつまり……。
戦場にいるときの癖で常に物事を深読みしがちな頭を振り払い、シンは苦笑する。
「わかった。お言葉に甘えてしばらく世話になるよ。 俺がいれば用心棒代わりにはなるだろうしな」
せっかくの人の好意、申し出を袖にするほどシンは朴念仁ではないつもりだ。
「えっ、いいのか!?」
コニールは驚きの声を上げた、まさか用心棒までやってくれるとは思わなかったのだろう。
「ああ、傭兵だからな、ただ飯食うわけにはいかないさ」
コニールの表情にやはり深読みのし過ぎは良くないと思いながらシンは微笑む。
「なに言ってんだよ、飯代は別だぞ」
平然として言うコニール。
「……ったく、しっかりしてやがんな」
コニールの言葉に、呆れたような、感心したような表情を浮かべるシン。
「まあね」
「誉めたつもりはないけどな」
してやったりと言わんばかりに無邪気な笑顔を見せるコニールの頭を軽く叩き、シンもまた笑った。
(一先ずガレージを立てて、グフクラッシャーを整備して、俺がいない時の事考えてMSの操縦訓練して……やれやれ、暫く休めそうにないな)
住人の元へと駆けて行くコニールの後姿を見ながら、シンはこれからの事を考えていた。
ミナからの召集と言う名の強制連行を含めれば、暇になるのは暫く先になりそうだが、シンは悪い気はしなかった。
───そして更に2年の月日が流れた。