SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第08話

Last-modified: 2009-01-22 (木) 21:58:47

CE77、ガルナハン

 

「あれからもう二年か、早いもんだな」

 

しみじみとした表情で新聞を畳み、二皿目の賄いを貪り食い終え、コニールを見ながらシンは呟く。
ニ年の月日はあどけなさの残る少女を立派な女性へと変えていた。
あのラクスの影武者(偽者という表現は体型的…というか洗濯板な意味でミーアに失礼なのでこう言う)
ミーア・キャンベルには及ばない物の、それなりの膨らみに、締まったウェスト、程よい大きさの臀部。
邪魔にならないよう髪を後ろにアップで纏めた髪型は若さ溢れる健康的な色気という物を感じさせる。
(立派になって……) と半ば父親のような眼差しで感心するが、コニールは19、シンは21の若造である。
(顔は文句はないし、スタイルも良い、料理も美味いし……これでもう少し大人しい性格なら言うこと無いんだが)
はぁー、と嫁に行き送れることを心配し、溜息を付く。 
そもそも、レジスタンスに所属していて、この二年間ちっとも改善しなかったこの娘の性格を直すのは、現プラント議長の洗濯板や元上司の毛をどうにかするより難しい。
……いや、向こうの方が難しいか?

 

「何、黄昏てるのさ、らしくない」

 

難しい表情で何か考え込んでいるシンにコニールは呆れた表情を見せ、皿を受け取る。

 

「知らないのか? 乙女座の男って言うのはセンチメンタルなロマンティストなんだよ」

 

口元を吊り上げ、シンは笑って見せた。

 

「よく言うよ。 それでどう? 今食べた新作の味は?」

 

シンの戯言などいつもの事だと気にするでもなく、コニールは期待に満ちた目をシンへと向ける。

 

「うん、そうだな……日本で捕まえて食った妙に短くて胴の太い蛇の10倍は美味い」
「……馬鹿! 阿呆! 朴念仁! いっその事、そこで死んじゃえば良かったんだ!」

 

シンの答えに激怒したコニールは顔を真っ赤に染め上げ、手に取れるものを手当たり次第にシンへと投げつけた。
2年間こんな事をやっているのが地元住人に夫婦漫才だと茶化される所以である。

 

「おいっ! コニール! 刃物は止めろって、いつも言ってるだろ! マジで危ない!」

 

上半身を器用に動かし、お玉やらスプーンやら包丁やらを華麗に避けるシン。

 

「……うおっ!」

 

その時、二人の耳に聞き覚えの無い男の悲鳴じみた声が飛び込んだ。

 

「「いっ、いらっしゃい」」

 

コニールとシンは壊れかけた玩具のように、不自然に首を動かすと同時に言った。
店には皿の残骸やお玉などが散乱し、入り口の周りには包丁やらフォークやらが突き刺さっている。
店の出入り口に立っていたのは眼光鋭い壮年の男性。 当然ながらその顔は引き攣っている。

 

「あ、ああ、やってるかな?」

 

眼鏡をかけた金髪オールバックの男は精一杯の笑顔を作り、口を開いた。

 

「ええ、大丈夫ですよ。 お好きな席にどうぞ」

 

今、この店に入った事を後悔しているだろうな、と他人事のように思いながら、シンもまた精一杯の営業スマイルを浮かべる。

 

「隣、いいかな」

 

店の中に入り、割れた皿を踏まないよう慎重に、しかし確かな足取りで男はシンの隣まで歩いてくる。
その歩き方にシンは、何か違和感のようなものを感じていた。

 

「あっ、、どうぞ」

 

慌ててシンが新聞や皿を片付けると、男は隣の席へと座った。

 

「シン・アスカ君だね?」

 

シンの顔を見つめ、男はただ一言問いかける。

 

「違う! そいつは……!」
「そうですけど、何か御用ですか?」

 

慌てるコニールを手で制し、落ち着き払った様子でシンは言った。

 

「良かった。 君を探していたんだ。 申し遅れたね、私の名はジャン・キャリーという」

 

男、ジャンは警戒を解き、笑みを浮かべると右手を差し出した。
「ジャン・キャリー……煌めく凶星J。 三隻同盟のエースが何の御用ですか?」

 

今だ警戒は解かず、手を握る事無くシンは問う。

 

その名はシンも聞いたことがあった
地球生まれで元連合所属のコーディネーターであり、裏切り防止の為に機体を目立つ白に塗られた不殺のエース。
連合時代の彼の戦いはは殆どが局地的であった為、相手を殺さずに撃破している。
その後の戦いにおいても、大規模戦でない限り不殺を貫いた男だ。
ナチュラル用OSの開発により軍を追われ、紆余曲折あり三隻同盟に参加したと言う事は知っていた。
戦後は隠匿し、行方知れず。
噂ではユニウス条約の締結破談を狙ったコーディネイターの一団をM1アストレイ一機で阻止したという、ザフトに言わせれば『裏切り者のコーディネイター』

 

「『元』と付けて貰いたいな。 三隻同盟にいたのは一時だ。 ヤキンの後、色々合って今はアメノミハシラに厄介になっていてね」

 

シンの警戒をほぐす様に、大袈裟に肩を竦め、ジャンは笑った。

 

「えっ、アメノミハシラに? それはすみません」

 

アメノミハシラの名を聞き、シンは態度を一変させる。
あの時、4年前にミナに助けられて以来、世話になりっ放しなのもあり、どうにもミナに頭が上がらなくなっていた。

 

「私は宇宙で、君は地球。 運悪く会った事は無かったが、君の事はミナ嬢から聞いていたよ」

 

ジャンの言葉にシンは目を丸くする。
あの軍神、女ターミネーター、ロンド・ミナ・サハクに対してミナ嬢。
怖い者知らずなのか、命知らずなのか。
少なくともシンが言ったら文字通りの『吊るし上げ』にされる事は想像に難くない。

 

「おい、シンどうした?」

 

呆然とするシンに、コニールが話しかける。

 

「あ、いや、別になんでもない」

 

激しく首を振り、シンは平静を装う。
そんなシンをコニールは不思議そうな顔で見ていた。

 

「ああ、話が逸れてしまったな……本題だ。 君に依頼がしたい事がある」

 

脱線した話を戻す為、ジャンは声量を上げた。

 

「依頼……っていうと、アメノミハシラからですか?」

 

依頼という言葉に、シンは首を傾げた。 ミナにしては随分とまどろっこしい手だ
いつもなら直接連絡を寄越すか、半ば拉致同然に強制連行されるのに。
シンとコニールが二人揃ってそう思っていた辺り、シンがどれだけミナに頭が上がらないか分かる。

 

「いや、今回はミナ嬢の仕事ではないんだ。 一枚噛んではいるがね」

 

ジャンはシンの質問に首を振り、答えると、意味ありげに呟く。

 

「……と言うと大西洋連合ですか? ユーラシア連邦? それとも東アジアですか?」
「ミナさんに聞いてると思いますけど、プラントとオーブならお断りですよ」

 

当然ながらシンはザフト、オーブの上層部に嵌められた事は未だに根に持っていた。
嵌めてくれた連中の名前は分かっているので、地上にいる分はきっちり『仕返し』をした。
実際、それとは別にプラント、ザフトの人間に接触すると正体がばれる可能性があると言う理由もあるのだが。

 

「残念ながら、全て外れで正解だ」

 

シンの皮肉めいた言葉に、否定の意味を込め、頭を振るジャン。

 

「……どういう意味ですか?」

 

表情を一変させ、シンはジャンへ詰め寄る。

 

「今回の依頼は、いくつかの依頼者の共同だ」
「でかい仕事 って事ですね」

 

ただ一言のジャンの答えの意味を汲み取り、シンは大きく頷いた。

 

「……私は席を外した方が良いか?」

 

コニールは大きい仕事。 つまり機密性の高い仕事だと認識し、二人に向かい問い掛けた。
シンは視線のみでジャンへと問い掛ける。

 

「いや、居てもらっても構いません。 ミズ……」

 

シンからの視線に数瞬の思案の後、否定し、まだ名前を聞いていないことに気付いたジャンはバツの悪そうな表情を見せた。

 

「コニール、コニール・アルメダです」

 

コニールは気を悪くするでもなく、ジャンの言葉を続けるように自分の名を名乗った。

 

「失礼、ミズコニール」

 

コニールの態度に深々と頭を下げるジャン。

 

「それで、どんな仕事なんですか?」

 

ジャンが頭を上げたのを見計らかい、シンはジャンへと問い掛ける。

 

「……君が依頼を受けないとしても、これは極秘にしてもらいたい」

 

少し躊躇いがちに周囲を見渡すと、ジャンはゆっくりと口を開いた。

 

「今から一週間前、プラント首都アプリリウス1がテロリストにより占拠された。 人質の中には評議会議長ラクス・クラインも含まれている」
「なっ!?」
「『あの二人』は何やってたんです?」

 

驚愕と怒り。 それぞれが別の表情を見せるシンとコニール。
言うまでも無いが『あの二人』とはプラント評議会議長直属部隊(旧FAITH)
『歌姫の騎士団』司令、オーブ軍准将キラ・ヤマトと同名誉副司令(権限的には司令と同等)にしてオーブ宇宙軍第一特務遊撃艦隊司令、准将アスラン・ザラのことである。

 

「アプリリウス1が制圧される直前に、フリーダムとジャスティスは中の二人もろとも戦闘不能になっている」

 

表情は厳しく、口調すら重くジャンは言う。
ジャンもまた三隻同盟在籍時に、キラの駆るフリーダムとアスランの操るジャスティス二機の実力を間近で見ていた。
それゆえ事の重大さを把握していたのだ。

 

「そんな!? じゃ、じゃあ、今プラントは……」

 

ジャンの発言にシンでさえも驚き、表情を引き攣らせる。
シン・アスカにとってアスランとキラは無敵の存在である。
決して越えられない山脈の様なものと言い換えてもいい。
一つの頂を乗り越えた先により高い頂が待ち受け、行く先を塞ぐかの如く悪夢と言う名の吹雪が吹き荒れる。
シンの潜在意識の中でトラウマに近い物になりかけていた。
しかしシンは必然ともいえる勘違いをしていた。
CE73当時、メサイア戦ならば確かに二人は実戦経験の差でシンを上回っていた。
だがCE77時点に置いては4年の月日、常に戦場に身を置いていた事で実戦経験の差を埋めていた。
直接戦った場合どちらに転ぶかは誰もわからなかったのである。

 

「一部のプラントを除いて降伏し、テロリストに占拠された……最強の二人が先にやられたのが響いたのだろうな。 テロリストの正体は不明、ミナ嬢は見当が付いているそうだが」

 

シンの質問に渋面を作り、ジャンは答えた。
テロリストについて少々の間を置いた事から考えて、ミナはジャンにさえテロリストの正体について話していないらしい。

 

「プラントの防衛線をすり抜けて、アプリリウスへ行くなんて状況から考えて十中八九、プラントに内通者がいるんでしょうね」

 

引き攣った表情から一転、吐き捨てるようにシンは言った。
その顔は酷く不愉快そうに歪んでいる。

 

「……内通者、かね」

 

意外そうな顔を見せるジャンにシンは頷く。
シンは内通者について心当たりが合った。 
大方ラクス・クラインが気に入らないザフト上層部か、評議会議員辺りだろう。
つまりシンを嵌めてくれた連中、仕返しをした地上にいた連中を除いた残りだ。

 

「そういえばプラント側の残存戦力はどのくらい残っているんですか?」

 

内心で邪悪な笑みを浮かべ、顔に出さないようにシンはジャンへと問いかける。

 

「こちら側に残ったのはアーモリーシティ位だな、残存戦力は駐留部隊を中心に再編成中だ」
「それに地球の各軍からおおよそ分遣隊規模。 それにアメノミハシラからもエースを抽出して送る予定だ」
「でも何でアメノミハシラや連合がプラントを?」

 

滞りの無いジャンの答えに頷き、シンは未だに解消されない疑問に首を傾げた。

 

「分かりやすく言えば政治的な絡みだ。 どの国も宇宙の揉め事を地上に持ち込んで貰いたくないのだろうな」
「……要は飛び火が怖いのさ、自分の家に火が移る前に小火の内に消そうと言う訳だ」
「「成る程」」

 

シンとコニールは、皮肉な笑みを浮かべたジャンの答えにしきりに頷く。

 

「しかも今はどこも不穏な空気だからね……さて、それでこの依頼受けてくれるのかい?」

 

ジャンは笑みを絶やすと、真剣な表情でシンに契約書を渡した。

 

「受けることないよ、こんな仕事! プラントはお前をオーブに売ったんだぞ!」

 

シンを見ると、両手をカウンターに叩きつけ、コニールは叫んだ。
その表情には憎しみに近いような怒りが混じっていた。

 

「……確かにコニールの言う通り、俺はザフトに売られた。 恨みが無い、と言えば嘘になる」

 

考え込んでいたシンは、コニールとは対照的に、静かに言葉を紡いで行く。

 

「……だったら!」
「だけど、彼処には恩がある」

 

何か言おうとするコニールの言葉を遮り、シンは力を込めて言う。

 

「孤児だった俺を受け入れて、力を、居場所をくれた」

 

シンは目を閉じ、思い起こす。
体一つ、知り合いも無いままプラントに行ったシンに入国管理官は同胞として親身になってくれた。
アカデミーの教官はプラント生まれと地球生まれを区別する事無く戦場で生きる術を教えてくれた。
ミネルバの仲間は、居場所と誇り、安らぎをくれた。
無論良い思い出ばかりではない。 地球生まれと罵られ、諍いが起きたのも一度や二度ではなかった。……だが

 

「プラントには戦友が大勢いる。 何の罪もないプラントに住んでいる普通の人達がいる……俺は、彼らを見殺しには出来ない」

 

首を振り、迷いを振り切り、真っ直ぐな目でシンは告げる。
あの日、シン・アスカが死んだ日、傭兵赤鬼は弱い人を、力の無い人守る為に、戦争という名の悪意と戦うため生まれた。 
コーディネイターにもナチュラルにも明日は誰にでも平等に訪れるべきで、生きていると言う事はそれだけで価値がある。
そう信じ、この4年間ただひたすらに戦ってきた。
自ら誓った事を自らの手で破れはしない。 
それは覚悟を決めたシンの目であった。

 

「シン……分かった。 私はもう何も言わない」

 

シンの真っ直ぐな目、この目を見せた時は梃子でも動かないと知っていたコニールは説得することを諦め、口を噤んだ。

 

「ジャン・キャリーさん。 この依頼、確かに引き受けました」

 

シンは契約書に手早くサインするとジャンに契約書を手渡す。

 

「……有難う。 早速ですまないが急がなくてはならない」

 

契約書を受け取ったジャンは大きく頭を下げた。
ジャンの言葉にシンは無言で頷く。

 

「3時間後に迎えに来る。 それまでに最低限の支度を整え終えて欲しい。 それ以外の物はこちらで用意しよう」

 

立ち上がり、腕時計を見るとジャンは静かに告げる。

 

「MSはどうすれば良いですか?」

 

あ、と思い出したようにシンは言う。

 

「グフクラッシャーは置いていく。 君の乗る機体は上で準備を進めている……あの機体であの二人に勝った機体に勝てる自信が有るなら、別だが」

 

真面目な顔から少し表情をほぐすと、意地の悪い笑みをジャンは浮かべた。

 

「……勘弁してください」
「はははっ、冗談だよ」

 

シンが嫌そうな顔を見せると、笑いながらジャンは店から出て行った。

 
 

───二時間後

 

「これで良し、と」

 

一通りの荷物(とはいってもパイロットスーツと幾つかの私物)をスーツケースの中に入れると、一張羅の黒いスーツを着たシンは自室の扉を開いた。

 

「……シン」

 

少し躊躇うように物陰から出てきたコニールは言う。

 

「ん? 何だ?」
「その頭で行くわけには行かないだろ、……髪、切るよ」

 

ハサミを後ろ手に持ち、泣きそうな顔でコニールはシンへと笑って見せる。

 

「ん……頼むよ」

 

コニールの表情の意味に気づいたシンは、できる限りの優しい笑みでそれに答えた。

 

リビングでシンはイスに座り、コニールは立ち、二人は言葉を出さずただハサミの音だけが聞こえた。
シンはリラックスした様子で目を瞑っている。

 

「ねえ、シン」

 

長かった髪が均一に切り揃えられ、もう終わりに近づいた頃、ようやくコニールが声をあげた。

 

「なんだ?」

 

シンは目を瞑ったまま答える。

 

「……やっぱり何でもない」
「そうか? そう言えば1年ぶりだな、髪切って貰うの」

 

コニールの態度に微笑を浮かべると、シンは目を開き、懐かしそうに言う。

 

「なんかさ、切りたくなかったんだ」

 

ハサミを持った手を止めコニールは俯く。
シンは何も言わずにコニールの言葉の続きを待つ。

 

「一年前、シンがガルナハンにきて暫く経ってさ、周りの情勢が落ち着いて、自警団が組織できるようになった後、なんだか不安だったんだ」
「シンは弱い人為に、力のない人の為に戦って世界中飛び回ってる。 だったら、いつかシンはこの街に帰ってこなくなっちゃうんじゃないかって」
「それからシンの髪、切れなくなっちゃたんだ。 切ったら私とシンの絆を切るような気がして、平穏な日々が終わりそうな気がして」
「私、シンと離れたくないから……」

 

コニールの顔から雫が一つ床へと零れる。

 

「俺も同じだよ」

 

シンはコニールの涙に気付かない振りをしたまま、ただ静かに頷いた。

 

「……ごめん、終わったよ」

 

そこには4年前の髪型、乱雑に切り揃えられた黒髪の少年から、黒髪の青年へと変わったシンの姿があった。

 

「なんか久しぶりだな、この頭も」

 

鏡を見て、髪をかき上げると、シンは何も言わずスーツケースを手に取り、ゆっくりと出口へと向かう。

 

「シン!……帰ってくるんだよな?」

 

何も言わないつもりだった、いつもそうして見送った。 
でもコニールは胸の奥の、嫌な予感を拭い去れずに、おもわず叫んだ。

 

「多分な、約束は出来ないけど」

 

いつもと変わらない様子で、今日は遅くなる。 とでも言う様子でシンは後姿のまま答える。

 

「そんなの駄目だ!……約束してくれ、必ず帰って来る。って」

 

シンへと駆け寄り、コニールはその背中へと抱きついた。

 

「……約束は出来ない」

 

冷たく、静かにシンは告げる。 暖かさ、優しさ、それら全てを拒絶するように。

 

「こういう時は、嘘でも……帰って来るって言う物じゃないの?」

 

シンに抱きついたまま、嗚咽の混じった声で、嘘という言葉を躊躇いがちにコニールは言った。

 

「嘘はつきたくない」

 

そう言うとシンはコニールの両腕をを力づくで振り解いた。

 

「……馬鹿」

 

まるで自分の命に毛ほどの価値も無いと言わんばかりの態度。
命は尊いと、生きているだけで価値があると宣い、他人の為に命を懸けて自分の命は幾らでも安く叩き売る。
頑固で、人の言うことは聞かないで、自分の生き死には興味すら持たない。
シンのそういう所がコニールは嫌いだった。
いつもそうだ。
いつも一言だけ残しふらっと出かけて、何事も無かったかのようにボロボロになって帰ってくる。

 

「ああ、馬鹿なんだ。 じゃあ行ってくるよ、コニール」

 

いつもと変わらず、笑顔のままシンは歩き出す。
コニールにはもう止める事は、いや、最初から止められる筈がなかったのだ。

 

「……言い忘れてた。 俺が帰って来るまでの間、グフとガルナハンの事は頼んだ」

 

足音が五回聞こえた後、シンはふと振り向き、笑みを浮かべるとグフクラッシャーの起動キーを放り投げる。

 

「…………うん! 頼まれた!」

 

無力感に苛まれ、項垂れていたコニールは慌てて顔を上げると、放り投げられたキーを受け取り、それを握り締めたまま、眩しい程の笑顔をシンへと向けた。
シンが見えなくなった後も決してコニールは両手を緩めようとしなかった。 
その手の中にある物は、言葉以上に大切なシンとコニールの形ある約束の証なのだから。