SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第12話

Last-modified: 2009-03-13 (金) 03:11:35

アーモリー1港湾部。
何隻かのナスカ級とゴンドワナ級空母に混じり、一隻の艦があった。

 

全体を灰色に、所々を赤く染められた連合のAA級に酷似した艦影。
かつて地球圏を縦横無尽に駆け回り、幻肢痛の名を持つロゴスの私兵、
そしてオーブ軍とただ一隻にて渡り合い、月にて沈んだザフト最強の艦。
ミネルバと瓜二つの姿のその艦の名を改ミネルバ級戦艦ミネルバII。

 

旧式化したローランド、ナスカ級と前大戦で損失した多数の艦の穴を埋めるべく設計された
アテーナー級戦艦開発のための試作として、ミネルバをベースに改良を加えられた新鋭艦である。
見かけこそほとんどミネルバそのままではあるが、内装や装備類は一新されているため、
ほぼ新規設計艦と同一だと言っても過言ではない

 

……逆に言えば不安定な実験艦とも言えるのだが。

 

「…………」
そのブリッジ、艦長席の周りを不安そうな顔で落ち着き無くグルグルと回り続ける男が居た。
纏った制服の色は部隊長を示す白。
だが似合わない。と感じてしまうのは男の風格の無さ故だろうか。
「遅い……遅すぎる!……いや、まさか!」
独り言を続け、頭を抱える白服に周囲のクルーの反応は二つに分かれた。
何時もの事だと言わんばかりに自分達の仕事を続けている旧ミネルバクルーと
挙動不審の艦長を見てうろたえる、実戦経験の少ない新人組。
「あっ、あの……」
そんな中、少女と言っても過言ではないような、まだ顔にあどけなさが残るオペレーターが
その翡翠色の瞳を涙で溢れさせながら先任ブリッジ要員チェン・ジェン・イーに声を掛けた。
「ん、何かあった?」
数々の激戦を潜り抜け、最早、古参と言っても過言ではない雰囲気をまとったチェンが振り向く。
「何かあった訳ではないんですが……艦長はあのままで大丈夫なのでしょうか?」
不安そうな顔で艦長席を横目に見ながら、新人オペレーターは言う。
「あれかぁ」
「あれはなぁ」
横で話を聞いていたのか、バート・ハイムとマリク・ヤードバーズも椅子を回し、
どこか遠い、生暖かい目線を艦長席へと向ける。
当然テンパッている艦長、アーサー・トラインは気付かない。
「……いつからだっけ? あれ」
「落ち着きと威厳が無いのは最初から。艦載機がいないのがトラウマになったのは……メサイア戦役からだ」
チェンからの問い掛けにマリクは声のトーンを僅かに落とし、答えた。

 

アーサーがあそこまで挙動不審になるには理由があった。 
その理由の大きな部分を占めるのは一つはかつての乗艦ミネルバである。

 

ミネルバはメサイア戦役、つまりは月決戦での最終局面にて、艦載機を放出し、
不沈艦と名高いアークエンジェルと戦艦同士の熾烈な殴り合いを演じた。
僅かな隙を突かれ、上空を占位したアークエンジェルの一斉射撃によって
2基の主砲を含む多数の武装を損失した後、
薄ら禿蝙蝠ことアスランの駆る∞ジャスティスに艦後部のメインスラスターを破壊され、
月の重力下で姿勢制御不能に陥り不時着。
月面に擱座状態となり、艦長タリア・グラディスの指示により総員退艦。 
その後、今までの恨みを晴らそうとするかのようなオーブ軍の総攻撃により、
跡形も無く粉砕され、廃艦除籍処分となった。

 

余談だが、艦載機隊の隊長を務めていたにも拘らずあっさりと裏切り(本人には相応の苦悩が合ったのだろうが)
平然とミネルバにトドメをさしたことで旧ミネルバクルーの中ではアスランの評判は最悪だった。
自分はザフト、オーブで艦隊司令と言う、高い立場に就き、
かつてミネルバ所属であった事など無かったかのような振る舞い。
その上ミネルバはデュランダルの子飼いであった為、現在力を持っているクライン派からは
非常に冷遇されている。
そのため、ミネルバII内において禿、蝙蝠、裏切り者と言う単語が出れば、それはアスランの事であり、
新人組でさえ名前が出なくても会話が通じるほどであったと言う。

 

ミネルバが沈んだ結果、アーサー・トラインは自身、クルー、パイロットにとって家とも言える艦を沈ませ、
死にに行こうとするグラディス艦長を止められなかった事、世界の運命を決める決戦に敗れてしまった事。
それらに他のさまざまな要因を加えた結果、
亡きグラディウス艦長に会っても恥ずかしくない艦長になろうと言う決意。
そしてとあるトラウマが生まれてしまった。 

 

『艦載機放出恐怖症』とミネルバII三羽烏こと、
アビーとルナマリアとヴィーノが名付けたそれを要約すると。
僚艦が近くにいない時、艦載機が離れてしまうと途端に落ち着きと冷静さ、思考能力を失い
ダメ艦長になってしまうという物だ。
目視で確認できる位置にいるのなら問題無いのだが、呼び戻すのに時間がかかる距離
(アビーの調査によると7分37秒)以上離れると発症してしまうのだった。
間違いなくAAとの一騎打ち、その後のアスランによる撃沈が原因である。

 

とはいえ発症さえしなければ、アーサー本人は今のザフトではかなり優秀な部類の為、
通常の艦隊行動に組み込まれているのであれば、なんら問題なく、むしろスムーズに艦の運用が行える。
だが、ミネルバIIは上層部に嫌われていたり、実験艦と言う特性上、単艦での任務がかなり多く、
結果として副長アビーと艦載機隊の長であるルナマリアの頭痛の種となっていたのである。

 

三人はまだ落ちつかないアーサーの顔を見ると、顔を見合わせ大きな溜め息を付いたきり押し黙ってしまった。
その場の空気が重く感じられる。
「えっと……その」
責任を感じたのか、栗色の髪の新人オペレーターは何か言おうとするが言葉が出てこない。
「ああ、すまない。 君が言いたいことは分かるんだ……
 あれでも僚艦か艦載機さえ近くにいればザフト指折りの艦長なんだ」
マリクは気を取り直すと新人に諭すように言った。
「はい、ただ艦長あのままでいいのかと」
「良い訳ないんだけどね……」
「こればっかりはなあ」
新人の暗い声にバートとチェンは諦めたように言うと再び溜息を付く、空気は更に重くなるばかりだった。
「ああ! 如何すればいいんだあ!」
「……少し落ち着いてください。 副、もといトライン艦長……アビー・ウィンザー戻りました」
アーサーの叫びがブリッジに響き、ブリッジクルーが揃って溜息をついたその時、ドアが開き、
黒服を着た金髪の女性仕官、ミネルバII三羽烏の一人、副長アビー・ウインザーが敬礼と共に入室した。

 

「紅茶でも飲んで落ち着かれては如何でしょうか? 何でしたら入れてきますが」
半ば諦めたかのような口調でアビーは投げやりに言う。
「残念だが僕はコーヒー派d」
「こー……ひー……ですって?」
アーサーの口から出た『コーヒー』と言う単語にアビーの眉が僅かにひくつく。 
周囲に漂い始める微妙な緊張感。
「あんな黒いだけの……豆を炒って水に溶いただけの飲み物と言うのもおこがましいどr」
「ちぃーす」
凍てついた空気を吹き飛ばすように、タイミング良く軍隊らしくない間の抜けた挨拶が聞こえた。
「ん……何かあった?」
両腕に持ちきれない程の書類を抱え、顔だけ見せたのはミネルバII三羽烏の二人目、
整備班長(仮)ヴィーノ・デュプレである。

 

「ヴィーノ整備班長(仮)その挨拶はそれは如何なものかと……」
顔だけヴィーノへ向けると眉に皺を寄せ、溜め息混じりにアビーは言う。
「副長は堅いなあ……後、俺何時まで(仮)なの?」
「その調子ではずっと(仮)ですね!」
茶化すようにヴィーノが言うと、アビーはその金色の眉を吊り上げ、仮を強調し、鼻を鳴らす。
「……ま、まぁアビー君、落ち着いて、コーヒー飲む?」
ヴィーノの登場で放置されていたアーサーがアビーを宥める様に、コーヒーカップを差し出す。
「要りません! 第一、私が怒っている原因は誰の所為ですか、誰の!」
「あはは……そういえば、ヴィーノが戻って来たって事は艦載機も戻って来たんだね?」
乾いた笑いを浮かべ、アビーの怒りを受け流すと、アーサーは話題を変えるためヴィーノへと向き直った。

 

ヴィーノが戻ってきた事が艦載機が戻ってきた事になるのには当然理由がある。
アメノミハシラからのシャトルのエスコートの為、上層部からの命でたまたま手が空いていた
ホーク隊を出撃させたのだが、
戦闘が起こったと言う報告を受けた為、心配になったアーサーがこれまた手の空いていた
整備班長(仮)ヴィーノをお使いついでに港湾部に向かわせたのだった。
「まったく、もう……」
ぶつぶつ言いながらもアビーが副長席へと戻る。

空気が、雰囲気が変わったと新人オペレーターは感じていた。
先ほど感じられなかった指揮官、艦長としての余裕のようなものがアーサーから感じられたのだ。
「アイマンとインドゥラインは戻って来ましたが、隊長機がまだです」
アーサーの問いに大量の書類を机に置くとヴィーノは答えた。
隊長機とは勿論旧ミネルバ時代からの古参、フレスベルクこと、ミネルバII三羽烏最後の一人、
ルナマリアのことである。
「アイマンなら心配だけど……まぁルナマリアなら放って置いても大丈夫か」
「殺そうとしても簡単に死にそうにありませんからね」
まだ戻らないと言う報告にも拘らず余り気にも留めないどころか、随分な言いようのアーサーとアビー。
ルナマリアに対する信頼ゆえか、本当に殺しても死なないと思っているのか。
後者なら本人激怒間違いなしである。
「ま、とりあえず……」
話題を変えようと、ヴィーノが声を上げた瞬間、艦内にまで響くような爆発音が司令部の方向から聞こえた。

 
 
 

その少し前 。
コンテナの回収を終えたシンはその後何事も無く、懐かしきアーモリー1へと辿り着いた。
ルナマリアと分かれた後はガイドビーコンとオペレーターの指示に従い、機体を進め、
アメノミハシラの為に用意された格納庫に入ると周りには見覚えのある機体が多数並んでいた。

 

ジャンの機体とは真逆、標準カラーである黒に染められ、
装甲から僅かに見えるフレームが青いヤタガラス標準型。
その隣に並んでいるのは、ウサギの耳のようにも見える大型通信アンテナを頭部に装備した
ベーシックな白いアストレイタイプ、イナバ。

 

コンテナを適当な所に置くと、ガルバルディをハンガーへと固定する。
「赤鬼君、先に下りていてくれ。 私はメカニックとコンテナの中身を出しておく」
「分かりました。 ……ところでジャンさん、
 このガルバルディにパイロットサポートシステムが積んであるって聞いてましたか?」
ジャンからの通信に頷いたシンは、ついでに戦闘中に起動した良く喋る戦闘補助システム、
RBについて聞いておく事にした。
「ユニットが起動したのか?  いや、そうか。 それであの動きか」
シンの問いには答えず、ジャンは一人納得したように呟いた。
「ジャンさん?」
「ああ、すまない。 ……確かにそんなシステムが積んであると聞いていた覚えがあるな……
 確か未完成だとか言っていたが」
訝しげなシンに謝罪の言葉を言うと、ジャンは言葉を濁しはぐらかした。
「その割には余計な事まで喋る奴でしたけど」
「そうなのか? 後で調べておくよ」
「はぁ……」 
シンはジャンの答えにどこか納得がいかず、曖昧な返事を返すと通信を切り、ハッチを開いた。
狭く、薄暗いコックピットの中から出ると、どこか開放感がある。 この感覚がシンは嫌いではなかった。 
キャットウォークに降り立つと、多少は重力があるらしく、地に足をつけゆっくりと体を伸ばす。
鼻から空気を吸うと、格納庫のさまざまな匂いに混じり、プラント独特の匂いが無い匂いがした。

 

おかしな表現だが、地上の様々な匂いのする空気に比べて、プラントの空気は幾つものフィルターを
通している為か、匂いが無い。
それが地球生まれで、2年未満しかプラントにいなかったシンにとっては違和感の様に感じられたのだろう。
(重力に魂を引かれた人種って奴なのかな、俺も?)
以前新聞で見た人類は宇宙に出てこそ進化すると言う論説にあった一文を思い出し、思わずシンは苦笑した。
「ま、いいさ。 俺は俺だからな」

 

「よう! 来たか、赤鬼」
一人納得し、満足そうな笑みを浮かべていたシンに、キャットウォークに立つ男が声をかけた。
「エ……リッパーさん」
頭を下げ、シンが小走りに駆け寄ったのはリッパーと呼ばれる浅黒い肌の男。
その正体こそは、かつてザフトから『切り裂きエド』と恐れられ、祖国南アメリカ合衆国の為、
大西洋連邦に叛旗を翻した『南米の英雄』エドワード・ハレルソンである。
「元気そうでなによりね」
「モビーディさんも……お久しぶりです」
そのエドの傍らに立つ金髪の女性、『南アメリカの白鯨』ジェーン・ヒューストンは
落ち着きの無いシンの様子に笑みを浮かべていた。
「キャリーの旦那もあっちにいるし、これで全員揃ったわけだ」
「ここにある機体でアメノミハシラは全部ですか?」
固定されている24機を見るシン。
イナバが10機、ヤタガラスが11機あるの他にも特徴的な機体がいくつかあった。

 

エドの駆るブレードカラミティ改 通称スサノオ。
ソードカラミティを元に各部の改良を行い、背にリフター、腰に短めの刀、
リフター上部に対艦刀を持った深紅の機体。

 

ジェーンのフォビドゥン改 通称ツクヨミ。
通常のフォビドゥンとは違いサブアームに直結したシールド状のゲシュマイディッヒ・パンツァー発生器を
大型化され、機体各部にハイペリオンタイプの光波防御体発生装置を装備。
両腕部に金色に輝く盾を備え、先端が十文字の実体槍を背に装備した群青色のMS。

 

この二機にジャンとミナの超最新強化型重武装新アストレイGF天M改CE77仕様ユン・セファンスペシャル
”アマテラス”を加えてアメノミハシラの四鬼神と呼ばれていた。

 

「ええ、私とエドの一中隊、それにキャリーさんの一中隊で二中隊」
「それにお前ののって言ってもまだ受領してないのか……まあ兎に角25機だ……
 本当ならもっと多かったんだが」
「オーブでのクーデターですか」
シンの表情に僅かに影が落ちる
「ああ、あれが無けりゃ、うちの社長が直接くるはずだったんだが」
「……社長? ミナさんですか」
妙な表情で二人はエドを見た
「別にCEOでも 取締役でも良いけどよ」
「そんな呼びかたしてるのあんた位よ」
呆れたようにジェーンは溜息をついた。

 

「そういえばヘルメット脱がないのか? ……ここにはお前の事情を知っている人間しかいないぜ」
「そうですね、正直重力区画に入ると重いんですよ」
小声で囁く様に言うエドに頷きながらシンはヘルメットのロックを外した。
「まあ、気持ちは分かる。 変声機入れてんと重いんだよな……俺も社長に拾われる前はそうだったからな」
天空の宣言後、南アメリカへと戻っていた二人は大西洋連邦の策略によって南アメリカを追われた。
仕方なく世界を彷徨っていた二人をスカウトしたのがアメノミハシラの権利をオーブとプラントの戦争後の
混乱に乗じて買い叩き、PMCを作ったロンド・ミナ・サハクだったのである。
「ええ、なるべく軽量化してるんですが」
「失礼します! ルナマリア・ホーク入ります」
言いながらヘルメットを脱ごうとした時、一瞬見えた赤毛のアホ毛とショートカットに慌てて
シンはヘルメットを被り直した。
反射的にエドはシンを詰まれていた資材の方へ蹴り飛ばし、申し合せたかのようにジェーンは
ルナマリアの視界を塞ぐ為彼女の前へと飛び出し、冷や汗をかきながら言った。
「何か御用ですか?」
「……赤鬼さんはいらっしゃいますか? 捕虜の尋問で立ち会っていただきたいもので」
鬼気迫る二人にルナマリアは若干引きながら、姿勢を正し、敬礼をすると用件を簡潔に伝えた。

 

ルナマリアは旧ミネルバ時代、改造軍服のミニスカを着ていた時とは違い、今は正式な赤服を着ていた。
髪型は変わらないものの、まだ十代で赤服に着られているような感じさえあった4年前とは違い、
顔も体型も成熟し、どこか落ち着きのある……エースの風格があった。
「おーい赤鬼」
「……」
シンを蹴り飛ばした方向へ顔を向けると、崩れた資材の山に頭から埋もれているシンの姿があった。
「……彼は何を?」
「あの子、暗くて狭いところが大好きなんです」
訝しげな様子のルナマリアにジェーンは精一杯の笑顔を見せる。
「そうですか」
釈然としない様子のルナマリアだが、人の陣営の事情に口出しするわけにも行かずにとりあえず頷く。
資材を崩した事で整備員達から嫌な顔をされながら、シンはヘルメットが外れないように気をつけ、
資材の山から頭を出しつつ、ただひとつだけ思ったと言う。

 

みんな呪われちまえばいいのに。と

 
 
 

結局ルナマリアに同行する事になってしまったシンはジープの助手席に座ったきり、黙りこくった。
喋ればボロがでそうで嫌だったからである。
「赤鬼さん、あれは……」
乗ってきたジープのハンドルを握りながら、気まずそうにルナマリアは助手席にいるシンに声をかけた。
「気にしないでください……よくあることですから」
言葉少なくシンは答える。 
ルナマリアにはシンが暗くて狭い所に入っていたのを邪魔をされ、不機嫌になっている様に感じられたのか、
それきり黙ってしまった。

 

(懐かしいな。 この道、インパルスのテストやってるときによく通ったっけ……
 コートニーさんとリーカさん元気かな)
シンはふと横の風景を見た。
ジープは格納庫から、司令部付近へと行く道を走っていた。
少ない時間だが平穏な時をほぼアーモリー1で過ごしたシンにとっては懐かしい光景だった。
もう会うことも出来ない人たちの顔を思い浮かべ、センチメンタルな気分に浸ってみる。
「そういえば、ヘルメット外さないんですか?」
シンを横目に見ながら、不思議そうな顔で遠慮しがちにルナマリアは問い掛けた。
「……昔戦場で死にかけましてね。 整形はしたんですが人に見せられる顔じゃないんですよ」
用意した原稿を読むようにシンは答えた。
ヘルメットを脱がない事について言われた時に用意していた台詞の一つだった。
「失礼しました」

 

(何だろう、この違和感は? まるで人形に話し掛けているような、それにこの男、どこかで?)

 

気まずそうに謝罪するルナマリア。 しかし、赤鬼から何か違和感のようなものを感じていた。
ガルバルディに乗った際の操縦も、どこかで見た事があるように思えたルナマリアは発破をかけることにした。 
「……度々失礼ですが、もしかしてどこかでお会いしたことがありませんでしたか?」
「いいえ、無いと思います」
静かにシンは答えた。
「そうですか……ところで赤鬼さんはどちらの御出身ですか?」
「……何故、そんな事を?」
ルナマリアの相次ぐ質問にシンは抑揚の無い声で、興味が無いように答える。
しかしその実、ミラーのヘルメットの向こう側でシンは冷や汗を垂らしていた。
答えなければ怪しいし、ここで素直にオーブ出身の戦災孤児です、などと答えれば墓穴を掘るも同然である。
(……いや、裏をかくと言う意味ではそれもありか?)
「いえ、知り合いに操縦や動きの癖が『とても良く似ていた』物で気になりまして……
 気を悪くしたのなら申し訳ありません」
シンを見ることも無く、正面を見てハンドルを握ったままルナマリアは答える。
「気のせいでしょう(気付いているのか?)」
「それならばいいのですが(そう簡単に尻尾は見せないか)」
二人は横目で睨み合い、様子を伺いながら思う。

 

(何時の間にか、女狐になりやがったか……)

 

(……この狸、必ず尻尾掴んでやる)

 

「「…………アッハッハハッ!」」

 

赤狸と女狐、二人を乗せたジープは乾いた笑い声を周囲に響かせながら目的地へと向かっていた。