SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第13話

Last-modified: 2009-03-28 (土) 23:59:36

「見えました。 あれです」

 

司令部近くの空き地にジャンによって四肢を切断され、戦闘能力を欠如したドラッツェはあった。
周囲は完全武装した兵士が取り囲み、正面に威嚇するようにガルバルディβが二機、
装備からしてルナマリアの部下、プルデンシオとデュークの機体。
「何をやっている! さっさとコックピットをこじ開けんかァッ!!」
スピーカーを使っているのかと錯覚する程の大声が周囲に響く。
「隊長少し落ち着いてください」
「落ち着けよイザーク……」
原因は銀髪の白服。 アーモリー1駐留第二MS戦隊隊長、イザーク・ジュール。
それを諌めるのは赤服を着た女性、シホ・ハーネンフースと
金髪に浅黒い肌の黒服の男ディアッカ・エルスマン。

 

(ゲッ、何でジュール隊がここに?)
特殊加工されたバイザーの向こう側で眉を引き攣らせる。シンは思わず声に出しそうになる寸前で堪えた。
「えっと……何事?」
硬直するシンをジープに残し、ルナマリアは通信機を片手に一人飛び降りる。
『あ、隊長待ってましたよ! ジュール隊長、戦隊長なのに自ら立ち会うって聞かないんですよ、
 隊長からも一言言ってください』
「何で後ろの方でどーんと構えてられないのかしら?」
ブレイズβ、プルデンシオからの泣き言に、右手で額を押さえると、
ルナマリアは小声で呟き、深い溜息をついた。
そんな中シンはこっそりとジープを降り、状況を確認しやすい位置へと移動する。
「ハッチ空けるぞ! 陸戦隊、それとルナマリアんとこの若いの! どっちでもいいから前に出てくれ!」
そんなルナマリアの憂鬱を吹き飛ばすように、男の声がスピーカーで響いた。

 

「……親父さん」
ドラッツェのコックピットハッチの前に立つのは旧ミネルバ整備班長、
現アーモリー1工廠技術整備班長マッド・エイブス。
懐かしい姿と声にシンはふと顔を上げ、呆然と立ち尽くす。
その為、そんなシンに怪訝そうな視線を送るルナマリアに気付く事は無かった。

 

「了解……でどっちが」
「よし! 後詰は任せとけ、前衛の後輩!」
プルデンシオがマッドに返事を返し、どちらが行くか相談しようと通信を入れた時、]
スナイパーβがブレイズβのオレンジ色の肩を叩く。
通信モニターの向こうでデュークが意地の悪い笑みを浮かべ、サムズアップしていた。
「畜生……覚えとけ」
ポジションと年功序列を盾に自分をこき使う後衛の先輩に怨嗟の声を上げながら、ブレイズβが足を進める。
「良いか! 吹き飛ばすぞ!」
マッドが離れた瞬間、コックピットハッチが吹き飛び、シートに座るパイロットの姿が見えた。

 

「出ろ、話はそれからだ」
ライフルを構えたブレイズβがコックピットを狙い、完全武装した兵士を伴い、
イザークとディアッカがコックピットの前に立つ。
ミラーコーティングのヘルメットで表情こそ見えないが男は、哂っていた。 
無論 笑う ではなく。

 

「……くっくっくっ」
男は聞く者に亡霊を思わせるような擦れた声で、不気味な笑い声を上げる。
着ているパイロットスーツは緑。 それも相当に年季の入った物。
「何がおかしい?」
男の笑い声が癪に障ったのか、イザークは声量を上げ相手を威嚇する。
「……私程度を捕えて、何か喋らせようといい気になっている貴様らがだよ。 
 イザーク・ジュール、今度は誰に尻尾を振るんだ?」
男の表情は見えない、その筈なのに……その場に居合わせた人間には男の醜悪な、
邪悪とも言い換える事が出来るような悪意に満ちた嘲笑が見えた気がした。

 

「何だと!?」
「イザーク、熱くなるな」
男の明らかな挑発するような口調に激高し、感情に任せ、掴み掛かろうとするイザークを静止し、
ディアッカは二人の距離を引き離した。
「それで、アンタらは結局何者なんだ?」
どこから現れたのか、シンが何時の間にかコックピットに乗り込み、
古風なリボルバー拳銃を突きつけていた。
通常であればミネルバ時代から愛用し、原形を留めないほどにカスタム化したオートマチックの
ザフト軍制式拳銃を使用していたが、万が一銃を没収された際、銃のシリアルナンバー、線条痕等から
正体が発覚する危険性を回避する為、置いてきたのである。
とは言え、年代物のリボルバーを操る正体不明の傭兵というのは、大きなハッタリとなり、
シン・アスカと言う男の個性を消すにはいい演出道具であった。
「貴様、何者だ!」
「傭兵、赤鬼。 こいつを捕まえた一人ですよ」
身構えるイザークの問いに言葉少なく答えるシン。 その視線、銃口は男から離れる事はない。
「……我等に名など無い。 名すら失った亡霊だ」
「名を失った亡霊……ネームレス」
男の答えに、シンは思わず呟く。
他人事でない、自身と同じ死に切れなかった人間の集まりだとでも言うのか。

 

「答えになってないな。 お前らの正体、目的はなんだ?」
シンを押し退けるように、ディアッカが横から自動小銃を突きつける。
だが周囲を包囲され、赤鬼と言う傭兵に銃を突きつけれて尚、動揺さえ見せなない目前の男には
脅しにさえならないだろうと、ディアッカは考えていた。
ネームレス、名無しと名乗るからには、既に未練など何も無い、
目的を果たす為だけに生き続ける死兵である事が容易に察しがつく。
死を恐れない者に、命を代価に交渉など無意味だ。 
その為、せめて情報の一欠けらでも見付けられたのなら上等だと考えを変えていた。
「正体? 貴様らに敵対するもの全て。 目的?  この世界を7年前、あの混沌とした世界に戻す事」
冷静さと熱狂、正気と狂気が入り混じった声で男は言う、
その様は見るものに不快感を与えさせるには十二分であった。
「7年前……?」
イザークとディアッカ、シンは男の言葉に内心首を傾げた。 
何故7年前なのかと。前々大戦の開戦当時とは。 

 

コックピットに電子音が鳴った。 三人はすぐさまトリガーに指をかけた。
「……お話はここまでだ、後は話す事など何も無い」
ふと男が嗤うのをやめた気がした。 男の雰囲気が変わる。 
祭りの後、夢から覚めてしまった後、自分がもう若くないとと気付いてしまった老人、例えるなら多々ある。 
要は、男が熱狂に支配された獣から冷徹な人へと戻ったと言うことだ。
「私は運がいい。 我等にとっての障害、アーモリー1MS隊の戦隊長を道連れに出来るのだからな!」
男は目を一度閉じると目を見開き、叫ぶと同時にに男はアームレストに拳を叩き付けた。
周囲のモニターが赤く点灯し数字が表示され、緊急警報、続いて数字の減少が始まる。

 

「貴様、何をした!」
「これはまさか!? イザークさん、早く逃げて! ……ルナ!」
いち早く異変に気付いたシンは、イザークとディアッカを突き飛ばすと通信機に向け叫び、
自分も体を丸め、コックピットの外へ飛び出した。
名前しか呼んではいないが、彼女ならば状況を察し、動いてくれるはずだ。 
そこには生死を共にした者以上の絶大なる信頼があった。

 

ルナマリアの事を反射的に『ルナ』と呼んだ事も気付かずに。

 

「……間に合うものか。 消えてなくなれ」
男の皮肉めいた低い笑い声が、シンの耳にこびり付いた様に残響していた。

 

『ルナ!』
「……! プルデンシオ! デュークも前に出ろ! 陸戦隊は下がりなさい!」
通信機を片手に状況の推移を見守っていたルナマリアの耳に、赤鬼の聞き覚えのある呼び方が聞こえた。
自身をルナと呼ぶ、数少ない人間の事を頭の片隅に追いやる。 今は他にすべき事がある。
一瞬の戸惑いの後、部下を動かすと、MSの周囲を囲っていた陸戦隊に怒鳴りあげるように指示を出す。
本来なら越権行為として従わないものも出るのだろうが、ザフトの上下関係が曖昧な組織構造が幸いした。
ルナマリアの指示に陸戦隊員達は、周囲を包囲したまま距離を取りはじめる。
「えっ……何で?」
「いーから前に出んぞ! お前は出来損ないを押さえ込め!」
ルナマリアの命令に困惑するプルにデュークが発破をかける。
脊髄反射的にブレイズβがドラッツェを押し潰すように抱え込み、
ルナマリアやシホ、陸戦隊でない人員をかばうようにスナイパーβが立ちはだかる。

 

瞬間、閃光が二機のモニターへと焼き付き、轟音がその場にいた人間の鼓膜に響き、
激しい熱風と破片がが全てを襲った。

 
 

「畜生! 野郎、自爆しやがった……プルデンシオ、無事か? まさか死んでねーだろうな」
数瞬の後、意識を取り戻したデュークは通信機を手に取り、MSを抱え込んでいた相棒の無事を確かめる。
「……大・夫だよ。 あ、正面のモ・・ーがやら・た以外、取り敢えず降りるわ」
通信状況は酷いが無事ではあるらしい。 デュークはほっと一息つくと周囲を見渡す。
ルナマリアの素早い指示が功を奏したのか、物的被害は兎も角人的被害はさほどでもないようだ。
「戦隊長ご無事で?」
ヘルメットを脱ぎ、兄と同じ金色の長髪を揺らしながらプルデンシオはガルバルディを降りる。
真に突き飛ばされた為か、イザークとディアッカは地面に蹲っていた。
粉塵に塗れてはいるが、怪我は無いらしい。 
プルデンシオは立ち上がろうとするイザークに肩を貸そうと近づく。
「ああ、俺は大丈夫だ。 ……ミゲルの弟か、また兄貴に似てきたな」
半ば朦朧とした意識の中、イザークはプルデンシオにかつての戦友ミゲルの姿を見ていた。
兄弟なので当然なのだが、実際ミゲルとプルデンシオはよく似ていた。 
もっとも兄よりも長髪である為一目でわかったが。
「お久しぶりです……って挨拶はまた後にしましょう。 隊長生きてます?」
案外元気そうだった面識のあるイザークへの挨拶も程々にすると、自分達の隊長の安否を確かめようと
コックピットから持ち出した通信機を手に取った。
『あの人はこの程度じゃ死なねーだろ』
すかさずデュークが通信で茶々を入れる。
「そりゃそうだけど。 ほら、社交辞令だよ」
はははと二人して微笑んだ。ミネルバ隊といい、こいつ等といいルナマリア=殺しても死なないと言う図式が
どこかで作られているらしい。
「丸聞こえよ、あんたら! 帰ったら覚えときなさい!」
駄々漏れだった二人の悪口に、怒り心頭のルナマリアは通信機に怒鳴りつけると、
周囲を見渡しあの男の姿を求めた。

 

「痛ッ……」
爆風に吹き飛ばされた為か、イザークとディアッカからさほど離れていない場所でシンは意識を取り戻す。
天にコックピット直突きを受けた時ほどではないが、全身が痛い。
勘だが、骨折はしていない。 精々打撲と打ち身と言ったところか。
自身の状態を確かめると、這いずる様にゆっくりと立ち上がる。

 

「シン!……!?」
赤鬼を見た瞬間にルナマリアは自身の口から出た言葉に驚愕する。

 

彼は、シンは死んだのに。 
何故私は彼をシンと呼んだ?

 

まさか…… 何とも表せない感情が体を支配し、手が、全身が震える。
「ルナ、無事だっ……いやホークさ」
「シン? シンなんでしょう? お願いだからそういって!」
シンの言葉を遮り、ルナマリアは声を上げた。
涙が自然に流れ落ちる。 4年間溜まっていた感情のダムが崩壊する。
聞きたい事は山ほどあった。 言いたい事も同じくらいあった。
……でも今は。

 

「俺は」
予期せぬアクシデントにシンの心が揺れ動く、
表層にいる傭兵赤鬼が、奥底に仕舞い込んだシン・アスカが、その心の狭間でぐらつき始める。
自分がいない間に何があったか聞いてみたい。 何が起こったのか話したい。
それでも彼が選んだのは……

 

「シン、じゃない」
「嘘……」
否定。

 

ルナマリアが首を横に振り、シンの言葉を拒絶する。
「ルナマリア、シン・アスカは既に死んだ」
4年前、ロンド・ミナ・サハクに命を拾われた時、
男はシン・アスカの名を、何かに従う平穏な道を、捨てた。
「ここにいるのは赤鬼……名前を捨てた、死に損ないの傭兵だ」
選んだのは人ならざる名、己の信じる修羅の道。
世界は未来に目を向け、明日の為に戦う事を望んだ。
シンは過去を想い、今を守る為に戦う事を選んだ。
暖かくて優しい世界をつくる為の、冷たくて残酷な世界への逆襲、明日への礎の為の戦い。 

 

それは……きっと報われない。 
だからこそ、望んで巻き込まれた物好きなガルナハンにいる奴は兎も角、
一度は心を通わせた彼女をそんな道に引き込むわけにはいかない。

 

「シン……なんで」
時間通りに吹く、プラントの人工風に、ルナマリアの両目からこぼれた水滴が力なく流されていった。

 

「シン……だと? まさかお前、シン・アスカか!」
二人の間に流れるセンチメンタルな空気など叩き、砕き、打ち壊し、粉砕し、
イザーク・ジュールはシンへと指を突きつけ叫ぶ。
「非グレイトゥッ! 嘘だろ!?」
ディアッカも立ち上がり、信じられないと言った表情で叫ぶ。
「二人とも怪我人なんですから暴れないでください」
二人(主にイザーク)の怪我の手当てをしていたシホが二人とは変わって冷静に制止する。
「いや……だから違いまs」
「しらばっくれる気か! ええいディアッカ! プルデンシオ! ルナマリア! 
 そいつのヘルメットを引き剥がせ!」
二人の勢いに若干引きながら否定しようとしたシンだが、シホの制止を振り払ったイザークは
なおもシンに人指し指を突きつけ叫ぶ。
「俺もかよっ!? 俺一応、黒服なんだけど?」
「当たり前だ!」
面倒臭くなったのか、いつのまにか座り込んだディアッカにイザークはなおも叫ぶ。
シホは放置を決め込んだらしく、周囲の状況を確認しに行ったらしい。

 

「よし! 任せたぞミゲル弟!」
ディアッカは覚悟を決めたのか、立ち上がると爽やかな笑みを浮かべ、プルデンシオの肩を叩いた。
「えっ!? だって相手はシン・アスカですよ! 白兵戦、ナイフ戦闘の達人って聞きましたよ!」
「上官命令だ」
「そんな無茶な……」
理不尽な命令からMSに乗ったままの相方に救いを求めるも、スナイパーβは期待に反して
諦めろと言わんばかりに静かに首をふるだけだった。
「たっ、隊長は……」
何故陸戦隊が居るのに自分が行かなければならないのか。
何故俺だけなのか、縦割り社会の理不尽な軍隊の規律を感じる。
僅かな期待を込め、縋るような目で上官ルナマリアを見るも、何故か涙目で目を真っ赤にした上官は
明らかに据わった目つきで顎で赤鬼シンを指し示すだけだ。
その意味は簡単、単純明快だ。

 

さっさと行け。

 

流れ落ちそうになる涙をぐっと堪え、上司に恵まれない自分の運命を呪いながら腕を振りかざした。
「うわあああああん!」
もう半べそかきながら、腕をぐるぐると振り回し駄々っ子のようにシンへと挑みかかる。
正直シンは可哀想な、いた堪れない気持ちになってきていた。
しかしシンにも意地というものがある。
(許せ……)
故にシンは全力で対処、迎撃する事を選んだ。

 

「プルデンシオ、頭を……下げなさい!」
「は、はい!」
「なっ!」

 

シンが覚悟を決めた瞬間、プルデンシオの頭が下げられ、
ルナマリアの鞭のようにしなる脚がシンの眼に飛び込んでくる。
浴びせ蹴りかフライングレッグラリアートか、
判断に迷ったシンは瞬時に頭を挟み込むように両腕をガードに回した。
「うおっ!」
右から来た蹴りを受け、シンの体が後ろに仰け反る。
着地し、すぐさま体勢を立て直したルナマリアは距離を取ると再びシンの懐に飛び込む。
一瞬女性に暴力を振るう事を躊躇したシンの見せた隙に、
ルナマリアはシンの膝に飛び乗り、右膝を突き出した。

 

「あ、アレは!?」
「シャ、シャイニング……」
「……!!」

 

ディアッカとプルデンシオの興奮した声に反応してか、イザークの目が大きく開かれる。
『シャイニング』と聞こえた瞬間に反応したのは気のせいだろう。

 

「「ウィザードだーっ!」」
興奮の絶頂に達した二人は立ち上がり歓声を上げる。
イザークが舌打ちしたのは気のせいだろう。 そうに違いない。 
決して「何でアイアンクローじゃないんだ」等とは一言も言っていない。

 

よりにもよってロングスカートで激しい動きをしたために、
ルナマリアのそれはびりびりに破けかかっていた。
要は生足が剥き出しになっていた。 
悲しい男の本能で一瞬、それに目を取られたシン。
その顔にルナマリアの膝がめり込まれ、体は台風に巻き込まれたゴミ箱、
ヘビー級ボクサーに殴られたサンドバックのように回転しながら吹き飛んだ。

 

……2年前のコニールによる密着→金的のコンボにもまだ懲りず、色仕掛けには相変わらず弱いらしい。

 

それは兎も角、被っていた特注ヘルメットのバイザーの破片を辺りに撒き散らしながらシンは飛ぶ。
ミラーコーティングされたバイザーの破片が、光を反射し飛び散るその光景は、
ダイヤモンドダストにも似てどこか幻想的だ。
紐を締めていなかったのか、ヘルメットが歪んであらぬ方向に飛んで行き、
プルデンシオが乗っていたガルバルディに衝突し、原型を留めない程変形する。
次の瞬間、グシャッと嫌な音がして地面に叩きつけられ、ボールのように一度バウンドした後、
もう一度地面に落ちて動かなくなった。
「人間ってバウンドするんだな……」
プルデンシオがどこか遠くを見るような目で、ポツリと呟く。
「俺は何も見てねー! 人間がバウンドしたり、ヘルメットが原型留めない程変形したり、
 ましてや骨が砕けた音なんて聞いてもいねー!」
一方、ガルバルディに乗っていた為、カメラ映像をアップで、高感度マイクが集音してしまった音を
モロ聞いてしまったデュークは現実逃避を始めた。
イザークとディアッカは口を半開きにしたまま状況の推移を見守っている。

 

「……無茶苦茶しやがる」
((((あ、あれを喰らって効いてないだとッ!))))
まったく動かないシンを心配し、恐る恐る近付いた四人の男の前で
シンはケロッとした顔で上半身を起こした。

 

そもそも、シンはいくら実弾武装に対して無敵のPS装甲が有るとはいえ、
衝撃により内部にダメージを与えるレールガンの直撃を受けて──しかもコックピットに──
平然と悪態をつける程頑丈な男である。
更に言えば、MSの手刀をコックピットに直に叩き込まれても、全身骨折ですんで数週間で完治する男だ。
それを考慮すれば、ルナマリアのシャイニングウィザードなど対したダメージを負っていないのだろう。

 

だが、その姿にホーク隊の二人は動揺する。
無理もない。とイザークは思ったが、二人は別の事を考えていた。
それは……

 

((う、噂は本当だったのか……
  シン・アスカがデュランダル議長に改造された『改造人間』だって言う噂は!))

 

勿論そんな事実はない。
ミネルバで上げた多大なる戦果に加え、アカデミーを出たばかりの赤服に最新鋭機が与えられる。
中味の入ったスチール缶を握り潰した。 
アスラン・ザラが修正したが、一度では効かず二度殴った。 
レールガンの直撃を受けても悪態がつける。
その他、様々な事実がシン・アスカ=サイボーグ説を形作ったのだが、
二人が信じたのは、酔っ払ったミネルバ三羽烏、ルナマリアとアビーとヴィーノに
色々吹き込まれたせいである。
曰く
改造人間だから中味の入ったスチール缶を握り潰せる。
改造人間だから殴ったアスランが拳を痛めた。
改造人間だから怒りと共に顔に改造手術の傷跡が浮かび上がる。 
デスティニーの顔はその時のシンをイメージした。
父よー、母よー、妹よーってな具合で本人が死んでるのを良い事に、好き勝手言っていた結果がこれだよ!
「……無理だ、(改造人間に)勝てるわけがない」
プルデンシオは完全に腰が引けている。
プルデンシオにとってシンはデュランダルの改造人間、デスティニー男である。
そんな事を知る由もないシンは、顔に付いた破片と埃を手で払い除け、ゆっくりと立ち上がろうとした。

 

「立ちなさい……シン・アスカ!」
シンの側へと近づいたルナマリアの言葉にシンは何も言わず、よろめきながら立ち上がる。
「あんたが地球に、勝手に居なくなって……! ミネルバのみんながどれだけ苦労したと思ってるのよ!
 言い訳があるならしてみなさい!」
「……言い訳はしないさ」
ルナマリアの平手がシンの頬を叩く、シンは一言だけ言うと、ただルナマリアの顔を見つめていた。
「あんたがMIAに、いなくなった後……! 
 ミネルバのみんながどれだけ悲しんだか、悔しかったか知ってる!?」
「……っ!」
「隊長、もうやめて下さい!」
今一度の平手に、プルデンシオはルナマリアを止めようと声を上げた。
「やらせておけ! ……いつか本音でぶつからなければらないのだ。 早い方が良い」
イザークはプルデンシオの肩に手で叩くと首を首を振った。
「ま、やり方はスマートじゃないけどな。 あいつ等らしいって言えばらしいけど。 
 それにしても何だからしくなったじゃないかイザーク」
それに賛同するようにディアッカが肩を竦め、イザークを茶化す。
「フンッ、放っておけ」
ディアッカの言葉に鼻を鳴らすと、イザークは再びシンとルナマリアへと視線を向けた。
「シンが居なくなって……! 私が、みんながどれだけ不安で悲しかったか、
 分からない程馬鹿じゃないでしょ?」
三度シンの頬に振り下ろされた手に力は無く。 一筋の滴がルナマリアの瞳から零れ落ちた。
「本当に……ごめん」
ルナマリアの手にそっと触れると、シンは静かに頭を下げる。
「……馬鹿」
ルナマリアの瞳から止め処なく涙が溢れた。

 
 

「よう、お前ら。 痴話喧嘩は終わったか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、ディアッカは二人に近づく、
その後をイザーク、状況を把握し終えたのかシホもイザークの後から付いて来ていた。
「イザークさん、ディアッカさん」
「本当なら一発殴るとこだが……勘弁してやる。 よく生きていたな」
イザークはシンの胸に拳を突きつける。
「隊長、あんな言い方ですが嬉しいんですよ」
シホはイザークを庇う様にそっとシンに耳打ちする。
「イザークの奴、お前が地球に飛ばされた時、庇いきれなかった自分にも責任があるって
 滅茶苦茶凹んでたからな」
「シホ! ディアッカ! 余計な事を言うな!」
相変わらずニヤつくディアッカに、イザークは照れ隠しに怒鳴り声を上げた。

 

「「……遅かったか」」
その時、別方向から来た二台のジープが同時にシンたちの近くへ止まり、
運転手の男二人の声が同時に聞こえた。