SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第25話後編

Last-modified: 2010-08-21 (土) 01:24:36

漆黒の宇宙を切り裂いて、十を超える閃光が奔る。
ダークブルーの機体色は闇の中にありながら闇を拒絶するような色だった。

『出遅れたが、此処までやられて逃がす訳にはいかんな』
『殿はたった一機だと? 舐められたものだ』
『しかし、相手は鬼神シン・アスカです』
『臆するな、戦い方は体に叩き込んである。 フォーメーションDで仕掛ける。 遅れるな』
『『『Rog!』』』

 

ザフト マティウス1駐留MS教導中隊 サンドグラス隊

 

『警告、戦闘レンジ内に接近多数。 IFS照合……ザフト機と確認。
 機数12。 デルタフリーダム6、ナイトジャスティス6。 会敵までおよそ3分』
RBの警告と共に、至近距離まで迫った敵がモニターに拡大される。
機体全面をダークブルーに塗り替え、円形状の盾に描かれた砂時計のエンブレムが
全ての機体の左肩に描かれていた。
フォーメーションは前面にナイトジャスティス、後衛にデルタフリーダムを展開した手堅い横隊編成。
「砂時計のエンブレム……マイウスの教導隊か」
砂時計のエンブレムを注視したシンは苦々しく呟く。
『ふん、たった一機相手に教導中隊が出撃とは、大層な事だ』
かつてのレイを思い起こさせる冷笑をするRB。
「それだけびびってるんだろ? それにしても、フリーダムにジャスティスとは……嫌がらせか?」
RBとの会話にシンは僅か表情を緩ませる。
『ドワッジよりマシだからだろう。 気にするな』
「だといいんだけどな。 ……行くぜRB」
鼻を鳴らし、表情を引き締めるとシンはフットバーを深く踏み込んだ。
『了解だ。 ドライバー』
RBの返答を合図としたのか、インパルスエクシードはスラスターを最大出力で吹かした。
『ジャスティスを前面に押し出し、フリーダムを後方に置いたシフト……
 さすが教導隊。 教本通りの素晴らしい手際だ』
「嫌味だな。 それじゃまぁ、突っ込むか」
RBの言い方に鼻を鳴らしたシンは皮肉そうな表情のまま言った。
『それは、いくらお前でも……ついに気でも狂ったか?』
「違う! 至近距離での乱戦に持ち込んで、フリーダムの砲撃力を殺すんだ」
心底心配そうなRBに、シンはコンソールを拳で叩き反論する。
『成る程。 ならシルエットは小回りの効くクロスフォースに変えるか』
「分かってるじゃないか、相棒。
 まぁ、念のためドラグーンフライヤーの遠隔操作準備くらいはしておいてくれよな」
説明に納得したRBに、シンは笑みを浮かべる。
『了解だ。 すぐに換装するぞ』
インパルスエクシードの各部からヘッジホッグブラストシルエットのパーツが外れ、
代わりにクロスフォースのパーツが装着されて行く。
「OK、換装完了だ。 さて、始めようか殿……戦場の華って奴をさ!」
シルエットの換装が完了し、機体各部のバッテリー、コンデンサーが限界まで充電される。
全ての準備が整ったのを確認すると、シンは獣の如く吠えた。

 

XFインパルスエクシードは宇宙を一直線に駆ける。
「無策で突っ込んで来るだと……? いくら時間稼ぎとは言え、奴は自殺志願者か?」
怒りと失望の入り混じった声で6機のナイトジャスティスの中、右端のサンドグラス11番機が呟く。
「油断するな。 フリーダム隊、フルバーストで先制を……」
フリーダム隊の中央右側に位置している1番機、教導隊隊長は
教導中隊の中で最も若い11番機を叱責し、部下に指示を出そうとした。
「だが、遅い」
敵の目前から一気に加速し、目の前にいるジャスティスの懐に飛び込んだシンは、
XFインパルスエクシード両腕のカタールを生成すると同時にバツの字に切り裂いた。
「サンドグラス10が! おのれっ!」
「待て! この距離では味方を巻き込む。フルバーストもドラグーンも使えん。通常火器で応戦しろ」
目の前のジャスティス、サンドグラス10を撃墜された4番機が激昂し、フルバーストを放とうとするのを
左側の副隊長サンドグラス2が静止する。
シンは動きを止めた教導隊の隙を逃がさず、ビームカタールを発生させたまま、
残骸と化したナイトジャスティスを蹴り飛ばし、反動で後方に飛び退く。
後退したXFインパルスエクシードはジャスティスが一足では踏み込めず、
フリーダムがフルバーストやドラグーンの撃てない絶妙な距離を保つ。
『脆いな。 所詮は量産型か』
「中身もな。 アスランなら……いなして、間髪入れずにカウンター決めて来たよ」
冷笑するRBに同意しながら、シンは思い出したくないのか、僅かに表情を歪めながら言った。
『アレと比べるのは酷だろう。 性格と悪癖以外が無ければ間違いなく世界でも指折りのパイロットだ』
RBの言う悪癖とはしょっちゅう女性と陣営を変える事。 
まぁ、女性が常に変わるのは邪神の祝福、と言うよりも呪いとでも言うべき物なのだが。

 

「クソッ! 一斉射撃だ。 距離を取って仕留めろ!」
サンドグラス1の号令を受け、11機全てが手持ち火器全てをXFインパルスエクシードへと指向する。
「あ、やべぇ」
間の抜けた声を上げたシンは、XFインパルスエクシードの両腕のシールドを掲げたまま後方と飛び退く。
着弾の瞬間、閃光と爆炎がXFインパルスエクシードを覆い隠す。
「やったか?」
「油断するな。 全機、センサー感度を上げろ!
 フリーダム隊、前に出るぞ。 ジャスティスとツーマンセルを組み、散開する!」
僚機の歓喜の声も意に介さず、サンドグラス1は素早く指示を出した。
「しかし隊長。 あの砲撃では……」
「奴が誰か忘れたか! 奴はミネルバの鬼神。 ヤキンのフリーダムを堕としたシン・アスカだぞ!
 この程度で墜ちるものか!」
サンドグラス11の疑わしげな言葉を遮り、隊長機が怒号を上げる。
「……正解だぜ、隊長さん」
サンドグラス11の言葉に、シンは口元に見る者を震え上がらせるような残酷な笑みを浮かべる。
「くっ! いつの間にシルエットを!」
爆煙を切り裂くように姿を現したインパルスエクシード、
その肩とサイドアーマーはクロスフォースシルエットのスラスター付き増加装甲とレールガンのままだ。
だが、背にはガルム、ケルベロスIIのヘッジホッグブラストシルエットを背負っていた。
言うなれば簡易ブラスト仕様とでも言う形態だった。
『全機照準完了─ターゲットオールロッククリア─いけるぞ、ドライバー』
「ブラストインパルスエクシード、フルバースト! 行けぇええ!」
レールガンが、ガルムが、ケルベロスIIが、胸部機関砲が教導MS中隊を襲う。
「全機後た……いや、前に出ろ!」
直前で判断し、部下に指示を飛ばすと、隊長機サンドグラス1はフットバーを蹴り飛ばす様に踏み込んだ。
後退すれば当たるように放たれた偏差射撃を見切ったサンドグラス1の怒号で、
凡そ半数がフルバーストを回避する事に成功していた。
だが、前衛にいたナイトジャスティスの内の何機かがケルベロスIIの直撃を受け、半身を吹き飛ばされ、
巻き添えを食う形で形で後方にいたデルタフリーダムが吹き飛ぶ。

 

『流石だな、直前で前方に移動したのが何機かいる。 甘く見すぎていたか』
「行儀の良い操縦しか出来ない奴らかと思ったが……出来る奴がいるな」
RBの冷静な分析に同意しながら、シンは表情を引き締め、追撃をかけるべく、ガルムを構えた。
「損傷機は後退しろ、足手纏いだ。 第1、第2分隊、ならびに5、7、8、12番機は私に続け。
 それ以外は周囲を包囲、増援が来るまで待機しろ」
損傷機を後方に退かせ、手持ちの中から最良の人員を選び編成するとすぐさま態勢を立て直す。
密集した横隊からフリーダムとジャスティスがペアになり分散した。 
三組の分隊が三角形に陣形を整えインパルスへと向かう。
『来るぞ、ドライバー』
「分かってる! さぁ、どこからでも掛かって来い相手になってやる!」
態度とは裏腹にシンは恐ろしい程冷静だった。
RBに言われるまでもなく、残存した敵機の把握に移っていた。
インパルスエクシードと正面から対するのは隊長機サンドグラス1のデルタフリーダムと
その僚機であるジャスティス。
その後方に別のペアが二組控える。 
先導する隊長機が牽制に手持ちのライフルを連射、距離を詰める。
後方の4機も援護射撃を開始、レールガンやハイパーフォルテスがインパルスへと放たれる。
「甘いぜ、堕とすつもりがあるなら本気で来い!」
避けながらインパルスが垂直に下方へと降下、教導隊との距離を離す。
(熱くなっているかと思ったが……かえって冷静だな 自分の中の戦術を徹底している)
「やはり……いや、奴は嘗てよりも危険だ。 奴はこの場で始末する!」
意を決した様に呟くサンドグラス1はインパルスエクシードを追う。

 

「よし、着いて来ているな。 RB、撤退完了の予定時刻までは後居どれ位だ?」
モニター上部に映った後方視界用カメラの映像に、シンは口元に笑みを浮かべる。
『大体10分は掛かるな。 ……後方より砲撃来るぞ、弾着までカウント20』
RBの概算に頷きながら、機体を左右に振り、ロックをずらす。
「死ね、裏切り者!」
「仲間になった覚えは無いけどな」
飛んでくるビームを避けながらシンは軽口を叩く。
「ここらで反転する。 姿勢制御頼むぞ」
『了解、好きにやれ』
「そいつは有難いね!」
シンは投げやりにも聞えるRBの言葉に、皮肉な笑みを浮かべ、
インパルスエクシードをその場でターンさせる。
「全機散開、十字砲火で仕留める!」
8機全てが別々に散り、インパルスエクシードの上下左右を囲む。
「全機火器制限を解く、最大火力を持って殲滅するぞ」
サンドグラス1の号令にフリーダムはフルバースト、ジャスティスも全火器をインパルスへと集中する。
「……ちっ!」
シンは飛来する十字砲火に舌打ちをすると肺から息を吐きだす。
AMBCAのみで砲火を避けると、火線の弱い場所へケルベロスを狙いも付けず撃ち込む。
砲撃が止まったのを確かめ、インパルスエクシードをその方向へと奔らせた。
だが、その隙を逃がさんとばかりにすかさず飛んでくるビームにシンは思わず唾を飲み込んだ。
(直感で無闇に突っ込むだけでは駄目だ。 やり方を切り替えろ)
深呼吸で肺胞に酸素を満たすと、頭部を傾け敵の陣形を頭に叩き込む。
シンの意志とは無関係に発動しようとするSEEDを押さえ込みながら、意識を集中する。

 

思い出せ、あの技を、あの老人の動きを、あの亡国で学んだ全てを。

 

──────ご老人、貴方はここで何を?
動きを見逃すな。 足りない部分は推測し、思考しろ。 

 

──────墓を守っている。 妻と息子と娘、友と恩人。 そして今は無き亡き祖国の墓を。
敵の位置を、その装備を、そこから割り出される射線を読みきれ。

 

──────では貴方は墓守?
そして導き出した火線を避け、イメージ通りに機体を動かせ。

 

──────いや、聖職者だ。 嘗てはな。

 

シンに従い、インパルスエクシードは目まぐるしく動きを変える。
ある時はステップを踏み、ある時は闘牛士がマントを翻すように華麗に反転し、
又ある時は猛火の如き激しく攻め立てる。
一見、まるで無関係のように見えながら確かに繋がった一連の動きは、
まるで武術の演舞のようにも見えた。

 

「数で勝る我々と互角に渡り合うとは!?」
ハイパーフォルティスの返礼に飛んできたケルベロスIIを辛うじて避けたサンドグラスが
その顔を引き攣らせながら呟く。
「性能も驚く程の差は無い筈だ。 それなのに……!」
8対1と言う絶望的ともいえる状況で、シンは十二分にサンドグラス隊と渡り合っていた。
これには無論理由がある。 一つはシンがMS操縦の基礎をザフトで学んだ為だ。
地球連合に対し、数で劣るザフトは複数を相手にした戦闘が多い為、
アカデミーの教本にも対複数戦闘のマニュアルが存在している。
ミネルバ時代では分断された戦闘を強いられていた事もあったが、
後は単純に突出しがちなその性格から単機戦闘を好む傾向にあった。
また、シンが傭兵になった事も影響していた。
基本的に傭兵を雇うのは、正規兵の数が足りない劣勢の側、
もしくは戦力の無い小さな共同体である事が多かった。
正規軍に比して装備や数で劣る傭兵の基本戦術は大凡2つ。
伏せて待ち側面を突くアンブッシュ、這って進み後背を襲う浸透戦術。
シンやカナード、叢雲劾のような正面からの突撃によって撹乱、分断した所を
各個撃破する戦術を取る方が珍しい。
その中で更に異端とも言えるのが、シンである。
多数を相手にする場合、カナードならXの仲間と共に、劾ならイライジャとバディを組み戦うのが普通だ。
だが、シンは基本的に単騎での戦闘が多い。 と言うよりも殆どの戦闘が単機対複数と言っても良い。
あらゆる戦闘距離に対応可能なスタンドアローンでの対複数戦闘に特化したワンマンアーミー、
それがパイロットとしてのシン・アスカであった。
つまり、シン・アスカは多数圧倒的多数との戦闘時にその真価を発揮する。

 

シンは挙動と思考を並列して行いながら、思考を更に加速させる。
数瞬前に頭に叩き込んだ敵の隊形から現在の位置を推測。
その射線から機体を退避させながら、自らの射線を確保する。
飛来する攻撃の速度が人の反応速度を遥かに超える空間戦闘では、
撃たれた事に気付いた時には既に宇宙の塵となっている。
一瞬の挙動の遅れが、思考の停滞が死を招く。
荒くなった呼吸で脳に酸素を送り込み、操縦桿の、フットバーの動きを
インパルスエクシードの動きとリンクさせる。

 

ガルムを敵の一群に向け撃った時、ビームがインパルスエクシードの肩を掠める。
『ドライバー、今のは近かったぞ!?』
「大丈夫だ、悪くない」
僅かに焦りの色を見せたRBの声にシンは平然と答える。
シンの中のイメージと現実の敵の動き、インパルスエクシードの挙動が
かなりの精度で重なり、一致して行く。
「下方150。 ビームが2……いや、3か?」
インパルスエクシードがスラスターを吹かし、上昇すると同時にすぐ先ほどまで居た場所を
ビームが三条通り過ぎる。
『……大当たりだ。 ドライバー、一体どんな魔法を使ったんだ?』
「種も仕掛けもある手品みたいなもんさ」
驚きの隠せないRBの言葉さえ軽く流し、シンは戦闘を継続する。

 

(馬鹿な、未来予知だとでも言うのか。 SEEDも使っていないのに?
 ……まさか、敵の動きを推測し、先読みしているのか!?  
 だとすれば……! どこでこんな技を? いや、それよりも、シン。
 お前はこの技術の連度を上げる為一体どれ程の修羅場を潜って来たんだ!?)

 

「避けただと?」
RBと同じ、いや、おそらくそれ以上にサンドグラス1は驚きを隠せなかった。
余りの呆けた声に部下達が通信を切っていた事に感謝した。
(違う……此方が狙いをつけた時には既に回避を始めていた。 先読みしているとでも言うのか)
サンドグラス1はその背中に冷たい何かが走るのを感じ、
同時に言い様の無い感情が胸からこみ上げて来るのを覚えた。
「知らなかった、こんな奴が居たのか。 ……面白い」
自らの見識の無さに恥じながらも、知らず知らずにサンドグラス1は口元が吊りあがる。
それは愉悦か或いは歓喜か。
戦いの中で始めて覚えた感情に心を震わし、サンドグラス1はデルタフリーダムのサーベルを引き抜いた。
「隊長!?」
部下の声にも耳を貸さずただ一つの目標を目指し、フリーダムは突撃する。

 

『ドライバー、フリーダムが一機突撃してくるぞ!』
「なんだって!? っ! ……くそっ、まだ未熟だな、俺は」
予想だにしないサンドグラス1の行動に、シンの集中が一瞬途切れる。
この程度の事で集中が途切れ、いまだ敵勢力を殲滅できない事に、
いまだ自身の技術が未完成で未熟な事に苛立ちを覚えた。
「貰った!」
その為に、左上方から切り掛かってきたデルタフリーダムに対し、シンの反応は完全に遅れていた。
「クッ……!」
シンは咄嗟にガルムを掲げ、致命的な一撃を防ぐ。
だが、ビームシールドを張る間もなかったガルムは飴細工のようにあっさりと溶断された。
『ドライバー、上半身を切り離すぞ』
「……まだ、大丈夫だ。 まだ!」
RBの言葉を遮りシンは叫ぶ。
インパルスエクシードは残ったガルムを柄を棍棒の様に叩きつけ、オマケとばかりに腰のレールガンを放つ。
「逃げてばかりとはな、臆病者が! 鬼神の名が泣くぞ!」
レールガンの反動で吹き飛ばされた機体を立て直しながらサンドグラス1は叫ぶ。
「誰がそんな安い手に乗るか」
シンはサンドグラス1の罵倒を鼻で笑い飛ばし、ガルムの残骸を投げ捨てるとビームカタールを展開。
『時間稼ぎだからな。 相手の挑発に乗る必要は無い』
「そういう事だな」
RBの言葉に頷き、シンは周辺を見渡す。
仕切り直しとでも言うのか、デルタフリーダムも周辺に集結し始めていた。

 

「ま、乗りはせんだろうな……なら、乗させるだけだ。 サンドグラス7、8後退した連中を追え」
そうすると分かっていたのか、部隊の態勢を整えたサンドグラス1は次の命令を下す
デルタフリーダムとナイトジャスティスが一機ずつインパルスエクシードを大きく迂回し、飛び去って行く。
「っ! RB、スリー中尉達の予測位置は!!」
分派された敵の動きの意図に気付いたシンは焦りの色を見せ、RBへと問いかける。
『一寸待て……未だに圏内だ』
数秒の後、計算された位置をディスプレイに表示される。
内容を端的に言えば、分派された分隊は5分もあれば撤退した挺身部隊に追いつけると言う事と
隠密裏に長距離行軍を敢行し、襲撃まで行い消耗した挺身隊は殲滅される可能性が高いと言う事の二つ。
「派手にやりすぎた……!」
苦虫を噛み潰したように表情を歪めたシンは思わずサイドモニターを殴り付けた。
『状況は悪いが、最悪でも致命的ではない。 挽回は可能だ』
「はぁ…………分かってる。 ここから本番だ」
RBの言葉を聞いたシンは、心を落ち着かせるため深呼吸をする。
シンは叩き付けた拳を緩め、操縦桿を握り締めると、
フットバーを踏み込みインパルスエクシードを反転加速させた。

 

サンドグラス本隊は攻める事もなく、シンの動きを静観していた。
シンがこの場に止まれば、分派された部隊が襲撃隊を殲滅し、
追うならばキラ・ヤマト、アスラン・ザラ亡き今最も強力な個人戦力であるシン・アスカを挟み撃ちにし、
討ち取れる。
サンドグラスからすれば、シンがどう動こうとも得にしかならない、ある意味では理想的な布陣だった。
「追ったか、追撃に移るぞ!」
インパルスエクシードが動いたのを確認したサンドグラス1はすぐさま追撃には移り、インパルスを追う。

 
 
 

幾重もの光芒が去って行く中、それを見詰める影があった。
ミラージュコロイドを解除し、その艦影を僅かに見せる。
その艦影はミネルバ級に酷似しており、鋼色に見えた。
「隊長、色々と動きがあるようですが……?」
艦橋で司令官席に座る男に、傍らに居たザフトの黒服を着た男が話しかける
「一先ず様子を見よう……我々には情報が不足している」
「了解。 潜行し、追跡するぞ。 ミラージュコロイド展開。 微速前進」
ミネルバに酷似した艦影は黒服の男の声と共に闇へと消えた

 
 

「ったく、歯痒いな!」
後方からの射撃に、スラスターを小まめに吹かし、機体を左右に振りながら狙いをずらす。
『接敵まで90秒…・…ところで何か手は考えているのだろうな、ドライバー?』
モニターに相対位置とカウントを表示し、RBはシンへと問い掛ける。
「先行してる奴等を追い抜いて、反転、ケルベロスで一網打尽だ」
『緻密かつ繊細だったり、大味でアバウトだったりと良く分からん男だな』
自信満々に拳を握り締めるシンに呆れ気味にRBは呟く。

 

「……さて、そろそろか」
サンドグラス1の言葉を合図としたかのように、先行していたナイトジャスティス二機が反転、
必然的に挟み打ちの形になった。
『やはりそう来るか』
先行した部隊の反転を確認した、後方からの射撃の密度が上がる。
反転したナイトジャスティスもまたインパルスエクシードへ銃口を向ける。
「ですよねー! って笑い事じゃないんだけどな」
同士討ちを避けるためか、僅かに射線のずらした射撃に横方向へとスラスターを吹かし回避。
「その動きは読んでいるぞ」
「この連撃……避けられるか!」
インパルスが跳んだその先に待ち受けていたのは二機のナイトジャスティス。
おそらくは、後続部隊から先行させ、待ち構えていたのだろう。
二機のジャスティスは左右からは挟み込むように右のナイトジャスティスは連結形態のサーベルを、
左のナイトジャスティスは脚部に仕込まれたグリフォンでインパルスエクシードへと襲い掛かる。
「RB、出力をカタールとライトニングエッジに回せ!!」
左から迫るジャスティスに右踵部ライトニングエッジのビームソードでグリフォンを受け止め、
逆足のライトニングエッジを蹴り上げる様に投擲。
右のジャスティスのビームサーベルをカタールで連結サーベルをいなし、
無理矢理上体を捻り胸部機関砲の射線を確保するとCIWSと共に連射した。
数発に一発混ぜられた曳光弾とライトニングエッジが光跡を描き、二機のジャスティスを襲う。
「この程度、金で動く薄汚い傭兵が舐めるな! 志ある我らに勝てるか!」
左のジャスティスは正面から来るライトニングエッジに正面のバックスラスターを吹かし、
後方へと飛び退いた。
尚も追尾するライトニングエッジにパッセルを投げ迎撃。

 

「志の為に戦うのが、殺すのがっ……そんなに偉いのかよ! 
 所詮、どこまで行っても人殺しだ。 俺も、あんた達もッ!」

 

迎撃されたライトニングエッジをその場で受け止め、感情を込め、吐き捨てるようにシンは叫ぶ。
「権力の犬が何を吠える!」
機関砲を難なく避けた右のナイトジャスティスのパイロットが叫び返す。
「わん! と吠えれば満足するなら幾らでも吠えてやる!」
『そんな事じゃ、満足出来ねぇぜ……』
「……一寸黙ってろ」
「貴様っ! ふざけるな!」
シンとRBの軽口に激昂したサンドグラス4番機が再び突っ込む。
「そう熱くなるなよ」
背筋が凍り付く様な冷たい声でシンは言った。
振り下ろされたサーベルを冷静にビームカタールで受け流すとカウンター気味に胸部機関砲を打ち込む。
ナイトジャスティスに撃ち放たれた徹甲弾はPS装甲に弾かれた。
「だが、折り込み済みだ」
頭部のCIWSがジャスティスのカメラアイを打ち抜き、一瞬ジャスティスの動きが止まる。
「デュランダルの懐刀でありながら魂までラクス・クラインに売り渡した飼い犬め!」
罵り声を上げたジャスティスに牽制射撃を加えるとカタールを振り上げ片腕、ファトゥムを切り落とす。
片腕とファトゥムを失い、バランスを崩しがら空きになったコックピットへ右膝を叩き込む。
刹那、瞬間的に音速を超える速度で射出された特殊合金製の杭がPS装甲を打ち抜き、
胸部に大穴を開けた。
糸が切れた操り人形のように四肢から力の抜けたジャスティス。

 

「もう聞いてないだろうが、言っておく。
 犬呼ばわりは構わない。 けどな、首輪をつけられた覚えはない……それと」
『シン・アスカは反体制派の英雄ではないし、魂を誰かに売り渡した事はない。地獄に行っても忘れるな』
啖呵を切ったシンの言葉を継ぎ、RBは言った。
「……ったく、人が言いたかった事全部言っちまいやがって」
『ふ、何か文句でも?』
「ま、良いさ。 ……先ずは目の前を片付けるぞ!」
『了解だ、ドライバー!』
愉快そうに、人間であれば鼻を鳴らしたであろうRBに、シンは口元を緩め微笑んだ

 

「シィィィィィィン・アスカァァァァッァァ!」
瞬時に反転したインパルスエクシードは、激昂し切り掛かるナイトジャスティスに
先ほど撃破したナイトジャスティスの残骸を蹴り込む。
「うおっ!」
思わず受けて止めててしまったナイトジャスティスに、シンは距離を一気に詰めた
「RB、レールガン弾種変更。 対PS装甲二重弾頭成型炸薬弾。 何度でも言ってやる、遅い!」
ケルベロスIIでリフター推進部を狙い撃ち、がら空きになった背部にレールガンを叩き込んだ。
音速を超える速度で放たれた弾丸はPS装甲に若干のダメージと過負荷を与えたに過ぎない。
だが、それは砲弾の先端にすぎず、砕け散ったがその役目は果たした。
中身の整形炸薬弾は残された推進力でナイトジャスティスの装甲へと到着し、
過負荷によりダウンしかかったPS装甲は、メタルジェットにより穿孔され、
内部に高温の燃焼ガスをぶちまけた。
それはパイロットに致命的な一撃を与え、サンドグラス3は最後の役目を果たすべく、
最後の力で通信機のスイッチを入れた。
「隊長、、後は……」
「サンドグラス4、7……貴様らの献身は無駄にはせん。 沈め、シン・アスカ!」
サンドグラス1は部下の末期の言葉に僅かに眉を吊り上げると、
連結ライフルでインパルスエクシードの両肩のジョイントを正確に撃ち抜いた。
『両肩部ジョイント破損、両腕は使い物にならん! パージするぞ』
RBの言葉と共にインパルスエクシードの両腕が切り離された。
「ちっ! 予備パーツをよこせ! クロスフォースシルエットに換装する。 RB、誘導頼む!」
切り離された両腕に苦い過去を思い出し、シンはRBに指示を出し、機体を後退させる。
『今、射出した。 10秒だけ耐えろ』
「了ー解、長い10秒になりそうだ」
シグナルを受け取ったステルス状態のドラグーンフライヤーはインパルスへと
ミラージュコロイドで覆われた不可視のパーツを射出する。

 

「この機を逃がすな! 全機一斉攻撃!」
シンの後退を撤退し始めたのと見たのか、逃がすまいとサンドグラス隊残存4機が
インパルスエクシードへと襲い掛かった。
「コイツはインパルスだ! デスティニーと一緒にするなよ!」
シンは両足のライトニングエッジを投擲しながら、切り離した腕へ胸部機関砲を撃つ。
「小癪なっ!」
仕込まれた自爆用火薬と弾薬に着火した腕部が爆発し、サンドグラス隊の目を眩ます。
『腕部、シルエット到着までのカウント3・2・1・エンコード!』
到着までの過程でコロイド粒子の剥がれ落ちた両腕部とクロスフォースシルエットが
引き寄せられる様にインパルスエクシードへと接続される。
『両腕部、シルエットの接続を確認。 調整を開始する』
「インパルスなら、こういう戦い方が出来る!」
ライトニングエッジを回収したシンは手持ちのロングライフルで反撃を開始する。
「何っ!? そうか、ステルス状態のキャリアにシルエットを……!」
「これはまさか、リジェネイトと同じ……」
「や、奴は不死身なのか!?」
驚愕しながらも、各々違った反応を見せるサンドグラス隊。
「サンドグラス2、港にいる部隊が出撃できるまで時間はどれくらいだ?」
サンドグラス1は傍らの僚機、ナイトジャスティスに乗った自身の副官へと問い掛ける。
「後五分も掛からないと思われます。 増援が来る頃になれば迎撃機も戻ってくるでしょう」
「……そうか。 ここまで、とはな。 始めてかも知れん……対等以上の相手は、こんなに楽しいのは」
副官の報告に頷いたサンドグラス1は誰にも聞えないよう呟くと口元を緩めた。
「はっ?」
サンドグラス2、サンドグラス隊副隊長はサンドグラス1の言葉に首を傾げる。
「サンドグラス1よりサンドグラス各機へ。 もう、ここまでで良い。 
 残存している者は次の決戦に備え撤退しろ。 教導MS中隊隊長として命令する。 
 教導中隊サンドグラス残存機は一時後退、包囲し、増援の到着を待て。私は増援到着までの時間を稼ぐ」
「隊長!」
「止めるな。 私は死に場所を見つけた!」
(そう、これこそが、私の求めたモノだ!) 
サンドグラス1のフリーダムはその蒼い翼を広げインパルスエクシードへと一直線に向かった。

 

『フリーダムが一機突撃してくる。 このパターン、隊長機か?』
「隊長機が? 迂闊すぎる」
デルタフリーダムの動きにシンは目を細め、ロングライフルとミサイルポッドで迎撃に移る。
「迂闊で結構。 この老いぼれの命と貴様の命が引き換えならば十分釣りが来る」
「こいつ……死兵か! RB、出し惜しみは無しだ。 全力で行く!」
鬼気迫るサンドグラス1の表情と声色にシンの表情が変わる。
装備された全火器で弾幕を張り、正面から撃ち合おうとした。 
だが、優位な砲撃戦にも拘らずデルタフリーダムは撃ち合いには応じなかった。
それどころか、そのまま減速する事無く弾幕へと突っ込む気配を見せる。
『馬鹿な、自殺でもするつもりか』
「ここだ、行けっ! ドラグーン!」
サンドグラス1は弾幕手前でドラグーンを射出、反動とバックスラスターで無理矢理急制動をかけた
弾幕の網目に引っかかったドラグーンが次々と爆発していく。
だが、運良く弾幕を潜り抜けた物もあった。
『3基抜けたぞ』
RBの警句にシンは機体を後退させながらライフルを連射する。
しかし、3基のドラグーンはビームが見えているかのように軽々と避けていく。
「何だ? 人が乗っているような動きを?」
シンは訝しげな表情を見せると動きを止めたデルタフリーダムへと牽制射撃を放った。

 

デルタフリーダムに搭載されたドラグーンは第二世代スーパードラグーンではなく第三世代の試作品だった。
ドラグーンの操作を簡略化した事は普及、量産化に成功したが、
その分動きが大味になり、撃破され易くもなっていた。
精度と難度の両立と言う難題にザフト統合開発局が出した答えは、
ドラグーンにオーブ製パイロット補助AIを改良した物を積むことだった。
ドラグーン自体にある程度の自己判断能力的を持たせる事とパイロットの操作を合わせる事で
旧世紀のミサイルの目標認識システムを上回る柔軟性を得る事に成功した。
又、AIの反応と直結した動作は人の反応速度を遥かに上回った。

 

『おそらくはAI搭載型の新型ドラグーンだ』
「動きに妙な癖が合ってやりにくいな。 ……何か良い手ないか?」
データをディスプレイの片隅に表示したRBに、シンは眉を歪め問い掛ける。
『残念ながら現在アーモリー1で対策を立てている途中だ。  
 だが、小回りと反応速度で勝っているとは言え所詮は小型の機動砲台。 
 速度の自由度なら此方が上だ。 ま、予測位置くらいは出せるから、後は気合と根性で頑張れ』
「何だそりゃ? まぁ、いいや取り合えず予測頼む」
呆れ半分、怒り半分と言った表情でシンは溜め息混じりに言うと操縦桿を傾けた。
その動きに連動してインパルスエクシードが上体を捻り、上方からのドラグーンのビームを避けた。
同時に側転し、ライトニングエッジを投擲するも難なく回避される。
『警告。 7カウント後に左右から来るぞ』
「どこから来るか、分かっていればさ!」
左に旋回するとレールガンで片側のドラグーンを撃ち落し、
残った側から撃たれたビームを右腕のビームカタールで防ぐ。
「これで二基」
そのまま右手に持ったライフルで撃ち落し、周囲を見渡す。
『正面、ロックされた!』
「間に合うか!?」
シンはコックピットに響くアラームにすぐさま機体を上昇させる。
ビームが爪先を掠め、コックピットに衝撃が走る。
『これで終わりか?』
「いや、まだ……上だっ!」
最後のドラグーンを落としたシンは、上方からのサーベルをビームカタールで受け止める。
「ほう、今のを防ぐか?」
サンドグラス1はシンの手練に感心しながらも、攻めの手は緩めはしない。
すぐさま距離を取ると腹部のカリドゥス複相ビーム砲を放つ。
「くっ……」
とっさに掲げたビームカタールで防ぐ、シン。
ビーム同士の衝突で、シンの視界が閃光に覆われ、
インパルスエクシードはデルタフリーダムから更に距離をとる。

 

「やり方がセコいぜ、隊長さんよ」
「君もな」
皮肉めいた口調のシンに、サンドグラス1もまた皮肉で返す。
デルタフリーダムは後ろを振り返りもせず、後方から回り込むように右足から放たれた
ライトニングエッジをサーベルで叩き落とす。
(小細工は増やして誤魔化してはいるが、明らかに動きが先程と違う……
 一騎打ちに弱いという情報は本当のようだな)
「ならば、攻めの一手だ」
口元に笑みを浮かべると、サンドグラス1はデルタフリーダムの腰からライフルを引き抜く。
『ドライバー、来るぞ』
「分かってる。 わかってはいるが、どーもタイマンは苦手だ」
RBの警告に頷きながらも、シンの表情は暗い。
『そんな事を言ってる場合か。やらなければ、殺られるだけだぞ』
「分かってるよ、そんな事は」
RBの言葉を聞いて不機嫌そうに鼻を鳴らしたシンは、インパルスエクシードに真横にステップを踏ませ、
レールガンを放つ。

 

「どうした、シン・アスカ? 貴様の力はそんな物か。 今更、出し惜しみはするな。
 ヤキン・ドゥーエのフリーダムをも撃破したという力を、SEEDの力を見せてみろ!」
デルタフリーダムはレールガンを軽々と避けると、ライフルを連結しカウンター気味に撃ち込む。
「見せろと言われて、素直に手の内を見せる奴がいるか!」
全身のスラスターをフルに使い、ビームを回避すると、デルタフリーダムの後ろへと回り込む。
ロングライフルで牽制射撃を加え、機動を制限すると、ビームカタールで斬り込んだ。
「そうだ、この感覚だ! 血が沸き、肉が踊り、魂が震える!」
デルタフリーダムは連結ライフルから支えていた左手を離すと逆手でサーベルを抜きカタールを受け止める。
「なんだと!?」
デルタフリーダムの背中を蹴り飛ばしサーベルの射程から離れると、ロングライフルを連射。
「貴様も分かるだろう! 貴様もこの愉悦の為に戦いの中に身を置いているのではないか?」
連結ライフルを腰にマウントすると右手でもサーベルを握り、二本のサーベルで次々にビームを切り払った。
「違う。 アンタと一緒にするな」
(近距離でサーベル、中距離ではレールガンとライフル、遠距離ではカリドゥスと連結ライフル。
 シンプルな戦法と技量の高いパイロットの組み合わせがこんなに厄介だとは)
『シンプルだが、それ故に強いな』
「ああ、付け入る隙がない」
RBと会話を交わし、今一度ライニングエッジを投擲し、苦し紛れにベルゼルガを放つ。
「当たらんよ、そんな物は! それに完全に違うといえるのか?
 戦いの中で高揚を味わった事が、強敵との戦いで、心が喜びに打ち震えた事が無かったと言い切れるか?」
サンドグラス1はライフルでライトニングエッジを撃ち落し、ベルゼルガを難なく避けると、
シンへと疑問を投げ掛ける。
「もう良い、黙れ!」
残った二本のライトニングエッジを投擲し、ロングレンジライフルでコックピットを狙い撃った。
「っ! ……やはりやる。 搦め手は効かんか」
ライフルで乱射しライトニングエッジを撃ち落すと、ビームを左手で直撃を防いだ。
使えなくなった左腕を、右手で抜いたサーベルで肩から切り落とす。
「良い性格してるぜ……腕もな」
デルタフリーダムとの距離を推し量りながら、シンは素直に感嘆する。

「お褒めに預かり光栄だ。 ……さて、御喋りは此処までだ。 そろそろケリをつけようじゃないか」
デルタフリーダムはライフルを投げ捨てると、右手のサーベルを正眼に構える。
「それは良いな。 あんたの顔も見飽きたとこだ」
シンもまたライフルを腰後部にマウントすると、両腕のカタールを展開した。
『斬り合いに応じるのか?』
「このまま行っても手詰まりだ、なら一気に決めたほうが良い」
RBの疑問に答え、シンンは操縦桿を握り直し、唾を飲み込む。

 

何が合図だったか、それは当人達にしか分からなかった。
もしかしたら、合図など存在しなかったのかもしれない。
だが、対峙している者のみが感じる何かを切っ掛けに、二機の鉄騎はどちらからともなく動き、激突した。

 

あれほど長い間互角の勝負を演じてきた二機の幕切れは一瞬だった。
先手を取ったインパルスエクシードの左腕のビームカタールがデルタフリーダムの頭部を切り落とした瞬間、
腹部のカリドゥス複相ビーム砲がインパルスの左上半身を吹き飛ばした。
残った右腕のカタールがデルタの右腕ごと胸部を引き裂き、
トドメと言わんばかりにクロスフォースへと懸吊されたマイクロミサイルと胸部機関砲を叩き込んだ。

 

「……勝った、のか」
シンはデルタフリーダムの原子炉が機能を停止し、灰色のディアクティブモードへと
変わっていくのを見ながら搾り出すように呟く。
「ミネルバの鬼神。 やはり伊達では、なかったか。
 寒い。 ……ははは、そうだ。 私はこれを、望、んでぃ……」
耳を澄まさなければ聞えないような擦れた声でサンドグラス1は一人、誰に言うでもなく口を開く。
通信機のスイッチが入り放しになっている事にさえ気付かず、これから死に行く者とは思えない程、
満足そうに笑うと、通信は途絶えた。
「これが望み? これで、こんな最後で満足なのかよ……」
『敵性機体の活動停止を確認。 周囲にも動体反応はない。 此方の勝利だ』
サンドグラス1の最期の言葉に苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めたシンに、
RBは淡々と状況を報告する。
『了解。 ドライバーシン、気にするな。 私は気にしない』
「……はぁ、そうだな。 RB後退しよう」
暫く表情を硬直させていたシンは、RBの言葉に溜め息を付くと
インパルスエクシードを合流地点へと向ける。
『了解した。と言いたい所だが。 ドライバー、残念なお知らせだ』
「あー、聞かなくても大体分かるけど、一応聞いとく」
RBの相変わらず淡々とした声に、シンは半ば諦めたような諦観さえ感じさせる声で答える
『作戦タイムオーバーだ。 回収時刻を過ぎた。 これ以降は自力での帰還になる』
「残りの推進剤とバッテリー残量は?」
『バッテリーはドラグーンフライヤーの残存電力があるから大丈夫だが、推進剤はギリギリだな』
「まぁ、このままなら何とかなるか?」
シンの楽観的で気楽な発言はコックピットに響くアラームに遮られる。
『……このままと言う様にはいかない様だ。 残念な知らせは続くな、MS部隊接近中。
 本隊に向かっていた部隊が戻り、控えていた迎撃機が出たようだ』
シンの表情が引き攣ったまま硬直し、RBが無常にも状況を告げる。
『前門の虎後門の狼と言う奴か』
「行くも地獄、退くも地獄か。 最っ高だよ! 一息付く間もないのか……涙出そうだ」
『嬉しくてか?』
「……馬鹿言うな」
ヤケクソ気味に大笑いするシンに、RBは皮肉めいた冗談を言い、シンは眉を顰める。
『敵機接近、交戦距離到達まで凡そ30秒といったところか。 しかも周囲は包囲されているときている』
「Собачье говно!」
『い、いきなりなんだ?』
最悪の状況に、思わず口をついた出たシンの罵り声に、RBは驚きの声を上げた。
『良いから取り合えず落ち着け、すぐに敵が来るぞ』
「結局、こうなる運命か……来るなら来い! 全てを破壊してやる!」
最早目視出来るほど近づいてきた無数の敵機に、シンは絶叫にも似た叫び声を上げた。

 
 

混乱の収束したアプリリウス1から出撃した追撃部隊は三中隊、45機。
大半はドワッジだったが、小隊隊長機にはターミナルのファクトリーにて極秘裏に増加生産されていた
ドライセンやデルタフリーダム、ナイトジャスティスが配備されていた。

 

「ヴァンピーア5よりヴァンピーア1、前方より、教導MS中隊サンドグラス隊が後退してきます」
「なんて奴だ、単機で教導中隊を壊滅させやがった……」
部下の報告に前方を見たドライセンのパイロット、ヴァンピーア1は四肢を欠損し、
敗軍であるかのように遅々と後退して行くフリーダムやジャスティスの姿に思わず喉を鳴らした。
「隊長機、サンドグラス1のデルタフリーダムがいない。 撃破されたのか?」
追撃隊と入れ替わる様に、すれ違った教導部隊残存を横目に見ながらドワッジのパイロットの一人が
感嘆と畏怖が入り混じった声で呟く。
「中隊潰し、フリーダム堕としの再来か」
「フリーダムは分かりますが、中隊潰し?」
ドライセンのパイロットがふと漏らした言葉に、ドワッジのパイロットが首を傾げる。
「シン・アスカは旧ミネルバ隊時代、ファントムペイン指揮下のウィンダム30機をほぼ単機で撃墜した。
 そこから付いた2つ名だ」
「ふん、それがどうした?」
ヴァンピーア1の説明に、デルタフリーダムに乗った別の小隊長が口を挟む。
「ナチュラルの木偶人形……MSモドキをいくら落とした自慢にもならんさ」
コーディネイター至上主義のその男は鼻を鳴らし、ナチュラルへの侮蔑の言葉を吐いた。
「オーブ生まれの安物が30機落とせるなら……そうだな、俺なら……」
自分が如何に優れたコーディネイターであるか周囲に喧伝しようと口を開いた瞬間、
デルタフリーダムは飛来したビームに貫かれ、胴部から真っ二つに裂けた。
「スコットォー!」
「全機、小隊単位で散開!」
その後も飛来し続けるビームに、各部隊長は小隊ごとに別れ、インパルスを目指す判断を下した。

 

破損したパーツを交換し、体勢を整えたインパルスエクシードは暗幕をマントのように纏うと
身を隠しながら、遠距離からの狙撃を行っていた。
『一機撃破、デルタフリーダムだ』
「一機だけか?」
戦果をシンは残念そうに再確認する。
『そうだ。 だが、この距離で当てた上に撃破しただけでも大した物だぞ?』
「だが、数が違いすぎる。 接近する前に少しでも戦力を削らないと拙い」
RBの言葉に浮かない顔で頷くと、ロングライフルを狙撃モードから通常モードへと戻すと、
すぐさま位置を変える。
幾重ものビームや弾丸が、先程までインパルスエクシードのいた場所を覆い隠す。
『大した量だな。 ぞっとするよ』
他人事の様な感想を述べるRB。

「残りはどれ位か分かるか?」
『今の攻撃からの大雑把な推測だが、40は堅いと思うぞ』
「うへぇ、ドンだけしつこいんだよ……」
RBの推測を聞くとうんざりとした顔でシンは言った。
『それだけ恨みを買っているんだな』
「逆恨みされても、困るんだけどな!」
フットバーを蹴り飛ばし、スラスターで回避するとマイクロミサイルを放つ。
『マイクロミサイル残弾0。 胸部機関砲、レールガン残弾数少。  気を付けろ!』
「インパルスシステムでも流石に実弾までは補充できないからな。 帰ったら局長に陳情、だな」
口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、シンはXFシルエットに懸吊したマイクロミサイルポッドをパージする。
『馬鹿言ってる暇はないぞ』
「わかってるよ!」
苦言を呈したRBに答え、インパルスエクシードは暗幕を翻した。

 
 

ステルス状態で姿を隠していた所属不明艦のブリッジでも動きがあった。
「隊長、アプリリウスの部隊が動き出しました」
ブリッジに三人目、赤服の男が足を踏み入れる。
「今更かい? いや、消耗した所を狙うのか」
司令官席に座る白服が眉を顰め、周辺宙域マップを広げる。
「Gタイプが一機残り足止めをしているようですが、状況は芳しくありませんね」
傍らに立った副官がインパルスエクシードの位置を指差す。
「美しくないな、僕のポリシーにも反する」
「確かに卑劣で外道じみた最低の行為だが、戦術的には正しい」
赤服の男の不愉快そうな発言に、副官がすかさず言い返す。
どうもこの二人は以前からの付き合いらしい。
「気に入らないのは、私も一緒だよ。 多数の暴力で一人を嬲るなど……まるで暴漢だ」
顔を顰めた白服、隊長は司令官席から立ち上がる。
「出られますか?」
「情報収集はどうするんです?」
正反対の反応を見せた赤服と副官の様子が妙におかしく白服の男は顔を綻ばせる。
「あのGタイプを助けて聞けば良いさ」
「相対しているのは正規のザフトですし、あのGタイプが味方では無い可能性も……」
「例え、本物のザフトだとしても、降伏勧告もせずに、相手を一方的に嬲るような事をするような連中を
 味方とは認めないよ」
黒服の副官の言葉を途中で遮ると、白服の男は歴然とした態度で言い放つ。
「君たちはどうするね?」
「「……貴方に従いますよ、隊長殿」」
白服の言葉に、思わず顔を見合わせた二人は揃って肩を竦めた。

 
 
 

「戦闘開始してからどれ位経った?」
『出撃してから数時間。 襲撃してから凡そ一時間。 後退し始めて数十分と言った所か』
「もう、いい加減見逃してくれても良いんじゃないかな?」
『私に言うな、相手に言え。 何なら通信を繋いでやろうか?』
後退開始から数十分が過ぎ、インパルスエクシードは既に満身創痍の状態だった。
予備パーツを使い切り、シルエットは消耗し、弾も殆ど有りはしない。
左手首は吹き飛び、右肩はスラスターを潰され、左足は臑から先が溶解している。
飛び道具も、ライトニングエッジは右足に一本を残し、左足にベルゼルガ、
手持ちのロングライフルとCIWSが少々残っている位だった。
『下方、250。 ドワッジが単騎』
「貰った……!? 弾が出ない!」
RBの警告に従い、機体を傾けたシンは、AMBACを駆使して後方に回り込み、トリガーを引いた。
だが、ロングライフルの銃口は僅かな光を放っただけでビームが出る事はなかった。
反射的に膝、ベルゼルガを叩き込み、撃破、難を逃れる。
『粒子加速機が焼き切れたか』
診断プログラムを奔らせ、システムチェックをしながらRBは言った。
結果、それはロングライフル内部の粒子加速器の欠損を見つけ、エラーを弾き出した。
「嘘だろ、オイ!」
頭を抱えながら、ライフルを投げ捨て、ビームカタールを展開する。
「なあ、今から逃げ出して逃げ切れると思うか?」
『十中八九無理だろうな。 だが、もう少し戦力を削り、本体を囮にコアスプレンダーで脱出すれば
 万が一の可能性はある』
ふとシンの漏らした弱気な問いに、RBは理路整然と答える。
「……やってみるか」
僅かに考え込んだシンはポツリと呟く。
『良いのか?』
「何もしないで死ぬよりも余程良い……知ってるか? 良い傭兵ってのは生き残った傭兵だけなんだぜ」
聞き返したRBに、シンはこの状況で笑みを見せた。
『お前がやると言うなら、私はそれに付き合うだけだ』
「頼むぜ、相棒。 さあ、もう一踏……ん? ミラージュコロイドディテクターに反応?」
RBの言葉に気力を取り戻したシンが、気合を入れ直し再び戦いの場に向かおうとした時、
コックピット内に警報が響く。
ミラージュコロイドの反応を探知したセンサーが大質量の物体の出現を告げる。
『……ちょっと待て、この質量にコロイドの粒子量。 戦艦クラスだ』
「ボギー1(ガーティ・ルー)級じゃないだろうな」
モニターに表示されたデータにシンが身構えた時、それは現れた。

艦全体を黒鉄色に染め、艦艇部に姿勢制御用のウィングスラスターを携えたザフト艦
各部のシルエット、主に陽電子砲の搭載されていた脚の部分にこそ差異はあるものの、
それは間違いなくミネルバ級だった。

 

「黒鉄色のミネルバ? アーテナー級か?」
見慣れたミネルバともミネルバIIとも違う艦形に、シンはジュール隊の母艦、
青と銀で彩られたアーテナー級二番艦アーレスを思い出していた。
『データ照合……改ミネルバ級試製艦アラハバキ。 マティウスシティ駐屯艦隊旗艦だな』
「マティウスの部隊がなんでここに?」
シンの困惑など無視してアラハバキのカタパルトから次々に青灰色のMSが飛び出して行く。
それをMSと言って良いのか、シンは一瞬判断に迷った。
何故ならそのMSには頭部が存在しなかったのだ。
より正確に言うなら、胴体に頭部がめり込む様な形で一体化されていた。
通常のMSであれば首の付け根があるべき場所にモノアイ式のメインカメラをはじめとする
センサー類を設置していた。
腕部が三本爪のクローになり、その背にコンテナ状の兵装、そのずんぐりむっくりとした形状と合わせて、
シンにグーンやゾノ水陸両用MSを思い起こさせた。
『ガッシャブレイカーか』

 

水陸両用MSを設計した元クラーク設計局の技術者とグフクラッシャ設計チームの主導の下、
マティウスシティで開発された次期主力量産機の試作型である。
ザフトの地上撤退に伴い職を失い掛けた水陸両用MS乗りとその設計者達がグフ設計チームと手を組み、
そのノウハウと情熱、休業状態だった生産ライン全てを注ぎ込んで作り上げられた。
区別としては大出力重装甲高火力の対艦対大型MA用攻撃型MSと言える。
コストの高さや汎用性の低さからガルバルディとのコンベンションに敗れたものの、
汎用型のガルバルディにはない大型MAとも単機で渡り合えるパワー、火力と重装甲。
現在ある操作性が近い為、水陸両用MSからの転向が容易である事、
水陸両用MSの製造ラインを流用できる事が評価され、
次期主力量量産機として採用されたガルバルディβの支援機として少数生産が決定していた。 
その背景には、ザフト海軍系派閥の強い後押しや一部の基地を除く地上撤退により、
行き場を失った水陸両用MS乗りたちの救済措置と地上にいくつか残っている基地防衛用に
海戦用MSの製造ラインと技術の確保を行っておきたいと言う政治的事情も絡んでいるのだが、
その性能が文句のつけようが無い物であった事は確かである。

 

「マティウス駐留艦隊アンリ・ユージェニーだ。 そこのGタイプ加勢させてもらうよ」
「味方? ありがたい!」
集結した12機のガッシャ、その隊長機からの通信にシンは歓喜の声を上げる。
『信用するのか?』
「もう、敵以外ならなんでも良い。 いざとなったら逃げればいいし」
『……やれやれ』
半ば投遣りなシンにRBは呆れたように呟いた。

 

「決闘を終え、傷付いた勝者に不意打ちとは……見過ごせないな!」
両肩を金色に染めたガッシャが先行して敵部隊に向かう。
「ルドルフ、あまり前に出過ぎないでくれよ」
「美しくない! 美しくないぞ!」
アンリの言葉に耳も貸さず両肩が金のガッシャを駆るルドルフは手近なドワッジへ突撃する。
両肩の兵装コンテナから拡散ビーム砲を展開、迂闊に近づいた機体を蜂の巣にしていく。
「はははっ! どうした?
 この“麗雄”ルドルフ・ヴィトゲンシュタインに傷一つでもつけられる奴はいないのか!?」
(どうでもいいが、あの肩すげぇ色だな……)
獅子奮迅の活躍を見せるルドルフ機を見ながら、その肩の金色に目を取られていたシン。
「アレック、ルドルフは何とかならないかい?」
ルドルフの様子を横目に見ながら、アンリは兵装コンテナのミサイルランチャーを撃つ。
「アイツは放って置きましょう、良い囮になります。
 ガッシャの装甲なら早々やられません。 その方が精神衛生上良いです」
アレック・ラッドはルドルフ機を白い目で見ると背負ったハンマーランチャーを装着し、
ドライセンへとハンマーを叩き付ける。
「……あの機体、なんだか親近感が沸くな」
『それはお前だけだ』
ガッシャのハンマーに目を輝かせるシンにRBの冷静な指摘が入る。

 

「ガッシャブレイカー……。 マティウス3のアンリ・ユージェニーか!」
ガッシャを見たドライセンのパイロット、ヴァンピーア1が苦々しく叫ぶ。
「シン・アスカに受けた被害もバカにならんぞ」
ナイトジャスティスに乗った別の部隊長がヴァンピーア1へ通信を繋いだ。
「だが、撤退は許されん。 上とターミナルがそれを許さんだろう」
「戦場に出た事も無いターミナルの連中は口だけは巧いからな……後退信号か」
飛来してきたミサイルを撃ち落しながら二人は接触回線のみで話し合う。
「良いタイミングだ。 全機撤退するぞ!」
全火器を乱射し、目晦ましをすると、追撃部隊が後退して行く。

 

『敵が後退して行くな』
「はぁ……疲れた」
周囲に敵反応がないと分かると、シンは体重をシートに預けた。
「ふははっは! 僕に適わぬと知って恐れをなして逃げ出したか!」
「ルドルフ、周囲の警戒に行くぞ」
テンション高めなルドルフ機を引き摺る様にアレック機が移動すると、何機かのガッシャが分散する。
「Gタイプのパイロットの人、聞こえますか?」
そんな様子を見ていたシンに通信が入る。
「あ、はい。 聞こえてます」
「通信で聞えたかもしれませんが、私はザフト、マティウスシティ駐留艦隊に所属している
 アンリ・ユージェニーと言います。
 君が何者かは知りませんが、見た所色々と事情がある様子。 
 助けた恩を返せと言う訳ではありませんが、兎に角詳しい話をする為にも
 取り合えず我々の母艦まで来ていただけませんか?」
「了解しました。 そちらに従います」
ザフトの隊長クラス、と言うよりもコーディネイターにしては珍しい非常に温和な口調と丁寧な態度に、
シンは素直に従う事にした。
アンリ・ユージェニーの名には聞き覚えもあった事も大きい。
「ああ、すみません。 何か飲み物があれば嬉しいんですが」
「用意させて置きましょう」
冗談めかしたシンの言葉に、アンリ・ユージェニーは優しげな笑みを浮かべた。